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東京地方裁判所 平成5年(レ)81号 判決 1993年12月20日

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴人の当審における請求を棄却する。

三  控訴費用は控訴人の負担とする。

理由

第一  請求原因1による請求について

一  請求原因1の(一)(本件譲渡命令)及び(二)(本件電話料金)の各事実は当事者間に争いがなく、《証拠略》によれば、控訴人は、平成三年二月九日、NTTに対し、被控訴人が支払うべき本件電話料金を、被控訴人に代わつて(すなわち第三者として)支払つたことが認められる(控訴人による右支払を以下「本件支払」という。)。

右によれば、控訴人は、義務なくして他人である被控訴人のために本件支払をしたのであつて、これが本人である被控訴人の意思ないし利益に反することが明らかでない限り、事務管理が成立するというべきであるところ、控訴人の本件請求は、事務管理者の費用償還請求権(民法七〇二条)に基づいて、その支出した費用(本件支払金五九一二円)の償還を求めるものと解される。

そこで、右請求に理由があるか否かを検討する。

二  《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。

1  本件譲渡命令は、被控訴人が平成三年二月九日に執行抗告をした機会に、いわゆる再度の考案により、東京地方裁判所が同月二〇日、これを取り消し、本件譲渡命令の申立てを却下する旨決定をしたものである。

そして、右決定に対し、控訴人が執行抗告をしたが、同年八月二〇日、右抗告は棄却された。

2  他方、被控訴人は、NTTとの間で本件電話の電話料金の支払については、丙川松子(被控訴人が控訴人から賃借している建物(東京都港区《番地略》)において経営する店舗「丁原」の従業員)名義の銀行預金口座(第一勧業銀行、店番号《略》、口座番号《略》)から毎月二五日に引き落として支払う旨の契約を結んでおり、実際、本件電話料金も同月二五日に引き落とされた。

三  1 右事実に基づいて検討するに、被控訴人は、本件電話の電話料金については、NTTとの間の契約に基づいて、毎月二五日に銀行預金口座からの引落としの方法で支払つてきており、控訴人による本件支払の対象となつた平成三年二月分も、右契約どおり(すなわち遅滞なく)同月二五日に右引落しの方法で支払つたというのであるし、被控訴人と控訴人との間には、従前から建物賃貸借関係について争いがあり(《証拠略》により認められる。)、本件譲渡命令についても、被控訴人がこれを不服として直ちに執行抗告をしたのであるから、控訴人による本件支払は、被控訴人の意思に反していたと認めるのが相当である(右意思に反することが明らかであつたか否かは措く。)。

2 そうすると、控訴人による本件支払につき事務管理が成立するとしても、本人である被控訴人の意思に反していたので、その費用償還請求は、本人である被控訴人が現に利益を受ける限度に限られる(民法七〇二条三項)。

本件譲渡命令は、本件支払がなされた平成三年二月九日時点においては未だ確定しておらず、その効力が生じていない(民事執行法一六一条四項)ことから、控訴人は、被控訴人の電話料金を弁済するにつき法律上の利害関係を有する第三者には該当せず、かつ、本件支払が債務者本人の意思に反していたことは前記のとおりであるから、本件支払は弁済としての効力を生じず、被控訴人は、依然としてNTTに対して本件電話料金支払債務を負つていたことになる(民法四七四条二項)。

したがつて、被控訴人には現に受けた利益が存しないから、控訴人は、被控訴人に対して、事務管理に要した費用を求償することはできない。

3 《証拠略》によれば、控訴人と被控訴人との間の前記建物賃貸借契約において、電話料金は賃借人である被控訴人が負担する旨の約定があることが認められるが(契約書一一条)、右約定は電話料金支払義務を賃貸人ではなく賃借人に負わせる旨を明示したものであつて、賃借人である被控訴人が第三者の名で支払つたり、第三者に支払を実行させることまで禁じたものとは到底いうことができず、丙川松子名義の料金支払も、被控訴人の支払として有効であることは明らかである。

四  なお、控訴人の請求が、不当利得返還請求権に基づくものと解されるとしても、前記のとおり控訴人の本件支払により被控訴人が債務を免れたわけではなく、被控訴人に利得が存しない以上、右請求も理由がない。

第二  請求原因2による請求について

一  請求原因2による請求(当審で追加された新請求)は、請求原因1により被控訴人が控訴人に対し本件電話料金を支払うべき債務を負つていることを前提にして、これを被控訴人が任意に支払わないことによつて控訴人が被つた損害の賠償(債務不履行又は不法行為に基づく損害賠償)を求めるものと解される。

そうすると、新請求は、従前の請求(請求原因1による請求)との間で請求の基礎に同一性があると認めてよいし、これが追加されることによつて特に訴訟手続を遅滞させるとも考えられないので、その追加が許されるというべきである。

二  しかしながら、被控訴人が控訴人に対し本件電話料金の支払義務を負わないことは前記のとおりであるから、新請求はその前提を欠き、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

第三  以上の次第で、請求原因1による請求は理由がなく、これを棄却した原判決は正当であるから、本件控訴を棄却し、当審において追加された控訴人の新請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法三八四条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大藤 敏 裁判官 貝阿弥 誠 裁判官 東谷いずみ)

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