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東京地方裁判所 平成5年(ワ)11218号 判決 1995年9月19日

原告

廣川智子

右訴訟代理人弁護士

桜井健夫

被告

野村証券株式会社

右代表者代表取締役

酒巻英雄

右訴訟代理人弁護士

西修一郎

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

(主位的請求)

被告は、原告に対し、金二億二〇四二万八八八一円及びこれに対する平成四年六月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(予備的請求)

被告は、原告に対し、金二億二〇四二万八八八一円及びこれに対する平成四年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

被告の本店投資相談室から送付されたダイレクトメールをきっかけとして、株式売買及びワラント取引を約四年間に数百回にわたって取引を継続的に行ってきた原告が、権利行使期間経過による権利消滅等によって合計二億円余の損失を出したのであるが、これは、右相談室付担当者がワラント取引を勧誘するに当たって、権利行使期間の経過により権利が消滅する等のワラント取引の危険性を充分に説明しないで取引を強引に取り仕切った結果であるとして、被告に対し、債務不履行責任もしくは不法行為責任に基づいて賠償請求を求めているのが事案の要旨である。

一  争いのない事実

1  昭和六一年初めころ、被告の本店投資相談室から原告宛ダイレクトメールが郵送され、原告が同封の資料請求用の葉書を返送したことから、被告の本店投資相談室の山添孝雄(以下「山添」という。)との間で、電話による証券投資の相談の中でなされた山添からの証券投資の勧誘に応じて、原告の夫の廣川帰一(以下「帰一」という。)及び長男の健太郎の名義による証券取引が開始された。

2  昭和六一年六月には、原告自身の名義による取引口座も設定されたが、帰一名義及び健太郎名義の口座もすべて原告の申し入れによるもので、帰一や健太郎が山添に取引を申し入れたりしたことはなく、すべて原告の指示もしくは承諾により行われた(後記のとおり、原告主張の証券取引については、原告が取引主体であるのか、名義人が取引主体であるかについて争いがあるので、以下においては「原告側取引もしくは誰々名義取引」という。)。

3  昭和六二年七月から山添の勧誘にしたがって、ワラント商品の取引が開始されたが、原告側と被告との間で平成三年七月までに行われた帰一名義及び健太郎名義のワラント取引の明細は別紙ワラント取引表のとおりである(以下「本件ワラント取引」という。)。

二  争点

1  原告主張のワラント取引(以下「本件ワラント取引」という。)の当事者は、原告自身かそれとも各名義人か。

2  原告と被告との間で、昭和六一年四月初めころ、証券投資助言契約が成立したか。

3  右投資助言契約が原、被告間に仮に成立していないとしても、本件ワラント取引については、証券会社である被告において、証券取引法(平成四年改正前の旧法、以下「法」という。)及び大蔵省通達に基づき遵守すべき左記事項に違反して、原告に取引を行わせた違法並びにリスクに対する説明義務違反等による債務不履行(主位的)もしくは不法行為(予備的)の賠償責任が認められるか。

(一) 法五〇条一項一号(断定的判断の提供による勧誘の禁止)

(二) 法五八条二号(重要事項における虚偽の表示及び誤解を生じさせる行為)

(三) 法四六条(取引態様明示義務)

(四) 通達に基づく新株引受権証券取引開始基準、すなわち適合性の原則

第三  当裁判所の判断

一  争点1(取引当事者は誰か)について

原告主張の証券取引は、昭和六一年初めころ、被告の本店投資相談室から原告宛送付されたダイレクトメールを端緒として開始され、原告名義、帰一名義及び健太郎名義の各証券取引に引き続き、本件ワラント取引が行われている(争いのない事実)が、それらの全ての取引が、原告の指示及び承諾をもって行われたものであり(争いのない事実)、帰一及び健太郎が山添との間で右取引について一度も交渉したことがないこと(証人山添孝雄の証言及び原告本人)、各口座間の金銭の移動が原告の指示により行われていること(右同)、口座設定約諾書の提出名義人が帰一及び健太郎であったり、「ワラント取引に関する確認書」の名義が帰一名義や健太郎名義で行われていたとしても、それらの署名押印を全て原告が行っていること(証人山添及び原告本人)等に併せて、証券取引においては一般的に本人名義以外の取引口座名義で行われる場合のあること(裁判所に顕著な事実)を総合して考察すると、本件ワラントを含む取引のすべてが原告が自らの判断の下に行った取引であると解するのが相当であり、他に右認定を左右する証拠もなく、本件取引の当事者は名義人の帰一及び健太郎であり、原告は単に右名義人らの代理人であるとの被告の主張は理由がない。

二  争点2(証券投資助言契約の成立の有無)について

1  原告は、昭和六一年初めころ、被告の本店投資相談室勤務の山添から、原告の金庫番として責任をもって証券取引の継続的助言をする旨の申し出があり、「安全で利回りのよい運用を頼む」と答えて、右申し出を承諾してここに証券投資助言契約が成立した、と主張する。

2  たしかに、本店投資相談室からのダイレクトメールを端緒とする証券取引であってみれば、原告として有利になるアドバイスの許に証券取引を期待するものがあったとしても、それはあくまでも被告の顧客に対する証券取引へ勧誘するためのサービスにとどまるものであって、特段の事情を除いて、個々の顧客との間で証券投資の助言、すなわち顧問的立場を提供するものでないことは論ずるまでもなく、右特段の事情の立証もない本件においては、原告の主張は認めることができない。

三  争点3(ワラント取引における被告の債務不履行もしくは不法行為の存否)について

1  一般的に、ワラント取引が、原告主張のように、株価より価格変動が激しく損益の格差が大きいこと、権利行使期間の定めがあって期間内に権利行使しないと新株引受権が消滅し買い受代金全額を失うこと等から、いわゆるハイリスク・ハイリターンの証券取引であると言われ、従って、証券会社の社員が顧客にワラント取引を勧誘するについては、まず、顧客がワラント取引を行うに相応しい知識・経験及び資力を有していること(適合性の原則)、ワラント商品が右のような危険を孕んでいることを充分に説明し納得してもらうこと(インフォームド・デシジョン)が要求されるものであること(甲二ないし同一一、同二九の2、同三〇)は明白である。

2  そこで、本件ワラント取引について、以下具体的に検討する。

(一) 原告と被告との間で行った本件ワラント取引は、昭和六二年七月一〇日の「パスコワラント」二Wの買付けから平成五年四月一四日の「クレディセゾンワラント」一四Wの売却まで継続し、その取引回数は、約二三〇数回に及んでいる(乙一、同三、ワラント取引は買付ワラントを売却して取引の目的を達成するから買付と売却の一対をもって一回とした。ただし、後記のとおり、本件ワラント取引においては、権利行使期間経過による権利消滅のワラントがあったり、数回の買付をまとめて一回の売却で処理しているから、正確な回数計算はできていない。)。

(二) 原告が本件ワラント取引で被った損害と得た利益について

(1) 原告が本件ワラント取引において買付けた総額は、二七億二四五八万九一二九円であるところ、得た利益の総額が一億一四二一万一〇六八円であり、損失額が二億八九三六万九二〇九円(権利消滅分の一億九二七八万二七三三円を含む)である(乙一及び同三)。

(2) 更に利益・損失がどのような取引において発生したかについて検討してみると、次のような事実が認められる(乙一及び同三)。

① 昭和六二年七月一〇日に初めて三一万八二五五円で買付けたパスコワラントは、同月一四日に三六万四六二七円で売却され、僅か四日間のあいだに四万六三七二円、一四パーセントの利益を得た。

② 同年八月二六日に五八万七二五〇円で買付けた武田薬品ワラントは、翌日売却して一九万五九六四円、三三パーセントの利益を得た。

③ 最初の損失が発生したのは、同年一二月一一日に二六八万六〇八七円で買付けたキャノン販売ワラントを翌年一月五日に二四一万四九〇八円で売却し、二七万一一七九円の損失を出したのであるが、買付としては八回目に当たるもので、既にそれまでに利益を一三四万七八五三円を得ていたばかりではなく、一日前の四日に八九一万六九五〇円で買付けた住友化学ワラントを同日の五日に売却して一一〇万九五〇〇円の大幅な利益(一二パーセント)を得ていることから、原告としてもそれほどの損失感を懐いていないことが窺われる。

④ ワラント取引開始から約一年後の昭和六三年七月一二日までの買付総額は九億一二七五万八〇七〇円に達し、その間に獲得した利益総額は三二五一万四二〇〇円に及んでいる(ちなみに損失総額は四八九万二九九四円である。)。

⑤ 買付けた即日、あるいは数日後に売却して高利率の利益を獲得したワラントもかなり存在し、昭和六三年二月一七日に四二二万七七九五円で買付けた高島屋ワラントは、二日後の同月一九日に六〇九万八三三四円で売却し、一八七万〇五三九円、四四パーセントの利益を得ているのを始め、同じく二日後の売却例として、平成元年二月二一日に九六一万五〇〇〇円で買付けた大同特殊鋼ワラントは同月二三日に一八八〇万七九八四円で売却し、九一九万二九八四円、約九六パーセントの利益を上げているほかに、買付日の翌日売却して一〇〇万円を超え、かつ、一〇パーセント以上の利益を上げた取引として次のものを例示することができる。

昭和六三年一月四日買付

品名 住友化学ワラント

買付額  八九一万六九五〇円

売却額 一〇〇二万六四五〇円

利益額  一一〇万九五〇〇円

利益率 一二パーセント

同年同月五日買付

品名 スタンレーワラント

買付額 一〇六五万一八七五円

売却額 一三〇五万六四五〇円

利益額  二四〇万一〇六二円

利益率 二二パーセント

同年同月五日買付

品名 横河電機ワラント

買付額 一二八九万九二五〇円

売却額 一四四四万三四二二円

利益額  一五四万四一七三円

利益率 一一パーセント

⑥ 一ワラント取引で一〇〇万円を超える損失を出したものとして次の品名を上げることができる(ただし、平成四年一月七日以降の取引は全て損失取引であるので記載を省く。)。

昭和六三年三月二八日売却

品名 ニチメンワラント

買付額 一一六四万〇八七七円

売却額 一〇二七万一四七七円

損失額  一三六万九四〇〇円

昭和六三年三月二八日売却

品名 横河電機ワラント

買付額 二〇九一万八二五七円

売却額 一九四六万四八七七円

損失額  一四五万三三八〇円

昭和六三年一二月一六日売却

品名 日本触媒ワラント

買付額 二三九六万一六〇〇円

売却額 一七九六万八一二九円

損失額  五九九万三四七一円

平成元年一月一〇日売却

品名 ニチレイワラント

買付額 一五九〇万九八五〇円

売却額 一三九八万九八三一円

損失額  一九二万〇〇一九円

平成元年二月二二日売却

品名 日本鋼管ワラント

買付額 一四五四万七五八五円

売却額 一三二六万八一三二円

損失額  一二七万九四五三円

平成元年一〇月九日売却

品名 日清食品ワラント

買付額  九五一万七五〇〇円

売却額  七八六万七〇〇八円

損失額  一六五万〇四九二円

平成元年一一月九日売却

品名 大和ハウス工業ワラント

買付額 二二〇四万五五〇〇円

売却額 二〇六四万九〇九〇円

損失額  一三九万六四一〇円

平成元年一一月一〇日売却

品名 伊藤忠ワラント

買付額 三七七二万四〇六二円

売却額 三六四三万〇八五〇円

損失額  一二九万三二一二円

平成二年四月二七日売却

品名 オンワード樫山ワラント

買付額  五四三万円

売却額  三三〇万〇七七六円

損失額  二一二万九二二四円

平成三年四月五日売却

品名 クレディセゾンワラント

買付額  八八一万二九五〇円

売却額  三二二万六七八一円

損失額  五五八万六一六九円

平成三年四月一二日売却

品名 中山製鋼所ワラント

買付額  三一一万七二四〇円

売却額   四九万六五五八円

損失額  二六二万〇六八二円

平成三年四月一二日売却

品名 中山製鋼所ワラント

買付額  三八八万四六三五円

売却額  一二六万三九五三円

損失額  二六二万〇六八三円

平成三年六月二〇日売却

品名 中山製鋼所ワラント

買付額  一九四万二三一七円

売却額   五四万八五七五円

損失額  一三九万三七四二円

⑦ 権利行使期間に売却できなくて、権利消滅したワラントは次のとおりである。

トピー工業ワラント

買付け日 平成元年一一月一四日

権利消滅した日 平成五年一月一二日

買付額 六二九万八八〇〇円

中山製鋼所ワラント

買付け日 平成二年七月一六日

権利消滅した日 平成五年一月二〇日

買付額 二一八二万〇六八〇円

中山製鋼所ワラント

買付け日 平成二年二月七日

権利消滅した日 平成五年一月一二日

買付額 五八二万六九五三円

京王帝都電鉄ワラント

買付け日 平成元年一一月一五日

権利消滅した日 平成五年二月九日

買付額 一四六九万三三七五円

京王帝都電鉄ワラント

買付け日 平成元年一一月一五日

権利消滅した日 平成五年二月九日

買付額 一四四九万九〇〇〇円

京王帝都電鉄ワラント

買付け日 平成元年一一月二八日

権利消滅した日 平成五年二月九日

買付額 四三六〇万〇二七五円

王子製紙ワラント

買付け日 平成元年四月一一日

権利消滅した日 平成五年三月二日

買付額 三一三一万七二〇〇円

王子製紙ワラント

買付け日 平成元年四月一一日

権利消滅した日平成五年三月二日

買付額 二三五二万三三〇〇円

日清食品ワラント

買付け日 昭和六三年六月二二日

権利消滅した日 平成五年五月一〇日

買付額 九五一万七五〇〇円

日清食品ワラント

買付け日 平成元年九月二二日

権利消滅した日 平成五年五月一〇日

買付額 七六一万七七五〇円

アマダソノイケワラント

買付け日 平成元年一二月二七日

権利消滅した日 平成五年六月一日

買付額 一四〇六万七九〇〇円

上新電機ワラント

買付け日 平成三年四月一七日

権利消滅した日 平成五年八月一〇日

買付額 三三六万六二五〇円

アサヒビールワラント

買付け日 平成二年五月二三日

権利消滅した日 平成五年八月一七日

買付額 一八八万七一八七円

⑧ 権利消滅の日が不明であるが、権利消滅が推定されるワラント

三井東圧化学ワラント

買付け額 一八二四万四八五二円

富士火災海上保険ワラント

買付け額 六七万八〇〇〇円

神戸製鋼所ワラント

買付け額 八〇万円

3  以上のとおり、本件ワラント取引の概要を検討したところ、原告が山添からワラント取引について、原告主張のようなハイリスク・ハイリターンの説明もなく、安全な証券取引であると申し向けられて、本件ワラント取引が始まったものであるとしても、原告は、現実の取引を重ねるなかで即日取引の数時間内に、山添の運用の妙を得て一〇パーセント以上の利得を多数回において経験していること及び一ワラント取引で数千万円もの金額の取引を数回にわたり承諾して取引を成立させていること等に併せて、かかる途方もない高率の利益を獲得できる証券取引が安全な取引であると認識していたなどということは通常の社会生活を営んでいる一般人にとっては、到底あり得ないことに鑑みると、ハイリターンの裏には常にハイリスクが潜んでいることを充分に体験して熟知できたものというほかなく(換言すれば、本件ワラント取引を重ねることによって原告は機関投資家もしくはいわゆる相場師と同一視すべき立場を形成してきたものであり、証券取引に経験のない主婦であるとか、夫の給料から生活費を控除して地道に蓄えた資金や夫の退職金を本件取引の原資とした、証券取引上保護を必要とする立場にあるのもの、と判断することはできない。)、原告が本件ワラント取引についての結果的損害のみをクローズアップさせて、抽象的にワラントの問題点を列挙し、被告の証券取引法違反を理由とする損害賠償請求を求めることは許されないと解するのが相当である。

4  なお、権利行使期間経過により、消滅したワラントについて付言すると、原告は、被告から遅くとも昭和六三年五月三一日以降に「ワラント取引に関する確認書」の送付を受け、その確認書に取引名義人の記名押印の上、被告に返送していること(乙九)、ワラント取引成立の報告書とともにワラント取引のご案内と題する書面が原告に送付され、それらの書面に「権利行使期間に行使しないと権利が消滅する」旨の記載があること(乙一〇)、更に原告は、被告から送付されてくるワラント取引説明書を熟読できる機会を取引を重ねるなかで有していたこと(原告本人)等が認められることと、原告の前記取引の量の多さとを併せ判断すると、原告の主張(ワラントが権利消滅することを知らなかったこと)は到底認められるものではない。

また、前記のとおり、消滅ワラントの買付け日のころにおいては、権利行使の期間から見ても消滅までに余裕があり、かつ、変動する株式相場の見通しから権利行使ができないことを予測することは非常に困難な時期に買付けたものであり、また、実際に山添ができるだけ原告に損害を生じさせないような努力をして売却に務めてきたこと(日清食品ワラント及び中山製鋼所ワラントの一部を売却している。)等に鑑みても、山添が適合性の原則に違反して勧誘したり、徒に期間を経過させて原告のワラント売却の機会を奪ったなどの事実を認めることはできない。

四  以上により、その余について判断するまでもなく、原告の被告に対する債務不履行(主位的請求)及び不法行為責任(予備的請求)に基づく各請求はすべて理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官澤田三知夫 裁判官大熊良臣 裁判官川上宏)

別紙ワラント売買一覧表<省略>

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