大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成5年(ワ)15802号 判決 1998年8月28日

原告

北村機電株式会社

右代表者代表取締役

北村文男

右訴訟代理人弁護士

牛山秀樹

被告

電気鉄芯工業株式会社

右代表者代表取締役

渡部忠利

右訴訟代理人弁護士

吉岡桂輔

舩木秀信

大塚正和

右訴訟復代理人弁護士

村木政之

右補佐人弁理士

寺田正

寺田正美

主文

一  被告は、別紙物件目録記載の巻鉄心を製造、販売してはならない。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

別紙「事実及び理由」のとおり

(裁判長裁判官森義之 裁判官榎戸道也 裁判官中平健)

別紙

事実及び理由

第一 請求

主文と同旨。

第二 事案の概要

一 争いのない事実等

(一) 原告は次の特許権を有する(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)。

発明の名称 巻鉄心

登録番号 特許第一六九三八九七号

出願日 昭和六一年一一月二二日

(特願昭六一―二七七八一六号)

公告日 平成三年八月二七日

(特公平三―五五九六四号)

登録日 平成四年九月一七日

特許請求の範囲

「巻線を巻回するための円筒状のコイルボビンが適用される巻鉄心において、該巻鉄心の巻始めおよび巻終り部分の両方もしくは一方の断面形状を楕円形状とし、他の部分の断面形状を円形形状とし、これにより、前記コイルボビンを該巻鉄心に適用した場合に該巻鉄心の楕円形状と前記コイルボビンとの間に空隙ができるようにしたことを特徴とする巻鉄心。」

(二) 本件発明の構成要件は、次のとおり分説される。

A 巻線を巻回するための円筒状のコイルボビンが適用される巻鉄心であること

B 同巻鉄心において、

① 巻始め部分の断面形状若しくは巻終り部分の断面形状のいずれか一方を楕円形状とするか、又は巻始め部分及び巻終り部分の双方の断面形状を楕円形状とすること。

② 断面形状を楕円形状とした巻始め部分及び/又は巻終り部分以外の他の部分の断面形状を円形形状とすること(巻始め部分と巻終り部分の双方の断面形状を楕円とした場合、これらの巻始め部分及び巻終り部分以外の部分とは、巻始め部分と巻終り部分との間の部分をいう。)

③ それにより、コイルボビンを巻鉄心に適用した場合に、断面形状を楕円形状をした巻始め部分及び/又は巻終り部分とコイルボビンとの間に空隙ができるようにすること

(三) 被告は、業として別紙物件目録記載の巻鉄心(以下「イ号製品」という。)を製造販売している。

(四) イ号製品の構成は次のとおりである。

a 巻線を巻回するための円筒状のコイルボビンが適用される巻鉄心である。

b この巻鉄心において、

① 巻鉄心を形成する帯状材料の巻始め部分及び巻終り部分の双方の断面形状が別紙物件目録の八図に示すとおりの形状として形成されている。

② 断面形状を別紙物件目録の八図に示すとおりの形状とした巻始め部分及び巻終り部分以外の他の部分、すなわち巻始め部分と巻終り部分との間に位置する部分の断面形状が円形形状として形成されている。

③ コイルボビンを巻鉄心に適用した場合に、断面が別紙物件目録の八図に示すとおりの形状とされた巻始め部分及び巻終り部分とコイルボビンとの間に空隙ができる。

(五) イ号製品は本件発明の構成要件A、B②及びB③を充足する(弁論の全趣旨)。

二 本件は、原告が、イ号製品は本件発明の構成要件を全て充足するからその製造販売は本件特許権を侵害するものであるとして、本件特許権に基づき、被告に対し、イ号製品の製造販売の差止めを求める事案である。

三 争点及びこれに対する当事者の主張

本件の争点は、イ号製品が、本件発明の構成要件B①を充足するか否かである。

(一) 原告の主張

① 別表一は、被告製の三二〇タイプの巻鉄心を切断したもの(検乙一号証)の一方の断面を構成する一〇九枚の帯状材料(以下「帯材」という。)の幅の測定値に対して、後記ア及びイのとおり外接円及び楕円を当てはめ、これらの外接円及び楕円と上記測定値との差を求めたものである。なお、別表一の各数値は小数点以下二桁(一〇〇分の一ミリメートル)までを示しているが、実際には小数点以下三桁以上処理した結果を四捨五入しているため、計算上少数点以下二桁でプラスマイナス一程度の誤差が含まれている。

ア 別表一の外接円は次のとおり求めたものである。

まず、上記巻鉄心は、各帯材の中央がx軸に一致するように、すなわち、各帯材がすべて巻回中心位置からずれることなく巻回されたと仮定し、また、一枚の帯材の厚さとして、上記巻鉄心の厚さ(29.04mm)を帯材の枚数(一〇九)で割った値(約0.266mm)を使用する(以下、上記巻鉄心の各帯材がすべて巻回中心位置からずれることなく巻回されたと仮定し、かつ、各帯材の厚さが0.266mmであるとした場合の巻鉄心を「本件巻鉄心」という。)。そのうえで、本件巻鉄心の断面を構成する各帯材の断面外側角部の位置(以下「帯材の位置」という。)に対応するX座標及びY(±Y)座標を求め、本件巻鉄心の巻始め側から一枚目ないし一七枚目の部分(以下「巻始め部分」という。)及び巻終り側から一枚目ないし一七枚目の部分(以下「巻終り部分」という。)以外の部分(以下「中央部分」という。)の円形部分に対応する各帯材の位置に外接円ができる限り近似するようにx軸状で原点位置(O)を定め、その原点Oから各帯材の位置までの長さを本件巻鉄心の半径rとし、該巻鉄心の半径rの最大のものを半径rsとする真円を外接円として規定する。

イ 別表一の楕円は、本件巻鉄心の巻始め及び巻終り部分のそれぞれの帯材の位置に近似する楕円を巻終り部分用楕円(以下「楕円一」という。)及び巻始め部分用楕円(以下「楕円二」という。)として規定している。具体的には、楕円一としては、巻終り部分の帯材の位置に近似する、長軸の長さが25.90mm、短軸の長さが15.31mm、中心位置がx軸上に存在する楕円を一例として選択し、また、楕円二としては、巻始め部分の帯材の位置に近似する長軸25.60mm、短軸の長さが14.48mm、中心位置がx軸上に存在する楕円を一例として選択している。

② 別表一から明らかなように、本件巻鉄心の巻終り部分における半径rと楕円一の半径reとの差(r―re)はマイナス0.11mmから0.08mmという極めて小さい範囲に入る。同様に、本件巻鉄心の巻始め部分における半径rと楕円二の半径re'との差(r―re')はマイナス0.12mmから0.08mmという極めて小さい範囲に入る。ここで楕円の半径re(re')とは、巻鉄心の半径rと一致する直線と楕円とが巻鉄心の近傍で交わるまでの原点Oからの距離である。また、本件巻鉄心の中央部分においては半径rと外接円(真円)の半径rsとの差(r―rs)がマイナス0.11mmから〇mmという範囲に入る。

③ 別表一の各数値をコンピューター処理して図面化したものが別紙図一ないし四である。別紙図一は、本件巻鉄心の断面形状を外接円とともに等倍で示す図であり、別紙図二は、別紙図一の約四倍の拡大図で、一〇九枚のすべての帯材を図示しており、別紙図三は、本件巻鉄心の巻終り部分の断面形状を拡大して示す図であり、別紙図四は、本件巻鉄心の巻始め部分の断面形状を拡大して示す図である。

別紙図三に示されるように、本件巻鉄心の巻終り部分の断面形状は、楕円一(点線一〇)に沿っており、巻終り部分の帯材の位置と楕円一との差は、巻鉄心の階段状の断面を構成する各帯材の厚さのプラスマイナス二分の一以下と極めて小さい。

同様に、別紙図四に示されるように、本件巻鉄心の巻始め部分の断面形状は、楕円二(点線二〇)に沿っており、巻始め部分の帯材の位置と楕円一との差は、巻鉄心の階段状の断面を構成する各帯材の厚さのプラスマイナス二分の一以下と極めて小さい。

④ 以上のように、別紙物件目録の八図に示すイ号製品を形成する帯材の巻始め部分及び巻終り部分の断面形状はいずれも楕円形状であるということができる。

(二) 被告の主張

① 本件発明は、断面形状を、中間部分が円形形状で、巻始め部分、巻終り部分の両方又は、一方を楕円形状とした、すなわち円形プラス楕円とした巻鉄心である。ここにいう楕円は、全く任意なものではなく、発明の趣旨から次の要件①、②を充たすものに限定される。

要件①(連続) 円と楕円は連続する。

要件②(単調減少) 楕円は端にいくほど半径が減少する。

要件①が必須であるのは、もし仮に連続でなく、不連続、すなわち段状に楕円部分が小さくあるいは大きくなるならば、この部分においてボビンとの間に隙間を形成することになり、円形断面巻鉄心の優れた磁気特性を低下させることになるからである。

また、要件②が必須であるのは、もし仮に単調減少でなく、増加する部分があれば、この増加部分においてボビンとの隙間を形成することになり、円形断面巻鉄心の優れた磁気特性を低下させ、しかもこの増加部分は本件発明の目的である位置ずれに対する対策として機能しないからである。

② 原告が前記測定値に当てはめた曲線は、中央部分が半径rsの円形、巻終り部分が半径reの楕円一、巻始め部分が半径re'の楕円二である。これらの楕円は、別紙図六、七のとおり、円との接続部分が連続ではなく、段状に小さくなり、また、半径は端にいくと一旦増加し、その後減少するものである。したがって、これらの楕円は、いずれも前記要件①も②も充たしていない。

③ 本件巻鉄心の中央の円形部分は別紙式一の方程式で示される準円形(以下単に「準円形」という。)であり、準円形と別表一の測定値を比較した結果は別表二のとおりである。なお、別表二の(1)ないし(3)は別表一の(1)ないし(3)と同一のものであり、(4)のr*は準円形の半径を示し、(5)のr―r*は準円形と本件巻鉄心の形状との差を示している。準円形の半径r*は、別紙式二により計算した。

別表二のとおり、準円形と本件巻鉄心の形状は極めて正確に一致しており、巻終りの五枚(別表二のNo.一〜五)と巻始めの五枚(別表二のNo.一〇五〜一〇九)以外のすべてにおいて、差はマイナス0.07mmから0.04mmの範囲に入っている。この差は、原告の楕円一、二の当てはめの場合の、マイナス0.12mmから0.08mmの範囲よりも小さく、その約二分の一である。

別紙図五は、別表一の原告の測定値に基づいて、本件巻鉄心の断面形状を表す曲線の傾きを計算した結果を示すものである。別紙図五に示すように、本件巻鉄心の傾きの変化は、外周側(巻終り側)、内周側(巻始め側)ともに、端にいくと(別紙図五の左にいくと)急激に立ち上がっており、更にほぼ水平に延びる形状となっている。すなわち、巻始め及び巻終りの各四点の数値は他の部分と明らかに異なっており、これらの部分は大きな値を示し、かつ、ほぼ一定の値を示している。これは、これらの部分の形状が直線状であること、すなわち台形であることを示しているのであり、もし仮にこれらの部分が楕円形状であれば、傾きの変化は端部ほど急激に大きくなるはずである。

以上のように、本件巻鉄心の断面形状は円形プラス台形の形状である。

(三) 原告の反論

① 本件発明にいう楕円は、断面形状が円形形状である中間部分と、楕円形状である巻始め部分及び/又は巻終り部分との間に段差が存在するもの、すなわち円と楕円とが不連続であるようなものでもよく、また、楕円は端にいくほど半径が減少するものでなくてもよい。

② 被告が主張するように、本件巻鉄心の断面形状が円形プラス台形であれば、別紙図五において、巻始め及び巻終りの各四点の数値は、横軸と平行であり、他の数値は、すべて実線で記載された円形曲線上に存しなければならないが、全くそのようになっていない。殊に、巻始め及び巻終りの五番目から八番目の数値が、円形曲線上から大きくずれていることは、本件巻鉄心の断面形状が円形プラス台形ではなく、円形プラス楕円形であることを示している。

第三 当裁判所の判断

一 争点(イ号製品は、本件発明の構成要件B①を充足するか)について

(一)  証拠(甲一)と弁論の全趣旨によると、本件発明は円筒状のコイルボビンが適用される変圧器の巻鉄心に関するものであること、従来の技術として円筒状のコイルボビンが適用される変圧器の巻鉄心として断面が円形形状のものが用いられていたこと、本件発明の明細書(以下「本件明細書」という。)には、「発明が解決しようとする問題点」として従来の断面が円形形状の巻鉄心においては、「帯状材料の巻始め及び巻終り部分は……巻回中心位置からずれ易く、……この結果、コイルボビン二を圧接して回転すると、コイルボビン二の内面特にその圧接部分が引っかかって巻線の巻回作業が不可能となったり、あるいは、最悪な場合、コイルボビン二の圧接作業が不可能となるという問題点があった。従って、本発明の目的は、たとえ巻鉄心の巻始め及び巻終り部分がその巻回中心位置からずれても、コイルボビン二の内面の引っかかりおよびコイルボビン二の圧接不可能を防止できる巻鉄心を提供することにある。」(本件発明に係る特許公報(以下「本件公報」という。)二欄五行ないし二〇行)と記載され、「問題点を解決するための手段」として、「本発明は……巻鉄心の巻始めおよび巻終り部分の断面形状を楕円形状とし、他の部分の断面形状を……円形形状としたものである。」(本件公報二欄二一行ないし二五行)と記載され、「作用」として、「コイルボビンの内面の引っかかりおよびコイルボビンの圧接不可能が防止され、この場合、巻鉄心とコイルボビンとの間の空隙は増加するも、その量は最小限である。」(本件公報三欄三行ないし六行)と記載され、「発明の効果」として、「本件発明によれば、たとえ帯状材料の巻始めおよび巻終り部分の両方もしくは一方がその巻回中心位置からずれても、コイルボビンの内面の引っかかりおよびコイルボビンの圧接不可能を防止できる。」(本件公報四欄八行ないし一二行)と記載されていること、以上の各事実が認められる。

以上の認定事実によると、断面が円形形状の従来の巻鉄心においては、帯材の巻始め部分及び巻終り部分が巻回中心位置からずれた場合、コイルボビンの内面が引っかかって巻線の巻回作業が不可能となったり、コイルボビンの圧接作業が不可能となったりするという問題があったが、本件発明は、これを防止するために、巻鉄心の巻始め部分及び/又は巻終り部分の断面形状を楕円形状とし、その他の部分の断面形状を円形形状としたものであり、巻始め部分及び/又は巻終り部分の断面形状を楕円形状とすることにより、巻始め部分及び/又は巻終り部分においてコイルボビンとの間に空隙ができ、帯材が中心位置からずれてもコイルボビンの内面の引っかかり及び圧接不可能を防止することができるようにしたものであると認められる。本件発明はこのようなものであるから、本件発明にいう楕円形形状の意義は、任意の楕円形状ではなく、巻鉄心の巻始め部分及び巻終り部分とコイルボビンとの間に空隙ができる形状、すなわち、帯材の積層方向が短軸となるような楕円形状であることを要するものと解されるが、必ずしも数学的な意味での厳密な楕円形状である必要はなく、円筒状のコイルボビンとの間に空隙ができ、帯材が中心位置からずれた場合にもコイルボビンの内面が引っかかったりすることがないような、楕円形状に近似する形状であれば足りるものと解される。

(二) 証拠(甲九、検乙一)と弁論の全趣旨によると、

① 被告製の三二〇タイプの巻鉄心の切断面の一方を構成する一〇九枚の帯材の幅の測定値は別表一記載四のとおりであり、巻鉄心の厚さは29.04mmであること

② 上記①の巻鉄心の厚さ方向をx軸、幅方向をy軸とし、巻鉄心の各帯材の中央がx軸に一致するように、すなわち、各帯材がすべて巻回中心位置からずれることなく巻回されたと仮定し、一枚の帯材の厚さとして、巻鉄心の厚さ(29.04mm)を帯材の枚数(一〇九)で割った値(約0.266mm)を使用すると、巻鉄心の各帯材の位置のX座標及びY(±Y)座標は別表一記載(5)(Y(±Y)座標)及び(6)(X座標)のとおり求められ、巻鉄心の半径rは別表一記載(7)のとおり求められること(これが、既に定義した「本件巻鉄心」である。)

③ 本件巻鉄心の半径rの最大のものを半径rsとする外接円(真円)を想定した場合、本件巻鉄心の半径rと外接円の半径rsとの差(r―rs)が別表一記載(8)のとおりとなること

④ 長軸の長さが25.90mm、短軸の長さが15.31mmであって、中心位置がx軸上にあり、Y座標が別表一記載(9)のNo.一ないし五三の数値のとき原点Oからの距離reが別表一記載(10)のNo.一ないし五三の数値となるような楕円一が存在し、また、長軸の長さが25.60mm、短軸の長さが14.48mmであって、中心位置がx軸上にあり、Y座標が別表一記載(9)のNo.五七ないし一〇九の数値のとき原点Oからの距離re'が別表一記載(10)のNo.五七ないし一〇九の数値となるような楕円二が存在すること

⑤ 本件巻鉄心の半径rと楕円一の半径re及び楕円二の半径re'との差(r―re、r―re')は別表一記載(11)のとおりであること

⑥ 別表一の各数値は少数点以下二桁(一〇〇分の一ミリメートル)までを示しているが、実際には少数点以下三桁以上処理した結果を四捨五入しているため、計算上少数点以下二桁でプラスマイナス一程度の誤差が含まれていること

⑦ 別表一の各数値をコンピューター処理し、本件巻鉄心の断面形状を外接円とともに等倍で図面化したものが別紙図一、本件巻鉄心の巻終り部分の断面形状を拡大し、外接円(破線三〇)及び楕円一(実線一〇)とともに図面化したものが別紙図三、本件巻鉄心の巻始め部分の断面形状を拡大し、外接円(破線三〇)及び楕円二(実線二〇)とともに図面化したものが別紙図四であること

以上の各事実が認められる。

(三) 以上認定の事実に基づき、イ号製品が本件発明の構成要件B①を充足するかどうかを検討する。

① 別表一記載(11)のとおり、巻終り部分における本件巻鉄心の半径rと楕円一の半径reとの差(r―re)はマイナス0.11mmから0.08mmの間の範囲に入っており、巻始め部分における本件巻鉄心の半径rと楕円二の半径re'との差(r―re')はマイナス0.12mmから0.08mmの間の範囲に入っているところ、本件巻鉄心の帯材の厚さは約0.266mmであるから、巻終り部分及び巻始め部分における本件巻鉄心の半径と楕円一の半径及び楕円二の半径との各差は、帯材の厚さのプラスマイナス二分の一以下であり、極めて小さいということができる。また、別紙図三及び四を見ると、巻終り部分及び巻始め部分の本件巻鉄心の断面形状は、楕円一(実線一〇)及び楕円二(実線二〇)にほぼ沿っている。以上を総合すると、別表一の数値に含まれる誤差を考慮しても、本件巻鉄心の巻終り部分は楕円一で近似でき、巻始め部分は楕円二で近似できるものと認められる。

② そして、楕円一及び二はともに帯材の積層方向が短軸となる楕円であり、別紙図三及び四のとおり、楕円一及び二は、本件巻鉄心の巻終り部分及び巻始め部分において外接円との間に空隙ができているから、本件巻鉄心に対して円筒状のコイルボビンを圧接した場合、コイルボビンとの間に空隙ができ、帯材が中心位置からずれた場合にもコイルボビンの内面が引っかかったりすることのないような楕円であるということができる。

③ したがって、本件巻鉄心の巻終り部分及び巻始め部分の断面形状は本件発明にいう「楕円形状」であるということができるところ、弁論の全趣旨によると、別紙物件目録の八図は別紙図一の本件巻鉄心の断面形状をもとに作成された図であると認められるから、イ号製品は本件発明の構成要件B①を充足するということができる。

(四) 被告は、本件発明にいう「楕円形状」は発明の趣旨から前記要件①(連続)、②(単調減少)を充たすものに限定されると主張する(前記第二の三(二)①)。

しかし、本件明細書には巻鉄心の巻始め部分及び/又は巻終り部分の楕円形状が以上の要件を充たすものに限定されることを示す記載は一切ない上、本件発明は、巻鉄心の巻始め部分及び巻終り部分が巻回中心位置からずれても、コイルボビンの内面の引っかかり及びコイルボビンの圧接不可能を防止できるようにするため、巻鉄心の巻始め部分及び/又は巻終り部分の断面形状を楕円形状とすることにより、巻始め部分及び/又は巻終り部分においてコイルボビンとの間に空隙ができるようにしたものであるから、本件発明においては巻鉄心とコイルボビンとの間に空隙ができることによるある程度の磁気特性の低下を容認しているものと認められる。したがって、磁気特性が低下することを理由として、直ちに本件発明にいう「楕円形状」が以上の要件①、②を充たすものに限定されると解することはできない。もっとも、その磁気特性の低下が実際の使用において支障を生じるようなものであれば、そのような磁気特性の低下を生じる形状は、本件発明にいう「楕円形状」ではないと解する余地があるが、①弁論の全趣旨によると、検乙一号証の被告製の三二〇タイプの巻鉄心は実用品であり、この巻鉄心に対して円筒状のコイルボビンを圧接した場合に少なくとも標準的な磁気特性を持つものであると認められるところ、前記(二)認定の事実に弁論の全趣旨を総合すると、この巻鉄心の断面形状は本件巻鉄心の断面形状で近似できると認められるから、本件巻鉄心も検乙一号証の巻鉄心と同程度の磁気特性を持つものであると認められること、②本件巻鉄心の巻終り側から一七枚目の帯材の位置に対応する外接円の半径と楕円一の半径の大きさは等しくないから外接円と楕円一は不連続であるが、その段差(rs―re)は0.15mmに過ぎないのに対し、巻終り側から一枚目ないし九枚目の帯材の位置に対応する本件巻鉄心の半径rと外接円の半径rsとの差(rs―r)は0.16mmないし0.71mmと0.15mmよりも大きいから、外接円と楕円一に上記程度の段差があったとしても実用品として見た場合の巻鉄心の磁気特性には影響がないと推認されること、③同様に、本件巻鉄心の巻始め側から一七枚目の帯材の位置に対応する外接円の半径と楕円二の半径の大きさは等しくないから外接円と楕円二は不連続であるが、その段差(rs―re')は0.13mmに過ぎないのに対し、巻終り側から一枚目ないし八枚目の帯材の位置に対応する巻鉄心の半径rと外接円の半径rsとの差(rs―r)は0.15mmないし0.72mmと0.13mmよりも大きいから、外接円と楕円二に上記程度の段差があったとしても実用品として見た場合の巻鉄心の磁気特性には影響がないと推認されること、④楕円一の半径は巻終り側の一七枚目から一三枚目まで増加し、一三枚目から一枚目までは減少しており、楕円二の半径は巻始め側の一七枚目から一三枚目まで増加し、一三枚目から一枚目までは減少しているから、楕円一、二とも半径の増加部分でコイルボビンとの間の空隙が最も大きいのは、外接円との段差の部分であること、以上の認定判断を総合考慮すると、本件巻鉄心に当てはめられる楕円一及び二と外接円との段差部分及び楕円の半径の増加部分における空隙は、それによる磁気特性の低下が実際の使用において支障を生じるようなものとは認められない。

また、巻鉄心の巻始め部分及び/又は巻終り部分が単調減少でなく、増加する部分があったとしても、巻鉄心の巻始め部分及び/又は巻終り部分の形状が全体として位置ずれに対する対策として効果があれば、本件発明の作用効果を奏するということができるから、位置ずれに対する対策という観点からしても、直ちに本件発明の楕円形状が以上の要件②を充たすものに限定されると解することはできない。そして、本件巻鉄心の形状が、位置ずれに対する対策として効果を有するものであることは、既に認定したとおりである。

よって、被告の前記主張は採用することができない。

(五)  さらに、被告は、本件巻鉄心の断面形状は円形プラス台形の形状である旨主張する(前記第二の三(二)③)。

証拠(乙七)と弁論の全趣旨によると、別表一記載(5)のY座標及び(六)のX座標によって表される本件巻鉄心の形状に準円形を当てはめ、準円形の半径と本件巻鉄心の半径との差(r―r*)を求めると別表二記載(五)のとおりとなること、Y座標及びX座標によって表される本件巻鉄心の各帯材の位置(点)と隣接する帯材の位置(点)とを結ぶ直線の傾きを算出し、巻終り(外周)及び巻始め(内周)からの傾きの変化を図示すると別紙図五のとおりになること、以上の各事実が認められる。別表一及び二により本件巻鉄心の巻終わり側から六枚目ないし一七枚目の部分と巻始め側から六枚目ないし一七枚目の部分についての形状を見ると、本件巻鉄心の半径と楕円一、二の半径との差(r―re、r―re')がマイナス0.07mmないし0.08mmであるのに対し、本件巻鉄心の半径と準円形の半径との差(r―r*)はマイナス0.04mmないし0.03mmであるから、本件巻鉄心の右部分の形状は楕円一、二よりも準円形に近いということができる。また、別紙図五の傾きの変化をみると、巻終り及び巻始めからそれぞれ一枚目ないし五枚目の部分の傾きの変化は少ないから、この部分の形状は、直線に近いということができる。したがって、本件巻心の巻終り部分及び巻始め部分の断面形状は、楕円一、二よりも被告の主張する準円形プラス台形によりよく近似するとの見方も成り立ちうるところである。

しかし、前記認定のとおり、本件発明の「楕円形状」の意義は、数学的な意味での厳密な楕円形状である必要はなく、楕円形状に近似する形状であればよいのであり、しかも、巻終り部分及び巻始め部分における本件巻鉄心の半径と楕円一及び二の半径との各差は極めて小さいのであるから、右部分における断面形状が準円形プラス台形でよりよく近似できることは、右断面形状が楕円形状で近似できるものと認めることの妨げにはならないというべきである。

よって、被告の前記主張は採用することができない。

(六) 以上のとおり、イ号製品は本件発明の構成要件B①を充足する。

2 結論

以上の次第で、イ号製品は本件発明の構成要件を全て充足し、その技術的範囲に属するから、本訴請求は理由がある。

別紙物件目録<省略>

別表一、二<省略>

別紙図一〜七<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例