東京地方裁判所 平成5年(行ウ)98号 判決 1994年4月28日
原告
李順慶
右訴訟代理人弁護士
高畑拓
同
山下基之
被告
法務大臣
三ケ月章
右指定代理人
池本壽美子
外九名
主文
一 被告が平成五年三月九日付けで原告に対してした在留期間の更新を許可しない旨の処分を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
主文と同旨
第二 事案の概要
一 原告は、中華人民共和国の国籍を有する女性で、本邦に入国後日本人男性と婚姻の届出をしたことから、「日本人の配偶者等」の在留資格によって本邦に在留していたが、平成四年七月一五日に被告に対してした在留期間の更新の許可申請(以下「本件申請」という)について、平成五年三月九日、その更新を適当と認めるに足りる相当の理由がないとしてこれを不許可とする処分(以下「本件処分」という)を受けた。本件は、原告が、本件処分が違法であるとしてその取消しを求める事案である。
二 本件に関する外国人の在留に関する法規制の概要は次のとおりである(以下、平成元年法律第七九号による改正後の出入国管理及び難民認定法を「法」と、改正前の同法を「旧法」と、平成二年法務省令第一五号による改正後の出入国管理及び難民認定法施行規則を「規則」と、改正前の同規則を「旧規則」とそれぞれいう)。
1 本邦に在留する外国人は、特別の規定がある場合を除き、それぞれ当該外国人に対する上陸許可若しくは当該外国人の取得に係る在留資格又はそれらの変更に係る在留資格をもって在留するものとされる(法二条の二第一項)。
その在留資格は法別表第一及び第二の各上欄に区別して規定されており、法別表第一の上欄の在留資格をもって在留する者は、当該在留資格に応じそれぞれ本邦において同表の下欄に掲げる活動を行うことができ、法別表第二の上欄「永住者」「日本人の配偶者等」「永住者の配偶者等」「平和条約関連国籍離脱者の子」及び「定住者」の五種類の在留資格をもって在留する者は、当該在留資格に応じそれぞれ本邦において同表の下欄に掲げる身分若しくは地位を有する者としての活動を行うことができる(法二条の二第二項)。
2 「日本人の配偶者等」という在留資格をもってわが国に在留できる外国人は、「日本人の配偶者若しくは民法(明治二十九年法律第八十九号)第八百十七条の二の規定による特別養子又は日本人の子として出生した者」という身分を有する者である(法別表第二の下欄)。
在留資格を有する外国人が本邦に在留することのできる期間(在留期間)は法務省令で定めるものとされ(法二条の二第三項)、その法務省令である規則は「日本人の配偶者等」の在留資格をもって在留する外国人の在留期間を、三年、一年又は六月とする(規則三条、規則別表第二)。
3 在留資格及び在留期間の決定は、原則として当該外国人が本邦に上陸する際の入国管理官の審査によって行われる(法七条、九条)。
4 本邦に在留する外国人は、現に有する在留資格の変更を申請することができるが、その変更の許可は、被告が申請に際して提出した文書により「在留資格の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り」行われる(法二〇条)。日本人と婚姻した外国人が従前の在留資格を「日本人の配偶者等」に変更することを申請する場合には、当該外国人と日本人との身分関係を証する書類のほか、日本人配偶者の身元保証書及びその他参考になる資料を提出しなければならない(規則二〇条二項、規則別表第三)。
また、本邦に在留する外国人は、現に有する在留資格を変更することなく在留期間の更新の申請をすることができるが、その許可は、被告が申請に際して提出した文書により「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り」行われる(法二一条)。
三 本件処分に至る経緯に関し当事者間に争いのない事実は次のとおりである。
1 原告は、昭和六三年八月二七日、旧法四条一項一六号、旧規則二条三号に該当する者としての在留資格により、在留期間六か月として上陸許可を受けて本邦に上陸した。
2 原告は、わが国に入国後、東京都江戸川区一之江町二九九九番地所在の清江ハイツニ〇七号(以下「清江ハイツ」という)に居住し、日本語学校に就学していたが、同学校卒業のためさらに一年の在学が必要であるとして在留期間の更新の許可を申請し、平成元年二月一四日、同年八月二七日まで六か月の在留期間の更新許可を受け、その後、同学校卒業のためさらに在学が必要であるとして二回にわたり在留期間の更新の許可を申請し、平成元年八月九日と平成二年二月九日、それぞれ六か月の在留期間の更新の許可を受けた。
原告は、平成二年二月二八日、東京都新宿区中井二丁目二一番一九号立花荘2A(肩書住所地である。以下「立花荘」という)に転居した。
3 原告は、平成二年五月八日、青栁榮治(以下「青柳」という)との婚姻を届け出、その後婚姻を理由として在留資格の変更の許可を申請し、同年八月六日、新たな在留資格を法別表第二の上欄の「日本人の配偶者等」に変更する旨の在留資格の変更許可を受け、同時に六か月の在留期間を許可された。
青柳は、東京都練馬区北町二丁目三八番一五号大宏ビル六一五号(以下「大宏ビル」という)に居住し、ダンス教師を職業とする男性である。
4 原告は、平成三年一月二三日に六か月の、同年七月二二日に一年の各在留期間の更新の許可を受けたが、本件申請に対して本件処分を受けた。
四 争点及び当事者の主張
被告は、本件処分の理由を、原告と青柳との婚姻が有効な婚姻意思に基づかない無効なものであるか、そうでなかったとしてもその婚姻は本件処分時には既に破綻していたものであるから、いずれにせよ、原告には本件処分時に「日本人の配偶者等」という在留資格に該当する要件が欠けていたものであって、原告はこの在留資格をもってわが国に在留を継続することはできないという点にあると主張している。
したがって、本件の第一の争点は、原告と青柳の婚姻が民法上有効なものかどうかという点であり、これが無効であるならば、原告には「日本人の配偶者等」という在留資格に該当する要件が欠けていたことになる。
次に、右婚姻が有効であったが本件処分時には婚姻が破綻したという事実があった場合には、原告には「日本人の配偶者等」という在留資格に該当する要件が欠けることになるのかどうかが本件の第二の争点となる。
(争点一について)
原告と青柳の婚姻が民法上有効かどうかという点についての当事者の主張は次のとおりである。
1 被告の主張
原告と青柳との婚姻は、以下のとおり、原告がわが国に継続して在留できるようにするため、「日本人の配偶者等」という在留資格を付与させることのみを目的として届出がされたものであり、真実の婚姻意思を伴うものではないから民法上無効と解すべきである。
(一) 原告は、平成元年一二月二一日、白井兼治と養子縁組をしたことによって在留資格の変更許可を申請したが、審査担当官の説明によりその許可が得られないことを知るや、平成二年一月九日、その申請を取り下げたうえ、その直後の同年二月六日には右養子縁組につき協議離縁する旨を届け出た。
その後、原告は、平成二年二月九日、同年八月二七日までの六か月の在留期間の更新の許可を受けたが、就学期間が二年に及ぶことになることから在留期間の更新は今回限りとされ、右期間満了後の在留が困難となる状況に直面していた。そこで、原告は、平成二年三月六日、通訳・翻訳を職務内容として合資会社塩田製作所への就職を理由とする転職等の願い出(旧法下において、在留資格の変更に当たらないが在留目的が変更する場合に出入国管理行政上本邦における在留の継続を可能とする手続として行われていた取扱いによるものである)をしたが、この願い出は平成二年五月八日不承認となった。
右のように、原告は、就学を理由とする在留の継続が容易でなかったことから継続して在留するために腐心していたと思われ、原告と青柳との婚姻の届出は、まさにこのような時期に行われていた。
(二) 原告と青柳が婚姻住所地としている立花荘は、白井永慶の名義で賃借され、立花荘の電話回線及び電気供給の契約は白井永慶の名義で行われており、NHKの受信、ガス及び水道の供給契約は、原告の前記養子縁組の際の通称名と考えられる「白井順慶」の名義で行われていた。このように、住居や光熱水費の契約は、いずれも、真に婚姻生活をしていたならば生計を支える立場にあったと思われる青柳の名義で行われてはいない。また、平成五年一月一九日に東京入国管理局担当官が行った現地調査の際にも、立花荘の表札や郵便受には青柳の表示はなかったし、立花荘のアパートの住民は立花荘に青柳が出入りしているのを目撃したことはないと供述していた。さらに、青柳は、原告との婚姻届出前からの住居である大宏ビルの賃貸借契約を解約して退去しておらず、ここに一人で生活していたものである。
右のとおりであるから、原告と青柳は、婚姻後も同居していないと認められるのである。
ところが、青柳の住民登録上の住所は平成二年六月一日以降立花荘となっており、住民票上は原告と青柳は同居していることになっているという不自然な状況が作出されているのである。しかも、原告は、立花荘で配偶者の青柳と同居しているとの内容の申請書(乙一号証)を提出し、青柳と同居しているかのように装って本件申請を行ったものである。
(三) 原告は、青柳との婚姻届出の後、親族訪問のために三回にわたり中華人民共和国へ帰国しているが、いずれの帰国の際にも青柳は同伴していない。通常の夫婦であれば、配偶者を自己の親族に紹介するために同伴帰国すると考えられるから、右のような事態は、原告と青柳が夫婦として当然とるであろうような行動をとっていないことを端的に示すものというべきである。
(四) 右のように、原告と青柳は同居もせず、生計も共にしておらず、夫婦としての行動もとってはいないのであり、両名の婚姻の届出は、原告が在留資格を取得するという目的の達成のための便法としてされたというべきであり、真に婚姻の意思をもってされたのではない。
2 原告の主張
原告と青柳は、平成元年八月ころに知り合い、互いに好意を抱いて婚姻し、婚姻後は生計を一にし夫婦として協力して生活していたものであり、この婚姻が真意に基づかなかったものではない。被告が主張する事情は、それが認められるとしてもそれだけでは右婚姻が偽装であったと認めるには到底足りないものである。
すなわち、養子縁組やその後の離縁は婚姻とは何ら関係のない事柄であり、就職の願い出については、婚姻後働くには「日本人の配偶者等」という在留資格では足りないとの原告の誤解に基づいてされたものである。
原告と青柳は本件処分時には同居していないが、これは青柳が立花荘に帰宅しなくなったというだけであり、原告と青柳は婚姻後同居していたのである。平成五年一月一九日に東京入国管理局担当官が行った現地調査の後にも、立花荘には青柳の靴、ゴルフクラブ、ひげそりなどのほか、結婚写真、夫婦用布団、などがあり、同居が推認されるという報告書(乙九号証)が作成されている。被告は、原告と青柳との同居の有無の認定について、立花荘のアパートの住民の供述に重きを置いたようであるが、都会のアパート生活者は、近隣住民の動静に対しては時として極端に無関心であるうえ、青柳の帰宅時刻は毎日かなり遅かったから、そのような供述に依拠した事実認定が極めて危険であることは明らかである。
(争点二について)
日本人の配偶者との婚姻が破綻した場合には「日本人の配偶者等」という在留資格をもって在留する外国人は当該在留資格に該当しないことになるのかどうかについての当事者の主張は次のとおりである。
1 被告の主張
外国人は、必ず何らかの目的を遂行するためにわが国に入国・在留するのであり、法は、この在留の目的が法の定めるところに合致する場合に限り、当該外国人の入国・在留を認めることとしている。具体的には、法は、外国人が在留中に行う活動を類型化して二七種類の在留資格を定め、外国人が在留の目的として行おうとする活動がこれらの在留資格のいずれかに該当する場合に限り、入国・在留が認められることになる。
日本人の配偶者であるとして入国・在留しようとする場合も、当該外国人が「日本人の配偶者たる身分を有する者としての活動」を行う目的のために入国・在留が許されるのであり、単に、日本人の配偶者という身分があるというだけで入国・在留が認められるわけではない。このことは、日本人の配偶者である外国人が「日本人の配偶者等」という在留資格によって入国しようとする場合や日本人の配偶者となった在留外国人が「日本人の配偶者等」に在留資格を変更する場合に、その適否の審査に必要な書類として、身分関係を証明する文書のみならず、日本人の配偶者という身分を有する者としての活動に虚偽がないことを示す書類の提出が要求されていることからも明らかである。
したがって、「日本人の配偶者等」という在留資格があるというためには、単に婚姻届が行われているというだけでは十分ではなく、この在留資格をもって在留する目的、すなわち、「日本人の配偶者たる身分を有する者としての活動」を行う目的があることが必要である。「日本人の配偶者たる身分を有する者としての活動」とは、いうまでもなく、夫婦として同居し、互いに協力し扶助すること(民法七五二条)がその典型的なものである。日本人と外国人の婚姻が破綻し、双方がもはや配偶者としての行動をとっていない場合には、当該外国人が日本人の配偶者として同居・協力・扶助の活動を行う余地はなく、「日本人の配偶者等」という在留資格をもって在留を継続する目的がないことになるから、当該外国人については、この在留資格による在留がおよそ適当とは考えられない。このような場合には、当該外国人はこの在留資格に該当する要件を欠くことになる。
そのように解しなければ、およそ日本人の配偶者としての夫婦生活を行う余地のない外国人であっても、離婚していない限りわが国に在留すべきこととなり、外国人がわが国で行おうとする活動の目的によって「日本人の配偶者等」という在留資格を規定した法の趣旨に反する結果となることが明らかである。
原告と青柳との婚姻は、原告の述べるところによっても平成三年一〇月ころには破綻し、本件処分時においてはもはや原告が青柳と同居し、協力し、扶助を行う正常な夫婦関係にあるとは到底いえない状態になっていた。したがって、本件処分時には、原告は「日本人の配偶者等」に該当する要件を欠いていたことになり、この在留資格をもってわが国での在留を継続することができなくなっていたから、本件処分は適法である。
2 原告の主張
原告に「日本人の配偶者等」という在留資格があるというために必要かつ十分な要件は、原告と青柳との間に民法上有効に成立した婚姻関係があるというだけであり、法はそれ以上のものを要求していない。
そもそも、婚姻が破綻したという一事によって、日本人の配偶者たる外国人が「日本人の配偶者等」という在留資格をもってわが国に在留する目的がなくなることはない。相手方の身勝手な行動によって別居を余儀なくされながら、相手方との同居を期待したり夫婦としての身分関係の継続を願う一方配偶者はわが国には数多くいると思われる。このような一方配偶者が配偶者でないわけではなく、このような関係が婚姻関係でないはずもない。被告のような法解釈によれば、このような状態に陥った日本人の配偶者たる外国人については、わが国での在留の継続が許されず、相手方との将来の同居の可能性も一切奪われ、結局のところ、被告が認めるような形態で日本人との夫婦生活を送っている外国人でなければ配偶者として日本で生活できないという不合理な結果となる。このような結果は、本来両性の合意のみによって成立する婚姻という身分関係に対する国家の不当な介入となることが明らかである。
原告が「日本人の配偶者等」という在留資格に該当しないとした被告の法解釈は誤りであり、このように誤った法解釈に基づく本件処分は違法である。
第三 争点に対する当裁判所の判断
一 争点一について
1 甲七号証、乙三号証、乙一一号証、乙一二号証の一、二、乙二〇号証及び原告本人尋問の結果を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告は、わが国への入国後、清江ハイツに居住し日本語学校に通っていたが、平成元年六月ころ、その従兄弟に当たり日本での身元保証人である白井永慶の紹介で青柳と知り合った。
白井永慶の父と原告の父李星湖(原告の母と婚姻するまでの旧姓は王星湖)とは兄弟であり、原告と日本人である白井永慶及びその弟白井兼治とは、おじと姪の関係に当たる。青柳は、原告よりも一一才年長の日本人男性である。
(二) 原告と青柳とは、互いに好意を抱くようになり、平成元年八月末ころ以降、青柳が仕事の帰りに清江ハイツに立ち寄って泊まるようにもなった。原告は、平成元年一一月ころ、青柳から結婚を申し込まれ、これを承諾した。原告と青柳は、平成二年一月、区役所に婚姻届を提出しようとしたが、窓口の担当者から、原告について在日中国大使館が発行する結婚していないことの証明書が必要であると説明され、同日には婚姻届が受理されなかった。原告と青柳は、結局、平成二年五月八日、書類を整えて婚姻届を提出した。
(三) 原告は、婚姻届に先立つ平成二年二月二八日、青柳の仕事場の近くの立花荘に転居した。青柳は、平成二年六月一日以降立花荘を住所として住民登録をしていたが、大宏ビルから退去したわけではなく、仕事が終わると立花荘に帰って朝まで泊まり、昼間は大宏ビルで仕事の事務連絡等をするという生活をしていた。青柳がこのような行動をとったのは、仕事柄女性客と対応することが多かったことから体外的に独身を装う必要を感じ、仕事に関係する事務連絡などの対応を大宏ビルで行うためであった。
(四) 青柳は、原告との結婚後暫らくは毎日立花荘で寝泊りしていたが、そのうち毎日は立花荘に帰宅しなくなり、平成三年一〇月下旬ころ、女性関係で原告と言い争うようになった。それでも、青柳は、毎日ではないにせよ不規則に立花荘で泊まることはあり、原告に対し月二〇万円前後の生活費を渡していたが、平成四年秋ないし同五年初めころには、立花荘に全く出入りしなくなり、原告に生活費も渡さなくなった。青柳は、そのころには、独身の状態の方が仕事がし易いという考えもあって原告との離婚を希望するようになり、平成五年四月一日には住民登録も立花荘から大宏ビルに移した。
(五) 原告は、青柳を相手方として東京家庭裁判所に婚姻費用分担の調停(同裁判所平成五年家イ六三二四号)を申し立て、平成五年一一月九日成立した調停により、同月分から別居解消までの間、毎月青柳から七万円の婚姻費用分担金の支払を受けることになった。原告は、現在でも青柳と互いに協力して夫婦関係を維持することを望んでいるが、青柳が原告と協力して夫婦生活を維持する気持ちがないことに変わりはなく、近い将来青柳が以前のように原告の住居で寝泊りするようになるとは容易に考え難い状況が続いている。しかし、原告及び青柳とも、離婚を求める法的手続には着手してはいない。
2 原告と青柳との有効な婚姻の成立は、法例一三条によって婚姻挙行地であるわが国の民法によることになるが(原告につき本国法による婚姻障害が存在しないことは、右婚姻の届出が区役所の審査を経て受理されているとの事実に照して明らかである)、以上の認定事実に照らせば、原告と青柳との婚姻は婚姻意思に基づくものであり、民法上有効なものであって、原告がわが国に在留することを容易にするための便法として届出だけがされたという偽装の婚姻ではないものと認められる。したがって、右婚姻が無効であるという被告の主張は理由がない。
二 争点二について
1 右一の認定事実に照らせば、原告と青柳との婚姻は、本件処分時においては、互いに協力して夫婦生活を維持する実体に欠ける状態にあったというべきである。
しかし、法別表第二の下欄は、日本人と婚姻した外国人に適用することを予想した「日本人の配偶者等」という在留資格に該当する者の要件としては「日本人の配偶者」と規定するのみである。法又は規則の中には「配偶者」という文言を特に定義する規定はないから、ここにいう「日本人の配偶者」に該当するための要件としては、日本人との有効な婚姻関係が成立している者(日本法を準拠法とする婚姻にあっては、婚姻意思に基づく婚姻届がされている者)であるという以上のものが求められているわけではない。
したがって、原告のように日本人との婚姻が必ずしも正常な状態になっていない外国人であっても適式の離婚手続によって婚姻関係が解消されない限り、「日本人の配偶者等」という在留資格に該当する要件に欠けることとなるものではないというべきである。
2 被告は、日本人配偶者との婚姻が破綻した状態の外国人は、わが国において日本人の配偶者である身分を有する者としての活動を行う余地がないから、このような外国人は「日本人の配偶者等」という在留資格で在留を継続する目的が欠けるに至ったものとして、その在留資格の該当性が失われると主張する。
確かに、法及び規則によれば、わが国への上陸や在留資格変更申請をする際、外国人が日本人との婚姻を理由として「日本人の配偶者等」という在留資格の認定やそれへの変更を求める場合には、日本人の配偶者という身分を証する書面を担当官に提出するだけでは足りず、日本人配偶者の身元保証書等の書面の提出が要求されている(法七条、二〇条、規則六条、二〇条二項、規則別表三)。しかしながら、右のような手続要件は、在留資格の認定を確実に行うため定められているのであって、このような定めがされているからといって「日本人の配偶者等」という在留資格に該当するためには、日本人の配偶者という身分を有するだけでは足りず、夫婦として同居・協力・扶助を行うという実質的な婚姻関係が維持されていることが必要であるということに直ちになるものでないことはいうまでもない。
3 もともと「日本人の配偶者等」その他法別表第二所定の在留資格で在留する外国人は、当該在留資格の基礎となっている身分又は地位を有する者としての活動ができるとされるのであり(法二条の二)、それ以上に、ある一定の目的に適合した活動だけが許されるというような制限は加えられていない。そして、日本人の配偶者である外国人において婚姻関係が継続している間に行う活動には多種多様のものが考えられるのであって、ある一定の活動について、これが「日本人の配偶者たる身分を有する者としての活動」に当たるか否かを判別することは不可能である。例えば、夫婦が別居し婚姻生活の実体が失われているとしても配偶者としての関係が直ちに失われるものとはいえず、なお相手方配偶者から婚姻費用の分担を受け続けることもあれば、相手方配偶者との実質的な婚姻関係の復活を期待して働き掛けを続けることもあり、さらには相手方との夫婦関係をどのように解消するかをめぐり離婚の話合いが継続することもあり得る。法二条の二によれば、このような状態にある婚姻関係のもとにおける生活や活動であるからといって、それが「日本人の配偶者たる地位を有する者としての活動」でないと解することはできない。
4 有効に成立した婚姻関係は、協議離婚、調停離婚又は裁判離婚という手続を経ない限り解消されず、婚姻関係が解消しない限り扶養や相続を受けるべき地位を喪失するものではないのであって、配偶者である地位はその実質のいかんを問わず、わが国の国内身分法秩序において保護されているというべきものである。
このような配偶者である地位の保護は、わが国の身分法秩序の維持を目的とするから、わが国で日本人の配偶者として婚姻生活を送っている外国人についても当然に認められるべきである。そうであるとすれば、例え、日本人との婚姻関係が破綻に瀕しているとしてもなお離婚にまでは至っていない配偶者である外国人が、配偶者たる地位に基づき、わが国で扶養を受けたり婚姻維持のための働き掛けを行ったりする等の活動をし、生活を維持することが許されない理由はない。
したがって、法二条の二所定の「日本人の配偶者たる身分を有する者としての活動」を被告主張のように制限的に理解することは困難であるといわざるを得ず、この点に関する被告の主張は失当である。
三 結論
以上の次第で、「日本人の配偶者等」という在留資格は、日本人の配偶者との婚姻関係がその実体を失ったということから直ちにその該当要件がなくなると解すべきものではないから、本件処分は誤った法の解釈による違法なものとして、これを取り消すこととし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官中込秀樹 裁判官橋詰均 裁判官榮春彦は転官のため署名押印できない。裁判長裁判官中込秀樹)