大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成5年(ワ)20062号 判決 1996年10月08日

原告

神奈川日産自動車株式会社

右代表者代表取締役

城所正直

右訴訟代理人弁護士

山田尚典

池田直樹

被告

株式会社さくら銀行

右代表者代表取締役

末松謙一

右訴訟代理人弁護士

長浜隆

齋藤輝夫

松尾翼

石井藤次郎

飯田藤雄

被告

武藤克行

右訴訟代理人弁護士

高橋勉

主文

一  原告の被告株式会社さくら銀行に対する請求をいずれも棄却する。

二  原告と被告武藤克行との間において、別紙株券目録(一)ないし(四)、記載の各株券に係る株主たる権利が原告に帰属することを確認する。

三  原告の被告武藤克行に対するその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告武藤克行に生じた費用を被告武藤克行の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告株式会社さくら銀行に生じた費用を原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

(主位的請求)

一  被告株式会社さくら銀行は、原告に対し、別紙株券目録(一)ないし(四)記載の各株券を引き渡せ。

二  被告らは、各自、原告に対し、平成五年一一月九日から前項の各株券が原告に引き渡されるまで年金二〇六八万五七一〇円の割合による金員を支払え。

三  原告と被告武藤克行との間において、第一項の各株券に係る株主たる権利が原告に帰属することを確認する。

(予備的請求)

被告株式会社さくら銀行は、原告に対し、金三億四四七六万一八四〇円を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が、被告株式会社さくら銀行(以下「被告銀行」という。)に対し、主位的に、別紙株券目録(一)ないし(四)記載の各株券(以下「本件各株券」という。)に係る所有権又は株主たる権利(以下、単に「所有権」という。)に基づいて、その引渡し、及び不法行為による損害賠償請求権に基づいて、引渡し遅滞による損害の賠償を求め、予備的に、本件各株券の所有権侵害の不法行為(使用者責任)による損害賠償請求権に基づいて、本件各株券時価相当額(三億四四七六万一八四〇円)の支払いを求め、被告武藤克行(以下「被告武藤」という。)に対し、本件各株券に係る株主たる権利が原告に帰属することの確認、及び不法行為による損害賠償請求権に基づいて、本件各株券の引渡し遅滞による損害の賠償を求めている事案であり、被告武藤は、本件各株券の所有権につき、主位的に訴外木原正夫(以下「訴外木原」という。)からの承継取得を、予備的に善意取得を主張し、被告銀行は、主位的に本件各株券の所有者である被告武藤との間の譲渡担保権設定契約または質権設定契約を、予備的に譲渡担保権または質権の善意取得を主張しているものである。

二  争いのない事実等(括弧内掲記の証拠により認定した事実の他は、当事者間に争いがない。)

1  原告は、自動車販売等を目的とする株式会社である(弁論の全趣旨)。

被告銀行は、預金の受入れ、資金の貸付け等の銀行業務を目的とする株式会社である。

被告武藤は、従前、群馬県多野郡吉井町大字岩崎三五一番地に居住していたが、現在は、肩書地に居住している者である(弁論の全趣旨)。

2  原告は、本件各株券を所有し、横浜市西区久保町九番一号所在の原告事務所に保管していたが、平成四年一二月二日午後九時五〇分ころから翌三日午前八時二五分ころまでの間に、訴外S(以下「訴外S」という。)により右株券を盗取された(甲第一ないし第四号証、第一一号証、第一二号証の一、二、証人甲良帆造の証言)。

3  被告武藤は、平成二年一二月三〇日、被告銀行から一億八〇〇〇万円を借り受け(以下「本件融資」という。)、右債務を担保するため、本件各株券について、被告銀行のために譲渡担保権又は質権(以下、単に「担保権」という。)を設定した。被告銀行は、右担保権設定契約に基づき、本件各株券の現実の引渡しを受けた(以下「本件担保差入れ」という。但し、本件担保差入れ当時に、被告武藤が本件各株券を占有していたか否かについては、後記のとおりの争いがあり、また、被告銀行は、右債務のみではなく、従前の債務も担保していると主張している。)。

4  本件各株券は、右3のとおり、被告銀行に担保として差し入れられた後である平成五年一月一八日、神奈川県警戸部警察署の司法警察員により、窃盗被疑事件の証拠品(賍物)として押収された。その後、本件各株券は、平成七年三月三一日付で、横浜地方検察庁から被告銀行に還付され、現在、被告銀行がこれを占有している。

第三  争点

一  被告武藤の本件各株券所有権取得の有無

1  被告武藤の本件各株券所有権の承継取得―譲渡担保権設定契約の存否

(被告武藤の主張)

被告武藤は、平成四年一二月一八日、訴外木原に対し、返済期限同月二五日との約定で一億五〇〇〇万円を貸し付け、右貸金債権を担保するため、同人所有の本件各株式について譲渡担保権設定契約を締結し、これに基づき本件各株式の現実の引渡しを受けた。

しかるに、訴外木原は、返済期限である同月二五日を経過しても右借入金を返済しなかったため、被告武藤は、右貸金債権の弁済に代えて本件各株券の所有権を取得した。

(原告の主張)

被告武藤が主張する訴外木原なる人物は、実在しないものであり、被告武藤と訴外木原間の譲渡担保権設定契約の成立は否認する。

被告武藤は、平成四年一二月二四日ころ、ブローカー仲間である訴外松本公一から本件各株券の処分の依頼を受け、これを入手するに至ったに過ぎない。

2  被告武藤の本件各株券所有権の善意取得―被告武藤の悪意又は重大な過失の存否

(被告武藤の主張)

仮に、平成四年一二月一八日、被告武藤が前記譲渡担保権設定契約を締結し、本件各株券の引渡しを受けた当時、訴外木原に本件各株券の所有権が認められなかったとしても、被告武藤は、前記消費貸借契約締結前にも訴外木原と二回会ったことがあったことなどからすると、同人を本件各株券の適法な権利者であると信じ、かつ信じたことに重大な過失はなかったものであるから、本件各株券の所有権を善意取得した。

(原告の主張)

仮に、被告武藤主張の譲渡担保権設定契約が存在したとしても、訴外木原なる人物が、時価三億四〇〇〇万円以上の、株券上の名義人が全て原告である本件各株券を所持しているということ自体が極めて不自然であり、被告武藤は、そのような状況において、原告その他関係機関に何らの問い合わせもせずに本件各株券の引渡しを受けたのであり、被告武藤の重過失の存在は明白であるから、善意取得の余地はない。

二  被告銀行による担保権の善意取得の成否

1  被告武藤の本件各株券の占有の存否

(被告銀行の主張)

被告武藤は、平成四年一二月三〇日の本件担保差入れ当時、本件各株券を占有していた。

(原告の主張)

本件各株券は、被告武藤が被告銀行に持ち込んだものではなく、暴力団員である訴外I(以下「訴外I」という。)が被告銀行に持ち込み、被告銀行は、同人から直接その占有を取得したものである。したがって、本件担保差入れ当時、本件各株券を占有していたのは、訴外Iであって、被告武藤ではなかった。また、被告武藤が訴外Iに本件各株券を預けていた事実はなく、訴外I及びその背後にいた暴力団が、本件各株券を占有していたのであって、被告武藤は、本件各株券を被告銀行に持ち込む役割のみを担い、その利益配分に与かったにすぎないから、本件各株券に対する直接占有も間接占有も有していなかった。

2  被告銀行の悪意または重過失の有無

(被告銀行の主張)

(一) 被告銀行は、本件担保差入れ当時、本件各株券を占有していた被告武藤が権利者であると信じて、同人から本件融資の担保として本件各株券の交付を受け、その占有を取得したものであるから、本件各株券の担保権を善意取得した。

(二) さらに、以下の事実に照らせば、被告銀行には、右のように信じたことにつき重過失は認められないものというべきである。

(1) 被告銀行は、平成四年八月二七日、訴外株式会社東和エンジニアリング(以下「訴外東和エンジニアリング」という。)に対し、八〇〇〇万円を貸し付け(以下「先行融資」という。)、その際、被告武藤との間で、右融資につき連帯保証契約を締結した。

右融資金の使途である木材調質炉は、調質木材の生産に使用される装置であって、特許の対象となっており、東京証券取引所一部上場商社である訴外ユアサ商事株式会社(以下「訴外ユアサ商事」という。)も、この調質木材生産プロジェクト(以下「本件プロジェクト」という。)の推進に力を入れていたものであって、本件融資もまた、本件プロジェクトに対する事業資金の融通という性格を有していた。

そして、本件プロジェクトは、当初から、武藤の経営する訴外武屋産業株式会社(以下「訴外武屋産業」という。)、訴外宗武産業株式会社(以下「訴外宗武産業」という。)及び訴外東和エンジニアリングが共同して推進することになっていたのであり、その意味で、被告武藤は、本件プロジェクト推進について主導的役割を果していた。ことに、被告武藤並びにその経営する訴外武屋産業及び同宗武産業は、右木材調質炉にかかる特許権の使用権の設定を受けたり、本件木材調質炉設置の現場の道路舗装、フェンス及び事務所等の各建設工事の費用の支払窓口(支払主体)になっていたことから、本件プロジェクトにとって極めて重要な存在であった。

このように、被告武藤は、本件担保差入れ当時、被告銀行との取引実績もあり、東証一部上場企業も推す有力プロジェクトにおいて重要な役割を果たす人物であったのであるから、その本件各株券に対する権限及び所持につき、疑念を抱かせるような状況にはなかった。

(2) また、本件プロジェクトに対する融資は、被告銀行の取引先であった税理士の紹介によるものであり、被告銀行は、訴外ユアサ商事の調質木材の担当者や木材調質炉の技術に関する特許の特許権者訴外氏家実(以下「訴外氏家」という。)と面談するなどして、本件プロジェクトについての審査を行った。

さらに、被告銀行は、本件担保差入れの際、被告武藤、訴外武屋産業及び同宗武産業の取締役であった訴外三本木久(以下「訴外三本木」という。)及び訴外Iに、本件各株券全部が被告武藤の所有するものであることを確認し、その旨を担保差入証の所定欄に、被告武藤自身に署名・捺印させて記載させた。

(三) 原告の主張する、後記の被告銀行の重過失の存在を基礎付ける事実については、否認ないし争う。

(1) 原告が、証券取引所を経由しないで本件各株券を処分し、それが被告武藤の手許に転々譲渡されたとしても、格別不自然なものではない。被告銀行は、被告武藤による本件各株券の所持が長期間に及んでいるという認識はなかったし、仮に、被告武藤が長期間本件各株券の名義書換えを行っていないという事実があったとしても、株券を取得しても名義書換えをしない事例は極めて多く、決して珍しいものではない。また、年末も押し迫った一二月三〇日に本件融資を実行したのは、建設工事代金の未払いが発生し、年内に融資を実行しなければ、本件プロジェクトの進行に重大な支障が生ずるおそれがあったためである。さらに、被告武藤による追加融資の申し出は、同年一一月ころからなされていたのであり、申し出の翌日に融資が実行されたものでもない。また、先行融資の支払期限は、平成五年二月一六日とされており、主債務者である東和エンジニアリングが倒産したのは、同六年六月三日、連帯保証人武藤の経営する訴外武屋産業が倒産したのは、平成五年一〇月一二日のことであり、いずれも、本件担保差入れの時点からかなり経過した時期であるから、同四年末段階で、先行融資がこげついていた事実はない。

(2) さらに、商法二〇五条が、株式の譲渡を株券の交付のみによって可能としたことからすれば、最終名義人たる原告と被告武藤との間に何人の権利者が介在しているか分からず、本件各株券の最終名義人に確認したところで被告武藤が権利者であるとの確認ができるとは限らないこと、発行会社に盗難届けが出されていたとしても、その盗難の事実が真実であるとは限らず、また、盗難後、善意取得者が出現している可能性もあることからすれば、原告の主張するように、いちいち株券の最終名義人や株券発行会社などに対する問い合わせを要求することは、全く無意味である。むしろ、原告の右主張は、前記法条が、引渡しのみによって譲渡を可能ならしめ、もって株券の流通を高めた意味を無にする結果となり、不当である。

(原告の主張)

(一) 本件担保差入れに関しては、被告武藤の本件各株券に対する所有権の帰属について疑念を抱かせる以下の状況があった。

(1) 被告武藤は、平成四年一一月の段階では、担保を提供することができないため、被告銀行から融資を受けることができず、工事業者から厳しい督促を受けて追い詰められ、事業現場が工事業者によって封鎖されるという最悪の事態さえ回避することができずにいた。ところが、被告武藤は、同年一二月二九日という暮れも押し迫った日になって、突然、被告銀行に対し、時価約三億円相当の本件各株券の担保差入れを申し出てきたものである。また、その際、被告武藤は、被告銀行に対し、いわゆる街の金融業者である訴外Iから六〇〇〇万円を借入れ、右借入れにあたり右債務額の約五倍にあたる時価約三億円相当の本件各株券を、同人に担保として差し入れてあるという極めて不自然な説明をした。

(2) 原告は、その社名からも明らかなとおり、自動車メーカー系列の自動車販売会社であり、原告が本件各株券を処分するとすれば、正式に証券取引所を通すか、銀行又はそれに準じる正規の金融機関に担保として差し入れるのであり、いわゆる街の金融業者や金融ブローカーに渡すなどして処分するということは考えられない。

しかるに、本件各株券は、複数の銘柄があり、極めて多数に及び、かつそれらがいずれも同一人(原告)名義であり、しかも、株式数も半端である(通常取引の単位は一〇〇〇株である。)というその外見上、証券取引所を通じて流通したものではないことが一見して明白であり、かかる外見を有する本件各株券が、さしたる事業実績もない、群馬県内で個人企業を経営していると自称するブローカー的人物にすぎない被告武藤から、本件融資の担保として被告銀行に持ちこまれたのである。

(3) また、本件各株券のように多量の株式で、しかもその配当額も多額に上る場合、名義を変えずに放置しておくことは考えにくいにもかかわらず、本件各株券の名義人はいずれも原告のままとなっていた。

(4) さらに、被告銀行の主張する、被告武藤らによる本件プロジェクトの実態は、一つは古タイヤの受入れであり、もう一つは木材調質炉による木材乾燥事業であったが、前者の古タイヤの受入れは、無許可の産業廃棄物処理業にすぎず、後者も、訴外ユアサ商事が何年もの間取り組んだ結果、実現できずに断念した事業であって、いずれも、融資の対象事業としては、信頼できるものではなかった。

(5) このように、本件担保差入れ時、実績もない一介の個人事業者にすぎない被告武藤が、全て原告名義の複数銘柄の時価三億円近い本件各株券を所持し、担保として差し入れるについては、その権限につき疑念を抱かせるべき様々な状況があったのである。

(二) 被告銀行は、与信業務を行う金融の専門家として、担保を受け入れるについては、高度な注意義務を負っているのであるから、右のような疑念を抱かせるような事情が判明した場合、原告名義の多数にのぼる本件各株券が、証券取引所を通じないでどのように被告武藤に渡ったのかについて疑念をもち、被告武藤に本件各株券の入手経路を問い質したり、原告や株券発行会社等の関係諸機関に問い合わせをするなどの調査義務があった。しかるに、被告銀行は、これを怠り、株券の名義人を確認することもせず、本件各株券の入手先等につき何らの事情聴取もせずに、被告武藤から電話による融資申込のあった翌日である年末の一二月三〇日には、早くも本件融資を実行し、その担保として本件各株券を受け入れたものである。しかも、被告銀行は、本来、訴外東和エンジニアリングに対する融資であったものを、同社が年末休暇に入ったという理由で、年明けに債務者を被告武藤から訴外東和エンジニアリングに切り替えることとし(しかも、このことについては、訴外東和エンジニアリングの了解を得ていない。)、当面、債務者を被告武藤として実行するという、通常の銀行取引業務からは考えられない異例の取扱いをした。

(三) 被告銀行が、このような杜撰な審査手続で融資を実行し、本件担保差入れを受けた背景には以下の事情がある。すなわち、被告銀行の実行した先行融資は、その対象となる本件プロジェクトにつき厳密な審査は行われず、しかも、被告武藤らの連帯保証を受けたのみで、何ら物的担保なしに実行されたものであった。そして、本件プロジェクトは、同年末の段階で早くも行き詰まり、被告銀行にも、右プロジェクトの不合理性が判明し、先行融資は、こげつくことが明らかになった。このような状況となり、被告武藤は、同年一一月ころから、被告銀行に対し、再三にわたり追加融資の申し入れを行うようになったが、被告銀行は、これを拒否し続けた。ところが、被告武藤は、同年一二月二九日になって突然、被告銀行に電話連絡をとり、本件各株券を担保差入れすることを条件とした追加融資を申し入れた。そこで、被告銀行は、時価三億円にものぼる本件各株券を担保にとれば、被告武藤に一億八〇〇〇万円を融資しても、まだ一億円程度の担保余力があることから、これをもって、さきにこげつくことが明らかになっていた先行融資を回収することが可能であると判断し、本件担保差入れによって、先行融資の不良債権化の防止を図ったのである。

(四) このように、被告銀行は、さきの八〇〇〇万円の融資の担保を取得するため、被告武藤が持ち込んだ本件各株券について、被告武藤にその所有権が帰属するものとは信じていなかったにもかかわらず、敢えて、その入手経路を質さず、担保として受け入れたものであるから、本件担保差入れ当時、悪意であったものというべきである。

(五) 仮に然らずとしても、被告銀行は、前記の被告武藤の本件各株券に対する所有権につき疑問を抱かせる様々な状況を十分に認識していたにもかかわらず、前記のとおり杜撰な審査手続で、本件担保差入れを受けたのであるから、取引上要求される注意義務を著しく欠いたことは明らかであり、被告武藤を本件各株券の所有者であると信じたことについては、重大な過失があったものと認められるから、被告銀行には、善意取得は成立しない。

三  被告らの本件各株券の引渡遅滞による損害賠償請求権の成否(附帯請求)

(原告の主張)

被告らは、その外見上原告が所有権者であることが明白な本件各株券を、前記のとおり故意または過失により取得し、かつ、これを直ちに原告に引き渡さなかった。原告は、本件各株券を所持していれば、いつでもこれを時価で換金し、少なくとも商事法定利率年六分の割合により運用することが可能であったのに、被告らの右不法行為により本件各株券の所持を失った結果、その時価三億四四七六万一八四〇円に対する商事法定利率相当分(年二〇六八万五七一〇円)の割合による金員相当の損害を被った。

(被告らの主張)

否認ないし争う。

四  被告銀行に担保権を善意取得させたという不法行為の成否(原告の予備的主張)

(原告の主張)

1 仮に、被告銀行による本件各株券に対する担保権の善意取得が認められたとしても、被告銀行の行員であった訴外鈴木裕徳(以下「訴外鈴木」という。)、同訴外和田秀一(以下「訴外和田」という。)及び同訴外坂井越紀(以下「訴外坂井」という。)は、被告武藤から本件各株券を担保として受け入れるに際し、各株券の名義を確認せず、複数の銘柄で、枚数が多数に及び、金額も極めて多額に上る本件各株券が、全て原告名義であり、枚数や株式数も半端な数であることから証券取引所を通じて流通した株式でないことが明白である等の事実からすれば、資産も収入もなく、事業実績もない群馬県内の一介の自称事業経営者である被告武藤が、本件各株券を適法に所持しているとは考えられないことであるにもかかわらず、本件各株券の入手経路につき被告武藤に質問したり、その名義人である原告や株券発行会社に対し問い合わせをするなどの調査を何ら行わず、漫然と本件各株券を担保として受け入れたものである。原告は、平成四年一二月三日に本件各株券が窃取された事実が判明した直後右窃盗事件について、神奈川県警戸部警察署に被害届けを提出するとともに、各株券発行会社や日本証券業協会にも報告をしたのであるから、もし、被告銀行行員の右三名が、右のような調査を尽くしていれば、被告武藤が、本件各株券を担保として提供するについて、何ら権限を有していないことは、容易に判明したはずである。このように、訴外鈴木、同和田及び同坂井は、十分な調査義務を尽くさなかった過失により、被告銀行をして、本件各株券の担保権を善意取得させ、その結果、右担保権の実行により、原告が本件各株券の権利を失うことを余儀なくさせ、原告に対し、本件各株券の時価(三億四四七六万一八四〇円)相当額の損害を与えた。

2 訴外鈴木、同和田及び同坂井の右不法行為は、被告銀行の事業の執行につき行われたことは明白であるから、民法七一五条の使用者責任により、被告銀行は、右損害額の賠償責任を負う。

(被告銀行の主張)

本件においては、善意取得が成立すれば、当然善意取得に際しての民法七一五条の使用者責任を問う余地はなくなるものと解釈すべきである。そうでなければ、本件各株券の善意取得を認める意味がなくなってしまう。

また、仮に、被告武藤が、本件担保差入れ当時、本件各株券の権利者ではなかったとしても、各株券の所持者であった同人を権利者であると信じて、これを担保として受け入れたことについては、前記争点二(被告銀行の主張)2(二)、(三)のとおり、被告銀行の行員には、何ら過失は存しないのであるから、不法行為は成立しない。

第四  争点に対する判断

一  争点一について

1  前記争いのない事実等及び甲第一ないし第五号証、第一一号証、第一二号証の一、二、証人甲良の証言によれば、訴外Sは、平成四年一二月三日午前二時三〇分ころ、横浜市西区久保町九番一号所在の原告社屋に侵入し、同店経理課事務室内の鉄製大型金庫を破り、その中にあった原告所有の本件各株券を窃取した後、本件各株券の処分を訴外Eに依頼したこと、訴外Sは、同月二四日午前一〇時ころ、東京都新宿区内の喫茶店において、訴外寺岡日出夫に対し、右Eを介して、本件各株券を処分するため引き渡したことがそれぞれ認められる。

2  被告武藤は、平成四年一二月一八日、訴外木原との間で、譲渡担保権設定契約を締結し、これに基づき本件各株券の引渡しを受けたと主張し、乙ロ第二号証及び被告武藤本人尋問の結果中には、これに副う記載及び供述があるが、右記載及び供述は、一億五〇〇〇万円もの融資に際し、それまで格別の取引もなかった訴外木原の印鑑証明書を徴していないばかりか、その連絡先も全く確認していないなど極めて不自然な部分があり、また、右融資金の調達先についても曖昧な供述を繰り返すのみで、なんら合理的説明ができていないことなどからして、全く信用することができず、かえって、前記認定の事実によれば、右当時、本件各株券は、訴外Sが占有していたものと認められるので、被告武藤の右主張は、採用することができない。

したがって、被告武藤の本件各株券所有権の承継取得及び善意取得の主張はいずれも理由がない。

3  また、1認定の事実によれば、本件担保差入れ当時における本件各株券の所有権もまた、原告に帰属していたものと認められるから、右当時被告武藤が本件各株券を所有していたものであるとする被告銀行の主張も採用できない。

二  争点二について

1  本件担保差入れに至るまでの経緯及びその実行手続について

前記争いのない事実並びに乙イ第一ないし第一七号証、第一八号証の一ないし三、六、第一九号証の一ないし六、第二〇号証、第二一号証の一ないし三、第二二ないし第三八号証、第四一、第四二号証、第四三ないし第六〇号証の各一、二、乙ロ第二号証、証人和田秀一、同寺島要及び同三本木久の各証言、被告武藤の本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 本件プロジェクトについて

(1) 本件プロジェクトの主たる内容は、古タイヤなどの産業廃棄物を処理業者から受け入れ、これを燃焼させた上、丸太熱処理法を用いて、調質木材を生産する事業であった。調質木材とは、木材を熱処理することにより、木材が本来有する性質である収縮膨張や反り、曲がり等の問題を軽減、あるいは改善し、生長応力の緩和、バランスのとれた収縮率等の性質を与えられた木材であり、工業材料として適するものである。このような調質木材を生産する丸太熱処理法とは、丸太を生のまま加熱炉に入れ、高温度で焦げたり燃えたりすることのないよう調理する、限られた特殊な条件を機械的に再現する技術であり、その加熱装置とともに、訴外氏家が、平成三年六月一三日、特許第一六〇七五三九号として特許を取得したものである。

訴外ユアサ商事は、これまで中国材が、その輸入量の拡大にかかわらず、くせが多い木材としてチップ材、梱包材などの利用に限られていたことに着目し、その利用範囲を拡大するものとして、調質木材の生産が今後の有望事業であると判断し、昭和五八年から訴外氏家による開発を財政的に支援した。また、同社は、調質木材チームを編成した上、訴外氏家から右特許の使用権を譲り受けるとともに、右調質木材チームの一員である丸万木材が、平成三年一一月ころから、千葉県内に炉を一基作り、調質木材の生産を開始したという実績もあった。さらに、訴外氏家の経営する訴外氏家木材乾燥有限会社(以下「訴外氏家木材」という。)は、群馬県勢多郡赤城村所在の同社工場内に実験炉を設置し、調質木材を生産していた。

(2) 被告武藤は、群馬県藤岡市日野字金井平一三七(丙)外一三筆、合計二七〇四九平方メートルの土地を訴外富岡建材から賃借し、その土地上に、燃焼炉及び木材乾燥炉を設置した上、調質木材を生産し、本件プロジェクトを推進しようとした。そのため、被告武藤は、訴外宗武産業及び訴外武屋産業を介して、訴外氏家から調質木材に関する特許の使用権の設定を受けることとし、また、調質炉を設置し稼働させるためには、炉の建設に関する権利を持っていた訴外ユアサ商事の許諾が必要であったことから、同社との間で、許諾料四八〇〇万円及び炉の利用代金月三〇万円を支払うという内容の協定を結ぶこととした。さらに、訴外宗武産業は、調質炉を完成させる以前から、古タイヤや廃棄プラスチックを、赤城村所在の訴外永井産業などの産業廃棄物処理業者から引取手数料を得た上で受け入れ、その引取手数料を、本件プロジェクトの事業資金とするとともに、右古タイヤを、木材を乾燥させるための燃焼炉の燃料とすること、調質木材を作る原料となる木材は、秋田の訴外阿部林業や新潟の訴外中村銘木から立木を購入し、これにあてることをそれぞれ計画した。なお、被告武藤の計画では、現実の収益としては、調質木材の生産、販売によるよりも、むしろ、産業廃棄物処理業者からの古タイヤ等の受入れ手数料によるものの方が多くなると見積もられていた。また、訴外宗武産業は、本件プロジェクトの現場の造成、道路工事、フェンスや事務所の建設工事代金の支払主体となることとなった。

一方、被告武藤は、環境施設の上水、下水、汚水排水処理施設などの設計・施工を行っていた訴外東和エンジニアリングに対し、訴外宗武産業の役員であった訴外江口修一(以下「訴外江口」という。)などを通じて、本件プロジェクトへの参加を勧誘し、木材調質炉の設計、建設、運営、管理を委託することとした。

そして、実際に、木材調質炉を稼働させ、調質木材の生産を開始するのは、平成五年の秋ころからの予定であった。

(二) 先行融資について

(1) 平成四年七月二四日、被告銀行深川支店の取引先で、訴外東和エンジニアリングの顧問税理士であり、同社の監査役を務めていた、訴外饗場哲則(以下「訴外饗場」という。)が、被告銀行上野支店を訪れ、融資の対象として、本件プロジェクトを紹介した。

同月二七日、訴外東和エンジニアリングの代表者寺嶋要(以下「訴外寺嶋」という。)、同社員手嶋隆幸及び訴外饗場が、被告銀行を訪れ、被告銀行に対し、本件プロジェクトの事業資金として、八〇〇〇万円の融資を依頼した。

(2) 同月二九日、当時被告銀行上野支店副支店長であった訴外和田は、訴外会社を訪れ、訴外饗場及び同寺嶋らと面接し、同人らから、本件プロジェクトの中心人物として、被告武藤を紹介された。その際、被告武藤は、訴外和田に対し、本件プロジェクトの内容につき口頭で説明をした。

同年八月四日、訴外和田は、訴外氏家木材の赤城工場を、調質木材の実験炉の見学のため訪れ、訴外氏家の特許の内容の確認、実験炉の稼働状況の調査等をした。その際、訴外和田は、被告武藤から訴外氏家の紹介を受け、同人及び被告武藤らから、本件プロジェクトの内容についての詳しい説明を受けた。

同月六日、訴外和田は、訴外ユアサ商事の本社を訪問し、同社の調質木材チームのチームリーダーであった関戸武康部長に面接し、同人から、前記の訴外ユアサ商事の訴外氏家に対する援助の内容、調質木材の動向、乾燥炉の能力や特許内容、今後の調質木材生産事業の発展の見込みなどについて説明を受けた。

(3) 同月二七日、以上のような審査の結果、被告銀行は、本件プロジェクトを将来有望な新規事業であると判断し、これに対する融資(先行融資)を実行することとした。具体的な先行融資の内容は、訴外東和エンジニアリングを主たる債務者とし、本件プロジェクトの中心メンバーであった被告武藤、訴外饗場、同寺嶋及び同江口の各連帯保証をつけ、信用扱い(物的担保なし)でなされたものであった。また、訴外和田及び同坂井は、右融資金のうちの一部が、本件プロジェクトの許諾料として訴外ユアサ商事に支払われることとなっていたことから、被告武藤、訴外氏家、同寺嶋及び同江口らとともに訴外ユアサ商事を訪れ、同社会議室において、右融資金八〇〇〇万円のうち四八〇〇万円が、現実に被告武藤から訴外ユアサ商事に支払われたこと及び被告武藤らと訴外ユアサ商事との間で本件プロジェクトに関する協定が締結されることをそれぞれ確認した。

(4) 先行融資がなされた後である同年一〇月一五日ころにも、訴外和田及び同坂井は、群馬県藤岡市所在の現場を訪れ、本件プロジェクトに関する調査を引き続き行った。

(三) 本件融資について

(1) ところが、被告武藤及びその経営する会社が、いずれも行政庁から産業廃棄物処理事業者としての認可を受けていなかったことから、事業資金捻出を企図した古タイヤの有料搬入が、調質炉の完成までは見込めなくなってしまった。そのため、本件プロジェクトは、当初から予定通りに進行せず、先行融資の行われた直後には早くも資金不足に陥り、本件プロジェクトの現場の造成、建築代金等の工事業者への支払いが滞るようになった。

(2) このような状況下で、被告武藤は、同年一一月ころから、被告銀行に対し、追加融資の申込みをするようになった。

同年一一月二〇日、被告武藤は、訴外寺鳴及び同江口とともに、被告銀行上野支店を訪れ、訴外和田及び同坂井と面談し、本件プロジェクトが当初の計画通りは進まず、工事業者への未払金が約三三〇〇万円あるため、激しい督促を受けていることなどを、本件プロジェクトに関する収支明細表を提出した上で説明し、追加融資の申込みを行った。これに対し、被告銀行は、本件プロジェクトにおける資金管理が杜撰であることなどを理由に、融資を断った。

同年一二月一一日、さらに、被告武藤は、被告銀行上野支店を訪れ、訴外和田及び同坂井に対し、一四社の工事業者等への未払金が合計約三八五〇万円あるため、建設業者から厳しい督促を受け、支払いをしなければ、本件プロジェクトの現場工事が中断され、既完成部分の取り壊しも辞さない旨の通告を受けていることを説明し、追加融資の申入れを行った。これに対し、被告銀行は、被告武藤に、事前に先行融資にかかる八〇〇〇万円も含めた担保物件の明細、タイヤ納入業者との契約書コピー又は担当者面談、未払金請求書コピー、今までの資金操実績及び今後の資金計画書の各提出を要求し、さらに、被告武藤、訴外寺嶋ら本件プロジェクト関係者及び前橋営林局の訴外平田氏と面談した上、融資の実行が可能であるか再検討するとの回答をするのみであった。

(3) このように、本件プロジェクトに対する追加融資の話しが具体的進展を見せない状況になっていた同月二九日、被告武藤は、訴外坂井宛に架電し、年を越すためには、とりあえず工事業者に対する未払代金の支払いをすることが必要であるから、自己の所有する株券を担保に追加融資をしてほしいと申し入れた。この際、被告武藤から担保差入れの対象として申し出のあった株券が、本件各株券であった。被告武藤は、訴外坂井に対し、本件各株券は、他の債務の担保として金融業者に預けてあるので、これを被告銀行に担保として提供するためには、本件融資金のうち六二〇〇万円を右金融業者に支払わなければならないこと、年内に支払いをしなければならない工事業者に対する未払金は二三〇〇万円であり、残りの融資金は一月以降の本件プロジェクトの事業資金にあてることなどを説明した。被告銀行は、被告武藤から電話聴取した本件各株券の銘柄、株式数などからその担保価値を評価し、本件各株券の時価は、右電話連絡のあった当日の証券取引所の終り値を基準にすると二億六八五二万円であり、七〇パーセントの担保掛け目で計算すると担保価格としては一億八七九六万三〇〇〇円となること、もし年内に融資を実行しなければ、これまでの本件融資の申入れの経過から判明していた建設業者の厳しい支払要求態度からみて、本件プロジェクトの現場が工事業者に取り壊されるなど、事業の進行に差障りが起こると判断されること、被告武藤が、年末になって突然本件各株券の担保提供を申し出た理由については、本来、被告武藤は、それまでにも本件プロジェクトに対する個人的な資金提供を行っていたため、これ以上自己の個人財産を本件プロジェクトに投資することに抵抗を感じていたものであるが、年末になり、緊急に工事代金の支払いをしなければ、本件プロジェクトの進行に重大な支障を生じるおそれがあったことから、やむなく、自己の本件各株券を担保提供した上で融資を受け、右工事代金の支払いにあてる必要に迫られたためであると理解できることなどから判断して、店内での協議の結果、年内である翌日の一二月三〇日に、一億八〇〇〇万円の本件融資を実行することとした。

なお、本件融資においては、先行融資と同様、主債務者を訴外東和エンジニアリングとする予定であったが、その当時、同社が年末休暇に入っていたため、同社に対する融資の実行は不可能であった。しかし、前記のとおり、年内に融資を実行する緊急の必要性があったことから、被告銀行は、とりあえず被告武藤を主債務者とする融資の形をとり、年明けに、主債務者を訴外会社にシフトする予定で本件融資を実行することとした。また、被告銀行は、本件融資決定の時点では、訴外東和エンジニアリングから右シフトについての承諾をとっていなかったものの、本件融資の対象は、あくまで被告武藤を中心とした本件プロジェクトであり、これまでの取引経緯や調査結果からして、年明けに協議することで問題は発生しないものと判断した。

(4) 同月三〇日、まず被告武藤及び訴外三本木が、五分ほど遅れて同Iが本件各株券をアタッシュケースに入れて持参の上、それぞれ被告銀行上野支店を訪れた。このとき、右三名の応対にあたったのは、同支店支店長の訴外鈴木、同和田及び同坂井であった。そして、被告武藤は、訴外和田らに対し、本件各株券は全て自己所有のものであり、訴外Iに対する六〇〇〇万円の債務の担保として、同人に預けていたものである旨の説明を再度行い、訴外Iも右説明に異議を唱えなかった。そこで、訴外鈴木、同和田及び同坂井は、本件各株券の所有者が被告武藤であると信頼し、本件融資及び担保の受入れ手続に入った。

訴外坂井ら同支店行員ら数名は、被告武藤らによって差し出された本件各株券の各銘柄、株式数を分担して確認した。その際、右被告銀行行員らは、通常、株券のような有価証券については、占有している人が所有者であるとの扱いをするのが通例であること、たとえ名義を確認したとしても、名義人と真の所有者とが一致しない事例がよくみられることから、本件各株券の銘柄及び株式数の確認のみに重点を置き、名義人欄の確認には特に注意を払わなかった。また、訴外和田は、本件各株券の相当数が被告武藤名義ではないことに気が付いたものの、その全てが、原告名義であることには気が付かなかった。この時、右被告銀行の行員らは、被告武藤と同年七月以来、半年以上の銀行取引の実績があったことから、本件各株券の入手先やその方法について、同人から確認をとることはしなかった。ただ、訴外和田は、前記のとおり、ほとんどの本件各株券の名義人が、担保設定者である被告武藤とはなっていないことを認識したため、被告武藤から本件各株券の担保差入証を徴し、同証書上の「差入株式は、株式記載の名義人のいかんにかかわらず、当方の所有株式であり、これについては、貴行にはいっさい迷惑をかけません。」との念書文言註記箇所に被告武藤の署名押印をさせた。また、これと同時に、訴外和田は、現実に本件各株券を被告銀行に持参した訴外Iからも、本件各株券の所有者が、間違いなく被告武藤であることを再度確認し、一方、訴外坂井は、被告武藤から、年明けに本件各株券の名義書換えをすることの了承を得た。

以上のような経過で、被告銀行は、被告武藤との間で銀行取引約定書を取り交わし、右約定書に基づき、一億八〇〇〇万円の本件融資を実行するとともに、被告武藤が、被告銀行に対し現在負担しあるいは将来負担する一切の債務の担保として本件各株券の占有を取得した。また、本件融資にあたり、訴外三本木及び同Iは、被告銀行の求めに応じ、被告銀行との間で、被告武藤の本件債務につき連帯保証契約を締結した。右各手続きには、昼食をはさんで三時間以上を要した。

このような融資手続きの後、被告銀行は、被告武藤に対し、銀行小切手で六〇〇〇万円、現金で三〇〇〇万円の合計九〇〇〇万円を支払い、残額を被告銀行の武藤名義の口座に払い込み(なお、右被告武藤の口座に払い込まれた金員のうち七五〇七万三八六九円が、後に、被告武藤から被告銀行に任意弁済された形となった。)、そのうち、銀行小切手で四〇〇〇万円、現金で二〇〇〇万円の合計六〇〇〇万円が、その場で被告武藤から訴外Iに支払われた。

2  争点2(一)(被告武藤の占有)について

原告は、本件担保差入れ時には、訴外Iが本件各株券の占有をしていたのであり、被告武藤の本件各株券に対する占有は認められないと主張する。

しかしながら、民法一八〇条によれば、占有が成立するためには「所持」、すなわち、人が物について事実上の支配をしていることが社会通念上認められるような人対物の客観的関係及び「自己ノ為メニスル意思」、すなわち、所持による事実上の利益を自分に帰属させようとする意思が必要であると解され、同法一八一条によれば、「占有権ハ代理人ニ依リテ之ヲ取得スルコトヲ得」るものであるところ、右認定の事実、特に、訴外Iは、本件各株券を、被告武藤の所有物として、被告武藤による担保差入れのために、被告武藤の到着とほぼ同時に、被告銀行に持参していること、被告武藤も、被告銀行に対し、一貫して本件各株券を自己の所有物として担保提供するとの説明をし、訴外Iも、右説明に対し何ら異議をはさまず、かえって、被告銀行に、本件各株券の所有者が被告武藤であることに間違いない旨の確認をしていることからすれば、少なくとも、訴外Iが、本件各株券を被告銀行に持参した時点においては、被告武藤の本件各株券に対する事実上の支配及び本件各株券の所持による事実上の利益を自己に帰属させようとする意思が存在したものとみるのが相当であり、被告武藤の本件各株券に対する占有が認められるものというべきである。したがって、原告の前記主張は採用できない。

3  争点2(二)(被告銀行の悪意または重過失)について

(一)(1) 1認定の事実によれば、被告銀行は、本件各株券を占有していた被告武藤を、その所有権者であると信じて、本件融資を実行し、また、本件担保の差入れを受け、その占有を取得したものと認められる。

(2) 原告は、被告銀行は、被告武藤が本件各株券の所有者であるとは信じていなかったと主張するけれども、本件全証拠によっても右事実を認めることはできない。

仮に、原告主張のとおりであるとすると、被告武藤は無権利者であるから、被告銀行は本件各株券に対する有効な担保権を取得できず、万一の場合には、一億八〇〇〇万円もの融資が、何ら物的担保のないまま貸倒れになるおそれがあるのであり、このような危険を冒してまで、敢えて本件融資を実行するということは、特段の事情のない限り、考えられないところであり、本件において、右特段の事情の存在を認めるに足りる証拠はない。なお、原告は、右特段の事情として、何ら物的担保なしに実行された先行融資が、平成四年末の段階でこげつくことが明らかになったため、被告銀行が、その不良債権化の防止を図ろうとしていたと主張し、前記1認定の事実によれば、被告銀行は、本件融資の時点で、被告武藤などから、本件プロジェクトが当初の計画どおりには進行していないとの報告を受け、先行融資の回収にも不安を抱いていたという事情が推認でき、さらに、本件融資は一二月二九日に被告武藤の電話による申入れがあり、翌三〇日にはすぐさま実行されたものであり、しかも年末で訴外東和エンジニアリングと連絡がとれないことからまず被告武藤に融資し、後に右訴外会社の債務とすることを予定するなど非常に急いで実行されたものであることが窺われるが、乙イ第四〇号証の一、二、証人和田の証言によれば、先行融資の弁済期限は、平成五年一月下旬ころであり、主債務者である訴外東和エンジニアリングが取引停止処分を受けて倒産したのは同六年六月三日であると認められること、前記認定のとおり、当時本件プロジェクトを維持するためには緊急の融資の必要性があったこと、及び仮に本件担保が無効となれば、被告銀行としては、さらに大きな不良債権を抱え込む結果になりかねないことを考えると、原告の右主張は、採用することができない。

(二) そこで、被告銀行に重過失が認められるか否かにつき検討する。

(1) 甲第一〇、第一一号証および証人甲良の証言によれば、被告銀行の事務手続集では、株券記載の名義人と実際の所有者が異なる株券を担保として取得するときは、名義書替をしてもらってから受け入れるのが望ましく、やむを得ず他人名義のまま担保を受け入れる場合は、所有者の身元が確実であること、及び株式の取得事情・名義変更未済理由などを聴取して差入証の所有者に関する念書文言印刷箇所に記名押印してもらうことと定めており、他の金融機関でも類似の取扱いをしていることが認められるところ、被告銀行が本件各株券の差入れを受けたときには、名義人については格別の注意を払わず、訴外和田において相当部分の株券は被告武藤ではなく原告名義であることは認識しながら本件各株券の取得経緯につき確かめることもしなかったことは前記のとおりであり、さらに、甲第一一号証及び証人甲良の証言によれば、原告は、本件各株券の盗難を知ってすぐに株券発行会社や日本証券業協会等に届出を行い、その結果、株券発行会社の一つである株式会社横浜銀行に対し金融業者から問合わせがあり、盗難株券であることを知って、右株券を取得しなかった事例もあったことが認められる。これらの事実と前記認定のとおり本件融資が極めて短期間のうちに実行されたことなどを総合すると、被告銀行において、事務手続集の手続を忠実に履行し、本件各株券の名義人の記載を確かめ、その結果本件各株券の名義人がいずれも原告であることを知り、それによって被告武藤に対し名義変更を求め、あるいはその取得経緯をつぶさに聴取し、さらに場合によってはその真偽を確かめるために株券発行会社あるいは名義人たる原告に照会するなどの調査をすれば、本件被害が生じることを未然に防止し得た可能性が高かったのに、融資を急ぐ余りこれらの手続を踏まなかったものというべきであり、右受入手続に全く問題がなかったとはいいがたい。

(2) しかしながら、商法二〇五条二項は、「株券ノ所有者ハ適法ノ所持人ト推定ス」るものとし、株券の流通面においては、株主名義人の記載は、権利者を示す意義を有しないものと定めていると解されることからすれば、本件のように、大量の株券が担保として持ち込まれた場合、被告銀行に、本件各株券全てにつき、逐一名義人を調査すべき法律上の義務があったと断ずるには疑問があるところであり、被告銀行は、本件担保差入れ当時、本件各株券の名義人につき精査しなかったものの、そのほとんどが被告武藤でないこと、原告名義の株券が相当数あったことに気付き、被告武藤から、担保差入証の所有者に関する念書文言註記箇所に署名押印をさせるなど、これに対応した一応の手続きはとったものと認められ、また、前記事務手続集は、あくまで銀行の内部における事務手続きの模範的指針を示すにすぎないものと考えられるから、これに反したからといって、直ちに、第三者との取引が、一般私法上も違法と評価され、過失とりわけ重大な過失に当たるとまで解するのは相当でない。

また、原告は、本件各株券が、複数銘柄であること、極めて多数でしかも端数があること及びその全てが同一人名義であることからすれば、本件各株券が、証券取引所を介して処分されたものではないことが明らかであるから、被告銀行としては、原告が、何故証券取引所を通さず本件各株券を処分したか疑問を持つべきであったと主張するが、前記のとおり、被告銀行には、本件各株券の全てについて逐一その名義人を確認する法律上の義務があるとするには疑問があるので、原告の主張は、その前提において採用できないし、金融機関とはいえ株券のみを専門に扱うものではない都市銀行一般営業店の行員にとって、原告主張の右各事実から、本件各株券が証券取引所を通して処分されたものではないとの事実が、一見極めて明白に導かれるとは必ずしもいいがたい。また、原告は、原告のような自動車メーカー系列の自動車販売会社が、証券取引所を介さず株券を処分することはあり得ないとの主張もするけれども、右のような都市銀行の行員にとって、大企業が証券取引所を通すことなく、株券の取引をすることがないとの事実もまた、必ずしも明白とはいえない(むしろ、親子会社間や業務提携のなされている企業間における取引きなどでは、大企業間であっても証券取引所を通さないで株式の取引きがされるものと考えられる。)。さらに、仮に、株券のように、転々譲渡されることが本来的に予定されている有価証券について、その権利移転過程の一部に通常とは違った取り扱いがなされた事実が判明した場合に、そのことから直ちに、取得者に当該株券の流通過程についての調査義務違反の問題が生じるとすれば、株券の善意取得制度の効果を減殺し、株式流通の円滑を強度に保障した商法二〇五条の趣旨に反する結果となる。

さらに、原告は、被告銀行には、本件プロジェクト及び被告武藤の資産状況についての調査義務違反があったと主張するが、前記認定のとおり、被告銀行は、先行融資の前後にわたって本件プロジェクトに対する審査を行い、これが、将来有望の事業であると判断した上で、先行融資を実行したものであり、被告銀行による右審査は、何度も現場に足を運び、訴外ユアサ商事の担当者や技術者などとも面談するなどして行われたものであり、格別杜撰なものであったとの事情は認められないし、また、本件融資が、被告武藤個人に対するものというよりも、むしろ、訴外ユアサ商事などの企業を背景にした本件プロジェクト(少なくとも、被告銀行がそのように判断したことについて、過失があったとはいいがたい。)に対するものという性格を有することからすれば、被告武藤の資産状況につき調査義務違反があったものということもできない。

(3)  以上の考察と1認定の事実、とりわけ、本件プロジェクトは、被告銀行の取引先である税理士によって被告銀行に紹介されたものであり、先行融資にあたっては、右税理士も被告銀行と連帯保証契約を締結していること、本件融資は、右のような本件プロジェクトに対する事業資金の提供という性格を有し、被告銀行としても、本件プロジェクトを通じ、その中心人物であった被告武藤と、当初の先行融資申込みから本件融資までの五カ月以上にわたって取引を継続していたこと、被告武藤は、本件担保差入れにあたり、被告銀行行員らに対し、本件各株券は、自分の所有するものであると明言した上、その旨の確認をする署名押印をした担保差入証を交付したこと、被告武藤が、年末に至るまで本件各株券の存在にすら言及しなかったにもかかわらず、暮れも押し迫った時点になって突然その担保差入れを申し出た理由について、被告銀行は、被告武藤がその経営する会社を通じ本件プロジェクトに関与していると認識していたから、多額の個人資産を投げ打つことに躊躇しているためと理解したとしても、全く合理性がないとまではいえないこと、被告銀行としても、先行融資の対象となった本件プロジェクトの進行に支障があれば、その回収が困難になることから、そのような事態を阻止するという意味で、本件融資を実行する緊急の必要性に迫られていたことなどの各事実に加え、商法二〇五条二項が、株券の流通面においては、株主名義人の記載は、権利者を示す意味を有しないものと定めていることをも併せ考慮すれば、本件担保差入れにあたり、被告銀行において、本件各株券の所有者が、被告武藤であると信じたことにつき、重大な過失があったとまで認めることはできない。

三  争点三(引渡遅滞による損害賠償)について

原告は、本件各株券を所持し、これを換金の上、運用できたことを前提に損害賠償を請求するけれども、前記二認定のとおり、被告銀行が、本件各株券に対する担保権を善意取得した以上、原告の被告銀行に対する本件各株券の引渡し請求は認められないから、原告主張の右前提事実は認める余地がなく、右賠償請求は理由がない。

四  争点四(不法行為)について

原告は、被告銀行の行員らの本件担保差入れにあたっての調査義務違反が、被告銀行の不法行為(使用者責任)を構成すると主張するけれども、株券は単なる交付によって譲渡されるもので、法的にも取引の安全が高度に保護されているものであり、善意取得の制度の趣旨からして、善意取得により権利者の権利が失われることがあっても、特段の事由のない限り、善意取得者には右権利の侵害につき違法性はないと解すべきである。本件全証拠によっても右特段の事由を認めることはできないから、被告銀行(の行員らの行為)には違法性はなく、原告の右主張は採用できない。

第五  結論

以上によれば、原告の請求は、原告と被告武藤との間で、本件各株券に係る株主たる権利が原告に帰属することの確認を求める限度で理由があるから認容し、その余はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官滿田明彦 裁判官宮武康 裁判官堀田次郎)

別紙<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例