大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成5年(行ウ)54号 判決 1994年6月30日

東京都品川区東大井六丁目一四番二号

原告

遠藤富佐江

東京都港区高輪三丁目一三番二二号

被告

品川税務署長 須藤孝一

右訴訟代理人弁護士

上野至

右指定代理人

神谷宏行

石津佶延

長谷川貢一

實川嘉晴

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が平成三年三月一一日付けでした原告の昭和六二年分の所得税の更正のうち納付すべき税額一九二万七三〇〇円を超える部分及び過少申告加算税付加決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告が昭和六二年分の所得税についてした確定申告、被告が平成三年三月一一日付けでした更正(以下「本件更正」という。)及び過少申告加算税賦課決定(以下「本件決定」という。)並びに原告がした不服申立ての経緯等は、別表「本件課税処分の経緯」記載のとおりである。

2  しかし、本件更正には、原告の不動産譲渡所得を過大に認定した違法があり、また、右違法な更正を前提とする本件決定も違法であるから、原告は、請求の趣旨記載のとおり本件更正及び本件決定の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1は認める。

2  同2は争う。

三  抗弁

1  本件更正の適法性

(一) 原告の昭和六二年分の総所得金額

原告の昭和六二年分の総所得金額は、不動産所得八八九万一〇四〇円と給与所得八七万円の合計九七六万一〇四〇円である。

(二) 分離課税の長期譲渡所得の金額

原告は、昭和六二年二月一〇日、その所有する別紙物件目録一記載の土地建物(以下「本件譲渡資産」という。)を、日英興産株式会社(以下「日英興産」という。)が竹内重人(以下「竹内」という。)から購入し所有していた同目録二記載の土地建物(以下「本件取得資産」という。)と交換することにより、日英興産に対し譲渡(以下「本件譲渡」という。)した。

原告は昭和六二年一月一日の時点において本件譲渡資産を一〇年を超えて所有していたから、本件譲渡に伴う譲渡所得は租税特別措置法(昭和六三年法律第四号による改正前のもの。以下「法」という。)三一条一項所定の長期譲渡所得に当たり、その金額は、後記(1)の本件譲渡による収入金額五億三五〇〇万円から同(2)の取得費等の額三〇二五万円を差し引いた五億〇四七五万円である。

(1) 原告の本件譲渡による収入金額は、本件取得資産の本件譲渡時における時価である四億八〇〇〇万円と、交換に際し日英興産から原告に支払われた五五〇〇万円とを合計した五億三五〇〇万円である。

(2) 本件譲渡による収入金額から控除されるべき額は、法三一条の四第一項本文所定の場合に準じて、右収入金額に一〇〇分の五を乗じて算出した概算取得費控除の金額である二六七五万円と、原告が本件譲渡に際して有限会社遠藤企業に支払った謝礼金三五〇万円とを合計した三〇二五万円である。

(三) 原告の納付すべき所得税額

(1) 原告の昭和六二年分の課税総所得金額は、右(一)の総所得金額から所得控除額八四万二七五〇円を差し引いた八九一万八〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨)であり、これに対する所得税額は一九四万八八〇〇円である。

(2) 原告の本件譲渡による分離課税の課税長期譲渡所得金額は、右(二)の長期譲渡所得の金額から法三一条四項所定の特別控除額である一〇〇万円を差し引いた五億〇三七五万円であり、これに対する所得税額は一億四六〇一万六八〇〇円である。

(3) 原告が納付すべき税額は、右(1)及び(2)の各所得税額の合計額である一億四七九六万五六〇〇円から源泉徴収税額である二万一四八〇円を差し引いた一億四七九四万四一〇〇円(一〇〇円未満切捨)である。

(四) 以上のとおり、原告の昭和六二年分所得税の納付すべき税額は、本件更正における税額と同額であるから、本件更正は適法である。

2  本件決定の適法性

(一) 原告が本件更正により新たに納付すべき税額は、本件更正における所得税額である一億四七九四万四一〇〇円から、原告がすでに納付した所得税法一〇四条一項に基づく予定納税額一八四万三〇〇〇円並びに確定申告に係る予定納税額控除後の所得税額八万四三〇〇円を控除した一億四六〇一万六八〇〇円である。

(二) したがって、国税通則法六五条一項に基づく原告の過少申告加算税の額は、右一億四六〇一万円(一万円未満切捨)に一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した一四六〇万一〇〇〇円である。

また、国税通則法六五条二項に基づき右金額に加算されるべき金額は、本件更正により新たに納付すべき税額一億四六〇一万六八〇〇円から、原告の期限内申告税額に相当する金額である一九四万八七八〇円(予定納税額一八四万三〇〇〇円、確定申告に係る予定納税額控除後の所得税額八万四三〇〇円及び源泉徴収税額二万一四八〇円の合計額)を控除した一億四四〇六万円(一万円未満切捨)に一〇〇分の五の割合を乗じて算出した七二〇万三〇〇〇円である。

(三) そうすると、原告に対する過少申告加算税の額は、国税通則法六五条一項に基づいて計算した金額一四六〇万一〇〇〇円に同条二項に基づく加算額七二〇万三〇〇〇円を加えた二一八〇万四〇〇〇円であり、本件決定における過少申告加算税額はこれと同額であるから、本件決定は適法である。

四  抗弁に対する認否及び原告の反論

1  抗弁1(一)の事実は認める。

2  同1(二)の事実のうち、原告が本件譲渡資産を所有していたこと、昭和六二年一月一日の時点でその所有期間が一〇年を超えていたことは認めるが、その余は否認する。

原告は、昭和六二年二月一〇日、竹内との間で、本件譲渡資産と竹内所有の本件所得資産とを交換したのであって、本件譲渡資産の譲渡の相手方は日英興産ではなく、竹内である。そして、右交換の時点において、原告は本件譲渡資産を、竹内は本件取得資産を、それぞれ一年以上所有していたから、右交換による原告の譲渡所得金額の計算については、所得税法五八条一項(固定資産の交換の場合の譲渡所得の特例)により譲渡はなかったものとみなされることになる。

被告は、原告が日英興産との間で交換をした旨主張するが、日英興産は、原告、竹内間の交換を斡旋した仲介者にすぎない。なお、仮に、竹内が原告との交換に先立ち本件取得資産を日英興産に売り渡していたとしても、同人は、その後、右売買契約を解除して、原告と交換契約を締結したものである。

3  同1(三)の(1)は認めるが、(2)は否認し、(3)のうち、原告の源泉徴収税額は認め、その余は否認する。

4  同1(四)は争う。

5  同2の事実のうち、原告が納付した予定納税額、確定申告に係る予定納税額控除後の所得税額及び源泉徴収税額は認めるが、その余は否認する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び承認等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  課税処分等の経緯について

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  本件譲渡の有無について

1  成立に争いのない乙第四、第五号証の各一、二、原本の存在及び成立に争いのない乙第八号証、第一三ないし第一五号証、証人寺沢守弘の証言により真正に成立したものと認められる乙第六号証、同証言により原本の存在及び真正に成立したものと認められる乙第七号証、第九号証の一ないし四、第一〇号証、第一二号証、証人寺沢守弘、同今井豊(後記措信しない部分を除く)の各証言、弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

(一)  竹内は、本件取得資産を所有し、その建物の一階部分を他人に賃貸し、二階部分に妻ミツエと居住していたが、建物が老朽化していたうえ、建て替えるには費用がかかることから、この資産を売却して郊外の静かな場所に移り住もうと考えていたところ、知人から株式会社チサン住宅センターを紹介され、同社に対し、本件取得資産の売却と転居先物件等の取得について、斡旋を依頼した。

(二)  その後、竹内は、株式会社チサン住宅センターの仲介により、本件取得資産を代金四億八〇〇〇万円で借家人付きのまま日英興産に売却することとなり、昭和六二年二月四日、竹内と日英興産との間で売買契約処(乙第六号証の別添二)が作成され、同日、株式会社チサン住宅センターから日英興産宛てに本件取得資産についての重要事項説明書(乙第七号証)が交付された。右契約当日は、竹内の妻ミツエが竹内の代理人として出席し、右売買契約書に署名捺印するとともに、日英興産から手付金として四八〇〇万円を受け取った。そして、売買代金の残金については、昭和六二年二月五日に四八〇〇万円、同月一〇日に二億八八〇〇万円、同年八月三一日に九六〇〇万円が、いずれも竹内の代理人である妻ミツエに支払われ、妻ミツエは、その受領の都度、竹内名義で日英興産宛てに領収書を交付した。また、竹内は、右売却に係る建物の借家人から預かっていた保証金二五〇万円を引き継ぐべく、昭和六二年八月三一日、これを日英興産に支払った。

(三)  そして、竹内は、本件取得資産を売却して得た右代金で、東京都杉並区に自宅を、千葉県松戸市に賃貸用住宅を、それぞれ購入し、昭和六二年分所得税の確定申告に際しては、日英興産に対する本件取得資産の譲渡による譲渡所得金額の計算につき、居住用資産の買換えの特例(法三六条の二第二項)及び事業用資産の買換えの特例(法三七条一項)の各適用を受けた。

(四)  ところで、日英興産は、コスモ・リアル・エステート株式会社との間で、原告が所有していた本件譲渡資産を含む一画の土地一〇筆の買収に関する事業協定を締結し(原告が本件譲渡資産を所有していたことは当事者間に争いがない。)、原告の代理人である今井豊(以下「今井」という。)に本件譲渡資産の買収方を申し出たところ、原告は土地に愛着を持っており、付近の物件との交換でなければ応じられないとの意向であったため、本件取得資産を提供することを前提に今井と交渉を重ねた結果、今井は、日英興産が本件取得資産の建物一階部分の借家人の立退等について責任を持って措置することを条件に、本件譲渡資産と本件取得資産との交換を承諾し、昭和六二年二月四日、原告の代理人として、その旨の承諾書(乙第一三号証)を日英興産に差し入れた。そして、同月一〇日、日英興産は、原告に対し、右借家人の立退等についての特約の履行を約束した確約書(乙第一四号証)を交付するとともに、本件譲渡資産について、同日付売買予約を原因とする所有権移転請求権仮登記を受けた。

一方、本件取得資産については、昭和六二年三月七日に、同年二月一〇日付け交換を原因として竹内から直接原告に対して所有権移転登記がされた。

(五)  その後、日英興産の借家人に対する立退交渉が難航したため、日英興産と原告の代理人今井は、日英興産が本件取得資産を借家人付きのままで原告に引き渡すこととし、その代わりに日英興産が五五〇〇万円を原告に対し支払うことで、本件譲渡資産と本件取得資産の交換取引を完了させることとした。

2  ところで、原告は、竹内との間で本件譲渡資産と本件取得資産を交換した旨主張し、その旨の甲第一号証(交換契約書)を提出し、証人今井も、竹内は一旦本件取得資産を日英興産に売却したが、その契約を破棄して、原告との交換に応じたものである旨証言し、甲第六ないし第八号証にはこれにそうかのごとき記載がある。

しかし、甲第一号証は、本文中の登記の履行日や公租公課の負担区分年度の記載が空白のままであり、末尾の締結年月日の記載もなく、仲介業者の記名捺印もされていないなど、高額な不動産の取引に関する契約書としては極めて杜撰であり、不自然な点が存するといわざるをえないのみならず、前掲乙第六号証及び証人寺沢守弘の証言によれば、甲第一号証は、日英興産の竹内に対する代金支払が完了した後になって、竹内の妻ミツエが、日英興産の代表者藤田英一から、建物一階部分の借家人を立ち退かせるために書類上必要であり、迷惑をかけないからと頼まれ、いわれるままに作成したものであるというのであって、同号証は、真実、原告と竹内の間で交換契約が成立したことを証するものといえないことは明らかである。また、証人今井の前記証言部分は、竹内が契約を破棄したという経緯が全く明らかでないうえ、甲第一号証の作成時期、経過等についても曖昧な点が多いなど、たやすく措信することができないし、甲第六ないし第八号証の記載部分も、いずれも前記認定の諸事実に照らし、たやすく措信することができないというべきであって、原告の前記主張は失当というほかない。

3  右1に認定した事実によれば、原告は、昭和六二年二月一〇日、日英興産との間で、本件譲渡資産と本件取得資産を交換する旨合意することにより、本件譲渡資産を日英興産に譲渡する一方、日英興産から本件取得資産(日英興産が竹内から四億八〇〇〇万円で購入したもの)を取得するとともに、借家人の立退ができなかったことによる補償の趣旨で五五〇〇万円の支払いを受けたものということができる。

三  本件更正の適法性について

1(一)  原告が昭和六二年一月一日の時点において一〇年を超えて本件譲渡資産を所有していたことは当事者間に争いがないから、本件譲渡による原告の譲渡取得は、法三一条一項所定の分離課税の長期譲渡所得に当たる。

(二)  原告が本件譲渡によって得た収入金額は、その対価である本件取得資産の時価四億八〇〇〇万円(本件においては、日英興産と竹内との間における本件取得資産の売買代金額をもって、本件取得資産の時価と推認するのが相当である。)と前記五五〇〇万円との合計額である五億三五〇〇万円である。

(三)  そして、本件譲渡資産の取得費は、法三一条の四第一項本文所定の場合に準じて、右の収入金額の一〇〇分の五に当たる二六七五万円とするのが相当であり、また、弁論の全趣旨によれば、原告が本件譲渡に際して有限会社遠藤企業に対し謝礼金三五〇万円を支払ったことが認められるから、原告の本件譲渡に伴う譲渡所得の算定上、収入金額から控除すべき取得費及び譲渡費用の額は、右合計三〇二五万円である。

(四)  したがって、原告の課税長期譲渡所得の金額は、右(二)の金額から(三)の金額を差し引いた五億〇四七五万かから法三一条一項所定の特別控除額である一〇〇万円を差し引いた五億〇三七五万円となり、これに対する所得税額は、被告主張のとおり一億四六〇一万六八〇〇円となる。

2  原告の昭和六二年分の荘所得金額及びこれに対する所得税額並びに原告が納付した源泉徴収税額は、いずれも当事者間に争いがない。

そうすると、原告が昭和六二年分の所得税として納付すべき税額は、右長期譲渡所得金額に対する所得税額一億四六〇一万六八〇〇円に、昭和六二年分の荘所得金額に対する所得税額一九四万八八〇〇円を加えた一億四七九六万五六〇〇円から、源泉徴収税額二万一四八〇円を差し引いた一億四七九四万四一〇〇円(一〇〇円未満切捨)であり、本件更正に係る納付すべき税額は、これと同額であるから、本件更正は適法である。

四  本件決定の適法性について

以上のとおり、本件更正は適法であるところ、本件更正を前提として国税通則法六五条の規定に従い過少申告加算税の額を計算すると、被告主張のとおりであるから(抗弁2の事実のうち、原告が納付した予定納税額、確定申告に係る予定納税額控除後の所得税額及び源泉徴収税額は、いずれも当事者間に争いがない。)、本件決定は適法である。

五  よって、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 佐藤久夫 裁判官 橋詰均 裁判官 武田美和子)

別表 本件課税処分の経緯

物件目録一

一 所在 東京都港区新橋四丁目

地番 一〇番一

地目 宅地

地積 四九・九一平方メートル

二 所在 東京都港区新橋四丁目一〇番地一

家屋番号 一〇番一

構造・種類 木造瓦葺二階建店舗

床面積 一階 四三・八〇平方メートル

二階 三九・六七平方メートル

物件目録二

一 所在 東京都港区新橋三丁目

地番 一〇番八

地目 宅地

地積 四六・一八平方メートル

二 所在 東京都港区新橋三丁目一〇番地八

家屋番号 一〇番二〇

構造・種類 木造瓦葺二階建店舗

床面積 一階 三二・二九平方メートル

二階 三二・二九平方メートル

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例