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東京地方裁判所 平成5年(ワ)9214号 判決 1995年3月14日

主文

一  被告らは、各自、原告甲野花子に対し金一七七八万八九一〇円、同甲野一郎、同甲野二郎、同甲野春子に対し各金六四〇万五八三五円、同株式会社甲田に対し金二三万九一九五円、及びこれらに対する平成四年八月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを六分し、その一を被告らの、その余を原告らの各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  原告の請求

一  被告らは、各自、原告甲野花子に対し金一億〇四四五万五九二〇円、同甲野一郎、同甲野二郎、同甲野春子に対し各金三三八四万二四四六円、同株式会社甲田(以下「原告会社」という。)に対し金四三四万八四一〇円、及びこれらに対する平成四年八月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用の被告らの負担及び仮執行宣言

第二  事案の概要

一  本件は、東名高速道路下り線において、深夜に、路側帯から道路を横切ろうとした歩行者が大型貨物自動車にはねられて死亡したことから、その相続人等が大型貨物自動車の運転者等を相手に損害賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1 本件交通事故の発生

事故の日時 平成四年八月二九日午前二時三分ころ

事故の場所 東京都世田谷区大蔵四丁目六番地先の東名高速道路下り線路上

加害者 被告乙山春夫(以下「被告乙山」という。加害車両を運転)

加害車両 大型貨物自動車(名古屋一二か六六二八)

被害者 甲野太郎

事故の態様 被害者が普通自動車を運転して右道路を走行していたところ、前を走っていた普通貨物自動車に追突し、その反動で中央分離帯にも衝突して停車した。その後、被害者は、路側帯から中央分離帯方向に向かって右道路を横断中に、加害車両にはねられた。

事故の結果 被害者は、本件事故により死亡した。

2 責任原因

(1) 被告乙山は、加害車両を運転していた。

(2) 被告丙川運輸株式会社は、被告乙山の使用者であり、本件事故は、被告丙川運輸株式会社の業務中に発生した。

(3) 被告丁原リース株式会社は、加害車両の保有者である。

3 損害の填補

原告甲野花子は、戊田社会保険事務所から、埋葬料の名目で七一万円の填補を受けた。

三  本件の争点

1 本件事故の態様及び免責・過失相殺

(一) 被告らの主張

本件事故現場は、緩やかな左カーブとなっている上、道路左端のガードレールには覆いかぶさるように樹木が繁っており、見通しの悪い状況にあった。被告乙山は、前記道路の第一通行帯を時速約九〇キロメートルで走行中、被害者は突如路側帯の暗闇から走行車線上に飛び出してきたため、急制動をしたが間に合わず衝突したのであって、本件事故は、被害者の一方的な過失に基づくから、免責を主張する。

仮に、被告乙山に何らかの過失があったとしても、右の経緯から八割程度の過失相殺を主張する。

(一) 原告らの主張

被告乙山は、前方不注視のまま、速度違反の時速約一二〇キロメートルで走行したため、本件事故が発生したのであり、被告らの右主張を争う。

2 損害額

(一) 原告らの主張

原告甲野花子は被害者の妻、同甲野一郎、同甲野二郎、同甲野春子は、いずれも被害者の子であるところ、原告らは、本件事故により次の損害を受けた。

(1) 被害者に生じた損害

<1> 入院治療費関係 八万二四八〇円

<2> 逸失利益

一億六〇九七万二二〇〇円

被害者の年収は二二二〇万円、死亡時の年齢は四八歳であり、ライプニッツ方式により算定

<3> 慰謝料 二四〇〇万〇〇〇〇円

原告会社を除く原告らは、被害者の相続人であり、右損害を法定相続分により相続した。

(2) 原告甲野花子に生じた損害

<1> 葬儀費用 一六〇万三〇〇〇円

ただし、戊田社会保険事務所から、七一万円の填補を受けたので、その額を控除して請求。

<2> 損害賠償請求費用

三万五五八〇円

<3> 同原告固有の慰謝料

五〇〇万〇〇〇〇円

(3) 原告甲野一郎、同甲野二郎、同甲野春子に生じた損害

同原告ら固有の慰謝料

各三〇〇万〇〇〇〇円

(4) 原告会社に生じた損害

葬儀費用(社葬の分)

四三四万八四一〇円

(5) 弁護士費用 六〇〇万〇〇〇〇円

(二) 被告らの主張

被告らは、原告らの右主張を争うが、特に、次の点を主張する。

(1) 被害者の逸失利益

被害者の事故前年の年収は二二〇六万円であるところ、右所得を維持するか疑問であり、また、高額所得者の場合は、税金を控除した額を基礎として逸失利益を算定すべきである。さらに、生活費控除割合を五割ないし六割とすべきである。

(2) 原告会社の損害

被害者の通夜と告別式は会社関係者と個人的な関係の者を同時に呼んでいること、原告会社は解散登記をした清算会社であることから、社葬費用は、事故に由来する損害ということができない。

第三  争点に対する判断

一  本件事故の態様及び免責・過失相殺

1 《証拠略》に前示争いのない事実を総合すれば、次の事実が認められる。

(1) 本件事故現場は、東名高速道路下り線の東京インターチェンジを起点として一・二キロポストの地点をさらに三三・五メートル西に向かった地点である。片側三車線となっており、各区分線は白色ペイントにより鮮明に表示されている。同地点では、ほぼ平坦であるが、曲率半径約八〇〇メートルで左に緩やかにカーブし、また、道路左端は防護壁となっており、ガードレールが所々に設置され街路灯が点灯している。事故当時は晴であり、法定の最高速度は大型貨物自動車は時速八〇キロメートルである。

(2) 被害者は、本件事故の三分ほど前に、普通自動車(川崎五六や六六七一。以下「被害者車両」という。)を運転して右道路の下り線を走行していたところ、一キロポストの地点で、前を走っていた乙原松夫運転の普通貨物自動車(千葉一一い四四四〇)に追突し、その反動で中央分離帯にも衝突し、一・二キロポストの地点で中央分離帯に乗り上げて停車した。

(3) 被告乙山は、加害車両である九・五トントラックに鉄パイプを積載し、時速約九〇キロメートルの速度でラインを下向きにして右道路下り線の第一車線を走行していたところ、被害者車両が前方二〇四・四メートルの中央分離帯にあるのを発見した。その後、第三車線を走行していた車両が被害者車両を避けるため第二車線に車線変更したため、第二車線を走行していた車両が第一車線に車線変更する気配を示したことから、被告乙山は、被害者車両を発見した地点から一四一・八メートル走行したところで、前方の第二車線を並進していた車両の動向が気になり、そちらを注目したり、また、被害者車両を見たりしながら走行し、被害者車両を通過して前方を見ながら右通過地点から二九・四メートル走行したところ、四・一メートル前方に、緑色様半袖シャツと紺色様ジーパンを着用して、路側帯から中央分離帯方向に向かって右道路を横断中の被害者がいるのを発見して急制動した。しかし、加害車両の前部左寄りに被害者を衝突させ、同人を加害車両の右後輪で轢過した後、衝突地点から七二・一メートル走行したところで停車した。

(4) 被告乙山は、本件事故後の警察による実況見分の際、本件事故現場付近の見通し状況を確認したところ、街路灯だけの明かりの下に肉眼で確認すると、第一車線の衝突地点に人が立っているのを前方一七三・六メートルの、衝突地点の横の路側帯に人が立っているのを前方一四九・一メートルの、各地点で発見することができた。

(5) 被害者は、内臓破裂により即死の状況であり、国立第二病院で午前三時〇五分死亡が確認された。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2 被告らは免責を主張するが、右認定の事実によれば、被告乙山は、被害者車両が事故により前方二〇四・四メートルの中央分離帯にあるのを発見したのであるから、事故車両関係者が路上にいるかどうかを細心の注意をもって走行すべきであるところ、第二車線を走行する車両の動向に注意を向け過ぎ、また、被害者車両を通過するに当たり、その状況を確認しようとしたあまりに、前方の注意を怠って加害車両の運転をしたものといわざるを得ない。そして、被害者が緑色や紺色様の衣服を着用していたにせよ、加害車両はライトを灯していたのであるから、事故後の実況見分の際の実験結果も合わせて考慮すると、同被告が前方を注視して運転していれば、被害者の相当手前において同人の存在に気がつくことが可能であり、従って、減速等の措置を講じ、未然に事故を防止することもなし得たということができるから、被告らの免責の主張には理由がない。

3 次に、被告らは、過失相殺を主張するところ、本件全証拠によるも被害者が路側帯から中央分離帯方向に横断しようとした理由は明らかではないが(被害者車両が中央分離帯に乗り上げて停止した後、被害者は、通報等のため路側帯に向かい、それをしないまま、何らかの理由で被害者車両に戻った可能性がある。)、いずれにせよ、高速道路においては歩行は禁止されているにもかかわらず、被害者は、これを横断しようとしたのである。さらに、加害車両はライトを照らして走行しており、被害者において加害車両の存在に気が付かないはずはなく、また、加害車両の速度は時速九〇キロメートル程度であって、法定速度を一〇キロメートル程度上回っているとはいえ、どの程度離れているときに横断を開始すれば衝突の可能性があるかは十分に予測できる程度の速度であるところ、被害者は、加害車両の前方左側に衝突していることから、第一車線の進入後間もなくの事故であると認められるのであって、この点も考慮すると、相当無理な横断であることは明らかであり、被害者の過失が本件事故の発生に多大に寄与しているものといわなければならない。そして、被告乙山の前示過失と、被害者の右過失を比較すると、その過失割合は、被告乙山につき二割、被害者につき八割とするのが相当である。

二  原告らの損害

1 被害者に生じた損害

(1) 入院治療費関係 八万二四八〇円

《証拠略》によれば、被害者は、本件事故の後、国立第二病院に入院して処置を受け、このため八万二四八〇円を要したことが認められる。

(2) 逸失利益

一億四七〇九万二五七七円

《証拠略》によれば、被害者は、生前、テレビ番組等の企画、制作などを業務とする、従業員約三〇名の原告会社(従前の商号は「株式会社甲原」である。)の代表取締役として活動し、同人の信用と人間関係により順調な経営をし、原告会社から役員報酬として平成三年度は二二〇六万円を得、平成四年度も年間二二二〇万円のベースで役員報酬を得ていたこと、被害者は原告会社のすべての株式を掌握していたこと、被害者死亡後は、原告甲野花子が原告会社の代表取締役となったが、原告会社の従業員は別会社を作って原告会社を離れたことから、原告会社の商号を現在のように「株式会社甲田」と改め、清算会社としたこと、原告甲野花子は、被害者の生前に生活費として毎月七〇万円程度を貰っていたこと、被害者は、昭和一九年三月一二日生まれであることが認められる。

右の事実によれば、被害者は、本件事故がなければ、原告会社から労働可能年齢の六七歳まで少なくとも年間二二一三万円の役員報酬を得ていたものと認められる。そして、被害者の死亡後の原告会社の右状況に照らせば、右役員報酬の全額が被害者の労働の対価によるものと認めるのが相当である。また、このように被害者は高額所得者であり、税金の支払いも相当あること、原告甲野花子が生活費として貰っていた月額が七〇万円程度であること、本件口頭弁論終結時に原告甲野一郎は既に成人に達しており、原告甲野二郎も一八歳であり、いずれもやがては独立することを考慮すると、生活費控除率を四五パーセントとして逸失利益を算定するのが相当であり、就労可能年数を一九年の中間利息をライプニッツ方式により控除して算定すると、被害者の本件事故による逸失利益は、一億四七〇九万二五七七円となる。

計算 2213万×0・55×12・085=1億4709万2577

なお、被告らは、被害者の収入が高額であったから所得税相当分を控除すべきであると主張するが、納税額の決定等は専ら立法政策上の被害者と納税権者との関係に止まり、加害者とは無関係な事柄であり、加害者が損害賠償法の基本理念である原状の回復の観点から被害者の収入全額を基礎として賠償した後、被害者ないしその相続人が取得した損害賠償金に対して課税をするかどうかも、立法政策上の被害者と納税権者との関係であって、加害者の損害の賠償額とは別個の事項であるから、現行法において損害賠償金に対して課税がされていないことから損害賠償額の算定に当たって収入額から税額を控除すべきとはいえず、前示のとおり、納税の事実は生活費控除の割合を決するための一つの事由として考慮するに止めるのが相当である。

(3) 慰謝料 一五〇〇万〇〇〇〇円

後記説示のとおり、原告会社を除く原告らに固有の慰謝料を認めること、その他本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、被害者本人の死亡に対する慰謝料としては一五〇〇万円が相当である。

右被害者に生じた損害の合計金額は、一億六二一七万五〇五七円となるところ、《証拠略》によれば、原告甲野花子は、被害者の妻、同甲野一郎、同甲野二郎、同甲野春子は、いずれも被害者の子であり、これらの原告は、被害者の相続人として、右損害を法定相続分により相続したことが認められる。右損害額を法定相続分により分割すると、原告甲野花子は金八一〇八万七五二八円、同甲野一郎、同甲野二郎、同甲野春子は、いずれも金二七〇二万九一七六円となる。

2 原告甲野花子に生じた損害

(1) 葬儀費用 四〇万四〇二二円

《証拠略》によれば、被害者が原告会社の代表取締役であったことから、被害者の密葬を自宅でするとともに、親族による葬儀と原告会社の社葬としての通夜、告別式を妙蓮寺において同時に行ったこと、これらに要した費用を原告甲野花子負担分と原告会社負担分に振り分け、密葬費、お布施等の合計一六〇万三〇〇〇円を原告甲野花子が、会葬の礼、料理代、生花、マイクロバス等に要した費用合計四三四万八四一〇円を原告会社が、それぞれ負担したことが認められる。

同原告らは、いずれもその出費を本件事故による損害であると主張するところ、被害者は原告会社の代表取締役であり、その全株を掌握していたことから、原告会社において社葬を行うことは社会通念となっていると認められ、このように親族による葬儀と原告会社の社葬を共同して行い、その費用を分担した場合、加害者に対して請求し得る葬儀関係費用を、その支出の額に応じて按分するのが適当である。そして、同原告らが現実に出費した右金額及びその出費の内訳を考慮すると、加害者に対して請求し得る葬儀関係費用の損害としては金一五〇万円と認めるのが相当であるから、原告甲野花子が被害者の葬儀のために要した費用のうち四〇万四〇二二円を、原告会社が社葬のために要した費用のうち一〇九万五九七八円を本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

(2) 損害賠償請求費用 三〇〇〇円

《証拠略》によれば、同原告は、本件事故による損害賠償の請求、原告会社の清算等のため印鑑証明、戸籍謄本、死体検案書等を取り寄せ、このため合計三万五五八〇円を要したことが認められる。しかし、原告らは右書類のうち死体検案書のみを当裁判所に提出しているに過ぎないことから、右支出のうち損害賠償請求費用のために要した費用と認められるのは三〇〇〇円に止まる。

(3) 原告甲野花子固有の慰謝料

三〇〇万円

本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、被害者の死亡に対する同原告の固有の慰謝料としては三〇〇万円が相当である。

3 原告甲野一郎、同甲野二郎、同甲野春子に生じた損害 各二〇〇万円

本件に顕れた諸般の事情を考慮すると、被害者の死亡に対する同原告らの固有の慰謝料としては、同原告ら各人につき二〇〇万円が相当である。

4 原告会社に生じた損害

一〇九万五九七八円

前説示のとおり、原告会社が被害者の社葬のために要した費用のうち一〇九万五九七八円を本件事故と相当因果関係のある損害と認める。

三  過失相殺及び損害填補後の損害額

前認定判断のとおり被害者に八割の損害を認めるべきであり、また、原告甲野花子が戊田社会保険事務所から七一万円の損害の填補を受けたことは争いがないから、各原告の損害は、次のとおりとなる。

1 原告甲野花子

同原告の損害の総額は八四四九万四五五〇円となるところ、過失相殺後の金額は一六八九万八九一〇円であり、七一万円を控除すると一六一八万八九一〇円となる。

2 原告甲野一郎、同甲野二郎、同甲野春子

同原告らの損害の総額は各人につきそれぞれ二九〇二万九一七六円となるところ、過失相殺後の金額は五八〇万五八三五円となる。

3 原告会社

同原告の損害額は一〇九万五九七八円であるところ、過失相殺後の金額は二一万九一九五円となる。

四  弁護士費用

本件の事案の内容、審理経過及び認容額等の諸事情に鑑み、原告らの本件訴訟追行に要した弁護士費用は、原告ら各人につき、それぞれ次の金額をもって相当と認める。

1 原告甲野花子 金一六〇万円

2 原告甲野一郎、同甲野二郎、同甲野春子 各金六〇万円

3 原告会社 金二万円

第四  結論

よって、原告らの本訴請求は、被告に対し、同甲野花子につき金一七七八万八九一〇円、同甲野一郎、同甲野二郎、同甲野春子につき各金六四〇万五八三五円、原告会社につき金二三万九一九五円、及びこれらに対する本件事故の日である平成四年八月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるが、その余の請求は理由がないから棄却すべきである。

(裁判官 南 敏文)

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