東京地方裁判所 平成5年(ワ)20635号 判決 1994年6月20日
《住所略》
原告
鈴木あきら
東京都千代田区大手町1丁目7番1号
被告
株式会社讀賣新聞社
右代表者代表取締役
渡邉恒雄
右訴訟代理人弁護士
山川洋一郎
右同
喜田村洋一
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告は原告に対し、金300万円を支払え。
二 被告は讀賣新聞全国版に別紙謝罪広告文記載の謝罪広告文を1回掲載せよ。
第二 事案の概要
本件は、原告が、被告発行の平成5年10月15日付「讀賣新聞」夕刊に掲載された記事(以下「本件記事」という。)において、原告が「総会屋」であると記載されたことによって名誉を毀損されたと主張して、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、慰謝料金300万円の支払及び「讀賣新聞」への謝罪広告文の掲載を求める事案である。
一 争いのない事実等
1(当事者)
原告は、裁判所の不動産競売に関与する者であり、被告は、日刊紙「讀賣新聞」(以下「讀賣新聞」という。)を定期的に発行している株式会社である。
2(被告による本件記事の掲載及びその内容)
原告は、平成5年10月1日、株式会社東海銀行の代表取締役頭取・伊藤喜一郎を被告として、同銀行に対し、約150億円の金員を返還すること等を求める株主代表訴訟(以下「本件代表訴訟」という。)を提起したところ、被告の従業員で讀賣新聞の記者としてその記事の作成及び公表の責任者であった徳永文一は、被告の業務の執行として、同月15日付讀賣新聞夕刊に、原告が本件代表訴訟を提起したことに関して別紙のとおりの本件記事を掲載した(甲2、証人徳永文一)。本件記事には、「総会屋が株主訴訟」、「東海銀行頭取相手取り」「商法改正で新戦術」との見出し(以下「本件見出し」という。)が付され、本文中には、「東京都内の大物総会屋が今月1日、東海銀行(本店・名古屋市)の伊藤喜一郎頭取を相手取り、同行が系列信販会社の不良債権を肩代わりし、同行に大きな損害を与えたなどとして、約150億円の銀行側への返還などを求める株主代表訴訟を名古屋地裁に起こしていた」、「株主代表訴訟は、今月1日の商法改正で一律8200円の手数料で提訴できるようになったことから、提訴に踏み切ったものとみられ、警視庁など捜査当局も総会屋の新たな動きとして注目している」、「訴えたのは、東京都墨田区で不動産競売業を営む総会屋(50)で、今年6月の同行の株主総会にも出席し、発言もしている。」等の記述があるが、原告の実名は記載されていない。
二 争点
1 本件記事は原告の名誉を毀損するか否か。
(原告の主張)
原告は、株主権の行使に関し金品の要求、物売り等の不正の利益を得ることを常習とする総会屋ではないにもかかわらず、被告は、原告の身辺、状況をよく取材もせず、本件見出しを付し本件記事を掲載頒布したものであるが、本件見出しは、読者に対し、あたかも原告が総会屋で株主権の行使に関し不正の利益を得ようとしているものであるかのような印象を与え、また、本文の記述も原告が総会屋であると決めつけるものである。
本件記事が讀賣新聞に掲載されて公刊されたため、原告の社会的評価は著しく低下し、名誉が毀損されたため、原告は多大な精神的苦痛を受けた。
なお、本件記事には原告の実名は記載されていないものの、東海銀行及びその他の本件代表訴訟関係者には、「総会屋」は原告を指し、本件記事が原告に関する記事であることが容易に判明するから、匿名によっても対象者が原告であることが特定されている。
(被告の主張)
本件記事でいう「総会屋」が誰であるかを特定するための表記としては、右総会屋は1993年(平成5年)10月1日に名古屋地裁に東海銀行頭取を被告とする株主代表訴訟を提起したこと、東京都墨田区で不動産競売業を営んでいること及び同年6月の東海銀行の株主総会に出席して発言していることのみであるから、不特定多数の読者が、本件記事の「総会屋」が原告を指すと理解することはできない。したがって、本件記事は原告に関する記事と理解されることはないから、原告の名誉を毀損することにはならない。
また、総会屋とは、投資目的ではなく多数の株式会社の株式を少数取得した上で当該会社の株主総会に出席し、発言し、又は発言を求めようとする者を指すのであって、右に加えて会社から金品を受領する者のみを総会屋というのではないので、仮に本件記事が原告に関するものと理解されるとしても、総会屋と記載されたからといって、原告の社会的評価を低下させるものではない。
2 本件記事の掲載頒布が原告の名誉を毀損するものであるとして、違法性が阻却されるか。
(被告の主張)
本件記事は、総会屋と目される人物が、平成5年10月1日に改正商法が施行された後初めて株主代表訴訟を提起し、捜査当局も総会屋の新しい動きとして注目しているという趣旨のもので、公共の利害に関する事実にかかり、被告は、右事実を広く社会一般に知らしめることが社会の利益にかなうものと判断し、もっぱら公益を図る目的からこれを報じたものである。原告は多数の株式会社の株式を株主総会に出席する権利を得るための最小限所有し(いわゆる株付け)、株主総会に先立って会社に質問書を送付した上で多くの株主総会に出席し、激しい発言を繰り返してきており、会社の株主総会担当者の間では原告が総会屋であることは広く認められている。そして、被告の徳永記者は、相当の取材を尽くしたうえで、原告が総会屋であると信じるに至ったのであるから、本件記事中の原告が総会屋であるとの部分は、真実であるか、徳永記者が真実であると信じるにつき相当の理由があったものというべきである。したがって、本件記事の掲載頒布は、真実の報道として違法性が阻却される。
(原告の主張)
原告の株主としての活動はすべて合法なものであり、総会での発言や質問を武器にして上場会社に対して金品の要求又は物売り等を行ったことはないから、被告が本件記事において原告が総会屋であると摘示したのは、虚偽の事実の摘示である。
第三 争点に対する判断
一 争点1(本件記事は原告の名誉を毀損するか否か)について
1 本件記事が、報道の対象となった者を特定するための表記として、実名を記載することなく、東京都墨田区で不動産競売業を営む当時50歳の大物総会屋が、平成5年10月1日に東海銀行の伊藤喜一郎頭取を被告として本件代表訴訟を名古屋地方裁判所に提起したこと及び右の者が同5年の東海銀行の株主総会に出席し発言もしていることのみを記載するいわゆる匿名形式をとっていることは、前示認定のとおりである。
しかし、匿名形式による新聞報道であっても、当該記事において表記された対象者の社会的身分、住所・職業・年齢の記載及び摘示された事実関係等から、その対象者が何人であるかが推知され得る場合には、名誉が毀損される者の特定に欠けるところはないものというべきであるところ、右事実によれば、本件記事において、対象者とされた者の住所として東京都墨田区、職業として不動産競売業、年齢が50歳と記載され、右の者が本件代表訴訟を提起したことと、株主総会での言動が記述されているのであるから、東海銀行及びその他の本件代表訴訟関係者には、本件記事が原告に関する記事であることは容易に判明し、また、訴訟事件が公開の法廷において審理されるものであることからすると、訴訟事件の受訴裁判所、事件名、被告名などの記載があれば、右記載により本件代表訴訟を提起したのが原告であると確知できるのであるから、本件記事は、不特定又は多数の者に対して、原告であることを特定するに足りる事実を摘示したものというべきである。
2 以上認定の本件記事を一般読者の普通の注意と読み方を基準として読めば、原告が総会屋であり、平成5年10月1日の改正商法施行の初日に本件代表訴訟を提起したこと、原告が同年の東海銀行の株主総会に出席し発言もしていること、警視庁など捜査当局は原告の行動を総会屋の新たな動きとして注目していることを述べたものであって、本件見出しや記事本文の記述の表現から、全体として、一般読者に対し、原告が総会屋であって、商法改正を機に、同銀行を相手方として株主代表訴訟を提起し、株主権の行使に関し、なんらかの利益を得ようとしているのではないかの印象を与えることは否定できず、本件記事の掲載頒布により、原告の社会的評価が低下したものと認められる。
もっとも、本件記事の最後部分には、「提訴した総会屋は「高い手数料を払わずに訴訟が起こせるようになったので、その制度を利用させてもらうことにした。あくまで争うつもりなので、この制度を悪用するつもりはない」と話している。」との記述があるが、右は単なる本人のコメントとして記載されているにすぎないから、この記載は、前記認定を左右するものではない。
また、被告は、「総会屋」という言葉の意味について、必ずしも会社から金品を受領する者に限定されることはないため、一般的にある者を総会屋であると指摘することは、その者の社会的評価を低下させるものではないと主張する。しかし、仮に、「総会屋」が、被告主張のようにより広く、投資目的ではなく多数の株式会社の株式を少数取得した上で当該会社の株主総会に出席し、発言し又は発言を求めようとするだけの者を指すとしても、右のような行為は、一般社会において否定的な評価を示すものとして受け取られており、本件記事もそのような趣旨を表わすものと解されるから、右主張は採用できない。
二 争点2(違法性の阻却)について
1 ところで、新聞の記事により名誉を毀損されたと主張する者によって、自己の名誉が毀損されたと指摘されている記事の部分が、公共の利害に関する事項にかかり、その目的がもっぱら公益を図るために出た場合には、右記事について、真実性の証明があるか又は右記事の公表者において真実と信じるについて相当な理由があるときには、右記事の掲載頒布は不法行為を構成するものではないと解すべきである(最高裁昭和41年6月23日第1小法廷判決・民集20巻5号1118頁、同昭和44年6月25日大法廷判決・刑集23巻7号975頁)。
2 本件において、前示争いのない事実、証拠(甲2、3、乙1ないし33、証人徳永文一、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一)(昭和56年の商法改正以前における原告の活動)
原告は、もとダンプカーの運転手をしていたが、総会屋に憧れ、昭和50年ころから、富吉商工研究所の名のもとに「論闘ニュース」なる機関紙を発行するなどして総会屋としての活動を始め、現実に会社から株主権行使に関し金銭の交付を受け、右収入を主に生計を立てていた。原告は、昭和56年の改正商法が施行される昭和57年に「論闘ニュース」の発行をやめた。
(二)(株主総会への出席及び発言)
原告は、右「論闘ニュース」の発行をやめた後も、別紙株主総会出席及び発言表記載のとおり、昭和59年から平成5年にかけて、各会社の株主総会に出席し、それぞれ質問、発言等を行っており、ときには会社側との間で激しい言葉でやりとりがなされている。
(三)(会社に対する訴訟)
原告は、昭和58年、日新製鋼の取締役及び同社の従業員持株会に対して、同社が従業員持株会に奨励金として支出している補助金が特定の株主に対する無償の利益供与にあたると主張して、右金員の返還を求める株主代表訴訟を提起し、昭和59年には同様の訴訟を株式会社熊谷組の代表取締役に対しても提起し、後者の訴訟については、昭和60年に福井地方裁判所において請求棄却の判決がなされた。
(四)(株主提案権の行使)
原告は、昭和60年から平成3年までの毎年、中央スバル自動車株式会社の定時株主総会に先立ち株主提案権を行使して、配当性向、役員賞与及び取締役又は監査役選任等の件につき提案を行ったが、いずれも否決された。
(五)(担当者必携の記載)
担当者必携と題する本は、総会屋と称される人物名とその行動性向を記載したもので、多くの上場企業の株主総会担当者の間で参照されているものであるところ、右担当者必携の昭和56年、平成3年及び平成5年版には原告の名前が記載され、原告は株主総会で徹底追及すること、訴訟や株主提案権を行使する傾向があること等が記載されている。ただし、平成5年版には原告は会社訪問等の営業活動は一切行っていないとの記載もある。
(六)(本件記事の作成経過)
被告の警視庁記者クラブの記者は、平成5年10月14日、本件代表訴訟の訴状を入手し、原告が総会屋ではないかとの点につき取材を開始した。同クラブに所属する記者徳永文一らは、担当者必携平成5年版で原告の名前が記載されていることを確認し、警察当局に取材したところ、警視庁の総会屋リストにも原告名が記載されていること、原告は上場会社70社以上の株式を所有し多数回株主総会に出席していること、原告は会社に対する訴訟をかなり専門にしていること、原告はかつてミニコミ誌を企業に販売していたことがあり、以前恐喝容疑で逮捕されたこともあること等の情報を入手した。また、同記者らは、警察では総会屋とは企業に接近して金品をもらい又はもらうおそれのある者を指すと考えているとの説明を受け、他方、原告に対しても、同日及び翌15日の2回電話取材を行い、原告から本件代表訴訟は商法改正により代表訴訟がしやすくなったが、悪意をもったものではないとの説明を受けた。
被告の警視庁記者クラブの記者らは、以上の取材を経て、原告が総会屋であると判断し、当時株主代表訴訟の制度がかわりその運用が注目を浴びていたことから、これを企業及び一般社会に知らせることが有益であると考え、原告の実名は不要として実名を伏せた上で、キャップの徳永記者が最終的な責任をもって、右取材内容どおり本件記事を作成し掲載した。
3(一) 以上認定の事実によると、本件記事は、商法改正後の株主代表訴訟の動向が捜査当局のみならず経済界等各界の注目を集めていた状況のもとにおいて、右改正法施行日の初日、総会屋により株主代表訴訟が提起されたことについて報道するものであるから、本件記事の掲載頒布は、公共の利害に関する事項にかかり、本件記事の中で原告の実名をあえて記載していないことからも十分推認できるように、その目的がもっぱら公益を図るために出たことが明らかであるというべきである。
(二) また、原告は昭和57年まで、株主権行使に関し不正の利益を得ることを目的とする総会屋としての活動を行い、現実に会社から金銭の交付を受け、右収入を主に生計を立てていただけでなく、当初からそのような活動に憧れていたことを原告自ら認めていること、昭和56年の商法改正により、株主の権利の行使に関して財産上の利益を供与及び受領することが禁止され、右違反に対しては利益を受け取った側だけでなく会社側の者も刑事責任を問われることになった結果、何らかの経済的利得を求める総会屋の活動態様も従来より多様化したことは公知の事実であるところ、原告は、機関誌の発行をやめた後も、昭和57年から現在に至るまで多数の会社の株式を所有し、株主総会で執拗に、ときには穏当を欠く発言する等会社を攻撃する方向で活発に活動していること、本件代表訴訟で問題になっている東海銀行の株主総会にも平成4年及び翌5年と出席し、修正動議案及び議長不信任案の提出、不正融資及び不良債権問題に関連して役員の経営責任を追及する発言を行っていること、多くの上場企業の株主総会担当者の間で参照されている総会屋のリストに関する担当者必携の昭和56年及び平成4、5年版には、原告の名前及びその行動性向が記載されていること等の諸事情から判断すると、原告が本件記事が掲載された時点において、右活動によって会社から何らかの経済的利得を現に受けている事実を示す直接の証拠はないものの、専門的事項にわたる質問や提案を連発して会社側を窮地に追い込み、何らかの経済的利益を得る目的のもとに活動していると推認することができないわけではないから、本件記事中の原告が総会屋であるとの部分は、真実であるか、被告の徳永記者において、このような経歴を有する原告が、総会屋であると信じたことにつき相当な理由があったものというべきである。
(三) したがって、本件記事がこれを読む者に前記の印象を与え、原告の社会的信用を低下させることがあったとしても、前記1の説示に照らし、不法行為を構成しないものと解すべきである。
第四 結論
以上のとおり、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 長野益三 裁判官 林圭介 裁判官 小田正二)
謝罪広告文
要求広告人 《住所略》
鈴木あきら
下記、読売新聞全国版へ掲載要求する謝罪広告文内容
<省略>
上記広告掲載の面積 縦3段10cm×横10cm
同広告料金211万円
株主総会出席及び発言表
<省略>