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東京地方裁判所 平成6年(ワ)19598号 判決 1996年8月30日

原告 株式会社大鴻商事

右代表者代表取締役 玉山正洙

右訴訟代理人弁護士 伊達俊二

同 細矢眞史

右伊達俊二訴訟複代理人弁護士 増田径子

被告 井上登美

被告 島田朋子

右両名訴訟代理人弁護士 高橋昭

被告 田淵裕一

右訴訟代理人弁護士 藤澤寛

被告 住友不動産販売株式会社

右代表者代表取締役 中澤道明

右訴訟代理人弁護士 山分榮

同 島田耕一

主文

一  被告井上登美、同島田朋子、同田淵裕一は各自、原告に対し、金八〇〇万円及びこれに対する平成六年八月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告住友不動産販売株式会社は、原告に対し、金一二六万六九〇〇円及びこれに対する平成六年八月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告らの負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

別紙物件目録記載の土地及び建物(区分所有建物の専有部分とその敷地の持分。以下「本件マンション」という。)は被告井上登美、同島田朋子及び同田淵裕一の共有名義で登記されているところ(争いがない。以下、右被告三名を総称して「被告ら」という)、本件は、本件マンションの売買に関し、買主である原告が被告らに対し、被告らの債務不履行を理由とする解除に基づき手付金相当の違約金を、右売買を仲介した被告住友不動産販売株式会社(以下「被告住友不動産」という。)に対し、債務不履行を理由とする仲介契約の解除に基づき仲介手数料の返還を求あるものである。

一  請求の原因

1  原告は、平成六年五月二〇日、被告らの代理人である高橋昭弁護士(以下「高橋弁護士」という。)との間で、被告らの共有する本件マンションを次の約定で買い受ける旨の契約を締結し(以下、これを「本件売買契約」という。)、同日、高橋弁護士に対して手付金八〇〇万円を支払った。

(一) 売買代金 八〇〇〇万円

(二) 手付金 八〇〇万円

(三) 残代金の支払及び引渡時期

平成六年七月二九日

(四) 解除の場合の違約金 八〇〇万円

(五) 工事に関する特約

被告らは、平成六年七月二九日までに、本件マンションにつき次の修復工事を行う。

(1) 三階洋室の南側壁の一部及び床の腐食部分の修復

(2) 台所床のコルクタイル一枚の破損箇所の修復

(3) 三階浴槽の配水管部分の水漏れの修復

(4) テレビインターホンの取り外し

2  被告らは住友銀行等に対して多額の負債を抱え、本件マンションに担保権を設定していたが、その競売を避けるため、住友銀行との話合いによりこれを任意売却することにしたものであり、その売却については、住友グループに属する被告住友不動産が仲介業者として仲介業務を行った。

3  原告は平成六年五月二〇日、被告住友不動産との間で、本件マンションの売買に関する一般媒介契約を締結し、同日、同被告に対し、仲介手数料二五三万三八〇〇円(消費税を含む。)の半額である一二六万六九〇〇円を支払った(残額は取引完了時に支払う旨が約された)。

4  原告は本件売買契約締結の際、高橋弁護士同席の下で、被告住友不動産から重要事項の説明を受けたが、同被告は原告に対し、本件マンションの管理費の滞納額につき、「二、三か月程度の滞納があるが、引渡日までには清算する」と説明し、高橋弁護士もそれを確約した。

5  原告は本件売買契約の履行期日(平成六年七月二九日)の前日、被告住友不動産に対し、予定どおり物件の引渡しができるかどうかを電話で尋ねたところ、「管理費の清算及び修復工事とも未了であり、物件の引渡しはできない」旨回答があり、原告は残代金を用意していたものの、右履行期日に本件マンションの引渡しを受けることができなかった。

被告らの管理費の滞納は、被告住友不動産が説明したように二、三か月分程度のものではなく、その後平成七年六月八日、本件マンションの管理組合は被告らに対し、昭和五九年七月分以降の未払管理費三五七万円及びこれに対する管理規約に基づく遅延損害金の合計六二六万円余の支払を求める訴訟を提起した。

6  本件売買契約の解除

(一) 被告らは、本件売買契約の履行期日までに前記修復工事を行い、かつ、本件マンションの管理費の滞納額を清算する旨約したにもかかわらず、これを履行しなかった。

(二) 原告は平成六年八月二日に被告ら(代理人である高橋弁護士)に到達した書面により、同月一二日までに右履行をすべき旨催告し、同じく同月一七日に到達した書面により被告らの債務不履行を理由に本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

7  本件マンションの仲介契約の解除

(一) マンションの売主の管理組合に対する債務は、区分所有法により、その特定承継人に承継されるから、被告らの本件マンションの管理費の滞納額がどれほどになるかは原告が重大な関心を有する事項というべきであるが、被告住友不動産はこれについて十分な調査・説明をしなかったのみならず、原告の催告に対しては、「売手の高橋弁護士と話して下さい。当方は契約が成立した以上関係はない。」などと応え、誠実に仲介業務を履行しなかった。

(二) 原告は平成六年八月二日に同被告に到達した書面により、同月一二日までに仲介業務を履行すべき旨催告し、同月一七日に到達した書面により、同被告の債務不履行を理由に仲介契約を解除する旨の意思表示をした。

8  よって、原告は被告らに対し、約定による違約金八〇〇万円(なお、原告が被告らに交付した手付金は、本訴提起後返還を受けた。)及びこれに対する本件売買契約解除の日の翌日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告住友不動産に対し、交付した仲介手数料一二六万六九〇〇円の返還及び右金員に対する仲介契約解除の日の翌日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告井上登美及び同島田朋子の認否及び反論

1  請求原因1及び2は認める。同3は被告住友不動産に関するもの。

同4のうち、高橋弁護士が同席したことは認めるが、同弁護士もそれを確認したことは否認し、その余は不知。

同5のうち、原告が被告らから本件マンションの引渡しを受けることができなかったことは認めるが、その余は不知。

同6(一)のうち、修復工事の未了は否認し、その余は不知。同(二)は認める。

2  右被告らの主張

被告らとしては、原告の残代金の決済が確実になるまで修復工事に着手することができないでいたところ、原告は平成六年七月二八日に至り、被告住友不動産を介して、翌日に残代金を決済する旨通知した。その後、被告らは原告から、八月一二日までに工事を完了するよう催告を受けたため、右期日までに三階洋室の修理を除き右工事を完了した。右洋室の修理は、新たに取り替えるカーペットの色柄等につき原告の選択が必要なため遅れていたところ、原告は本件売買契約を解除した。

原告は本件マンションの属する区分所有建物の他の専有部分の居住者であるから、被告らの管理費の滞納についてはある程度承知し、また、管理者を追及してこれを知ることができた。

三  被告田淵裕一の認否及び反論

1  請求原因事実のうち、被告田淵が登記簿上本件マンションの共有名義人であることは認めるが、同被告がその共有者であること及び高橋弁護士が同被告の代理人であることは否認する。その余は不知。

2  被告田淵の主張

被告田淵と被告島田は平成六年七月二八日に協議離婚したが、これより前の平成元年九月ころ、被告田淵の本件マンションの持分は離婚に伴う財産分与として事実上被告島田に譲渡され、その後右協議離婚の日にその旨の合意が成立した。したがって、被告田淵は本件マンションの共有者ではない。

また、被告田淵は高橋弁護士を代理人に選任したことはなく、委任状(甲七)は偽装されたものである。

四  被告住友不動産の認否及び反論

1  請求原因1ないし4は認める。

同5のうち、平成六年七月二九日に管理費の清算が未了で物件の取引ができなかったことは認めるが、その余は不知。同6は被告らに関するもの。

同7(一)は否認する。同(二)は認める。

2  被告住友不動産の主張

原告は本件マンションの属する区分所有建物の別の専有部分を所有し、被告らに管理費の滞納があることを知っていた。被告住友不動産は原告から、売買契約締結後に管理組合の総会を開くようにしてくれればよいという申出を受け、本件売買契約の締結に至ったものである。

本件売買契約締結後、平成六年七月二七日に被告住友不動産の渋谷営業センターで管理組合総会が開催され、被告らの管理費の滞納額が明らかになったが、その額は一二六万五九〇〇円であったため、被告住友不動産は原告に対し、この程度の金額であれば売買代金と差引清算できるので契約を履行するように告げたが、その後原告は本件売買契約を解除した。

第三判断

一  証拠(甲一ないし六、八ないし二六、二九ないし四二、乙二、四、丙九、丁一、証人城之尾忠、同高橋昭、原告代表者、被告島田朋子、同田淵裕一)及び弁論の全趣旨によれば、次のとおり認めることができる。

1  本件マンションの属する区分所有建物は五個の専有部分から成り、本件マンションはその一つであるが、被告らはこれを昭和五五年五月に購入した。被告井上は被告島田の実母、被告島田と同田淵は当時夫婦であった(平成六年七月二八日協議離婚)。被告田淵は昭和五九年ころ右区分所有建物の管理組合の理事長に就任したが、管理業務の実際は被告島田が被告田淵を代理して行っていた。なお、被告田淵は平成元年九月ころ本件マンションを出て、被告島田と別居した。

被告田淵はデザイナーであり、その経理・税務処理等を目的とする有限会社タブチの代表取締役であったが、右会社の経営は主として被告島田が当たり、また、同被告は不動産取引等の事業も行っていたところ、本件マンションには被告田淵及び右会社等を債務者とする多額の根抵当権が設定され、その債務の返済が不可能になったことから、被告島田は債権者である住友銀行との話合いにより、本件マンションを売却して右債務の返済に充てることとした。右銀行との交渉は、被告島田から委任を受けた高橋弁護士が行った。

2  被告島田は、平成六年四月以前に本件マンションの売却を高橋弁護士に委任し、本件売買契約締結前野平成六年五月中旬ころ、高橋弁護士に対し、被告井上の自署に係る委任状及び被告島田が記名押印した同被告及び被告田淵の委任状(甲六ないし八)を交付した。高橋弁護士は右委任を受ける際に、被告田淵からの委任につき被告島田に確認したが、問題はないという返答であり、本件マンションの売却は債務整理の一環としてされるものであり、債務者である被告田淵の利益になることから、同被告の委任につき特に疑念を抱くことはなかった。

高橋弁護士は平成六年四月一一日、被告らの代理人として(被告田淵は、高橋弁護士に対して本件マンションの売却を委任したことはない旨主張する。この点は後に判断するが、以下の認定を含め、ここでの認定は、高橋弁護士が被告らの代理人であることを表示して行動した意味である。)、不動産仲介業者である被告住友不動産との間で、本件マンションの売買につき仲介契約を締結した(丁一)。

3  原告代表者である玉山正洙は、昭和五八年八月本件マンションの属する区分所有建物の他の専有部分を購入してこれに居住していたが、平成六年四月ころ、新聞折込みのチラシにより本件マンションが売りに出されていることを知り、右広告による売値は一億円であったが、被告住友不動産の担当者と交渉した結果、売買代金は八〇〇〇万円となったため、原告会社がこれを購入することとした。

そして、平成六年五月二〇日、本件売買契約が締結され(契約内容は請求の原因1記載のとおり)、玉山は同日、高橋弁護士に対し、手付金八〇〇万円を交付した(以上の事実は、原告と被告田淵を除く被告ら及び被告住友不動産の間では争いがない)。高橋弁護士は玉山に対し、被告ら三名の委任状を示した上、被告らの代理人である旨を告げ、売買契約書(甲四)等には、被告ら代理人として署名捺印した。

また、同日、原告(玉山)は被告住友不動産との間で、本件マンション売買の仲介契約(甲一二)を締結し、同被告に対し、仲介手数料二五三万三八〇〇円(消費税を含む。)の半額である一二六万六九〇〇円を支払い、残額は取引完了時に支払うことが約された(以上の事実は、原告と被告住友不動産の間で争いがない)。

4  右契約締結等の手続は被告住友不動産の渋谷営業センターで行われたが、本件売買契約の締結に先立ち、被告住友不動産の担当者は、重要事項説明書(甲一五)を読み上げ、右説明書には「管理費精算金」は「未定」と記載されていたが、本件マンションの管理費の滞納額につき、玉山に対し、「二、三か月程度の滞納があるが引渡日までには清算する」旨説明した(右説明内容は、原告と被告住友不動産の間では争いがない)。

被告住友不動産の担当者は、本件売買契約締結前の五月一六日ころ、本件マンションの補修箇所と管理費の内容を確認するため本件マンションに赴き、管理組合の通帳を確認し、本件マンションの管理費の支払がなかったため被告島田に対してその点を尋ねたところ、同被告は、理事長(被告田淵)の立替分があるので相殺によりほぼ滞納はない旨を答えた。このため、右担当者は本件売買契約締結の際、玉山に対して前記のように説明し、また、管理組合の通帳のコピーを交付して、「管理組合の総会を開き、滞納があれば清算する」旨説明したものである。

5  本件売買契約には、買主は、売買代金支払のため金融機関の融資を受けることができなかったときは契約を解除することができる旨の定めがあり、右解除の期限は当初、平成六年六月三〇日と定められたところ、玉山は、取引銀行から融資を断られたため右解除権を行使することも考えたが、被告住友不動産の担当者の説得もあり、また、本件マンションの購入に積極的であったことから、高橋弁護士及び被告住友不動産の担当者らと協議し、右解除の期限は同年七月二九日(本件売買契約の履行期日)に延期された。その後、玉山は他の金融機関と交渉した結果、右期日までに融資を受けられることが確実となったので、被告住友不動産の担当者にその旨を伝えた。

6  ところで、玉山は本件マンションの属する区分所有建物の他の専有部分に居住していたが、居住以来、管理組合の総会は一度しか開催されたことがなく、また、理事長(被告田淵)の管理業務の遂行について少なからず疑念を抱いていたことなどもあって、高橋弁護士及び被告住友不動産の担当者に対し、本件マンションの管理費の滞納額を明らかにするよう求めていた。

平成六年七月二八日、被告住友不動産の渋谷営業所において、右管理組合の総会が開催され、本件マンションの管理費の滞納額は一二六万五九〇〇円であること、その他管理費の支出金額などが報告されたが、管理費の支出金額の内訳が不明であることなどから、出席した組合員は右報告を承認しなかった。

そして、本件売買契約の履行期日である翌二九日、玉山は残代金の支払の準備をして待機していたものの、高橋弁護士及び被告住友不動産からは何らの連絡がなく、本件マンションの引渡しを受けることができなかった。また、被告らは右期日までに、契約で定められた本件マンションの修復工事に着手していなかった。

7  そこで、玉山は以後の折衝を弁護士(原告訴訟代理人伊達俊二)に委任し、原告代理人は、平成六年八月二日高橋弁護士及び被告住友不動産に到達した各書面により、同月一二日までに本件マンションの管理費の滞納額の清算及び修復工事の履行をすべき旨を催告した(右催告の事実は、原告と被告田淵を除く被告ら及び被告住友不動産の間では争いがない)。

右催告を受けた高橋弁護士は、債権者である住友銀行と交渉し、管理費の滞納額につき一八〇万円までは売買代金と相殺することの了承を得た上、被告島田に対し、管理費の滞納額につき管理組合の同意を得るよう指示したが(なお、原告代理人は、玉山以外の組合員の承諾があればよい旨を高橋弁護士に告げていた)、結局、右滞納額は確定しなかった。また、高橋弁護士は、業者に依頼して本件マンションの修復工事に着手し、右工事は三階洋室の修理を除いて完了した。右洋室の修理は、取り替えるカーペットの色柄等の選択につき原告の承諾を要することもあって遅れたが、高橋弁護士は右選択につき玉山に連絡したことはなかった。

一方、被告住友不動産は前記催告に対しては、弁護士(高橋弁護士と原告代理人)同士で話し合ってもらいたい旨を告げ、何らの対応をしなかった。

原告代理人は、八月一七日高橋弁護士及び被告住友不動産に到達した各書面により、本件売買契約及び仲介契約を解除する旨の意思表示をした(右各解除の事実は、原告と被告田淵を除く被告ら及び被告住友不動産との間で争いがない)。なお、本件マンションについては、平成六年一〇月、抵当権の実行による競売手続が開始された。

8  その後、前記管理組合は平成七年六月八日、被告らに対して本件マンションの滞納管理費の支払及び管理費の着服を理由とする損害賠償を請求する訴えを提起した。滞納管理費の請求は、昭和五九年七月分から平成七年五月三一日までの管理費元金三五七万円及びこれに対する遅延損害金二六九万円余の合計六二六万円余であり、損害賠償の請求額は五〇一万円余であった(甲二九)。

右訴えについては平成八年六月一七日裁判上の和解が成立し、被告らは、昭和五九年七月一日から平成八年五月末日までの未払管理費に関する和解金として一四二万円を連帯して支払うことを約し、また、被告島田及び同井上は、未清算管理費に関する和解金として四五八万円を連帯して支払うことを約した(乙四)。

二  被告田淵の主張について

被告田淵は、同被告の有する本件マンションの持分は平成元年九月ころ、離婚に伴う財産分与として事実上被告島田に譲渡され、また、平成六年七月二八日の協議離婚に際してその旨が合意された旨主張するが、右前段の主張事実を認めるべき証拠はない。右後段の主張事実については、平成六年一二月二日に被告田淵と同島田間で作成された離婚に伴う財産分与等契約公正証書(丙二)にその旨の記載があるが、右財産分与が行われたのは、本件売買契約成立の日(平成六年五月二〇日)の後であるから、被告田淵は本件売買契約における売主としての地位から生ずる義務を免れることはできない。

また、被告田淵は、高橋弁護士に対して本件マンションの売却を委任したことはない旨主張するが、同被告の供述(丙九の陳述書の記載を含む。)によっても、同被告は平成三年ころ被告島田から本件マンションの売却の話を告げられ、被告島田の事業の遂行上そのようなこともあり得ると考え、これを了解していたというのであり、また、前記認定のとおり、被告田淵は有限会社タブチの経営、前記管理組合の理事長としての管理業務等を被告島田に対してゆだねていたのであって、これらの事実に照らすと、被告田淵は本件マンションの売却(同被告が有する持分の売却)についても被告島田に対して包括的な代理権を与えていたものと推認するのが相当である。そうすると、被告島田が右代理権に基づき、本件マンションの売却を高橋弁護士に委任した行為は有効である。

三  被告らの債務不履行について

区分所有建物の売主(区分所有者)に管理費の滞納がある場合、右債務は区分所有者の特定承継人(買主)に承継されるから(建物の区分所有等に関する法律八条参照)、その滞納額がどれほどであるかは買主として多大の関心を有する事項というべきであり、前記認定の事実によれば、本件において、玉山は理事長である被告田淵(事実上は被告島田)の管理業務の遂行に疑念を抱いていたことなどから、本件マンションの管理費の滞納の有無・額について特に関心を持ち、本件売買契約の締結に際しては、その履行期日までに滞納額が明確にされ、かつ、清算されるべきことが約されていたところ(被告住友不動産が右の説明をしたことは前記認定のとおりであり、同席していた高橋弁護士は右説明を契約内容として承認していたというべきである)、前記認定のとおり、右滞納額は本件売買契約の履行期日及びその後原告のした催告の期限までに明らかにされず、その清算もされなかったのであるから、被告らの債務不履行は明らかというべきである(その他、被告らは本件売買契約によって約された修復工事も完全には履行していないというべきであるが、この点については立ち入って判断するまでもない)。

そうすると、原告が被告らに対してした前記解除は有効であり、被告らは原告に対し、本件売買契約によって約された違約金八〇〇万円及びこれに対する原告主張の遅延損害金を支払うべき義務がある。

四  被告住友不動産の債務不履行について

前記のとおり、本件マンションの管理費の滞納額の清算は本件売買契約の内容として重要な意味を有する事項であり、被告住友不動産は、本件売買契約の履行期日までにその額を明確にし、かつ、その清算がされることを約していたところ、前記認定の事実によれば、同被告は、本件売買契約の履行期日の前日に開催された前記管理組合の総会において、被告に係る本件マンションの管理費の滞納額は承認されず、その額が明確にならなかったにもかかわらず、その後原告のした催告に対しては、弁護士(高橋弁護士と原告代理人)同士で話し合ってもらいたい旨を告げたのみで何らの対応をせず、本件売買契約が解除される結果をもたらしたのであって、同被告には、本件マンションの売買の仲介業務の履行につき債務不履行があったというべきである。

そうすると、原告が被告住友不動産に対してした前記解除は有効であり、同被告は原告に対し、原告が交付した仲介手数料一二六万六九〇〇円を返還し、右金員に対する原告主張の遅延損害金を支払うべき義務がある。

(裁判官 大内俊身)

<以下省略>

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