東京地方裁判所 平成5年(ワ)6932号 判決 1993年12月16日
主文
一 原告と被告との間において、被告が別紙会員権目録一のゴルフ会員権を有することを確認する。
二 原告は、被告に対し、別紙書類目録の各書類を引き渡せ。
三 原告の本訴請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、原告の負担とする。
五 この判決は、第二及び第四項に限り、仮に執行することができる。
理由
第一 請求
(本訴請求事件)
原告と被告との間において、別紙会員権目録一のゴルフ会員権(本件会員権)契約に基づく株式会社愛鷹カントリー倶楽部(本件ゴルフ場)に対する別紙会員権目録二の契約上の地位(本件契約上の地位)が原告に属すること及び被告が右契約上の地位について何らの権利も有しないことを確認する。
(反訴請求事件)
主文第一及び第二項に同じ。
第二 事案の概要
本件は、原告が、元永井誠一(永井)が有していた本件会員権につき転々譲渡を受けたとして、被告に対し、本件会員権契約に基づく本件契約上の地位が原告に属すること及び被告が右契約上の地位について何らの権利も有しないことの確認を求め(本訴請求)、被告が、本件会員権は株式会社三ツ矢ワールド(三ツ矢ワールド)に対する融資の担保に三ツ矢ワールドの代表者の永井から譲渡担保に取つたものであるとして、原告に対し、本件会員権が被告に属することの確認及び本件会員権の名義書換えに必要な別紙書類目録の各書類の引渡しを求める(反訴請求)事案である。
一 争いのない事実
1 (本件会員権の元権利者)
本件会員権契約に基づく本件契約上の地位は、昭和五八年五月三〇日永井誠一(永井)に属していた。
2 (永井の坂道に対する本件会員権の譲渡の通知)
永井は、平成四年一〇月一日、本件ゴルフ場に対し、坂道菊夫(坂道)に対する本件会員権の譲渡の通知を内容証明郵便でした。
3 (坂道の六本木スタッフに対する本件会員権の譲渡の通知)
坂道は、平成四年一〇月三〇日、本件ゴルフ場に対し、六本木スタッフ株式会社(六本木スタッフ)に対する本件会員権の譲渡及び六本木スタッフの原告に対する本件会員権の譲渡に関して、坂道から原告に譲渡したとの通知を内容証明郵便でした。
4 (本件会員権の名義書換え書類の所持)
原告は、本件会員権の名義書換書類である別紙書類目録の各書類を所持している。
二 争点
1 (原告が本件会員権を永井から転々譲渡を受けたか否か)。
(原告の主張)
(1) 坂道は、平成四年八月二七日から九月三〇日までの間に永井から本件会員権を時価で買い受けた。
(2) 六本木スタッフは、平成四年一〇月九日、坂道から、一九六〇万円で右会員権を買い受けた。
(3) 原告は、右同日、六本木スタッフに対する一九六〇万円の貸付けの担保として、本件会員権を六本木スタッフから譲り受けた。
(被告の主張)
坂道が永井から本件会員権を買い受けたとする平成四年八月二七日の時点では、右会員権の名義書換書類はまだ被告の手元にあつたので、坂道と永井との売買は行われていない。また、原告が六本木スタッフから右会員権を買い受けた事実も明らかでない。
2 (原告の本件会員権の譲受けにつき、原告が背信的悪意者といえるか否か)。
(被告の主張)
(1) 被告は、昭和六三年一二月二二日、三ツ矢ワールドに継続的に融資する契約をし、一億二〇〇〇万円を貸し付け、右融資から生ずる一切の債務を担保するため三ツ矢ワールドの代表者の永井から本件会員権を譲渡担保に取つた。
(2) 被告は、平成四年九月二五日、永井から一億円の返済を受けるのと引換えに本件会員権を含むゴルフ会員権三本を返還する約束をしていたところ、右同日、午前、「本日午後二時過ぎには返済するので、今すぐ右ゴルフ会員権三本を返還して欲しい。」と頼まれ、右永井の言葉を信じた被告の担当者が右ゴルフ会員権三本の名義書換関係書類を返還したところ、三ツ矢ワールドから貸金の返済はない上、永井が行方不明となり、永井に右名義書換関係書類をだまし取られたことが判明した。
(3) 右のとおり、被告は、永井から本件会員権の名義書換関係書類をだまし取られたが、預託証書である名義書換関係書類は有価証券でなく、証拠証券に過ぎないので、右書類を永井に返還したからといつて、本件会員権についての譲渡担保権を失うものではない。
(4) 他方、被告は、平成四年九月二九日、本件ゴルフ場に対し、永井に本件会員権をだまし取られたとの通知(本件被害通知)を内容証明郵便(乙四の1、2)でした。
(5) 六本木スタッフは、本件会員権を買い受けるに当たり、右会員権に問題がないか本件ゴルフ場に照会し、右会員権について被告が譲渡担保の設定を受けていること及び被告の本件被害通知が本件ゴルフ場に出されており権利移転の過程に問題のあることを知りながら、敢えて、当時の右会員権の時価二九〇〇万円を一〇〇〇万円近く下回る一九六〇万円で右会員権を買い受けた。原告は、六本木スタッフとは従来から取引がある旧知の仲で右事情を知つていて被告を害することを知つていたのであるから、背信的悪意者である。
(原告の主張)
(1) 被告は、現在に至るまで永井からの本件会員権の譲受けにつき対抗要件を備えていない。
(2) 本件において二重譲渡の現象が起こつたのは、永井から返済を受ける前に本件会員権の名義書換関係書類を永井に交付した被告の過失によるものである。
(3) 被告が本件ゴルフ場に法的に意味のない被害通知をしたため、原告は、本件会員権の名義書換え手続等ができないで、本件会員権の売却による資金の回収が不可能で、右事態を解消するために本訴の提起を余儀なくされ、原告こそ被告の過失により右のような被害を受けている。
第三 争点に対する判断
一 事実関係
前記争いのない事実及び《証拠略》から次の事実が認められる。
1 (永井の被告に対する本件会員権の譲渡担保)
被告は、昭和六三年一二月二二日、不動産業者である三ツ矢ワールドに継続的に融資する契約をし、三ツ矢ワールドの代表者の永井が右融資から生ずる一切の債務を連帯保証し、右一億二〇〇〇万円を貸し付け、右融資から生ずる一切の債務を担保するため右永井から本件会員権を譲渡担保に取つた。その際、永井から、本件会員権の入会金預り証及び譲受人欄に永井の住所、氏名を記載し、実印を押し、他は空欄のゴルフ会員権譲渡通知書等の名義書換えに必要な書類を受け取つていた。
2 (被告の永井に対する本件会員権の返還)
被告の担当者菅谷新一(菅谷)は、平成四年九月二五日一億円の返済を受けるのと引換えに本件会員権を含むゴルフ会員権三本を永井に返還する約束をしていたところ、右同日、午前、「本日午後二時過ぎには右一億円を振り込んで返済するので、今右ゴルフ会員権三本を返還して欲しい。」と頼まれ、右永井の言葉を信じた被告の担当者菅谷が右ゴルフ会員権三本の名義書換関係書類を永井に返還したところ、三ツ矢ワールドから貸金の返済はなく永井が行方不明となり、永井の右名義書換関係書類をだまし取られたことが判明した。
3 (永井の坂道に対する本件会員権の売却)
永井は、右名義書換関係書類を被告から受け取つた後、すぐに従前から知り合いのゴルフ会員権業者エム・アンド・エムを通じて、NKゴルフサービスに紹介された買主の坂道と会つた上で、同人に一六〇〇万円で売却した。右売値については、買手がなかつたりするので相場よりは安いという説明を受けた。なお、右売却当時の本件会員権の相場は二五〇〇万円であつた。また、右売却代金は、被告に全く返済せずに他に流用した。
4 (原告と六本木スタッフとの取引)
原告は、ゴルフ会員権取引業の株式会社パーフェクトゴルフを営んでいるが、平成四年一〇月初めころ、従前から資金的な援助をしていた六本木スタッフから本件会員権を仕入れる資金の援助を頼まれた。六本木スタッフから「右会員権は、永井から坂道に売却され、さらに坂道から買い入れ、右会員権を譲渡担保に入れる。」という説明を受け、永井から坂道に対する譲渡についての本件ゴルフ場に対する通知及び右会員権の名義書換えに必要な書類を示されたので、同月九日、右会員権を譲渡担保に取り、右書類の引渡しを受け、右仕入れ資金一九六〇万円を融資し、右会員権の転売については二、三日中に連絡するという説明を六本木スタッフから受けていた。なお、六本木スタッフは平成五年四月七日株主総会の決議により解散している。また、右融資当時の右会員権の相場は二五〇〇万円弱であつた。
5 (原告による本件ゴルフ場に対する電話照会)
原告は、右融資に際して、本件ゴルフ場に電話をし、本件会員権について問題がないか電話で照会したところ、本件ゴルフ場から「永井から坂道に対する譲渡通知が届いているが、被告から本件被害通知が内容証明郵便で届いている。」ということを知らされた。
6 (坂道から原告への譲渡通知)
原告は、六本木スタッフから本件会員権の転売について連絡がなく六本木スタッフに対し追及したところ「買受人である客のローンがはつきりしないので待つて欲しい。」といわれ、最終的に前記争いのない事実のとおり平成四年一〇月三〇日本件会員権の坂道から原告への譲渡の通知書を本件ゴルフ場に送つた。
7 (本訴提起の経緯)
原告は、六本木スタッフを通じて本件会員権の名義を原告に書き換えようとしたところ、本件ゴルフ場から右被害通知の受領を理由に右名義書換えを拒否され、本件会員権を転売することができず、したがつて、六本木スタッフに対する融資の回収を図れず、止むなく本訴を起こすに至つた。
8 (本件会員権の返還を受けた後の永井の所在不明)
被告が永井に平成四年九月二五日本件ゴルフ会員権三本の名義書換関係書類を返還した後、永井は、被告が連絡しようとしても所在が不明で連絡が取れず、同年一一月末になつて初めて連絡が取れるようになつたという状況にあつた。
9 (坂道から被告への接触)
被告は、平成四年一〇月七日、建材販売業者の社長である坂道と名乗る男から「会員権業者から相場より低い価格で本件会員権を買つた。会員権業者から、本件ゴルフ場に被告の本件被害通知が送られているが、永井から買つた物件でトラブル物件ではないという説明を受けた。ついては、被告が本件会員権を担保に取つている証拠書類の写しを送つて欲しい。」と連絡を受け、同日、右坂道に電話をしたところ、同人から「トラブルに巻き込まれるのはいやだから、トラブル物件でも安く買つてくれる会員権業者がいるから売却する準備をしているので、もう話し合う気はない。」といわれた。
10 (六本木スタッフの被告への接触)
被告は、平成四年一一月一〇日、六本木スタッフの代表者とNKゴルフサービスの溝口との訪問を受け、「本件被害通知のために本件会員権が処分できずに困つている。裁判になれば費用と時間をロスする。裁判にかかる費用程度を支払うので右被害通知を取り下げて欲しい。右被害通知を取り下げてくれれば、永井が被告から返還を受けた会員権の一つを被告に提供してよい。」とほのめかされた。
11 (ゴルフ会員権の売買の実情)
ゴルフ会員権は転々と売買されるため業者の取引の過程では、譲受人が確定していないし、名義人は会員権が担保に入れられた事実をゴルフ場に知られるのを嫌がる上、名義書換料や年会費も取られる場合もあることから、ゴルフ会員権譲渡通知書の譲受人欄に住所、氏名を記載しないし、譲渡通知書をゴルフ場に発送しないのが通例である。したがつて、原告は六本木スタッフに対する融資の際に前記のとおり永井から坂道に対する発送済の譲渡通知書を受け取つているが、このような前主への発送済の譲渡通知書をゴルフ会員権の売買の際に授受することもない。また、ゴルフ会員権業者は、会員権を買う場合、年会費等の支払状況、事故届けの有無及び名義書換えの可否等につきゴルフ場に確認するのが通例である。
二 検討
次に、右事実関係に基づき争点につき検討する。
1 争点1(原告が本件会員権を永井から転々譲渡を受けたか否か)について。
確かに、永井から坂道、坂道から六本木スタッフ、六本木スタッフから原告への本件会員権の各売買について、いわゆる売買契約書あるいは代金の領収書といつた売買の事実を端的に示す書類が提出されていないので、必ずしも右各売買を証する書証は十分とはいえないことは、被告の主張のとおりである。しかし、右一の3、4、6、9及び10並びに前記争いのない事実2ないし4の事実から右各売買が行われ事実が推認され、右推認を左右するに足りる証拠はない。
したがつて、原告の主張は理由があり、原告が本件会員権の譲受けについて対抗要件を備えているといわざるを得ない。
2 争点2(原告の本件会員権の譲受けにつき、原告が背信的悪意者といえるか否か)について。
この点については、永井が被告から本件会員権をだまし取り、すぐに従前から知り合いの会員権業者を通じて右会員権を売却し、右会員権の買主の坂道は時価相場より九〇〇万円近く安い価格で買い受けていること、坂道から六本木スタッフ、六本木スタッフから原告への売買も時価相場よりも五〇〇万円近く安い価格で売買され、前記一のとおり売買を証するにふさわしい書類が作成されていないこと、坂道、六本木スタッフ及び原告は業者の取引の過程でゴルフ場に譲渡通知をするなど業者の通例に反する取扱いをしていること、坂道、六本木スタッフ及び原告は、いずれも各売買当時、永井が被告から本件会員権の名義書換書類の返還を受けるについて問題がある又は被告から本件ゴルフ場に本件被害通知がされていることを知つていたことに加えて、坂道、六本木スタッフ及び本件会員権の売買の仲介をした業者が本件会員権の売買に問題があつたことを前提に被告に接触していること等の事情に照らすと、坂道、六本木スタッフ及び原告は、いずれも各売買当時、本件会員権の各買受けについては問題があり、右各買受けにより被告の担保権等の本件会員権に関する権利を害することを知つていたというべきである。
したがつて、原告は、指名債権(本件会員権)の二重譲渡につき対抗要件(譲渡通知)を備えていないことを主張するに法律上正当な利益を有するとはいえず、民法四六七条二項の第三者に当たらないというべきである。
したがつて、本件会員権につき譲渡担保権を有している被告に右対抗要件を欠いていることを主張できないというべきである。なお、被告は、永井にだまされて本件会員権の名義書換えに必要な書類を返還したことにより右譲渡担保権を失うものではない。また、原告の主張する被告の過失により、被告が原告に右名義書換えに必要な書類の返還の主張をすることができなくなるとまではいえない。
なお、原告本人は「原告は、本件ゴルフ場から『第三者から訳の分からない内容証明郵便が届いている。』ということを知らされたのは、六本木スタッフから本件会員権を譲渡担保で取つた当時でなく、平成四年一二月に入り六本木スタッフの代表者からはじめて聞かされた。原告本人作成の陳述書の『右融資に際して、本件ゴルフ場から第三者から訳の分からない内容証明郵便が届いていると知らされた。』との記載は間違いである。」と供述するが、右陳述書の記載は具体的な内容であり、間違いであるとは考えられず、右供述は採用できず、前記一の5の認定は維持できる。
また、原告は、永井から坂道への売買がなかつたとしても、永井から坂道への譲渡通知及び本件会員権の名義書換えに必要な書類の存在及び原告が右存在を信頼して本件会員権を買い受けたことから、原告は、民法九四条二項による保護を受けられるとも主張するので、念のために判断するに、右2の原告の背信的悪意の故に右主張も理由がない。
3 したがつて、争点2について被告の主張は理由があるので、原告の本訴請求はいずれも理由がなく、被告の反訴請求はいずれも理由がある。
三 結論
したがつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 宮崎公男)