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東京地方裁判所 平成5年(ワ)3386号 判決 1995年10月19日

主文

一  被告海老沢佳郎は、原告に対し金七一七万円及びこれに対する平成五年三月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の三分の一と被告海老沢佳郎に生じた費用を同被告の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告海津紀生、同ダイア建設株式会社に生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

理由

一  請求原因について

1  請求原因1について

《証拠略》によれば、本件契約書は被告海老沢が持参したこと、本件契約の前にも被告海老沢は原告にマンション売買の仲介をしていること、被告海老沢は、本件契約締結後、売主である被告海津のために同被告のローンの代払いを買主である原告に依頼するなど本件契約の仲介者でなければする必要のない行為をしていることなどからすれば、原告は、被告海老沢の仲介により、平成二年一〇月二三日、被告海津と同人所有の本件売買物件について、請求原因一とおりの売買契約を締結したことを認めることができる。

2  請求原因2について

《証拠略》によれば、被告海老沢は本件売買物件を原告に短期で転売して利益の出せる物件であるとして紹介したこと、原告は本件契約締結日の平成二年一〇月二三日に手付金二〇〇万円を被告海老沢に渡したこと、その後被告海老沢から、第三者の買主を紹介するまでの間、被告海津のローンが滞り、競売に付されると大変困ることになるので、本件売買物件に設定されている被告海津のローン分を立て替えて支払って欲しいと依頼され、請求原因3記載のとおり立替金として被告海津の預金口座に振り込んだり、被告海老沢に現金又は小切手を交付したこと、その内平成三年一二月二五日、同四年一月二八日、同年二月二五日、同年三月二五日、同年四月二七日、同年五月二五日の各三九万円、同年六月二五日の一〇万円、同年七月二八日、同年八月二六日の各三九万円、合計三二二万円については被告海津が受領していることが認められる。

3  請求原因3について

《証拠略》によれば、被告海老沢は原告から本件契約の売買代金を支払うためのローン契約の仲介手続きを依頼されながらローン契約締結に至らなかったこと、右ローン契約は被告海老沢が原告とは会わなくなり、被告ダイア建設にも来なくなった平成四年九月ころにはローン融資が受けられなくなったことが認められる。

4  請求原因4について

請求原因4の事実について原告と被告海津との間に争いはない。

5  請求原因5(一)について

《証拠略》によれば、被告海老沢は本件契約の手付金二〇〇万円を原告から受領しながら被告海津に渡さなかったこと、本件契約書において何ら定めがないにもかかわらず、仲介をした被告海老沢は買主である原告に売主である被告海津のローンの支払いの立替えを依頼するという極めて異例な行為を行っていること、また原告に立替払いを依頼したころはマンションの価格が急落しているころであり、転売先を探すことが困難であったことが認められ、右各事実によれば、被告海老沢は本件契約当時から手付金を他に流用する目的を持っていたことが認められ、立替金等を原告に支払ってもらっても原告に最終的には損害を与えるかもしれないという認識はあったといえ、少なくとも右認識をせずに原告に立替金等を支払わせたことには重大な過失があるといえる。

したがって、原告の被告海老沢に対する請求は理由がある。

しかし、《証拠略》によれば、原告が被告海津に支払ってきていた金銭の性質については、被告海老沢及び原告は被告海津に何ら説明しておらず、そのため、被告海津としては原告からの送金について売買代金を分割で履行しているものと理解していたことが認められる。

右事実によれば、被告海津において被告海老沢が原告に立替金等を支払わせることにより原告に損害を与えるかもしれないという企図を認識していたとは到底いえず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。

6  請求原因5(二)について

前記認定のとおり、被告海津は原告からローン支払いの立替金として三二二万円を受領している。

7  請求原因6(一)について

《証拠略》によれば、被告海老沢は被告ダイア建設の従業員であり、被告ダイア建設の指揮監督をうける地位にあることが認められる。

8  請求原因6(二)について

原告は被告海老沢を通じて昭和六〇年四月二五日から平成元年五月二一日までの間に被告ダイア建設のマンションを六室購入していること(右事実は原告と被告ダイア建設の間では争いがない。)、被告ダイア建設は宅地建物取引業等を業とする会社であり、不動産の販売のみならず不動産売買の仲介も行う会社であること、被告海老沢は被告ダイア建設の従業員であること、前記認定のとおり本件契約の前にも被告海老沢は原告にマンション売買の仲介をしたことがあること、《証拠略》によれば、本件売買契約書の表紙には被告ダイア建設の名前が印刷されており、仲介人欄には被告ダイア建設の記名捺印が外形上存在している事実を総合すれば、被告海老沢は、少なくとも外形上は被告ダイア建設の業務として本件契約の仲介を行ったと認めることができ、被告海老沢が原告に立替金等を出捐させた行為も被告ダイア建設の事業の執行について行ったものと認めることができる。

二1  抗弁(被告海津関係)について

(一)  本件契約の特約は、遡及効のある解除条件であると解せられるので、本件契約は平成四年九月ころに白紙解約されたといえる。そこで、被告海津の主張する抗弁について以下検討する。

(二)  本件契約の特約は、その文言からみて住宅ローンにより一括して支払う場合の支払方法を前提としていると解せられ、しかも、本件契約の特約を有効とすると本件契約締結の約二年後に遡及的解除を認めることとなり、原告の身勝手を容認するかのようにも考えられるが、右特約自体には期限は定められておらず、かつ、右特約は売主である被告海津も援用し、白紙解約することが可能であることからすれば、本件契約締結後、長期間解除しなかったことは被告海津の意向でもあったといえること、また、前記認定のとおり原告が被告海津に支払っていた金銭の性質は売買代金の分割金ではなく、立替金であることからすれば、右立替金を原告が被告海津に支払ったことにより右特約の適用がなくなるとはいえない。

(三)  相殺

《証拠略》によれば、本件契約のローン契約ができなかったのは被告海老沢の責任といえるが、ローン契約ができなかった期間が不自然に長期であったにもかかわらず、軽率にも本件契約締結の約一年後から被告海老沢からの立替金支払いの依頼を受諾し、被告海津に何らの説明もないまま少額ではあるが、ほぼ一定額を同被告に支払い続けたこと、その結果、本件契約の締結により転売利益を得ることができると考えた被告海津に本件契約を解除する動機を失わしめ、他への転売の機会を失わせたことが認められ、また、本件契約後マンションの価格が低下し、原告が被告海老沢から立替金支払いの依頼を受諾し、支払いを始めた平成三年一一月から本件訴訟提起時までの間において少なくとも一〇パーセント以上の価格下落(公知の事実)が認められる。

したがって、原告の右行為は不法行為に当たり、被告海津は原告に対し同被告の受けた損害である五五〇万円の損害賠償請求債権を有する。

被告海津は、原告の被告海津に対し有する立替金返還請求債権と右損害賠償請求債権を対当額で相殺する旨の意思表示をしているので相殺適状の日を原告が被告海津に対する立替金の返還を請求した時期が当裁判所に顕著な本訴状が被告海津に送達された翌日である平成五年三月一一日と認め、同日に遡り原告の被告海津に対する立替金三二二万円の返還請求権は相殺により消滅した。

したがって、被告海津の相殺の抗弁は理由があり、原告の被告海津に対する請求は認められない。

2  抗弁(被告ダイア建設関係)について

(一)  前記のとおり原告は被告海老沢を通じて昭和六〇年四月二五日から平成元年五月二一日までの間に被告ダイア建設のマンションを六室購入しているが、《証拠略》によれば、右六室の売買契約のうちダイアパレス・エクシード茅ヶ崎一〇一二号室、ダイアパレス深谷二〇一号室及びダイアパレス新平和通り六〇二号室の売買契約には原告が立ち会わず、売買契約書、重要事項説明書には原告が代表取締役をしている株式会社乙山商会(以下「乙山商会」という。)の経理事務をしている丙川春子(以下「丙川」という。)が原告の氏名を記載したことが認められ、《証拠略》によれば、本件契約書の表紙に記載された日付と本件契約書本文に記載された契約日とが齟齬すること、本件契約書の末尾欄に貼付された仲介人欄の被告ダイア建設の記名・捺印のされた紙片と契約書との間に被告ダイア建設の契印がないこと、前記六室の売買契約書は被告ダイア建設専用の契約書の様式であるが、本件契約書は市販のものであること、被告ダイア建設が本件売買物件以外で原告のために仲介した際には(専任)媒介契約書を作成し、仲介手数料を原告から支払ってもらっているが、本件契約では原告は被告ダイア建設と媒介契約書を作成しておらず、仲介手数料も支払っていないこと、本件契約の手付金の領収書は領収者の住所氏名が被告海老沢個人のものとなっていること、本件契約後に原告が被告海津のローンの立替金を被告海老沢に交付したときの領収書やその後に被告海老沢が原告に交付した念書もすべて被告海老沢個人の名義であることが認められる。

右事実によれば、実際には本件契約は被告ダイア建設の仲介としてなされたものではなく、被告海老沢個人の仲介としてなされたものと認められるが、原告において本件契約が被告海老沢個人の仲介としてなされたものとは気付かず、被告ダイア建設の仲介としてなされたと信じて取引したことにつき重過失が認められる。

したがって、被告ダイア建設の抗弁は理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原告の被告ダイア建設に対する請求は認められない。

三  結論

以上によれば、原告の本訴請求のうち、被告海老沢に対する請求は理由があるから認容し、被告海津及び被告ダイア建設に対する請求はいずれも失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、九二条本文を適用し、仮執行の宣言について同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中 治)

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