東京地方裁判所 平成5年(ワ)15527号 判決 1997年3月31日
甲及び乙事件原告・丙事件被告
甲野花子
(以下「原告」という。)
右訴訟代理人弁護士
山下江
甲及び乙事件被告・丙事件原告
株式会社乙社
(以下「被告乙社」という。)
右代表者代表取締役
乙山春男
乙事件被告
乙山春男
(以下「被告乙山」という。)
甲及び乙事件被告
丙株式会社
(以下「被告丙社」という。)
右代表者代表取締役
吉岡栄子
右三名訴訟代理人弁護士
津川哲郎
主文
一 被告乙社及び被告丙社は、別紙目録一記載の書籍を、発行し、販売し又は頒布してはならない。
二 被告乙社及び被告丙社は、その占有する別紙目録一記載の書籍を廃棄せよ。
三 被告乙社、被告丙社及び被告乙山は、別紙目録四及び五記載の書籍を、発行し、販売し又は頒布してはならない。
四 被告乙社、被告丙社及び被告乙山は、その占有する別紙目録四及び五記載の書籍を廃棄せよ。
五 原告は、別紙目録二記載の書籍を発行し、販売し又は頒布してはならない。
六 原告は、その占有する別紙目録二記載の書籍を廃棄せよ。
七 被告乙社及び被告丙社は、原告に対し、各自六万二五八〇円及びこれに対する平成五年九月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
八 被告乙社、被告丙社及び被告乙山は、原告に対し、各自一一万九五七二円及びこれに対する平成七年九月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
九 原告は、被告乙社に対し、六〇四万二五九三円及びこれに対する平成七年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
一〇 原告のその余の請求及び被告乙社のその余の請求をいずれも棄却する。
一一 訴訟費用は、被告乙社に生じた費用の五分の三を原告の負担とし、原告に生じた費用の二分の一を被告丙社及び被告乙山の連帯負担とし、その余は各自の負担とする。
一二 この判決は、一、三、五、七ないし九項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
一 甲事件
(以下、別紙目録一ないし七記載の各書籍を、それぞれ目録の番号に対応して「書籍一」ないし「書籍七」という。)
1 主文一項と同旨
2 被告乙社及び被告丙社は、既に発行し、販売し又は頒布した書籍一を回収し、廃棄せよ。
3 被告乙社及び被告丙社は、原告に対し、各自一八〇万円及びこれに対する平成五年九月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙事件
1 主文三項と同旨
2 被告乙社、被告丙社及び被告乙山(以下、この三名を「被告ら」という。)は、既に発行し、販売し又は頒布した書籍四及び五を回収し、廃棄せよ。
3 被告らは、原告に対し、各自一六一万七五〇〇円及びこれに対する平成七年九月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 丙事件
1 主文五項と同旨
2 原告は、既に発行し、販売し又は頒布した書籍二を回収し、廃棄せよ。
3 原告は、被告乙社に対し、三一五二万円及びこれに対する平成七年二月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
原告と被告乙山は、元夫婦であり、被告乙山は、被告乙社の代表者であるところ、本件は、後記一2の本件著作物の著作権が原告と被告乙社のどちらにどのように帰属するかが主として争われている事案である。
原告は、甲事件及び乙事件において、後記一2の本件著作物について著作権ないし共有著作権及び編集著作権ないし共有編集著作権を有しているとして、右著作権等に基づき、被告乙社及び被告丙社に対し書籍一、並びに、被告らに対し書籍四及び五の各発行、販売、頒布の差止めと、既に発行、販売又は頒布したこれらの書籍の各回収及び廃棄とを請求し、被告乙社及び被告乙山の故意又は被告丙社の故意若しくは過失によるこれらの書籍の発行、販売又は頒布による右著作権等侵害の不法行為による損害賠償として、後記三6(一)(1)のとおり、被告乙社及び被告丙社に対し一八〇万円、及び、後記三6(一)(2)のとおり被告らに対し一六一万七五〇〇円の支払及びこれに対する不法行為より後の日から民法所定の遅延損害金の支払を請求している。
また、被告乙社は、丙事件において、原告に対し、後記一2の本件著作物の一部について著作権及び編集著作権を九割の割合で有しているとして、右著作権等に基づき、書籍二の発行、販売、頒布の差止めと、既に発行、販売又は頒布した書籍二の回収及び廃棄を請求するとともに、原告の故意又は過失による書籍二の発行、販売又は頒布による右著作権等侵害の不法行為による損害賠償として、原告が右侵害行為により得た利益の額(後記一6記載のとおり、二三二四万〇七四六円)の九割に相当する二〇九一万六六七一円の内金一一五二万円及びこれに対する不法行為より後の日からの民法所定の遅延損害金、並びに、主位的に、被告乙社が公立学校共済組合に書籍三を販売した契約の当事者(売主)であり、原告が同組合から被告乙社のために銀行口座に振り込まれた書籍三の販売代金七二七一万八〇〇〇円のうち、六〇七一万八〇〇〇円を同口座から引き出してこれを着服横領したとして内金二〇〇〇万円、予備的に、原告が公立学校共済組合に書籍三を販売した契約の当事者(売主)であったとすると、原告の故意又は過失による書籍三の発行、販売による被告乙社が有する前記著作権等の侵害があったことになるとして、その不法行為による損害賠償として五四六四万六二〇〇円の内金二〇〇〇万円の支払及びこれに対する不法行為より後の日からの民法所定の遅延損害金の支払を請求している。
一 前提事実(後記括弧内に証拠を記載したものを除き、争いがない。)
1 当事者
(一) 原告と被告乙山とは、昭和五七年に結婚し、平成六年五月二七日に家庭裁判所の調停で離婚をした。
(二) 被告乙山は、被告乙社の代表者である。
2 本件の著作物
(一) 書籍六は、平成二年五月三〇日に発行されている(以下、書籍六によって最初に公表された部分を「書籍六初出部分」という。)。
被告乙社の従業員であった永瀬和恵(旧姓守谷。以下「守谷」という。)は、書籍六初出部分の少なくともイラストないし漫画の部分を描いた(ただし、書籍六初出部分のイラストないし漫画以外の文章部分の著作者、及び、全体についての編集著作者等については争いがある。)。
(二) 書籍七は、平成四年三月三一日に発行されている(以下、書籍七によって最初に公表された部分を「書籍七初出部分」という。)。
被告乙社の従業員であった田中久子(以下「田中」という。)は、書籍七初出部分のうち、少なくともイラスト及び四コマ漫画等の漫画の部分を描いた(ただし、書籍七初出部分のイラスト及び漫画部分以外の文章部分、吹き出し部分の台詞の著作者、及び、全体についての編集著作者等については争いがある。)。
(三) 田中は、被告乙社を退職した後に、書籍三の六六、六七、一九〇、一九一ページ、一九四ないし二二三ページ(この部分は、書籍三によって最初に公表された部分であり、以下、「書籍三初出部分」という。)のうち、イラストないし漫画の大部分を描いた(ただし、書籍三初出部分のイラスト以外の部分の著作者、及び、全体についての編集著作者等については争いがある。)。
(以下、書籍六、書籍七及び書籍三各初出部分を併せて「本件著作物」という。)。
3 被告ら及び原告の行為
(一) 書籍三は、平成四年一一月に、東京都在宅介護研究会名義で公立学校共済組合に対し三八万〇二〇〇部販売され、同年一二月一日に同共済組合の名前で発行されている(ただし、書籍三を公立学校共済組合に販売した東京都在宅介護研究会とは、原告か被告乙社かは争いがある。)。
(二) 原告は、平成五年一月ころ、書籍二を印刷製本し、右以降、書籍二を発行、販売、頒布している。また、被告らは、平成五年三月、共同して書籍一、四及び五を印刷、製本した。
4 本件著作物と前記3の書籍との同一性
(一) 書籍一ないし五のイラスト及び四コマ漫画を含む本文及びそのページ付けはすべて同一である。
(二) 書籍一ないし五の六ページから二五ページまで、及び、二八ページから六五ページまでは、書籍六初出部分の対応するページとそれぞれ同一であり、これを複製したものである。
(三) 書籍一ないし五の七〇ページから七九ページまで、八一ページから九七ページまで、九九ページから一〇七ページまで、一〇九ページから一一九ページまで、一二三ページから一三九ページまで、及び、一四一ページから一八九ページまでは、書籍七初出部分と同一であり、これを複製したものである。
(四) 書籍一、二、四及び五の六六、六七、一九〇、一九一ページ及び一九四ないし二二三ページは、書籍三初出部分の対応するページとそれぞれ同一であり、これを複製したものである。
5 公立学校共済組合の書籍三の売買代金
公立学校共済組合は、平成四年一二月二四日、書籍三の売買代金七二七一万八〇〇〇円を「東京都在宅介護研究会甲野花子」名義の普通預金口座に振り込む方法で支払った。原告は、この口座から、平成四年一二月二五日、五二万四〇〇〇円、六七四六万二九四〇円及び二九六万一六三二円を三回に分けて引き出すとともに、一六〇万円を定期預金に振り替え、さらに、同五年一月二二日、一六万円の合計七二七〇万八五七二円を引き出し、この中から印刷製本費用として一二〇〇万円を被告乙社に対し支払った。(甲五三)。
6 原告による書籍二の販売利益
原告は、書籍二を、四万冊製作し、そのうち二万四六三二冊を販売し、その売上金四六四八万一四九二円から、経費(書籍二を一万一〇四八冊無償配布した費用を含む。)五〇パーセントを控除した二三二四万〇七四六円の利益を得た。
二 争点
1 書籍六、七及び三各初出部分のうち、イラストないし漫画部分について、それぞれ守谷ないし田中と原告との間に共同著作が成立するか。また、右イラストないし漫画部分を除いた部分を著作し、あるいは、右各初出部分を編集著作したのは誰か(特に原告ないし被告乙山の関与の態様)。さらに、共同著作の場合、各共同著作者の著作権ないし編集著作権の持分の割合は、どの位か。
2 本件著作物について、被告乙社の法人著作は成立するか。
3 書籍六及び七各初出部分の一部について、被告乙社の従業員であった守谷、田中及び原告に著作権ないし共有著作権が生じているとして、これらは、それぞれ被告乙社に対し譲渡されているか。
4 書籍三初出部分に関し、田中の著作権ないし共有著作権が生じているとして、これは原告に対し譲渡されているか。
5 本件著作物に関し、被告乙社に法人著作が成立し、あるいは、守谷、田中ないしは原告から被告乙社に著作権ないし共有著作権の持分が譲渡されているとして、被告乙社は、原告に対し、右著作権ないし持分を譲渡し、又は、書籍二及び三の出版発行について使用許諾をしているか。
6 被告乙社及び被告丙社が書籍一の販売により得た利益の額、及び、被告らが書籍四及び五の販売によって得た利益の額
7 公立学校共済組合に書籍三を売り渡したのは、原告か被告乙社か。
三 争点についての当事者の主張
1 争点1(本件著作物の著作者及び編集著作者とその割合)について
(一) 原告
原告は、本件著作物について、次のとおり、著作権ないし共有著作権を有している。
(1) 書籍六初出部分(書籍一ないし五の六ページから二五ページ及び二八ページから六五ページに対応する部分。以下「第一部分」ともいう。)
原告は、被告乙社の従業員であった守谷を細かく具体的に指導して、守谷をして第一部分のイラストないし漫画を描かせたものであり、これを守谷と共同著作したものである。
また、原告は、その余の文章、図及び表並びに漫画の吹き出し部分の台詞を単独で著作し、全体の編集著作も単独で行った。なお、原告は、右文章部分等の作成については、東京都老人医療センター副院長上田慶二(以下「上田医師」という。)のアドバイス、及び、看護婦でWACの養成講座の講師であった吉田とめ子(以下「吉田」という。)や特別養護老人ホームみぎわホーム寮母の堀雅子(以下「堀」という。)から介護の体験談などのアドバイスを受けている。
第一部分のイラストないし漫画と、その余の文章及び表の著作権と、第一部分全体の編集著作権の割合は、各ページに占めている面積及び役割等からみて、五対三対二である。また、イラストないし漫画についての原告と守谷の共有著作権の持分の割合は、原告がその構想を指示し、表情や注意点を具体的に指示し、付随する説明や吹き出し部分の台詞を作ったので三対二である。したがって、第一部分について原告が有する著作権の割合は、八割である。
(2) 書籍三初出部分の一部(書籍一ないし五の六六、六七ページに対応する部分。以下「第二部分」という。)
原告は、被告乙社を退職していた田中に対し、その構想を示し、表情や注意点を具体的に指示して、田中をして第二部分のイラストないし漫画を描かせたので、これを田中と共同著作したものである。
また、原告は、その余の文章及び漫画の吹き出し部分の台詞を単独で著作し、全体の編集著作も単独で行った。
第二部分のイラストないし漫画(吹き出し部分の台詞も含む)と、その余の文章及び表の著作権と、第二部分全体の編集著作権の割合は、各ページに占めている面積及び役割からみて、五対三対二である。また、イラストないし漫画についての原告と田中の共有著作権の割合は、原告がその構想を指示し、表情や注意点を具体的に指示し、付随する説明や吹き出し部分の台詞を作成したので三対二である。したがって、第二部分について原告が有する著作権の割合は、八割である。
(3) 書籍七初出部分の一部(書籍一ないし五の七〇ページから七九ページ、八一ページから九七ページ、九九ページから一〇七ページ、一〇九ページから一一九ページ、一二三ページから一三九ページ、一四一ページから一六三ページに対応する部分。以下「第三部分」という。)
原告は、被告乙社の従業員であった田中に対し、その構想を示し、表情や注意点を具体的に指示して、田中をして第三部分のイラストないし漫画を描かせたので、これを田中と共同著作したものである。
また、原告は、その余の文章及び漫画の吹き出し部分の台詞を単独で著作し、全体の編集著作も単独で行った。すなわち、原告は、第三部分の七〇ないし七九ページについては、原告発行の地域活動情報誌「さあでてきませんか」(以下「本件情報誌」という。)等からアイデアを得て、その構成を考え、文章を作成したものであり、同八一から九七ページについては、同様に石黒トミからの手紙を参考にし、同九九から一〇七ページについては、同様に初田照江からの手紙を参考にし、同一〇九から一二一ページについては、同様に群馬県在住の高野トシ子、同繁夫夫婦からの取材を参考にし(同一二〇、一二一ページは右繁夫の故母作成の遺書であり、この部分については著作権を主張しない)、同一二三から一三九ページについては、同様に横浜市在住の田中まさ子からの取材と原告の父についての介護経験を参考にし、同一四一から一六三ページについては、同様に朝日新聞を通し募集した体験談の手紙や原告の父についての介護経験等を参考にして、その構成を考え、文章を作成したものである。
第三部分のうち、四コマ漫画部分のイラストないし漫画(吹き出し部分の台詞も含む)と、その余の文章及び表の著作権と、第三部分全体の編集著作権の割合は、各ページに占めている面積及び役割等からみて、六対二対二である。また、四コマ漫画部分のイラストないし漫画についての原告と田中の共有著作権の持分の割合は、原告がその構想を指示し、表情や注意点を具体的に指示し、付随する説明や吹き出し部分の台詞を作成したので四対二である。
第三部分のうち、四コマ漫画以外の部分のイラストないし漫画と、その余の文章及び表の著作権と、第三部分全体の編集著作権の割合は、各ページに占めている面積及び役割等からみて、五対三対二である。また、四コマ漫画以外の部分のイラストないし漫画についての原告と田中の共有著作権の割合は、原告がその構想を指示し、表情や注意点を具体的に指示し、付随する説明や吹き出し部分の台詞を作ったので三対二である。
したがって、第三部分全体について、原告が有する著作権の割合は、八割である。
(4) 書籍七初出部分の一部と書籍三初出部分の一部(書籍一ないし五の一六四ページから一九一ページに対応する部分。以下「第四部分」という。)
原告は、田中に対し、その構想を示し、表情や注意点を具体的に指示して、田中をして第四部分のイラストないし漫画を描かせ、これを田中と共同著作したものである。
また、原告は、単独で第四部分全体の編集著作を行った。
なお、第四部分の文章部分は、伊藤ぬいほかの原稿(体験記)及びアンケート結果等の抜粋を掲載したものである。
この文章部分と、イラストないし漫画の著作権と、全体の編集著作権の割合は、各ページに占めている面積及び役割等からみて、四対二対四である。また、イラストないし漫画についての原告と田中の共有著作権の割合は、原告がその構想を指示し、表情や注意点を具体的に指示し、量は少ないが付随する説明や吹き出し部分の台詞を作ったので一対一である。したがって、第四部分全体について原告が有する著作権の割合は、五割である。
(5) 書籍三初出部分の一部(書籍一ないし五の一九四ページから二二三ページに対応する部分。以下「第五部分」という。)
原告は、被告乙社を退職していた田中に対し、その構想を示し、表情や注意点を具体的に指示して、田中をして第五部分のイラストないし漫画を描かせ、これを田中と共同著作したものである。
また、原告は、その余の文章及び図を単独で著作し、全体の編集著作も単独で行った。
第五部分のイラストないし漫画と、その余の文章及び表と、全体の編集著作権の割合は、各ページに占めている面積及び役割等からみて、五対三対二である。また、イラストないし漫画についての原告と田中の共有著作権の割合は、原告がその構想を指示し、表情や注意点を具体的に指示し、付随する説明や吹き出しの文章を作ったので三対二である。したがって、第五部分全体について原告が有する著作権の割合は八割である。
(二) 被告ら
(1) 第一部分
第一部分のイラストないし漫画(付随する説明ないし吹出し部分を含む。)は、被告乙社の従業員であった守谷が著作し、各ページ左側上部のポイント部分及び各ページ右側上部のコラム欄の文章は被告乙山が著作し、その余の文章及び表は守谷が著作した。また、全体の編集著作は、被告乙山及び守谷が行った。
(2) 第二部分
第二部分のイラストないし漫画(付随する説明ないし吹出し部分を含む。)は、被告乙社を退職していた田中が著作し、その余の文章は被告乙山が著作した。
(3) 第三部分
第三部分のイラストないし漫画(付随する説明ないし吹出し部分を含む。)は、被告乙社の従業員であった田中が著作し、その余の文章及び全体の編集著作は被告乙山が行った。
(4) 第四部分
第四部分のイラストないし漫画(付随する説明ないし吹出し部分を含む。)は、被告乙社の従業員であった田中が著作し、全体の編集著作は被告乙山が行った。
(5) 第五部分
第五部分のイラストないし漫画(付随する説明ないし吹出し部分を含む。)は、被告乙社を退職していた田中が著作し、その余の文章の著作、全体の編集は被告乙山が行った。
2 争点2(被告乙社の法人著作)について
(一) 被告ら
(1) 本件著作物は、被告乙社の発意に基づき、前記1(二)のとおり、被告乙社代表者被告乙山並びに従業員守谷及び田中が被告乙社の職務上作成した。仮に、原告が本件著作物の作成に関与したとしても、被告乙社の従業員として被告乙社の職務上関与したものである。
(2) 本件著作物公表時の被告乙社の著作名義は、以下のとおりである。
① 書籍六初出部分
書籍六奥付の「制作 株式会社乙社」、「編集 長寿社会文化協会WAC板橋」又は「発行 東京都在宅介護研究会」の表示
② 書籍七初出部分
書籍七奥付の「発行 東京都在宅介護研究会」の表示、「製作スタッフ」として、被告乙山及び被告乙社の社員名の表示及び「発行人」として被告乙社の社員である原告の氏名の表示
③ 書籍三初出部分
書籍三奥付の「編集 東京都在宅介護研究会」の表示
(3) 法人著作においては、著作物の公表時の著作名義は、必ずしも法人の正式名称である必要はなく、通称その他でもよいのであり、「長寿社会文化協会WAC板橋」及び「東京都在宅介護研究会」は、いずれも、被告乙社の別称である。
(4) 仮に、書籍七及び三各初出部分のこれらの表示が、被告乙社の著作名義と認められないとしても、書籍七及び三各初出部分は、書籍六のシリーズ物として作成されたものであり、創作の当初から書籍六初出部分と同様に被告乙社の著作名義の下に公表することが予定されていたものであるから、著作権法一五条一項にいう「その法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」という要件を満たしていると解すべきである。
(5) 書籍三の一二〇、一二一ページ及び第四部分の第三者が著作権を有する遺書、体験記等の部分を除くと、本件著作物について、被告乙社が有する著作権の割合は、九〇パーセントである。
(二) 原告
(1) 本件著作物は、原告が生前の白石敬子(以下「白石」という。)との約束に基づいて、その作成を発意し決断したものであり、被告乙山の決断によるものではない。
(2) 原告は、被告乙社の従業員であるが、経理を担当しており、文章やデザイン作成等の任務はなく、被告乙社の職務上の義務として本件著作物を作成したことはない。
(3) 書籍六の奥付には「編集 長寿社会文化協会WAC板橋」、「制作 株式会社乙社」及び「発行 東京都在宅介護研究会」という表示があるが、このような表示からは少なくとも編集著作権は長寿社会文化協会WAC板橋にあるのではないかということが窺われ、被告乙杜が著作者であるとは表示されていないし、「制作」というのも原告等が創作した著作物を本として制作したことを示しているにすぎない。また、書籍六の第二刷り以降は、右「制作被告乙社」の記載は削除されている。なお、製作スタッフ欄の被告乙山や被告乙社の社員の氏名は、当時の被告乙社の社員の氏名を記念として残そうとしたもので、右社員らは、書籍六の作成に関与していない。
また、書籍七の「発行 東京都在宅介護研究会」という奥付の表示も、書籍三の「編集 東京都在宅介護研究会」という奥付の表示も、被告乙社が著作者であるという表示ではなく、また、「長寿社会文化協会WAC板橋」及び「東京都在宅介護研究会」という表示は、被告乙社の別称ではない。
3 争点3(守谷、田中ないしは原告から被告乙社への著作権の譲渡)について
(一) 被告ら
被告乙社は、書籍やポスターその他の著作物を創作することを主たる業務としているから、被告乙山のほか被告乙社の従業員守谷、田中及び原告は、被告乙社と、入社時に予め包括的に、職務上作成した著作物の著作権ないし共有著作権の持分を被告乙社にすべて譲渡することを黙示的に合意しているし、少なくとも本件著作物の各部分の創作を完了するまでに、その著作権ないし共有著作権の持分を被告乙社に譲渡することを明示的に口頭で又は黙示的に合意している。なお、被告乙社の従業員は、共同著作物については、他の従業員の共有著作権の持分の被告乙社への譲渡についても、包括的に同意している。
(二) 原告
守谷及び田中と被告乙社との間には、従業員がその職務上作成した創作物の著作権が使用者である被告乙社に帰属するという就業規則その他の契約は存在しない。
また、原告は、被告乙社の従業員であるが、前述のとおり、経理を担当しており、文章やデザイン作成等の任務はなく、被告乙社の職務上の義務として本件著作物を作成したことはないから、被告らの主張する被告乙社への著作権の譲渡は、その前提を欠く。
4 争点4(田中から原告への書籍三初出部分の著作権の譲渡)について
(一) 原告
原告は、平成四年一一月六日、田中に対し、書籍三初出部分のイラスト料として一〇万円を支払い、田中が被告乙社を退職した後に作成した書籍三初出部分のイラストの著作物の著作権を譲り受けた。
(二) 被告ら
田中が原告に書籍三初出部分の著作権を譲渡したことはない。
5 争点5(被告乙社から原告への著作権の譲渡ないし使用許諾)について
(一) 原告
(1) 本件著作物について、著作権ないし共有著作権がいったん被告乙社に帰属したことがあるとしても、原告は、被告乙社からこの著作権ないし共有著作権を買い取っている。
すなわち、原告は、平成二年五月三一日、被告乙社に対し、書籍六の三〇〇〇冊分として一二〇万円(消費税を除く)を支払っているが、これには、書籍六初出部分のデザイン、レイアウト、イラスト料も含まれており、これによって、被告乙社の書籍六初出部分についての著作権を譲り受けた。また、原告は、平成四年三月九日、被告乙社に対し、書籍七初出部分について、デザイン・レイアウト料一式として一〇二万円、イラスト料として六八万円(いずれも消費税を除く)を支払っており、これによって、被告乙社の書籍七初出部分についての著作権を譲り受けた。さらに、被告乙社代表者被告乙山は、原告が自ら書籍三の製本・印刷等の注文を他の会社にすることにしたのに対し、「公立学校は残念です」と答えているのであって、この事実からも、原告が被告乙社の著作権をすべて譲り受けていることは明らかである。
(2) 仮に、被告乙社からの右(1)の譲渡がなかったとしても、原告は、書籍二及び三の出版、発行について、右(1)の際、被告乙社から本件著作物の使用許諾を得ている。
(二) 被告ら
被告乙社は、原告に著作権を譲り渡したことはないし、書籍二及び三の出版発行について、著作権の使用を許諾したことはない。
6 争点6(被告らが書籍一、四及び五の発行によって得た利益の額)について
(一) 原告
(1) 被告乙杜及び被告丙社は、書籍一を一冊二〇〇〇円で一〇〇〇冊販売し、その代金二〇〇万円から経費二〇万円を控除した一八〇万円の利益を得ている。
(2) 被告らは、秋田県教育関係職員互助会に書籍四を二五〇冊販売し、その代金三一万七五〇〇円から経費五万円を控除した二六万七五〇〇円の利益を得、また、書籍五を一冊二〇〇〇円で七五〇冊販売し、その代金一五〇万円から経費一五万円を控除した一三五万円の利益を得、合計一六一万七五〇〇円の利益を得た。
(二) 被告ら
(1) 被告らは、書籍一を七〇〇冊、書籍四を二五〇冊、書籍五を五〇冊製作した。被告丙社は、農林省共済組合に対し、書籍一のうち二八九冊を一冊二〇〇〇円で販売し、また、書籍一を一〇八冊他に一九万七五〇〇円で販売した。これによる売上は、合計七七万五五〇〇円である。また、被告丙社は、書籍一のうち二五〇冊を社会福祉協議会等に無償で配布し、その余は現に保有している。
(2) 被告乙社は、秋田県教育関係職員互助会に対し、一冊一一五〇円で書籍四を二五〇冊販売し、これにより、二八万七五〇〇円の売上を得た。
被告乙社は、書籍五を、五〇冊他に無償で頒布した。
(3) 被告らの書籍一、四及び五の製作費は、一〇〇〇万円を超えており、発送費も含めると利益はない。
7 争点7(公立学校共済組合に書籍三を売り渡したのは、原告か被告乙社か。)について
(一) 被告乙社
被告乙社は、平成四年一一月六日、東京都在宅介護研究会名義で、公立学校共済組合との間で、書籍三八万〇二〇〇部を七二七一万八〇〇〇円で売り渡す契約を締結し、同年一二月ころ書籍三八万〇二〇〇部を公立学校共済組合に納品した。被告乙社は、右契約の実質的当事者であるが、書籍の出版等についての厚生省社会福祉・医療事業団等による助成団体の認定が、個人や営利企業である株式会社はその対象とはされないことへの配慮等から被告乙社名義を使用することを控えて、「東京都在宅介護研究会」名義を使用した。
したがって、公立学校共済組合から入金された七二七一万八〇〇〇円は、すべて被告乙社に帰属するものである。
被告乙社は、原告に対し、主位的に、公立学校共済組合から振込送金された書籍三の販売代金七二七一万八〇〇〇円から原告が勝手に引き出して着服横領した六〇七一万八〇〇〇円の内金二〇〇〇万円、予備的に、原告が公立学校共済組合に書籍三を販売した契約の当事者(売主)であったとすると、原告の故意又は過失による書籍三の発行、販売による被告乙社が有する前記著作権等の侵害があったことになるとして、その不法行為による損害賠償として右書籍三の公立学校共済組合への販売により原告が取得した六〇七一万八〇〇〇円の利益のうち、被告乙社が著作権を有する割合分(九〇パーセント)である五四六四万六二〇〇円の利益の額の内金二〇〇〇万円を請求する(なお、原告は、このほかに、前記一6の原告による書籍二の販売利益二三二四万〇七四六円の九割に相当する二〇九一万六六七一円の内金一一五二万円を請求していることは前記のとおりである。)。
(二) 原告
原告は、公立学校共済組合と書籍三を売り渡す契約を締結して、平成四年一二月ころ書籍三を公立学校共済組合に納品した。
したがって、公立学校共済組合からの入金七二七一万八〇〇〇円は、すべて原告に帰属するものである。
第三 当裁判所の判断
一 前記前提事実、及び、証拠(甲六、証人永瀬、同田中、原告、被告乙山)、及び、各該当部分に記載した後記括弧内記載の各証拠、並びに、弁論の全趣旨を総合すると、次のとおり認められる。
1 被告乙社、被告乙山、原告について
(一) 原告は、昭和五七年五月、被告乙社代表者被告乙山と結婚した。
(二) 被告乙社は、その商業登記簿上の事業目的を「1 印刷、紙器、製本に関する事業、2 写真製版業、3 出版業、4 日用品雑貨の製造、販売に関する事業、5 生鮮食品加工、販売に関する事業、6 上記に関連する一切の事業」とする会社であり、本件著作物が作成された平成元年ないし同四年当時、印刷物の作成、企画、デザイン等を業として、カタログ、ポスター、会社案内、マニュアル等を作成し、製版、印刷、製本等は外注に出していたものであるが、社会福祉関連の事業ないしは老人の在宅介護に関するサービスの提供等は、直接その事業目的とはしていなかった。
(三) 被告乙山は、被告乙社の経営者として、営業を担当するとともに、従業員の行う仕事の全般的な監督、取りまとめも行い、また、自らも、写真撮影、デザイン、レイアウト、文章やキャッチフレーズの作成等も行っていた。
(四) 原告は、昭和六一年に被告乙社に入社し、経理を担当していた。原告は、取締役や監査役ではなかったが、他の従業員からは、専務と呼ばれており、被告乙社の代表者印、銀行印、預金通帳等の保管や銀行からの借入れ等の交渉なども行っていた。
(五) 原告は、被告乙社から、その経理を行うようになった当初は給与を支給されていなかったが、遅くとも、昭和六二年一〇月からは毎月二〇万円、平成二年四月からは毎月四〇万円、同四年四月から同五年一月までは毎月六〇万円の給与が計上され、早い時期には、実際の支払が計上金額より少ないこともあったが、後記のとおり、東京都在宅介護研究会との取引で被告乙社の経営が潤ったこともあって、遅くとも同四年四月ころには満額の支払を受け、同四年一二月には一九二万円の賞与の支払を受けていた(これに対し、被告乙社の他の従業員としては、同元年九月ころは、守谷、永瀬祐一(以下「祐一」という。)、町田善政(以下「町田」という。)、加瀬部実代(以下「加瀬部」という。)が勤務していたが、そのころの守谷の給与は、月額一四万ないし一五万円であり、他の従業員及び同三年三月に入社した田中の給与もこれとほぼ同様であったのに対し、被告乙山の給与は、同元年九月に月額六〇万円、遅くとも同二年四月以降同五年一月まで毎月一〇〇万円であった。)。(乙二六ないし三三)
(六) 原告は、イラスト、漫画等を描く技能や経験はないし、原告及び被告乙山は、少なくとも書籍六が作成された平成元年、同二年当時は、専門的な医学的知識も老人の在宅介護の経験も有していなかった。
2 社団法人長寿社会文化協会(以下「WAC」ともいう。)について
(一) 原告及び被告乙山は、昭和六三年一〇月ころ、WACに、当時の被告乙社従業員ら、東京中小企業家同友会板橋支部(被告乙山が支部長)の会員ら(本件の被告ら代理人を含む)とともに入会し、被告乙社は、賛同企業としてWACに企業寄金を納めた。
(二)(1) WACは、Wonderful Aging Club略語であり、高齢化社会と呼ばれている状況を「長い間人々が待ち望んでいた、長寿を楽しむことのできる社会が実現」したのだと捉え返すところから出発し、高齢者の増加を社会の活性化へ結びつけていくための推進役が必要であるとの考えから昭和六一年九月に結成され、同六三年四月二二日に社団法人の認可を受けた団体であり、平成二年四月ころの会員数は約一万五〇〇〇人であった。WACは、事業の重点を、①病弱なお年寄り等の介護や手助けなどのボランティア活動、②元気な高齢者のための仲間づくりや趣味を生かしたり、学んだり、仕事づくりをするためのグループ活動、③長寿社会の具体的な問題を調査・研究し、自治体等に提言すると共に共同して実践していくグループ活動の三点に集約している。WACは、このために、ケアワーカー(介護者)を養成して派遣する「WACまごころサービス」を実施しており、原告及び被告乙山が入会する一年以上前の昭和六二年春ころから東京でホームヘルパーの養成講座(以下「養成講座」という。)を開催し、後述の平成二年四月からの板橋区での養成講座(以下「板橋介護教室」ともいう。)が開かれるまでに、既に東京、大阪等で約一一回養成講座を開催し、約三〇〇人以上が受講して、そのうち約一〇〇人がケアワーカーとして登録していた。WACは、平成二年五月以降同五年末までの間にも約二二回の養成講座を開催している。(甲一、九の1ないし4、一〇)
(2) WACの養成講座の担当者として、白石(平成元年七月死亡)がいた(甲一〇)。
(三)(1) WACの東京における地域組織である東京WACは、平成元年五月二二日に結成され、同日その記念大会が開かれた。原告は、東京WACの代表理事となり、本件被告ら訴訟代理人等は、その理事となった。また、東京WACの結成記念大会のパンフレットに、協力者として、被告丙社代表者のコメントが掲載され、原告は、このパンフレットでは、被告乙社の専務取締役として紹介されている。(乙一四)
(2) 東京WACは、平成元年六月一一日から、被告乙社が二階に事務所(以下、この部屋を「二階事務室」という。)を賃借している日本光学工業協同組合会館ビルの六階に事務所を置いた(以下、この部屋を「六階事務室」という。)。六階事務室は、日本光学工業協同組合から被告乙社名義で賃借し、敷金、礼金、家賃等は、被告乙社が右組合に支払い、被告乙社には、東京WACの会計から右金員が支払われていた。(乙五ないし七)
(3) 原告は、六階事務室で、被告乙社の代表者印、銀行印、預金通帳等の保管や経理の仕事も行っていた。右代表者印等を保管した収納庫の鍵は、原告及び被告乙山の両者が所持しており、被告乙山も、自由に六階事務室に出入りして、右代表者印等を使用していた。
(4) 原告が六階事務室で行っていた被告乙社の経理の仕事については、後に石田好子(以下「石田」という。)が補助するようになった。
(5) 東京WACの活動の財源としては、被告乙社その他の賛同企業からWAC本部へ納められた企業寄金の一部が配分されていた。
(6) 東京WACの結成記念大会のプログラムや右記念大会のあった平成元年五月二二日に発行された「さあ!出てきませんか。」という表題のWACのパンフレット等は、被告乙社が作成や印刷の手配等を行い、WACからその代金が支払われていた。右パンフレットには、その奥付に、編集者・制作者として、「社団法人長寿社会文化協会東京WAC出版局」という記載があるが、このような機関は存在せず、その所在地として被告乙社の事務所である二階事務室が記載されており、コーディネイト/被告乙山、デザイン/祐一・守谷、イラスト/加瀬部と記載され、また、今後の出版予定の冒頭に「在宅ケアについて」が挙げられていた。(乙一三、一四)
3 書籍六初出部分と争点1(書籍六初出部分の著作者、編集著作者とその割合)について
(一) 原告は、白石が死亡する約一か月前の平成元年六月ころ、白石に在宅介護の本を発行したい旨を話し、その約束をした(甲五六)。
(二) 守谷は、昭和六三年三月に日本工学院専門学校のデザイン科を卒業し、同年四月から平成二年四月ころまで原告に勤務していた者であり、被告乙社においては、デザイン、イラスト等を担当していた。
原告は、亡白石との約束を果たすために、守谷に在宅介護の本を作成するための資料集めを依頼し、守谷は、長野県伊那市の介護に関するしおりその他後記の参考文献の一部を集めて、平成元年一〇月ころ原告に渡した。
(三) 書籍六初出部分の作成については、原告と守谷のほかに、看護婦でWACの養成講座の講師であった吉田や特別養護老人ホームみぎわホーム寮母の堀、及び、被告乙山が入院していた東京都老人医療センター副院長上田医師のアドバイス、及び、東京都立広尾病院栄養科長山田伶子(以下「山田栄養科長」という。)等の協力を得ることになった。(甲一六、五六の1・2、検乙一)
(四) 書籍六初出部分は、介護基礎編と介護実践編とからなる。介護基礎編(五ページから二五ページ)は、イラストで描かれた医師の格好をした男性が、「介護には助け合いが必要であること、介護者の心構え、自治体の福祉サービスの活用、老人の病理と生理、老人の心理と性の問題、アルツハイマー型痴呆・多発梗塞性痴呆・急性錯乱状態・ウツ病についての基礎知識、老化と痴呆の違いと痴呆への対応の仕方、老人によく見られる病的症状の特徴、救急法、薬の飲み方・使い方」の各項目について、わかりやすい言葉でイラストをまじえながら医学的立場から基本的な知識を説明しているとの構成となっている。
介護実践編(二七ページから六五ページ)は、イラストで描かれたエプロン姿の中年の女性が、「在宅介護のために必要な部屋の環境、病人の身じたく、入浴と清掃、洗髪、栄養と食事と献立、排泄やおむつ、衣服、寝巻や寝具、床ずれ防止のための工夫、マッサージ、体位交換、自力移動、口や手や足の運動」の各項目について、老人介護の実践的経験に基づく具体的なアドバイス、在宅介護に必要な知恵と工夫を、前同様に、わかりやすい言葉でイラストを交えながら説明しているとの構成となっている。
原告及び守谷並びに吉田は、書籍六初出部分の全体の構成すなわち前記のような項目の選択、配列等の編集作業を共同で行っている。
また、書籍六初出部分は、横浜市衛生局主査山崎京子編著、厚生省健康政策局計画課監修「寝たきり老人の家庭看護のてびき」、上田医師監修「お年寄りの介護と便利用品」、聖路加看護大学学長日野原重明監修「ホームケア百科」及び香川県綾南町国保陶病院内科医長西原修造著「絵で見てやれる家庭介護のすべて」等を参考文献として、その参考文献の内容(文章及びイラスト)の一部を説明した部分、及び、吉田や堀及び山田栄養科長の意見を記載した部分とからなっている。
すなわち、書籍六初出部分の文章部分については、原告及び守谷が、前記参考文献の表現を部分的にそのまま利用して、各参考文献の表現の一部を切り張りして複製したような態様の部分、及び、原告が漫画の吹き出し部分の台詞や「ポイント」及び説明部分などの一部で参考文献と異なる表現でその内容を要約した部分、並びに、老人介護についての経験が豊富な吉田や堀の体験に基づく意見を記載した部分、及び、山田栄養科長の食事、献立等に関する意見を記載した部分とからなっている。吉田の右意見を記載した部分(以下「吉田意見部分」という。)は、書籍六初出部分全体で約二八箇所あり、堀の意見を記載した部分(以下「堀意見部分」という。)は、同じく約一六箇所あり、吉田と堀の意見を総合したものを記載している部分が同じく約二箇所、山田栄養科長の意見を記載した部分が約五箇所存在する。
また、書籍六初出部分のイラストの部分は、守谷が原告及び吉田から指示された項目について、前記参考文献の内容やイラストを参考にしながら、あるいは、吉田や堀及び山田栄養科長の意見を記載した説明部分の文章の内容に合わせながら、守谷独自のキャラクターを使用して作成したものである(参考文献に同じようなイラストがある場合には同じにならないように注意しながら作成している。)。
なお、原告や吉田及び堀は、守谷が作成したイラストについて、一部修正の要望を守谷に伝え、守谷がこれを修正している部分もある。
また、特に介護基礎編については、老人の病気や生理についての医学的な知識のある者による監修が必要なところ、上田医師らの監修も受けている。
なお、被告乙山は、書籍六全体及び各ページのレイアウト並びに文章の最終チェックを担当している。また、他の被告乙社の従業員は、祐一が書籍六初出部分の表紙等の花柄模様を作成し、町田が版下作りの補助や印刷の手配をするなどした。
((四)項全体について、甲一六、五五、五六の1・2、五七ないし六二、乙二五、検甲六ないし一一、検乙一)
(五) 守谷は、被告乙社の代表者の被告乙山や原告の依頼を受けて、被告乙社の勤務時間を使って、書籍六初出部分のイラスト及び漫画等を作成し、その編集にも参加した。守谷は、書籍六初出部分の作成について、被告乙社から給与を受けていた以外に、原告やその他の者から報酬等の支払を受けたことはなく、被告乙社の仕事としてこれを行っていた。
(六) 書籍六は、平成二年二月ころには、ほぼできあがり、守谷が被告乙社を退職する前の同年三月ころには印刷の手配が完了し、同年五月三〇日に発行された。
書籍六は、表紙に、監修上田医師、「豊かな老後をつくる中高年者の会(豊齢奉仕会)」と記載され、奥付に、「発行 東京都在宅介護研究会、編集 社団法人長寿社会文化協会WAC板橋、制作 株式会社乙社」と記載され、制作スタッフとして、被告乙山、守谷、祐一、加瀬部、町田の氏名が記載され、監修・協力をいただいた方々として、上田医師、山田栄養科長、ほかの医師ら、吉田、堀、原告等の氏名が記載されているが、「著者」の氏名の記載はない。なお、書籍六は、八二四円(消費税込み)で販売された。(検乙一)
(七) 以上によれば、書籍六初出部分の各著作物の著作者は、次のとおりであると認められる。
(1) 書籍六初出部分のイラストないし漫画は、守谷が、前記の参考文献の内容やイラストを参考にしたり、吉田や堀及び山田栄養科長の意見を記載した文章部分に合うように、独自のキャラクターを用いて描いたものであり、その著作者は、守谷であると認められる。なお、原告がイラストないし漫画の作成について、守谷に対し、参考文献の中から描くべきものを指示したりしたとしても、原告は、イラストや漫画を描く技能もその経験も有しないものであり、原告が描くべき物を指示することは、単なるイラストないし漫画の作成の具体的依頼にすぎず、これを具体的に表現し、創作したのは、守谷であるから、その著作者は守谷であり、原告ではない。また、守谷がイラストを作成する過程において、原告が守谷の作成したイラストを一部修正するように注文を付け、指示をしたとしても、原告は、イラストを描く技能や経験も有しないものであるから、原告の右行為は、前同様に、守谷に対し、漫画の作成の具体的な依頼ないし注文をした行為の一環と評価でき、イラストや漫画の著作行為であるということはできない。
(2) 書籍六初出部分の文章部分については、前記のとおり、原告及び守谷が参考文献の表現と同一の表現を一部をそのまま取り入れて、いわば参考文献の内容を切り張りして複製したような態様の部分、及び、原告が漫画の吹き出し部分の台詞や「ポイント」や説明部分などの一部で参考文献と異なる表現でその内容を要約した部分、並びに、吉田や堀の経験に基づく意見及び山田栄養科長の意見を記載した部分とがある。
このうち、参考文献の表現の一部をそのまま利用し、いわばその表現の一部を切り張りして複製したような態様の部分については、「著作物」とは「思想又は感情を創作的に表現したもの」をいい、「著作者」とは「著作物を創作する者」をいうものであるから(著作権法二条一項一、二号)、原告と守谷がこれを著作したということはできず、原告と守谷については、右の部分について、著作権は生じ得ず、素材の選択と配列について編集著作行為が成立するだけであると認められる。ただし、原告は、書籍六初出部分の漫画の吹き出し部分の台詞ないしは「ポイント」の部分及び説明部分の一部ではあるが、参考文献そのままの表現を用いずに表現している部分もあるので、この一部については著作行為をしているものと認められる。
また、後者の文章部分については、吉田ないしは堀の経験に基づく意見を記載したものは、吉田ないし堀の各単独著作であり、吉田と堀の意見を総合して記載したものについては、各人の寄与を分離して個別的に利用することができないものであるから、吉田及び堀が共同著作したものと認められる。また、山田栄養科長の意見を記載したものは、山田栄養科長の単独著作と認められる。なお、原告及び守谷は、吉田や堀及び山田栄養科長の意見を書籍六初出部分に記載する作業に関与していたが、これらの部分も簡単なわかりやすい表現で記載されているだけであり、その具体的な表現において、原告及び守谷が創作的な態様でこれに関与したことを認めるに足りる証拠はないから、原告及び守谷がその共同著作者であるということはできない。
なお、被告乙山は、書籍六初出部分の文章全体について最終的な文章のチェックを行っているが、このような作業は、著作物の創作行為ということはできない。
(3) 書籍六初出部分の編集については、その項目の選択と配列については、原告及び守谷並びに吉田が中心となって決めていったものであり、編集者は、原告及び守谷並びに吉田であり、各人の寄与を分離して個別に利用することができないから、共同編集著作行為と認められる。なお、被告乙山は、前記のとおり、単に書籍六初出部分全体及び各ページのレイアウトに関与しているだけであるから、書籍六初出部分について編集著作権まで有しているとみることはできない。
(4) なお、書籍六初出部分は、イラストと説明文とからなり、両者が一体として作成されているが、説明文のみあるいはイラストのみを分離して利用することも可能であるので、このイラストと説明文とは、小説とその挿し絵ないしは作曲と作詞と同様にいわゆる結合著作物に当たるとみるべきであり、著作権法二条一項一二号の共同著作物ではないと解される。また、書籍六初出部分の吉田、堀、原告及び山田栄養科長の各著作部分も分離して利用することが可能であり、これもそれぞれ別個の著作物が一体となって書籍六初出部分に掲載されているものと解される。したがって、書籍六初出部分については、吉田と堀の意見を総合して記載し、吉田と堀の寄与を分離して個別的に利用することができない部分、及び、原告と吉田と守谷の共同編集著作のみが、同一二号の共同創作行為であると認められる。
そして、共同著作物の持分の割合については、共有者の意思が不明な場合には、民法二五〇条により、各共有者の持分は相均しきものと推定されるのであるが、本件の書籍六及び後記の書籍七についてこれを検討するに、このような著作物においては、原則として各共同著作者の共同著作物全体に対する寄与度の割合に応じてその持分を定めるとの黙示の合意が各共同著作者間にあったとみるのが、合理的でかつ公平に資するところであると認められるので、以下、本件については、各共同著作者の関与の態様などから、その寄与度の割合が相均しいものでないことが証拠上明らかである場合には、その共同著作部分の全体に占める寄与度の割合を基準にしてその持分を定めることとし、その関与の態様ないし寄与度が明瞭ではない場合には、民法二五〇条の趣旨に沿って、相均しいものとしてその持分を定めるものとする。
まず、吉田及び堀の意見を総合して記載した部分については、各人の寄与の度合いが証拠上不明であるので、吉田及び堀の持分は相均しきものと認められる。
また、書籍六全体の編集著作権についての共有著作権の持分の割合は、前掲各証拠によれば、原告及び吉田が主として、守谷が従としてこの編集行為に関与しているものと認められるから、原告二、吉田二に対し、守谷一と認めるのが相当である(なお、守谷及び原告の著作部分について、法人著作が成立するか、著作権の被告乙社への譲渡があったかについては、後に判断するとおりである。)。
4 東京都在宅介護研究会について
(一) WACは、平成二年四月一三日から同年五月末ないし六月初めにかけて、吉田、堀等を講師として、板橋介護教室を開催し、四一名の受講生が集まったが、原告もそれまでに介護についての経験がなかったため、受講生の一人としてこの教室の講座を受講している(甲四、九の3、三九)。
(二) 原告は、平成二年五月三〇日、板橋介護教室の会場で、その受講生たちに、「生涯学習の推進と文化向上。地域コミュニティづくりの推進。高齢者間、及び世代を超えた相互扶助活動。」をその事業内容とする東京都在宅介護研究会を作ることを提案して、その了承を受け、自らその代表となり、被告代理人や被告乙山もその役員になったが、現在に至るまで、会員、役員、財産等について定めた東京都在宅介護研究会の規約等が定められたことはない(乙三)。
(三) 書籍六は、平成二年六月一四日の読売新聞において「イラスト“教科書”刊行」という見出しの記事で、「寝たきりのお年寄りを抱える家族のために、介護のポイントをイラスト入りで解説したテキスト「誰でもできる在宅介護」が刊行された。作成したのは、板橋区大山金井町に事務局を置く東京都在宅介護研究会(甲野花子代表)。在宅介護サービスを全国的に展開している社団法人『長寿社会文化協会』(WAC)が今年四月、板橋区内で開催した在宅介護教室の修了者四一人で、先月、発足させた。ケアワーカーと呼ばれる介護者派遣の窓口となるほか、寝たきり老人のための入浴車の運行、介護教室の開催などを計画している。本は、在宅介護の教科書として使えるように、在宅介護教室で使われた資料をもとにまとめた。」などと紹介された。(甲二)
(四) 原告及び被告乙山は、平成二年六月ころ、WACを退会した。
(五) 東京WACの事務所は、前記のとおり、日本光学工業協同組合会館ビルの六階事務室であったが、右六階事務室は、引き続き被告乙社が日本光学工業協同組合から賃借し、被告乙社が日本光学工業協同組合に賃料を支払っていたものであり、原告及び被告乙山がWACを退会した後は、東京都在宅介護研究会の会計から被告乙社に右賃料が支払われ、東京都在宅介護研究会の活動のためにこの部屋を使用した。なお、原告が代表取締役である株式会社エフ・アンド・ジー(以下「エフ・アンド・ジー」という。)は、平成四年五月分から東京都在宅介護研究会に代わってその賃料の支払をするようになった。なお、エフ・アンド・ジーは、原告がその主たる株式を保有し、原告がその代表取締役となっているいわゆる原告の個人会社であり、従業員としては、パート勤務の石田がいるのみである。(甲三七の1ないし5、五二、乙八、九)
(六) 原告は、東京都在宅介護研究会の一回目の集まりを平成二年七月七日に設定したが、集まったのは一〇人程度であり、その後東京都在宅介護研究会としての全体的な会合は開かれていない。
(七)(1) 原告は、平成二年七月三一日ころ、東京都在宅介護研究会が被告乙社から書籍六等を仕入れ、その支払等をするという会計処理を記帳するための帳簿を作り、この帳簿に、同年五月三一日分から平成三年五月三〇日分まで記入した(甲三七の1ないし5)。これによれば、書籍六は、東京都在宅介護研究会が被告乙社から、平成二年五月三一日に一冊四〇〇円で三〇〇〇冊、同年八月三一日に一冊四〇〇円で五〇〇冊、同年一一月三〇日に一冊四〇〇円で五〇〇冊、平成三年五月に一〇〇〇冊を五一万五〇〇〇円(一冊当たり五一五円)で仕入れている。右の書籍六の仕入金額は、印刷、製本等の費用(一冊当たり約七〇円(甲六四))を、大きく超えるものであったが、書籍六が一冊当たり八二四円で販売されたことから、当時夫婦であった原告と被告乙山とで相談のうえ、販売価額の約半額という右のような仕入金額で合意されたものであり、これにより被告乙社及び東京都在宅介護研究会はそれぞれ相当額の収入を得ている。なお、WAC本部や東京WACの会計からは、書籍六作成のための費用は出されていない。
(2) なお、平成四年四月三〇日には、被告乙社から、東京都在宅介護研究会ではなくエフ・アンド・ジーに対し、書籍六の販売代金を一冊二〇〇円で一万冊分(合計二〇〇万円)請求するという処理が行われている。(甲八一の1、2)
(八) 平成二年八月八日、「東京都在宅介護研究会甲野花子」名義で朝日信用金庫板橋支店に助成金や書籍の販売代金の振込等を受けるために、預金口座が設けられた。
(九) 平成二年八月、東京都在宅介護研究会名義で「たなばただより」と称する通信誌が発行され、同年一〇月には、これに換え東京都在宅介護研究会名義での「NEW・WAC通信」の発行が計画された。
その後、本件情報誌が、平成二年一一月ころから、財団法人長寿社会開発センターの助成で、発行人原告、企画・編集東京都在宅介護研究会として有料で毎月発行されたが、原告が参議院議員に立候補することになった平成四年夏ころ廃刊とされた。(甲三、一一、二六)
(一〇)(1) 東京都在宅介護研究会は、平成二年一一月一九日、財団法人東京都社会福祉協議会から、「家事援助サービス」について、七五万円の助成金の交付を受けたのを皮切りに(甲五三)、その後も、
① 平成三年五月三〇日、財団法人長寿社会開発センターから、「高齢者の生きがいづくり、健康づくりの啓発・普及推進事業としての地域活動情報交流誌(月刊)の発行」について、六〇〇万円の助成金交付の内定を受け、その後、その交付を受け(甲一三の1の1)、
② 平成三年六月二一日、財団法人東京都社会福祉振興財団から「有償家事援助サービス」について、三三一万五〇〇〇円の助成金の交付決定を受け、その後、その交付を受け(甲一三の2)、
③ 平成三年七月九日、社会福祉・医療事業団に対し、「(高齢者参加型)誰でもできる『在宅介護工夫集』刊行事業」について、助成金の交付を希望し、同年九月二〇日付けで、同事業団から五〇〇万円の助成金の交付の内定通知を受け、同年一〇月一五日付けで助成金の交付申請をし、同月二一日付けで、同額の交付決定通知を受け、その後、その交付を受け、同四年四月一〇日付け完了報告に基づき、同月一六日付けでその確定通知がなされ(甲一三の4の1、同一三の5・6)、
④ 平成四年五月二九日、社会福祉・医療事業団に対し、「高齢者(要介護者)のための一般家庭開放型ホームステイ組織の展開事業」について、助成金の交付を申請し、同年六月九日付けで、同事業団から五〇〇万円の交付決定通知を受け、その後、その交付を受け、同五年四月九日付け完了報告に基づき、同年四月二〇日付けでその確定通知がなされた。(甲一三の7、8
(2) 原告らが、WACを離れ、東京都在宅介護研究会名義でこのような助成金を受けたのは、WACの地域組織である東京WACでは、WAC本部が助成金を受けていたため、重ねて助成金を受けることができないことも一つの理由であった。なお、このような助成金は、株式会社や個人に対しては、交付されないため、被告乙社や原告個人及びエフ・アンド・ジーではこのような助成金の支給を受けることはできない。
(3) 右(1)①及び③の助成金は、東京都在宅介護研究会の会計を通して、印刷物の作成費として被告乙社に支払われ、コーディネーターや取材、編集費等として、原告の会社であるエフ・アンド・ジーに支払われている。
(一一) 東京都在宅介護研究会の活動としては、平成二年六月ころから家事援助サービスの準備がなされ、同年一一月ころ前記助成金を受けて同サービスが開始され、WAC本部の人手が足りないときや、板橋区の依頼があったときに家事援助サービスを行い、平成四年ころまでの間に合計五名の介護を引き受けた。なお、このサービスは、板橋区が家事援助サービスを行うようになったため、停止された。
東京都在宅介護研究会は、前記のような助成金を得て、平成二年一一月から同四年夏ころまで本件情報誌を継続的に刊行したり、同二年一一月ころから同四年ころまで、在宅介護の家事援助サービスを行ったり、また、同二年五月には書籍六を発刊するに至り、さらに後記5のとおり、同四年三月には書籍七を発刊するに至ったものである。しかしながら、東京都在宅介護研究会は、団体としての組織を備え、多数決の原則が行われ、構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し、その組織において代表の方法、総会の運営、財産の管理その他団体としての主要な点が確定しているものではなく、権利能力なき社団には該当せず、その実態は、原告個人を中心とした活動であり、原告個人が中心となって助成金を受け、前記のような活動を行い、これに在宅介護に熱心な人達が一部協力をしていたにすぎないものである。
また、前記の助成金は、株式会社や個人では交付を受けることができないものであり、原告としては、東京都在宅介護研究会の名義でその交付を受けた以上、東京都在宅介護研究会を、団体として組織化し、その実体を備えさせ、また、少なくとも原告個人ないしは原告の個人会社とは別個独立に経理処理をし、東京都在宅介護研究会の構成員ないしはその協力者にその会計報告をすべきであったところ、前記助成金の使途については、東京都在宅介護研究会の活動に協力した人達に相談して決定したり、東京都在宅介護研究会としての収入支出についての会計報告を右協力者に通知したことはなく、すべて原告が被告乙山あるいは税理士等と相談しながら、これを決定して会計処理してきており、たとえば、書籍七については前記のとおり東京都在宅介護研究会として五〇〇万円の助成金の交付を受けてこれを作成したにもかかわらず、書籍六、七及び三の各書籍の売上収入については、後記のとおり、すべて原告個人ないしは原告の個人会社であるエフ・アンド・ジーがこれを取得して、また、その経費を支払っており、東京都在宅介護研究会の活動に協力した人達にその収入を配分したり、同研究会として会計報告等をしたことはない。
5 書籍七初出部分と争点1(書籍七初出部分の著作者、編集著作者とその割合)について
(一) 書籍七は、本件情報誌の読者から募集した在宅介護の工夫等の体験記、朝日新聞で募集した在宅介護の体験記及び各地の福祉協議会等で原告が取材をした結果等を元に作成されており、全体の構成は、「介護とは…、加瀬さんの介護日誌(用品・工夫)、中岡さんの介護日誌(介護の方法)、永瀬さんの介護日誌(心の交流)、痴呆症状を持った方の家族の介護日誌、それぞれの家族のそれぞれの介護日誌」と大きく六つに分けられている。(甲二六、検乙三)
(二)(1) 原告は、本件情報誌を発刊し、読者から在宅介護についての体験記や手紙を広く募集し、これを基に書籍七の発刊を企画したものであり、書籍七初出部分の全体の構成すなわち各項目の選択とその配列等の編集作業は、原告が中心となって行っている。すなわち、「介護とは…」(七〇ないし七九ページ)については、原告発行の本件情報誌に寄せられた手紙等からアイデアを得て、その構成を考え、文章を作成したものであり、「加瀬さんの介護日誌」(同八一から九七ページ)については、同様に石黒トミからの手紙を参考にし、「中岡さんの介護日誌」(同九九から一〇七ページ)については、同様に初田照江からの手紙を参考にし、「永瀬さんの介護日誌」(同一〇九から一二一ページ)については、同様に群馬県在住の高野トシ子、同繁夫夫婦から取材した結果を参考にし、「痴呆症状を持った方の家族の介護日誌」(同一二三から一三九ページ)については、同様に横浜市在住の田中まさ子から取材した結果と原告の父についての介護経験を参考にし、「それぞれの家族のそれぞれの介護日誌」(同一四一から一六三ページ)については、同様に朝日新聞を通し募集した体験談の手紙や原告の父についての介護経験等を参考にして、その構成を考え、文章を作成したものである(なお、同一二〇、一二一ページは、右繁夫の故母作成の遺書をそのまま掲載したものであり、原告が自認するように原告ら著作に係るものではない。)。
また、堀は、在宅介護についての経験が豊富であるため、書籍七全体について監修を行い、表現の検討はもちろん、事例の加入や削除等の編集行為も行っている。したがって、原告及び堀は、書籍七初出部分全体について各人の寄与を分離して個別的に利用することができない態様で共同で編集著作したものと認められるが、その共有持分の割合は、前記のとおり、原告が主としてこれに携わっているものであるから、原告が九、堀が一と認めるのが相当である。
(2) 田中は、平成三年三月に被告乙社に入社し、主に本件情報誌の原稿のワープロの入力や紙面への割付、イラスト等を担当していたものである。
① 書籍七初出部分の随所に見られる四コマ漫画は、原告と田中が六階事務室において机を並べて次のような共同作業により作成したものである。すなわち、右四コマ漫画は、枠内に記載されている吹き出し部分の台詞も含め、原告が田中に対し、本件情報誌の読者等から寄せられた介護についての前記体験記等を基に、四コマ漫画の基本的構成や吹き出し部分の台詞についての具体的な指示を与え、田中がこれを受けて、原告から指示された枠をはみ出さない範囲で漫画を描き、吹き出し部分の台詞を作成し、原告が最終的に吹き出し部分の台詞を修正したり、漫画の細部について注文を付けて田中にこれを手直しをさせたりして作成したものである。右によれば、右四コマ漫画中の漫画の部分は、田中が描いたものであるが、原告が四コマ漫画の基本的な構成や吹き出し部分の台詞についての具体的な指示を与え、田中がこれを受けて描いているのであるから、前記の守谷の場合とは異なり、この四コマ漫画は、その吹き出し部分の台詞も含めて、原告と田中の寄与を分離して個別に利用することができない態様で作成されたものであり、原告と田中の共同著作に係るものであると認められる。
② 書籍七初出部分のその他のイラスト及びその説明の文章も、前同様に六階事務室において原告と田中が机を並べて、これに堀も随時加わりながら、次のような共同作業により作成したものである。すなわち、説明のための文章は、原告及び堀が第三者の体験記や自己の経験を基に作成し、田中がこれをコンピュータに入力していったものである。これに対し、右イラストは、田中が既存の文献や第三者の体験記にあったイラストを参考にして独自のキャラクターを使用して描いたものが多く、その余は、田中が原告の指示を受けながら、本件情報誌の読者等から寄せられた介護についての前記体験記等を基に作成された文章の内容に合うように、田中独自のキャラクターを使用してイラストを描いていったものである(参考文献に同じようなイラストがある場合には同じにならないように注意しながら作成している。)。なお、原告と堀は、田中が作成したイラストについて、一部修正の要望を伝え、田中がこれを修正している部分もある。
右によれば、書籍七初出部分の右イラスト部分は、田中が、参考文献の内容やイラストを参考にして独自キャラクターを使用して作成したり、第三者が作成した介護の体験記や原告や堀が作成した文章部分に合うように、独自のキャラクターを用いて描いたものであり、その著作者は、田中であると認められる。なお、原告がイラストの作成について、田中に対し、参考文献や体験記の中から描くべきものを指示したりしたとしても、原告は、イラストや漫画を描く技能もその経験も有しないものであり、四コマ漫画についてその基本的構成を具体的に指示した場合とは異なり、原告が描くべき物を指示することは、単なるイラストの作成の具体的依頼ないし注文にすぎず、これを具体的に表現し、創作したのは、田中であるから、その著作者は田中であり、原告ではない。また、田中がイラストを作成する過程において、原告が田中の作成したイラストを一部修正するように注文を付け、指示をしたとしても、原告は、イラストを描く技能や経験も有しないものであるから、原告の右行為は、前同様に、田中に対し、イラストの作成の具体的な依頼ないし注文をした行為の一環と評価でき、イラストの著作行為であるということはできない。
③ 以上によれば、書籍七初出部分の四コマ漫画については、原告と田中の共同著作であり、その他のイラストについては、田中の単独著作であり、また、説明のための文章は、原告と堀の共同著作に係るものであると認められる。
(3) 四コマ漫画についての共有持分の割合は、漫画の部分と吹き出し部分の台詞の基本的構成については原告の構想によるものであることと、実際に漫画を描いたのは田中であることを考慮すれば、どちらの寄与も重要であり、したがって、原告と田中のどちらの寄与分が主であり従であるということはできず、民法二五〇条の趣旨に照らし、原告と田中の持分は一対一と認めるのが相当である。また、その他の説明のための文章は、投稿された体験記等を参考にして作成されたものであるが、原告が主体的に関わったものであるから、原告七に対し、堀三と認めるのが相当である。
(4) 次に、書籍七初出部分中の八二、八三、八五及び八八ページの枠内のまとまった文章、一二〇、一二一、一六四ないし一九一ページの文章は、第三者が本件情報誌等に投稿した手紙等の全部ないし一部を、原告が選択してほぼ原文のまま掲載したものである(この中には、本件情報誌にすでに掲載されていたものもある。)。したがって、この部分については、手紙を実際に書いた人がその著作者であり、原告は、各手紙の選択と配列について、編集著作権を有するだけである。
なお、被告乙山は、書籍七初出部分の全体について、不適切な表現等のチェックを行ったものであるが、このような行為は、著作物を創作する行為ということはできないことは前同様である。
((二)項全体について、甲一六、一八の1、二〇、二一、二三の1・2、二六、四一の1ないし3、四三、五四)
(三) 田中は、被告乙社の代表者の被告乙山や原告の依頼を受けて、前記のとおり、書籍七初出部分のイラストや漫画等を六階事務室で被告乙社の勤務時間を使って作成し、これについて、被告乙社から給料の支給を受けていたものであり、これ以外に、原告やその他の者から報酬等を受けたことはなかった。田中は、本件情報誌と書籍七初出部分の作成に、被告乙社の勤務時間のほとんどを使っており、東京都在宅介護研究会から被告乙社が依頼された仕事を被告乙社の従業員として、その業務を遂行していたものである。なお、田中は、自分が東京都在宅介護研究会のメンバーに入っているという認識はなかったものであり、同研究会のメンバーとして右業務を遂行したものではない。
(四)(1) 堀は、平成四年二月一四日、東京都在宅介護研究会の会計から、書籍七初出部分の原稿料として一〇万円、編集費、校正代として五万円の支払を受けている(甲一七の1・2)。
(2) エフ・アンド・ジーは、東京都在宅介護研究会に対し、平成四年三月一日付けで、書籍七の編集費二一〇万一二〇〇円の請求書を送付し、同月五日、「東京都在宅介護研究会甲野花子」名義で「株式会社エフ・アンド・ジー代表取締役甲野花子」名義の普通預金口座に右同額が振り込まれた。(甲四四、四五)
(3) 被告乙社は、東京都在宅介護研究会に対し、書籍七のデザイン・レイアウト料一式一〇二万円、イラスト料六八万円、写植、文字代六八万円、印刷、製本代一五〇万円、合計三八八万円の平成四年三月六日付け請求書及びこれらに消費税一一万六四〇〇円を加え、合計三九九万六四〇〇円とした同月九日付け請求書を送付しており、同日、「東京都在宅介護研究会甲野花子」名義で「株式会社乙社代表取締役乙山春男」名義の普通預金口座に三九九万六四〇〇円が振り込まれた。(甲四六ないし四八)
(五) 書籍七は、平成四年三月三一日、発行された。書籍七の表紙には、監修堀と記載され、奥付には、発行東京都在宅介護研究会、発行人原告と記載され、奥付の下欄に、比較的小さな文字で、製作スタッフとして、被告乙山、祐一、加瀬部、田中、町田、中岡知恵美(以下「中岡」という。)、山田恵子(以下「山田」という。)の氏名が記載され、奥付の前ページには監修・協力をいただいた方々として、堀、石田等の氏名が記載されており、また、奥付の上欄には、「編集を終えて」と題して、東京都在宅介護研究会代表原告の名前で「書籍七を編集させていただきました。中には皆様より寄せていただきました原稿を割愛せざるを得ず‥この本の完成の喜びと編集を担当できたこと…に感謝しております」との記載があり、書籍七については、その編集を原告が担当したこと及び堀が書籍七全体を最終的に監修したことが明記されている。
なお、書籍七の奥付に製作スタッフの記載がなされたことについては、被告乙社の社員は、原告の仲間うちであるし、被告乙山は社長ということもあるので、田中一人の名前だけでなく皆の名前を書こうという趣旨で記載されたものである。
書籍七は、九八〇円(消費税込み)で販売された。(検乙一)
6 争点6(公立学校共済組合との取引)について
(一) 平成四年四月一四日付けの朝日新聞において、書籍七が出版されたことが報道され、その後、東京都在宅介護研究会に対し、全国から購入希望が寄せられたところ、書籍七について、公立学校共済組合からも問い合わせがあり、原告は、書籍六及び書籍七の見本を送付した。(甲四九の1・2)
(二) 公立学校共済組合は、平成四年五月二五日、書籍六若しくは七のいずれか一冊又は書籍六及び七のセットの三通りの見積もりを記載した見積書を受領した。(甲七六)
(三) 公立学校共済組合は、二冊を組み合わせて一冊にすることを要望し、かつ、合本版に行政サービス等の介護情報を追加することを提案した。
(四) その後、公立学校共済組合との打合せは、主として被告乙山が行った。原告は、この当時、参議院議員選挙への立候補や平成四年九月ころの原告の父の看病、父の死亡等により忙しかった。
(五) 被告乙山は、平成四年六月二四日、被告乙社の表示のある印刷された見積書用紙を使って、書籍三の見積書を作成し、公立学校共済組合に渡した。(甲二三の3)
(六) 被告乙山は、平成四年七月一日、被告乙社の印刷された見積書用紙の下部の被告乙社の表示等を削除し、その替わりに東京都在宅介護研究会の表示を入れた見積書用紙を使って、書籍三の見積書を作成し、公立学校共済組合に渡した。この見積書には、東京都在宅介護研究会の印が押印されている。(乙二二)
(七) 原告の父は、平成四年九月二四日に死亡しているが、原告は、それまでに介護の経験はなかったものの、東京都在宅介護研究会の活動を通じて学んだことを、父の看病を通じ実践することができた。
(八) 原告と被告乙山は、平成四年一〇月上旬ころ、その夫婦仲が悪化し、別居するようになった。
(九) 被告乙山は、平成四年一〇月二六日、同年七月一日のときと同様に、被告乙社の表示等の替わりに東京都在宅介護研究会の表示を入れた見積書用紙を使って、書籍三の見積書を作成し、公立学校共済組合に渡した。(甲八三)
(一〇) 被告乙山は、そのころ、原告との離婚の話が進行していたが、原告に対し、「話は分かりました。いろいろありがとう。公立学校は残念です。但し、製版アップまでは責任を持って管理します。細かい所でミスがあると、後々大変なことになりますので、ユニバーサルでやります」、「乙社は文字、版下、初期の交渉まとめ」、「新しいフィルムは貴方に渡します。」などと記載した手紙を送っているが、これは、原告が公立学校共済組合に対し書籍三を販売することを当然の前提としたうえで、その印刷の関係は、被告乙社が製版の完了までは従来どおりこれを継続して行い、その後の印刷や、発送の作業については、被告乙社は手を引くため、完成した新しい原版用フィルムは原告に引渡すこと、及び、その後の印刷や発送等の作業についての引継ぎ事項を記載したものである(甲八)。
(一一) 公立学校共済組合と「東京都在宅介護研究会代表甲野花子」の間で、平成四年一一月六日、書籍三を一冊八二〇円で八万〇二〇〇冊販売する契約が締結された。書籍代金六五七六万四〇〇〇円に、発送料四八三万六〇〇〇円及び消費税二一一万八〇〇〇円を含め、代金は、合計七二七一万八〇〇〇円であった。(甲七)
(一二) 被告乙社は、平成四年一一月ころ、既にある書籍六及び書籍七の原版用フィルムに、株式会社タチバナ製版に発注して作製した書籍三初出部分の原版用フィルムを加えて、書籍三の原版用フィルムとしたが、その後の作業は行わず、この原版用フィルムを原告に渡したため、書籍三の印刷、製本等は、原告から株式会社喜太美術に依頼した(ただし、取引形態としては、東京都在宅介護研究会が被告乙社に依頼し、被告乙社が喜多美術に注文している形式となっている。)。喜多美術は、その後、原告から依頼され、右原版用フィルムを管理している(甲二五)。なお、その版下は、被告乙社が引き続き管理していた。
(一三) 書籍三は、平成四年一二月一日、発行され、表紙には、公立学校共済組合と記載され、奥付には、「発行公立学校共済組合、編集 東京都在宅介護研究会」と記載され、監修・協力をいただいた方々として書籍三初出部分につき、原告の氏名が記載されている(検甲五)。
(一四) 公立学校共済組合は、平成四年一二月二四日、書籍三の代金等として七二七一万八〇〇〇円を「東京都在宅介護研究会甲野花子」名義の普通預金口座に振り込んで、書籍三の代金を支払った(甲五三)。
(一五) 原告は、公立学校共済組合から振り込まれた右七二七一万八〇〇〇円の中から印刷製本代として一二〇〇万円を被告乙社に支払ったほか、残金六〇七一万八〇〇〇円を自らの支配下に置き、書籍二の宣伝も兼ねてその資金の一部を使って書籍二を約二万冊弱ほど全国の市町村その他に無償配布するなどして、その後書籍二の販売を継続している。なお、右の無償頒布の費用は、後記8のとおり、エフ・アンド・ジーの経費として計上されている。
(一六) 書籍三の製作の費用については、被告乙社に対し、平成四年一一月二〇日株式会社タチバナ製版から五八万二九八〇円が、同月三〇日河内屋紙株式会社から五八七万一二七九円が、同日株式会社喜太美術から六〇四万八五九三円(印刷代金)が、同年一二月一八日株式会社喜太美術から八六万五二〇〇円(運送費)が、それぞれ請求され(請求合計一三三六万八〇五二円)、これについて、被告乙社名義で、平成四年一二日二六日株式会社喜太美術に六九一万三七九三円が、平成四年一二月二八日株式会社タチバナ製版に五八万二九八〇円が、平成五年一月一一日河内屋紙株式会社に五八七万一二七九円が、それぞれ支払われた(支払合計一三三六万八〇五二円)。(乙一〇及び一一の各1・2、一二の1ないし3)
7 書籍三初出部分と争点1(書籍三初出部分の著作者、編集著作者とその割合)について
(一) 書籍三初出部分は、主として原告が文献等を参考にその編集、作成を行った。また、田中は、既に被告乙社を退職していたところ、被告乙社の中岡から原告が協力してほしい旨述べていることを伝えられ、これを受諾して、原告からの指示を受けて、自宅で書籍三初出部分のイラスト等を作成した。なお、書籍三初出部分でも、一九〇、一九一ページのイラストや二一〇ページの新郎新婦など、一部のイラストないし漫画は、田中が被告乙社に勤務していた当時に既に作成していたものである。また、書籍三の表紙の花柄模様等は、中岡が作成した。なお、被告乙山は、書籍三初出部分全体の最終的な文章等のチェックを行っただけである。
また、田中は、平成四年一一月六日、書籍三初出部分に関して退職後に作成したイラストについて、東京都在宅介護研究会名義で一〇万二〇〇〇円の送金を受けている(甲一九)。田中は、当初この仕事の依頼者は、被告乙社であると思っていたが、このとき初めて仕事の依頼者が、被告乙社ではなく、東京都在宅介護研究会であることを知った。
(二) 書籍三初出部分のイラストないし漫画については、田中はそれまでに書籍七初出部分のイラストないし漫画を作成した経験があること、作成された場所が被告乙社退職後は田中の自宅であること、被告乙社在職中に作成したものはいわゆるカットのようなものであること等からして、被告乙社の退職の前後にわたって田中が作成したものであり、原告が具体的表現を指示したとは考えられず、原告がイラストないし漫画の作成について参考にすべき文献等を指示したり、描くべき物を指示したりしたことがあるとしても、イラストについて具体的な表現を指示したり、創作的な部分に関与したものとはいえないから、右イラストについての作成者は田中であると認められる。
また、書籍三初出部分のタイプされた文章や図解(ただし、一九〇、一九一ページを除く。)は、原告が文献等を参考に作成したものであり、作成者は原告であると認められる。
さらに、書籍三初出部分全体の編集は、原告が行ったものであるから、編集者は原告であると認められる。
なお、被告乙山は、書籍三初出部分についても、最終的な文章のチェックを行っているが、前述のとおりこのような関与によって作成者であるとすることはできないし、書籍三初出部分の一部については自ら作成した旨の同人の供述もただちに採用することができない。
8 書籍二及び三の売買代金の処理とエフ・アンド・ジー
(一) 原告は、平成五年一月二五日、被告乙社を退職した。
(二) エフ・アンド・ジーは、平成三年三月三〇日に設立されているが(乙一五)、パートとして会計を担当している石田と代表取締役である原告を除くと、ほかに従業員はいない原告の個人会社である。原告は、エフ・アンド・ジーを設立してから一年間は、エフ・アンド・ジーと東京都在宅介護研究会とを別々に会計処理していたが、平成五年四月ころから、書籍二等を東京都在宅介護研究会名義で販売し、これにより得た利益(販売価額は、一冊一四四〇円であり、一冊当たりの印刷製本の費用は約一五〇円である。)を、エフ・アンド・ジーの経済活動として税務申告及び会計処理をするようになり、また、平成四年一二月二四日に公立学校共済組合から支払われた前記七二七一万八〇〇〇円についても、被告乙社への印刷、製本費用としての一二〇〇万円の支払、全国の地方公共団体への書籍二の無償頒布等の経費とともに、エフ・アンド・ジーの収入支出として、会計処理し、税務申告している。そして、原告は、平成五年ころからは、エフ・アンド・ジーから、毎月六〇万ないし一〇〇万円を給与として取得している。このように、原告は、平成四年四月以降は、東京都在宅介護研究会すなわち原告の書籍二及び三の販売ないし営業活動をエフ・アンド・ジーの営業行為として経理処理し、税務申告しているものである。(以上について、甲三七の1ないし5、五二、原告264ないし287項)
また、原告は、平成五年二ないし三月ころ、原告が使用しているベンツを、エフ・アンド・ジー名義で購入している。
なお、本件著作物は、前記認定のとおり、原告や被告乙社関係者以外にも、吉田、堀らが著作権等を有し、また、東京都在宅介護研究会に対し、体験記を投稿した第三者は、少なくともその記名入りで本件著作物に掲載されている記事について著作権を有するもので、吉田、堀及びこれらの第三者は、書籍六及び書籍七の発行については、原告を応援し、当然ながら著作物の使用許諾をしているものであるが、著作権を原告に譲渡しているわけではないのであるから(これを認めるに足りる証拠はない)、原告としては、前記のような公立学校共済組合へ書籍三を大量に販売し、多額の売上金を得る場合やその後の書籍二の販売については、その販売部数、売上金額等を開示し、改めて、吉田、堀、田中、及び、体験記を投稿した第三者その他本件著作物の著作行為に関与した者に対し、事前にその共同著作部分ないし著作部分について使用許諾を求めるべきであり、これらの人達の請求があれば、合理的な額の使用料相当額を支払うべきであるが、本件においては、原告が右手続を履行したことを認めうる証拠はない。また、前記各著作者も東京都在宅介護研究会の活動のために協力してきたものであるから、原告が東京都在宅介護研究会を私物化せずに、東京都在宅介護研究会を団体として存続させ、書籍二及び三の発行、販売を、東京都在宅介護研究会がなしていれば別であるが、原告が東京都在宅介護研究会名義で原告個人として書籍二及び三を発行、販売し、その収益を原告ないし原告の個人会社の収入とするのであれば、前記の各著作権者が書籍二及び三の発行、販売を許諾するかどうかは疑問である。
9 書籍一、四及び五の発行その他
(一) 被告らは、平成五年三月に書籍一、四及び五を印刷製本しているが、被告乙山は、書籍六及び七については、その原版用フィルムを原告に引渡してはいたものの、その版下を有していたため、そこから別途原版用フィルムを作成して保持しており、また、書籍三初出部分については、原告が発行した書籍三そのものを複写して印刷用の原版用フィルムを作成し、書籍一、四及び五を印刷製本したものである。
(二) 原告と被告乙山は、平成六年五月二七日、調停で離婚した。
二 前記一認定の事実を前提として、争点2ないし5について次に判断する。
1 争点2(被告乙社の法人著作)について
(一) 「法人等の業務に従事する者」の要件について
本件著作物(ただし、書籍三初出部分のうち田中が被告乙社退職後に作成した部分を除く。)を作成、編集した当時、原告、守谷及び田中は、被告乙社の従業員であった。
(二) 「職務上作成する著作物」の要件について
守谷及び田中は、イラストの作成等の技能を有し、被告乙社においてイラストの作成等の職務を担当しており、また、被告乙山や原告に依頼され、被告乙社の勤務時間ないし勤務中の労力の多くを、書籍六及び七各初出部分の作成に費やし、そしてこれについては被告乙社から給与の支給を受けており、さらに、本件著作物の作成については、右給与以外に、原告やその他の者から報酬等を受けたことがないことからすると、守谷及び田中は、書籍六及び七各初出部分を被告乙社の職務上作成したものと認められる。
原告は、被告乙社においては、経理の仕事を担当しており、被告乙社の本来の業務である会社案内、ポスターその他の印刷物の作成、企画、デザイン等の業務は担当していなかったものである。なお、原告は、被告乙社の従業員として、守谷や田中より前記のとおり多額の給与の支給を受けており、被告乙社の他の従業員からは専務と呼ばれていたが、被告乙社の取締役でもなく、被告乙社の代表者である被告乙山の妻であったために、社内では専務と呼ばれていただけであり、また、他の従業員より多額の給与の支給を受けていたが、これも被告乙山と原告との家族の生活費に費消されていたものである。そして、原告は、多くの時間を六階事務室において、東京都在宅介護研究会の活動、すなわち、本件情報誌の発行、本件著作物の発行のための種々の行為、その他の活動に費やしていたものである。
また、原告は、書籍六の奥付のあるページで、「社団法人長寿社会文化協会WAC東京センター所長」の肩書で監修・協力いただいた方々として記載され、被告乙社の代表者及び従業員の大部分が記載されている制作スタッフとしては記載されておらず、書籍七では、奥付のあるページで、「編集を終えて」の欄を「東京都在宅介護研究会代表」の肩書で記載し、また、「発行人」としてその氏名が記載され、被告乙社の代表者及び従業員の大部分が記載されている製作スタッフとしては記載されておらず、書籍三の奥付のあるページでは、書籍三初出部分の監修・協力をいただいた方々として「東京都在宅介護研究会代表」の肩書で記載されている。
以上によれば、原告は、本件著作物を被告乙社の職務上作成したものと認めることはできない。
(三) 「法人その他の使用者の発意に基づき」の要件について
原告が白石との間で在宅介護に関するテキストを作成する約束をしたことが、書籍六を作成する直接の契機となっていることは前記認定のとおりである。ただし、被告乙社も、本件著作物が作成された当時、会社案内、ポスター等の印刷物の作成、企画、デザイン等をその業務として遂行していたものであり、守谷及び田中は、被告乙社の代表者である被告乙山ないし原告の依頼により、被告乙社における勤務時間ないし勤務中の労力の多くを費やして書籍六及び七のイラストや漫画等の作成をし、書籍六及び七各初出部分の作成作業の一部を分担し、また、被告乙山は、書籍六及び七各初出部分について、全体のレイアウトや文章等の最終的なチェックをしていたものであるから、被告乙社は、書籍六及び七の少なくとも守谷及び田中作成部分については、その使用者である被告乙山の発意に基づいて、その従業員である守谷及び田中がこれを著作したものと認められる。
(四) 「法人等が自己の著作の名義の下に公表するもの」との要件について
書籍六は、表紙に、監修上田医師、「豊かな老後をつくる中高年者の会(豊齢奉仕会)」と記載され、奥付に、「発行 東京都在宅介護研究会、編集 社団法人長寿社会文化協会WAC板橋、制作 株式会社乙社」と記載され、制作スタッフとして、被告乙山、守谷、祐一、加瀬部、町田の氏名が記載され、監修・協力をいただいた方々として、上田医師、山田栄養科長ほかの医師ら、吉田、堀、原告等の氏名が記載されている。
書籍の奥付とは、我が国独特の慣行で、書籍の末尾に、「書籍の題号、発行年月日、印刷年月日、版数、刷数、定価、編・著・訳者名、発行社名、印刷者名、発行所名、印刷所名、発行所住所・電話、印刷所住所・電話」等を記載したものをいう(著作権事典三一ページ)ところ、右のとおり、書籍六の前記奥付には、著者名の記載はない。そして、右奥付には、「編集 社団法人長寿社会文化協会WAC板橋」との記載、及び、「制作 株式会社乙社」との記載があるところ、この「制作」との用語については、映画の著作物の著作者を表示する用語として「製作著作…」ないしは「制作著作…」との用語が用いられることは多いが、書籍の奥付においてこれを著作者の表示として用いることがあるかどうかについては、直接これを認定しうる証拠はない。しかし、本件においては、前記のとおり、被告乙社の代表者である被告乙山の依頼で守谷がその被告乙社の勤務時間の大半を使って書籍六初出部分のイラスト及び漫画等を描き、被告乙社がこれに給与を支払っていたことからすると、少なくとも守谷が職務上著作した書籍六初出部分のイラスト及び漫画並びに共同編集著作については、被告乙社が著作した趣旨で、「制作被告乙社」との著作名義を付したものと認めるのが相当である。
なお、書籍六全体については、原告が、被告乙社の職務としてではなく、これを編集著作ないし著作し、また、吉田、堀らの第三者が著作した文章による説明部分もあるから、これらの部分については、そもそも「法人等の業務に従事する者が職務上作成する著作物」との要件を欠くものである。また、被告乙社は、そもそも老人の在宅介護に関する事業ないしサービス業務の遂行又はその手引き書の著作を、その業務目的とした会社ではないのであり、老人の介護を専門としていない民間企業が書籍六全体について、その著作者ないし編集者であると表示するのも不自然であって、書籍六の前記の奥付その他の記載を全体としてみても、被告乙社がこの著作物全体について著作者としてこれを公表したものと認めることはできない。
次に、書籍七の奥付には、「発行 東京都在宅介護研究会、発行人 原告」との記載があり、奥付の前ページには監修・協力をいただいた方々として、堀、石田等の氏名が記載されており、また、奥付の上欄には、「編集を終えて」と題して、東京都在宅介護研究会代表原告の名前で、その編集を原告が担当したことが記載され、さらに、堀の氏名が監修者としてその表紙に記載され、書籍七全体を最終的に監修したことが明記されているものであり、右事実によれば、書籍七については、被告乙社がこれを著作ないし編集した旨を表示する記載はない(なお、書籍七の奥付の下欄に、比較的小さな文字で、製作スタッフとして、被告乙山、祐一、加瀬部、田中、町田、中岡、山田の氏名が記載されているが、製作スタッフの記載によって、被告乙社の著作の名義の下に公表されているものとは認められない。)。
また、書籍三の奥付には、「発行 公立学校共済組合」「編集 東京都在宅介護研究会」との記載があり、その上欄には、「監修、協力をいただいた方々」として、上田医師、山田栄養科長、吉田、堀、原告(東京都在宅介護研究会代表者)ら一一名の氏名の記載があるが、被告乙社及び被告乙山の名前の記載はなく、被告乙社がこれを著作ないし編集したことを表示する記載はない。
なお、被告らは、書籍七の奥付の「発行 東京都在宅介護研究会」の記載、書籍三の奥付の「編集 東京都在宅介護研究会」の記載が被告乙社の著作の名義である旨主張するが、「発行」が「著作」と異なることは明らかで、発行の名義をもって著作の名義と解することはできないし、また、東京都在宅介護研究会については、在宅介護活動のために公的団体から助成金の支給を受けて本件情報誌等を発行したり、被告乙社とは関わりのない者も参加して、実際に家事援助サービスといった活動も行っているのであり、被告乙社とはそもそもその目的等を異にするものであり、また、原告のほか、被告乙社の代表者や従業員はその会員として名を連ねたことはないし、被告乙社と同一であるないしはその一部門であるといえるものではないから、これらの記載によっては、被告乙社の著作の名義の下に公表されているものとは認められない。
(五) 以上によれば、書籍六初出部分のうち、守谷が作成したイラスト及び漫画部分並びに共同編集著作部分については、被告乙社の著作と認められるが、その余の書籍六、七及び三各初出部分については、被告乙社の著作であると認めることはできない。
2 争点3(守谷及び田中並びに原告から被告乙社への著作権の譲渡)について
被告乙社は、従業員が職務上著作した著作物を被告乙社に帰属させる旨の勤務規則を定めてはいないし、また、被告乙社と従業員との間に、従業員が職務上著作した著作物を被告乙社に譲り渡す旨の明示の契約があったことを認めるに足りる証拠もない。しかし、被告乙社は、本件著作物が作成された当時、会社案内、ポスター等の印刷物の作成、企画、デザイン等を業としており、守谷や田中は、その勤務していた期間中、コンピュータへの文字入力のほか、イラスト等の作成を主たる職務としており、祐一、中岡も書籍七又は三の表紙等のデザインを行うなどしていたのであって、このようなイラストやデザイン等の作成は、被告乙社の業務の中心的部分であったと認められる。そして、会社案内、ポスター等の印刷物の作成が被告乙社の業務の中心であり、かつ、このような会社案内、ポスター等の中には、著作権法一五条の法人著作の要件を備えないものも相当数存在するであろうこと、及び、会社案内、ポスター等の著作物の著作権を被告乙社が保有することが依頼者とのその後の取引の継続(増刷や改訂その他)のためにも重要であること、さらに、その従業員は、会社から給与の支払を受け、その仕事として、会社案内、ポスター等の印刷物やイラストの作成をするのであり、守谷や田中にしても、被告乙社の職務上著作したものについての著作権が従業員個人に帰属し、書籍六ないし七の発行について何らかの権利主張ができるとの意識は全く希薄であったこと(証人守谷、同田中)からすると、被告乙社と守谷及び田中は、その雇用契約を締結したときに、守谷及び田中がその在職中に職務上作成する書籍七初出部分のような著作物についての著作権は、被告乙社について法人著作が成立しない場合については、被告乙社にこれを譲渡することを黙示的にかつ包括的に合意していたものとみるのが相当である(なお、本件の書籍六初出部分の守谷著作部分については、被告乙社の法人著作が認められることは前記のとおりである。)。
ただし、原告は、被告乙社の従業員であるが、前記のとおり、その職務は経理担当であるから、そもそも被告乙社と原告との間に、守谷及び田中と類似の著作権譲渡の合意があったとみうるかどうかも問題であり、また、仮に、そのような合意が存在していたとしても、右の合意は被告乙社の従業員が職務上作成した著作物をその対象としているものであり、原告は、そもそも被告乙社の従業員の職務として、本件著作物の作成に関与したものではないから、著作権譲渡の黙示の合意を適用する前提の要件を欠くものであり、原告の本件著作物に関する著作権は、被告乙社に譲渡されたものと認めることはできない。
ところで、書籍七初出部分の四コマ漫画とその吹き出し部分の台詞は、原告と田中の共同著作であるところ、著作権法六五条は、同条二項で、共有著作権は「共有者全員の合意」により行使すると定めているところから、同条一項は、共有著作物の円滑な利用を図るため、「共同著作物の著作権その他共有にかかる著作権については、各共有者は、他の共有者の同意を得なければ、その持分を譲渡し、又は質権の目的とすることができない。」と規定しているのであるから、本件においては、右の共有者の同意の存否が問題となる。
田中が有する書籍七初出部分の四コマ漫画とその吹き出し部分の台詞の共有著作権の持分の被告乙社への譲渡については、その共同著作者である原告の同意が必要であるところ、被告乙社が田中からの共有著作権の持分の譲渡について、原告に対し、明示的に右同意を求めたこと、あるいは、原告がこれを明示的に同意したことを認め得る証拠はない。しかし、原告は、田中が被告乙社の従業員として書籍七初出部分のイラストや四コマ漫画を描いたことについては、直接これを知りうる立場であった者であるし、また、原告も被告乙社の専務と呼ばれる立場にあったのであるから、その従業員が職務上著作した著作物の著作権が、法人著作が成立しない限り、被告乙社に譲渡される旨の黙示的な包括的な合意があったことについては、これを十分に認識しうる立場にあったというべきであり、また、田中が書籍七初出部分のイラストを描いたころは、原告は東京都在宅介護研究会の代表として被告乙社と協力しながら書籍七初出部分の作成の作業をしていたのであるから、田中のイラストについての著作権が被告乙社へ譲渡されることについては、これに反対する理由はなく、むしろ、そのイラスト等についての共有著作権の持分を被告乙社の一従業員に帰属させておくことは右の状況からみても不自然であり、したがって、原告は、田中から被告乙社への持分の譲渡を黙示的に包括的に同意していたものと認められ、また、そのため、前記のとおり、イラスト料六八万円を田中ではなく、被告乙社に支払っているものである(右イラスト料の趣旨が著作権の譲渡か使用許諾かについては、後記のとおりである。)。
なお、書籍六及び七各初出部分のイラストと文章による説明については、小説と挿し絵のように、説明部分やイラスト部分のみで分離して個別的に利用することができるものであるから、イラストの著作物と説明部分の著作物との結合著作物であるとみるのが相当であり、イラスト部分と説明部分とを分離して個別に利用することができない一個の共同著作物とみるのは相当ではない。したがって、田中の単独著作に係るイラストの著作権については、単独の著作物とみるべきであり、その著作権の譲渡については著作権法六五条一項の同意は必要ではない。
以上によれば、書籍七初出部分について、被告乙社と田中との間で、雇用契約を締結した際に、被告乙社在職中に作成した著作物について、その著作権を譲渡する旨の黙示的な合意があったものと認められ、これにより、書籍七初出部分における田中単独著作に係るイラスト部分についての著作権、及び、四コマ漫画とその台詞についての田中の共有著作権の持分は、被告乙社に譲渡されているものと認められ、かつ、右持分の譲渡については、他の共有著作権者である原告の黙示的な同意があったものと認められる。
3 争点4(書籍三初出部分についての田中から原告へのイラストについての著作権の譲渡)について
田中は、被告乙社退職後、被告乙社の従業員中岡から原告が協力してほしい旨述べていることを伝えられ、これを受諾して自宅で書籍三初出部分のイラスト等を作成しているが、被告乙社を既に退職している田中と著作権の譲渡に関する明示の合意がない以上、田中が、その注文者に対し、右イラスト部分の使用を許諾していることは当然に認められても、これを超えてその著作権を譲渡する旨の黙示の合意があったとまで認めることはできない。また、原告は、平成四年一一月六日、東京都在宅介護研究会名義で一〇万円を田中の口座に送金しているが、これが何の対価であるのか原告と田中間で改めて明確な合意がない以上、右の支払は、右イラストの著作物の使用許諾の対価であるとはいえても、これを超えて著作権の譲渡の対価とまで認めることはできない。したがって、原告の右主張は理由がない。
4 争点5(被告乙社から原告への著作権の譲渡ないし著作物の使用許諾)について
原告は、仮定的に、被告乙社は原告に本件著作物ないしその一部について有している著作権を譲渡している旨主張する。
ところで、東京都在宅介護研究会名義で、被告乙社に対し、書籍六や書籍七に関して、金員の支払がなされているが、前記のとおり、書籍六については、被告乙社から東京都在宅介護研究会が、平成二年五月三一日に一冊四〇〇円で三〇〇〇冊、同年八月三一日に一冊四〇〇円で五〇〇冊、同年一一月三〇日に一冊四〇〇円で五〇〇冊、同三年五月に一〇〇〇冊を五一万五〇〇〇円(一冊五一五円)で仕入れたものとされており、この仕入金額は、印刷、製本等の費用(約七〇円)を、大きく超えるものであった。ただし、この会計処理は、書籍六が一冊当たり八二四円(消費税込み)で東京都在宅介護研究会により第三者に販売されたことから、当時夫婦であった被告乙山と原告とがその約半額を被告乙社から東京都在宅介護研究会に対する納入価格とする旨合意したものであり、一冊当たりの値段が通常の印刷製本費用より高額となっているとしても、それが何に対する対価であるかは明らかではなく、むしろ、右対価は、書籍六の東京都在宅介護研究会に対する納入価額(販売価額)であるから、有体物である書籍の販売価額を著作権譲渡の対価と認めることは通常は困難なところである。
書籍七については、被告乙社から東京都在宅介護研究会に対する、書籍七のデザイン・レイアウト料一式一〇二万円、イラスト料六八万円、写植、文字代六八万円、印刷、製本代一五〇万円、合計三八八万円の平成四年三月六日付け請求書及びこれらに消費税一一万六四〇〇円を加え、合計三九九万六四〇〇円の同月九日付け請求書について、同日、「東京都在宅介護研究会甲野花子」名義で「株式会社乙社代表取締役乙山春男」名義の普通預金口座に三九九万六四〇〇円が振り込まれており、また、原告が代表者であるエフ・アンド・ジーからの東京都在宅介護研究会に対する、同月一日付けの書籍七の編集費二一〇万一二〇〇円の請求書についても、同月五日、「東京都在宅介護研究会甲野花子」名義で「株式会社エフ・アンド・ジー代表取締役甲野花子」名義の普通預金口座に右同額が振り込まれているものである。
書籍七については、前記に認定したところによれば、被告乙山は、書籍七のデザイン・レイアウトを担当し、田中は、被告乙社の従業員として書籍七のイラストを担当していること、及び、原告は、被告乙社の職務を離れた立場で、書籍七の編集を担当していたものであり、右によれば、東京都在宅介護研究会代表原告は、被告乙社がなしたデザイン、レイアウト、及び、イラストについては、被告乙社に対しその対価を支払っているものであり、また、原告に編集費を支払う趣旨で原告が代表者を勤める会社であるエフ・アンド・ジーに対しこれを支払ったものと認められる。ただし、この対価の趣旨が、イラストや漫画の著作権や、編集著作権の譲渡の趣旨であるのか、当時、出版した書籍七についての出版許諾の対価の趣旨であるのかについては、これも証拠上明確であるということはできない。
また、書籍七の発行については、前記のとおり、社会福祉医療事業団から東京都在宅介護研究会に対し、平成三年一〇月二一日付けで五〇〇万円の助成金が交付されているのであり、前記の被告乙社及びエフ・アンド・ジーに対し支払った費用合計額六〇九万七六〇〇円のほとんどは右助成金でまかなわれるものであるから、仮に、右の金員の支払が著作権譲渡の対価であるとしても、これを支払ったのは、原告ではなく、助成金の交付を受けている東京都在宅介護研究会であるから、これにより原告に著作権が譲渡されるいわれはない。また、仮に原告が個人としてこの対価を支払ったものであると原告が主張するのであれば、原告は、東京都在宅介護研究会として受領した助成金五〇〇万円の使途を明確にすべきであろう。
さらに、被告乙社のように会社案内、ポスター等の印刷物の企画、作成を業とする会社については、顧客である依頼者からの対価の支払をもって、著作権を譲渡する明示の合意がないにもかかわらず、これを直ちに著作権の譲渡と認めることは、次に述べる理由からみて相当ではない。すなわち、被告乙社のような会社にとっては、当該著作物についての著作権を保有し、その原版用フィルムを保管することにより、依頼者から当該著作物についてその後の増刷りや改訂版等ないしはその二次的著作物の追加注文を受けることが可能になるのであり、著作権の譲渡があったと認めるためには、その旨の顧客との間の明確な合意、ないしは、そのような合意があったと認めうる特段の事情が存することが必要であるところ、本件においては、イラストや漫画に関する著作権の譲渡については、被告乙社と原告との間で明確な合意があったことを認めるに足りる証拠はないし、右の特段の事情も認められない。
5 本件著作物の著作権者についての結論
以上によれば、書籍六初出部分については、そのイラスト部分については、被告乙社の法人著作であるから、被告乙社が著作権を有し、また、その文章部分については、参考文献の一部をそのまま切り張りして、複製した部分については著作物を創作した行為とは認められず、原告と守谷の編集著作行為のみが認められ、吉田、堀及び山田栄養科長の意見を記載した部分は、吉田、堀及び山田栄養科長がそれぞれその著作部分について単独で著作権を有するものであり、また、原告も、漫画の吹き出し部分の台詞ないし「ポイント」の部分ないし説明部分の一部を参考文献の表現と離れて一部著作しているものである。さらに、書籍六初出部分の全体の編集著作については、原告と吉田と被告乙社(守谷)の共同編集著作行為(被告乙社については法人著作)が認められ、その持分の割合は、二対二対一である。
また、書籍七初出部分については、四コマ漫画とその吹き出し部分の台詞は、原告と田中の共同著作であり、その共有持分は、一対一であり、その余のイラスト部分は、被告乙社が田中から著作権を譲り受けたものであるから、被告乙社が著作権を有し、また、第三者名義の介護体験記や遺書については、各著作名義人がその著作権を有し、これを除いた文章部分は、原告と堀との共同著作であって、原告と堀の持分の割合は、七対三であり、また、書籍七初出部分全体については、原告と堀との共同編集著作行為が認められ、その持分の割合は、原告が九に対し、堀が一である。
さらに、書籍三初出部分については、そのイラスト部分については田中が著作権を有するものであり、文章部分についての著作権と全体についての編集著作権は、原告が有するものである。
以上によれば、原告が書籍二を印刷、製本する行為、及び、被告らが書籍一、四及び五を印刷製本する行為は、右に述べた著作権者全員の許諾がない限り、各著作権者の著作権(複製権)を侵害する行為であるといわざるを得ない。
三 公立学校共済組合との契約の当事者等について
公立学校共済組合との書籍三の売買契約は、東京都在宅介護研究会名義でなされているが、東京都在宅介護研究会は、権利能力なき社団にも当たらないため、右契約を締結したのは、被告乙社か原告かについて、次に判断する。前記認定のとおり、被告乙山ないし被告乙社は、公立学校共済組合との交渉の前面に出ていた時期はあるものの、被告乙山は、平成四年一〇月ころ、原告に対し、「公立学校は残念です。但し、製版アップまでは責任を持って管理します。」、「新しいフィルムは貴方に渡します。」などと記載した手紙を送り、その後、「東京都在宅介護研究会甲野花子」名義で公立学校共済組合との契約が締結され、被告乙社は、書籍三の原版用フィルムを原告に渡し、書籍三の印刷、製本等のその後の作業は、原告から喜太美術に依頼して行っているのであるから、公立学校共済組合と契約を締結したのは、被告乙社ではないことは明らかであり、東京都在宅介護研究会こと原告であると認められる。
また、被告乙社は、原告が公立学校共済組合と右契約を締結して書籍三を製作したとすれば、被告乙社の著作権を侵害するものである旨主張するが、右のような事実経過に鑑みると、被告乙社は、原告に対し、公立学校共済組合に納入するために書籍三を製作することについては、許諾をしていたというべきであるから、被告乙社の右主張は理由がない。ただし、被告乙山は、右の手紙においても、公立学校共済組合の件についてのみ触れているものであり、原告による書籍二の出版発行については触れていないのであるから、被告乙社が原告による書籍二の出版発行についても許諾をしたとまで認めることはできず、他に、被告乙社が原告に対し右使用許諾をしたことを認めるに足りる証拠はない。
四 損害賠償請求及び差止請求について
1 故意又は過失及び「侵害行為によって作成された物を情を知って」の要件について
(一) 被告らの故意又は過失及び侵害行為によって作成された物の知情について
次に、被告らの複製権侵害行為についての故意又は過失、及び、複製物の発行、販売、頒布行為について、被告らが「侵害行為によって作成された物であるとの情を知っていたか」(著作権法一一三条一項二号)どうかについて判断する。
被告乙社及び被告乙山は、前記認定のとおり、書籍六、七及び三各初出部分作成のころから、原告とともに本件著作物の作成に深く関与し、その作成経緯を十分に認識していたものであるから、本件著作物については、原告や吉田、堀その他の第三者の著作権が生じていることは十分に認識できたはずであり、被告乙社及び被告乙山については、書籍一、四及び五を印刷、製本した行為により、本件著作物について原告や、吉田、堀その他の第三者の著作権(複製権)を侵害することについて、故意があったものと認められる。したがって、被告乙社及び被告乙山は、書籍一、四及び五を、その一部が他人の著作権(複製権)を侵害する行為により作成されたものであることを知りながらこれを発行、販売、頒布したものであり、書籍一、四及び五の印刷、製本行為のみならず、その発行、販売、頒布行為により原告が被った損害についても賠償すべき義務を負う(著作権法一一三条一項二号)。また、被告乙社及び被告乙山は、書籍一、四及び五の原版用フィルムを管理しているものと認められるので、今後も右各書籍を印刷、製本しこれを発行、販売、頒布するおそれがあるから、本件著作物の一部について著作権ないし共有著作権を有する原告が、被告乙社に対し、書籍一、四及び五の発行、販売、頒布行為の差止、被告乙山に対し書籍四及び五の発行、販売、頒布行為の差止を求める請求は理由がある。
また、被告丙社については、後記2(一)のとおり、被告乙社及び被告乙山から依頼されて書籍一、四及び五を印刷、製本したのであるから、被告乙山に対し、本件著作物について著作権を有することを確認することは十分に可能であったのであり、また、従前に発行されていた書籍七等の奥付の記載をみれば、著者ないし編集者として被告乙社の名前の記載がないことが直ちに判明したのであるから、少なくともその著作権の帰属について十分に注意をして調査検討の上、書籍一、四及び五を印刷、製本すべきであったにもかかわらず、その調査を怠ったものと認められ、本件著作物についての原告の著作権(複製権)を侵害したことについて、少なくとも過失があったものと認められる。したがって、被告丙社は、書籍一、四及び五の印刷、製本により本件著作物の著作権者の一人である原告が被った損害について賠償すべき義務を負う。
また、被告丙社は、書籍一を過去に販売した当時は、本件著作物について被告乙社以外に著作権者がいることを知らなかったとしても、後記2(一)のとおり、その後原告から警告を受けて書籍一の販売を中止し、さらに現在においては、本訴の被告として、本訴提起から今日に至るまで原告から本件著作物の著作権者について、準備書面及び書証の提出を受けているのであるから、遅くとも本件口頭弁論終結時においては、書籍一、四及び五の一部が著作権侵害行為により作成された物であることについてその前提となる事実を知ったものと認められ、今後被告丙社が書籍一、四及び五を販売、頒布する行為は、著作権法一一三条一項二号により、原告の著作権を侵害する行為となる。そして、被告丙社は、後記2(一)のとおり、現在書籍一の在庫を約五三冊保管しているのであるから、将来これを販売、頒布するおそれも肯定することができ、原告の被告丙社に対する書籍一、四及び五の発行、販売、頒布行為の差止請求は理由がある。
(二) 原告の故意又は過失について
原告は、前記の経緯によれば、本件著作物のうち、少なくともイラストの著作物については、守谷や田中ないしは被告乙社の著作権が、また、説明文その他の体験記の著作物についても吉田や、堀、及び第三者の著作権が別途生じていることを十分に認識していたはずであるから、書籍二及び三の印刷、製本に際してこれらの者の許諾を得るべきであったのであり、したがって、これらの者の許諾を得ないまま書籍二及び三を発行、販売、頒布した行為は、本件著作物の一部が他人の著作権を侵害する物であるとの情を知りながらこれを頒布した行為に当たるといわざるを得ない。
2 損害の額
(一) 書籍一、四及び五の発行と被告らの得た利益ないし通常使用料相当損害金等について
被告らは、平成四年一二月ころ、書籍一を七〇〇冊、書籍四を二五〇冊、書籍五を五〇冊、合計一〇〇〇冊印刷、製本した。すなわち、被告丙社は、被告乙社及び被告乙山の依頼を受けて、書籍一、四、及び五の印刷、製本作業を担当したため、書籍一を七〇〇冊、印刷、製本代金分として譲り受け、このうち二八九冊を農林省共済組合に単価二〇〇〇円、合計五七万八〇〇〇円で売渡し、また、二五〇冊を関東地方の社会福祉協議会等に見本として無償配布し、その後注文のあった一〇八冊を合計一九万七五〇〇円で売り渡した。被告丙社は、平成五年七月ころ、著作権侵害の問題があるとして、原告から何度も抗議を受けたため、現在のところその販売を中止し、書籍一については約五三冊を保管している。被告丙社は、前記一〇〇〇冊の印刷、製本、運送代等として約一二〇万円の費用を支出しており、書籍一の売上は、合計七七万五五〇〇円であるから、現在のところ、書籍一の印刷、発行、販売により損失が生じている。なお、書籍一、四及び五は、表紙及び本文の印刷は同時に行ったもので内容は全く同じであるが、奥付の記載だけ別紙目録一、四及び五のとおり変えたものであり、また、書籍四は、書籍五の表紙に「(財)秋田県教育関係職員互助会」の名前を入れただけのものである。(乙三四ないし三六、被告乙山)。
また、被告乙社は、財団法人秋田県教育関係職員互助会に対し書籍四を一冊一一五〇円で二五〇冊販売し、これにより二八万七五〇〇円の売上を得、書籍五の五〇冊の全部ないし一部を宣伝広告のため他へ無償で頒布している。
以上によれば、被告丙社は、書籍一の販売行為により利益を得ておらず、被告乙社は、書籍四の二八万七五〇〇円の売上については、発送費等の経費がかかっただけであるから、書籍四の販売行為により少なくとも原告が主張する二六万七五〇〇円の利益を得たものと認められる。
また、書籍一及び五の販売ないし頒布行為によっては、被告らに利益が生じたものとは認められないところ、前記認定の事実によれば、書籍一及び五については、一冊当たり二〇〇円(二〇〇〇円の一〇%)の使用料相当額を損害と認めるのが相当であるから(著作権法一一四条二項)、書籍一及び五の印刷、製本行為により、本件著作物の著作権者が被った損害は、書籍一については一四万円(200円×700冊)、書籍五については一万円(200円×50冊)となる。
そして、前記認定の事実によれば、書籍一、四及び五の被告らによる印刷、製本行為は、被告らの共同不法行為であり、その後の販売行為を予定した行為であるが、被告乙社のその後の書籍四の販売行為すなわち知情頒布の侵害行為により得られた利益の額は、著作権者が侵害行為により受けた損害の額と推定されるところ(著作権法一一四条一項)、被告乙社が書籍四の販売により得た利益の額である二六万七五〇〇円は、本件著作物の著作権者が被った損害の額と推定されるものであり、かつ、この損害は、前記の印刷、製本行為の共同不法行為と相当因果関係に立つ損害であり、被告らが連帯してこれを賠償すべきものと認めるのが相当である。
したがって、原告は、書籍一についての使用料相当額一四万円のうち、後記3の原告が有する著作権の本件著作物中に占める割合分については、被告乙社及び被告丙社に対し、連帯してその支払を請求できるものであり(被告乙山に対する請求はない)、また、被告乙社が書籍四の販売により得た利益の額である二六万七五〇〇円、及び書籍五の使用料相当額である一万円のうち、後記3の原告が有する著作権の本件著作物中に占める割合分については、被告らに対し、連帯してその支払を請求できるものである。
(二) 原告が書籍二の販売により得た利益について
原告は、書籍二を、四万冊製作し、そのうち二万四六三二冊を販売した代金四六四八万一四九二円から、経費(書籍二を一万一〇四八冊無償配布した費用を含む。)五〇パーセントを控除した二三二四万〇七四六円の利益を得たことは前記第二、一6のとおりである。
したがって、原告は、被告乙社に対し、右金額のうち、後記3の被告乙社が有する著作権の本件著作物中に占める割合分について、これを賠償すべき義務を負う。
3 損害額の割り振り
書籍六初出部分は、その説明部分とイラスト部分の各著作物の結合著作物であり、また、書籍七初出部分は、その四コマ漫画、それ以外のイラスト部分と説明部分及び第三者著作の体験記の各著作物の結合著作物であり、さらに、書籍三初出部分は、その説明部分とイラスト部分の各著作物の結合著作物であり、そのそれぞれについて各人が有する著作権ないし共有著作権、並びに、各初出部分全体に対する各編集著作権ないし共同編集著作権が存在するが、本件著作物についての複製権侵害行為に対する損害賠償請求においては、書籍六、七及び三各初出部分全体に対する各著作物の質的貢献度及びページ数等の分量等の観点から各権利の本件著作物全体に占める寄与度の割合を決定し、これに従って本件著作物全体の複製権侵害行為ないし知情頒布行為により生じた損害額を各権利毎に割り振る必要がある。
(一) 書籍六初出部分のイラスト付き説明部分は、各ページの質的貢献度はほぼ均しいものと認められ、また、同初出部分は、全部で六一ページ(六ないし二八ページ及び二八ないし六五ページ)からなるものである。
そして、文章部分とイラスト部分の割合は、吉田意見部分、堀意見部分、山田意見部分及び原告が漫画の吹き出し部分の台詞ないし「ポイント」の一部及び説明文の一部を記載した部分以外は、参考文献の表現の一部をそのまま使用しており、著作物として創作されたものではないこと、及び、イラスト部分は、本来、文章部分に記載された内容をわかりやすく説明し、読者の興味を引きつけるためのもので文章部分に比べると補助的なものであるが、書籍六初出部分においては、イラストによる情報提供機能も重要であり、イラストの占める比重が相対的に大きいこと、及び、書籍六初出部分については、どのような項目をどのような配列で取り上げるかとの編集著作行為も相対的にみて重要な比重を占めていることからすると、書籍六初出部分全体に占める右イラスト部分と文章部分の各著作権と編集著作権の割合は、全体を一〇とすると、三対四対三と認めるのが相当である。
また、書籍六初出部分の文章部分全体に占める吉田、堀、山田栄養科長らの各著作部分の分量は前記認定のとおりであり、これを参酌すれば、右文章部分における各人が有する著作権の持分割合は、吉田は四、堀は三、山田栄養科長は一、及び、原告は二と認めるのが相当である。なお、書籍六初出部分の共同編集著作の割合は、前記のとおり、原告が二、吉田が二、被告乙社(守谷)が一である。
したがって、書籍六初出部分に占める各人の有する各著作権ないし編集著作権の貢献度の割合は、全体を一〇とすると、被告乙社(守谷分)が3.6(3(イラスト部分)+3×1÷5(編集著作))、原告が2.0(4×2÷10(文章部分)+3×2÷5(編集著作))、吉田が2.8(4×4÷10(文章部分)+3×2÷5(編集著作))、堀が1.2(4×3÷10(文章部分))、山田栄養科長が0.4(4×1÷10(文章部分))となる。
(二) 書籍七初出部分の四コマ漫画部分、第三者の体験記の投稿部分、アンケート部分、右以外のイラストの部分、右以外の文章による説明部分の質的貢献度は、ほぼ等しいものと認められるので、そのページ数により書籍七初出部分全体に対する各権利の寄与度の割合を算定すべきところ、書籍七初出部分は、目次、花柄模様のみのページ及び奥付のページを除くと、中表紙も入れて、全部で一一五ページ(七〇ないし七九ページ、八一ないし九七ページ、九九ないし一〇七ページ、一〇九ないし一三九ページ、一四一ないし一八九ページ)からなるものであるが、そのうち四コマ漫画が合計で四五ページ、イラスト付き説明部分ないし中表紙が合計四二ページ、第三者の体験記やアンケート及び遺書等が合計で二八ページである。
そして、前記認定のとおり、四コマ漫画は、原告と田中の共同著作であり、その持分割合は一対一であること、イラスト付き説明部分のイラストは田中の単独著作で、説明部分の文章は、原告と堀の共同著作であり、その持分割合は原告七に対し掘が三であり、また、イラスト部分と説明の文章部分との寄与度の割合は、イラストが内容をわかりやすく説明するために重要な機能を果たしていることを考えると、相均しいものと認めるのが相当である。
また、第三者の投稿部分は各投稿名義人の単独著作であるが、田中により描かれた挿し絵的なイラストがあり、この体験記とイラストとの寄与度の割合は、体験記の文章部分が重要な内容となっているので、九対一であると認められる。
さらに、書籍七初出部分全体に対する編集著作は、原告と堀の共同編集著作であり、その持分割合は、原告九に対し掘が一であることは前記のとおりである。
そして、書籍七初出部分全体に対する編集著作権と前記の四コマ漫画、イラスト付き説明部分及び体験記についての著作権を総合したものとの寄与度の割合は、体験記等の取捨選択、各項目の選択等が書籍七初出部分においても重要な役割を果たしていることを考えると、編集著作権三に対し、前記各著作権を総合したものを七と認めるのが相当である。
以上によれば、書籍七初出部分全体の著作権、編集著作権を一〇とすると、各著作者が有する著作権の書籍七初出部分に対する寄与度の割合は、田中については、原告との四コマ漫画についての共有著作権の持分が、1.37(小数点第三位で四捨五入。以下同じ)(7×45÷115÷2)、その他のイラストについての著作権が、1.45(7×42÷115÷2+7×28÷115÷10)、原告については、4.96(7×45÷115÷2(四コマ漫画)+7×42÷115÷2×7÷10(説明部分)+3×9÷10(編集著作))、堀については、0.68(7×42÷115÷2×3÷10(説明部分)+3÷10(編集著作))、右以外の第三者については、合計で1.53(7×28÷115×9÷10)となる。ただし、田中の四コマ漫画の右共有著作権及びイラスト部分の右著作権は、前記のとおり、被告乙社に譲渡されているため、被告乙社が有する著作権の割合は2.82である。
(三) 書籍三初出部分のアンケート部分、イラスト付の文章による説明部分の質的貢献度は、それぞれほぼ等しいものと認められるので、そのページ数により書籍三初出部分全体に対する各権利の寄与度の割合を算定すべきところ、書籍三初出部分は、目次、花柄模様のみのページ及び奥付のページを除くと、全部で三四ページ(六六、六七ページ、一九〇、一九一ページ、一九四ないし二二三ページ)からなるものであるが、そのうちイラスト付きアンケート部分が二ページ、イラスト付き説明部分が合計三二ページである。
書籍三初出部分のイラスト部分と文章による説明部分ないしアンケート部分は、文章による説明が前同様に非常に短く、相対的にイラストの占める部分が大きいが、書籍七初出部分と異なり、イラスト部分に重要な情報が表現されている部分が相対的にみて少ないものであるから、その質的貢献度は、文章部分三に対しイラスト部分一と認めるのが相当である。
また、書籍三初出部分全体に対する編集著作の寄与度は、文章部分とイラスト部分の寄与度と比べるとあまり多くはなく、その寄与度は、編集著作二に対し、文章及びイラスト部分が八と認めるのが相当である。
そして、アンケート部分の文章部分は第三者の著作、そのイラスト部分は田中の単独著作、その余の説明部分の文章部分は原告の単独著作、そのイラスト部分は田中の単独著作であり、全体の編集著作は、原告であることは、前記のとおりである。
以上によれば、書籍三初出部分全体の著作権、編集著作権を一〇とすると、各著作者が有する著作権の書籍三初出部分に対する寄与度の割合は、田中については、2.4(8×3÷10(イラスト部分))、原告については、7.27(8×32÷34×7÷10(文章部分)+2(編集著作))、第三者については、0.33(8×2÷34×7÷10(アンケート部分))となる(なお、書籍三初出部分に関するイラストの著作物の主要部分は、田中が被告乙社を退職した後に作成したものであるので、その著作権は、被告乙社には譲渡されていないことは前記のとおりであり、また、そのごく一部に被告乙社在職中に作成したイラストが含まれ、この部分の著作権は、在職中のものなので、被告乙社に譲渡されたと認められることは前記のとおりであるが、右イラストは、量的に僅かなものであるので、前記の権利の寄与度の割合の認定には影響を与えないものである。)。
(四) 本件著作物全体をみると、書籍六、七及び三各初出部分の本件著作物全体に対する質的貢献度は、ほぼ均しいとみられるので、同各初出部分の本件著作物に占める寄与度の割合は、前記の各ページ数により算定するのが相当である。そして、前記のとおり、書籍六初出部分は六一ページ、書籍七初出部分は一一五ページ、書籍三初出部分は三四ページであるから、全体を一〇〇とすると、その割合は、二九対五五対一六となる。
したがって、本件著作物全体を一〇〇とすると、これに占める原告の著作権の割合は、44.7(29×0.2+55×0.496+16×0.727)(小数点第二位で四捨五入、以下同じ。)、被告乙社の著作権の割合は、26.0(29×0.36十55×0.282)であり、その余は、吉田8.1(29×0.28)、堀7.2(29×0.12+55×0.068)、田中3.8(16×0.24)、山田栄養科長1.2(29×0.04)、第三者合計8.9(55×0.153+16×0.24)である。
そして、原告及び被告乙社は、本件著作物全体に占める自己の権利の割合に応じてその損害賠償を請求できるところ、原告は、被告乙社及び被告丙社に対し、書籍一製作発行による損害一四万円、並びに、被告らに対し、書籍四製作発行販売による損害二六万七五〇〇円及び書籍五製作発行による損害一万円について、それぞれ44.7%の割合でその損害の賠償を請求でき、その損害の額は、書籍一について六万二五八〇円、書籍四及び五について一一万九五七二円となる。また、被告乙社は、原告に対し、同様に、書籍二製作発行販売により原告が得た利益の額二三二四万〇七四六円について、26.0%の割合でその損害の賠償を請求でき、その損害の額は、六〇四万二五九三円となる。
五 結論
以上によれば、原告の甲事件及び乙事件の請求、並びに、被告乙社の丙事件の請求は、主文掲記の限度で理由があり、その余はいずれも理由がない。なお、甲、乙、丙事件において、いずれも既に第三者に販売、頒布した書籍一、二、四、及び五について回収のうえ廃棄を求める請求があるが、右各書籍が在宅介護に関する書籍であり、その作成について被告乙社関係者以外の者が協力した部分も大きく、本件が原告と被告乙社代表者被告乙山の夫婦間の争いに端を発するものであることに鑑みると、第三者に迷惑を掛けてまで、これを回収して廃棄させる必要性はないというべきである。また、本件著作物については、本来早急に関係者との話し合いにより著作権の問題を解決したうえで、これを一般に出版するのが望ましいものであるから、主文中、右各書籍の廃棄に関する部分については、仮執行宣言を付さないものとする。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官設樂隆一 裁判官橋本英史 裁判官長谷川恭弘)
別紙目録<省略>