東京地方裁判所 平成5年(ワ)19364号 判決 1995年11月06日
原告
福田浩
同
平澤三之助
右訴訟代理人弁護士
福田浩
被告
株式会社大京
右代表者代表取締役
横山修二
右訴訟代理人弁護士
大脇茂
同
白井久明
同
黒澤弘
被告
鉄建建設株式会社
右代表者代表取締役
高橋浩二
右訴訟代理人弁護士
高西金次郎
主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 原告らの請求
被告らは、原告らに対し、別紙物件目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という)上に建築された同目録(二)記載の建物(以下「本件建物」という)につき、当該建物の各部の高さ(前面道路の中心を基準とする。)がその部分から東側又は南側の前面道路の反対側までの水平距離(建物が東側又は南側の前面道路に対し後退距離がある場合には、その最小の数値を右水平距離に加算する。)に1.5を乗じた数値を超える建物部分を除却せよ。
第二 事案の概要
本件は、被告らが本件土地上に建築した本件建物について、その高さが、建築基準法(以下「法」という)五六条四項の委任を受けた同法施行令(以下「施行令」という)一三二条によって緩和された制限には適合するものの、施行令の右条項は法五六条一項一号の立法理念に抵触しているので、結局憲法七三条六号に違反しており、違法であると主張して、近隣住民の原告らが、被告らに対し、所有権等に基づく妨害排除請求として、本件建物につき、法五六条の制限に違反した部分の除却を求めた事案である。
当初、原告らは、妨害予防(本件建物の一部建築差止め)を請求していたが、建築差止仮処分の申立ても却下され、訴訟が継属した後も本件建物の建築工事が続行され、同建物が完成したため、請求の趣旨を妨害排除(本件建物の一部除却)に変更した。
なお、原告らと同様の請求をしていた弁論分離前原告山内丈太郎、同布野昭次、同国吉ミツエ、同田中一男、同田中礼子、同国吉神力、同金子八重子については、本件の第一四回口頭弁論期日において、被告らとの間で訴訟上の和解が成立したが、右和解に参加しなかった本件原告らは、前記第一以外の請求を取り下げた上で、憲法判断を求めて本件請求をしているものである。
一 争いのない事実
1 別紙図面記載のとおり、弁護士である原告福田浩(以下「原告福田」という)は、本件土地建物の東側前面道路に面した土地建物を所有して居住し、原告平澤三之助(以下「原告平澤」という)は、本件土地建物の南側前面道路に面した土地建物を所有して居住している。
被告株式会社大京(以下「被告大京」という)は、不動産の売買、仲介、賃貸、管理及び鑑定等を目的とする株式会社であり、被告鉄建建設株式会社(以下「被告鉄建」という)は、土木建築工事の施工並びに企画、測量、設計、管理及びコンサルティング等を業とする株式会社である。
2 被告大京は、平成四年一一月五日、本件土地を購入した。
本件土地は、別紙図面のとおり、京王線調布駅の南側約五〇〇メートルに位置し、近隣商業地域に属する土地であり、その北側は幅員一五メートルの道路に面しており、南側は幅員約四メートルの道路を挟んで、原告平澤の所有する第一種住居専用区域に属する土地建物に相対しており、東側は幅員4.78メートルの道路を挟んで、原告福田の所有する近隣商業地域に属する土地建物に相対している。
3 被告大京は、本件土地を取得した後、同地上に本件建物の建築、分譲を企画し、平成五年三月末頃、本件建物の建築確認を受け、被告鉄建は、その建築を請け負い、本件建物を完成させた(本訴訟継属時は、建築工事に着手した段階であったが、現在では、本件建物は完成している)。
本件建物は、鉄筋コンクリート造、地上九階・地下一階建て、地上高さ二五メートル、入戸数九〇戸の分譲マンションである。
4 施行令一三二条は、法五六条四項に定める「建築物の敷地が二つ以上の道路に接し、又は公園、広場、川若しくは海その他これらに類するものに接する場合、建築物の敷地とこれに接する道路若しくは隣地との高低の差が著しい場合その他特別の事情がある場合における前三項の規定の適用の緩和に関する措置は、政令で定める」との規定に基づく委任規定であるところ、本件建物は、施行令一三二条が定める「建築物の敷地が、幅員の異なる二以上の道路に接している場合は、同敷地の一定部分について、幅員の狭い道路からの高さ制限についても、幅員の広い前面道路による高さ制限によることができる」旨の高さ制限の規定には適合している。
(但し、原告らは、施行令一三二条が法五六条一項一号の理念に反しているから、憲法七三条六号に違反し無効であると主張し、それが本件の争点となっている。)
二 争点
(原告らの主張)
1 施行令一三二条の憲法適合性
(一) 憲法七三条六号によれば、政令は法律の立法趣旨の実現のためにのみ規定されることができるものであるというべきであり、これは執行命令のみならず委任命令においても妥当するというべきであるところ、法五六条一項一号の立法趣旨は、道路を挟んで向かい合う建築物相互間のルールを定めるとともに、道路上空をある角度でもって確保し、日照、採光、通風等の環境を確保することにあり、土地利用についての民法の相隣関係秩序を補足するものであるから、かかる立法趣旨に抵触しない範囲においてのみ、政令で緩和措置を定めることができるというべきである。
ところが、委任命令である施行令一三二条の緩和措置は、建築物の敷地の前面道路の反対側が公園、広場、川若しくは海に面している場合(施行令一三四条の場合)等と異なり、二つ以上の道路に面している場合についてのものであるから、かかる場合についての措置を定めるにおいては、前面道路の反対側の建築物への影響を考慮する必要があり、常に同条の緩和措置が可能であるとは限らないのである。
したがって、施行令一三二条は、都市環境の保全という法五六条一項一号の立法理念の実現でないばかりでなく、同条項の立法趣旨ないし法益に抵触するものであって、もはや同条項とは別個の理念を持ち込むものである。
このように政令が法律の立法理念とは別の立法理念を持ち込むことは、政令が法律を改変することを意味するものであり、かかる内容を持つ施行令一三二条は憲法七三条六号に違反し無効である。したがって、本件建物は、法五六条一項一号に違反する違法な建築物である。
(二) 前記のような法五六条一項一号の立法趣旨に照らせば、同条は公法的規制であると同時に、私法的規定の性格をも有するというべきであり、法五六条一項一号の違反は、原告らが所有し居住する土地建物との相隣関係秩序を侵害する違法性を有し、被告らの本件違法建物の建築は原告らに対する不法行為にあたるというべきであるから、被告らは、原告らに対し、本件建物の右違反部分を除却する義務を負う。
2 本件建物建築による受忍限度を超えた不利益
本件建物の建築により、原告らは、次の(一)ないし(六)のように居住環境の快適さを著しく害される。
但し、かかる原告らの主張は、仮に前記1(施行令一三二条の違憲無効)の主張が認められた場合に、本件建物が法五六条に違反しつつも、未だ受忍限度の範囲内にあると判断されて請求棄却になることを回避するために主張するものであって、あくまでも右1の主張が認められることを前提とするものである。
(一) 天空阻害
原告らが所有し居住する建物の敷地の間口の中心点から本件建物最上端への仰角及び横視角の測定値は、法五六条に表現されている住居環境設定の基準を著しく超えるものである。
(二) 風害
本件建物に向かう風は、同建物によって遮られた結果、同建物に沿って西又は東向きに吹いて強さを増すものであるが、原告平澤の住居と本件建物との間の道路の幅員は約四メートルしかないのであるから相当の強風となることになり、東向きに吹いた場合、右平澤の住居にまともに吹きつけることになる。また、強風と感じられない程度の風であっても南北の空気の流れは、本件建物によって、東西の向きの風となり、原告平澤の住居近くには、塵芥が自然に集積されることになる。
(三) 落下物による道路通行の危険
本件建物は、東側及び南側前面道路からわずか七〇から八〇センチメートルしか離れていないのであるから、本件建物の上階から誤って物が落ちた場合、右各道路を通行する者に対して何らかの傷害を負わせる危険性があるところ、原告らの住居は右各道路に面しているのであるから、これを使用せざるを得ない状況にあり、右のような危険に対する不安感を抱いて生活せざるを得ない状態に置かれることになる。
(四) プライバシーの侵害
原告らの住居は、二階建ての低層建物であるから、本件建物の三階以上、特に三、四階の住人に覗かれる危険があり、通常であれば、境界に樹木を植栽することにより右危険を防止できるところ、本件建物においては、道路からの間隔が七〇ないし八〇センチメートルであるため、然るべき高さの樹木の植栽ができない状態にあり、原告らはプライバシー侵害の危険にさらされる状況に置かれることとなる。
(五) 騒音、臭気、温熱被害
本件建物に入居した者は、それぞれ各戸で生活上の騒音を発生させるものであり、これらが集積された場合には、原告らの生活環境にとって騒音となる。
本件建物の厨房排気、冷暖房排気は、同建物の東側又は南側前面道路に向かって排出されることになる。かかる厨房排気が食事時に一斉に排出されることは、原告らにとって臭気被害になり、また冷暖房排気が、特に夏期の炎熱期に全戸が冷房機を使用したことによって、一斉に排出されることは、本件建物の照り返しの影響と相まって、周辺気温の上昇を来し、原告らにとって温熱被害となる。
(六) 防災の不完全
本件建物の上層部に火災が発生した場合、その住民の救助活動のためには、大型消防梯子車が必要になるところ、本件建物の東側前面道路に入れたとしても右道路が狭いため救助活動は制約されざるを得えず、また南側前面道路には入れない。その結果、右各道路の拡張のため、原告らの所有土地が収用されるおそれが生じることとなるのであるから、本件建物の建築は、必然的に高層建築に適合した道路環境を要求したことになり、かかる要求は直ちに原告らの権利を侵害することとなる。
(被告らの主張)
原告らの主張1、2は争う。仮に、原告らの主張するような不利益が生じたとしても、受忍限度の範囲内である。
第三 争点に対する判断
一 争点1(施行令一三二条の憲法適合性)について
一般に、政令は、法律の立法趣旨の実現のためにのみこれを規定することができるものであり、これは執行命令のみならず委任命令においても妥当すること、本件で問題となっている施行令一三二条は法律の委任した事項を具体的に定める委任命令であること、また、法五六条一項一号の立法趣旨は、土地所有権との合理的調整を図りながら、道路の天空を確保し、日照、採光、通風等の環境を保護することにあると解されることは、いずれも原告ら主張のとおりである。
しかしながら、施行令一三二条の緩和措置は、建築物の敷地が幅員の異なる二以上の道路に接している場合には当該建築物の高さ制限を緩和できるという法五六条四項の委任に基づき、右敷地の一定部分について、幅員の狭い道路からの建築物の高さ制限についても、幅員の広い前面道路による右の高さ制限によることができるものと規定しているところ、右の緩和規定を含めた法五六条全体が法の趣旨であって、法五六条一項一号が同条四項に優先するものとはいえず、法五六条の一項から四項までを全体的に考察すると、同条は、前記の道路環境の保護の側面に配慮しつつ、右の要請と土地の適切な高度利用の必要性との合理的調整を図ったものと解されるから、施行令一三二条に定める右緩和措置が、法五六条全体の趣旨及び同条一項一号の立法趣旨に抵触するとはいえない。
したがって、施行令一三二条が法五六条に違反するとはいえないから、同施行令が憲法七三条六号に違反し無効であるとする原告らの主張は採用することができない。
二 以上によれば、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないことに帰する。
よって、原告らの請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大和陽一郎 裁判官齊木教朗 裁判官菊地浩明)
別紙<省略>