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東京地方裁判所 平成6年(ヨ)21291号 決定 1995年3月31日

債権者

大沢生コン有限会社

右代表者代表取締役

大澤喜一

右債権者代理人弁護士

渡辺修

右同

吉沢貞男

右同

山西克彦

右同

冨田武夫

右同

伊藤昌毅

右同

峰隆之

債務者

全日本建設運輸連帯労働組合東京地域支部大沢生コン分会

右代表者分会長

金井晴夫

右債務者代理人弁護士

五百蔵洋一

右同

佐藤容子

主文

一  債務者は所属組合員又は第三者をして左記行為を行わせてはならない。

1  債権者の取引先又は債権者が生コンクリートを出荷する工事現場の施工業者または工事の発注者に対して、債権者の出荷する生コンクリートには残コンが混入しておりJIS規格に違反する不良製品である旨発言して債権者の製造・販売に係る生コンクリートを使用しないように要求し、あるいは既納入現場について調査・確認等を要求すること

2  右と同趣旨の内容を記載したビラを民家の郵便受けに投入し、または手渡すなどして一般に配布し、あるいは拡声器を使用して同趣旨の宣伝活動を行なうこと

二  申立費用は債務者の負担とする。

事実及び理由

第一申立

主文と同旨

第二事案の概要

債務者が生コンクリートの製造・販売をしている債権者においてJIS規格違反の残コンを出荷しているとの虚偽の事実の教宣活動を債権者の取引先などに対して行ない債権者の業務の妨害をしているとして、債権者が右教宣活動の禁止の仮処分を求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  債権者

債権者は、昭和四四年六月二〇日設立された主に生コンクリート(以下「生コン」という)の製造及び販売を業とする株式会社であり、肩書地に本社事務所及び工場を有している。債権者の平成六年一一月現在の資本金は一〇〇〇万円、従業員数一六名(乗務員は一三名)、保有する生コンクリートミキサー車(以下「ミキサー車」という)は一五台である。

2  債務者

債務者は、申立外全日本建設運輸連帯労働組合東京地域支部(以下「支部」という)の下部組織で、債権者の従業員(いずれも乗務員)によって平成二年四月結成された労働組合であり、現在会社に在籍する組合員数は四名(金井晴夫、篠原政之、金丸稔、松本憲一郎)である。

支部は、東京地域の建設業等に従事する労働者によって、平成元年に組織された労働組合であり、現在約五〇人の組合員を擁している。

3  債権者の出荷業務と残コンの発生

(一) 出荷業務の概要

生コンの販売は、仲介の販売店・建材店(一般に商社と称する)を通じて行われ、生コンの製造業者は、工事の施工業者から注文を受けた商社からの発注を受け、指定された日時、場所、量に基づき生コンを製造して、工事現場に出荷する。

生コンは、後述のようにJIS規格A5308によると、原則として製造してから一時間三〇分以内に荷卸をすることになっている。債権者は、工場に生コンの製造設備を設け、注文に応じて、生コンを製造し、ミキサー車で工事現場に運搬して荷卸している。

(二) 残コンの発生

工事現場では、当日の工事の段取りに応じて予定量としての生コンが発注され、それに応じて生コンを製造して運搬するが、工事の進捗状況その他工事現場の都合により、しばしば実際の使用量と発注された予定量との間で過不足が生じ、一部の生コンが不要となり、余った生コンをミキサー車で持ち帰ることがある。これを「残コン」(又は「戻りコン」)と称している。この残コンがミキサー車のドラム内に残留したまま新規に練った生コンを積載すると、品質上問題が生じることがある。債権者は、工場内に残コンの処理装置を設けている。

残コンの処理システムは、まず、持ち帰った残コンをミキサー車からバッチャープラント下に設けた処理槽(流水で満たされた水槽)に残コンを落とし込み、これをパイプで処理装置(残コン分離器)に送り、残コン分離器内で水とともに攪拌しつつ、ふるいを通し、骨材(砂、砂利)とスラッジ水(セメント混じりの水)に分離し、さらに汚水を沈殿作用によって水とセメント、混和材とに分離する仕組みとなっている。

残コンの発生は、工事施工者にとっても生コン製造会社にとっても無駄なことであり、その廃棄処理に無用な手間がかかる。そこで工事現場では、当日の生コンの打ち込み終了間際になると、最終的に必要な生コンの量を見極めるまで、生コン会社の生コン出荷を中止させ、工事現場で最終的な必要量が確定した段階で生コン会社に手配し、必要量だけ出荷させるようにしている。これを生コン会社では、「連絡待ち」と称している。債権者においても、ほぼ右のような手順で、連絡待ちを行ない、残コンの発生を極力少なくするようにしている。

4  生コンの規格・品質とJIS規格の規定

建築・土木工事にJIS規格の生コンを使用する場合、その規格はJIS規格A5308に規定されている。同規定は、生コン(レディミクストコンクリート)の製造から荷卸し段階までを定めており、その種類、品質、容積、配合材料、製造方法、試験方法、検査方法等の項目について具体的に規定している。

生コンの種類は、コンクリートの種類、粗骨材の最大寸法、スランプ及び呼び強度の組み合わせによって決まる(A5308―2)。コンクリートの種類は、普通コンクリート、軽量コンクリート、舗装コンクリートの三種類であり、粗骨材(砂利)の最大寸法は一五ないし四〇ミリメートルに区分される。スランプは生コンの軟度の指標であり、五ないし二一センチメートルまで区分される。呼び強度とは荷卸し後、標準養生で二八日を経過した時点で測定される固結したコンクリートの強度を指し、一六〇ないし四〇〇まで区分される。JIS規格ではこれらを組み合わせた表で生コンの種類を示している。

品質については、強度、スランプ、空気量、塩化物含有量について規定があり(A5308―3)、配合については、種類、品質を満足するように、セメント、水、骨材、混和剤の配合比を生コンの生産者が定めることになっており、配合報告書を購入者に提出する(A5308―5)。製造方法のうち、生コンの運搬に関しては、練り混ぜを開始してから一・五時間以内に荷卸しするのを原則とする(A5308―7・4・(2))。

債権者の生コン工場は、JIS規格適合の工場であり、JIS規格に基づく配合設計基準を設定し、製造する生コンの種類もJIS規格に則った規格品である。普通コンクリートを使用し、骨材の最大寸法二〇ミリメートル、空気量四・五パーセントの規格品は四六種類存するが、購入者のほとんどは、右規格品の中から選定・発注しており、主に呼び強度二一〇、スランプ一五・一八の製品が主流を占めている。

(争いがない事実、書証略)

二  争点

1  債務者の業務妨害活動があったか。

2  債務者の活動は正当な組合活動か。

3  保全の必要性の有無

(当事者の主張)

1  債務者の事業妨害活動があったか。

(債権者の主張)

(一) 分会による不法な教宣活動と取引停止の要求

分会は、平成六年一〇月三一日ころから債権者の取引先である商社や出荷先の施工業者等に対して、債権者はJIS規格で禁止されている残コンを混入した不良生コンを製造・販売しているという内容の悪質な誹謗発言をし、同趣旨の内容を記載したビラを手渡して、債権者との取引を直ちに停止し、生コンの使用を中止するように要求している。

また、債務者は、債権者の周辺及び出荷先の工事現場付近等において、同趣旨のビラを多数配布し、平成六年一二月一二日以降工事発注者である杉並区役所に対して、債権者が残コンを混入させた不良生コンを出荷していると申し入れ、債権者の既納入現場について調査・確認要求し、さらに、平成七年二月以降、繰り返し杉並区役所の玄関前及び付近の路上において、街宣車に備え付けの拡声器を使用して債権者が金儲けのため残コンを混入させた生コンを出荷している旨の虚偽教宣活動を繰り返している。

これが本件において禁圧を求める組合の違法活動である。

(二) 差止請求権

一般に使用者は、事業経営の主体として、自己の事業を他人の妨害を受けずに円滑に営む権利、すなわち営業権を有するものであり、これは企業経営者が法的保護を受けるべき最も基本的な権利ないし利益の一つである。

債権者は、創業以来約二六年間にわたり生コンの製造及び販売を行なってきており、これまでJIS規格に適合しない不良生コンを製造・出荷した事実は全くなく、債務者分会長金井らの発言内容は全くの虚構である。

債務者組合員の教宣内容は、債権者の製品が不良品であると誹謗し、債権者の信用を著しく傷つけるものであるだけでなく、マンション・住宅等を建設する施主(所有者)にとって、きわめて重大で、深刻な不安を与える。施主に右のごとき不安を与えるような「不良生コン」を使用することは施工業者自身の信用にもかかわる重大な問題となる。

既に債権者の生コンを使用しないよう関係先に指示した取引先もあり、その結果、債権者は契約数件を解除された。その他の取引先も、このままの状態が続けば今後会社との取引は中止せざるを得ない旨連絡してきており、債権者に対する受注は今後激減する可能性が極めて高く、債権者の経営を根底から揺るがすものである。

このような債務者による事実無根の教宣活動が、会社の営む事業に対する違法・不当な侵害に当たることは明白であり、債権者は、債務者に対し、右営業権に基づき本件違法行為の差止請求権を有するものである。

(債務者の主張)

債務者は、従来から債権者の組合弾圧の実態を知らせ、争議解決への協力を求める各種活動を行なってきた。その一環として取引会社に対して違法な過積載の中止と残コンの使用中止に対する協力を要請してきた。

債務者は、正当な組合活動の一環として、債権者の取引会社に対して、債権者が残コンを使用していた事実を伝え、残コンを使用させないように会社に申し入れる等の対応を求めたにすぎない。

2  債務者の活動は正当な組合活動か。

(債務者の主張)

(一) 残コンの使用が違法である理由

(1) 生コンの原料の混合比率について

生コンとは、セメント、骨材(砂、砂利)、水及び混和材の四種の原料をドラム(バッチミキサー)内で練り合わせたものであるが、右原料の混合比率は、生コンを使用して建設される建造物の設計仕様に応じて、それぞれ異なる比率が要求される。原料の混合比率は、建造物の安全上、厳密に守られなければならないものであり、生コンの品質上最も重要な事項である。

(2) 残コン使用の禁止理由

<1> 混合比率

生コンの原料の混合比率は、建造物の設計仕様によって異なるため、「残コン」を他の建設現場に使用することは許されない。

<2> 加水

また、残コンには、調合された当初の生コンに、ポンプ車及びミキサー車の洗い水が加わっているため、原料混合比率は不明となる。すなわち、工事現場に運び込まれた生コンは、ミキサー車からポンプ車(ミキサー車から受け取った生コンをポンプ圧により打設場所に圧送する車両)を通じて打設場所に流し込まれるが、生コンが余った場合は、ポンプ車内の生コンは、ミキサー車へ返送される。このとき、ポンプ車の内部は水を注ぎ込んで洗浄し、この洗い水もミキサー車へ送られる。また、生コンの荷卸をしたミキサー車は、シュートや出口等に付着した生コンが固まらないよう必ず水を吹き付けて洗浄する。この洗い水もミキサー車内に加わる。従って、ミキサー車内の残コンにはポンプ車とミキサー車の洗い水が加わっており、原料混合比率が不明となるのである。

<3> 「つぎ足し生コン」の問題

一旦持ち帰った残コンに、新たな生コンをつぎ足して、別の工事現場に販売することは、要求される混合比率に適合しない品質不良の生コンを納入する行為である。

<4> 強度不均衡の問題

より高いコンクリート強度の要求される現場で余った残コンを、より低い強度の要求される別の現場に再出荷することも、再出荷した現場における強度の不均衡を生じるため、許されない。

<5> JIS規格違反

JIS規格はそもそも残コンを使用しないことを前提としているから残コンに関する規定を置いていないのであって、残コンを使用することを一切許していない。

JIS規格A5308は材料、製造方法(運搬を含む)、試験方法、報告等全てをトータルに規定しているものであって、この方法によって作り出されたものがJIS規格品であって、この製造方法に基づかない製品はそれ自体JIS外品であると定めている。たとえ、加水のない全部残コン(丸余り)の場合であっても、第一の納入現場に比べて残コン出荷現場では性状が変化し、品質が低下するのである。

以上の理由から、ミキサー車が持ち帰った残コンは工場において必ず廃棄処分されなければならない。

(二) 債権者の残コン使用事実

(1) 「残コン出荷の記録」

「残コン出荷の記録」と題する書面に明らかなように債権者は、持ち帰った残コンを処理せず、再出荷することがある。「残コン出荷の記録」(疎甲五)は、債務者組合員松本憲一郎が自身の体験した事実の当日のメモを基に作成したものである。

(2) 債務者組合員松本憲一郎の都労委における証言

債務者組合員松本憲一郎は、平成六年七月二六日都労委平成三年(不)第四五号事件の第一五回審問において右事実を証言した。都労委における松本証言は反対尋問を経た証言であり、その内容は具体的で一貫しており十分信用できる。

(3) 債権者代表者の都労委における証言

債権者は、従来、残コンの使用を一切否定してきたところ、平成六年五月六日、債権者代表者は、従来の証言を変更し、<1>「品質を保証して」という留保を付してではあるが、残コンを再出荷する場合があることを認める証言をし、また、<2>残コンの中にはJIS規格に適合するものとしないものとがあり、前者に該当する残コンは再出荷してよいのだという債権者の認識を前提とした尋問を行なった。

(4) 債権者の残コン処理設備の位置関係及び使用状況

債権者の残コン廃棄水槽は、バッチャープラントの奥にあり、廃棄水槽の手前にはホッパーがある。このホッパー下のスペースには、車両一台しか駐車できない。

生コン製造販売会社の営業時間帯においては、ホッパー下には次々と生コンを積み込み出荷していくミキサー車が入り、現場からも次々とミキサー車が戻ってきて残コン廃棄処理の必要が生じる。ところが、債権者ではホッパー下スペースに車両一台しか駐車できないため、ホッパー下に荷積み中のミキサー車が停車しているときには、残コンを積んだミキサー車は廃棄水槽を使用することはできず、また残コン廃棄中のミキサー車が停車しているときは、荷積みのためミキサー車はホッパー下にはいることができない。残コンを廃棄するには、残コンの分量にもよるが、廃棄水槽に水を入れ始めてから概ね一〇分から二〇分かかる。出荷のミキサー車は、二、三分から約一五分の間隔で次々に出庫する。

このような廃棄・出庫の実情で、ホッパーの奥に残コン廃棄水槽があるという配置では、出庫が継続している時間帯に残コンを廃棄処理することは、工場の構造上きわめて困難である。

残コン廃棄水槽には常時流水を満たしておくべきところ、債権者は、出荷中は、廃棄水槽に常時流水を満たしておらず、残コンを落とし込む時点で廃棄水槽に水を流し始めるという異例の手順によっており、債権者が残コンを必ず廃棄するという態勢をとっていないことを示している。

債権者では、一日の出荷が終了した時点で、バッチャープラント内のドラム(バッチャーミキサー)の洗浄と併せてミキサー車の洗浄を行う。債権者が残コンを廃棄するのはこの時点であり、右時点以前には発生した残コンは再出荷していたというのが実情であった。

(5)その他の疎明資料

松本憲一郎の他、債権者の元従業員倉田成八郎、同鈴木広、佐藤武夫、青葉勝治の陳述によっても、債権者が一部残コンを使用していたことは明らかである。

(三) 債務者の行為の正当性

(1) 労働組合の活動としての正当性

労働組合は、労働者の地位の向上と社会正義の実現を目指すことを目的とした存在であり、労働組合が労働者の地位の向上を図るためには、一労使間の賃上げ等の狭い意味での労働条件だけではなく、例えば内部告発、選挙、立法要請活動等幅広い活動をしなければならない。

残コンを使用しているか否かは、建造物の安全性に関わるきわめて公共性の高い問題であり、一旦打設されてしまうと、その品質不良が表面化しにくいものであって、生産に携わる労働者・労働組合が内部告発に踏み切らぬ限り発覚しにくいものである。本件のごとき残コンが大手を振るってまかり通るならば、劣悪な建造物がまかり通り、ひいてはその劣悪な製品を造った企業に対する非難となって最終的には労働者の労働条件の低下となる。本件内部告発は真実を明るみに出すことによって、当該企業の姿勢を改めさせ、債権者の経営を健全化させて労働条件の向上を図る正当な労働組合活動である。

債務者は、生コン業界に働く者の自覚に立つからこそ、分会結成以来団体交渉などで残コン使用について債権者に対し直接中止を求めてきた。しかし、度重なる求めに対しても債権者は一切耳を貸さず、残コン使用をはじめとする不当行為を続けたのである。

本件教宣活動は、右諸活動の一環としてなされたものであり、債権者による残コン使用が事実である以上、正当な組合活動である。

(2) 言論活動としての正当性

残コン使用は、建造物及び都市の安全性にかかわる重大問題であって、コンクリートの品質不良を知りうる生産現場の者がこれを告発することは、建造物及び都市の安全性を守るための市民の言論活動のレベルにおいても極めて重要なものである。公共の安全性に関する言論活動は、その指摘する事項が事実であるか否かを判断し、事実である場合は慎重に保護されなければならない。

仮処分による言論の差し止めは、検閲に該当する。建造物及び都市の安全性に直結する生コンの品質に関する真実の内部告発が、国家によって封じられるようなことがあってはならない。

(債権者の主張)

(一) 残コンの種類とJIS規格の関係について

生コンのJIS規格(A5308)に残コンに関する規定は存しないのは、それが生コンであることに変わりなく、生コンに関する右JIS規格の規定により品質管理すれば、十分だからである。生コンに関しては右JIS規格以外には種類、品質、製造方法等を規定するものはなく、残コンに関しても右JIS規格に適合し、品質、強度が維持されているか否かが問題となる。

すなわち、JIS規格においては残コンの処理は当事者の適切な措置に任されているのであり、JIS規格に適合した生コンが余剰となった場合は、残コンというだけでJIS規格に適合しなくなる訳ではない。ただ、JIS規格では、運搬時間に制約があり、また、残コンに洗い水が混入する等の品質上の問題が生じる可能性がある。

残コンの発生態様をみると、<1>一部持ち帰り(加水なし)、<2>一部持ち帰り(加水あり)、<3>一台分丸々持ち帰り(加水なし)、<4>一台分丸々持ち帰り(加水あり)の四通りの場合が考えられる。<1>及び<2>の一部残コン及び<4>の一台分丸余り残コンの加水されたものについては、JIS規格で品質との関係から廃棄処理しなければならない。

しかしながら、<3>の丸余り残コンの加水されていないものについては、JIS規格に適合し品質が維持されているという条件をクリアーすれば何等問題はなく、再使用は可能であると解される。

(二) 債権者における生コンの品質管理と残コン処理の状況

債権者は、JIS規格適合の生コンを製造・販売するために生コンの製造・出荷・品質管理に関し、社内規格を制定している。債権者は、普通コンクリート製品についてはJIS規格品をほぼ網羅し、舗装コンクリートはJIS規格外品として、製造・販売しており、軽量コンクリート製品は製造していない。その他製造・出荷・品質管理に関しては、全てJIS規格に基づいて実施している。

債権者における残コンの処理は次の通りである。

乗務員は、生コンの荷卸しが終わった場合には、必ず、残コンの有無を確認し、工場に戻って洗浄水と共に残コンを廃棄処理しなければならない。債権者は残コン処理のために工場内に残コン処理設備を設置しており、乗務員に対して講習を実施して残コンを持ち帰った乗務員が自ら残コン処理装置を操作でき、その操作に習熟するように指導しているうえ、平成六年九月以降、残コンを確実に処理していることを記録するため、残コンの処理状況を「残コン処理記録簿」に記録させている。さらに、生コンの積み込み作業を担当する製造係が、右残コン処理の実施の有無を確認した上で、新たに製造された生コンの積み込作業にとりかかるという作業手順を組んでおり、債権者としては残コンの処理に細心の注意を払っている。

残コンとJIS規格及び品質の関係が前述のようなものであるとするならば、JIS規格の運搬時間内で、品質劣化の問題がなければ、再使用は不可能ではないものと解される。債権者は、右のような見解から、かつて、例外的に一台分丸々持ち帰った生コンをJIS規格に適合し品質が保証しうるものであれば、顧客の了解のもとに再使用したことがあった。しかし、債権者は、組合が平成二年四月に結成されたのを契機として、債権者は残コン問題について無用の混乱の波及を回避するため、丸々持ち帰った生コンの再使用を止め、全て工場で廃棄処分することにした。以後、今日まで債権者は残コンを再出荷したことは一切ない。

したがって、債務者が本件で問題にしている平成六年三月、四月当時、債権者が残コンを再使用した事実は一切なく、債務者の主張は全くの虚偽である。

(三) 「残コン出荷の記録」(書証略)について

組合が配布した「残コン出荷の記録」(書証略)には、<1>平成六年三月一五日、<2>同月一八日、<3>同月二三日、<4>同月二四日、<5>同年四月六日、<6>同月一一日、<7>同月一三日の七件が残コン出荷の例として記載されている。

しかし、同号証に記載されている「残コンを納入した現場」の該当時刻には、会社の工場のバッチャープラントで新規に製造した生コンのみをミキサー車に積載して出荷している。債権者における生コンの製造記録による該当日時の出荷先毎の生コンの製造状況と右出荷先への該当納入伝票に記載されている運搬数量とを比較すると、完全に一致している。このことは、出荷先へ運搬した量と債権者が製造した生コンの量が同一であることを示しており、残コンを混入させたことがないことを明確に表わしている。

また、「残コン出荷の記録」の<1>の平成六年三月一五日の場合、午後三時一九分に二・五立方メートルを積載して運搬したところ、一立方メートルの残コンが生じ、そこで会社で新規に練った生コン一・五立方メートルを加えて銭高組の工事現場に午後三時四二分に再出荷したことになっている。しかし、同日、白石・細田・湯川共同企業体施行に係る杉並地下駐車場新築工事における生コンの出荷は、午前八時五三分から午後五時まで計六三回行なわれており、午後三時一九分は五四回の出荷に当たり、その後さらに計九回運搬して最終的には午後五時に終了しており、午後三時一九分の出荷は打設の終了時点のものではなく、この時点で残コンが発生することはあり得ない。

以上のように債務者の主張の根拠とする「残コン出荷の記録」(書証略)は全く根拠のない虚構の資料である。

(四) 都労委における債権者代表者の証言について

債務者は、債権者代表者が都労委の審問の席上において、残コン出荷の事実を認めたと主張する。

しかしながら、債権者代表者は、債権者側代理人とのやり取りの中で、現場の都合でミキサー車一台分が丸々手つかずのまま戻ってきたという丸余りの場合を念頭に、JIS規格で定められている九〇分以内の時間内に打設が可能であり、加水もなく、種類も適合して、品質が保証できるという場合ならば、JIS規格に適合し、品質も維持されていることから、再使用は可能であると述べたにすぎず、債権者代表者は、債務者が主張するように残コンの再出荷の事実を認めたことはない。

(五) 債務者分会の本件教宣活動の異常性

本件の本質的な問題点は、分会の教宣活動が、正当な組合活動の範疇を逸脱した違法行為か否かという点にある。

分会は、債権者が残コン処理を徹底していることを十分承知の上で、本件虚偽教宣活動、取引停止要求等の行為に及んだものであり、右行為は極めて悪質な営業妨害行為である。

本件残コン問題についての債務者の本件教宣活動は、労働条件とは何等の係わりもなく、組合活動の名に値しない単なる業務妨害行為にすぎない。債務者は、債権者に残コン出荷の有無を確かめることもなく、いきなり本件教宣活動に及んでいる。債権者には、残コン処理装置があり、残コン処理記録簿まで整えて残コン処理を徹底していたのであり、組合員らも会社が残コンを出荷している事実がないことは十二分に承知していた。債務者は、会社が残コンを出荷していないことを承知の上で本件教宣活動に及んだのである。さらに、債務者は、本件仮処分申立後会社が証拠を提出して分会の誤りを指摘しているにもかかわらず、本件虚偽教宣活動を止めようとせず、却って行動をエスカレートさせている。このような市民法秩序を無視して顧みない遵法精神の欠落した分会の姿勢が端的に表われているといわねばならない。

3  保全の必要性

(債権者の主張)

債務者組合員らによる本件活動は、債権者にきわめて深刻な打撃を与え、経営基盤の弱体な零細企業である債権者にとって致命的な損害を与えている。

債権者の主要な出荷現場には公共事業の現場があるところ、現今の民間需要が大きく後退している状況下に置いて、杉並区役所等の地方自治体の発注に係る工事は出荷量も多く、会社にとって最重要出荷先である。債務者は、平成六年一二月一二日、平成七年一月一日、同月二三日、同月二四日、同月三〇日にも杉並区役所に押し掛け、債権者が不良残コンを出荷していると虚偽の事実を構えて早急に調査せよと要求した。こうした行動は、生コンを製造・納入した債権者の地方自治体に対する信用を著しく毀損し、今後公共工事から締め出される恐れがきわめて大きい。

債権者の受注は平成六年一二月以降大幅に減少しており、債権者はこのままでは公共事業からも排除されることは必至である。

しかるに、債務者組合員らは、未だに繰り返し債権者を誹謗する違法な活動を続けている。債務者組合員らのこうした行為を放置するならば、債権者は、早晩経営危機に陥り倒産することは日を見るより明らかである。よって、本件仮処分により、右違法行為を緊急に禁圧する必要がある。

第三争点に対する判断

一  争点1(債務者の業務妨害活動はあったか)

1  債務者による債権者の取引先等への教宣活動

争いのない事実及び(書証略)によると、次の事実が一応認められる。

(一) 債務者分会長金井、副分会長松本、同金丸、書記長篠原他二名は、平成六年一〇月三一日、午前一一時ころ、施工業者である株式会社興建社本社事務所を訪れ、債権者が残コンを混入させたJIS規格違反の不良生コンを出荷している、直ちに仕様を中止するようにと申し入れ、申入書、ビラ、「残コン出荷の記録」、都労委審問速記録の抜粋を交付した。右のビラには、債権者は「JIS規格でその使用が禁止されている残コンを知らぬふりして販売し、金もうけ第一のモラルのかけらもない悪徳な企業です」「これまで大沢生コン社は言を左右して、残コンの使用を否定してきましたが、組合の追求に、ついに「品質上は問題にならないんじゃないですか」(会社側弁護士)と残コン使用を正当化し、社長は「そういうケースも稀にはございます」と残コン使用を認める証言をしました」などと記載されていた。また、申入書には、債権者が、JIS規格違反の不良生コン(残コン)を出荷している旨、都労委の審問において債権者代表者が残コンの使用を認めた旨が記載されており、「私たち組合は大沢生コン社の悪質な経営姿勢を改めさせ、正常かつ円満な労使関係を確立するため、関係各方面の御協力をいただきながら、告発を含めたあらゆる合法的手段を行使していくつもりです」「つきましては、貴社におかれましても大沢生コン社に対し、断固たる対応をされるよう要請致します」と記載されていた。「残コン出荷の記録」には、平成六年三月一五日、同月一八日、同月二三日、同月二四日、同年四月六日、同月一一日、同月一三日の七カ所の工事現場に債権者が残コンを出荷したことを、残コン発生現場と残コン出荷現場について建設会社名、現場名、プラント出発時刻、運搬数量積載生コン強度を一覧表にして記載した書面である。都労委審問速記録抜粋は、都労委平成三年(不)第四五号事件の第一六回、第一七回及び第一八回審問速記録のそれぞれ一部(第一六回については一丁及び二丁、第一七回については一一丁ないし一三丁及び一五丁、第一八回については、一丁及び二丁)の写しである。その際、金井分会長らは、債権者代表者が都労委で残コンの混入を認めている、こういう不良生コンを使えば、興建社の信用にも響くので断固とした対応をすべきではないかと発言し、大沢生コンとの取引の即時中止を要求した。

(二) 債務者分会長金井らは、右同日、施工業者の白石建設株式会社を街宣車で訪れ、同社購買課責任者に面会を要求した。同社が面会を拒否したところ、組合員らが「面会しなければ工事現場に街宣をかける」と発言したため、同社購買担当次長が面会した。金井分会長らは、興建社におけると同趣旨の発言をし、同様に書面を交付した。

(三) 債務者組合員らは、平成六年一一月初め、株式会社鈴木建業を訪れ、勤務中の同社社員に対し、「お宅の現場に生コンを納入している大沢生コンは残コンが混じっている。これはJIS規格違反の不良生コンの出荷なので、直ちに使用を中止するように」と申し入れ、申入書、ビラ、「残コン出荷の記録」、都労委審問速記録の抜粋等を交付した。

(四) 平成六年一一月三日、遠藤工務店の専務取締役の自宅ポストにビラ三枚が投函され、翌四日、同社のファックス受信機に同様のビラが送信された。債務者金丸副分会長、篠原、福島各組合員は、同日、杉並区高円寺南五丁目の同社の工事現場(芝田マンション新築工事)に赴き、同社専務に対し、建築中の建物の躯体には、債権者が残コンを混入させた不良生コンクリートが使われている。債権者は今も残コンを混入させた不良生コンを製造・出荷しているから直ちに使用を中止するようにと要求し、申入書、ビラ、「残コン出荷の記録」、都労委審問速記録の抜粋の各書面交付した。その際、同組合員らは、残コンの混入については債権者代表者も認めていると、発言した。

(五) 債務者組合員金丸、篠原他二名は、同年一一月四日、施工業者であり、箱根、東武、協和建設共同体の一員として杉並区発注の公園造成工事を施工している箱根植木株式会社を訪れ、同社総務部参与に対して、債権者が不良生コンを出荷している、公共事業にこのようなJIS規格違反の不良生コンを使用すると大変なことになる、直ちに使用を取り止めるようにと要求し、同社が債権者の生コン使用を中止しなければ、同社が担当する現場の発注者である杉並区役所、さらに建設省にも押し掛ける旨発言した。

(六) 債務者組合員金丸、篠原他二名は、右同日、施工業者である株式会社小池工務店を訪れ、同趣旨の発言をして債権者の生コンの使用中止を要求し、これに応じなければ、施工中の工事現場付近で街宣活動及びビラまきを行う、そうなれば、同社の信用もなくなって大変なことになる旨発言した。

(七) 債務者分会長金井、同副分会長松本他一名は、同年一一月二日、株式会社興建社を再度訪れ、「一〇月三一日に大沢生コンの使用を中止するよう申し入れたのに、まだ使用しているのか」「どうしてもやめなければ工事現場に押し掛けて街宣活動やビラまきをする」等と発言して債権者の生コン使用を中止するよう繰り返した。同者からの連絡で、債権者代表者が急遽同社に赴き、債務者分会長金井らに退去を求めたが、右金井らはこれに応じず、警察の出動後、ようやく退去した。

(八) 金井分会長、松本、福島各組合員は、平成六年一一月七日、再度白石建設株式会社を訪れ、「債権者の生コンは残コンが混入している不良生コンだ、こんな生コンを使用するのは直ちにやめよ、債権者がこんな不良生コンを作って出荷しているということを杉並区役所や通産省にも言いに行くつもりだ、そうなれば白石建設の信用問題にもなる」と発言した。

(九) 金井分会長、松本、福島各組合員らは、平成六年一一月七日、再度株式会社鈴木建業を訪れ、同社代表者に対し、前回と同様の発言をし、さらに債権者からの納品を続ければ、鈴木建業の現場に組合のビラを撒くと発言した。

(一〇) 債務者組合員金丸、篠原らは、同年一一月九日、施工業者である株式会社岩本組を訪れ、平成六年三月二三日に納入した製品には残コンが混じっている。債権者はこうした残コンを混入させたJIS規格違反の不良生コンを出荷しているので直ちに使用を中止せよと要求し、申入書、ビラ、「残コン出荷の記録」、都労委審問速記録の抜粋を交付した。

(一一) 債務者分会長金井、同副分会長松本他二名は、同年一一月一一日、箱根植木株式会社を再度訪れ、「前回ビラを渡して強く申し入れたのに、まだ大沢生コンに生さんを納入させているのか、杉並区役所に押し掛けるぞ」などと発言し、執拗に使用中止を迫った。

(一二) 債務者は、平成六年一二月一二日以降工事発注者である杉並区役所に対して、債権者が残コンを混入させた不良生コンを出荷していると申し入れ、申入書において、債権者の残コン使用について区建設課、関係する建設会社、債権者、債務者により過去にさかのぼって調査・究明する場を設けることなどを申し入れた。

その後も債務者組合は、平成七年一月一日に、同月二三日、同月二四日、同月三〇日と繰り返し杉並区役所に赴き、債権者による不良生コンの使用を調査せよと要求した。

(一三) 債務者組合員らは、平成六年一一月中、債権者の工場の所在する杉並区上井草付近や出荷先の工事現場付近の各民家の郵便受けに同趣旨のビラを投函し、また、西武新宿線井荻駅、JR中央線高円寺駅前付近等で通行人に手渡すなどして、ビラ多数を配布した。

(一四) 債務者は、平成七年二月以降、繰り返し杉並区役所に押し掛け、その玄関前及び付近の路上において、街宣車に備え付けの拡声器を使用して債権者が金儲けのために残コンを混入させた生コンを出荷している旨の虚偽教宣活動を繰り返している。

債務者は、平成七年二月一三日午前九時三〇分頃、杉並区役所前の路上において、街宣車に備え付けの拡声器を使用して、「住宅、ビルそんなもの壊れても何の関係もない。もうかりゃいい、そういう考えしかない社長であります」「途中まで使って残った『残コン』を他に持っていって使う。皆さんの住宅も公共事業の杉並区役所の仕事にも使っている、それをそんなこと当たり前じゃないかと言う。そんなたわけた社長であります」といった内容の教宣活動を展開した。

また、債務者は、平成七年一月二三日JR阿佐ヶ谷駅前で、同月二四日西武新宿線井荻駅前、杉並区井草三丁目周辺及びJR阿佐ヶ谷駅前で、同月三〇日JR荻窪駅北口前で、街宣車に備え付けたスピーカーから大音量で債権者を誹謗・中傷する内容の演説を行なったり、債務者組合員多数が債権者を非難するシュプレヒコールを上げたりした。

(一五) 債務者は、平成七年二月二八日、杉並区役所前において、「都議会で問願に・大沢生コンの残コン使用問題」の見出しの下に「大沢生コン社が残コンを公共工事でも使っていたことを組合員が内部告発した」「二月二一日の都議会で佐々木某都議が大沢生コンの残コン問題を取り上げて『生コンの品質管理に問題があるのでは』と指摘した」旨の記載があり、裏面に新聞の切り抜きと枠囲いの文章があり、佐々木都議の質問に対して都側は七一年と七四年に建設された二か所の建物のコンクリート部分に設計強度を下回っている箇所があったことを認めた、との記載のあるビラを配布し、また、拡声器を使用して街宣活動を行なった。

2  残コン使用事実の有無

一般に使用者には、事業経営の主体として自己の事業を他人の妨害を受けずに円滑に営む権利、すなわち営業権を有し、これは法的保護の対象となる権利ないし利益であると認められる。

1において、一応認められた債務者の行為は、単に債権者の残コン使用事実を告知するだけでなく、その態様として、債権者との取引の停止を求め、ときには債権者との取引を停止しなければ、各会社の周辺あるいは工事現場において街宣車において街宣活動をしたり、ビラを配ったりして各会社の業務を妨害することを発言しており、債権者の業務の妨害となる危険の大きいものと認められる。本件教宣活動が、債権者の業務を妨害する危険が大きいものである以上、その内容の正しさについては慎重に吟味した上で教宣活動を行うべきものであり、十分な客観的証拠、また、債権者の弁明などを待って行うべきであると解される。

そこで、以下において、債務者主張の事実の真実性及び債務者がその事実を真実と信じることに相当な理由があったか否かについて検討する。

(一) 「残コン出荷の記録」と題する書面について

(1) 債務者が債権者の各取引先への教宣活動に際し交付した「残コン出荷の記録」と題する書面は、債務者組合員松本憲一郎のメモに基づいて作成したもので、次のような内容を記載したものである。

<1> 平成六年三月一五日午後三時一九分、白石JVの杉並地下駐車場(杉並区井草四―一四)の現場に二・三立方メートルの生コンを運搬し一・〇立方メートルの残コンが発生した。これに一・五〇立方メートルつぎ足して午後三時四二分、錢高組の豊玉ハイツ(練馬区豊玉南三―九)の現場に合計二・五立方メートル(強度二一〇kg/m2)の生コンを運搬したこと。

<2> 同月一八日午前一〇時二三分、酒井工業の現場に二・五立方メートル(強度一八〇kg/m2)の生コンを運搬し〇・四立方メートルの残コンが発生した。これに二・一立方メートルの生コンをつぎ足して午前一一時二九分、城南佐藤工務店の現場に合計二・五立方メートル(強度二四〇kg/m2)の生コンを運搬したこと。

<3> 同月二三日午後一時五五分、マツダの現場(杉並区高円寺南四)に二・〇立方メートル(強度二四〇kg/m2)の生コンを運搬し一・二立方メートルの残コンが発生した。これに一・三立方メートルの生コンをつぎ足して午後三時一〇分、岩本組の現場に合計二・五立方メートル(強度二四〇kg/m2)の生コンを運搬したこと。

<4> 同月二四日午前一〇時一八分、中央建設の現場に二・五立方メートル(強度二四〇kg/m2)の生コンを運搬し〇・五立方メートルの残コンが発生した。これに二・〇立方メートルの生コンをつぎ足して午後〇時四五分、石田ブロックの現場に合計二・五立方メートル(強度一八〇kg/m2)の生コンを運搬したこと。

<5> 同年四月六日午前九時三五分、平田建設の現場に二・五立方メートル(強度一八〇kg/m2)の生コンを運搬し二・三立方メートルの残コンが発生した。これをそのまま、午後〇時三五分、山方商事の現場に運搬した(伝票上は二・〇立方メートル)こと。

<6> 同月一一日午後〇時五八分、いすず建設の現場に、二・五立方メートル(強度一八〇kg/m2)生コンを運搬し〇・七立方メートルの残コンが発生した。これに一・八立方メートルの生コンをつぎ足して午後一時五五分、箱根・東武・協和JV(杉並区機械技術研究所跡地公園井草四―一四)の現場に合計二・五立方メートル(強度二五五kg/m2)の生コンを運搬したこと。

<7> 同月一三日午前一〇時五〇分、若月工務店の現場に一・五立方メートル(強度二一〇kg/m2)の生コンを運搬し〇・七立方メートルの残コンが発生した。これに一・八立方メートルの生コンをつぎ足して午後一時一〇分大一建設の現場に合計二・五立方メートル(強度二一〇kg/m2)の生コンを運搬したこと。

(2) (書証略)によると、「残コン出荷の記録」は、債務者組合員松本憲一郎が体験した事実を記載したメモにより作成されたとされ、これを前提とする債権者が残コンを出荷したことを直接的に明らかにするものということができる。

(二) 債権者における製造記録及び出荷伝票

(1) ところで、(書証略)によると、債権者における生コンの製造及び出荷は次のように行われていることが認められる。

<1> 出荷先毎の出荷数量等を記載した納入予定表に基づいて、出荷する生コンの伝票(納入書控、納入書、受領書の三枚複写)を作成する。

<2> 債権者の生コン製造係の宮腰秀夫は、この伝票に基づいてバッチャープラントの操作盤を操作して、プラント装置を作動させ、伝票に記載されたとおりの容積、コンクリート種類、呼び強度、スランプの生コンを製造する。

<3> 宮腰は、材料を混ぜ合わせる段階で、計量器の基準値が正しくゼロの位置にあることを確認し、その上で各材料を計量器に流し込み、使用する各材料の計量値が配合基準どおりになっているかを確認し、適正であれば、「目視検査及び製造実績」表の該当欄に○印を記入する。

<4> 宮腰は、計量器内における材料をミキサー内に投入して練り混ぜを行い、その際に生コンのスランプ(柔軟性)、ワーカビリチー(作業性状)が注文どおり仕上がっているかを目視で確認し、適正であれば「目視検査及び製造実績」表の該当欄に○印を記入する。

<5> 宮腰は、練り混ぜ完了後に、ミキサーゲートを開いて、練り上がった生コンをウエットホッパーに流し込み、ウエットホッパーについている目盛りによって、練り上がった生コン容量の目視検査を行い、適正であれば、「目視検査及び製造実績」表の該当欄に○印を記入する。

<6> 以上の作業の後でミキサー車に生コンを積載する。

「残コン出荷の記録」に記載された各残コン出荷現場に対応する「目視検査及び製造実績」表の製造数量欄には債務者が残コンと合わせて運搬したとする生コンの量と一致する数量が記載されており、債務者がつぎ足したとする数量以上の生コンが製造されたこととなっており、計量値確認欄、目視検査欄にはいずれも○印が記載されている。そして、右の各現場に対応する受領書には製造数量と一致する数値が記載されている。

(2)したがって、「目視検査及び製造実績」表の記載を前提とすると、債権者は、債務者が残コンを出荷したと主張する現場には、新たに製造した生コンを出荷したものと推認することができる。

(三) 都労委における債権者代表者の証言

(書証略)によると、債権者代理人が、平成六年八月二九日に開かれた都労委平成三年不第四五号事件第一六回の審問において、債務者組合員松本憲一郎に対し、ミキサー車一台分の生コンが丸々余った場合の再出荷について質問したこと、同年九月一六日に開かれた同事件第一七回の審問において高い強度の生コンをそれより低い強度の生コンを必要としている現場に再出荷する場合について質問したこと、債権者代表者が同年一〇月一二日開かれた同事件第一八回の審問においてJIS規格において定められた生コンを製造から九〇分以内に荷卸しをしなければならないが、購入者との協議によってはこの時間を延長してもよいとの規定との関係で、購入者の了解があれば、ある現場で使用しなかった生コンを他の現場に転用することも稀にはある旨の証言をしたことがそれぞれ認められるが、債権者代理人の質問は、一定の前提でどのような場合に残コンの出荷が許されるか否かについて証人である債務者組合員松本憲一郎の見解を質したものであり、また、債権者代表者の証言もミキサー車一台分の生コンが丸々余った場合についての証言であることが窺われ、また、それも極めて稀でありほとんどは債権者工場内の残コン廃棄処理設備によって廃棄していることを証言していることが認められる。

そうすると、債権者代表者が認めたと債務者が主張するのは、いわゆる丸余り残コンについてのみであり、これが許されるか否かは、JIS規格の規定の解釈によるものというべきである。

そこで、どのような場合について、残コンの出荷が問題となるかについて検討する。

(書証略)によると、生コンのJIS規格(A5308)には、残コンに関する規定は存しないが、生コン一般についての右JIS規格の規定は、生コンの種類に応じた品質、製造方法等を規定し、品質、強度が維持されることを規制しているものと認められる。生コンの品質、強度は、その材料と配合の基準及び製造から荷卸しまでの時間に依存しているものというべきであり、特に洗浄水等の加水がなされるとJIS規格に規定した混合比率と異なるものとなること、また、いわゆる一部残コンにつぎ足しがなされた場合も残コンの混合比率とつぎ足した残コンの混合比率が異なればその点でJIS規格で定めた混合比率が維持できなくなるため生コンの品質上の問題が生じるものというべきである。

しかしながら、加水されていないいわゆる丸余り残コンは、加水及びつぎ足しによる混合比率の問題は生じず、運搬時間の問題が残るだけであると考えられる。そして、JIS規格A5308―7・4・(2)によると、生コンの運搬は原則として練り混ぜを開始してから一・五時間以内に荷卸しをするのを原則とするが、購入者との協議の上運搬時間の限度を変更することができるとしているところである。もちろん、生コンの練り混ぜを開始してから一・五時間以内に荷卸しをすることが原則であり、できるだけ早期に荷卸しできるように時間を調節することが望まれるが、JIS規格による制限としては、右の時間内であれば、JIS規格品としての条件を満たしているというべきである。したがって、加水のされていないいわゆる丸余り残コンについては、右の運搬時間の制限の範囲内であれば、特にJIS規格品としての品質上の問題は生じないものとも解する余地がある。

また、右の第一七回審問における債務者組合員松本憲一郎の証言及び「残コン出荷の記録」の記載からも明らかなように、当時組合が問題としていたのはいわゆる一部残コンの問題であったということができる。

そうすると、いわゆる丸余り残コンは、JIS規格違反となるか否かについても議論の余地があり、一部残コンの場合と異なり、JIS規格で定めた運搬時間の範囲内であるかぎり、混合比率の違いによる品質上の問題の生じないものであり、右のように問題の少ない丸余り残コンを前提とした債権者代表者の証言をもって、債務者が問題とする混合比率の問題が生じる一部残コンの事実を債権者が認めたというにはあまりにも著しい誇張があるというべきである。

(四) 債権者における生コンの品質管理と残コン処理の状況

(書証略)によると、次の事実が認められる。

債権者は、JIS規格適合の生コンを製造・販売するために生コンの製造・出荷・品質管理に関し、社内規格を制定しており、債権者は、普通コンクリート製品についてはJIS規格品をほぼ網羅し、舗装コンクリートはJIS規格外品として、製造・販売し、軽量コンクリート製品は製造していない。債権者は、購入者から生コンの材料の組み合わせによる生コンの種類(JIS規格に定められている)を指定され、指定された種類の生コンを製造するために、セメント、水、骨材等の配合費を決定する(JIS規格A5308―5・1)。

債権者においては、ミキサー車乗務員は、生コンの荷卸しが終わった場合には、必ず、残コンの有無を確認し、工場に戻って洗浄水と共に残コンを廃棄処理し、さらに、生コンの積み込み作業を担当する製造係が、右残コン処理の実施の有無を確認した上で、新たに製造された生コンの積み込み作業にとりかかるという作業手順を採用している。債権者は、ミキサー車乗務員に対して、残コンを持ち帰った乗務員が自ら残コン処理装置を操作できるように講習を実施しており、各乗務員がその操作に習熟するように指導をしている。

(五) 残コン処理簿

(書証略)によると、債権者は、平成六年九月一三日以降は残コン処理記録簿を作成し、ミキサー車乗務員が残コンを持ち帰った場合には、残コン処理記録簿に記録し署名したうえで残コンの廃棄処理をすることとしたこと、右の残コン処理記録簿には、債務者組合員である篠原、同松本、同金丸、同金井らの署名がなされていることが認められる。

これによると、債務者が本件教宣活動を始めた平成六年一〇月当時は、残コンの処理については、右の残コン処理記録簿によって、債権者において残コンを処理したことが記録されていたというべきである。

(六) その他

債務者は、債権者の残コン処理施設の設置位置が残コン処理のためには不自然であることを指摘する。しかしながら、(書証略)によると、残コンの処理設備の操作には五分から一五分前後の短時間で処理することができることが認められ、必ず残コンを処理した後に製造された生コンを積載することを考慮するならば、債権者の残コン処理施設の設置位置も必ずしも不合理な配置とはいえない。

債務者は、債権者が残コンを出荷した事実の疎明資料として、債権者の元従業員である青葉勝治、佐藤武夫、倉田成八郎、鈴木広の各陳述書(書証略)を提出する。

しかしながら、右の陳述書は、いずれも残コンの出荷の日時等も特定されておらず、また、もっとも遅くまで債権者で就労していた鈴木広でさえも平成二年五月まで勤務していたものであるから、これらの陳述書をもって、本件教宣活動の時期において債権者が残コンを出荷していた事実を認めることはできない。

また、(書証略)によると、都議会において、佐々木都議が、債務者の主張を踏まえた質問をした事実は認められるが、これは、コンクリート構造物の耐振性に関連した質問の中で触れられたものであり、これをもって、債権者が残コンを出荷した事実を認めることもできない。

(七) 債権者製造係宮腰の陳述と債務者組合員松本憲一郎の証言の信用性

以上の検討によると、直接的に債権者の残コン出荷の具体的事実に係わる疎明資料は、「残コン出荷の記録」及び「目視検査及び製造実績」表であるというべきであり、「残コン出荷の記録」は、債務者組合員松本憲一郎のメモに基づくものであり、他方、「残コン出荷の記録」の各残コン出荷現場に対応する各「目視検査及び製造実績」表は、債権者製造係宮腰秀夫が作成したものである。

したがって、「残コン出荷の記録」の作成の基となった松本憲一郎のメモ及び同人の都労委における証言と宮腰秀夫の陳述書のいずれが信用性が高いかによって、債権者が債務者主張のように残コンを出荷した事実が存在するか否かが決せられるというべきである。

そうしてみると、債権者においては、既に認定したように生コン出荷の作業手順が定められ、債権者は、ミキサー車乗務員に対して講習を実施して残コンを持ち帰った乗務員が自ら残コン処理装置を操作し、その操作に習熟するように指導がなされていること、少なくとも平成六年九月以降は残コン処理記録簿により残コンの再出荷の事実は認められないこと、(書証略)によると、平成六年三月一五日の残コン発生の事例は、白石JVへの最終の生コンの出荷の事例ではなく、右の出荷の後にも同一現場へ少なくとも四回の出荷がなされていることが認められるところ、同一現場への一連の生コンの出荷の途中において残コンが発生するのは、通常は考えられないものであること、その他に債務者組合員松本憲一郎の証言を裏付ける資料が見当たらないことを考慮すると、同人の証言よりも宮腰の陳述の方が信用性が高いというべきである。

(八) まとめ

以上によると、債務者が主張するように債権者が現在においても残コンを出荷しているとは直ちに認められず、また、そのように信じる十分な客観的資料も存しないというべきである。

二  争点2(債務者の活動は正当な組合活動か)

1  残コン使用についての教宣活動と組合活動

労働組合は、労働者の地位の向上を目指すことを目的とした存在であり、労働組合が労働者の地位の向上を図るためには、狭い意味での労働条件についてだけではなく、社会活動、文化活動などの活動も組合活動として認められるものと解される。そのような活動の一環として、使用者の違法な行為を内部告発等することも認められるものではあるが、それは、組合員の権利利益に直接関係する立法や行政措置の促進又は反対のための活動の範囲で認められるものであり、また、使用者の権利ないし利益を積極的に侵害しない態様のものとして認められるというべきである。

残コンの使用は、建造物の安全性に関わるきわめて公共性の高い問題であり、債務者の活動は、杉並区役所等の調査などの行政措置を要求するものということができる。

しかしながら、債務者の本件教宣活動は、債権者の営業権を侵害する恐れのある行為でありながら、その内容である本件残コン問題は、労働条件とは直接の関係もなく、また、債務者は、本件残コン問題について、十分な客観的資料に基づかず、債権者に残コン出荷の有無を確かめるなど債務者の弁明を質す機会を与えることもなく、著しい誇張を加えて本件教宣活動に及んでいる。また、債務者は、従来から団体交渉などにおいて、債権者の残コン出荷の中止を求めてきたと主張するが、右事実を認めるに足りる疎明資料は存しない。よって、債務者による本件教宣活動は、組合活動としての保護を受けるには足りないといわざるを得ない。

2  本件教宣活動と正当な表現行為

残コン使用は、建造物及び都市の安全性にかかわる重大な問題であり、コンクリートの品質不良を知りうる生産現場の者がこれを告発することは、市民の言論活動のレベルにおいても極めて重要なものということができる。しかしながら、言論活動といえども、無制限に認められるものではないところ、本件教宣活動は、少なくとも教宣活動が開始された時期以降においては、債権者が残コンを出荷している事実は認め難いものであるにも係わらず十分な客観的資料を収集するでもなく、債権者代表者の言葉を著しく誇張するなどして、現在においても債権者が残コンを出荷しているかのような教宣活動をしており、意図的なものすら感じられるものであり、正当な言論の保障の域を逸脱するものといわざるを得ない。

また、仮処分は、行政機関ではなく、司法機関としての裁判所が発するものであり、検閲には該当しない。

3  よって、債権者には、営業権に基づき、債務者の違法な教宣活動を差し止める権利があると認められる。

三  争点3(保全の必要性の有無)

債務者の本件教宣活動を制限したとしても、改めて、十分な調査の基に、客観的資料を収集し、債権者の弁明を質した上で、正当な内容の教宣活動を行うことは禁止されるものではない。

他方、(書証略)によると、債務者の教宣活動により、債権者との取引停止を求められた施工業者のうち何社かは仲介の商社に対して、債務者組合員の活動によりトラブルに巻き込まれることを恐れ、施主にまで迷惑がかかると自己の信用にも傷が付くとして、別の業者から生コンを購入するよう指示し、債権者の取引がキャンセルされたものがあるほか、新規受注が減少したことが認められる。

現在、債務者が教宣活動を行っている対象は、施工業者及び工事発注者としての杉並区及び一般市民に対するビラの配布などであるが、債権者に効果的に打撃を与えるためには、いずれ仲介業者である債権者の取引先に対しても教宣活動を行う恐れがあり、その蓋然性は極めて高いというべきであり、そのときは、債権者の企業としての存立が危うくなるものと推測することができ、このような債務者の違法な内容の教宣活動を放置するときは、債権者の営業権が重大な侵害を受ける差し迫った危険性があるというべきであり、本件仮処分の必要性が認められる。

五  よって、債権者の申立を認容し、主文のとおり決定する。

(裁判官 塩田直也)

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