大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成5年(ワ)8340号 判決 1995年11月30日

原告 シャープファイナンス株式会社

右代表者代表取締役 今田昭七

右代理人支配人 宮本武

右訴訟代理人弁護士 増田嘉一郎

被告 有限会社斎藤建設工業

右代表者代表取締役 齋藤崇

被告 齋藤崇

被告ら訴訟代理人弁護士 田邊勝己

主文

一  被告有限会社斎藤建設工業は原告に対し、金九一四四万三〇七七円及びこれに対する平成四年六月四日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の二分の一と被告有限会社斎藤建設工業に生じた費用を被告有限会社斎藤建設工業の負担とし、原告に生じたその余の費用と被告齋藤崇に生じた費用を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告両名は原告に対し、各自金九一四四万三〇七七円及びこれに対する平成四年六月四日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

(争いのない事実等)

一  原告は、立替払を業とする会社である。

二  原告は、平成元年六月一五日被告有限会社斎藤建設工業(以下、「被告会社」という。)との間で、左の約定で立替払契約を締結した。

1 被告会社は、同被告の訴外東芝クレジット株式会社(以下、「訴外会社」という。)に対する左の借入金債務金一億四〇〇〇万円を原告が被告会社に代わって、訴外会社に立替払することを委託し、原告はこれを承諾する。

(一) 借入日 昭和六三年六月二五日

(二) 借入金額 金一億四〇〇〇万円

(三) 目的 昭和六三年六月二五日付訴外三井海上火災保険株式会社(当時の商号は大正海上火災保険株式会社、以下、「訴外三井海上」という。)との間の傷害保険保険料(以下、「本件保険契約」という。)

2 被告会社は、右金一億四〇〇〇万円と分割払手数料金三一三六万三二〇〇円の合計金一億七一三六万三二〇〇円を同元年八月から同五年六月まで毎月三日限り金六五万三四〇〇万円宛及び同年七月三日限り金一億四〇六五万三四〇〇円を原告に分割返済する。

3 被告会社が右2記載の分割支払期日に分割金の支払を怠ったとき、被告会社は当然に右2記載の分割払による期限の利益を喪失し、原告に対し分割支払残額(分割払手数料を加えた額)を直ちに支払う。

4 被告会社は、原告に対し、本件保険契約を解除すること並びに解除に伴う返戻金の受領に関する一切の権限を原告に委任し、右受領した返戻金を被告会社の原告に対する債務の弁済に充当することを承諾した。

三  被告齋藤崇(以下「被告齋藤」という。)は原告に対し、平成元年六月一五日、第二項記載の立替払契約に基づく被告会社の原告に対する立替払金返還債務につき、連帯保証する旨約した。

四  平成元年七月七日、原告は、訴外会社に対し、第二1記載の金一億四〇〇〇万円を支払った。

五  本件立替払契約の特約

(一) 本件立替払契約に際し、原告と被告会社との間で、被告会社が、本件保険契約を自由に解約できる。

(二) 被告会社が本件保険契約を解約した場合、原告に対する債務を一括で支払うものとする。

(三) 被告会社が本件保険契約を解除したときは、解約返戻金を原告に対する債務に充当できるものとする。

(四) 本件解約返戻金に原告が質権を設定した。

(以上一ないし五の事実は当事者間に争いがない。)

六  原告は、被告会社に対し、本件立替払分割返済金合計一億七一三六万三二〇〇円から被告会社が支払った立替払金分割支払金合計金二二二一万五六〇〇円(被告会社が支払った金額は争いがない。)を差し引いた立替払金分割支払金残金一億四九一四万七六〇〇円の返還請求権を有したとし、平成四年一二月三日、原告は、第二項3記載の約定に基づいて、訴外三井海上に対し、被告会社代理人として被告会社本人のためにすることを示し、本件保険契約を解除し、同年一二月八日、訴外会社から解除に伴う返戻金として金五七七〇万四五二三円を受領し、これを右記載の分割支払金残金元本に充当したので、残金は金九一四四万三〇七七円となった。

七  被告会社は、左記の国税を滞納し、本件解約返戻金に差押えを受けた(この点は当事者間に争いがない。)。

1 平成三年一一月一五日付差押分

(一) 平成二年度法人税本税(納期限平成二年九月五日) 六二三二万二一八〇円

(二) 右一と同税加算税(納期限平成二年一一月三〇日) 三一七万三〇〇〇円

(三) 平成二年度源泉所得税本税(納期限平成二年一一月三〇日) 六一一万八七二七円

(四) 右(三)と同税加算税(納期限右(三)と同じ) 六三万一〇〇〇万円

(五) 右(一)と(三)に対する各納期限の翌日から平成四年一二月八日(支払日)まで年一四・六%の割合による延滞税 一一一三万八四〇〇円

小計 金八三三八万三三〇七円

2 平成四年七月三〇日付差押分

(一) 平成三年度源泉所得税本税(納期限平成四年一月二七日) 六二九万〇一七〇円

(二) 右(1)と同税加算税(納期限右(一)と同じ) 六二万五〇〇〇円

(三) 平成三年度法人税本税(納期限平成四年三月二日) 三〇五万四三〇〇円

(四) 右(一)と(三)に対する各納期限の翌日から平成四年一二月八日(支払日)まで年一四・六%の割合による延滞税 六〇万六一〇〇円

小計 金一〇五七万五五七〇円

3 合計(1+2) 金九三九五万八八七七円

八  国税徴収法一五条に定める質権とは、第三者に対する対抗要件を備えた質権のことであり、本件解約返戻金にはそれがなかったため第七項記載の各国税が原告より優先するため、訴外三井海上は原告に対し、平成四年一二月八日、国税へ支払った第七項記載の金九三九五万八八七七円の残金五七五八万一三二三円及び保険料率改訂返戻金一二万三二〇〇円との合計金五七七〇万四五二三円を支払ったのである(≪証拠省略≫)。

九  よって、原告は、被告会社に対して本件立替払契約に基づき、被告斎藤に対しては本件連帯保証契約に基づき、各自金九一四四万三〇七七円及びこれに対する期限の利益を喪失した日の翌日である平成四年六月四日から完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三主要な争点

本件立替払契約において、本件保険契約を解約したことに基づく解約返戻金について、原告が約定により質権を設定したものの、第三者対抗要件(確定日付)を具備しなかったことにより、右解約返戻金を差押さえた国税債権に優先取得された場合、被告らは本件立替払金返還債務の支払いを拒むことができるか。

一  原告の主張

1  本件解約返戻金には質権が設定されたものの対抗要件を備えていなかったため、国税債権が原告に優先した。しかし、右国税を支払わなかったのは被告会社である。被告会社は右解約返戻金で延滞していた税金が支払われ、当該債務が消滅し、消極的に利益を得たのである。他方、原告はその結果得られるべき本件立替金請求債権の弁済が得られなかったのである。自らの責任で国税を延滞しておきながら、原告の本訴請求を非難することは、信義則上許されない。

2  担保保存義務免除特約

(一) 原告と被告齋藤は、本件連帯保証契約において、被告齋藤は原告の都合によって担保を変更、解除されても異議のないものとする旨合意した。

すなわち、本件契約一二条二項の「変更」「解除」とは、民法五〇四条にいう「喪失」「減少」という効果を発生させない行為をいうものである。

(二) 被告齋藤が被告会社の代表者で被告会社としての滞納行為を行ったものであること、前期記載の約定の効力とを併せ考えるなら、被告齋藤も、原告が質権に対抗要件を備えなかったため第三者への対抗ができなくなりあるいは質権自体が存在しなかったとしても、右(一)記載の約定の効力としてこれに異議を述べることはできない。

二  被告らの主張

1  本件立替払契約そのものが解約返戻金によって借入金を返済するという内容になっているものであるから、右契約上、原告は解約返戻金によって借入金の弁済充当をしなければならず、またそれで足りるのであって契約上被告会社に請求できない。

2  相殺

本件立替払契約においては、解約返戻金によって借入金の返済に充てることになっており、そのために解約返戻金に質権を設定し、それを保存すべき契約上の義務があり、原告はこれを怠った債務不履行がある。原告はこの債務不履行により被告会社に解約返戻金と同額の損害を与えた。被告らは、第一九回口頭弁論期日(平成七年七月二〇日)において、右損害賠償請求権と原告の本訴請求権とを対当額において相殺する旨の意思表示をした。

3(一)  信義則

被告会社について、原告と被告会社の立替払契約上の義務である解約返戻金に対する質権設定における契約関係から導き出される信義則上の担保保存義務として確定日付を取得していれば本件紛争が生じなかったものであるから、原告は被告会社に対し、信義則上本件請求をすることができない。

(二)  担保保存義務

被告齋藤について、原告は債権者としての義務である解約返戻金に対する質権設定における担保保存義務を有するところ、一方的かつ重大な過失により、確定日付を取得していないのであるから、担保保存義務違反として、原告は被告齋藤に対し本件請求をすることができない(民法五〇四条)。

4  担保保存義務免除特約の主張に対する反論

(一) 右原告の主張は、平成七年八月一八日に至って初めて主張するに至ったが、これは、時機に遅れた攻撃防御手段の提出であり、却下されるべきである。

(二) 本件契約一二条二項にいう「変更、解除」とは、一旦設定した担保を変更、解除する場合であり、本件のように最初から担保の対抗要件を取り忘れた場合を含まないのは、当事者間の合理的意思及び文言解釈からも妥当である。

(三) 仮に、本件に担保保存免除特約が認められるとしても、原告がこれを主張するのは信義則ないし、権利濫用の法理に反し許されない。

(1) 本件は、一度有効(対抗力の点も含む。)設定された担保を「変更、解除」するのではなく、設定時において本来具備すべき対抗要件を単純な「取り忘れ」によって具備しなかったというもので、そのミスは重大であり特約を主張することは許されない。

(2) 原告の社内では、社内規として質権設定の場合の対抗要件取得が義務づけられており、その取得手順も定められていた。しかも、金額が大きい場合には幹部自ら公証人役場に赴くことすらあったのであり、原告の行為は原告自ら定めた社内規に反しており、自ら定めたことを遵守しないまま、他人にその責任を転嫁するのは禁反言の法理に反し、信義則違反、権利の濫用でもある。

(3) 本件契約では、担保に対抗要件を具備することは契約内容となっている。その債務を履行しないまま被告に対し特約を主張することは、契約当事者の意思にも大きく反している。

(4) 本件契約は、金融商品であり、これが一般化したのは解約返戻金を担保とすることで原・被告双方ともローリスクで多額の契約をすることができるからである。原告は、多額の契約を締結することにより手数料収入を得ることができ、被告は、多額の契約による節税、投資効果を期待できるのである。従って、解約返戻金が対抗力ある形で担保となっていることが本件契約の根幹であり、当事者の信頼の基礎である。原告が、その根幹に反しながら被告に担保保存免除特約を主張することは、担保が有効に設定されているはずという被告の信頼利益を無視するもので許されない。

(5) 本件契約において、保証人に保証させる趣旨は、契約時からしばらくの間は解約返戻金をもってしても担保されない部分が存するからである。これを最大リスクと称している。保証人の保証意思の内容は最大リスクのみ保証するものであり、実際上も大多数の契約において保証の範囲は最大リスクの範囲に限られている。原告の社内の運用に反し、最大リスクを超えて責任を追求することは最大リスクを前提とした保証契約の趣旨に反して許されない。

(6) 原告の対応の不手際が多すぎる点からも、原告の主張は許されない。

ア 原告は、東京国税局の差押に先立つ差押の対象たる本件傷害保険の保険番号、解約返戻金の額について問い合わせがあった際、これを安易に回答しているが、この時点で契約書を確認するなどして確定日付等担保保存の内容について調査をしていれば相殺の主張等必要な保全処置を取れた。

イ 東京国税局の平成三年一一月一五日付け債権差押通知書の差押債権の表示は「生命保険」となっており、これは「傷害保険」の間違いであるからこの点を主張して差押の効力を争うことができたはずである。

原告は、国税の差押前に有効な対応策をとることにより、本件紛争を未然に防ぎえたにもかかわらず、ミスの上にミスを重ねた結果、本件紛争を招いたのである。

(7) 原告は、本件紛争発生後、被告との交渉にあたり原告にミスがあったと認めていた。実際、原告の社員が事実上の解雇、左遷されているのである。原告が一旦自らミスを認めながら、本訴においてミスがなかったと主張し争うことは信義則上許されない。

第四争点に対する判断

一  原告・被告ら間において本件立替払契約の内容については争いがないので、被告会社が本件立替払契約に基づく返還義務を免れるか否かについて判断する。

1  基本的事実関係

証拠(≪省略≫、証人土釜秀二、同齋藤潔の各証言、弁論の全趣旨)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 被告会社は、当初、訴外会社との間で、次の内容の福利厚生プランの契約をしていた。すなわち、従業員に福利厚生目的として傷害保険を三ないし五年満期でかけ、この保険料を金融会社より借入れ全期全納払をする、いわゆる一時払い方式で加入し、金融会社には保険期間に月々借入金の金利のみ支払い(元本据置)、満期時に金融会社へ返戻金で借入金(一時払保険料)を返済するものである。このようにすることで借主(企業)は、借入金利と積立型保険のうち保険料部分が経費処理できることになり、収益力のある借主(企業)では金利の繰延べができ、満期時には積立型保険であるため一時払保険料を超える満期返戻金が安全確実に支払いできるとして販売していた。

(二) 平成元年四月一五日から同年五月一五日にかけて、被告会社は、訴外会社から原告に借り替えしたが、本件解約返戻金についてのみ、質権設定の承諾書につき対抗要件を具備することを後記二、2のとおり懈怠した。

2  被告らは、本件立替払契約は解約返戻金によって借入金を返済するという内容の契約であるから、原告は右解約返戻金によって借入金の弁済充当しなければならないので、被告会社に本件請求はできない旨主張する。

証拠(≪省略≫)によれば、その一〇条において、原告は保険契約解除権の行使または合意解約による解約返戻金または返還保険料を保険会社より直接受領し、被告会社の原告に対する債務の弁済に充当できるものとする旨規定されているが、それ以上に原告が解約返戻金等をもって原告の被告会社の債務の弁済に充当すべき旨を規定していないから、被告らの右主張は理由がない。

3  被告らの相殺の主張について

被告らは、本件立替払契約において、解約返戻金を借入金の返済に充てることになっており、そのために解約返戻金に質権を設定し、それを保存すべき契約上の義務が原告にあるのに、これを怠った債務不履行があり、被告らが解約返戻金と同額の損害を被ったとして、損害賠償請求権と本訴請求権との相殺を主張する。しかしながら、前記2に判示したとおり、本件においては、原告が解約返戻金等をもって原告の被告会社の債務の弁済に充当すべき旨の契約内容にはなっていないから、被告の右主張はその前提において理由がないので、原告の債務不履行を理由とする右相殺の主張は理由がない。

4  被告会社は、原告が本件解約返戻金について質権を設定しておきながら、原告のミスにより、第三者対抗要件としての確定日付を備えなかったことにもかかわらず本訴請求をするのは信義則に反する旨主張する。

しかしながら、確定日付を具備することが本件契約上原告の義務であるとしても、原告には被告会社の本件債務を本件解約返戻金をもって充当するとの契約上の義務はなく、被告会社は本件解約返戻金をもって国税債務を免れたものであるから、被告会社の総債務は減少しているのであり、本件債権を否定することはかえって被告会社を利することになり不当である。

よって、被告会社の右主張は理由がない。

二  担保保存義務違反について

1  原告が被告齋藤に対し、担保保存義務すなわち本件確定日付を取得すべき義務を有していることについては、民法五〇四条により明らかである。

2  原告が本件確定日付の取得をしなかったことについては当事者間に争いがない。そこで、原告が右確定日付取得をしなかったことについて重大な過失があったか否かについて判断する。

証拠(≪省略≫、証人齋藤潔)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告の社内におけるシステムは、(1)まず営業(本件では齋藤潔)が、顧客から立替払契約書や保険加入申込書等を受け取ってくる。(2)通常は損保会社に対し原告が代理店として顧客の傷害保険を申込み、保険料を立替払して、保険証書を受け取る。既に保険契約に加入していた本件では、顧客から保険加入申込書は受け取らず、立替払後訴外会社から保険証書を受け取った。(3)原告の保険担当社員が損保会社との間に質権設定の承認を得る。(4)原告の管理部担当社員が公証役場に質権設定承認書面を持ち込み、確定日付を取得する。(5)原告の管理部担当責任者が右確定日付の取得を台帳に記載する。

(二) 原告では、平成三年九月大阪で保険証券の有無や質権の効力が問題となった事件があったことに関連して、千葉統轄支店では保険証券の有無と併せて確定日付が取得してあるかを全保険について調査した結果、確定日付を取得していなかったものは、原告社員が改めて公証人役場に持ち込み確定日付を取得していた。

本件において、質権設定の承諾書面に確定日付が得られなかった原因としては、原告の担当社員が三井海上(当時の名称は、大正海上火災保険株式会社)の承諾書について、同社の記名はあったものの、代表者の押印が漏れており、原告の担当社員らが、複数の書面を公証人役場に持ち込んだため、書類をまず公証人に提出し、確定日付が押されたころに公証人役場へ右書類を受け取り、全て押印されたものと思って、事務員から受け取り、そのままにしておいたものと推認される。

また、原告会社の業務基準では、質権に関する管理台帳にその設定の有無、保険証券の受取、確定日付の取得の有無、保険証券の返還に関する事項等を記載することとなっていたが、これが遵守されていなかった。

(三) 右の事実によれば、原告は確実に本件質権設定承諾書に確定日付を得るべき義務があるところ、確定日付を取得するべく行動したことは推認できるものの、容易にその有無を調査し確定日付を取得することができるにもかかわらず、これを怠り、結局、本件確定日付を取得することができなかったものであるから、この点に重大な過失があるというべきである。

三  担保保存義務免除特約について

1  原告は、本件連帯保証契約において担保保存義務免除特約があった旨主張する。

被告は原告の右主張は、時機に遅れた攻撃防禦方法であるから却下すべきものである旨主張する。しかしながら、原告の右主張は、平成五年九月八日の本件第三回口頭弁論期日に主張された原告の主張事実を敷衍したものと解されるので、時機に遅れた攻撃防禦方法とは必ずしもいえず、被告らの右主張は理由がない。

2  そこで、原告の右特約の主張について判断する。

(一) 原告の主張する本件契約一二条二項には「甲(原告)の都合によって担保および他の保証人を変更、解除されても異議ないものとします。」と規定するのみであり、これをもって原告の担保保存義務まで免除されたものと解することは困難である。すなわち、右規定は単に「変更」「解除」との文言が規定されているだけであって、原告主張のごとく民法五〇四条にいう「喪失」「減少」という効果を発生させない行為として対抗要件の具備の懈怠を含むとするなら、明確にその旨を記載すべきであるのに、そのような原告の担保保存義務を免除する旨が明記されていないから、当事者の意思としても、右特約には本件のごとく対抗要件具備を懈怠するような場合を考慮していないと解するのが相当である。

(二) 仮に、右特約が対抗要件の具備を怠る場合を含むとしても、前記二、2に判示したとおり、本件解約返戻金については質権が設定されており、これに対抗要件を具備することは極めて容易であるのに、原告はこれを怠っていたこと、本件解約返戻金をもって、契約上当然に被告会社の本件債務に充当されるものではないとしても、対抗要件が具備されていれば、被告らは、原告が解約返戻金をもって被告会社の本件債務に充当されうることによりその債務の減少を期待しており、この期待利益は保護に値すること、また、原告の本件対抗要件具備の懈怠は被告齋藤の本件質権への正当な代位の期待を奪うものであることからすれば、原告が右特約効力を主張することは信義則に反するものというべきである。

(三) したがって、原告の右主張は理由がない。

四  以上のとおり、原告の被告会社に対する請求は理由があり、被告齋藤に対する請求は理由がない。

(裁判官 玉越義雄)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例