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東京地方裁判所 平成5年(ワ)16902号 判決 1994年8月29日

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、平成八年九月一五日限り、別紙物件目録二及び三記載の各建物(以下、両建物を一括して「本件建物」という。)を収去して同目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)を明け渡し、かつ、右同日から右明渡済みまで一か月金三万一八二〇円の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告田中恒雄(以下「被告恒雄」という。)及び同人の妻である被告田中はるい(以下「被告はるい」という。)に対し、借地契約の期間満了前に、右満了時において、本件建物を収去して本件土地を明け渡し、かつ、同日以降の賃料相当額の損害金の支払いを求める将来の給付の訴えの事案である。

一  前提となる事実(証拠を掲げた部分以外は当事者間に争いがない。)

1  原告は、本件土地を所有している。

2  原告は、昭和五一年九月一五日、被告恒雄に対し、本件土地を普通建物の所有を目的とし、期間は昭和五一年九月一六日から平成八年九月一五日までの二〇年間、賃料は一か月一万二八八〇円の約定で貸し渡し(以下「本件賃貸借契約」という。)、右賃料はその後改定されて一か月三万一八二〇円となつた。

3  本件土地上には被告らの共有にかかる本件建物が存在しており、その持分は、被告恒雄が五分の四、被告はるいが五分の一である。

4  原告は、平成四年七月二七日、本件賃貸借契約の期間満了に先立ち、被告恒雄に対して、あらかじめ更新拒絶の意思表示をした上、平成五年九月八日、被告らに対し、本件訴えを提起した。

二  争点

1  本件訴えは将来の給付の訴えの適格を有するか。

なお、原告は、本件土地の賃借人であり、本件建物の持分五分の四の共有権者である被告恒雄のみならず、本件建物の持分五分の一の共有権者である被告はるいに対しても、本件賃貸借契約の満了時において、本件建物収去本件土地明渡と賃料相当損害金の支払を求めているから、弁論の全趣旨に照らすと、被告はるいに対する請求は、同人の本件土地の占有が、いわゆる占有補助者としてのものか実質上の共同賃借人としてのものかはともかく、被告恒雄の本件土地の賃借権に依拠し、これと帰すうを共にするものであることを前提とする請求であると解される。

2  原告が行つた更新拒絶に正当な理由があるか。

三  本案前の争点についての当事者の主張

1  原告の主張

本件のような将来の建物収去土地明渡請求が適法とされるためには、(一) 賃借人が期間満了の際に明渡請求に応じないおそれがあること、(二) 更新拒絶の正当事由があること、(三) それが期間満了時まで存続することが必要であるところ、いずれの要件も具備していることは以下のとおりであるから、本件訴えは適法である。

(一) 明渡請求に応じないおそれ

被告らとの間の本件土地明渡交渉は決裂し、平成五年六月二五日調停も不調に終わり、被告恒雄は、原告に対し、同年一〇月一日付けの借地契約更新請求書を送付しており、被告らが平成八年九月一五日の期間満了時に本件土地を明け渡さない意思は明確である。

(二) 更新拒絶の正当事由

(1) 原告は、本件土地を含む別紙物件目録四記載の各土地(以下「原告所有地」という。)を所有しており、その総面積は約二六七三坪である。原告は、昭和六一年ころから、住友不動産株式会社(以下「住友不動産」という。)と共同して、原告所有地上に高層ビル建築を計画しており、被告らの本件土地明渡が完了した暁には、事務所棟と住宅棟を含む地下二階地上二二階建て、事務所部分の床面積約一万〇四一二坪、住宅部分の床面積約四八八〇坪(総戸数一二八戸)の高層ビルを建築する予定である。

(2) 原告所有地は、JR田町駅及び都営三田線三田駅から徒歩一〇分程度、都営三田線芝公園駅から徒歩五分程度の場所に位置しており、近くには首都高速道路の芝公園出口があり、周辺地域は商業化するとともに高度利用が進行している。

(3) 東京都港区は、平成二年ころから、芝三丁目地区の住民に対して共同化事業(優良再開発建築物整備促進事業等)の推進を呼びかけ、平成三年三月には、白金一・三丁目、芝三丁目地区整備ガイドプラン策定委員会により、「芝三丁目地区整備ガイドプラン(案)」が作成され、その中で、原告所有地は業務・都市型ゾーンに指定され、住宅と業務とが複合するような有効な土地利用を行うよう要請されている。また、平成四年六月二六日の都市計画法及び建築基準法の改正に伴い、東京都都市計画局は平成五年九月に「用途地域等に関する指定方針及び指定基準」を作成し、港区も「用途地域等の見直しに関する区の基本的考え方(案)」を発表して、適切な住環境の保護と居住空間の確保、居住機能の保全と回復を目指し、中高層階住居専用地区の指定を検討する方針を示している。原告の高層ビル建築計画は、港区の施策に合致するものである。

(4) 原告から立ち退き交渉の委託を受けた住友不動産は、原告所有地上の借地権者約六〇名のうち、被告恒雄を含む三名を除く者との間で、立ち退きの合意をし、平成四年八月ころ、自己の所有に帰した建物の大部分について取り壊し、敷地の整地を行つた。

(5) 本件土地の面積は約四六坪であるが、原告所有地のほぼ中央に位置するため、本件土地について被告らが明け渡さなければ、原告らの高層ビル建築計画は大幅な制約を余儀なくされる。

(6) 被告らは本件建物以外にも肩書住所地所在地の東京都港区三田二丁目三二番地所在の建物を所有しており、被告らの生活の基盤はむしろ右建物にある。

(7) 原告は、被告らに対し、立退料として一億八〇〇〇万円ないしこれを大幅に超えない程度で裁判所が相当と認める金額を支払う用意がある。

(三) 正当事由の存続

(1) 原告及び住友不動産は、前記のとおり、原告所有地の大部分について借地上の建物の取壊しと整地を終了しており、本件土地の明渡しが完了すれば、いつでも高層ビルの建築に着手できる状態になつている。

(2) 原告は、平成五年三月二日付けをもつて、原告所有地につき、都市計画法二九条に基づく開発行為の許可を受けている。

(3) 住友不動産と被告恒雄の間では、平成三年一〇月ころから、明渡しの折衝が重ねられたが、解決には至らなかつた。そのため、原告は、平成四年九月、被告恒雄に対し、本件賃貸借契約の期間満了時において、本件建物を収去して本件土地の明渡しを求める民事調停の申立てをし、被告恒雄に対し様々な提案を行つたが、前記のとおり右調停は不成立に終わり、本訴を提起した。このように、原告の本件土地の明渡しを求める意思は極めて強固なものである。

2  被告らの主張

本件賃貸借について、現時点で期間満了時における正当事由の有無を判断するに当たつては、なお権利関係及び事実関係の変動が予測され、未だ本件土地明渡請求権の成否及びその内容が明確となるには至つていないから、本件訴えは将来の給付の訴えの適格を有しない。

第三  本案前の争点に対する判断

一  民訴法二二六条は、既に権利発生の基礎をなす事実上及び法律上の関係が存在し、ただ、これに基づく具体的な給付義務の成立が将来における一定の時期の到来や債権者において立証を必要としないか又は容易に立証し得る別の事実の発生にかかつているにすぎず、将来具体的な給付義務が成立したときに改めて訴訟により給付請求権の成立のすべての要件の存在を立証することを必要としないと考えられるようなものについて、例外として将来の給付の訴えを許容したにすぎないものと解するのが相当である。このような同条の趣旨に照らせば、将来の給付の訴えにおける請求権としての適格を有するためには、当該請求権発生の基礎となるべき事実関係及び法律関係が既に存在し、その継続が予測されるとともに、右請求権の成否及びその内容につき債務者に有利な影響を生ずるような将来における事情の変動があらかじめ明確に予測し得る事由に限られ、しかもこれについては請求異議の訴えによりその発生を証明してのみ執行を阻止し得るという負担を債務者に課しても格別不当とはいえない場合であることを要するというべきである。

二  これを本件についてみるに、そもそも本件賃貸借契約による借地権の消滅に基づく建物収去土地明渡請求が認められるためには、賃借人である被告恒雄が借地権消滅に接着してした更新請求に対し、賃貸人である原告が遅滞なく異議を述べ、かつ、その異議について正当の事由があることが必要である(借地借家法附則六条、借地法四条一項ただし書)。そして、この正当事由は、期間満了時を判断基準として、右時点における賃貸人と賃借人の土地の使用を必要とする事情、借地に関する従前の経過及び土地の利用状況、賃貸人の申し出た立退料その他諸般の事実関係を総合考慮して決定されるものであるところ、その基礎となる事実関係は、賃貸人及び賃借人の個別的な事情の変化はもとより、社会の状況、経済の動向等によつても様々な変動が生じ得る極めて浮動的な性格のものであることは明らかであり、賃貸人が申し出た立退料の額の当否等をあらかじめ確定することも甚だ困難であるといわなければならない。本件においては、口頭弁論終結時(平成六年七月二五日)から本件賃貸借契約の期間満了時(平成八年九月一五日)まで約二年二か月近くを残しているのであり、仮に原告主張の正当事由を基礎づける事実が口頭弁論終結時において存在するとしても、なお事実関係は流動的であつて期間満了時における原告の本件明渡請求権の成否及びその内容についての事情の変動を現時点において明確に予測することは到底不可能である。また、右のような事実関係の浮動性に鑑みれば、口頭弁論終結時以後に事情の変動が発生した場合に、請求異議の訴えを提起してこれを主張立証してのみ執行を阻止し得るという負担を専ら被告恒雄に課すことは前記借地法四条一項ただし書の趣旨にも反し不当であるといわざるを得ない。

三  したがつて、被告らに対し、本件賃貸借契約の満了時において、本件建物収去本件土地明渡と賃料相当損害金の支払を求める本件訴えは、いずれも将来の給付の訴えの適格を有しないものというべきである。

第四  結論

よつて、本件訴えをいずれも不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 篠原勝美 裁判官 定塚 誠 裁判官 岡崎克彦)

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