東京地方裁判所 平成5年(特わ)1338号 判決 1994年2月25日
本店所在地
東京都杉並区永福三丁目二二番一三号
株式会社立花
(右代表者代表取締役 立花馨三)
本籍
東京都杉並区永福三丁目二五四番地
住居
東京都杉並区永福三丁目二二番一三号
会社役員
立花玲子
昭和一六年一月一四日生
右の者らに対する各法人税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官今村隆、弁護人内藤隆(主任)、木下淳博各出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人株式会社立花を罰金一八〇〇万円に、被告人立花玲子を懲役一〇月に処する。
被告人立花玲子に対し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人株式会社立花(以下「被告会社」という)は、東京都杉並区永福三丁目二二番一三号に本店を置き、美術・工芸品の企画販売を目的とする資本金一〇〇万円の株式会社であり、被告人立花玲子(以下「被告人」という)は、被告会社の実質的経営者として、同会社の業務全般を統括していたものであるが、被告人は、被告会社の業務に関し、法人税を免れようと企て、売上の一部を除外するなどの方法により所得を秘匿した上、昭和六三年六月一日から平成元年五月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が一億七四五四万九〇四二円(別紙修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、同年七月三一日、同区成田東四丁目一五番八号所在の所轄杉並税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が四一七万三九五三円で、これに対する法人税額が一二五万一九〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって不正の行為により、被告会社の右事業年度における正規の法人税額七二三五万〇五〇〇円と右申告税額との差額七一〇九万八六〇〇円(別紙ほ脱税額計算書参照)を免れたものである。
(証拠の標目)
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する供述調書一四通
一 被告会社代表者立花馨三の検察官に対する平成五年六月一六日付け供述調書
一 古川清嗣、古川珠希、石村厚実(五通)、高橋亜男(本文一八丁のもの)、齋藤透(本文二二丁のもの)、横須賀宏、佐々木竹治、勝部豊、常泉隆介、山田誠、岩井恵美子(二通)、内田康子、八嶋英明、花田孔男、白川陽一、三橋時子、大屋敷正樹、生貝淑子、加藤ヤス子、古賀寛定、黒川英孝、山口洋一、メーダ・ウメシュ(二通)、小野和彦(四通)及び大坂宏の検察官に対する各供述調書
一 石原優(同月三日付け)、金子暁(三通)、森一也(二通)及び宮田宗信(三通)の検察官に対する各供述調書謄本
一 石原優(同月一五日付け《二通》)及び石原玲子の検察官に対する各供述調書抄本
一 大蔵事務官作成の当期商品売上高調査書、当期商品仕入高調査書、期末商品棚卸高調査書、給料手当調査書、福利厚生費調査書、広告宣伝費調査書、運賃調査書、交際費損金不算入額調査書(二通)、旅費交通費調査書、修繕費調査書、支払手数料調査書、諸会費調査書、地代家賃調査書、雑費調査書、その他出金調査書、支払利息調査書及び事業税認定損調査書
一 検察事務官作成の捜査報告書(五通)
一 登記官作成の登記簿謄本及び閉鎖登記簿謄本
一 押収してある法人税確定申告書一袋(平成五年押第一三七九号の1)
(法令の適用)
一 罰条
1 被告会社について
法人税法一六四条一項、一五九条一項(罰金刑の寡額については、刑法六条、一〇条により、平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項による)、二項(情状による)
2 被告人について
法人税法一五九条一項(罰金刑の寡額については、前同)
二 刑種の選択
被告人について懲役刑
三 刑の執行猶予
被告人について刑法二五条一項
(量刑の理由)
本件は、美術・工芸品の企画販売を目的とする被告会社の実質的経営者であった被告人が、夫馨三の発明事業(同人は被告会社代表者であるが、同会社の経営を被告人に任せきりにして、個人で発明事業を営むなどしていた)のために借入金の返済や被告人の派手な生活の費用等に充てるための裏金を作ろうと企て、美術品として価値のある高価な陶磁器類や億単位の値段で取引されるルノワール絵画(「浴後の女」と「読書する女」。以下「本件絵画」という)の売上を除外するなどの方法により被告会社の所得を一億七千万円余少なく見せかけ、単事業年度ながら七一〇〇万円余の法人税を脱税したという事案であるが、脱税の動機に格別酌量すべき点はなく、ほ脱率も約九八.三パーセントと高率である。被告人は、本件絵画が株式会社アートフランスから売りに出ることを知るや、その取引により被告会社が利益を得ること及びその利益を国税当局に対しすべて秘匿することを企図し、右アートフランスの経営者石原優と売買の交渉をして被告会社の買値を決めるとともに、仲介に入った金子暁と相談して三菱商事株式会社に対する売値を決め(アートフランスの売値と三菱商事の買値の双方を知っていたのは被告人だけであった)、仮名で裏書ができる無横線の預金小切手で代金決済を受けることにするなど積極的に行動し、二億〇五〇〇万円の利益を得たのに、右利益のすべてを除外して本件確定申告に及んだものである。本件絵画取引に関しては、被告会社のほかにも脱税に問われている関係者(会社を含む)があるところ、本件犯行は、これらの脱税事犯を助長するという面も有していたものである。被告人は、従前から、被告会社の所得を少なく見せかけるため、同会社が店頭販売とは別に個別に取引した高価な商品の大半について、その仕入や売上を計上せず、その一方で、帝国ホテル地下一階に店舗を持つ被告会社の取引規模を相応に見せて対外的信用を保つため、夫馨三が個人で営む発明事業に関する借入金やその返済としての出金を売上や仕入れとして計上するなどして利益を調整していたところ、いわゆるバブル景気に乗って右個別取引が好調であった本件事業年度においても、これまで同様、その大半を簿外取引としており、被告会社の顧問弁護士(なお、被告人は同税理士に対し、被告会社に簿外取引があることを知らせていなかった)から、本事業年度の申告所得額が前年度よりも三〇〇万円位多くなる旨知らされるや、前年度並みの所得にするよう決算操作を指示している(もっとも、これらの不正経理を「疑わしきは被告会社の利益に」ということで修正してみた結果、本事業年度の所得額は前記のとおり二億〇五〇〇万円を若干下回る計算になっている)。このように、被告人の納税意識は低く、本件犯行の態様も悪質といわざるを得ない。加えて、被告会社は本事業年度の本税及び付帯税を全く支払えないまま現在に至っている。以上によれば、被告人及び被告会社の刑事責任は軽視できないところである。
他方、被告人は、本件絵画取引について、「自分は単なるメッセンジャーガールにすぎない」と関係証拠に照らして採用できない弁解をしているものの、脱税の刑事責任自体は認め、反省の態度を示していること、被告人が高価な取引を簿外とした背景には、取引先が裏取引を要求するという業界の悪弊もあったと窺われること、本件が「ルノワール絵画取引疑惑」として一時期大きく報道されたことにより、被告人はかなり厳しい社会的制裁を受けていること、被告人は本件により約五〇日間逮捕・勾留されていること、被告人には古物営業法違反による罰金前科一犯以外に前科がなく、膠原病に罹患して健康上の不安があること、被告会社の預金等三〇〇〇万円余が国税当局によって差し押さえられていること、被告会社代表者も今後は納税に努めていくと誓っていることなど被告人及び被告会社のために酌むべき事情も認められる。
以上のほか一切の情状を総合考慮すると、被告人に対しては主文の懲役刑に処するとともにその執行を猶予し、被告会社に対しては主文の罰金刑に処するのが相当である。
よって、主文のとおり判決する。
(求刑 被告会社・罰金二〇〇〇万円、被告人・懲役一年)
(裁判長裁判官 安廣文夫 裁判官 中里智美 裁判官 福島政幸)
別紙 修正損益計算書
<省略>
別紙 ほ脱税額計算書
<省略>