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東京地方裁判所 平成5年(ワ)23053号 判決 1995年7月26日

原告

深谷幸作

ほか一名

被告

木村果林

主文

一  被告は、原告らに対し、それぞれ金一三九一万三三一二円及びこれらに対する平成四年九月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告らの請求

被告は、原告らに対し、金八五七七万四〇二〇円及びこれに対する平成四年九月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要(争いのない事実)

一  本件事故の発生

被告が、訴外亡深谷理恵(本件当時二一歳、以下、単に「理恵」という。)を助手席に同乗して被告の母が所有し、平素被告の父と被告が主として使用していた普通乗用自動車(以下「被告車」という。)を運転して走行中、平成四年九月二二日午後一一時五〇分ころ、東京都調布市東つつじケ丘一丁目八番地先路上において、被告車を高速で進行させた上、ハンドル操作を誤り、被告車を逸走させ、路外のガードレール等に衝突させた上、さらに対向車線で停止していた車両にも衝突させ、理恵が車外に放り出され、脳挫傷等の傷害を負い、杏林大学医学部付属病院で治療を受けたが、同年一〇月一日、理恵は右傷害により死亡した。

二  責任原因

被告は、制限速度を遵守した上、ハンドル操作を的確に行うべきであるのに、時速七〇ないし八〇キロメートルの高速で進行した上、前方道路左端に道路工事用作業車が進行していたため、左側車線から右側車線に進路を変えようとして不用意にハンドルを右に切つたため、被告車を逸走させ、本件事故を惹起した過失があるので、民法七〇九条により、損害を賠償する義務がある。

三  相続

原告らは、理恵の両親であり、各二分の一ずつ、損害賠償請求権を相続した。

第三争点

一  過失相殺

被告は、

1  被告が、理恵と理恵の友人の三人でフアミリーレストランに行くことになった際、帰宅しようとした被告を理恵が引き留め、平素は友人の車に乗車する理恵が、自分から被告車に乗り込んできたのであり、理恵の友人の車の速度にあわせて被告が進行したため本件事故が起こつたのであり、好意同乗者として過失相殺されるべきである。

2  理恵は、本件事故の際、シートベルトを着用しておらず、理恵が本件事故で車外に放り出されて死亡しているので、シートベルト未着用と死亡の間には因果関係があるから過失相殺されるべきである

と主張する。

二  損害のてん補

被告は、

1  被告車を目的に締結されていた自家用自動車保険契約から、原告らにたいし、搭乗者傷害保険金として一〇〇〇万円が支払われているので、右一〇〇〇万円については損害のてん補を受けたと認められるべきである。

2  香典

理恵の告別式に際し、被告が原告らに対し、香典として一〇〇万円を交付しているので、右一〇〇万円は、損害の内入れ金として、損害のてん補を受けたと認められるべきである。

と主張する。

第四争点に対する判断

一  過失相殺について

1  好意同乗者として減殺が認められるかについて

(一) 争いのない事実の外、乙一ないし六、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(1) 被告と理恵は、短大時代からの友人であつたところ、本件事故当日、被告は、被告車を運転し、午後七時ころ成城駅で理恵と落ち会い、近くのレストランで二人で食事をした後、理恵の自宅に行き、理恵の部屋で午後九時三〇分ころからテレビ番組を見るなどしながら雑談をしていた。午後一〇時三〇分ころ、理恵の友人の原正俊(以下「訴外原」という。)が理恵の部屋に遊びに来たため、三人で雑談などをしていたが、午後一一時三〇分ころ、三人で近くのフアミリーレストランに食事に行くことになった。

被告は、時間が遅いため、帰宅する旨理恵に伝えたが、理恵が同行を求め、被告はこれ応じ、理恵は、被告車の助手席に同乗し、訴外原は同人が運転してきた乗用車(以下「原車」という。)を運転し、三人で近くのフアミリーレストランに向かった。

(2) 被告は、原車の後方を走行しており、甲州街道上の本件事故現場手前の信号機で、赤信号に従い、原車に続いて被告車を停止させた。そして、信号が青信号に変わつたため、被告は、原車に続いて被告車を発信させたが、原車が加速し、原車と被告車の間隔が開いたため、被告も加速し、時速七〇ないし八〇キロメートルの高速で進行したところ、前方道路左端に道路工事用作業車を認め、同車を追い越そうとして、被告車を左側車線から右側車線に進路を変えようとした。ところが、高速で運転していた上、不用意にハンドルを右に切つたため、被告車を対向車線に進出させそうになり、これを回避しようと左にハンドルを切つたが、今度は衝突しそうになつたため、再度右ハンドルを切つたことから、被告車は横滑りを起こし、路外の街路樹やガードレールに衝突した上、対向車線に逸走させ、対向車線上に停車していた訴外西尾修運転の普通乗用自動車右側部に被告車左前部を衝突させ、理恵が死亡した。

(二) 以上の事実に鑑みれば、理恵は被告車に自発的に乗車してきたものであるが、本件事故の原因となつたような無謀運転まで容認して乗車したものとは認められないし、無謀運転を誘発したような事情も認められないので、好意同乗者として損害額を減殺することは認められない。

2  シートベルト未着用について

(一) 前掲各証拠によれば、被告車の助手席ドアーが本件事故直後に開いていたこと、理恵は、本件事故の衝撃で被告車から車外に放り出され、路上に衝突して死亡したこと、被告は、理恵がシートベルトを装着したところを見ていないことが認められ、これらの事実によれば、理恵は、本件事故時、シートベルトを未着用の状態であつたと認められる。そして、理恵が本件事故で車外に放り出されて死亡していること、車内に残った被告が傷害を負つただけであることから見て、シートベルトの未着用が理恵の死亡という結果に少なからざる影響を与えたことは否定できないと認められる。

(二) ところで、シートベルトについては、道路交通法上は、運転者が助手席に乗車した者に対し、シートベルトを着用させる義務を負つているものであるから、運転者である被告が、同乗者である理恵に対し、シートベルトを着用していなかつたことを、その落ち度として主張することができるか疑問がないではない。しかしながら、同乗者もできる限りの安全対策を自ら図るべきであり、一挙手一投足で自らの安全を保てたにもかかわらず、これを怠たり、漫然と損害を拡大させたことは、過失相殺に際し考慮するのが、損害の公平な分担の理念に合致する。

したがつて、本件では、理恵がシートベルトを未着用であつたことを考慮し、損害額からその五パーセントを減殺するのが相当と認められる。

二  損害のてん補について

1  搭乗者傷害保険

乙四、五、六の一、被告本人尋問の結果によれば、被告車は被告の母が所有し、被告の母である訴外木村美智子が自家用自動車保険契約を締結していること、右保険契約に適用される保険約款中の搭乗者傷害条項に基づき、保険会社から原告らに死亡保険金一〇〇〇万円が支払われていることが認められる(搭乗者傷害条項に基づき、保険会社から原告らに死亡保険金一〇〇〇万円が支払われていることは、当事者間に争いがない。)。

ところで、搭乗者傷害条項に基づく死亡保険金を損害額から控除することはできないと解するべきであるが(最高裁判所平成七年一月三〇日第二小法廷判決参照)、その保険料を加害者または加害者側が負担している場合には、右保険金は見舞金としての機能を果たし、被害者ないしその遺族の精神的苦痛の一部を償う効果をもたらすものと考えられるから、これを被害者またはその相続人の慰謝料の算定にあたつて斟酌するのが、衡平の観念に照らして相当というべきである(東京高等裁判所平成七年四月一二日第三民事部判決参照)。

したがつて、本件においても、搭乗者傷害条項に基づく死亡保険金を損害額から控除することはできないが、搭乗者傷害条項に基づく死亡保険金一〇〇〇万円が原告らに支払われている事実を慰謝料の算定にあたつて斟酌するのが相当である。

2  香典

被告が原告らに香典として一〇〇万円を交付している事実は、当事者間に争いがないが、乙一、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、右香典は、理恵の告別式に儀礼的に原告らに交付されたものであり、一般に比すると、その金額は多額と認められるものの、被告が加害者であることから見て、原告らの精神的苦痛の一部を償うための見舞金として交付されたものと認められ、損害金の内入れ弁済の性格を有するものとは認められない。

したがつて、右香典を損害額から控除することは認められない。

第五損害額の算定

一  入院付添費 五万円

甲一、一六、弁論の全趣旨によれば、理恵は、本件事故後、田中脳神経外科、杏林大学医学部付属病院に合計一〇日間入院し、入院期間中付添看護を要し、その間、母親ら親族が付添看護をしたことが認められ、これは一日五〇〇〇円の割合による損害に相当することが認められるところ、このうち本件と因果関係の認められるのは、一日あたり一名の付添看護に要した損害である。

5,000×10=5万円

二  入院雑費 一万三〇〇〇円

弁論の全趣旨によれば、右入院期間中、一日あたり一三〇〇円の雑費を要したことが認められる。

1,300×10=1万3,000円

三  文書料 一万〇三〇〇円

死亡診断書二通の料金である(甲九)。

四  葬儀費用 一二〇万円

本件と因果関係の認められる葬儀費用は一二〇万円である。

五  逸失利益 四二〇九万〇〇五六円

甲一六、一九、、弁論の全趣旨によれば、理恵は、平成四年三月に玉川学園短期大学を卒業し、同年四月一日から訴外株式会社住友信託銀行に就職したが、就職後、わずか六か月で本件事故に遭い、死亡したものである。甲五によれば、理恵は、平成四年四月一日から同年九月末日まで一一五万〇七九八円の収入を得ていたことが認められるが、賞与の減額等、就職初年度の年収が低額に押さえられていることは経験則上明かであり、理恵は、若年で、今後継続して、訴外株式会社住友信託銀行に勤務することが予測されたのであるから、理恵が、将来は、賃金センサス平成四年第一巻第一表女子高専、短大卒全齢平均の収入を下らない収入を得ることができるものと推認するのが合理的である。したがつて、理恵の逸失利益は、賃金センサス平成四年第一巻第一表女子高専、短大卒全齢平均の収入三三六万二九〇〇円に、生活費を三〇パーセント控除し、六七歳まで四六年間のライプニツツ係数一七・八八〇を乗じた額である金四二〇九万〇〇五六円となる。

336万2900円×0.7×17.880=4209万0056円

六  慰謝料 一五〇〇万円

前記のとおり、搭乗者傷害保険が一〇〇〇万円交付されていることは、慰謝料の算定に際し、考慮すべきである。その他、証拠上認められる諸事情に鑑みると、本件においては、慰謝料は一五〇〇万円が相当と認められる。

七  その他

その他、原告らは、別紙のとおりの損害が生じたと主張するが、右記載の損害を除いた各損害は、本件と相当因果関係がある損害とは認められない。

なお、田中脳神経外科病院と杏林大学医学部付属病院の治療費として合計二三七万一二六〇円を要したことは当事者間に争いがなく(原告は支払い済みとして請求していないが、過失相殺の際に考慮する必要があるので認定する)、これらも含めた損害の合計は六〇七三万四六一六円となる。

八  過失相殺

前記のとおり、理恵がシートベルトを未着用であつたことを考慮し、損害額からその五パーセントを減殺するのが相当と認められるので、五七六九万七八八五円となる。

九  損害てん補 三二三七万一二六〇円

被告車の締結していた訴外三井海上火災保険株式会社から理恵が入院していた田中脳神経外科病院と杏林大学医学部付属病院に対し、治療費として合計二三七万一二六〇円支払われている事実、原告が、自賠責保険から三〇〇〇万円の支払いを受けている事実は、当事者間に争いがなく、原告らは、これらの合計額三二三七万一二六〇円について損害をてん補されたものと認める。

十  弁護士費用 二五〇万円

本件訴訟の難易度、審理の経過、認容額その他本件において認められる諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当額は、金二五〇万円と認められる。

合計 二七八二万六六二五円

なお、原告らの請求は、その趣旨から、各二分の一づつ相続した分について、各原告が請求していることが明かであるので、原告各人について、各二分の一づつの一三九一万三三一二円となる。

第六結論

以上のとおり、原告らの請求は、被告に対し、それぞれ金一三九一万三三一二円及びこれに対する平成四年九月二三日から支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がない。

(裁判官 堺充廣)

損害額表

<省略>

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