東京地方裁判所 平成6年(ワ)11454号 判決 1998年3月16日
原告・反訴被告
萩原俊岳
右訴訟代理人弁護士
高木壮八郎
被告・反訴原告
有限会社進円商会
右代表者代表取締役
島村好子
右訴訟代理人弁護士
山田秀一
主文
一 被告は原告に対し、金四五五三万五〇〇〇円及びこれに対する平成六年六月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 反訴原告の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、本訴被告(反訴原告)の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 本訴請求
主文同旨
二 反訴請求
反訴被告は反訴原告に対し、金二億四九九七万六一二〇円並びにうち金二億円に対する昭和五九年一一月二一日から、うち金四五〇〇万円に対する昭和六〇年四月一一日から、うち金二四七万六一二〇円に対する平成元年九月二〇日から、うち金二五〇万円に対する平成五年一月二一日からそれぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件本訴請求は、被告の従業員であった原告が被告に対し、退職金として四五五三万五〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である平成六年六月二五日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。
本件反訴請求は、反訴原告が反訴被告に対し、主位的には不法行為に基づき、予備的には受任者の受取物引渡債務不履行に基づき、二億四五〇〇万円及びうち二億円に対する不法行為の日である昭和五九年一一月二一日から、うち四五〇〇万円に対する不法行為の日である昭和六〇年四月一一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、不法行為に基づき、四九七万六一二〇円及びうち二四七万六一二〇円に対する不法行為による損害発生の日である平成元年九月二〇日から、うち二五〇万円に対する不法行為による損害発生の日である平成五年一月二一日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるものである。
(争いのない事実等)
証拠掲記のものは、争いのない事実及び当該証拠により認定した事実である。
一 当事者ら
被告・反訴原告(以下「被告」という)は、昭和四九年五月二〇日に設立され、駐車場の経営、不動産の賃貸借、管理等を業とする会社であり、代表取締役は島村好子である。島村好子の父島村延寿(昭和六三年五月一一日没)は、旧農家の出で、江戸川区平井地区と浦安市内に多くの土地を所有し、被告は右土地の管理会社として設立された。右設立以来、被告の代表取締役は島村延寿の実娘である島村好子が就任している。島村好子は夫中西某との間に三子(康雄、克之、孝之)をもうけたが、昭和五〇年四月五日、夫と離婚して島村姓に復氏し現在に至っている。右三子はいずれも島村延寿と養子縁組をし、島村好子と右三子が島村延寿の相続人となった。島村好子は、被告のほかに、株式会社聖和、株式会社秀倫を設立し、自ら代表者になったり、長男康雄を代表者に就任させて遺産である不動産の管理を行っている。なお、被告外二社は、遺産であり今では親子四名の所有である所々の土地を管理しているが、それらの土地上には平井駅前の商店街、土建業者の飯場、駐車場が四か所、運送会社宅配センター三か所、中古車オプションセンター、倉庫、事務所があって、利用は多岐にわたっている。
原告・反訴被告(以下「原告」という)は、被告設立と同時に従業員として被告に勤務し、平成四年五月末日、被告を一旦退職した後、嘱託扱いで平成五年一一月末日まで勤務した。原告は、大学卒業後、大和証券、勧業角丸証券、日東証券、岡三証券等に勤務したが、昭和四〇年代に、株式売買を通して、島村好子らと知り合い、その後、証券会社を退職し被告に勤務していた。
被告には、従業員は原告以外には一名いるだけで、原告の仕事は、不動産の管理、経理事務全般にわたった。また、原告は、島村延寿及び島村好子から、株式、債券取引の取次依頼を受けていた。原告と島村好子は知り合って後、その仲は親密となって、昭和五〇年代には、男女関係を結ぶに至り、この関係は相当期間継続していた。原告は島村好子の自宅に泊まり、その子供の父母会に出席したこともあった。
二 本件に関する事実
1 退職金請求
被告は、平成四年五月、原告に対して退職金五七〇〇万円を支払うこととし、同月末日を決算期とする決算において、右退職金を計上し、源泉徴収税額一一四六万五〇〇〇円の納税も済ませた。しかし、原告が被告を完全に退職した平成五年一一月末日以降も、被告は原告に対し右退職金を支払っていない。
なお、原告名義の三和銀行市川八幡支店普通預金口座は、平成四年八月四日新規の後、同月二六日に一五〇〇万円が振込入金され、同月二七日に一〇〇〇万円が、同月二八日には五〇〇万円がそれぞれ引落しとなり、平成五年五月一一日には三〇五三万五〇〇〇円の振込入金があり、同月一三日三〇五三万五〇〇〇円が引落されているが(書証略)、これらは、いずれも原告に対しては支給されていない。
右普通預金口座の印鑑届等(書証略)のサインと届出印は島村好子が作成するなど、口座開設手続は島村好子が行い、銀行届印等も島村好子が保管していた。(被告代表者本人尋問の結果)右普通預金の印鑑届等(書証略)には、おところ欄が世田谷区(以下、略)、おなまえ欄が萩原俊岳、お勤め先欄が有限会社進円商会、お知らせ 要、ご連絡先 ご自宅、本人確認省略*参考情報住民票と記載されている。
2 損害賠償請求
(一) 二億円の小切手
株式会社日産ユーズドカーセンター(以下「日産ユーズドカーセンター」という)は、昭和五九年一一月一九日、被告に交付する趣旨で二億円の小切手(書証略)を振り出した。(争いのない事実、書証略)
(二) 四五〇〇万円の小切手
日産ユーズドカーセンターは、昭和六〇年四月八日、被告に交付する趣旨で四五〇〇万円の小切手(書証略)を振り出した。(書証略)
(三) 自動車代
昭和六二年式クラウンが、平成元年九月六日、日産ユーズドカーセンターに売却された。
(四) 自動車の売却
原告は、平成四年一二月一八日、被告の所有する日産シーマを日産ユーズドカーセンターに代金二五〇万円で売り渡した。原告は、同日、右代金二五〇万円を、株式会社友進(原告が代表取締役である)が日産ユーズドカーセンターから購入した日産シーマの買受け代金六九二万五〇一五円の内金に充当する旨日産ユーズドカーセンターと約して、そのころ、同社に被告所有の前記日産シーマを引き渡した。日産ユーズドカーセンターは、平成五年一月二一日、被告所有の右日産シーマについて、東京陸運局における移転登録を経由し、もって、被告はこの日産シーマについての所有権を失った。(証拠略)
(争点)
一 退職金請求
1 弁済充当の合意が存するか否か。
2 右合意が存する場合、右合意は労働基準法二四条に違反しないか。
二 損害賠償請求
1 原告は二億円の小切手を横領したか否か。
2 原告は四五〇〇万円の小切手を横領したか否か。
3 原告は自動車代を詐取したか否か。すなわち、昭和六二年式クラウンは被告所有のものか否か、仮に、被告所有のものである場合、原告が、右自動車の売却代金を横領したか否か。
4 原告は自動車の無断売却を行ったか否か。すなわち、原告は、被告所有の日産シーマを売却するに際し、島村好子の同意を得たか否か。
(当事者の主張)
一 退職金請求
1 弁済充当の合意
(一) 被告
被告と原告は、平成四年五月、次のとおり合意した。
被告は原告に対し退職金五七〇〇万円を支払う。
右退職金のうち源泉徴収税額一一四六万五〇〇〇円を除いた四五五三万五〇〇〇円は、原告の、被告、株式会社聖和、島村好子のいずれかに対する債務の弁済に充てるものとし、具体的な弁済充当は被告が指定するものとする。
島村好子は原告に対し、別紙債務一覧表の1から20に記載のとおり、昭和四四年から昭和五九年末までの間に、書類上明らかなものだけでも、元金四五三二万九〇〇〇円、利息・遅延損害金(平成四年四月末まで)九七五三万〇三七八円、合計一億四二八五万九三七八円の債権を有している。
被告は、原告の島村好子に対する別紙1から4記載の各債務の元金・利息・遅延損害金の全額及び別紙5記載の残元金全額及び別紙5記載の利息・遅延損害金六四五万一七五〇円(平成四年四月末日までで計算)のうちの三一三万五〇〇〇円の各債務の支払に充てることとした。
被告は、平成四年八月四日、前記の原告・被告間の合意に基づき、原告名義の預金口座を原告の協力のもとで、三和銀行市川八幡支店に設けた。
被告は、平成四年八月二四日一五〇〇万円、平成五年五月一一日三〇五三万五〇〇〇円の合計四五五三万五〇〇〇円を右口座に送金した。
被告は島村好子に対し、右四五五三万五〇〇〇円を、平成四年八月二七日に一〇〇〇万円、同月二八日に五〇〇万円、平成五年五月一三日に三〇五三万五〇〇〇円に分けて支払った。
なお、被告においては退職金規定等はなく、退職金の支払は使用者の裁量に委ねられた恩恵的給付であり、しかも、弁済充当は原告が積極的にもちかけてきたものであるから、本件弁済充当の合意は、原告の自由な意思に基づいてなされたものであり、労働基準法二四条に違反しない。
(二) 原告
原告名義の預金口座が三和銀行市川八幡支店に設けられた事実は認めるが、その余の事実は否認する。
原告名義の右口座は、島村好子が原告に断りなく開設し、その口座の存在を原告が知ったのは、被告を退職した後である。被告は、その実、原告に対し退職金を支払ってもいないのに、あたかも支払ったように帳簿、預金通帳等の操作をして被告の利益金計上をおさえて法人所得税対策とし、あわせて退職金相当額を島村好子において着服又は関連会社に還流させていたものである。
なお、被告主張の合意は、仮に存するとしても、労働基準法二四条の直接払いの原則に反するから、このような合意は無効である。
二 損害賠償請求
1 二億円の小切手の横領
(一) 被告
原告は、昭和五九年一一月二〇日、日産ユーズドカーセンターから被告に宛てた建設保証金の一部として金二億円の銀行振出小切手(協和銀行調布支店発行)を日産ユーズドカーセンターから受け取ったものの、これを被告の口座に入れず、同月二一日、二億円の右小切手を横領し、もって、被告に対し二億円の損害を与えた。
(二) 原告
二億円の小切手は、昭和五九年一一月二〇日、島村好子が、原告立会のもと、日産ユーズドカーセンターから受領したが、同月二一日、島村好子は、三和銀行亀戸支店勤務の銀行員木下祥行を被告に呼んで、同小切手のうち一億円を同支店被告名義の口座に、一億円を同支店の原告名義の口座に入金するよう依頼し、右木下が右依頼の趣旨に沿って事務処理を行ったのであって、原告が右小切手を横領した事実はない。
なお、原告名義に入金された右一億円は別紙使途一覧表一のとおり順次引き下ろされ、島村好子はこれを外国債権、株式の購入に充てたり、三和銀行の定期預金に振り替えたりしている。債券証書、株券、預金証書はすべて島村好子が所持している。
2 四五〇〇万円の小切手の横領
(一) 被告
原告は、昭和六〇年四月八日、日産ユーズドカーセンターから被告に宛てた建設保証金の一部として四五〇〇万円の銀行振出小切手(協和銀行調布支店発行)を日産ユーズドカーセンターから受け取ったものの、これを被告の口座に入れず、同月一一日、これを富士銀行亀戸支店の原告口座を経由して支払を受けて、四五〇〇万円の右小切手を横領し、もって、被告に対し四五〇〇万円の損害を与えた。
(二) 原告
四五〇〇万円の小切手は、昭和六〇年四月八日、島村好子が、原告立会のもと、日産ユーズドカーセンターから受領したが、島村好子の指示を受けて、原告は、右小切手を、富士銀行亀戸支店の原告名義の口座に入金したのであって、原告が右小切手を横領した事実はない。
なお、原告は、島村好子の指示により、右口座から別紙使途一覧表二のとおり順次引き下ろし、原告の手持ち資金と併せて株式を購入し、後日、株券はすべて島村好子に引き渡されている。
3 自動車代の詐取
(一) 被告
被告は、平成元年九月六日、その所有する昭和六二年式クラウンを日産ユーズドカーセンターに代金二四七万六一二〇円(売買代金二四〇万四〇〇〇円、消費税七万二一二〇円)で売り渡した。
原告は、そのころ、右売買代金を原告の個人口座(三和銀行烏山支店、萩原俊岳、普通預金)へ送金するように日産ユーズドカーセンターに指示した。
原告は、同月二〇日、右指示により右口座宛に送金すれば被告宛の支払になると誤信した日産ユーズドカーセンターの担当者から、二四七万六一二〇円の送金を右口座に受けて、もって、被告に対し二四七万六一二〇円の損害を与えた。
(二) 原告
争う。
株式会社友進(代表取締役は原告)が、右自動車を日産ユーズドカーセンターを仲介業者として他に売却した事実はある。
原告と島村好子は、合意の上、次のとおり、自動車の買い替えをし、当該自動車を原告が運転、島村好子が同乗し、会計事務所、日産ユーズドカーセンター等へ仕事で行ったり、あるいは買い物等に使用していた。
平成元年九月六日、クラウン(株式会社友進所有)を売却し、シーマ(被告所有)を購入した。この買い替えが行われたのは、島村好子から、日産ユーズドカーセンターに出入りするのにトヨタのクラウンでは都合が悪いと申し出があったためである。
平成四年一二月一八日、右シーマを売却し、シーマ(株式会社友進所有)を購入した。この買い替えが行われたのは、日産ユーズドカーセンターの武田社長から、展示用の自動車を安く売るとの勧誘を受け、島村好子が同意したからである。
自動車の名義を、株式会社友進、被告、株式会社友進としたのは、島村好子の指示ないし同意によるものである。右車両は、それぞれ売却後も、両社が保有しているものとして、会計上、減価償却を続け、法人税対策としていたのである。
クラウンの売却代金のうち二四七万円をシーマの購入代金の頭金に充当し、右シーマの売却代金のうち二五〇万円を新たに購入したシーマの購入代金の頭金に充当して、株式会社友進と被告の貸借関係は清算されているはずであり、まして、原告が個人的に流用したり、着服した事実はない。
4 自動車の無断売却
(一) 被告
原告は、平成四年一二月一八日、被告の所有する日産シーマを日産ユーズドカーセンターに代金二五〇万円で売り渡した。
原告は、同日、右代金二五〇万円を、原告が代表取締役である株式会社友進が日産ユーズドカーから購入した日産シーマの買い受け代金六九二万五〇一五円の内金に充当する旨日産ユーズドカーセンターと約して、そのころ、同社に被告所有の前記日産シーマを引き渡した。
日産ユーズドカーセンターは、平成五年一月二一日、被告所有の右日産シーマについて、東京陸運局における移転登録を経由し、もって、被告はこの日産シーマについての所有権を失い、二五〇万円の損害を蒙った。
(二) 原告
争う。
第三争点に対する判断
一 退職金
本件においては、原告と被告との間で、平成四年五月、原告の退職金を五七〇〇万円とする旨合意が成立したことは、当事者間に争いがない。
もっとも、被告は、この点に関し、被告と原告は、平成四年五月、右退職金のうち源泉徴収税額一一四六万五〇〇〇円を除いた四五五三万五〇〇〇円は、原告の被告、株式会社聖和、島村好子のいずれかに対する債務の弁済に充てるものとし、具体的な弁済充当は被告が指定するものとする旨の合意もまた成立した旨主張するが、本件においては、右合意を認めるに足る証拠はないし、原告と被告との間で、原告が島村好子らに対して有している債務額等を念頭に、弁済充当の話し合いが行われたと認めるに足る証拠も存しない。
被告は、島村好子が、現在、株式会社友進の全株式を有する株主であることの確認を求める訴訟を、原告を相手方として提起し係争中であって、もしも、被告が原告に対し、平成四年五月、本件退職金を実際に支出するという約束をしたとしたら、島村好子は、この約束のときに、株式会社友進の原告名義(発起人名義)の株式は、実質上は、全て島村好子のものである旨の書面をとりつけていたはずである旨主張するが、本件においては、平成四年五月当時、右株式を巡って、原告と島村好子との間で争いが生じていたと認めるに足る証拠はない。
また、被告は、原告は、島村好子の株式の運用を行っていたが、島村好子から信用取引をしないように再三言われていたにもかかわらず、これを破って信用取引を行い、島村好子の大日本製薬の株式を、勝手に大成証券の架空名義口座から福山証券の大原実の架空名義口座に移し替え、福山証券では右移し替え時の株式の時価が二億円前後のものであったのに、島村好子から再三の要求で、これを(時期に遅れて値下がり後に)返還したときには半額の時価にさせてしまっており、被告が、このような原告に対し、本件退職金を実際に支出するという約束をするはずがないのであると主張するが、島村好子の平成二年一月一七日付け書簡(書証略)においても、島村好子は株式の運用等と仕事の問題は別個のものとしていることが窺われるし、また、島村好子が、平成四年五月当時、これらの点を問題視していたと認めるに足る証拠も存しない。むしろ、島村好子は、平成三年二月二七日、原告を中小企業事業団の掛け金月額七万円の個人事業主又は会社役員の退職金の積立てに相当する小規模企業共済に加入させ、平成三年二月分から平成五年一一月分まで、自らが出損して原告の右掛け金相当額を原告の銀行口座へ送金するなど(証拠略)、平成三年から平成五年にかけては、原告の退職後についても配慮していたことさえ窺われるのである。
なお、被告は、島村好子が、平成四年五月に原告に本件の退職金を実際に支出するという約束をしたとしたら、原告に対する中小企業共済の右掛け金(月額七万円)の出損は、その時点で停止していたはずである旨主張するが、被告が自ら支出する退職一時金に右共済金を上乗せ支給すること自体も格別不自然とは思えず、他に格別の主張立証のない本件においては、被告の右主張もまた採用できない。
以上の点に加え、被告は、原告の「被告は、平成四年五月、原告の長年にわたる功績に報いるため、退職金五七〇〇万円を支払うことを決め、同月末日を決算期とする決算において、右退職金を計上し、源泉徴収税額一一四六万五〇〇〇円の納税も済ませた。しかるに、被告代表者島村好子は、同月以降、原告に対し暫くの間、右退職金の支払猶予を求めた。原告は、被告に在職中はやむを得ないと受忍してきたが、完全退職した平成五年一一月末日以降も被告は右退職金の支払に応じない」旨の事実主張につき、これを認める旨陳述していたこと、被告は、当初、弁済充当の合意の主張をしていなかったことなど、弁論の全趣旨をも併せ考慮すれば、被告主張の弁済充当の合意はこれを認定することができないものというべきである。
二 損害賠償請求
1 二億円の小切手の横領
争いのない事実、(証拠略)によれば、二億円の小切手(書証略)は、昭和五九年一一月二〇日、島村好子が原告立会のもと日産ユーズドカーセンターから受領した後、同月二一日、島村好子が三和銀行亀戸支店勤務の銀行員木下祥行を被告に呼んで、同小切手のうち一億円を同支店被告名義の口座に、一億円を同支店の原告が自ら使用していた同人名義の口座に入金するよう依頼し、右木下が右依頼の趣旨に沿って事務処理を行った事実が認められる。
被告は、「原告が、昭和五九年一一月二〇日、日産ユーズドカーセンターから被告に宛てた建設保証金の一部として金二億円の銀行振出小切手(協和銀行調布支店発行)を日産ユーズドカーセンターから受け取ったものの、これを被告の口座に入れず、同月二一日、二億円の右小切手を横領し、もって、被告に対し二億円の損害を与えた」旨主張するが、原告の右主張を認めるに足る証拠はない。
2 四五〇〇万円の小切手の横領
(一) (書証略)及び弁論の全趣旨によれば、四五〇〇万円の小切手(書証略)は、昭和六〇年四月一一日、原告名義の富士銀行亀戸支店普通預金口座に入金した事実は認められるけれども、本件全証拠によっても、被告主張のように、右入金をもって、原告が右小切手を横領したとはこれを認めることができない。
なるほど、右口座の名義は原告のものではある。しかしながら、島村好子は、前記のとおり、一億円を三和銀行亀戸支店の原告が自ら使用していた同人名義の口座に入金させたり、原告名義の口座の一〇〇〇万円の定期預金を更新手続を行ったり(書証略、原告本人、被告代表者本人)、退職金を支払った形式をとるために、原告名義の三和銀行市川八幡支店普通預金口座に四五五三万五〇〇〇円を振り込んだり(争いのない事実、書証略)しているなど、原告名義の預金口座であっても、専ら島村好子ないしは被告の便宜のために利用されている場合も少なくないのであるから、原告名義の口座に振り込まれた点のみを捉えて、原告が四五〇〇万円の小切手を横領したと断ずることはできない。
(二) 争いのない事実及び(書証略)によれば、島村好子は、東京国税局の平成二年一二月二五日付け贈与税の決定処分等を争って、国税不服審判所に審査請求の申立てをなし(なお、これに対する採決は平成五年七月九日付けである)、そのなかで、被告は、日産ユーズドカーセンターから受け取った賃貸保証金及び建設保証金三億円を島村延寿に支払ったと主張していることが認められるのであって、右の点に加え、(書証略)の記載等をも併せ考慮すれば、島村好子は、昭和六一年四月一一日に保証金として四五〇〇万円が支払われていることを相当以前から知っていたものと認めることができるが、被告は、平成六年の決算に際し、原告に対する雑損失として八〇〇〇万円を計上したことは窺われるものの(書証略)、四五〇〇万円の右小切手については本件訴訟に至るまでこれを問題視した形跡は全く認められない。
(三) ところで、原告は、同人名義の富士銀行亀戸支店普通預金口座に入金された四五〇〇万円は、その後、島村好子の指示により、原告において、右口座から別紙使途一覧表二記載のとおり順次引き下ろし、これに原告の手持資金を併せて株式を購入したが、右購入にかかる株式は、後日、全て島村好子に引き渡した旨主張している。
この点に関しては、以下のとおりの事実が認められる。
(1) 原告名義の富士銀行亀戸支店普通預金口座(書証略)
四五〇〇万円の入金以前の残高は四万三九六九円であった。(書証略)
四五〇〇万円の入金後は、昭和六〇年四月一九日に四四七万五三一〇円、同月三〇日に二三〇〇万円がそれぞれ出金された。同年五月七日に一万六九二〇円の入金があった後、同年五月二二日に一六〇〇万円、同年七月二四日に一五〇万五〇〇〇円がそれぞれ出金され、残高は四万五五七九円となった。
右口座の住所は、江戸川区(以下、略)有限会社進円商会内である。(書証略)
平成五年一二月、改印届けがなされている。(書証略)
(2) 原告の証券会社における顧客口座
原告は、左記顧客口座を設け、株式や債券の売買等を行っていた。(書証略、原告本人尋問の結果、弁論の全趣旨)
大成証券 萩原照明名義
福山証券 大原実名義
住所 東京都千代田区
口座開設日 昭和六〇年一月八日
(3) 原告による株式の売買
原告は、大成証券を通じて、大日本製薬株式会社の株式を、別紙使途一覧表二起算の年月日、単価、数量、金額で購入した。(書証略)なお、大日本製薬株式会社の株式は、別紙使途一覧表に記載されていないものも取引されている。(書証略)
(4) 福山証券の件
ア 島村好子は原告に対し、左記内容の平成二年一月一七日付け書簡(書証略)を送付した。
昭和四五年から今日までの二〇年間にあなたが私から持っていった全部を明確にした上、返還下さいますようお願いいたします。
あなた自身が資料をつきあわせて説明して下さい。私と立場を置き換えて、今日までのことをよく考えて下さい。平成二年五月一一日は父の三回忌です。先祖も両親も悲しい想いをしていることでしょう。もう少し人間らしい心を持って下さい。自分がどんなことだったか、最初からよく反省して大至急全部返して下さい。また表面ソフトでやさしそうに見えるし他人に親切そうにしているがこれも全て私を踏み台にしてやってきたこと、大きな顔してやりたい放題できましたが今後一切その様なことはやめて下さい。今後は仕事に専念して下さい。それが恩に報いることになるのです。我が身をつねって人の痛さを知れ、の言葉を贈ります。
イ 島村好子は、平成二年一月五日、福山証券を訪れ、左記口座は自分の口座であると訴えた。
福山証券
口座名義大原実
住所 東京都千代田区(以下、略)
口座開設日 昭和六〇年一月八日
口座番号 (略)
今泉勝美らが応対し、原告とよく相談したうえで注文を出して下さいと回答した。
(証拠略)
ウ 島村好子の代理人弁護士は福山証券の代表取締役に対し、左記内容の平成二年七月付け通知書(書証略)を送付した。
貴社に設定されているオオハラミノル名義の取引口座は、長年にわたって、島村好子が萩原俊岳(現在は、「肝付」と姓を変更)を代理人として、貴社との間で株式売買等の取引を行ってきた取引口座であり、貴社担当者今泉勝美氏も、この事実を知ったうえで、取引に応じてきたものです。
島村好子は、平成二年一月五日に、貴社に赴き、貴社資産相談部次長小原進氏及び右今泉氏と面談し、両人に対し、右オオハラ口座での新規の取引はしないので右萩原を介しての注文を執行しないよう申し入れました。
また、島村好子は、右萩原との間でも、予め、株式等取引の注文に関する委任契約を解除しました。
しかるに、貴社は、平成二年三月七日以降も、右オオハラ口座で、三井倉庫、ツムラの注文を執行しました。
以上のとおり、平成二年一月五日以降においては、萩原には、島村好子を代理して右オオハラ口座で注文を出すなんらの権限はなく、また貴社においても、その旨を十分に知悉していたものであります。
よって、島村好子は、現在右オオハラ口座で建っている取引の決済には応じられません。また、委託保証金あるいは保証金代用有価証券については、島村好子に即時返還されるよう請求いたします。
エ 島村好子は、平成三年一月下旬、弁護士同道で福山証券を訪れ、福山証券がオオハラ名義で信用取引の担保として預かっている株券、債券証書は全て島村好子所有のものである。島村好子は福山証券との取引を解消したいので、オオハラ名義で預かっている株券、債券証書を全て島村好子に返還してもらいたいと申し出た。
福山証券の今泉は、この申し出を受けて、原告に連絡したところ、原告は信用取引の赤字は、別途自分で埋めるので、株券、債券証書を島村好子に返還してもよいと同意した。
そこで、福山証券の今泉勝美は、平成三年二月二八日、被告の事務所を訪ね、原告立会のもとで、別紙有価証券現金一覧表記載の株券、債券証書、現金を島村好子に渡した。各銘柄ごとの預り証を島村好子から返してもらうのと引き換えに、各銘柄毎に、株券、債券証書を島村好子に順次渡した。
(争いのない事実、証拠略)
さらに、原告と島村好子は、左記内容の念書(書証略)を福山証券に差し入れた。
私、肝付俊岳は、現在この口座に保管中の株券及び現金につき、島村好子氏との間で帰属等につき問題がありましたが、この度島村氏との間で協議が成立しましたので、島村氏立ち会いの上で私にお引き渡しいただくこととし、これを受領いたしました。
また、これにより、上記口座は残高が零となりましたが、この結果並びに貴社がこの口座を抹消されることにつき異議ありません。
私、島村好子は、上記口座における取引について貴社に対して種々の主張を行ってまいりましたが、肝付氏との間で協議が整いましたので、本日これらを全て撤回いたします。
また、前項の肝付氏の確認のとおり、貴社が株券及び現金を私立ち会いの上肝付氏に引き渡されましたが、これにつき異存はありません。
私は現在、貴社との間には実名仮名を問わず取引を行っている事実はないことを確認するとともに、上記口座に関する取引について、今後貴社に対して一切、苦情、請求を申しません。
オ 右株式等は、信用取引の担保に供せられたころには、少なくともその時価は二億円以上であった。(証拠略)
カ なお、福山証券の今泉勝美は、以前、原告に言われて、株式の売却代金を島村好子に届けたことがある。(人証略)
以上の事実が認められる。これらの事実(ことに、原告は四五〇〇万円を別紙使途一覧表二記載のとおり順次引き下ろしたこと、原告は同表記載の大日本製薬株式会社の株式を購入したこと、その後、大日本製薬株式会社の株式が島村好子に引き渡されていることなどの事実)に照らせば、少なくとも、四五〇〇万円の相当部分は大日本製薬株式会社の株式の購入に充てられ、これらの株式は、最終的には、平成三年二月二八日、島村好子に引き渡されているものと認められる。
もとより、本件においては、原告は、一億円及び四五〇〇万円の使途につき、まず、平成七年一月一七日付け準備書面でこれを説明しているが、右説明と平成八年一月二六日付け準備書面、入出金及び買付一覧表(書証略)及び陳述書(書証略)との間には、購入銘柄等につき若干の差異があること、購入した株式の金額と出金額との間に必ずしも厳密な意味での対応関係がないこと、原告は不足分を原告が支払っている旨主張していることなど、これらの事実に照らすと、原告個人で購入した株式と四五〇〇万円の使途として購入された株式等との間に、原告が取扱いにつき明確な差異を設け、厳密に運用していたかどうかについては疑問の存するところであり、かなりの丼勘定で運用していたふしも窺われなくもない。
しかしながら、本件においては、前記の事実に照らし、島村好子は、原告を通じ株式等の運用を行っていたことが認められるのであって、その他前記四五〇〇万円の使途に関する事実経過や、島村好子と原告とは、昭和五〇年代以降、相当程度親密な関係にあったことなどの前記認定の諸事実を併せ考慮すれば、右の点を斟酌しても、なお四五〇〇万円の小切手につき、原告がこれを横領したとは断ずることはできないものというべきである。
なお、被告は、島村好子が原告に対し株式の運用を任せたことはない旨主張するが、被告代表者は、信用取引についてはこれを強く否定するものも存するけれども(書証略)、その余の取引についてはこれを禁止する旨の書証等はなく、その他、前記のとおりの島村好子の代理人弁護士が福山証券の代表取締役に送付した平成二年七月付け通知書(書証略)の記載や、福山証券の今泉勝美から株式の売却代金を受領していることなどにも徴すると、島村好子は原告に対し株式の運用を任せていたものといえるから、被告の右主張は採用できない。
3 自動車代の詐取
被告は、原告が、被告所有の昭和六二年式クラウンを日産ユーズドカーセンターに売却した代金二四七万六一二〇円(売買代金二四〇万四〇〇〇円、消費税七万二一二〇円)を詐取した旨主張するが、右自動車が被告の所有であると認めるに足る証拠はない。むしろ、登録事項等証明書(書証略)によれば、車名トヨタ・車台番号(略)・初度登録年月昭和六二年一二月・自動車登録番号(略)の自動車は、平成元年一〇月三日に売却されるまでは、株式会社友進が所有していることが認められる。
してみれば、被告の右請求は、右自動車が被告の所有であることを前提とするものであるから、その余の点については判断するまでもなく、被告のこの点に関する請求は理由がない。
4 自動車の無断売却
前記のとおり、(書証略)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成四年一二月一八日、被告の所有する日産シーマを日産ユーズドカーセンターに代金二五〇万円で売り渡し、同日、右代金二五〇万円を、株式会社友進(原告が代表取締役である)が日産ユーズドカーから購入した日産シーマの買受け代金六九二万五〇一五円の内金に充当する旨日産ユーズドカーセンターと約して、そのころ、同社に被告所有の前記日産シーマを引き渡したこと、日産ユーズドカーセンターは、平成五年一月二一日、被告所有の右日産シーマについて、東京陸運局における移転登録を経由したことがそれぞれ認められるけれども、本件においては、右売却が、島村好子に無断で行われ、被告に損害が生じたと認めるに足る証拠はない。
被告代表者本人尋問の結果によれば、右売却後も、島村好子は、原告が運転する右日産シーマを利用していたことが認められるほか、被告の主張自体、平成七年一〇月四日付け「反訴請求の趣旨の拡張申立並びに反訴請求の原因の追加主張申立」により初めて申立てられたものであること、一方、原告は、島村好子の同意のもと、右自動車は、売却後も被告が保有しているものとして、会計上、減価償却を続け、法人税対策としていた旨主張するところ、被告は、これについては特段争っていないこと等の事情が存するのであって、これらの事情に照らせば、原告が無断で右自動車を売却したとはこれを認めることができない。
第四結論
以上のとおりであるから、原告の本訴請求は理由があるのでこれを認容し、被告の反訴請求はいずれも理由がないのでいずれも棄却する。
(裁判官 三浦隆志)
別紙(略)