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東京地方裁判所 平成5年(ワ)1997号 判決 1994年4月28日

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  請求

被告らは、原告に対し、各自金一六七〇万一〇〇〇円及びこれに対する平成三年一二月七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告ナショナル証券株式会社(以下「被告会社」という。)から株式投資信託を買い付ける際、当時の被告会社支店長である被告小松雅英(以下「被告小松」という。)が元本及び利回り保証を約したとして、被告らに対し、主位的に右約束の履行請求として、予備的に不法行為による損害賠償請求として、元本及び運用金利と元本割れ時価との差額の支払を求めている事案である。

一  基礎となる事実

1  被告会社は、有価証券等の売買の媒介等を目的とする会社であり、被告小松は、平成元年一二月当時の被告会社三鷹支店長である。

2  被告会社は、平成元年一一月一三日から同年一二月六日までの間、一口一万円、信託期間は四年間(平成元年一二月八日から平成五年一二月七日まで)、収益の期中分配は行わず、信託終了時に償還金(信託財産の純資産額を受益権口数で控除した額)として一括支払とし、運用資金の安定と運用効率のため、受益者は信託期間のうち当初の二年間(平成三年一二月六日まで、以下「クローズド期間」という。)は原則として解約、売却等の換金を行うことはできないとの約定による単位型株式投資信託「ベストセレクト89」(以下「本件投資信託」という。)を募集した。

3  原告は、平成元年一一月一五日、被告小松の勧誘に応じて本件投資信託三〇〇〇口の買付約定をし、三〇〇〇万円を支払い、同年一二月六日、その受益証券(以下「本件受益証券」という。)の交付を受けた。

4  本件投資信託の基準価格は、その後、株式市況の悪化等の経済事情の変動により低迷し、クローズド期間の満了当時、投資額の元本を下回る状況にあつた。

5  本件受益証券は、信託期間が満了した平成五年一二月七日以後も換金されずに償還期間が延長されている(争いのない事実)。

二  原告の主張

1  被告会社及び被告小松は、原告が本件受益証券を購入する際、原告に対し、クローズド期間が満了する平成三年一二月七日現在における投資額及びこれに対する年八パーセントの割合による二年間の運用金利を保証し、元本割れの場合には元本及び運用金利と受益証券の時価との差額を連帯して支払う旨約し(以下「本件(一)保証約束」という。)、さらに、クローズド期間満了直前の同年一一月一五日、原告に対し、金利の利率を年七パーセントに減じて右同様に元本及び利回りを保証し、元本割れの場合には右同様に差額を連帯して支払う旨約した(以下「本件(二)保証約束」という。)。

2  平成三年一二月七日現在において、原告の投資額三〇〇〇万円に対する年七パーセントの割合による二年間の運用金利は四二〇万円、本件受益証券の時価は一七四九万九〇〇〇円(一口五八三三円)であつて、本件(二)保証約束に基づく差額金は一六七〇万一〇〇〇円となるから、原告は、主位的に、被告らに対し、右金員の連帯支払を求める。

3  仮に、本件各保証約束の履行請求が証券取引法(以下「法」という。)五〇条の三第一項三号の規定により許されないものとすれば、被告小松は、そのことを知りながら、又は知るべき義務があるのにこれを怠り、原告に対し右約束をして本件受益証券を購入させ、前記差額相当の損害を被らせたものであるから、原告は、予備的に、同被告に対しては民法七〇九条、被告会社に対しては同法七一五条に基づき、その損害賠償を求める。

三  被告らの主張

1  本件投資信託は被告会社が別の投資専門会社に委託して信託財産の運用を図るものであり、およそ投資信託に元本及び利回り保証が存在しないことは一般投資家にとつて周知の事実であるし、原告が本件受益証券を購入した当時、元本割れを危惧するような相場環境ないし相場動向にもなかつた。被告らは、原告に対して投資勧誘を行つた際、過去の運用実績等を参考にして収益予測を示したにすぎず、原告主張のような本件各保証約束をした事実はない。

2  仮に、被告らが本件各保証約束をしたとしても、平成三年法律第九六号による改正前の法(以下「旧法」という。)の下で合意された元利保証約束に基づき、右改正法の施行日(平成四年一月一日)後にその履行請求をすることは、法五〇条の三第一項三号の規定に抵触して許されない。もつとも、同条第三項にいう事故(証券会社又はその役員若しくは使用人の違法又は不当な行為であつて当該証券会社と顧客の間で争いの原因となるものとして大蔵省令で定めるもの)による損失補てんを目的とする場合は除外されるが、原告の請求は、本件受益証券につき期待したとおりの利益が生ぜず、本件各保証約束による期待したとおりの損失補てんが得られなかつたことをいうものにすぎないから、右規定にいう事故には当たらない。

3  法により禁止されている損失補てん約束を履行しないことを理由に不法行為による損害賠償請求をすることは、損失補てんの履行請求と同様、法の前記規定に抵触して許されない。

四  本件の争点

1  原告主張の本件各保証約束の存否

2  本件各保証約束の履行請求(主位的請求)の当否

3  不法行為による損害賠償請求(予備的請求)の当否

第三  争点に対する判断

一  争点2について

争点1についてはひとまず措き、争点2について検討するに、本件各保証約束は、投資信託の受益証券の売買において、証券会社及びその使用人が、顧客に対し、元本割れをした場合の投資元本及び運用金利を保証することを内容とするものである。しかしながら、有価証券の売買その他の証券取引は、本来、相場の変動によつて利益又は損失を生ずる性格を有し、取引の損益は取引委託者に帰属すべきであるとの自己責任の原則に立つものであるから、証券会社が、顧客に生じた損失を補てんするため財産上の利益を提供する旨あらかじめ当該顧客に対して約束することは、安易な投資行動を助長し、証券市場における正常な価格形成機能を歪め、市場仲介者としての中立性及び公正性を損ない、ひいては投資者の証券市場に対する信頼感を失わせることになる。法五〇条の三第一項一号は、こうした観点から、有価証券の売買その他の取引につき、顧客に損失が生じ、又はあらかじめ定めた額の利益が生じなかつた場合には証券会社がその全部又は一部を補てんし、又は補足するために財産上の利益を提供する旨あらかじめ申込みあるいは約束することを禁止し、法一九九条一の六号は、右規定に違反する行為をした証券会社、使用人その他の従業員等に対し罰則をもつて臨んでいる。法五〇条の三の規定は、平成三年法律第九六号による改正により法五〇条の二として新設され、平成四年一月一日から施行されたものであり、原告主張の本件各保証約束は、右施行前にされたものであるが、旧法下におけるその効力はさて措き、右施行後においては、法の右規定に抵触する利益保証契約に当たることは明らかである。

したがつて、法五〇条の三第三項本文にいう「事故(証券会社又はその役員若しくは使用人の違法又は不当な行為であつて当該証券会社とその顧客との間において争いの原因となるものとして大蔵省令で定めるもの)による損失の全部又は一部を補てんするために行うものである場合」で、かつ、同項ただし書にいう「その補てんに係る損失が事故に起因するものであることにつき、当該証券会社があらかじめ大蔵大臣の確認を受けている場合その他大蔵省令で定める場合」でない限り、その履行請求は許されないところ、証券会社の健全性の準則等に関する省令(以下「省令」という。)四条は、法五〇条の三第三項ただし書の場合として、「裁判所の確定判決を得ている場合」を掲げるから、顧客が有価証券の売買その他の証券取引によつて生じた損失の補てん又は補足に代わる財産上の利益の提供を許容するためには、判決による場合であつても、この損失が法五〇条の三第三項本文及び省令三条が規定する事故に起因するものであることが前提となる。しかしながら、原告の主張に照らすと、本件各保証約束に係る損失が、省令三条一号ないし四条に該当しないことは明らかであり、また、同条五号にいう事故としての法令違反は、詐欺、業務上横領その他の刑法違反のほか、自己責任の原則に照らしその損失を顧客に負担させることが不当であるような法令違反、すなわち、顧客の意思内容と取引内容との間に齟齬が生ずるような法令違反であつて、一号から四号に規定する事由に該当しない場合を概括的に規定したものと解すべきところ、原告主張の損失がこれにも該当しないことは明らかである。

そうすると、本件各保証約束の履行を求める原告の主位的請求は、争点1について判断するまでもなく、その主張自体において理由がないというべきである。

二  争点3について

原告は、被告らが本件各保証約束をして原告に本件受益証券を購入させ、右約束に係る損失の保証を受けられなかつたことをとらえて、被告らに対して不法行為による損害賠償請求をするが、右損失を不法行為と構成しても、その補てん又は補足に代わる財産上の利益の提供を許容するためには、この損失が前記事故に起因するものであることが前提になるというべきである。そして、法五〇条の三第一項一号により禁止されている損失補てんの約束を履行しないことをもつて五号にいう法令違反に当たるとすると、法において禁止した事由がすなわち禁止解除の事由になるという背理に陥るから、五号にいう法令違反行為に当たるということはできない。もつとも、証券取引の価格変動要因は極めて複雑であつて、その投資判断には高度の分析と総合能力を要するため、証券会社又はその使用人が、証券取引の十分な知識経験を有しない一般顧客の正しい投資判断を歪めるような不適正な投資勧誘を行い、その結果、当該顧客が損失を被つたような場合には、具体的事情により、不法行為責任を生ずることもあり得るところであるが、かかる事情については何ら主張・立証がないし、そもそも右のように証券取引の適合性を有しない顧客を証券取引に引き込むことの違法性が問題になる場合と、本件のように右適合性に格別欠けるところのない顧客に対し元利保証約束をして投資信託の受益証券を購入させることの違法性が問題となる場合とは場面を異にすることは明らかである。

そうすると、不法行為による損害賠償を求める原告の予備的請求は、争点1及び不法行為の要件事実の充足について検討するまでもなく、その主張自体において理由がないといわなければならない。

第四  結論

以上の次第で、原告の請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 篠原勝美)

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