東京地方裁判所 平成6年(ワ)17545号 判決 1997年3月28日
千葉県習志野市袖ケ浦六丁目一四番二四号
原告
橋村徳昭
右訴訟代理人弁護士
五三雅彌
同
後山英五郎
東京都杉並区下井草五丁目一九番三号
被告
鷲宮忠常こと
伊東恒美
東京都府中市片町一丁目一番一六号
同
河野都
東京都江東区永代一丁目九番一号
同
一条守康こと
半村金次郎
千葉県松戸市常盤平西窪町二番地三号
同
守之宮中敷領こと
二又康守
右被告四名訴訟代理人弁護士
萩原健二
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告らは、「武蔵八幡神社」との名称を用いて、地鎮祭、上棟祭、竣工祭、その他の清祓いの神事事業をしてはならない。
2 被告らは、「武蔵八幡神社」との名称が印刷された出張神事の案内パンフレット、出張神事申込書、封筒、名刺、その他の印刷物を廃棄せよ。
3 被告らは、原告に対し、連帯して金一三九万四〇〇〇円及びこれに対する、被告河野都及び被告二又康守については平成六年九月二三日から、被告伊東恒美及び被告半村金次郎については平成六年九月二五日から、それぞれ支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
5 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告の営業
原告は、平成五年四月以来、「八幡神社神道普及本部」との名称(以下「原告営業表示」という。)で、地鎮祭、上棟祭、竣工祭、その他の清祓いの出張神事に関する事業(以下「本件事業」という。)を、継続して行っているものである。
原告は、当初、東京都千代田区神田神保町三丁目一八番三号神三ビル株式会社トゥエンティファースト内(以下「東京事務所」という。)において出張神事の申込みを受け付け、実際の運営を千葉県習志野市鷺沼五丁目一七番八号の事務所(以下「習志野事務所」という。)で行っていたが、平成六年二月初旬、千葉県下を中心として本件事業を展開することを目的として右の事務所を引き払い、千葉県習志野市袖ケ浦に事務所を移して現在に至っている(以下、平成五年四月から平成六年二月初めまでの期間を「当初期間」という。)。
2 原告営業表示の周知性
本件事業は、通常の神社が行う神事とは異なり、ファックスによる注文を受け、受注した日時、場所に神事に必要なものをすべて持って出向き、予め決められた料金をもって、決められた時間内で、定型化された神事遂行のマニュアルに従って神事を執り行うというものであって、合理的な神事であると好評を博して現在に至っているとともに、原告が、本件事業開始後、東京都、千葉県、神奈川県及び埼玉県において、出張神事の主な顧客となる建築主が地鎮祭の依頼を行う窓口となる各建設会社、各住宅展示場のモデルハウス事務所等をくまなく訪れ、地鎮祭担当社員あるいは営業担当社員等に面接して、地鎮祭のパンフレット一部と出張神事申込書三ないし一〇通を配付し、本件事業の展開を図った結果、原告営業表示は、平成六年一月までには、右地域内において、出張神事の申込窓口となる各建設会社、各住宅展示場のモデルハウス事務所等の間で、原告の本件事業を表示するものとして周知性を獲得した。
原告が、右の営業用に用意した地鎮祭パンフレットは五〇〇〇部、出張神事申込書は一〇〇冊(一綴り五〇通)であり、また、原告が、現実に受注した出張神事の数は、平成五年七月が一七件、同年八月には二一件、同年九月には三〇件、同年一〇月には三一件であって、その数は原告の営業努力によって順調に増加していき、平成六年一月末日までには、合計二三四件の受注があった。
なお、原告は、現在、「大和八幡神社」との営業表示を用いることもあるが、これは、原告と被告らとの営業が混同することを避けるため、やむを得ずしているものである。
3 被告の営業
(一) 被告らは、平成六年二月二六日から同年六月一五日までの間、前記の原告営業表示を用いて、前記のとおり原告が営業活動を行ってきた各建設会社、各住宅展示場のモデルハウス事務所等に、原告が営業活動に用いていたパンフレット等の営業用文書と全く同一内容の文書を送付し、本件事業と全く同一の事業を行い、その間に一六四万円の売上げをあげた。
(二) 被告らは、右期間の後、営業表示を変更し、現在、「武蔵八幡神社」との名称を営業表示として本件事業と同種の出張神事の営業を続けている。
4 営業表示の類似、混同のおそれ
(一) 被告らの、当初の営業表示は、原告営業表示と全く同じであり、パンフレット等についても、原告が用いていたものと同じであり、営業が混同されることは明らかである。
また、顧客のなかには、当初期間中に、原告が配付したパンフレット、申込用紙を手元に残し、それをコピーしたもので出張神事の申込みをする者が多く、この場合「八幡神社」といえば、原告の行っているものと経営主体が違うということに気づかず、従来のまま被告らに対して、申込手続をするという混同事例が実際に多々見られる。
(二) 被告らが、現在、用いている「武蔵八幡神社」との営業表示も、その要部が「八幡神社」にあって、原告営業表示に類似し、また被告らの事業内容は、営業表示の変更にかかわらず同一であるから、彼我の営業が混同されるおそれが現在でもある。
5 原告の損害
被告らは、前記3(一)記載の期間の売上げにより、利益率を八五パーセントとして、一三九万四〇〇〇円の利益を得た。
原告は、右と同額の損害を被ったものと推定される。
6 よって、原告は、不正競争防止法二条一項一号、三条、四条に基づき、被告らに対して、本件事業を行うに際し、「武蔵八幡神社」との営業表示を用いることの差止、同表示が付されたパンフレット類の廃棄を求めるとともに、損害賠償として金一三九万四〇〇〇円及びこれに対する不正競争行為の後であり本件訴状送達の日の翌日である、被告河野都及び被告二又康守については平成六年九月二三日から、被告伊東恒美及び被告半村金次郎については平成六年九月二五日から、それぞれ支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
原告主張にかかる原告の本件事業は、当初期間においては、原告、被告伊東、被告河野及び訴外榎本勝治(以下「榎本」という。)の四名による共同事業(以下「原被告共同事業」という。)としてされていたものであるところ、原告が、身勝手に金銭の管理をしてきたことが原因で、平成六年二月初めに、原被告共同事業は、原告がする事業と、被告伊東及び被告河野の事業に分裂することになった。
その際、原被告共同事業の清算について協議し、原告と、被告伊東及び被告河野は、それぞれ別々に従来どおり出張神事を事業として行うこととし、原告は、原被告共同事業に出資した被告伊東及び被告河野に、出資金に利息をつけて返済すること、原告は未払い給与を支払うこと、神事に必要な道具、パンフレット、封筒等は、原告と被告伊東及び被告河野との間で二等分することとされた。
したがって、原告営業表示が、原告主張の時期に周知となっていたとしても、それは原被告共同事業を営業主体として表示して周知となっているのであるから、原告が、原告のみが原告営業表示が表示する営業主体であることを前提して、原被告共同共同事業の延長上にある現在被告らがしている事業において、原告営業表示を用いることを不正競争行為と主張することは失当である。
2 請求原因2のうち、本件事業の平成六年一月末ころまでの受注件数が二三四件であるとの事実は認め、その余の主張は争う。
本件事業は、諏訪大地主神社が行っていた出張神事を真似したものに過ぎず、東京都内において、同種の事業を行うものは一〇社を下らない。
また、八幡神社という名称の神社が、全国に多数存することからすれば、原告営業表示には何ら顕著性がなく、営業表示として周知となることはあり得ない。
3(一) 請求原因3(一)の事実のうち、被告らが、平成六年二月二六日から同年六月一五日までの間、原告営業表示を用いて、原告が営業活動を行ってきた各建設会社、各住宅展示のモデルハウス事務所等に、原告が営業活動に用いていたパンフレット等の営業用文書と全く同一内容の文書を送付し、本件事業と全く同一の事業を行ったことは認め、その間の売上額を否認する。
(二) 同(二)の事実は認める。
ただし、正確には、被告らは、平成六年八月から同年一〇月までの間、営業表示を「武蔵八幡神社神道普及本部」とし、その後、さらに変更して、現在「武蔵八幡神社」を営業表示としているものである。
4 同4は否認する。
5 同5は否認する。
6 同6は争う。
第三 証拠
本件訴訟記録中の書証目録の記載を引用する。
理由
一 請求原因1の事実は、当初期間の営業主体が原告のみであったか、原告と被告らの共同事業であったのかとの点を除いて、当事者間に争いがない。
二 請求原因2(原告営業表示の周知性)について
1 請求原因2のうち、本件事業の平成六年一月末ころまでの受注件数が二三四件であることは当事者間に争いがなく、右事実と前記1記載の事実に、成立について当事者間に争いがない甲第一号証ないし甲第三号証、甲第六号証の二、乙第一号証、乙第二号証の一、乙第一七号証の一ないし五、乙第一八号証の一ないし三(甲第六号証の二、乙第二号証の一は原本の存在及び成立について争いがない。)及び弁論の全趣旨によって真正に成立したものと認められる甲第八号証、乙第一六号証に弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告、被告河野、被告伊東及び訴外榎本らは、平成五年四月から平成六年二月初めまで、東京事務所を本件事業の電話受付場所とし、習志野事務所を実際の運営をする事務所として本件事業を営んでいた。原告及び右被告らは、本件事業に際して、営業用として地鎮祭パンフレットを五〇〇〇部、出張神事申込書を一〇〇冊(一冊五〇通)準備し、原告が中心となって、東京都、千葉県、神奈川県及び埼玉県において、建築主が地鎮祭の依頼をする窓口となる建設会社、住宅展示場のモデルハウス事務所等を訪れ、地鎮祭担当社員あるいは営業担当社員等に面接して、地鎮祭のパンフレット一部と出張神事申込書三ないし一〇通を配付するという営業活動を行った。
本件事業の出張神事とは、地鎮祭、上棟祭等建築にともなう神事に際し、従前は地主又は施工業者が用意していた祭典用具、供物等を全て用意して建築現場へ赴き、定型化された神事遂行のマニュアルに従って神事を行うというものであり、料金は予め決められ明示されている。
本件事業の、当初期間中の受注件数は、平成五年七月が一七件、同年八月には二一件、同年九月には三〇件、同年一〇月には三一件であり、平成六年一月末日までには合計二三四件の受注があったが、そのうち原告が約二〇〇件、被告伊東が三四件の出張神事を行った。なお、平成五年四月二四日に初めて出張神事を行ってから一年間くらいは、東京都内の業者からの注文は一件もなかった。
(二) 首都圏では、八王子市にある諏訪大地主神社が、昭和六〇年ころから、出張神事を専門に取り扱うことを目的とする営業を始め、新しい業態として平成二年には新聞に取り上げられ、原告及び被告伊東は同神社の従業員として出張神事の経営を修得した。
東京都千代田区にある八幡神社は平成五年二月ころから、東京都江東区にある八幡神社(崇敬会)は平成八年一月ころから、茅ケ崎市の中浜稲荷神社は平成三年ころから、千葉市の千葉神社、袖ケ浦市の八幡神社がかなり以前から、同種の形態の出張神事を行っている。
(三) なお前記諏訪大地主神社は、宗教法人の認可を受けていないものの、社殿、社務所を有していたが、原被告共同事業は、宗教法人としての認可を受けず、貸ビルの一室を営業所として、全く出張神事のみを専門に行っていた。
(四) 神社の数は、東京都一四〇四社、千葉県三二〇九社、埼玉県二〇九七社、神奈川県一三〇九社、茨城県二五一六社であり、このうち府中八幡神社などの形で地名を含む場合も含めて「八幡神社」をその名称に含む神社は、東京都に一七五社、千葉県に二五〇社、埼玉県に一五六社、神奈川県に八六社、茨城県に一九八社存在する。
2 以上の事実をもとに検討する。
原告営業表示である「八幡神社神道普及本部」の中の「八幡神社」の部分についてみると「八幡神社」あるいは「八幡神社」を名称の一部として含む神社は東京都だけで一七五社、千葉県、埼玉県、神奈川県、茨城県の四県で六九〇社あり、全国では更に多数あるから、鶴岡八幡宮、石清水八幡宮、宇佐八幡宮等全国的に著名な神社、及び各地方で知られた八幡神社がそれぞれの地名等を付した名称で社会的に知られていることはあっても、単なる「八幡神社」というのみでは、宗教団体であっても識別力は弱く、原告のように営業者が出張神事等の通常は神社が行う業務について用いる営業表示としても自他識別力はないといわなければならない。
また、「八幡神社神道普及本部」という原告営業表示を全体として見ても、八幡神社の神道を世に普及する事業の本部という意味の表示に過ぎず、多くの八幡神社の宗教活動に含まれる事業を表示しており、全国あるいは、首都圏に多数ある八幡神社の事業と原告の事業を識別させる力はないといわなければならない。更に原告らの本件事業に関する当初期間中の営業実績は月々たかだか三〇件程度を超えないのであり、原告が原告営業表示が周知であると主張する東京都、千葉県、埼玉県において着工される建築件数、そしてそれに伴い行われると考えられる地鎮祭の数からすると微々たるものであるとしかいえず、原告がした営業活動の内容も、建築会社や、住宅展示場のモデルハウス事務所を相手とした飛び込みの営業であり、応接した住宅会社の社員がそのパンフレットを受領したとしても、前記の営業実績に照らし、それだけで原告営業表示が広く認識されるに至ったとは認められない。
したがって、原告営業表示が、当初期間中である平成六年二月初めまでにも、その後現在に至るまでも、原告の営業を表示するものとして周知となった事実を認めることはできない。
本件事業は、神社名を含む営業表示を名乗りながら、出張神事のみを行うもので、料金を予め明示して注文を受け、祭典用具、供物等を全て用意して建築現場に赴き、定型化したマニュアルに従って神事を行うという点に特徴があるというが、現に前記1(二)認定のとおり、出張神事を行う神社は他にもあるうえ、右のような事業形態をもって、本件事業が通常の神社が宗教的儀式として行う神事を現代向きに簡便化したという以上に独特の特徴のある事業であるとの認識が生じているものとは認められず、原告営業表示がそのような特殊な事業の営業表示として周知となっているものとは認められない。
なお、甲第九号証及び甲第一〇号証は住宅建築業者の社員が署名押印した「証明書」と題する書面、甲第二七号証、甲第三五号証、甲第三六号証、甲第四四号証ないし甲第四八号証、甲第五〇号証、甲第六二号証、甲第六九号証、甲第九〇号証及び甲第九六号証はいずれも住宅建築業者の社員が署名押印した「要望書」と題する書面であり、甲第一五号証ないし甲第二六号証、甲第二八号証ないし甲第三四号証、甲第三七号証ないし甲第四三号証、甲第四九号証、甲第五一号証ないし甲第六一号証、甲第六三号証ないし甲第六八号証、甲第七〇号証ないし甲第八九号証、甲第九一号証ないし甲第九五号証及び甲第九七号証ないし甲第一〇二号証の各一、二はいずれも第三者である住宅建築業者の社員が署名押印した「要望書」と題する書面及びこれに添付された名刺であり、これらの書面には原告の営業表示を用いた出張神事の公益事業は、業者の間では知らない者はない状況になっている旨の記載があるが、書面自体は原告が起案した定型文書に作成者が署名押印したにすぎないものであり、これらの文面の末尾は、「引き続き出張神事をお願いしたいと思います。上記の様な状況下、出張神事の申込みが殺到して、現在、私どもの希望する日時に神事の遂行ができない場合があり、神職の増員などの改善を要望し、ここに証明します。」と結ばれており、一読したところ原告に対する職員の増員を要望する文書と理解され(「要望書」という表題のものは、表題と合わせて見ると、一層そう理解されやすい。)、これら文書の作成者が、書面の内容、特に原告の営業表示の周知性の証明部分を正確に認識し証明する意図で署名押印したものであることは疑わしく到底信用できない。
三 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西田美昭 裁判官 高部眞規子 裁判官 森崎英二)