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東京地方裁判所 平成5年(ワ)21638号 判決 1996年6月24日

甲事件原告(乙事件被告)

財団法人雇用振興協会

右代表者理事

堀秀夫

右訴訟代理人弁護士

石井成一

小澤優一

谷垣岳人

甲事件被告(乙事件原告)

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

金井克仁

主文

一  甲事件被告(乙事件原告)は、甲事件原告(乙事件被告)に対し、別紙物件目録記載の建物部分を明け渡せ。

二  甲事件被告(乙事件原告)は、甲事件原告(乙事件被告)に対し、平成五年一〇月一日から右明渡し済みに至るまで一ケ月金二万一二〇〇円の割合による金員を支払え。

三  乙事件原告(甲事件被告)の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、甲事件及び乙事件を通じて、いずれも甲事件被告(乙事件原告)の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

(甲事件)

一  請求の趣旨

1 主文第一、二項と同旨

2 訴訟費用は、甲事件被告(乙事件原告)の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1 甲事件原告(乙事件被告)の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は、甲事件原告(乙事件被告)の負担とする。

(乙事件)

一  請求の趣旨

1 乙事件原告(甲事件被告)が乙事件被告(甲事件原告)に対して労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

2 乙事件被告(甲事件原告)は、乙事件原告(甲事件被告)に対し、平成五年九月以降毎月一六日限り、一ケ月金二〇万三一〇〇円の割合による金員及び同金員に対する各支払期日の翌日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3 訴訟費用は、乙事件被告(甲事件原告)の負担とする。

4 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 主文第三項と同旨

2 訴訟費用は、乙事件原告(甲事件被告)の負担とする。

第二当事者双方に争いのない事実

一  甲事件原告(乙事件被告・以下、甲事件及び乙事件を通じて単に「原告」という。)は、労働者の雇用の促進に関する調査、研究、広報宣伝等を行うとともに、訴外雇用促進事業団(以下「促進事業団」という。)の行う業務に協力し、もって労働者の能力に適応する雇用の促進に寄与し、労働者の福祉の増進を図ることを目的とする財団法人である。

二1  甲事件被告(乙事件原告・以下、甲事件及び乙事件を通じて単に「被告」という。)は、平成二年一〇月一日付けで原告に職員として採用された。

2  被告は、原告に採用された当初、促進事業団が設置・運営する埼玉県小川宿舎(以下「小川宿舎」という。)の管理主事を命ぜられていたが、その後、平成三年一一月一日付けで同事業団が設置・運営する栃木県西郷宿舎(以下「西郷宿舎」という。)の管理主事に配置換えとなった。

三  原告は、被告に対し、被告の右西郷宿舎管理主事への配置換えに伴い、西郷宿舎の管理主事としての職務を遂行させるため、同宿舎内の別紙物件目録記載の建物部分(いわゆる管理人室・以下「本件建物」という。)に居住するように命じ、以後、被告は、本件建物に居住している。

四  原告は、平成五年八月二七日、被告に対し、原告の職員就業規則二八条一項一号、三号、四号の規定に基づき、同年八月三一日をもって被告を解雇する旨の辞令を交付するとともに解雇後速やかに本件建物を明け渡すように申し入れ、同時に、解雇予告手当として被告の平均賃金の三〇日分である金一九万八六九〇円を提供したが、被告が右解雇予告手当の受領を拒否したので、同年八月三〇日、同解雇予告手当金を供託した。

五  平成五年九月当時における被告の賃金は、一ケ月金二〇万三一〇〇円(毎月一六日当月分を支払)である。

第三本件争点に関する当事者の主張

一  原告の主張

1  (本件解雇の正当性)

本件解雇は、次のとおりの経緯の結果としてなされたものであり、正当な理由によるものである。

イ 原告の東京支所は、被告が小川宿舎の管理主事として小川宿舎の管理人室に居住していた平成三年四月二三日、渡辺管理主事(大谷宿舎の管理主事)から、小川宿舎の入居者に対する被告の言動につき早急に指導されるよう申し入れを受けた。そこで、原告は、同年四月二五日、被告を原告の東京支所に呼び出して事情聴取をしたうえ、同年五月一七日、原告の東調査役を派遣し、小川宿舎の入居者で組織する自治会の自治会長ほか九名の役員から事情を聴取したところ、<1>被告が入居者に対して何事も管理主事の職権を楯に強制したり、強制退去をほのめかす、<2>被告が入居者に対して急用でもないのに早朝六、七時に長電話をかけてくる、<3>被告が自治会の総会に出席して会議中に突然激昂したり、自治会長のリコール署名を集めるなど役員人事に不当に介入してくる、<4>入居者に対して宿舎構内における駐車を禁じているにもかかわらず、被告が自分の車を宿舎構内に乗り入れ、共用の水道栓を使用して洗車をしている等の数々の苦情が寄せられた。

そこで、原告は、同年六月四日、被告に対し、右各事実の有無を確認のうえ、右のような言動を慎むように指導・注意をした。なお、その後、同年六月六日、原告は、被告と入居者とのトラブルを調整するため、小川宿舎の自治会との和解の席を設け、被告がその席上において陳謝するなどして和解が成立した。その際、被告は、誓約書を提出することを約束したにもかかわず、これを提出していなかった。自治会からその旨の申し入れを受けて、原告は、同年七月ころ、被告に対し、「強制退去等の不穏当かつ誤解をまねく言動は一切しないこと、自治会役員の選任など自治会の決定事項のうち、宿舎の管理業務に関するもの以外の事項については一切介入しないこと、宿舎の内外における言動について他に恥じることのないよう厳に慎むこと」等を誓約する内容の誓約書案文を送付したが、結局、被告は、誓約書を提出しなかった。

その後も、小川宿舎の入居者から、原告に対して、<1>入居者の勤め先に電話をかけてくる、<2>宿舎からの退去を予定していない特定の入居者について、宿舎から退去する旨を、被告が勝手に宿舎の掲示板に貼り紙している、<3>入居者が宿舎を退去するにあたって事業団に支払った負担金が思ったよりも安かった旨を被告に述べた際、被告があたかも被告の裁量で安くしてやったかのような発言をした、<4>入居者が被告の紹介で駐車場を借りた際、被告から金銭を要求された等の苦情が相次いだ。そして、平成三年八月二一日に至り、入居者四五戸(八二名)から、原告の東京支所長に対し、被告の配置換えを要請する旨の請願書が提出された。

原告は、右の各苦情等があるつど、被告に対し、その事実の有無を確認し、被告もこれを事実であると認めたので、そのつど、右のような言動を慎むよう注意し、また、入居者の退去に関しては促進事業団の決定事項であり管理主事である被告には何らの権限もないことをあえて説明のうえ、右宿舎退去の貼り紙を直ちに撤去するように指導した。

ロ これに対し、被告は、右各指導を無視し、何ら反省の態度を示すことなく、右宿舎退去の貼り紙を放置し、当該入居者に対して勝手に家賃の振替停止依頼書を交付したり、さらには、被告が管理していた原告の資金の中から、小川町主催の花一杯運動にかかる花代を勝手に支出するなど、原告の職員としてあるまじき行動に及んだ。

また、被告は、右各指導を行った原告の東京支所長に対して個人的な反感を抱き、右花代の支出についての原告の詰問に対して「花代を協会の支払資金から支払うことができないことは知っていたが、会計検査院の検査が入ったときに支所長を困らせるために支払った」などと申し述べ、さらに、同支所長の指導に対抗すべく、特定の代議士による調整を申し出たり、「自分の意向は弁護士に一任してあるので表明できない」などと申し出る態度に出た。

ハ そこで、原告は、平成三年九月一八日付「三雇振東発第三一六号」をもって、被告に対し、強く警告・指導を行い、同年一一月一日、同警告・指導を遵守するよう再度指導したうえ、同日付けで被告を西郷宿舎の管理主事に配置換えした。

ニ ところが、被告が西郷宿舎の管理主事に配置換えとなってから数ケ月しか経ていない平成四年一月下旬ころ、原告の東京支所は、西郷宿舎の入居者らで組織する自治会の自治会長から、<1>被告が西郷宿舎の近くの理髪店に赴き、同店に対し、入居者を散髪に来させるようにするから同理髪店が管理する駐車場を無料で貸すように申し入れ、これを断られると腹をたて、暴言を吐いて理髪店の椅子を蹴飛ばすなどした、<2>被告が自治会役員に対して「話の分からないやつには説明する必要がない」「自治会と仲良くする必要はない」「文句があるなら弁護士を呼んでこい」などと暴言を吐いた、<3>日中午後三時ころまで、管理人室をほとんど不在にしている、<4>入居者に用もないのにむやみに電話をかけるため、入居者が困惑しているなどの苦情を受けた。なお、右理髪店の件につき、後日、原告が同理髪店から事情を確認したところ、被告の態度があまりに乱暴であったため、理髪店の者が警察を呼んだことも判明した。

ホ そこで、原告の東京支所は、平成四年二月四日、西郷宿舎において、被告から事情聴取をし、あわせて、自治会の問題に干渉しないこと、言葉づかいに注意すること、日中公用で外出するときは掲示等をすること、むやみに入居者に電話をしないこと等を指導したが、同日、西郷宿舎自治会の代表(自治会長)ほかから、右同様の事実を訴え、被告の退陣を要求する旨の嘆願書の提出を受けた。そのため、原告の東京支所は、同年三月二六日、被告に対し、促進事業団栃木雇用促進センター会議室において、入居者との対応について重ねて指導を行った。

ヘ しかしながら、その後も、原告に対して、西郷宿舎の入居者から、被告の言動等に関して、<1>管理人室を不在にすることが多い、<2>被告の指示に従わなかったと言って、入居者の勤務先に電話をした、<3>入居者の事情に耳を傾けず、「いやなら出て行け」「事業団として弁護士をたてたから、弁護士を通して言ってこい」などと言って入居者を威圧し、被告の指示に従うように強制する、<4>入居者には車の構内駐車を禁止しているにもかかわらず、被告は、毎日、管理人室の脇に自分の車を駐車させ、共用の水道栓を使って洗車している、<5>被告が入居者の妻に対して「おまえの主人はヤクザ者で前科があり、警察のブラックリストに載っている」などと言い、さらに当該入居者の勤務先に電話をかけ、その上司に対して「どうしようもない男だ、宿舎の鼻つまみ者だ、前科がある、ヤクザ者だ」などと言って、当該入居者を誹謗中傷した、<6>被告が所定の手続を経ずに空居室の鍵を入居者に渡しておきながら、後になって「お前は勝手に鍵を盗んで入居した、泥棒だ」などと暴言を吐いた、<7>被告が入居者の勤務先に赴き、当該入居者が家賃を払わないと言って、家賃の請求書(払込通知書)を置いていった、<8>結露のひどい住戸を修繕するにあたって、被告が当該住戸の入居者の妻に対し「一緒に寝れば修繕費を二万円にしてやる」などと言って性行為を迫った、<9>宿舎の浴槽を取り替えにきた業者の車を被告が借りて私用に使った、<10>宿舎の修繕等を請け負っている工事業者に対し、被告から、温泉旅館を確保して原告の職員を接待するよう要請があった等の数々の苦情が寄せられ、平成五年二月二四日には、西郷宿舎自治会から、同宿舎の入居者五三名の署名入りで再度被告の退陣を強く要求する旨の嘆願書が提出された。

原告は、右苦情があった度に、入居者及び被告から事情聴取・事実確認を行ったうえ、被告に対し、厳重に指導・注意を重ねた。

ト 平成四年八月三一日、被告に対して原告の業務課長が就業日誌の提出を求めたが、被告は、毎日就業日誌の記入を義務づけられているのにもかかわらず、これを全く作成記入していなかった。また、平成五年三月一一日、原告の調査役が再度就業日誌を調査したところ、記事欄には「異常なし」とのみ記入され、その他の記入事項にはほとんど記入されていなかった。

チ 被告は、管理人室の電話使用状況を公用と私用に分けて原告の東京支所に報告することを義務づけられていたところ、他の宿舎と比較して、平成四年八月分から西郷宿舎の使用料が異常に高額であり、かつ、私用分の報告がなかったため、平成五年三月二四日、原告の東京支所がその説明を求めたところ、当初は「業務以外はかけていない」と申し述べたものの、その後、私用分(長野に在住する被告の兄弟姉妹、被告の弁護士等)の使用を記入していないことを認めた。なお、被告は、原告に対し、未だに右使用分の電話料を支払っていない。

リ さらに、平成五年六月二四日、原告の東京支所長が被告を東京支所に呼び出したところ、被告は、「聞かなくても支所長の言うことは分かっている、全部弁護士に任せてあるから処分でも何でもやってくれ、出るところへ出てやってやる」などと一方的にまくしたて、同支所長の指導を拒否する態度に出た。

ヌ その後、被告は、原告から再三にわたり指導・注意を受けていたにもかかわらず、西郷宿舎の掲示板に入居者を退去させることをほのめかす貼り紙を敢行した。

ル 以上のような被告の勤務態度及び言動は、原告の職員就業規則二八条一項一号、三号、四号の解雇事由に該当するだけでなく、同規則四二条の定める懲戒解雇事由にも該当するものである。

2  (本件建物明渡等請求の理由)

イ 促進事業団は、昭和四六年七月一日、原告との間で、原告の委託業務を処理するために促進事業団が指定する管理人室に原告の従業員を常駐させること及び原告が管理人として常駐させた従業員が解雇されたときは原告の責任において管理人室から当該従業員を退去させるとの約定で、促進事業団が設置・所有する移転就職者用宿舎等の管理業務の一部を原告に委託する旨の管理委託契約を締結した。

ロ 原告は、右管理委託契約上の義務を履行するため、原告の就業規則七条一項において「職員(管理主事等)は、傷病その他の事由により相当期間欠勤することが明らかとなったとき、又は(中略)休職を命ぜられたときは、住居の指定を取り消されることがある」と、同就業規則七条二項において「前項の規定により住居の指定を取り消されたときは、その日から二週間以内に当該住居から退去しなければならない」とそれぞれ定めている。

ハ 原告は、右管理委託契約に基づき、促進事業団から委託を受けて、原告の職員に対して、宿舎等を管理させるために居住を命じているのであり、原告と被告との間の本件建物の使用関係も被告が原告の職員たる身分を保有する期間に限られた特殊な使用契約に基づくものであるから、被告が本件解雇によって原告の職員たる地位を失った以上、解雇と同時に原告と被告との間の本件建物の使用契約関係も終了する結果、被告は、原告に対し、本件建物を明け渡すべき義務を負うことになる。

ニ 被告の本件建物使用による損害金は、一ケ月金二万一二〇〇円が相当である。

よって、原告は、被告に対し、本件建物の使用契約の終了に基づき、本件建物の明け渡し及び本件解雇による契約終了の日の翌日である平成五年一〇月一日から右明渡し済みに至るまで一ケ月金二万一二〇〇円の割合による損害賠償金の支払を求める。

二  原告の主張に対する被告の答弁

1  (原告の主張1に対する認否)

原告の主張1イないしヌの各事実のうち、被告が小川宿舎の管理主事の職務にあったこと、平成三年七月ころ、被告が原告から誓約書の送付を受けたこと、その後、西郷宿舎の管理主事に配置換えになったこと、平成四年三月二六日、被告が促進事業団栃木雇用促進センター会議室に呼ばれて事情聴取を受けたことは認め、その余はすべて否認し、1ルの主張は争う。

2  (原告の主張1に対する被告の主張等)

小川宿舎におけるトラブルは、次のような経緯によるものであって、原告主張のような事実はない。したがって、本件解雇は、全く理由がなく、解雇権の濫用として無効である。

イ 被告は、小川宿舎の前任者である菅原管理主事から、同宿舎敷地内にあるゴミ焼却場の撤去・清掃を同宿舎自治会に依頼するように申送りを受けており、また、平成二年一〇月一五日の埼玉雇用促進センター所長の巡視の際にも同様の指摘を受けた。

そこで、被告は、平成三年二月中旬ころ、当時の松下自治会長に対し、ゴミ焼却場の撤去を要請した。ところが、自治会が何もしない間に、ある入居者が右撤去作業を申し出て、同年三月一日から一〇日までの間にゴミ焼却場を撤去してしまったことから、被告は、同入居者を慰労するとともに、松下自治会長に対し、右撤去をした入居者に対する謝礼の相談をしたが、自治会長からの回答は「自治会としてお願いしたわけではないから、支払う必要はない」というものであったため、他の自治会役員全員の同意を得たうえ、入居者の一人と一緒に発起人となって、自治会員全員に対して書面で謝礼のお願いをした。

被告は、同年三月二五日ころ、原告の東京支所長である岸支所長から電話を受け、翌日、東京支所に呼ばれて、右謝礼の件につき事情聴取をされたが、その折には、同支所長も被告の説明に納得して事情聴取を終えた。

ところが、同支所長は、同年四月四日ころ、東巡回指導役を小川宿舎に派遣して、被告に内緒で松下自治会長と密会させたうえ、同年五月四日ころ、被告を再度呼び出し、被告の行為を一方的に批判した。

その後、被告は、同年七月初旬ころ、原告の東巡回指導役から誓約書の郵送を受けた。その内容は、今後は自治会の指示に従うとのものであった。被告は、右誓約書への署名を拒絶したが、関係者等のアドバイスを受け、紛争を拡大しないで円満に解決するため、小川宿舎から西郷宿舎へ転勤することにした。

ロ 被告は、西郷宿舎に勤務する直前である平成三年一〇月二六日、栃木県中央委員の面接を受けたが、その際、「支所長さんが甲野さんは精神異常者であると言っていたが、そんなことはありませんね。西郷宿舎は、難民の方と一部の入居者と問題が生じており大変ですが、よろしく」と言われた。

被告が西郷宿舎に赴任した当時、入居者の一部の者が中心になって、難民を宿舎から退去させるよう嘆願書運動をしていた。被告は、赴任の後、嘆願書に署名していた入居者を一堂に集めて、難民の方と仲良く暮らして欲しい旨をお願いした。

ところが、平成四年三月ころ、このような被告の態度を嫌悪した一部自治会員が被告の前任者であった野沢管理主事と連絡をとって、「被告が管理主事として不適任である」旨の要望書を栃木雇用促進センターに提出した。その結果、被告は、同月二六日、同センターの会議室において、原告の東京支所小高課長及び吉野中央委員から事情聴取を受けた。同人らは、被告の説明を聞いた後、「気を悪くしないでほしい」「大変ですが頑張ってください」などと同情的であった。しかし、その後も、一部の自治会員らが被告に対して反抗的であったので、被告は、その旨を原告の東京支所に報告したが、何らの措置もとられなかった。

そうした中、同年七月二五日ころ、前記野沢管理主事が夜間に西郷宿舎の管理人室に窓から無断侵入するという事件が発生した。また、その当時、一部の入居者から、難民が夜遅くまで騒ぐという苦情があったので、被告は、原告の東京支所の小高課長と連絡して、夜間巡回を行うことにした。ところが、同年八月六日、被告が夜間巡回中、一〇六号室の入居者の部屋付近が騒がしかったため、様子を見に赴いたところ、被告は、同入居者等にからまれ、怒鳴られ、襟首をつかまえられるなどの暴行を受けた。この件について、被告は、翌八月七日、警察で事情聴取を受けたが、その際、警察官から「西郷宿舎の件では以前から困っている。逮捕しただけでは解決しないので、事業団には良く言っておいてください。あのような人間を入居させたのは事業団の責任です。甲野さんも身辺を気をつけてください」と言われた。被告は、この件について原告の東京支所に報告したが、何らの対応も講じてくれなかった。八月一九日になって、小高課長が西郷宿舎に来て、被告から事情を聞いたのみである。

その後、被告は、一部自治会員から各種の嫌がらせを受け、そのつど原告の東京支所に報告をした。しかし、原告は、西郷宿舎のトラブルについて何ら有効な措置を講ずることはなかった。

ハ 以上のとおり、被告は、西郷宿舎の管理業務に邁進するあまり、心ない一部の自治会役員及び会員の反感を受けた。これによるトラブルに対して、被告は、原告の東京支所に報告して善処を求めた。ところが、原告は、被告に反抗する一部自治会員からの報告等を真に受けて、すべてのトラブルが被告に起因するものと判断した。本件解雇は、原告の右のような誤った態度とりわけ原告の東京支所長の誤った態度に起因するものであり、無効である。

よって、被告は、原告に対し、本件雇用契約上の権利が存在することの確認並びに平成五年九月から支払済みまで、毎月一六日限り、一ケ月金二〇万三一〇〇円の割合による賃金の支払いを求める。

3  (原告の主張2に対する認否)

原告の主張2イの事実は不知、2ロの事実は否認し、2ハの主張は争い、2ニの事実は否認する。

第四証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これらを引用する。

理由

第一(前提事実の認定)

当事者間に争いのない事実に併せ、本件記録中の各証拠(認定に用いた書証等は、認定事実中の括弧書で示す。)並びに弁論の全趣旨を綜合すると、本件事案の要点とりわけ本件解雇に至る経過は概ね次のとおりであったことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はなく、被告本人尋問の結果中この認定に反する部分は、いずれも真実と合致しないものとして信用しない。

一  被告は、平成二年一〇月一日付けで原告職員として採用され、平成三年四月当時、小川宿舎の管理主事を命ぜられ、小川宿舎の管理人室に居住して勤務していた。

二1  原告東京支所の東調査役は、平成三年四月二三日、渡辺管理主事(当時大谷宿舎の管理主事)から、小川宿舎の入居者に対する被告の言動等につき、「被告が自治会長であり区長である松下昌宜をリコールし強制退去させると運動している」等の苦情があったので早急に調査・指導されるよう申し入れを受けた(<証拠略>)。

2  原告は、同年四月二五日、被告を原告東京支所に呼び出し、促進事業団東京雇用促進センター会議室において、原告の岸東京支所長及び東調査役が被告から事実関係につき事情聴取をした(<証拠略>)。

3  原告は、今後の対応につき検討をしていたところ、小川宿舎の入居者で組織する自治会から要請を受けたことから、同年五月一七日、原告の東調査役及び松岡職員を小川宿舎に派遣し、同自治の(ママ)松下会長ほか九名の役員から事情を聴取した結果、同自治会役員らから、被告の小川宿舎における言動等につき、概略次のような苦情が寄せられた(<証拠略>)。

<1> 被告は、毎偶数月に開催の自治会役員会・総会の席上、会議中に激昂し、反対意見を述べる者に対しては激しく非難し、退去をほのめかす。

<2> 被告は、早朝の出勤時刻の慌ただしさを考慮せず、朝六時ころから自治会役員宅に二〇分ないし三〇分程度の長電話をかけてくる。

<3> 被告は、自治会の役員選任に不当に介入し、松下会長のリコールを入居者に強要している。しかも、被告は、リコールの共同発起人として伊藤忠治に無断で同人の名を掲げている(この件に関しては、被告が伊藤忠治に対して詫びを入れた。)。また、被告は、入居者に対して、退去をほのめかしながらリコールの署名を強要している。そして、四月七日の自治会総会で松下会長の留任が決まった後になっても、町役場等で松下会長を辞めさせると触れ歩いている。さらに、被告は、松下会長宛ての封書による区長会開催通知を松下会長に渡さなかったため、松下会長が区長会に出席できなくなってしまった。

<4> 被告は、候補者本人が困惑しているのにも拘わらず、県議選の候補者を連れてくるから入居者を二〇ないし三〇名程度集めるように自治会に要求した。

<5> 被告は、何事も職権を盾にして強要しようとする。

<6> 被告は、入居者に対して宿舎構内における駐車を禁じているにもかかわらず、被告が自分の車を宿舎構内に乗り入れ、共用の水道栓を使用して洗車をしている。

<7> 被告は、前任者の悪口をしきりに噂している。

<8> 被告は、自治会費が自由になると思っており、水道のホース代として一万円を出せと要求した。

<9> 被告は、自治会の運営全般につき慣行、伝統、習慣を無視し、正常な話し合いができない。

<10> 被告は、何かというと警察に連絡し、パトカーを呼ぶ。

<11> 被告は、菓子折をもらって民間業者(ヤオコー)を優遇しているため、生活協同組合から苦情の申し入れがある。

<12> 被告は、小川宿舎の焼却場の撤去等に関して、自治会が何ら約束をしていないのに経費負担及び撤去時期等につき自治会に対して無理な要求をしている。

<13> 被告は、前任者への餞別の交付等を依頼されていたのにうやむやにするなど、金銭面で不明朗なところがある。

4  原告の岸支所長、和田総務課長、小高業務課長、東調査役は、同年六月四日、被告に対し、右各事実の有無を確認のうえ、右のような言動を慎むように指導・注意をした。

5  原告は、被告と小川宿舎の入居者とを和解させるための席を設けることとし、同年六月六日午後七時ころ、小川宿舎集会室において、小川宿舎入居者の約半数に相当する四〇名程度の入居者、被告、岸支所長、東調査役、松下自治会長らが出席して話し合いがもたれた。この席上、入居者らからは、かなり強い口調で被告の言動等につき苦情が述べられたが、被告は、行き過ぎがあったことを陳謝し反省する旨の態度を示したうえ、「おどし文句を使わない、自治会不介入、地域で疑問視されることを行わない」ことを内容として一筆入れることを約束した結果、自治会役員及び入居者らも納得し、右の話し合いは散会となった(<証拠略>)。

6  しかし、被告は、その後も、誓約書を提出せず、同年六月一九日、原告は、松下自治会長からその旨の申し入れを受けた。そこで、原告の東調査役は、同年七月ころ、被告に対し、「私儀平成二年一〇月一日付で小川宿舎管理主事として配属され、以来今日迄宿舎の管理業務に専念してきましたが、この間に自治会会長をはじめ入居者の皆様にご迷惑をおかけするようなこととなりましたことについて深くお詫びいたしますと共に、今後引続宿舎の管理主事として勤務するに当り下記のことについて再び此度のようなご迷惑をおかけしないよう誓約いたします。1強制退去等の不穏当且つ誤解を生じる言動は一切行いません。2自治会役員の選任及びその他自治会の決定に対し宿舎の管理業務に係わること以外については一切介入を行いません。3宿舎の内外における私の言動について他に恥じることのないよう厳に慎むことを誓います。」との内容の松下自治会長宛誓約書案文を送付したが(<証拠略>)、結局、被告は、誓約書を提出しなかった。

7  のみならず、被告は、従前にも増して問題のある言動等を示し、同年八月初旬ころには、小川宿舎の入居者である山口直行及び小川啓悟の両名が、真実は退去する予定がないのに、同月末をもっていずれも退去する旨等を記載した悪質な嫌がらせ的な書面を掲示板に掲示し(<証拠略>)、右退去の予定のない小川啓悟の家賃の預金口座振替につき、退去のため停止依頼する旨の依頼書を同人郵便ポストに投函するなどの嫌がらせ行為をした(<証拠略>)。

8  このため、被告に対する小川宿舎の入居者らからの反発が強まり、同年八月一五日には、原告東京支所会議室において、岸支所長、東調査役、松下自治会長、小林自治会総務担当、伊藤忠治(前毛呂山管理主事)との間で話し合いが持たれた。その際の、小川宿舎自治会側からの申し入れ事項は、概略次のとおりである(<証拠略>)。

<1> 管理人室のブラインドを一日中下ろし(半開き)、中から外は見えるが外から中は見えないため、管理人室の前を通行する入居者らが気味悪がっている。

<2> 入居者が利用している町営駐車場の管理等につき、被告は、申込書及び契約書の交付等の権限しかないのに、町から全権を委任されていると主張している。

<3> 被告は、入居者が利用している民間駐車場(ヤオコー)に外部の者の車二台を駐車させると言っていたが、何か気に入らないことがあったらしく、その者らには駐車させないと言いだし、特にその中に(ママ)一人(東電勤務)の家には爆弾を仕掛けると言っており、入居者が不安になっている。

<4> 被告は、入居者に対し、民間駐車場(ヤオコー)を使いたかったら金(二万円が二名、一万円が二名)を持ってこいと要求し、松下自治会長がこれを止めさせた。

<5> 被告は、「事業団から委任されたので、協会は関係ない。盆が明けたら支所長と東は首にする。」と言っている。

<6> 被告は、共用栓(水道栓)を全部解放し、子供たちが水遊びをしている。また、被告は、自分の車を毎日のように洗っているだけでなく、外部の特定民間業者(ヤオコー)の車まで洗車してやっている。

<7> 小川宿舎を退去した入居者が宿舎を退去するに際し「事業団に支払った負担金が思ったよりも安かった」旨を被告に述べたところ、被告は、あたかも被告の裁量で安くしてやったかのような発言をした。

9  原告は、事態を重く見て善後策を検討していたところ、同年八月二一日、被告から申し入れがあったので、原告東京支所に被告を呼び出し、同支所会議室において、事情聴取をした。その席上、被告は、「小川宿舎の現状については穏便に解決したい」「頭を下げなければならないところは素直に下げるつもりだ」「共産党金子代議士のところへ相談に行ったところ、代議士からは関係者一同が集まり話し合って解決すべきだと助言を受けた」「自分としても関係者一同を集めてもらい、話し合うようにしてもらいたい」との意向を示したものの、岸支所長が前記誓約書の件につき触れると、突然、「労働省出身の小役人が」等と暴言を吐き、その後は、喧嘩腰で独善的な態度に終始し、岸支所長に対し、金子代議士及び同代議士の秘書の名刺を差し出しながら、支所側の出方次第ではただでは済ませないかのような脅し文句を言い、また、「松下会長は首にしないと駄目だ」との意見に固執し続けた。さらに、被告が勝手に民間駐車場(ヤオコー)を借り上げたことについて問いただすと、被告は、駐車場のオーナーが不動産取引のベテランである被告を信用して進められた話であり、いきがかり上、被告名義で駐車場を借りていると説明した。そこで、原告の松岡職員が宅地建物取引主任の資格の有無を問いただすと、被告は、「この小僧っ子めが」と暴言を吐いた(<証拠略>)。

10  この間、同年八月二一日から翌二二日にかけ、原告の東調査役及び室井職員は、事実関係の調査のため、小川宿舎のある埼玉県小川町を訪れていた。その調査結果は、同年八月一五日に入居者らから受けた苦情内容を裏付けるものであったほか、概略次のとおりであった(<証拠略>)。

<1>(小川町役場における調査結果)

町営駐車場は、小川宿舎の建設に伴い、促進事業団からの要望を受けて、小川町によって六四台収容の駐車場として造成されたものであり、小川町企画課において駐車場の使用許可をし、管理している。小川宿舎の管理主事は、駐車場の使用申込書及び契約書を入居者に交付するのみである。被告は、小川宿舎の管理主事に着任の当初は、小川町役場に出向いても電話でも必要以上に種々なことを話していたが、最近は必要なことしか話さなくなった。特に最近管理主事の特権意識のようなものが話の中に散見される。また、町長との間がいかに親密であるかを盛んに吹聴している。

<2> (入居者小林啓吾の勤務先に対する調査結果)

被告から退去を強要されて「これ以上宿舎にいると体がもたない」との相談を受けた。また、同入居者は、被告からありもしない中傷を受けて子供の就職に支障があるのではないかと心配している。被告は、勤務時間も休憩時間も関係なく、度々会社に電話をしてくるので、大変迷惑をしている。また、どのような用件があるのか分からないが、早朝に会社周囲をうろついているのが従業員によって目撃されている。

<3> (松下自治会長に対する調査結果)

小川宿舎の入居者から被告の異動を要請する請願書の署名を集めている。全員の署名は集まっていないが、八五パーセントの居住者からの署名が集まっており、少しでも早く処置を決めてほしいので、「請願書」を提出する。

<4> (原入居者に対する調査結果)

入居した際、新品の瞬間湯沸器等が備え付けられていたが、被告から自由に使用して良いと言われ、御礼として被告に一万円を包んだが、その後、被告から瞬間湯沸器の返還を求められた。被告は、自治会の役員会で「絨毯も新品をやったのに、一万円しかくれなかった」と言っているらしいが、絨毯をもらったことはない。被告は、自分が出勤して留守の間に自宅に電話をかけ、勤務先の悪口等を言うので迷惑している。許可をもらってヤオコーの駐車場に車を置いていたのに、被告は、不法占拠だと主張して警察に通報するなど、常識では考えられないことをしている。

<5> (小川警察署に対する調査結果)

被告から通報されれば現地に行って見ないわけにはいかない。しかし、入居者から事情を聴取してみると、皆一様に、「被告から指示されて駐車をしているのに、その場所に駐車していることについて被告からどうして通報をされ、警察に呼び出しを受けなければならないのか分からない」と言っている。被告は、電話中に激昂することがある。

11  松下自治会長から提出された「誓(ママ)願書」には、「被告は、平成二年一〇月に着任当初は、入居者への対応も良く、入居者全員が喜んでいた矢先、平成三年二月二〇日ころから突如として態度が急変し、自治会に対して不当に介入し、強制退去等の暴言を吐くなどし、原告を交えて話し合いが持たれたのにも拘わらずその態度を改めないことは、管理主事としてあるまじき行為であること」を理由に、被告の異動を求めるものであり、入居者八二名(小川宿舎五二戸中の四五戸)の署名・押印がなされている。

12  原告は、右調査結果等に基づき対応を検討した上、同年八月三〇日午後一時三〇分ころから午後五時三〇分ころまでの間、原告東京支所会議室において、被告の要望により埼玉県内の宿舎の管理主事三名が同席して、被告と会談を持った。その際、被告は、共用栓の使用あるいは管理人室のブラインドをいつも下ろしていること等については、岸支社(ママ)長又は東調査役らの注意・指導を受け入れ、指導に従うかのような態度を見せたものの、全体としては自己の見解に固執し、松下自治会長が悪いのだと強弁し、結局、会談は物別れに終わった(<証拠略>)。

13  右のような経緯を踏まえ、原告は、平成三年九月一八日付書簡をもって、被告に対し、特に次の各事項に注意し、入居者と協調して職務を遂行すべきであるとして、とりわけ、居住者の退去にあたり掲示板に退去する旨を掲示したこと、宿舎敷地内への車両乗り入れが禁止されているにも拘わらず被告自らが車両を乗り入れ、宿舎の水道を洗車に用いたこと等につき厳しく警告・指導を行った(<証拠略>)。

<1> 入居者と話をする際に、言葉遣いや語調に気を付け、相手方に不快な感情をもたれることのないよう充分注意すること。

<2> むやみに入居者の自宅に電話をかけたり訪問したりしないこと。応対は言葉遣いなどに気をつけて丁寧に行い、簡潔に用件を伝え長電話などしないこと。電話、訪問は早朝、深夜その他相手方の迷惑となる時間帯を避けること。

<3> 緊急やむを得ない場合のほかは、入居者の勤務先に電話をかけないこと。万が一電話をかける必要があるときでも、勤務中の相手方の迷惑にならないよう充分に配慮すること。

<4> 入居者の勤務先には訪問しないこと。

<5> 自治会と協調して管理業務を遂行し、自治会の役員人事、会計等自治会自体の問題には決して干渉しないこと。

<6> 入居者の退去手続きは、入居者から宿舎の退去届の提出を受けてから進めること。

<7> 職員就業規則に定められた事項(特に第四条職務の遂行及び第五条禁止行為)を遵守すること。

<8> 独断で物事を決定することなく、事前に支所に相談のうえ担当職員の指示を受けて実施すること。

<9> 雇用促進事業団、財団法人雇用振興協会、住宅自治会ならびにその職員ないし自治会会員の名誉や品位を傷つけるような言動は厳に慎むこと。

14  被告は、当時既に、原告に対し、金井弁護士(本件被告訴訟代理人)に一任している旨を述べていた。そこで、原告は、右弁護士と連絡をとり、これまでの事情を説明し、交渉をした結果、結局、同年一一月一日付けをもって同警告・指導を遵守するよう再度指導したうえ、同日付けで被告を西郷宿舎の管理主事に配置換えした(<証拠略>)。

15  しかしながら、被告は、西郷宿舎の管理主事に転勤となってからも基本的には態度を改めることがなかった。そして、平成四年一月下旬ころ、原告は、西郷宿舎の入居者らで組織する自治会の自治会長から、被告の西郷宿舎における言動等に関して厳しい苦情を受けた。

16  これを受けて、平成四年二月四日、原告の小高業務課長及び促進事業団栃木雇用促進センターの斉藤庶務課長が西郷宿舎に赴き、入居者らから事情聴取をしたところ、原告は、同日、右自治会代表者らから、被告の退陣を要求する「嘆願書」の提出を受けることになった。この嘆願書には、概略次のとおりに苦情が記載されている(<証拠略>)。

<1> 西郷宿舎では、駐車場の地主から用地返還を求められていたため、自治会において対応策を検討し、地主と用地使用延長を交渉していたところ、被告は、着任早々、自治会の意向を無視し、自治会からの再三再四の現況説明にも耳を傾けようとせず、「やらせていただきます」と言って、独断で他の町会の駐車場を管理している理髪店に赴き、同店経営者に対し、「お宅は商売だから」「貸してくれれば、宿舎の人達を散髪に来させる」「私が責任を持つから」「私と自治会は関係ない」等と申し入れ、経営者がこれを断わると、激怒し、「床屋はお宅だけじゃないんだ」「二度と来ない」「私は弁護士を知っているんだ」「私は、この道のプロなんだ」等と暴言を吐いた。

<2> 被告は、自治会役員に対し、「私は事業団の人間だ」「こんなところ全国でも有名だ」「話の分からないやつには説明しても仕方ない」「文句があるなら弁護士を呼んでこい」等と暴言を吐き、自治会役員から非難を受けた。

<3> 日中午後三時ころまで、管理人室をほとんど不在にし、用もないのに入居者に電話をかけ、入居者を困惑させている。

<4> 言葉遣いも悪く、入居者は、不信と不快を感じている。

17  原告は、同年三月二六日、被告を促進事業団栃木雇用促進センター会議室に呼び出し、西郷宿舎の入居者への対応等につき厳しく注意・指導をした。

18  しかしながら、その後も、被告は、西郷宿舎において独善的な態度を維持していただけでなく、当時、西郷宿舎には、ベトナム難民等も入居していたが、これら難民入居者と日本人入居者との間の微妙な軋轢を合理的に調整することなく、却って、両者の対立を煽る結果となるような言動が少なくなかった。

19  この間、原告は、西郷宿舎の入居者から、再三再四にわたり、次のとおりのような苦情や複数の居住者に対して、理由もなく退去を強要した等の苦情があり(<証拠略>)、苦情を受ける度に、事実関係を調査した上で、被告に対し、厳重に注意・指導等をしていたものの、再度の転勤等の処分はしないままでいた。

<1> 入居者の妻が早朝にゴミを出そうとしていると、突然、被告が「奥さんみたいにきれいな人を見かけるのは初めてです。何○何号室のどちらさんでしたっけ。私がゴミを出してあげましょう」と声をかけ、無理にゴミ袋を引っ張ろうとして、非常に不愉快な思いをさせた。

<2> 被告は、花壇を作っている居住者に対し、納得のゆく説明もないまま、強引に草花を撤去させ、女性の手に負えない植木は、根本から切ってしまい、「言いたいことがあったら、事業団として弁護士をたてたから、そちらに話をするように」と言った。居住者が弁護士の名前を尋ねると、被告は、「東京法律事務所の金井です」と答えた。

<3> 入居者が生協の配達を受けていると、被告が道路をホウキではいて土埃をかけ、嫌がらせをした。

<4> 女性居住者の友人が自動車で遊びにきて、一旦、その車を降り、どこに駐車すれば良いかを居住者に尋ねていると、被告は、その友人の車のドアを勝手に開けて、クラクションを何回も鳴らし、その友人が驚いて車のところへ戻ると、理由も聞かずに大声で怒鳴りつけた。

<5> 女性居住者が勤務先から帰宅すると、後ろから被告が近づいてきて胸のあたりを触り、また、数ケ月後も、帰宅すると、「ウイスキーがあるから飲みましょう。布団も敷いてあるから」などと卑猥な言動をし、極めて不快な思いをさせた。

<6> 女性居住者に対し、性行為を迫り、不快な思いをさせた。

20  そうするうちに、原告は、平成五年二月一日、西郷宿舎の自治副(ママ)会長から電話連絡を受けた促進事業団栃木雇用促進センター庶務課長から、被告と入居者らとの間のトラブルに関して事実調査及び指導を依頼する旨のファックス連絡を受け(<証拠略>)、同月二四日には、西郷宿舎自治会代表者らから、重ねて被告の退陣を要求する「嘆願書」の提出を受けた。この嘆願書には、被告の前任地である小川宿舎においての事件をそのまま西郷宿舎で再現したようなものであるとして、次のような事情が記載されている(<証拠略>)。

<1> 被告は、ベトナム難民入居者と日本人入居者との関係について、集会で意見の対立があると、入居者の妻に対して「おまえの主人は、警察のブラックリストに載っている」「ヤクザで殺人犯だ」と事実無根の誹謗中傷をし、さらに、当該入居者の勤務先に電話をかけ、その上司に対して同様の内容の誹謗中傷をした結果、その入居者は、被告の電話をうかつに信じた上司から出社停止及び厳重注意という処分を受けてしまった。

<2> 被告は、空居室の鍵を自分から入居者に渡しておきながら、後になって「勝手に鍵を盗んで入居した、お前は泥棒だ」等と暴言を吐いた。

<3> 被告は、多数の入居者に対し、根拠もないのに「退去しろ」と言って退去を強要した。

<4> 被告は、自治会に協力することなく、それでいて、不当に干渉し、自治会では怒号すら起きる状態となっている。

<5> 被告は、入居者に対し、家賃が納入されているのに受け取っていないなどと言いがかりをつけ、入居者が領収書等をもっていくと、管理人室から出てこないで知らん顔をしている。

<6> 被告が西郷宿舎に着任以来、被告から嫌がらせを受けた結果、三世帯もの入居者が、やむなく住み慣れた宿舎を離れて退去した。

21  右のほか、被告は、西郷宿舎の女性入居者が結婚を前提に交際していた男性と西郷宿舎で同棲を始めたところ、女性入居者が入居者変更届の提出を提出(ママ)しなかったため、右同棲開始の事実等を女性入居者の勤務先会社に連絡し、他人の秘密を暴露したり、西郷宿舎の浄化槽の修繕・管理・点検等を担当していた外部業者に対し、被告及び原告の技術職員を温泉旅行に招待して接待するように要求するなどしていた(<証拠・人証略>)。

22  平成五年六月二四日、原告の東京支所長が被告を東京支所に呼び出したところ、被告は、「聞かなくても支所長の言うことは分かっている、全部弁護士に任せてあるから処分でも何でもやってくれ、出るところへ出てやってやる」などと一方的にまくしたて、同支所長の指導を拒否する態度に出た。

23  その後、被告は、原告から再三にわたり指導・注意を受けていたにもかかわらず、西郷宿舎の掲示板に入居者を退去させることをほのめかす貼り紙をするなどの嫌がらせ行為を敢行した(<証拠略>)。

二  以上のとおりの事実が認められる。この認定事実に弁論の全趣旨を併せると、本件解雇は、ごく些細な細部の事情を除き、概ね原告主張のとおりの事実経過を経た結果としてなされたものであり、小川宿舎の入居者及び西郷宿舎の入居者らからの苦情内容も真実の出来事を反映したものであると判断するのほかはない。

第二(本件解雇の効力に関する判断)

一1  原告の職員就業規則五条は、原告職員の禁止行為として、(一号)「協会の信用を失墜し、又は名誉をき損すること」、(二号)「協会の利益を害し、又は損失を及ぼすこと」、(三号)「業務上知り得た秘密を漏らすこと」、(四号)「協会の職場の秩序又は規律をみだすこと」を掲げ、同就業規則二八条一項は、原告職員の解雇事由として、(一号)「勤務実績が著しくよくないとき」、(三号)「第五条に違反したとき」、(四号)「前三号に掲げる場合のほか、協会の業務を行うため必要な適格性を欠くとき」を規定している(<証拠略>)。

2  本件解雇の意思表示は、右解雇事由のうち、同就業規則二八条一項一号、三号及び四号を理由になされたものであるが、前記認定事実に従えば、被告には、右解雇事由に該当する行為が全部存在すると認められる。とりわけ、被告が、小川宿舎勤務当時においては、私怨により、松下自治会長、小林入居者、山口入居者らに対して不当な誹謗中傷を繰り重ね、これに伴って小川宿舎の自治会運営にも不当に介入し、駐車場の関係等でも他の入居者らとトラブルを頻発させ、その結果、入居者の大部分の者から異動の請願書が提出されるに至って西郷宿舎への転勤のやむなきに至り、また、西郷宿舎へ転勤後においても、被告が転勤直前に原告から正式文書によって厳重注意処分を受け、今後管理主事として注意すべき事項を子細かつ具体的に指示された身でありながら、何ら反省することなく、独善的かつ高圧的な態度を維持し、入居者に対して退去を強要し、入居者の秘密を暴露し、入居者の名誉を毀損する行為や不快感をもたらすような行為に及び、この間、原告の東京支所長らからの指導と注意にも従わず、横柄な態度に終始し、あまつさえ、著明な政治家や金井弁護士の名を勝手に挙げて原告東京支所長及び職員や西郷宿舎の居住者等を威圧しようとした点は、公的な機関としての原告の職員としてあるまじき態度であって、これらの事情は、端的に原告主張のとおりの解雇事由の存在を示すものである。

3  また、被告の西郷宿舎への配置換えは、小川宿舎における被告の言動等に鑑みると、破格とも言うべき極めて温情的な処置であったと評価すべきであるが、それにもかかわらず、被告が西郷宿舎においても小川宿舎におけるのと同様の暴言等を繰り返していた点を評価すると、原告が本件解雇の正当事由として主張する不明瞭な電話代支出の事実及び勤務日誌の不記載等の各事情につき判断するまでもなく、被告に対する本件解雇は、全く正当なものであって、何ら解雇権の濫用に該当するところのないものであることが明らかであり、かつ、原(ママ)告が本件解雇を解雇権の濫用であるとして主張する各事情を裏付ける証拠はない。そして、本件解雇の解雇手続それ自体についても、特段の違法は認められない。

4  なお、平成四年七月二四日に野沢管理主事が西郷宿舎の管理人室窓から管理人室へ入ったことについては当事者間に争いがないが、(証拠・人証略)並びに弁論の全趣旨を綜合すると、当時、野沢管理主事は、休職扱いとなっていた被告に代わって西郷宿舎を管理していたのであり、停電の連絡を受けて西郷宿舎に赴いた際、管理人室の様子に不審を抱いて窓から入ったのに過ぎないことが認められるから、結局、野沢管理主事の行為は、一応正当行為であると判断せざるを得ないから、このような事情が存在したからといって、そのことが本件解雇の不当性を基礎付けることにはならない。また、被告は、西郷宿舎の入居者らから暴行を受けた旨を主張もするが、そのような事実が存在するとしても、被告の西郷宿舎における言動が正当なものであることにはならないし、西郷宿舎の居住者らからの苦情等が根拠のない不当なものであることにもならない。

5  したがって、本件解雇は適法かつ有効であり、被告は、本件解雇によって、原告の職員たる地位を失ったものであると判断する。

第三(本件建物明渡等請求に関する判断)

一  本件建物の使用関係は、原告の主張するとおり、次のようなものであると解される。

1  促進事業団は、昭和四六年七月一日、原告との間で、原告の受託業務を処理するために促進事業団が指定する管理人室に原告の従業員を常駐させること及び原告が管理人として常駐させた従業員が解雇されたときは原告の責任において管理人室から当該従業員を退去させるとの約定で、促進事業団が設置・所有する移転就職者用宿舎等の管理業務の一部を原告に委託する旨の管理委託契約を締結した。

2  原告は、右原告と促進事業団間の管理委託契約に基づき、促進事業団から委託を受けて、原告の職員に対し、宿舎等を管理させるために居住を命じているのであるが、原告と居住を命ぜられた職員との間の使用関係は、原告の職員に対する管理主事勤務命令及びそれに対する被告の承諾と一体となった合意としての使用契約であると考えることができる。

3  被告は、原告から西郷宿舎への管理主事への転勤を命ぜられ、これを承諾した時点において、右命令及び承諾行為に当然付随するものとして、西郷宿舎の本件建物の貸借契約を締結したものとみなすことができる。

二1  本件建物の貸借契約が右のような被告の管理主事という特殊業務の遂行上必要なものとして認められるものである以上、被告が西郷宿舎の管理主事としての地位を失えば、使用契約の目的を達したものとして、本件建物の使用契約は、当然に終了する。

2  ところで、被告は、本件解雇によって西郷宿舎の管理主事たる地位を失ったのであるから、本件解雇の効力発生と同時に原告と被告との間の本件建物の使用契約関係も終了することになるが、その結果、被告は、原告に対し、本件建物を返還すべき義務を負い、かつ、返還未了の間、損害が生ずれば、原告に対して、その損害を賠償すべき義務を負うことになる。

3  被告は、本件解雇を無効であるとして争い、本件家屋に居住しているが、本件解雇が適法・有効である以上、被告の本件家屋の居住は不法占有であり、特段の事情のない限り、この不法占有によって、原告は、一定の損害を被っていると認めるべきである。

三1  そこで、本件における損害の額について判断すると、まず、本件建物についても適用のある「移転就職者用宿舎運営要領」(<証拠略>)は、雇用促進住宅の通常の入居者については、「入居者が退去すべき事由が生じているにもかかわらず、退去しない場合は、不法入居による損害金として、契約解除の日の翌日から退去の日に至るまでの家賃の二倍の割合による金員を入居者から徴収するものとする」旨を規定しているが、これは、通常の入居者の賃貸借契約における損害賠償額の推定規定であるか又は賃貸借契約の付款としての損害賠償額の予定のいずれかであると解される。

2  被告は、原告から管理主事として居住を命ぜられていた者であるから、法律上、通常の居住者と全く同一の地位にあるわけではなく、右運営要領も管理主事の場合につき明確に規定しているわけではないが、当初の居住権が促進事業団から委託を受けた原告との間の合意によって与えられている点及び契約終了後には同様に不法占有者となる点において、通常の入居者と全く同一の立場にあり、かつ、この不法占有によって通常予想される経済的損害及びその額も同一であると推定して良いから、結局、管理主事であった被告が居住する管理人室についても、同様に、契約終了後不法占有による損害額は、家賃の二倍であると解する。

3  ところで、西郷宿舎における通常の家賃の額は、通常の入居者については家賃一ケ月金一万〇六〇〇円であり、それ以外の入居者については調整使用料一ケ月一万二七〇〇円であるから(<証拠略>)、通常の入居者ではない被告について適用されるべき金額は、調整使用料一ケ月一万二七〇〇円の二倍に相当する額である一ケ月金二万五四〇〇円である。

4  したがって、被告の本件家屋の使用による損害金の額として原告が請求する一ケ月金二万一二〇〇円との金額は、右二倍の額を超過しないものとして相当である。

第四(結論)

以上によれば、被告は、本件解雇によって原告の職員たる地位を失ったのであるから、原告の本件建物明渡等の請求は理由あるものとしてこれを認容し、被告の地位確認及び賃金請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日・平成八年六月一〇日)

(裁判官 夏井高人)

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