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東京地方裁判所 平成6年(ワ)10465号 判決 1998年8月28日

本訴原告(反訴被告)

センチュリータワー株式会社

右代表者代表取締役

赤尾一夫

右訴訟代理人弁護士

升永英俊

津山齊

福井健策

日下部眞史

右訴訟復代理人弁護士

唐津真美

池田知美

澤野順彦

山田亨

本訴被告(反訴原告)

住友不動産株式会社

右代表者代表取締役

髙城申一郎

右訴訟代理人弁護士

遠藤英毅

今村健志

右訴訟復代理人弁護士

戸張正子

主文

一  本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)に対し、金三億三二七五万五一一八円及び内金五九五九万六三一五円に対する平成六年五月二七日から、内金六八〇八万二六五五円に対する同年七月八日から、内金六八〇八万二六五五円に対する同年七月一七日から、内金一億三六九九万三四九三円に対する同年九月一九日から、各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  本訴被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、本訴被告(反訴原告)の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  本訴

主文第一項同旨

二  反訴

本訴被告(反訴原告)と本訴原告(反訴被告)との間の別紙物件目録二記載の建物部分の賃貸借契約における賃料が、平成六年四月一日以降同年一〇月三一日までは年額金一三億八一九四万四〇〇〇円、同年一一月一日以降平成九年二月二八日までは年額金八億六八六三万二〇〇〇円、同年三月一日以降年額金七億八九六七万二〇〇〇円であることを確認する。

第二  事案の概要

一  本件本訴事件は、本訴被告(反訴原告、以下「被告」という。)に対し、別紙物件目録二記載の建物部分を賃貸していた本訴原告(反訴被告、以下「原告」という。)が、いわゆる賃料自動増額特約に基づいて賃料が増額されたと主張して、右増額後の賃料と被告の支払賃料との差額(不足分)を敷金により充当した上で、被告に対し、敷金の不足分の補充を請求した事案であり、本件反訴事件は、被告が原告に対し、賃料額が不相当になったことを理由に賃料減額を請求したことに基づき、相当賃料額の確認を求めた事案である。

二  前提事実(証拠を掲記しない事実は、当事者間に争いがない。)

1  原告(旧商号は、センチュリー土地建物株式会社)は不動産の管理、賃貸等を目的とする株式会社であり、被告は不動産の取得、処分、賃貸借等を目的とする株式会社である。

2  原告と被告は、昭和六三年一二月一三日、別紙物件目録一記載の建物(以下「本件建物」という。)のうち同目録二記載の建物部分(以下「被告賃借部分」という。)について、原告を賃貸人、被告を賃借人とする賃貸借予約契約を締結した(以下「本件予約契約」という。)。

3  原告は、平成三年四月一五日、本件建物を竣工させ、被告に対し、被告賃借部分を引き渡した。

4  原告と被告は、同年四月一六日、本件予約契約に基づいて、以下の内容の賃貸借契約を締結した(以下「本件契約」という。)。

(一) 提携方法(第一条)

(1) 原告は、被告に対し、被告賃借部分を一括賃貸し、被告はこれを賃借する(第一項)。

(2) 被告は、被告賃借部分を自己の責任と負担において第三者に転貸し、賃貸用オフィスビルとして運用する。ただし、被告は、転借人を決定する場合には、事前に原告に相談して書面による承諾を得るものとする(第二項本文、ただし書第一号)。

(二) 賃貸借の期間(第四条)

(1) 原告が被告に一括賃貸する期間は、本件建物竣工時から満一五年間とする。

ただし、期間が満了した場合には、原告と被告が互いに協議の上、さらに一五年間本件契約を更新するものとし、以後同様とする(第一項)。

(2) 本条の賃貸借期間中は、原被告双方とも、次の場合以外は、中途解約できない(第二項)。

① 天災地変不可抗力によって本件建物が損壊し、その損壊が甚大なため本件建物を取り壊さなければならない場合(第一三条第一号本文)

② 原告又は被告のいずれかが、本件契約の条項につき、重大な違反を犯し、原被告又はいずれか一方の警告によってもこれが回復されない場合において六か月以上前に予告したとき(第一六条)

(三) 賃料(第五条)

(1) 家賃

年額 金一九億七七四〇万円

共益費相当分

年額 金三億一六四〇万円

(第一項)

(2) 被告は、前項の賃料の一二分の一を毎月末にその月分を原告の指定する方法で支払う(第二項)。

(3) 賃料の支払起算日は、被告が原告から本件建物の引渡を受けた日の翌日とする(第三項)。

(四)  賃料の値上げ(第六条)

(1)  家賃については、本件建物竣工時から満三年経過ごとに直前賃料の一〇パーセント値上げをする(第一項)。

(2)  被告の転貸条件が、被告が原告から一括賃借する条件を増減しても、原告及び被告は、それを理由として家賃の変更を申し出ることはしない(第二項)。

(3)  急激なインフレ、その他経済事情に著しい変動があった結果、第一項の値上げ率及び第七条一項の敷金が不相当になったときは、第一項の値上げ率を原被告にて協議のうえ変更することができる(第三項)。

(五) 敷金(第七条)

(1) 被告は原告に対し、次のとおり総額金四九億四三五〇万円を敷金として預託した。

昭和六三年一二月一四日

金一六億五五〇〇万円

平成二年九月一七日

金一六億五五〇〇万円

平成三年四月一六日

金一六億三三五〇万円

(第一項)

(2) 第六条第三項に規定する経済事情の変動があった後において、被告賃借部分に空室が生じた場合には、その部分の敷金について、原被告協議の上前項の敷金を改定することができる(第二項)。

(六) 敷金の預託(第八条)

(1) 充当

被告が、賃料その他本件契約に基づき原告に対し支払うべき金員を延滞したときは、原告は被告に対する通知催告をすることなく敷金をもって弁済に充当することができる(第二項)。

(2) 補充

第二項の場合、被告は原告から補充請求を受けた被告から一〇日以内に敷金を補充しなければならない(第三項)。

(七) 解約の禁止(第一六条)

本件契約は、原被告双方とも解約することはできない。但し、原告又は被告のいずれかが、本件契約の条項につき、重大な違反を犯し、原被告又はいずれかの一方の警告によってもこれが回復されない場合には、六か月以上前の予告をもって解約することができる。

5  平成六年四月分賃料

(一) 本件契約をそのまま適用した場合の平成六年四月分の賃料及び消費税の合計額は、次のとおり金二億〇五三七万〇八四二円であった。

(1) 同年四月一日から同年四月一五日までの賃料

金八二三九万一六六七円

本件契約第六条第一項(以下「本件賃料自動増額特約」ともいう。)に基づく同年四月一六日から同年四月三〇日までの賃料 金九〇六三万〇八三三円

(2) (1)にかかる消費税

金五一九万〇六七五円

(3) 共益費相当分

金二六三六万六六六七円

(4) (3)にかかる消費税

金七九万一〇〇〇円

(二) しかし、被告は、平成六年四月二八日、同年四月一日から同月末日までの賃料及び消費税として、金一億四五七七万四五二七円を支払ったにとどまり、約定賃料に金五九五九万六三一五円充たなかった。

(三) 原告は、同年五月一日、本件契約第八条第二項に基づき、右不足分を敷金により充当した上で、同年五月一六日到達の書面により、被告に対し、本件契約第八条第三項に基づき、右不足分を充当したことにより生じた敷金の不足分を一〇日以内に補充して支払うよう催告した(甲第四号証の一、二)。

6  平成六年五月分ないし同年八月分賃料

(一) 本件契約をそのまま適用した場合の平成六年五月分ないし同年八月分の賃料及び消費税の合計額は、次のとおり金二億一三八五万七一八二円であった。

(1) 同年各月一日から各月末日までの賃料 金一億八一二六万一六六六円

(2) (1)にかかる消費税

金五四三万七八四九円

(3) 共益費相当分

金二六三六万六六六七円

(4) (3)にかかる消費税

金七九万一〇〇〇円

(二) しかし、被告は、平成六年五月三一日、六月三〇日、七月二九日及び八月三一日、各月賃料及び消費税として、金一億四五七七万四五二七円を支払ったにとどまり、各月の約定賃料に金六八〇八万二六五五円充たなかった。

(三) 原告は、同年六月二四日、七月五日及び九月七日、本件契約八条第二項に基づき、各月の不足分をそれぞれ敷金により充当した上で、同年六月二七日、七月六日及び九月八日にそれぞれ到達した書面により、被告に対し、本件契約第八条第三項に基づき、右不足分を充当したことにより生じた敷金の不足分を一〇日以内に補充して支払うよう催告した(甲第四三号証の一、二、第四五号証の一、二、第四七号証の一、二)。

7  平成六年五月分ないし八月分賃料の遅延損害金

本件契約をそのまま適用した場合の平成六年五月分ないし八月分賃料の遅延損害金は、次のとおりであった。

(一) 平成六年五月分

(1) 未払賃料

金六八〇八万二六五五円

(2) 遅延損害金

金二六万八六〇〇円

ただし、(1)に対する、同年五月分賃料等の弁済期の翌日である同年六月一日から右未払賃料等を敷金により充当した同年六月二四日まで、商事法定利率年六パーセントの割合による遅延損害金

(二) 同年六月分

(1) 未払賃金

金六八〇八万二六五五円

(2) 遅延損害金 金五万五九五八円

ただし、(1)に対する、同年六月分賃料等の弁済期の翌日である同年七月一日から右未払賃料等を敷金により充当した同年七月五日まで、商事法定利率年六パーセントの割合による遅延損害金

(三) 同年七月分

(1) 未払賃料

金六八〇八万二六五五円

(2) 遅延損害金金四二万五二八三円

ただし、(1)に対する、同年七月分賃料等の弁済期の翌日である同年八月一日から右未払賃料等を敷金により充当した同年九月七日まで、商事法定利率年六パーセントの割合による遅延損害金

(四) 同年八月分

(1) 未払賃料

金六八〇八万二六五五円

(2) 遅延損害金 金七万八三四二円

ただし、(1)に対する、同年八月分賃料等の弁済期の翌日である同年九月一日から右未払賃料等を敷金により充当した同年九月七日まで、商事法定利率年六パーセントの割合による遅延損害金

(五)原告は、同年九月七日、本件契約第八条二項に基づき、右各遅延損害金を敷金により充当した上で、同年九月八日到達の書面により、被告に対し、本件契約第八条第三項に基づき、右各遅延損害金に充当したことにより生じた敷金の不足分を一〇日以内に補充して支払うよう催告した(甲第四七号証の一、二)。

8  被告の賃料減額請求

(一) 被告は、平成六年二月九日到達の書面により、原告に対し、被告賃借部分の平成六年四月一日以降の賃料(ただし、家賃部分。以下同じ。)を年額金一九億七七四〇円から金一三億八一九四万四〇〇〇円に減額する旨の意思表示をした(乙第一号証の一、二、第二号証)。

(二) 被告は、平成六年一〇月二八日到達の書面により、原告に対し、被告賃借部分の平成六年一一月一日以降の賃料を年額金八億六八六三万二〇〇〇円に減額する旨の意思表示をした(乙第三号証の一、二)。

(三) 被告は、原告に対し、平成九年二月七日の本件口頭弁論期日において、被告賃借部分の平成九年三月一日以降の賃料を年額金七億八九六七万二〇〇〇円に減額する旨の意思表示をした。

三 主要な争点

原告は、被告に対し、本件賃料自動増額特約(本件契約第六条第一項)に基づき、値上げ後の賃料と支払賃料との差額分について、敷金の補充を請求できるか。また、被告は、原告に対し、借地借家法三二条に基づき、賃料の減額を請求することができるか。

四  争点に関する当事者双方の主張

(被告の主張)

1 本件契約は賃貸借契約であり、借地借家法の適用を受ける。

(一) 借地借家法三二条は、事情変更の原則を具体化した規定であり、建物の賃貸借一般に適用される。

(二) 本件契約は、「建物の使用、収益」と「それに対する対価の支払」という要素を伴っている以上、賃貸借契約である。

本件契約における原告の動機が被告からの賃料収入確保にあったこと、及び、被告の動機が本件建物の転貸収入と原告に支払う賃料との差額を利益として取得することにあったことは間違いない。しかし、原告と被告が、このような動機を実現するための法形式として、あえて賃貸借契約という契約類型を選択して本件契約を締結した以上、本件契約が賃貸借契約であり、借地借家法の適用を受けることは当然である。

2 本件契約第六条第一項の賃料自動増額特約は、将来のインフレを想定した賃料の増額特約であり、同条第三項は、急激なインフレによって賃料相場が予想以上に上昇した場合に、一〇パーセントを超える賃料増額を可能とする利益調整条項である。

このように、本件契約第六条は、賃料不減額の特約ではなく、借地借家法三二条の賃料減額請求権を排除するものではない(賃料保証とは、せいぜい空室が生じた場合でも、被告賃借部分全体についての賃料を支払うという意味合いを有するにすぎない。)。

仮に、同条が不減額特約を含むとすれば、強行規定である借地借家法三二条に違反するから、同条はその特約を含む限りで無効である。

また、今日のようにオフィス賃料相場が暴落した状況においては、右特約は、一般の事情変更の原則によっても無効となる。

3 昭和六三年一二月一三日に本件予約契約(本件建物が竣工されてなかったために、予約契約としたにすぎず、実質的には本契約である。)が成立した後、いわゆるバブル経済の崩壊によって株価、地価が急激に下落し、都心部のオフィス需要が急速に冷え込んだ結果、オフィス賃料相場も、被告による減額請求権行使の効果が発生すべき各時点(平成六年四月一日、同年一一月一日及び平成九年三月一日)までに暴落した。その結果、被告が原告に対して負担する年額金一九億七七四〇万円の賃料は、不相当に高額となり、平成六年四月一日以降は年額一三億八一九四万四〇〇〇円、同年一一月一日以降は金八億六八六三万二〇〇〇円、平成九年三月一日以降は金七億八九六七万二〇〇〇円を相当とするに至った。

原被告双方とも、本件予約契約を締結した時点では、このようなオフィスビル市況の激変現象を全く予想しておらず、かつ予想できなかった。

したがって、被告は、原告に対し、借地借家法三二条に基づき、賃料減額請求をすることができる。

4 本件契約第六条は、前述のとおり、将来のインフレを想定した賃料の自動増額特約及び利益調整条項にすぎず、急激なデフレを想定した賃料不減額特約ではない。したがって、被告が、原告に対する賃料減額請求権を放棄したということはできない。

また、被告が賃料減額請求をすることが信義則に反し、権利の濫用にあたるともいえない。むしろ、今日の経済状況の下では、原告が、賃料自動増額特約に基づいて、値上げ後の賃料を前提とする敷金の補充を請求することの方が、信義則に反し、権利の濫用にあたるというべきである。

(原告の主張)

1 本件契約は、借地借家法の適用を受ける賃貸借契約ではない。

(一) 本件契約は、建物の賃貸借契約の形式をとっているが、その実質は、被告が、原告に対して賃料保証を与えるというリスクを負担する一方で、被告賃借部分を第三者に転貸して得る賃料と原告に支払う賃料との差額という投機的利益を取得することを目的とする、いわゆるハイリスク、ハイリターンの金融取引である。

(二) 借地借家法は、経済的弱者である賃借人の居住権を保護することを目的とする社会立法である。したがって、我が国を代表する不動産会社であり、原告と比較して圧倒的な経済的強者である被告が賃借人となっている本件契約には、同法は適用されない。

また、このような被告が、経済変動を予期した上で行う、純然たる商行為としての投機取引に対して、社会政策的考慮を基礎とする借地借家法を適用すべきではない。

2 本件契約第六条は、第一項において賃料自動増額特約を、第二項において、賃料は被告の転貸条件と無関係であることを、第三項において、急激な経済事情の変動があった場合に限り、例外的に賃料の値上げ率を増減するという方法により、原被告間の利益調整を図ることを、それぞれ規定している。

同条項は、原被告間で、あらかじめ合理的な利益調整方法を定めたものとして、原則として有効であり、被告は、原告に対し、賃料減額を請求することはできない。

もっとも、契約締結後、急激な事情の変更があり、当該事情変更後もなお賃料自動増額特約に当事者を拘束し続けることが衡平や信義則に反する場合には、例外的に、同特約は無効となりうるが、本件では、そのような事情は存在しない。

3 約定賃料が、借地借家法三二条にいう不相当になったか否かの判断は、契約締結後、急激な事情の変更が生じた場合において、このような事情変更後も従来の賃料自動増額特約に当事者を拘束することが、信義衡平の原則に照して不合理であるか否か、という観点からなされるべきである。

本件では、そもそも契約締結後に急激な事情の変更が生じたとはいえないし、賃料減額請求を認めなければ、信義衡平の原則に照して不合理であるともいえない。

4 被告は、本件契約第六条により、事前に原告に対する賃料減額請求権を放棄した。

仮に、借地借家法三二条の強行法規性により、賃料減額請求権の事前放棄が認められないとしても、被告は、自己の経営判断に基づいて、自由意思により本件契約第六条を契約文言として差し入れ、原告は、これを信頼して本件契約を締結したものである。

したがって、被告が、賃料減額請求権を行使して、右約定を反故にすることは、信義則に反し、権利の濫用として許されない。

第三  争点に対する判断

一  前記第二の二の前提事実に証拠(甲第五、六号証、第九ないし第一三号証、第一九号証、第七五号証、第一三二、一三三号証、第一四〇、一四一号証、第一五四号証、第一五七号証、第一六一、一六二号証、第一六五号証、第一六六号証の一ないし一三、第一六七ないし第一六九号証、第一七八号証の一ないし七、乙第四ないし第九号証、第一二号証、証人田口正之、原告代表者赤尾一夫本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められ、証人田口正之の証言並びに原告代表者赤尾一夫本人尋問の結果中、右認定に反する部分は前掲各証拠に照らし採用できない。

1  被告の事業受託方式に基づく敷地利用計画の提案

(一) 原告は、本件建物の敷地(以下「本件土地」という。)上に、高層ビルを建築するなどして本件土地を有効利用することを計画していたところ、昭和六〇年から昭和六一年にかけて、三井不動産株式会社(以下「三井不動産」という。)のレッツ事業部の担当者から、事業受託方式(三井不動産は「レッツ事業方式」と称していた。)による、本件土地の有効利用計画を提案された。

(二) もともと、原告は、ビルの設計には世界的に著名な建築家を起用しようと考えていた。

そこで、原告は、昭和六一年一一月ころ、香港上海銀行ビルの設計を手がけ、世界的に有名な建築家であったノーマン・フォスター(以下「フォスター」という。)に、本件建物の設計を依頼し、同年一二月、フォスター設計事務所との間で、本件建物の設計についての覚書を締結した。

(三) 被告の担当者である松井久夫と田口正之は、昭和六二年六月一二に、原告に対し、本件土地上の原告がビルを建設し、被告がこれを一括賃借した上で、原告に対し長期的に安定収入を得させるという内容の、事業受託方式による本件土地の有効利用計画を提案した(以下、事業受託方式に基づく原賃貸借契約を「サブリース契約」ともいい、右方式に基づく事業一般を「サブリース事業」ともいう。)。

(四) それ以後、原告は、サブリース契約を締結する相手を決定するため、三井不動産と被告との間で、契約条件についての交渉を併行して行っていったが、従来ほとんど不動産事業を手がけたことがなく、本件土地の有効利用のためには多額の銀行借入を起こして多額の資金を投下する必要があったことから、借入金債務を抱えることに伴う危険の分散に深い関心を払っていた。

(五) 被告側では、田口が一貫して原告に、被告によるサブリース事業では家賃保証が骨子とされることを説明していたが、昭和六三年四月及び同年一〇月には、当時専務取締役であった高島準司が田口とともに原告代表者らを訪れ、被告によるサブリース事業においては、賃料が長期にわたり中途解約されることなく保証され、事業の全リスクが被告により負担され、原告は約定賃料どおりの安定した収入を確保することができることを重ねて説明した。

2  被告のサブリース事業

(一) ところで、当時は、ビルの賃貸業が非常に活況を呈していた時期であり、三井不動産、被告をはじめとする大手不動産会社はサブリース事業に力を入れていた。

そして、サブリース事業とは、土地の有効活用を目的として、それについて豊富なノウハウを有する受託者が、土地の利用方法の企画、事業資金の提供、建設する建物の設計、施工及び監理、完成した建物の賃貸営業及び管理運営等、その業務の全部又は大部分を地権者から受託し、土地及び建物の双方について地権者に所有権等を残したまま、受託者が建物一括借受等の方法により事業収益を保証する共同事業をいい、中でも受託者による賃料等としての事業収益の保証はその本質的要素であると考えられた。

サブリース事業は、一方で、いわゆるバブル期に賃貸ビルの需要が急増していた状況のもとにおいて、当時異常な高値となっていた土地に資本投下することなく、ビルの供給が可能となる点で、大手不動産会社(受託者)によって有利なビル供給方法であり、他方で、信頼できる不動産会社等に一括賃貸し、賃料は若干低額となるものの、事業リスクを回避できる点で、地権者(委託者)にとっても有利な賃貸方法であり、共同事業者の双方にメリットのあるビル賃貸事業の形態として注目されていた。

(二) 被告は、サブリース事業の勧誘に利用するため、平成元年九月以降、「住友不動産の事業受託」と題するパンフレット(甲第一六五号証)を作成し、その中で、この事業受託システムが相手に事業の安定を約束する長期保証システムであること、すなわち、支払賃料と値上げ率の長期一括保証により事業リスクから相手を解放することを明確に謳ったが、その中で、被告の主な事業受託方式ビルの中に本件建物を掲げていた。

また、被告代表取締役である髙城申一郎は、平成三年六月二五日付「月刊不動産経済通信」特集号通巻五〇号一九八頁(甲第七五号証)において、サブリース事業につき、「私どもの社業をベースにおいてお話しせざるを得ない」と断った上で、「土地所有権者が土地を売ることなくしてビルを建設し、デベロッパーが経営上の全リスクを持ち、安定収入を確保させてあげる方式」であると説明していた。

(三) 被告は、積極的にサブリース事業を展開し、その結果、被告のサブリース事業は、次のとおり順調に推移した。

(転貸面積)

昭和六〇年三月三一日現在

三二八五平方メートル

昭和六一年三月三一日現在

八三〇一平方メートル

昭和六二年三月三一日現在

二万三九一九平方メートル

昭和六三年三月三一日現在

一一万一五五七平方メートル

平成元年三月三一日現在

一四万二三九五平方メートル

(不動産賃貸収益)

昭和六〇年四月一日から昭和六一年三月三一日まで(第五三期)

二六三億七九〇〇万円

昭和六一年四月一日から昭和六二年三月三一日まで(第五四期)

三〇八億一八〇〇万円

昭和六二年四月一日から昭和六三年三月三一日まで(第五五期)

三八六億五二〇〇万円

昭和六三年四月一日から平成元年三月三一日まで(第五六期)

五二八億九八〇〇万円

3  契約条件についての交渉経過

(一) 被告は、昭和六三年一〇月、原告に対し、次の内容の「企画提案書(案)」(甲第五号証)を提出した。

(1) 共同事業の概要

原告が直接運営又は自己使用する部分を除き、被告がビル全館を一括賃借し、被告の責任と負担で一般テナントに転貸する。

(2) 被告の賃借条件

賃料(年額)金二三億一〇七二万円(共益費含む)

① この賃料はテナントの入居状況のいかんにかかわらず一〇〇パーセント支払う。

② 賃料のうち、一九億九二〇〇万円については、満三年経過する毎に、直前賃料の一〇パーセント値上げする。

(二) 原告は、右の企画提案書の内容と、三井不動産から同年一一月一日に提出された企画提案書(甲第六号証)の内容とを比較した結果、各種契約条件において被告の提案の方が優れていると判断し、被告との間で、サブリース契約を締結することとした。

(三) 原被告間における契約条項の折衝等

(1) 被告は、昭和六三年一一月二一日、原告に対し、「賃貸借予約契約書(案)」(乙第五号証)を提出した(以下「被告側原案」という。)。

(2) 原告は、同年一一月三〇日、被告に対し、被告側原案の内容を次のとおり変更した「賃貸借予約契約書(案)」(乙第六号証)を提出した(以下「原告側修正案」という。)。

(第一条第二項)

被告側原案では、転借人(テナント)を決定する場合には、事前に原告に相談することとされていたが、原告側修正案では、その決定については、事前に原告に相談した上、原告の書面による承諾を得るものとされ、転借人(テナント)を勧誘するためのパンフレット作成等も同様とする旨の条項に変更された。

被告は、原告の意向を尊重して、右変更を受け入れることとした。

(第五条第一項)

被告側原案では、賃貸借の期間は二〇年とされていたが、原告側修正案では、一五年に短縮された。

被告は、サブリース契約の期間を原則として二〇年としていたが、原告の意向を尊重して、右変更を受け入れることにした(なお、本件予約契約第五条第一項は、本件契約第四条第一項に引き継がれている。)。

(第七条第三項)

被告側原案では、「急激なインフレ、その他経済事情に原告に激変があったときは、本条第一項の値上げ率を別途協議のうえ変更することができる。」とされていたが、原告側修正案では、「急激な」という文言と「激変」という文言をはずし、「インフレ、経済事情の変動その他第一項の値上げ率を不相当とする事情の変更があったときは、本条一項の値上げ率を原被告にて協議のうえ変更することができる。」という条項に変更された。

(第八条第二項)

原告側修正案では、第七条の賃料が改定(値上げ)されるのに連動して、敷金額も同一条件で改定する旨の文言が追加された。

(3) 被告は、同年一二月五日、原告に対し、原告側修正案の内容を次のとおり変更した「賃貸借予約契約書(案)」(乙第七号証)を提出した(以下「被告側修正案」という。)。

(第七条第三項)

賃料の値上げ率の変更について、「急激なインフレ、その他経済事情に著しい変動があった結果、第一項の値上げ率が不相当になったときは、(以下略)」として、実質的に、被告側原案の内容を復活させた。

原告は、右変更を了承した(なお、本件予約契約第七条第三項は、本件契約第六条第三項に引き継がれている。)。

(第八条第二項)

被告側修正案は、原告の提案を基本的には受け入れることとしながらも、「前条第三項に規定する経済事情の変動があった後において、被告賃借部分に空室が生じた場合にはその部分の敷金について、原被告協議の上前項の敷金を改訂することができる。」として、敷金の値上げに一定の歯止めをかけた。

原告は右変更を了承した(なお、本件予約契約第八条第二項は、本件契約第七条第二項に引き継がれている。)。

(4) その後、当初の契約書案の前提となって契約面積が若干変動したため、面積、家賃及び敷金額が修正されたほか、原告からの申入に基づき、第七条第三項に「および次条の第一項の敷金」という文言が付加された(乙第八号証)。

4  本件予約契約の締結

原告と被告は、昭和六三年一二月一三日、本件予約契約を締結した。

5  建築請負契約の締結等

(一) 原告は、昭和六三年一二月一五日、株式会社大林組(以下「大林組」という。)との間で、代金二〇一億三五五〇万円で本件建物の建築請負契約を締結し、同日、請負代金額の内金五八億三八〇〇万円及び監理料二四〇〇万円の合計五八億六二〇〇万円を大林組に支払った。

原告は、平成二年九月二八日(上棟時)、大林組に対し、建築請負代金五八億三八〇〇万円、監理料二四〇〇万円及び設計料一億九〇〇〇万円の合計六〇億五二〇〇万円を支払った。

原告は、平成三年三月二九日(完全引渡時)、大林組に対し、建築請負代金九〇億八五四五万七〇〇〇円、監理料二四三一万四〇〇〇円及び設計料二億三六二三万八〇〇〇円の合計九三億四六〇〇万九〇〇〇円を支払った。

以上のとおり、結局原告が大林組に支払った金額は、建築請負代金合計二〇七億六一四五万七〇〇〇円、監理料合計七二三一万四〇〇〇円、設計料合計四億二六二三万八〇〇〇円の合計二一二億六〇〇〇万九〇〇〇円であった。

(二) 本件予約契約第九条は、敷金の預託時期につき、昭和六三年一二月一四日、本件建物上棟時及び本件建物竣工時と規定していた。

被告が、右条項に基づいて、昭和六三年一二月一四日、平成二年九月一七日に預託した敷金の各内金一六億五五〇〇万円、及び、平成三年四月一六日に預託した敷金の内金一六億三三五〇万円は、建築請負代金の一部として、原告から大林組に支払われた。

(三) 原告は、フォスター設計事務所に対し、設計料として一八億一〇四〇万九〇七〇円を支払った。

(四) 原告が大林組及びフォスター設計事務所に支払った建築請負代金等及び設計料のうち、被告から預託された敷金合計金四九億四三五〇万円を差し引いた残金一八一億二六九一万八〇七〇円については、原告が、原告代表者である赤尾一夫及び赤尾文夫の連帯保証のもと、銀行から借り入れて調達した。

なお、原告代表者赤尾一夫は、無断で本件建物を第三者に譲渡もしくは担保に差し入れないこと、及び、請求がありしだい、直ちに本件建物を担保として差し入れる旨の念書を、借入先銀行に差し入れている。

6  本件建物の竣工、引渡及び本件契約の締結

本件建物は平成三年四月一五日に竣工され、被告賃借部分は被告に引き渡された。

原告と被告は、同年四月一六日、本件契約を締結した。

二1 右認定事実によれば、被告は、昭和六二年ないし昭和六三年当時、サブリース事業を積極的に展開していたが、その営業活動の一環として、原告に対し、本件土地上に本件建物を建築し、被告に被告賃借部分を賃料保証付で賃貸することにより、長期に安定した収入を得るという内容の、本件土地の有効利用計画(以下「本件サブリース事業」という。)を提案したこと、当時、サブリース契約一般に考えられていたのと同様に、本件契約でも、被告の原告に対する賃料保証がその本質とされており、原告も右の有効利用計画に際し多額の借入金債務を抱えることによる危険を注視し、右の賃料保証に深い関心を示したのに対し、被告も本件契約前原告に対し被告により賃料が保証され全リスクが負担されることを繰り返し説明したこと、被告が原告に預託した敷金は建設協力金としての性質を有しており、原告は右敷金を建築請負代金の一部に充てていること、及び、原告は、本件建物の建築請負代金等及び設計料のうち、右敷金を超える部分については、銀行からの借入によって調達したこと、がそれぞれ認められる。

2  そこで、本件契約の条項を検討すると、本件契約第六条第一項は、本件建物竣工時から満三年経過ごとに直前賃料を一〇パーセント値上げをすることを、同条第二項は、右賃料が被告の転貸条件とは無関係であることをそれぞれ規定して、賃料額は、基本的に本件賃料自動増額特約により決定されることを明らかにしている。その上で、同条第三項は、例外的に、経済事情に著しい変動があった結果右特約の値上げ率が不相当になった場合に限り、原被告間の協議により、右特約の賃料の値上げ率を上下することによって、原被告間の利益を調整することを規定していることをみて取ることができる。

そして、前記一の本件契約締結に至る事実、殊に前記一1の(四)及び(五)の事実を併せれば、第六条は、本件契約の解約を禁止している第一六条と相まって、被告が原告に対し、一五年という長期の契約期間全体にわたって、最低賃料額の取得を保証したものと理解することができる。

すなわち、経済事情が著しく悪化し、転貸オフィス賃料が激減するような事態が生じた場合であっても、原被告間での利益調整は、双方の協議により本件契約第六条第一項の賃料値上げ率を一〇パーセント以下に引き下げることによって行われるにすぎず、その結果として、原告は、いわば極限的に値上げ率を〇パーセントとする旨の協議が成立したような場合であっても、当初の約定年額賃料である一九億七七四〇万円は取得することができることになる。

したがって、原告と被告は、経済事情の変動があったときにも、本件契約第六条の枠内で、双方の利益調整、損益分担を行うことを予定し、そもそも、借地借家法三二条に基づいて賃料の増減請求を行う余地を残さない合意をしたと認められる。

そして、前記一の認定事実の下では、原告が、金一八〇億円を超える多額の銀行借入を行ったのも、まさに被告による賃料保証があったからにほかならないことも容易に推認することができる。

3  もっとも、この点について、被告は、本件契約第六条は、将来のインフレの事態のみを想定した増額特約及び利益調整条項であり、今日のようなオフィス賃料相場が大幅に下落した場合にも適用されることは予定されていなかった、「賃料保証」とは、せいぜい空室が生じた場合でも、被告賃借部分全体についての賃料を支払うという意味合いを有するにすぎず、今日のような相場下落の場合には借地借家法三二条の適用が排除されない、と主張し、証人田口正之もこれに沿う証言をする。

確かに、前記認定事実によれば、原告は、値上げ率の協議条項(本件予約契約第七条第三項、本件契約第六条第三項)及び敷金の改定に関する条項(本件予約契約第八条第二項、本件契約第七条第二項)についての交渉過程において、もっぱら、値上げ率変更の要件の緩和及び敷金額の増額を企図していたことが窺われ、特に賃料相場が大幅に下落した場合を取り出して契約条項の折衝が行われたとまでは認めるに足りない。

しかしながら、賃貸人である原告が、主として賃料及び敷金の増額に関心を払って交渉するのはいわば当然のことであるし、前述のとおり、被告のサブリース契約が賃料の長期一括保証を本質としており、本件契約第六条第三項が、著しい経済事情の変動があった場合でも、賃料の値上げ率を増減することによってのみ調整を図ると明示的に規定していることから判断すれば、原告及び被告が、賃料相場が大幅に下落した場合に対処すべき契約条件を煮詰める作業を行っていなかったとしても、格別異とするに足りない。

被告は、オフィス賃料相場の大幅な下落という事態を想定していなかったというが、右の事態を、抽象的にすら予見していなかったということはできない。せいぜい、被告は、楽観的な見通しに基づき、そのような事態は抽象的には起こりうるが、実際にそれが具体的に現実化することはありえない、と考えていたにすぎないと認めるべきである。なぜなら、一般にいわゆるリスクを考慮しない経営判断はありえず、証拠(甲第一一二ないし第一二四号証)によれば、本件予約契約が締結された昭和六三年当時においても、既にオフィス需要の減少やオフィス賃料の下落動向を報じる経済紙、専門誌の記事も存在していたと認められ、不動産賃貸借の専門業者である被告は当然その頃これらの記事に接していたと推認されるからである。

そして、もし、このような被告において、賃料相場が大幅に下落した場合には、本件契約第六条は適用されず、被告は原告に対し、借地借家法三二条に基づいて賃料減額を請求することができると考えていたのであれば、著しい経済事情の変動があった場合でも、本件契約の枠組の範囲内で原被告間の利益調整を行うことを規定している本件契約第六条及び前述したサブリース契約の本質的な特色に真っ向から反することになるのであるから、その旨を明確に本件契約に盛り込んで然るべきであったのに、本件全証拠によっても、被告が本件契約中にこのような条項を盛り込むことを具体的に提案した形跡は窺われない上、本件契約にはそのような条項は存在しない。

以上によれば、本件契約第六条は、将来のインフレの場合にとどまらず、オフィス賃料相場が大幅に下落した場合にも適用されることを想定した賃料自動増額特約及び利益調整条項であるというべきである。

したがって、また、被告の原告に対する賃料保証が単なる空室保証を意味するにすぎないものでないことは明らかである。被告が原告に対し、被告賃借部分全体についての賃料を支払わなければならないことは、いわば当然のことであって、あえて「賃料保証」と呼ぶまでもないのに、被告は原告との交渉の場において積極的にこの言葉を使用していたことからしても、賃料保証が単なる空室保証を意味するとの被告の主張は到底採用することができない。

三1  このように、被告が原告に対し、契約期間全体にわたって賃料保証を行ったとすると、本件契約第六条は、賃料不減額特約の側面を有することとなり、借地借家法三二条に反して無効となるのではないかが問題となるので、以下この点について考察することとする。

(一) 本件契約第六条は、前述のとおり、第一六条の解約禁止条項と一体となって、被告が原告に対し、一五年間の契約期間全体にわたって、賃料を保証した規定である。この規定は、原被告間において、あらかじめ損益分配の割合を定めることにより、両者間の利益調整を図った規定であり、以下に述べるような合理性を有することが肯定される。

すなわち、本件契約においては、原告が得ることができる賃料額が、被告賃借部分の転貸によって被告が得る転貸料収入の変動とは無関係に定められているため(本件契約第六条第一項、第二項)、被告が得る転貸収入のうち、原告に支払う賃料額を控除した残額が被告の収益となる。ここから次のことが導かれる。

まず、被告が当初の予想を上回る転貸収入を得た場合には、その利益は原則としてすべて被告により取得されることになる(もっとも、それが著しい経済変動があったという例外的な場合であれば、原告は、被告との協議により、賃料の値上げ率を上方に修正することも可能ではあるが(本件契約第六条三項)、協議の結果、被告が同意しなければ値上げ率を上方修正することはできない。)。すなわち、被告は、経済事情の変動や自らの営業努力等により、原告に支払うべき賃料額を超えた部分を利益として収受することができる。

次に、被告の転貸収入が当初の予想を下回った場合であっても、被告は、原告に対し、賃料保証に基づき、原則として、本件賃料自動増額特約により算出される賃料を支払わなければならないが(転貸収入の減少が、著しい経済事情の変動の結果であり、三年ごとに直前賃料の一〇パーセントという値上げ率が不相当になった場合であっても、被告は原告に対し、協議をして賃料の値上げ率を下方に修正することができるにすぎず、原告が同意しなければ下方に修正することはできないことになる。)、それを前提に、被告の原告に対する約定賃料は、当初から一定範囲までの低額に抑えられているとみることができる。

要するに、原告は、賃料が相場よりも安く抑えられ、賃料相場が上昇した場合の利益を放棄する代わりに、大手不動産会社である被告から賃料保証を受けて長期安定収入を得ることができ、一方、被告としても、原告に対し、最低賃料を保証する見返りといて、賃料相場が上昇した場合の利益を原則として全部収受できるという仕組みになっている。

そこで、本件契約に即して賃料額を具体的に検討すると、本件自動増額特約は、本件建物竣工時から満三年経過ごとに直前賃料の一〇パーセントの値上げをすると規定しているので、原告が被告から得る賃料は、一五年近く経過した後になっても、当初の約定の賃料の約1.46倍となるにすぎない。これに対し、証拠(甲第二二号証)によれば、平成二年八月末当時の本件建物の第三者に対する月額賃料は一坪あたり金七万五〇〇〇円であったことが認められ、本件予約契約における被告賃借部分の面積が10942.58平方メートル(約3310.13坪)であることからすると、同時期に被告が見込んでいた賃料収入は、年額約金二九億七九一一万七〇〇〇円であったことになる。すなわち、本件予約契約において、被告が原告に支払うものとされていた年額賃料金一九億八六〇〇万円との差額である約金一〇億円弱が被告の利益になる計算となる。

このように、被告は原告に対し、オフィス需要が減少し、オフィス賃料相場が下落した場合であっても、保証した賃料を支払わなければならないリスクを負うことになるが、転貸収入により得られる右のような利益を考慮すれば、本件契約第六条は、一定の合理性を有する損益分配の方法を定めたものということができる。

(二)  前述したとおり、原告と被告は、本件契約締結時において、経済事情の変動があったときにも本件契約第六条に基づいて利益調整することを予定していたものであり、そもそも原被告のいずれか一方が借地借家法三二条による賃料増減請求をする可能性を排除していたということができる。

仮に、本件契約第六条が借地借家法三二条に反し無効であり、賃料増減請求が認められると考えれば、本件契約において原被告間で合意した合理的な利益調整条項が無意味なものとなってしまうのみならず、互いに相当の企業規模を有し、法律的にもかなりの素養のあると思しき原告と被告の担当者が当初から重要な点で無効に帰すべき契約を締結したことになってしまい、原被告双方の意思に大きく反することが明らかである。

また、オフィス賃料相場が大きく下落していることを理由に、本件契約第六条の不減額特約の側面だけが、借地借家法三二条に反して無効となり、不増額特約の側面は依然として有効であると考えると、次のとおり原被告間の立場に著しい不均衡が生じるのを避けることができないと考えられる。

すなわち、賃料増額請求は、本件契約第六条第一項において三年ごとに賃料を一〇パーセント増額する旨定められている結果、借地借家法三二条所定の事由があっても認められないのに対し、賃料減額請求は、同条所定の要件を充たす限り認められることになる。そして、転貸料が原貸料より高額となるような経済事情であれば、被告は高額な転貸料により、原則として際限なく利益を収受できるのに対し、原告は約定の賃料収入しか得られない。反対に、経済事情が変動して転貸料が原貸料より低額になれば、被告の賃料減額請求により、原告は減額させられた賃料のみしか得られないことになる。つまり、被告が、経済事情の変動による賃料相場の下落によるリスクをほとんど負担することなく、賃料相場の高騰による利益を独り占めできることになる一方で、原告は、賃料相場の高騰による利益を原則的に享受できず、相場下落の危険のみを負担することになってしまうのである。

もっとも、不増額特約があっても経済事情に異常な変動のある場合には、一般の事情変更原則によって、その効力が否定される余地がある。

しかし、原告は、一般の事情変更原則が適用される程度に達する経済事情の変動がない限り、賃料増額請求をすることができないのに対し、被告は、借地借家法三二条の要件を充足する程度の経済事情の変動がありさえすれば、賃料減額請求をすることができる。その意味で、原被告間の不均衡は依然として避けられない。

また、急激なインフレ、その他経済事情に著しい変動があった結果、第六条第一項の値上げ率が不相当になったときは、原告は、被告に対し、賃料値上げ率を引き上げるような協議することを申し入れることができるが(本件契約第六条第三項)、協議が成立しなければ、値上げ率を上方修正できないことは前述のとおりである。

(三)  借地借家法三二条は、借家関係が長期的かつ継続的な法律関係であることに鑑み、いったん合意された賃料が、経済事情等の変更により不相当となった場合に、公平の観点から、当事者に賃料の増減を請求する権利を付与した規定であり、いわば一般の事情変更の原則を借家関係という特殊な関係に即して類型的に構成したものということができる。また、同条ただし書が、明文上、賃料不増額特約についてのみ、その有効性を規定していることをも考慮すれば、同条もまた、社会的弱者としての賃借人の居住権を保護するという借地借家法の目的を背景とするものと理解することができる。

しかし、本件契約の賃借人である被告が我が国でも有数の大手不動産会社であることは公知であり、被告には、本件建物を自ら使用する意思は全くなく、被告は、被告賃借部分を第三者に転貸して転貸料と原賃料との差額を利益として取得することを企図していたにすぎない。また、本件契約は、もともと本件土地を有効利用するために、被告が原告に対して提案した共同事業としての性格を色濃く有しており、社会的弱者としての賃借人の居住権を保護するという視点は重要ではない。

2 以上考察したところによれば、本件契約第六条を借地借家法三二条に反し無効と解することはできない。すなわち、サブリース契約が、将来、二度と利用されるべきでない不当な契約類型であるというならともかく、それが、賃借人(大手不動産会社等)にとっては、土地に自ら直接資本を投下することなく、賃貸ビルを供給できるというメリットを有し、賃貸人(地権者)にとっても、大手不動産会社等にビルを賃貸して、賃料保証による長期安定収入が得られるというメリットを有し、そうであるからこそ被告をはじめとする大手不動産会社により大規模に採用されて社会的に肯認されていたと目されることをも考慮すれば、事後的な司法審査の場で安易に私的自治に介入して当事者間で当初から予定されたその効力を否定することは妥当ではなく、その他前認定の本件契約の趣旨、目的等に照せば、借地借家法三二条は、本件契約には適用されないと解すべきである。そして、その結果、たとえ本件契約後の賃料相場が予想に反したことにより被告が損害を被ったとしても、その予想を誤ったことによる不利益は、賃料保証と全リスクの負担を標榜した被告において甘受すべき筋合いとされてもやむを得ないというべきである。

したがって、本件契約第六条は有効であり、原告は、本件賃料自動増額特約に基づき、値上げ後の賃料と支払賃料との差額分について、敷金の補充を請求でき、被告は、借地借家法三二条に基づいて、賃料の減額を請求することはできないといわざるを得ない。

3  もっとも、この点について、被告は、「建物の使用、収益」と「それに対する対価の支払」という賃貸借契約の要素がある以上、本件契約には当然に借地借家法が適用されるべきであると主張する。

しかしながら、前述してきたところから明らかなように、本件契約が借地借家法が典型的に予定する借家契約とは異なる面があることは否定しようがなく、本件契約に借地借家法の規定が適用されるかどうかは、本件契約締結の経緯、契約条項の実質的な意義内容等を検討し、当事者の意思に照して、本件契約が借地借家法の予定する建物賃貸借としての実体を備えているかどうか、という観点から実質的に判断すべきである。本件契約は、前述のとおり原被告間であらかじめ賃料保証を前提とした利益調整を行っており、これには一定の合理性があること、当事者間において借地借家法三二条の適用の余地を排除していたこと、本件では、借地借家法三二条の背後にある、社会的弱者としての賃借人保護という要請が働かないこと等の事情を考慮すれば、少なくとも同条が適用を予定する建物賃貸借としての実体を備えていないというべきである。

したがって、被告の右主張は採用できない。

四  以上の認定判断は、仮に、(1)本件契約の締結過程において、被告よりも原告の方が主導的な立場に立っており、(2)本件契約が、被告の前記パンフレットどおりになされておらず(本件契約が建物全館貸しではないこと、被告は、ビル企画コンサルティング、ビル管理代行サービス、開発代行サービス、法規制等の調査、市場調査、建設会社の選定、設計監理、工事費査定及び各種手続の代行のいずれも行っておらず、全て原告が自ら行っていること)、(3)本件建物の構造が特殊であるとしても、左右されるものではない。

なぜならば、(1)本件予約契約及び本件契約は、大きな規模を有する株式会社である原被告双方が契約内容を十分に検討し、相互に修正案を出し合って内容を確定したものである以上、いずれが主導的な立場で契約の締結に至ったかは、それほど重要ではなく、(2)本件契約も、被告による賃料保証という、サブリース契約の本質的要素を備えており、パンフレットに示された事業の流れ等は、一つの典型的なモデルを示したにすぎず、契約及び当事者ごとに個別具体化されていて何ら不合理ではないこと(証人田口正之の証言によれば、被告によりパンフレットどおりに締結されたサブリース契約は一件もないことが認められる。)からすれば、本件契約を典型的なサブリースと別異に解することは相当とは思われない上、(3)本件建物の構造は、当初から被告により十分に了解されていた事柄だったというべきだからである。

五  また、前述のとおり、本件契約においては、著しい経済事情の変動があった結果賃料の値上げ率が不相当になった場合をも想定して、全契約期間中にわたる損益分配が定められて原被告間の利益調整が図られていたものであり、たとえある時点での賃料が不相当に高額であるとされたとしても、一五年間という長期の契約期間全体の中では、賃料相場の変動により、全体としての支払賃料が著しく信義に反する程度に高額に過ぎることになるとは限らないことからしても、本件に一般の事情変更の原則を適用する余地はなく、本件契約第六条が事情変更の原則によって無効を来すいわれはないというべきである。

さらに、右原則が適用されるためには、当事者の予測を遙かに超えた事情の変更が必要であると解されるところ、前記二の3のとおり、被告は、抽象的には今日のようなオフィス賃料相場の下落現象を予見していたと認められること、被告による減額請求に係る家賃額をもとにしても、減額請求ごとでは一割ないし四割程度の減額にすぎず、最後の減額請求に係る家賃額と本件契約第六条に基づいて算出される賃料額とを比較しても約六割四分の減額にすぎないから、事情変更の原則の適用の基礎事実もないというべきである。あたかも、商人が賃貸に供する目的で何らかの物を買い入れた場合においてその物の時価が短期間に売買時に比して二、三割に低下したからといって未払の代金の減額を得られないのと同様である。

さらに、原告が、本件賃料自動増額特約に基づき、値上げ後の賃料と支払賃料との差額分について、敷金の補充を請求することが信義則に反し権利濫用にあたるものでないことも明らかである。

第四  結論

以上によれば、原告の本訴請求は理由があるから認容し、被告の反訴請求は理由がないから棄却することとする。

(裁判長裁判官成田喜達 裁判官山﨑勉 裁判官中丸隆)

別紙物件目録<省略>

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