東京地方裁判所 平成5年(行ウ)124号 判決 1997年3月12日
主文
一 原告野村瑞枝、同石本剛、同中島光子、同木村愛二、同遠藤恭子及び同高須次郎の本件訴えのうち損害賠償請求に係る部分を除く訴えをいずれも却下する。
二 右原告らのその余の請求及びその余の原告らの請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告らの負担とする。
理由
【事実及び理由】
第一 請求
一 平成五年(ワ)第四八〇七号事件
(原告野村瑞枝及び同石本剛の請求)
1 被告は、国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律(以下「国連平和協力法」という。)及びカンボディア国際平和協力業務実施計画(以下「本件実施計画」という。)に基づいて、自衛隊員及び装備を、カンボディア並びにその周辺の地域及び海域に派遣して、国際連合等による国際平和維持活動等の活動を行ってはならない。
2 被告が、国連平和協力法及び本件実施計画に基づき、国際連合等による国際平和維持の活動を目的として、カンボディア並びにその周辺の地域及び海域に自衛隊を派遣したことは、憲法違反であることを確認する。
(原告ら全員の請求)
被告は、原告らそれぞれに対し、各金一万円を支払え。
二 平成五年(行ウ)第一二四号
(原告中島光子及び同木村愛二の請求)
1 被告は、国連平和協力法及び本件実施計画に基づいて、カンボディアに派遣し、従事させている自衛隊及び自衛隊員の国際平和協力業務を中断し、かつ自衛隊及び自衛隊員を撤収させなければならない。
2 被告が、国連平和協力法及び本件実施計画に基づき、国際連合等による国際平和維持の活動を目的として、カンボディア並びにその周辺の地域及び海域に自衛隊を派遣したことは、憲法違反であることを確認する。
(原告ら全員の請求)
被告は、原告らそれぞれに対し、各金一万円を支払え。
三 平成六年(行ウ)第二二号
(原告遠藤恭子及び同高須次郎の請求)
被告が、国連平和協力法及び本件実施計画に基づき、国際連合等による国際平和維持の活動を目的として、カンボディア並びにその周辺の地域及び海域に自衛隊を派遣したことは、憲法違反であることを確認する。
(原告ら全員の請求)
被告は、原告らそれぞれに対し、各金一万円を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、被告が国連平和協力法及び本件実施計画に基づきカンボディア並びにその周辺の地域及び海域に自衛隊を派遣したこと(以下「本件派遣」という。)は違憲であるとする原告らが、本件派遣及びこれに伴う財政支出により、平和的生存権、納税者基本権等の権利ないし法的利益を侵害されたとして、国家賠償法一条一項に基づき、各自それぞれ一万円ずつの損害賠償を請求するとともに、原告野村瑞枝、同石本剛、同中島光子、同木村愛二、同遠藤恭子及び同高須次郎(以下「原告野村ら」という。)において、本件派遣が違憲であることの確認(以下「本件違憲確認」という。)を、原告野村瑞枝、同石本剛、同中島光子及び同木村愛二において、被告が自衛隊及びその隊員をカンボディア等に派遣(後記第二次派遣)して国際連合平和維持活動(以下「国連平和維持活動」という。)等の活動を行ってはならないことあるいは既に派遣した自衛隊及びその隊員による国際平和協力業務を中断して自衛隊及びその隊員を撤収させること(以下「本件差止請求」という。)を求めた事案である。
二 本件派遣の経緯
1 被告は、カンボディアにおける国連平和維持活動に協力するため、国連平和協力法に基づき、平成四年九月八日、カンボディア国際平和協力隊の設置等に関する政令(平成四年政令第二九五号)及び本件実施計画(国際平和協力業務を行うべき期間は平成四年九月一一日から平成五年一〇月三一日までとされている。)について閣議決定を行い、カンボディア国際平和協力隊を設置し、これにより、停戦監視分野、文民警察分野及び選挙分野における国際平和協力業務(選挙分野については平成五年四月二七日の閣議決定により追加)を行うとともに、自衛隊の部隊等により、道路の修理等の後方支援分野における国際平和協力業務を実施することとした。
2 被告は、右各業務の実施にあたり、国連平和協力法及び本件実施計画に基づき、平成四年九月から一〇月にかけて、第一次停戦監視要員として自衛隊員八名、道路、橋等の修理等の後方支援活動のため陸上自衛隊の第一次カンボディア派遣施設大隊(隊員六〇〇名)をカンボディアに派遣し(以下「第一次派遣」という。)、次いで平成五年三月から四月にかけて、第二次停戦監視要員として自衛隊員八名、陸上自衛隊の第二次カンボディア派遣施設大隊(隊員六〇〇名)をカンボディアに派遣した(以下「第二次派遣」という。)ほか、右施設大隊による業務実施の支援等のために、海上自衛隊の輸送艦及び補給艦からなる海上輸送補給部隊並びに航空自衛隊の輸送機をカンボディアに派遣した。
三 本件派遣の違憲性に関する原告らの主張
1 憲法前文及び九条の趣旨
憲法は、その前文で「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」て、戦争放棄・戦力の不保持を憲法の原点として確定した(九条)。この憲法の非武装平和主義は、軍事組織・軍事要員の保持を禁止しているものであり、まして軍隊である自衛隊を海外に派遣・派兵することなどは想定もしておらず、国際貢献、国連協力を軍事力の行使や軍事力ないし軍事要員の海外派遣という形態で行うことを許していないことは明白である。
国連平和維持活動の一類型である平和維持軍は、自衛のため必要な場合及び国連安保理の議決があれば自衛の場合に限定されることなく武力行使を認められているのであって、このような平和維持軍の活動に日本が参加することは、自衛のためであれ一切の武力行使を禁止している憲法九条に反するものであり、政府の行為によって戦争あるいは武力紛争の惨禍に巻き込まれてはならないとする憲法前文にも違反する。同じく停戦監視団も、その構成員が軍事要員である以上、わが国がこれに要員を派遣することは憲法上認められないし、停戦監視団が武装し武力行使を認められている場合には、憲法九条の武力行使禁止条項にも違反することになる。
2 国連平和協力法の違憲性
国連平和協力法の制定手続には、参議院国際平和協力特別委員会における採決を欠く違法があり、同法は成立していないというべきであるが、仮に一応成立しているとしても、自衛隊の部隊等及び装備を海外に派遣して国連平和維持活動に従事させることを内容とする同法は、前記のとおり、憲法違反の存在である自衛隊を海外に派遣するという二重の意味での憲法違反を犯すものであり、一切の武力行使を禁止した憲法九条に違反するとともに、自衛隊の海外派遣や海外での武力行使について国会の承認を不要としている点で、憲法の国民主権の原理に著しく反する違憲の法律である。なお、仮に自衛隊の存在自体について、政府見解のように自衛隊は自衛のための必要最小限度の実力であり、自衛のためにのみ用いられることにより合憲であるとの立場をとったとしても、国連平和協力法は、自衛隊に自衛行動ではない軍事活動を担わせ、海外に派遣するものであって、違憲であることは明白である。
したがって、国連平和協力法は違憲の法律であり、同法に基づいて行われた本件派遣は憲法に違反するものである。
3 本件派遣と参加五原則の不充足
(一) 参加五原則の意義
<1> 停戦の合意、<2> 紛争当事者の受入れの同意、<3> 国連平和維持活動の中立の厳守、<4> 以上の<1>ないし<3>の原則のいずれかが満たされない状況が生じたときの自衛隊の撤収、<5> 自衛のため必要最小限の武器使用という、いわゆる参加五原則は、国連平和協力法において、国連平和維持活動のみならず、人道的な国際救援活動(同法三条二号)にも基本的に適用されており、同法が憲法九条と抵触しないための最低限の措置として説明されている。したがって、仮に国連平和協力法が違憲と認められないときでも、本件派遣が参加五原則のいずれか一つでも充足していない場合には、本件派遣に同法を適用することは違憲であるといわなければならない。
(二) カンボディアの実情
平成三年一〇月「カンボディア紛争の包括的な政治解決に関する協定」(パリ和平協定)が成立し、国際連合カンボディア暫定行政機構(UNTAC)が発足した。しかし、ポル・ポト派は、平成四年六月、パリ和平協定で定められた武装解除の拒否をUNTACに通告して、プノンペン政府軍に対する武力攻勢を拡大し、プノンペン政府軍の発表によれば、パリ協定調印後一年を経過した平成四年一〇月までに、既にポル・ポト派による攻撃で死者一八三人、負傷者三五五人という犠牲者が生じたとされている。国際連合のガリ事務総長も、平成四年七月一四日付けのUNTACに関する第二次特別報告において、ポル・ポト派は未だに協定に従っていないなどとポル・ポト派を非難し、国際連合安全保障理事会も、同年一〇月一三日に、ポル・ポト派に対する非難決議を採択した。
その後もポル・ポト派は、武力攻撃を拡大し続け、平成五年五月に行われた総選挙もボイコットするに至った。
(三) 本件派遣と参加五原則
被告は、平成四年九月から一〇月にかけて自衛隊の第一次派遣を、平成五年三月から四月にかけて、その第二次派遣を実施したが、右のカンボディアの実情に照らせば、参加五原則のうち、<1>の停戦の合意という状況はみられず、また、<2>の国連平和維持活動の受入れの同意も、ポル・ポト派の武装解除拒否、総選挙への不参加の表明及びUNTACに対する武力攻撃等により実質上形骸化しており、<3>の国連平和維持活動の中立性確保の原則も失われていたといえる。したがって、本件派遣は、参加五原則を充足せず、明らかに国連平和協力法に違反するものである。そして、参加五原則は、国連平和協力法を辛うじて合憲的な存在に仕立てあげている基本的な条件であると説明されていることからすれば、仮に国連平和協力法が違憲でないとしても、参加五原則の遵守を欠いた状態での同法の適用は明らかに違憲というほかなく、本件派遣はこの面からしても違憲である。
四 争点
1 本件差止請求の対象を欠くかどうか。
2 本件違憲確認の訴えは適法かどうか。
3 原告らが本件損害賠償請求において主張する被侵害利益ないし損害が認められるかどうか。
五 争点に関する当事者の主張
1 争点1について
(一) 被告の主張
国連平和協力法及び本件実施計画に基づいてカンボディアに派遣された自衛隊の部隊等は、既に日本に帰国し、カンボディア並びにその周辺の地域及び海域で国際平和維持活動等を行っておらず、カンボディア国際平和協力業務自体も既に終了している。したがって、原告野村瑞枝、同石本剛、同中島光子及び同木村愛二の本件差止請求は、その対象を欠くものである。
(二) 原告野村瑞枝、同石本剛、同中島光子及び同木村愛二の主張
カンボディアに派遣された自衛隊がどのような経過でその業務を終了し、どのような経過で帰国することになり、いつ、どこに、どのようにして帰国したのかが明らかにされていないから、自衛隊の部隊等が日本に帰国しているとの事実は知らない。
2 争点2について
(一) 被告の主張
(1) 本件違憲確認の訴えは、その請求の趣旨の文言自体に照らし、単なる事実の確認を求めるものであり、現在の権利又は法律関係に係る訴えではないから、確認訴訟における対象適格性を欠くものとして不適法である。
(2) 現行制度上、裁判所は、具体的な権利又は法律関係についての紛争を離れて抽象的に処分等の合憲性を判断する権限を有しないところ(裁判所法三条)、本件違憲確認の訴えは、抽象的に自衛隊をカンボディアに派遣したことの違憲確認を求めるものであるから、司法審査の対象となり得ない不適法なものである。
(3) したがって、本件違憲確認の訴えは却下されるべきである。
(二)原告野村らの主張
(1) 本件違憲確認の訴えは、原告野村らが有する主観的権利である平和的生存権及び納税者基本権に基づき、本件派遣が原告野村らの右権利を侵害して違憲であることの確認を求めるものであって、単なる事実の確認ではなく、権利又は法律関係に係る訴えであることは明らかである。また、過去の法律関係の確認でも、それが現存する紛争の直接かつ抜本的な解決のために適切かつ必要と認められるような場合には、確認の利益が認められるところ、本件においては、被告は、国連平和協力法に基づく自衛隊の海外派遣を今後も行う旨公言しており、原告野村らの平和的生存権及び納税者基本権は繰り返し重大な侵害を受ける切迫した状況におかれているのであって、本件派遣の違憲確認によって、そのような自衛隊の海外派遣の反覆が抑止され、原告野村らの権利侵害が防止されるという直接かつ抜本的な解決が図られることになるといえるから、本件違憲確認の訴えには、確認の利益がある。
(2) 原告野村らは、平和的生存権及び納税者基本権を侵害した被告の具体的行為の違憲確認を求めているものであり、具体的な権利又は法律関係に紛争が生じていることは明らかであるから、本件違憲確認の訴えを抽象的違憲確認の訴えと評価することはできない。
3 争点3について
(一) 原告らの主張
(1) 平和的生存権の侵害を理由とする損害
憲法前文は、平和のうちに生存する権利の存在を確認し、これを受けて、憲法九条は、平和について具体的に戦争の放棄、戦力の不保持及び交戦権の否認を定めて、平和的生存権の具体的内容を規定し、これを日本国民及びわが国の統治権の及ぶ範囲内にいる外国人に対し憲法上の権利として保障している。このように平和的生存権は、憲法九条によって具体的かつ明確な権利として保障されたものであり、裁判規範性を有するものといえるのである。
したがって、被告が憲法九条に違反する行為を行った場合、それは国民等に対する関係で平和的生存権を侵害する行為となるものであり、各国民等は、当然その権利の回復を求めて司法救済を求めることができるのであり、右権利の侵害を理由とする損害賠償請求が認められることになる。
被告の行った国連平和協力法に基づく本件派遣は、憲法九条に違反する行為であり、これにより原告らは、それぞれ平和的生存権が侵害され、損害を被ったものである。
(2) 納税者基本権の侵害を理由とする損害
憲法は財政民主主義の基本原則を定めており、また、憲法三〇条、八四条にいう「法律」とは憲法の諸条項に適合した法律をいうのであるから、国の財政すなわち国民に対する課税及び国費の支出は、ともに憲法に適合するものでなければならず、国民(納税者)は、「憲法に適合するところに従って租税を徴収し使用することを国に要求する権利」、すなわち納税者基本権を有するものである。
この納税者基本権は、憲法前文(国政が国民の厳粛な信託によるものであること)及び憲法の基本原理の下における財政条項に根拠を有する実定法上の権利であり、国が憲法規範に違反する租税の使用をした場合は、納税者である国民は、納税者基本権の侵害を理由に損害賠償を求めることができる。
本件派遣は明らかに違憲な行為であり、被告は、このような違憲な行為のために一〇〇億円以上といわれる巨額の財政支出を行ったもので、もとよりこの財政支出自体も違憲な行為と評価されるべきであり、これにより原告らは、それぞれ納税者基本権が侵害され、損害を被ったものである。
(3) 良心の自由の侵害を理由とする損害
憲法は、国民の納税義務を規定しているのであり、憲法で禁止された戦争行為のための財政支出は、実質的には個々の国民が戦費負担金を強制されたという性質を有することになるのであって、違憲な財政支出によって個々の納税者の良心に耐え難い程度の苦痛を与えた場合には、当該納税者は、その財政支出により良心の自由を侵害されたことを理由に損害賠償を求めることができるというべきである。
本件派遣が違憲である以上、そのための財政支出も当然に違憲であるから、各々これまでの人生において、過去の日本の侵略戦争を反省し、平和主義を自らの生きる指針にして積極的な平和活動を行ってきた原告らとしては、右違憲の財政支出の原資を税という形式で負担させられたことにより、それぞれ良心の自由を侵害され、耐え難い苦痛を被り、精神的損害を被ったものである。
(二) 被告の主張
(1) 原告らが損害賠償請求の被侵害利益として主張する平和的生存権は、その概念が抽象的かつ不明確であるばかりでなく、具体的な権利内容、根拠規定、主体、成立要件、法律効果等のいずれをとってみても何ら明確ではなく、その外延を画することさえできない極めてあいまいなものである。もともと権利には極めて抽象的、一般的なものから、具体的、個別的なものまで各種、各段階のものがあり、そのうち司法強制性になじむのは具体的、個別的な権利であって、憲法前文で確認されている「平和のうちに生存する権利」は、平和主義を人々の生存に結びつけて説明するもので、これをもって裁判上の救済が得られる具体的権利ということはできない。また、憲法九条は、憲法の基盤をなす平和主義の原理を規範化したものであり、国の統治機構ないし統治活動についての基本的政策を明らかにしたものであって、国民の私法上の権利義務と直接に関係するものということはできない。
したがって、平和的生存権なるものが、排他性を有する私法上の権利であるとは到底認められず、これをもって不法行為の被侵害利益とすることもできない。
(2) 納税者基本権なる概念は、平和的生存権にもまして不明確なもので、憲法その他にこれを明記した条文は存在せず、その概念、具体的な権利内容、根拠規定、主体、成立要件、法律効果等のどれをとってみても何ら明確でなく、その外延を画することさえできない極めてあいまいなものである。したがって、このような納税者基本権なるものもまた、排他性を有する私法上の権利であるとすることはできない。
また、納税者から徴収された租税は、原則としてその使用目的を個別的に特定することなく、国家財政の一般財源となるものであり、その監督は、国民の代表者で構成される国会においてすることとされているのであって、憲法上、国民の納税義務と国費の支出とは、直接的、具体的な関連性を有しないのである。したがって、租税の用途と租税の徴収を直接結びつけ、「憲法に適合するところに従って租税を徴収し使用することを国に要求する権利」を有し、これが私法上の権利であるとする原告らの主張は、国家財政の財源の確保及びその支出の仕組みや国民による監督方法について憲法の定める基本的制度に反するものであって、主張自体失当である。
(3) 以上のとおり、原告らが損害賠償請求の被侵害利益として掲げる平和的生存権ないし納税者基本権なるものは、いずれも私法上保護されるべき権利ないし法的利益と認める余地がないから、原告らの被告に対する損害賠償請求は、主張自体失当というほかない。
第三 争点に対する判断
一 争点1について
《証拠略》によれば、平成五年一〇月ころまでには、国連平和協力法及び本件実施計画に基づくカンボディア国際平和協力業務は終了し、カンボディアに派遣されていた自衛隊及び装備もわが国に帰国しており、本件口頭弁論終結時においては、自衛隊員及びその隊員がカンボディア並びにその周辺の地域及び海域において国際平和維持活動等の活動を行っていないことが認められるから、本件差止請求に係る訴えは、その対象を欠いており、不適法なものとしてこれを却下すべきである。
二 争点2について
1 確認の訴えは、判決をもって法律関係の存否を確定することがその法律関係に関する法律上の紛争を解決し、当事者の法律上の地位の不安、危険を除去するために必要かつ適切である場合に限って認められるものであるから、何らの法律効果も伴わない単なる事実行為については、その法的効力を確認する法律上の利益はなく、その無効あるいは違憲であることの確認を求める利益を欠くというべきである。
本件違憲確認は、本件派遣が違憲であることの確認を求めるというものであるが、原告野村らが主張する本件派遣なるものは、被告が国際平和維持活動を目的としてカンボディア並びにその周辺の地域及び海域に自衛隊を派遣したという行為を意味するものであって、行政機関の行う何らかの法的効果を伴う特定の行為をいうものでないことは、その主張の趣旨から明らかであるところ、被告が自衛隊を海外へ派遣したことは、単なる過去の事実にすぎず、派遣という行為によって何らかの法律上の効果が形成されるものでないことは明らかであるから、このような単なる事実行為が違憲であることの確認を求める訴えは、確認の利益を欠くというべきである。
2 原告野村らは、本件派遣により原告野村らの平和的生存権及び納税者基本権が侵害されているから、その違憲確認を求めることは、単なる事実の確認ではなく、権利又は法律関係に係る訴えである旨主張する。
しかし、原告野村らが主張する権利侵害なるものは、本件派遣の法的な効果といえないことはいうまでもなく、本件派遣が単なる事実行為にすぎないことを否定する理由となるものではないし、仮にそのような権利侵害があるというのであれば、端的にその権利侵害の回復を求めるべきであって、その原因である事実を対象としてその違憲確認を求めることは迂遠であり確認の利益が存在しないというべきである。この点につき、原告野村らは、本件派遣の違憲確認によって、自衛隊の海外派遣の反覆が抑止され、原告野村らの権利侵害が防止されるという直接かつ抜本的な解決が図られるとして、確認の利益がある旨主張するが、将来における自衛隊の海外派遣と本件派遣との間には直接の法的関係が存在せず、その主張する権利侵害の防止なるものは、単なる事実上のものでしかなく、本件違憲確認をすることによって生じる法的効果ではないから、そのような事実上の効果があり得ることをとらえて確認の利益があるとすることはできない。
3 したがって、本件違憲確認の訴えは、確認の利益を欠く不適法なものとして却下を免れない。
三 争点3について
1 平和的生存権の侵害を理由とする損害について
憲法は、その前文において、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する」と謳っているが、「平和」とは理念ないし目的としての抽象的概念であり、右の「平和のうちに生存する権利」ということ自体からは直ちに一定の具体的な意味内容が確定されるものではない。原告らは、憲法九条が具体的に戦争の放棄、戦力の不保持及び交戦権の否認を定めて、平和的生存権の具体的内容を規定し、これを国民等に憲法上の権利として保障している旨主張するが、憲法九条は、国家の統治機構ないし統治活動についての規範を定めたものであって、国民の私法上の権利を直接保障したものということはできず、同条を根拠として平和的生存権という個々人の具体的な権利又は法的利益を導き出すことはできない。結局、原告らの主張する平和的生存権なるものは、その意味内容が明確でなく、個々の国民に対し、具体的な権利又は法的利益として保障されたものと解することはできないというべきである。
したがって、本件派遣により平和的生存権が侵害され損害を被ったとする原告らの主張は失当である。
2 納税者基本権の侵害を理由とする損害について
原告らは、憲法に適合するところに従って租税を徴収し使用することを国に要求する権利としていわゆる納税者基本権を有すると主張する。
しかし、憲法は、国民は法律の定めるところにより納税の義務を負うとし(三〇条)、新たに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件による(八四条)こととする一方、国の財政を処理する権限は国会の議決に基づいてこれを行使しなければならないとして(八三条)、国費の支出は予算の形式で国会の審議・議決を受けることを要求する(八五、八六条)など、国費の支出については、国民の代表者によって構成される国会における審議等を通じて国民の意思を反映させることを予定していることが明らかであって、憲法が、納税者である個々の国民に対し、国費の支出について原告ら主張のような権利を付与ないし保障していると解すべき根拠は見あたらないし、他に現行法制上、原告ら主張の納税者基本権なる権利ないし法的利益を認めた規定は存在しない。
したがって、本件派遣のための財政支出により納税者基本権が侵害され損害を被ったとする原告らの主張は失当である。
3 良心の自由の侵害を理由とする損害について
原告らは、本件派遣のための財政支出の原資を税という形式で負担させられたことにより、良心の自由を侵害され、精神的苦痛を被った旨主張する。
しかし、所得税等は、国の各般の需要に充てるため、具体的な支出目的を定めることなく国民各層から法令の定めに従い賦課、徴収される普通税であり、他方、右賦課、徴収された税金をどのように使用するかは、前記のとおり、主権者である国民の代表者を通じて国会における予算審議を経て決定されるもので、租税の賦課、徴収と予算に基づく国費の支出とは、その法的根拠及び手続を異にする別個のものであり、原告らが納付した税金が本件派遣のための費用に充てられているかを特定することは不可能であって、原告らの納税と本件派遣との間に直接的かつ具体的な結び付きは全く認められないのである。したがって、被告が国民各層から賦課、徴収した税金の中から本件派遣のための費用を支出したとしても、原告らの納税と本件派遣との間に具体的、個別的な関連性が存在しているというわけではなく、原告らが、本件派遣のための財政支出の負担を強いられたとか、本件派遣を支持し、これに協力していると評価される余地は全くないのであるから、被告が本件派遣のために国費を支出したからといって、原告らの良心の自由を侵害することになるものではないというべきである。原告らの主張は、結局のところ、税金が自己の信条や政治的意見と異なる使途に使用されることに対する不満ないし不快感をいうに帰するものであるが、それは多様な価値観、政治的意見の存在を前提とする民主制国家においていわば不可避的に生ずるものといわざるを得ず、そのような不満ないし不快感を抱くこととなったからといって、これをもって良心の自由が害されたとか、不法行為法上保護されるべき利益が害されたということができないことは明らかである。
したがって、本件派遣のための財政支出により良心の自由が侵害され精神的苦痛を被ったとする原告らの主張も失当である。
4 以上のとおり、原告らが主張する被侵害利益ないし損害はいずれもこれを認めることができないから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの損害賠償請求は理由がないこととなる。
四 結論
よって、原告野村らの本件訴えのうち損害賠償請求に係る部分を除く訴えはいずれも不適法であるからこれを却下し、原告野村ら及びその余の原告らの損害賠償請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 岸日出夫 裁判官 徳岡 治)