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東京地方裁判所 平成6年(ワ)24845号 判決 1998年3月26日

原告

稲荷泰章

外二名

右三名訴訟代理人弁護士

中村民夫

被告

勧角証券株式会社

右代表者代表取締役

加藤陽一郎

右訴訟代理人弁護士

尾﨑昭夫

川上泰三

新保義隆

井口敬明

尾﨑昭夫訴訟復代理人弁護士

額田洋一

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告稲荷泰章に対し、金二九五六万円及びこれに対する平成七年一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告は、原告片岡栄司に対し、金二九九〇万円及びこれに対する平成七年一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告は、原告佐原米治に対し、金四八四万円及びこれに対する平成七年一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告の負担とする

5  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  甲野太郎(以下「甲野」という。)は、被告の元従業員であり、昭和五九年四月被告に入社し、平成元年八月本郷支店配属、平成三年八月同支店営業課長代理、平成五年二月銀座支店配属、同年六月本店証券管理部配属となったが、平成六年九月三〇日被告を退職した。

2  原告稲荷関係

(一) 原告稲荷泰章(以下「原告稲荷」という。)は、平成六年九月まで東京都文京区白山において喫茶店を経営し、その後病院に勤務している者であり、甲野を担当者として、被告を介して証券取引を行っていた。

(二) 原告稲荷は、被告を介して行った証券取引により約三〇〇〇万円の損失を生じていたところ、甲野は、平成五年五月ころ、預り金の返還及び利益金の支払をする意思も能力もないのに、原告稲荷に対し、「原告稲荷への損失補てんとして、被告大阪支店のディーラーが儲けた分を回してくれる。一〇〇〇万円を入れると確実に月一割の配当がつく。金は私が被告大阪支店のディーラーの口座に入金する。」などと虚偽の事実を申し述べて金員を預け入れるよう勧誘し、原告稲荷をしてその旨誤信させ、同年八月、別表一「原告稲荷から甲野へ」欄の平成五年八月の項記載のとおり、二〇〇〇万円を交付させた。

(三) さらに、甲野は、平成五年一一月ころ、原告稲荷に対し、預り金の返還及び利益金の支払をする意思も能力もないのに、「株で損をした人への救済である。損失補てんは被告は表面上認めていないが裏では認めている。被告の証券管理部の中にディーラー部門があり、私がディーラーをやっており、被告の株、先物取引、オプション取引の自己売買の担当者である。被告からは二、三億の枠を与えられている。利益が出ている部分の一部を還元する。被告もこれを認めている。一〇〇〇万円入れれば月一割の利益がある。」などと虚偽の事実を申し述べて金員を預け入れるよう勧誘し、原告稲荷をしてその旨誤信させ、同年一二月、一〇〇〇万円を交付させ、その後も、誤信している同原告をして、平成六年二月から同年六月一〇日まで、別表一「原告稲荷から甲野へ」欄記載のとおり合計二一二〇万円を交付させた。

(四) 甲野の右行為は詐欺の不法行為を構成するものであるところ、右行為が甲野の被告在職中に行われたものであること、のみならず、甲野は原告稲荷の担当者であり、平成五年六月被告本店証券管理部配属となるまでは一貫して営業職にあったこと、前記勧誘の内容からすると、右不法行為は、その外形から観察して甲野の職務の範囲内に属するものであることが明らかであるから、被告は使用者責任を免れないというべきである。

(五) 原告稲荷は、甲野の不法行為に基づき、同人に対し、合計五一二〇万円を交付したが、別表一「甲野から原告稲荷へ」欄記載のとおり、甲野から合計二四〇四万円の返還を受けその限度で被害を回復しているから、差引合計二七一六万円の損害を被った。

また、原告稲荷は、原告代理人に対し、弁護士報酬として二四〇万円を支払うことを約しており、これも甲野の不法行為と相当因果関係のある損害というべきである。

(六) よって、原告稲荷は、被告に対し、使用者責任に基づく損害賠償として、二九五六万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  原告片岡栄司関係

(一) 原告片岡栄司(以下「原告片岡」という。)は、貸ビル業を営む者であり、甲野を担当者として、被告を介して証券取引を行っていた。

(二) 原告片岡は、被告を介して行った証券取引により約五〇〇〇万円の損失を生じていたところ、甲野は、平成五年七月ころ、預り金の返還及び利益金の支払をする意思も能力もないのに、原告片岡に対し、「株で損失を受けた人への救済である。損失補てんは被告は表面上認めていないが、裏では認めている。被告の証券管理部の中にディーラー部門があり、私が被告のディーラーをやっており、被告の株、先物取引、オプション取引の自己売買の担当者である。被告からは二、三億の枠を与えられている。利益が出ている部分の一部を還元する。被告もこれを認めている。月に五分から一割の利益がある。」などと虚偽の事実を申し述べて金員を預け入れるよう勧誘し、原告片岡をしてその旨誤信させ、平成五年七月二〇日から平成六年六月二日まで、別表二「原告片岡から甲野へ」欄記載のとおり、合計一億七五〇〇万円を交付させた。

(三) さらに、甲野は、平成六年七月一二日、預り金の返還及び利益金の支払をする意思も能力もないのに、原告片岡に対し、「原告稲荷が被告本郷支店のオプション取引で四〇〇万円を投資して五〇万円の利益が出ているが、原告稲荷から金が出ない。立て替えて貰えないか、五〇万円の利益は原告片岡の利益となる。」などと虚偽の事実を申し述べて金員を預け入れるよう勧誘し、原告片岡をしてその旨誤信させ、別表二「原告片岡から甲野へ」欄の平成六年七月一二日の項記載のとおり、四〇〇万円を交付させた。

(四) 甲野の右行為は詐欺の不法行為を構成するものであるところ、甲野は原告片岡の担当者であり、2(四)において述べたと同様の事情があるから、被告は使用者責任を免れないというべきである。

(五) 原告片岡は、甲野の不法行為に基づき、同人に対し、合計一億七九〇〇万円を交付したが、別表二「甲野から原告片岡へ」欄記載のとおり、甲野から合計一億五一五〇万円の返還を受けその限度で被害を回復しているから、差引二七五〇万円の損害を被った。

また、原告片岡は、原告代理人に対し、弁護士報酬として二四〇万円を支払うことを約束しており、これも甲野の不法行為と相当因果関係のある損害というべきである。

(六) よって、原告片岡は、被告に対し、使用者責任に基づく損害賠償として、二九九〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

4  原告佐原米治関係

(一) 原告佐原米治(以下「原告佐原」という。)は、医療機器の製造を業とする者であり、甲野を担当者として、被告を介して証券取引を行っていた。

(二) 原告佐原は、被告を介して行った証券取引により約一〇〇〇万円の損失を生じていたところ、甲野は、平成四年暮れころ、預り金で実際にオプション取引を行う意思はないにもかかわらず、「オプション取引には保証金が一〇〇〇万円が必要だが、被告本郷支店に保証金を積んでいる顧客の口座を利用して、オプション取引をしてはどうか。」などと虚偽の事実を申し述べて金員を預け入れるよう勧誘し、原告佐原をしてその旨誤信させ、別表三「原告佐原から甲野へ」欄の平成四年暮れころの項記載のとおり、二〇〇万円を交付させた。

(三) さらに、甲野は、平成五年五月ころ、原告佐原に対し、預り金の返還及び利益金の支払をする意思も能力もないのに、「上場前の転換社債で上場前に利益が確定したものがある。月に一割は儲かる。ほかにも例えば被告の顧客が一〇〇〇株購入するつもりが、誤って一万株購入してしまうことがある。利益が上がっているが金が出せないことがある。確実に儲かる話だ。」などと虚偽の事実を申し述べて金員を預け入れるよう勧誘し、原告佐原をしてその旨誤信させ、平成五年五月から平成六年八月一六日まで、別表三「原告佐原から甲野へ」欄記載のとおり、合計九二〇万円を交付させた。

(四) 甲野の右行為は詐欺の不法行為を構成するものであるところ、甲野は原告佐原の担当者であり、2(四)において述べたと同様の事情があるから、被告は使用者責任を免れないというべきである。

(五) 原告佐原は、甲野の不法行為に基づき、同人に対し、合計一一二〇万円を交付したが、別表三「甲野から原告佐原へ」欄記載のとおり、甲野から合計六九六万円の返還を受けその限度で被害を回復しているから、差引四二四万円の損害を被った。

また、原告佐原は、原告代理人に対し、弁護士報酬として六〇万円を支払うことを約束しており、これも甲野の不法行為と相当因果関係のある損害というべきである。

(六) よって、原告佐原は、被告に対し、使用者責任に基づく損害賠償として、四八四万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年一月一〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2(原告稲荷関係)(一)のうち、原告稲荷の職業は不知、同原告が甲野を担当者として、被告を介して証券取引を行っていたことは認める。

同2(二)、(三)のうち、甲野が原告稲荷に対し述べた内容は不知、同原告が誤信したとの点は争う。

月に一割の利益を生ずる証券取引などおよそあり得ないし、証券取引法の改正により平成四年一月一日以降証券会社による損失補てんは禁止されたのであるから、原告稲荷は甲野の説明が事実上も法律上も実現不可能であることを認識していたというべきであり、原告稲荷がその主張するような誤信をするということはあり得ない。

同2(四)、(五)は争う。

3  請求原因3(原告片岡関係)(一)のうち、原告片岡の職業は不知、同原告が甲野を担当者として、被告を介して証券取引を行っていたことは認める。

同3(二)、(三)のうち、甲野が原告片岡に対し述べた内容は不知、同原告が誤信したとの点は争う。原告片岡がその主張するような誤信をすることがあり得ないことは2で述べたと同様であり、同3(四)、(五)は争う。

4  請求原因4(原告佐原関係)(一)のうち、原告佐原の職業は不知、同原告が甲野を担当者として、被告を介して証券取引を行っていたことは認める。

同4(二)、(三)のうち、甲野が原告片岡に対し述べた内容は不知、同原告が誤信したとの点は争う。原告佐原がその主張するような誤信をすることがあり得ないことは2で述べたと同様であり、同4(四)、(五)は争う。

四  抗弁

1  悪意又は重過失

(一) 原告稲荷関係

仮に甲野の原告稲荷に対する行為が不法行為を構成するとしても、次の点からすると、原告稲荷は、甲野の行為が被告とは関係のないものであることを知っていたというべきであり、甲野の不法行為が被告における職務権限内において行われたものでないことを知り、又は少なくとも知らなかったことについて重大な過失があったというべきであるから、被告に対して損害賠償を請求することはできない。

(1) 甲野は原告稲荷に対し、本件預託金の取引が被告とは関係がなく甲野個人で行っている旨明言していたこと

(2) 本件預託金取引の内容が被告の通常の取引とは全く異なること

(3) 本件当時、証券取引法の改正によりすでに証券会社による損失補てんが禁止されていたところ、原告稲荷はこれを知った上で本件預託金の取引を行っていたこと

(4) 原告稲荷に対する正規の取引の勧誘は電話でされていたのに対し、本件預託金の取引は常に店舗外で直接面接によりされていたこと

(5) 原告稲荷に対する正規の取引においては甲野から客観的な資料に基づく説明がされていたのに対し、本件預託金の取引は原告稲荷において具体的にどのような取引が行われているかの認識がないこと

(6) 本件預託金の取引については被告作成の書類が一切なく、そればかりか甲野個人からも金員の授受に際して何ら書類を交付されていないこと

(7) 原告稲荷は、甲野個人に利益金の一割相当額を提供していること

(8) 原告稲荷は、甲野から、損失補てんをしていたことが被告に発覚したとの連絡を受けた後も被告に対して問い合わせをせず、むしろ、当時の被告本郷支店長木内庸浩(以下「木内支店長」という。)から損失補てんの約束の有無を尋ねられた際これを否定していること

(二) 原告片岡関係

原告片岡についても、以下の点からすれば、甲野の行為が被告とは関係のないものであることを知っていたというべきであり、甲野の不法行為が被告における職務権限内において行われたものでないことを知り、又は少なくとも知らなかったことについて重大な過失があったというべきであるから、被告に対して損害賠償を請求することはできない。

(1) そもそも本件預託金の取引は、原告片岡の甲野個人に対する不当な損失補てん要求に始まるものである上、甲野は、同原告に対し、本件預託金の取引が被告とは関係がなく甲野個人で行っている旨明言していたこと

(2) 本件預託金取引の内容が被告の通常の取引とは全く異なること

(3) 本件当時、証券取引法の改正によりすでに証券会社による損失補てんが禁止されていたところ、原告片岡はこれを知った上で本件預託金の取引を行っていたこと

(4) 原告片岡に対する正規の取引の勧誘は電話でされていたのに対し、本件預託金の取引は常に店舗外で直接面接によりされていたこと

(5) 原告片岡に対する正規の取引においては甲野から商品や銘柄の業績について説明がされていたのに対し、本件預託金の取引においては原告片岡自身商品を買うという感覚ではなかったと考えていたこと

(6) 本件預託金の取引については被告作成の書類が一切なく、そればかりか甲野個人からも金員の授受に際して何ら書類を交付されていないこと

(7) 原告片岡は、本件預託金の取引により利益が出た年があるにもかかわらず、所得税を支払っていないこと

(8) 原告片岡は、平成六年八月一九日ころ、甲野から電報を受け取り不審に感じ、甲野の実家に行き同人の親にまで返済要求しているにもかかわらず、被告に対しては本件預託金の取引について一切問い合わせをせず、かえって、同年九月八日、甲野に預託した金員が戻らないのではないかと疑問を抱いていたのに、木内支店長から損失補てんの約束の有無等を尋ねられて、これを否定していること

(三) 原告佐原関係

原告佐原についても、以下の点からすれば、甲野の行為が被告とは関係のないものであることを知っていたというべきであり、甲野の不法行為が被告における職務権限内において行われたものでないことを知り、又は少なくとも知らなかったことについて重大な過失があったというべきであるから、被告に対して損害賠償を請求することはできない。

(1) 甲野は原告佐原に対し、本件預託金の取引が被告とは関係がなく甲野個人で行っている旨明言していたこと

(2) 本件預託金取引の内容が被告の通常の取引とは全く異なること

(3) 本件当時、証券取引法の改正によりすでに証券会社による損失補てんが禁止されていたところ、原告佐原はこれを知った上で本件預託金の取引を行っていたこと

(4) 原告佐原に対する正規の取引の勧誘は電話でされていたのに対し、本件預託金の取引は常に店舗外で直接面接によりされていたこと

(5) 原告佐原に対する正規の取引においては甲野から商品や銘柄の業績について説明がされていたのに対し、本件預託金の取引においては、原告佐原には、誰かの名義を借りてオプション取引を行うという程度の認識しかなく、売買の指示も全く出されていないこと

(6) 本件預託金の取引については被告作成の書類が一切ないこと

(7) 甲野からの利益金の受け取りはすべて甲野の個人名による銀行振込によりされていること

(8) 原告佐原は、甲野が平成六年九月三〇日被告を退職したころから、甲野に預託した金員が返還されないのではないかとの疑問を抱いていたにも関わらず、被告に対して本件預託金の取引について一切問い合わせをしていないこと

(9) 原告佐原は、平成六年一二月、甲野が破産申立てをすることを聞き、木内支店長に面談を求め、顧客勘定元帳の写しの交付まで求めているにもかかわらず、被告に対し本件預託金に関する問い合わせはせず、右面談の際、甲野が自己破産の申請をしたのだからどうせ金は戻ってこない旨述べていたこと

2  選任及び監督についての相当の注意

さらに、被告は、甲野を含め従業員に対し、損失補てんの禁止を徹底的に指導していたのであって、甲野の選任・監督に過失はない。

五  抗弁に対する認否

1  抗弁1(悪意又は重過失)について

(一) 原告稲荷関係

(1) 抗弁1(一)(1)は否認する。甲野は、被告のディーラーが儲けた分をまわしてくれる、被告は裏では損失補てんを認めている、甲野自身が被告からディーラーとして二、三億円の枠を与えられており、利益が出ているものの一部を還元するなどとあたかも被告から許されて行っているかのように述べていたのである。

また、甲野は昭和三五年生まれで本件当時三二才程度、被告に入社して八年程度であったのだから、被告の関与を示さなければ誰も同人の話を信用することがないことは明らかである。

(2) 同(2)は争う。そもそも本件当時被告を含む証券会社が不透明な手口で損失補てんを行っていたことは周知の事実であったのだから、甲野の勧誘内容自体から被告の取引でないと認識していたということはできない。

(3) 同(3)は否認する。法律の専門家でない原告稲荷が証券取引法の改正を知らないとしても何ら不思議なことではない。

(4) 同(4)は否認する。本件預託金以外の取引も常に電話で勧誘されていたわけではない。

(5) 同(5)は争う。被告を含む証券会社が不透明な手口で損失補てんを行っていたことは周知の事実であったのだから、甲野の勧誘内容や取引の経過に不明朗な点があるとしても、そのことから直ちに原告稲荷が被告の取引でないと認識していたとはいえない。

(6) 同(6)は争う。(5)において述べたと同様である。

(7) 同(7)は争う。原告稲荷は、被告が認めている損失補てんの話を甲野が持ってきれくれたことに対する感謝の趣旨で一割の謝礼を約束したにすぎない。

(8) 同(8)前段は争い、後段は否認する。原告稲荷が被告に問い合わせをしなかったのは甲野から上司に話さないで欲しいと言われていたからである。また、木内支店長から損失補てんの約束の有無等を尋ねられたことはない。

(二) 原告片岡関係

(1) 抗弁1(二)(1)は否認する。(一)(1)において述べたと同様である。

(2) 同(2)は争う。(一)(2)において述べたと同様である。

(3) 同(3)は否認する。(一)(3)において述べたと同様である。

(4) 同(4)は否認する。原告片岡は、本件預託金の取引以外の取引も、甲野と直接面接していた。

(5) 同(5)は否認する。甲野からは本件預託金以外の取引についても商品や銘柄の業績の説明はほとんどなかった。

(6) 同(6)は争う。甲野から損失補てんであるため表向きは認められていないということで、書類が作成されなかったにすぎない。

(7) 同(7)は否認する。原告片岡は被告との取引全体としては損失を生じていたので税務申告をしなかったにすぎない。

(8) 同(8)は否認する。木内支店長から損失補てんの約束の有無等を尋ねられたことはない。

(三) 原告佐原関係

(1) 抗弁1(三)(1)は否認する。甲野は、オプション取引あるいは転換社債の取引などとして金員の預託を勧誘したのであり、被告の通常の取引として勧誘したのである。

(2) 同(2)は争う。(一)(2)において述べたと同様である。

(3) 同(3)は否認する。なお、(1)において述べたとおり、原告佐原との本件取引は損失補てんとして行われたものではなく、被告の通常の取引として行われたのであるから、被告の主張は失当である。

(4) 同(4)は否認する。原告佐原は、本件預託金の取引以外もそれ以外の取引も、自宅で甲野と直接面接して行っている。

(5) 同(5)は否認する。原告佐原は、本件を含めすべての取引について甲野に言われるまま行っていた。

(6) 同(6)は争う。原告佐原が書類をもらわなかったのは甲野を信頼していたからである。

(7) 同(8)は争う。原告佐原が被告に問い合わせなかったのは、すでに原告代理人に相談し、その指示を受けていたからにすぎない。

2  抗弁2(選任及び監督についての相当の注意)について争う。

理由

一  請求原因1の事実は争いがなく、これと証拠(甲一ないし五、六ないし八の各1、2、九、一〇の1ないし3、一一ないし一四、一六ないし一八、三〇ないし三五、三六の1ないし3、三七の1ないし11、三八、三九、四〇の1ないし3、四一、四二、乙一の1ないし34、二の1ないし15、三の1ないし11、一五、丙二、四の1ないし3、七ないし九、証人甲野太郎、同木内庸浩、原告稲荷泰章、同片岡栄司、同佐原米治)及び弁論の全趣旨を総合すると、次のとおり認められる。

1  原告稲荷は、昭和二三年一二月一七日生まれで、日本大学商学部を卒業し、平成六年九月まで東京都文京区において喫茶店を経営していた。

原告片岡は、昭和一五年九月二〇日生まれで、貸ビル業を営む者である。

原告佐原は、平成五年当時、五〇歳前後で、医療機器の製造を業としている。

2  甲野は、被告の元従業員であり、昭和五九年四月被告に入社し、平成元年八月本郷支店に配属となった。

被告本郷支店は新設の店舗であり、甲野は、同支店で営業を担当していたところ、平成元年九月、原告片岡を勧誘して右支店の取引口座を開設させ、そのころ、原告片岡は被告を介して証券取引を開始した。同原告は、昭和六一年ころから他社を介して証券取引を行った経験があった。

甲野は、平成元年一〇月に原告佐原を、翌平成二年四月に原告稲荷をそれぞれ勧誘して、取引口座を開設させるとともに被告を介して証券取引を開始させた。

甲野は、平成三年八月、被告本郷支店の営業課長代理となった。

3(一)  原告片岡は、被告を介して主に株の現物及び信用取引を行っていたところ、平成四年二月ころ甲野の勧めにより信用取引で購入した合同酒精の株価が下落し、決済月である同年八月には約二〇〇〇万円前後の損失を生ずる見込みとなった。

原告片岡は、甲野から、右取引の決済方法として、反対売買をして損金を支払うか、あるいは現物を購入して引き取るか(いわゆる現引き)のいずれかを選択するよう求められたが、いずれの決済方法も拒否し、甲野に対し、同人の責任において決済するよう迫った。

甲野は、やむを得ず、原告片岡に対し、甲野において利息を支払うので、日本信販株式会社(以下「日本信販」という。)から決済資金を借り入れて現引きの方法により決済してもらいたいと提案し、同原告は、平成四年六月一七日、日本信販から、右合同酒精株などを担保として、三八五五万円を弁済期同年九月、元利一括返済、利息年9.5パーセントとの約定で借り入れ、右合同酒精株について現引きの方法による決済をした。

(二)  甲野は、預金やボーナス等から原告片岡のために日本信販に金利を支払っていたが、甲野の当時の年収は手取り額で約五〇〇万円であり、遅くとも平成五年六月ころには、返済資金に窮するようになった。

そこで、甲野は、平成五年六月八日ころ、右金利の返済資金等に充てるため、預り金の返還及び利益金の支払をする意思も能力もないのに、被告本郷支店において甲野を担当者として株式、転換社債、ワラントなどの証券取引を行い損失を被っていた原告佐原に対し、「月に一割儲かる話がある。上場前の転換社債で上場前に利益が確定したものがある。被告の顧客から一〇〇〇株購入するつもりが、誤って一万株購入してしまい、利益が上がっているが金を出せないことがある。確実に儲かる話だ。」などと虚偽の事実を述べて、同原告をしてその旨誤信させ、三〇〇万円を交付させ、その後も、誤信している原告佐原をして、平成五年一二月から同六年八月までの間、別表三「原告佐原から甲野へ」欄記載のとおり合計五六〇万円を交付させた。

(三)  甲野は、平成五年六月三〇日、本店証券管理部勤務となり、株券等の管理を担当することとなった。

甲野は、平成五年七月ころ、真実はディーラーではなく、預かった金を運用して預り金の返還及び利益金の支払をする意思も能力もないのに、原告片岡に対し、「一割儲かる投資がある。被告の証券管理部の中にはディーラー部門があり、私はディーラーをやっており、被告の株、先物取引、オプション取引の自己売買の担当者である。被告からは二、三億の枠を与えられている。金を預けてくれれば、月に一割の利益を付ける。ある程度利益の出ているものから回すからこれは確実なものだ。」などと虚偽の事実を述べて金員を預け入れるよう勧誘し、原告片岡をしてその旨誤信させ、五〇〇万円を交付させ、その後も、誤信している同原告をして、平成五年八月から平成六年六月までの間、別表二「原告片岡から甲野へ」欄記載のとおり、合計一億七〇〇〇万円を交付させた。

(四)  さらに、甲野は、原告稲荷に対し、平成五年八月ころ、「ひと月で一割ほど儲かる取引がある。被告の証券管理部の中にはディーラー部門があり、ディーラーとして二、三億の枠を与えられている。自分がディーラーをやって損失補てんをする。」などと虚偽の事実を申し述べて金員を預け入れるよう勧誘し、原告稲荷をしてその旨誤信させ、二〇〇〇万円を交付させ、その後も、誤信している同原告をして、平成五年一二月から平成六年六月までの間、別表一「原告稲荷から甲野へ」欄記載のとおり、合計三一二〇万円を交付させた。

(五)  甲野は、平成六年七月一二日ころ、真実はオプション取引に利用するものではないにもかかわらず、原告片岡に対し、「原告稲荷が被告本郷支店のオプション取引で四〇〇万円を投資して五〇万円の利益が出ているが、原告稲荷に金がない。代わって払ってくれないか。五〇万円の利益は原告片岡の利益となる。」などと虚偽の事実を述べて金員を預け入れるよう勧誘し、同原告をしてその旨誤信させ、四〇〇万円を交付させた。

(六)  甲野は、平成六年九月三〇日、被告を依願退職した後、自己破産を申し立て、同年一二月二七日千葉地方裁判所において破産宣告を受けた。

二  原告稲荷関係

1  甲野の不法行為

右一の事実によれば、甲野は、預り金の返還及び利益金の支払をする意思も能力もないのに、原告稲荷に対し、甲野が被告証券管理部の中にあるディーラー部門において、ディーラーとして二、三億の運用枠を与えられており、そこで得た利益により、原告稲荷が甲野に預けた金員に対し月に一割の利益を配当をすることができる旨の虚偽の事実を述べ、同原告をしてその旨誤信させ、同原告から別表一「原告稲荷から甲野へ」欄記載のとおり合計五一二〇万円を交付させたものであり、不法行為責任を免れない。

2  被告の使用者責任

(一)  そこで、被告の使用者責任について検討するに、甲野は本件当時被告証券管理部に在職する被告の従業員であったところ、同人の原告稲荷に対する説明内容は、同人が被告証券管理部においてディーラーとして得た利益により、原告稲荷が甲野に預けた金員に対し月に一割の配当をするというものであるから、外形上は被告の事業の範囲内に属するものであるということができる。

(二)  しかし、被用者のした取引行為がその行為の外形からみて使用者の事業の範囲内に属するものと認められる場合であっても、それが被用者の職務権限内において適法に行われたものではなく、かつ、その相手方が右の事情を知り、又は重大な過失によりこれを知らなかったときは、その相手方である被害者は使用者に対してその取引行為に基づく損害の賠償を請求することはできないというべきである(最高裁判所昭和三九年(オ)第一一〇三号同四二年一一月二日第一小法廷判決民集二一巻九号二二七八頁参照)。

そこで、右の点について検討するに、甲野は右不法行為当時ディーラーではなかったのであるから、甲野がディーラーとして得た利益を原告稲荷に交付する権限がなかったことは明らかであるのみならず、甲野の原告稲荷に対する勧誘行為は損失補てんを装って行われていたものであるところ、本件当時、証券会社が損失補てんをすることは刑罰をもって禁止されていたのであるから、甲野が証券会社である被告から権限を与えられて損失補てんをすれば被告の犯罪を構成するものであり、特段の事情が認められない限り、被告が一従業員である甲野に対し損失補てんをする権限を与えていたと認めることはできないところ、本件全証拠によっても、甲野が被告から損失補てんをする権限を与えられていたと認めるに足りる証拠はなく、かえって、証拠(証人甲野太郎、同木内庸浩)によれば、甲野は右行為を上司その他の被告の従業員にはまったく告げることなく、無断で行っていたことが認められるから、甲野の行為は職務権限内において適法に行われたものでないことは明らかである。

(三)  そこで、さらに、原告稲荷が右の点を知り、又は知らなかったことについて重大な過失があったか否かについて検討する。

本件取引が損失補てんを目的としたものであり、特段の事情が認められない限り、被告が甲野に対し損失補てんを行う権限を付与したと認めることができないことは前示のとおりである上、原告稲荷は甲野から上司には言わないよう口止めされていたこと、しかも、原告稲荷自身、甲野個人に対して利益金の一割の謝礼を支払うことを約束し、現に利益金を受領する際これを控除していたこと、原告稲荷は、平成六年八月ころ、甲野から会社に内緒で行っていた取引について被告から疑われている旨の連絡を受けた後も、自己の預託金について被告に対して問い合わせをせず、そればかりか、甲野からの協力の依頼に応じて、甲野が原告稲荷に対して預け金があるという虚偽の事実を被告に述べていること、木内支店長から損失補てんの約束の有無を尋ねられてこれを否定していること、本件預託金の取引に関し、被告の作成した書面が原告稲荷に交付されていないこと、原告稲荷は、甲野から、同人が本件預託金の取引にかかる金員を預かっている旨の預り証(甲一二)の交付を受けていること(以上、証人甲野太郎、同木内庸浩、原告稲荷泰章)、証人甲野太郎は、本件預託金の取引に際し、原告稲荷に対し、「これはあくまでも私個人が会社に黙ってやっていることです。」と述べたと証言するところ、右の諸事情の下では右証言は信用に値するものであることを併せ考慮すると、原告稲荷は、甲野がディーラーという地位を利用して被告に無断で本件預託金の取引を行っていると認識していたことが強く窺われるところであり、右の諸事情に照らして考えると、原告稲荷には、本件預託金の取引が甲野の職務権限内において適法に行われたものでないことについて、少なくとも故意に準ずる重大な過失があったと認めるのが相当である。

3  以上からすると、原告稲荷の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

三  原告片岡関係

1  甲野の不法行為

一の事実によれば、甲野は、預り金の返還及び利益金の支払をする意思も能力もないのに、原告片岡に対し、甲野が被告証券管理部の中にあるディーラー部門において被告の自己売買を担当し、二、三億円の運用枠を与えられており、そこで得た利益により、原告片岡が甲野に預けた金員に対し月に一割の利益を配当をすることができるとの虚偽の事実を述べ、同原告をしてその旨誤信させ、平成五年七月から平成六年六月までの間、別表二「原告片岡から甲野へ」欄記載のとおり、合計一億七五〇〇万円を交付させたものであり、不法行為責任を免れない。

また、甲野は、平成六年七月一二日、真実は従前の預託金取引の利益金等の支払に充て、オプション取引に利用するものではないにもかかわらず、原告片岡に対し、「原告稲荷が被告本郷支店のオプション取引で四〇〇万円を投資して五〇万円の利益が出ているが、原告稲荷に金がない。代わって払ってくれないか。五〇万円の利益は原告片岡の利益となる。」などと虚偽の事実を述べて、同原告をしてその旨誤信させ、四〇〇万円を交付させたものであり、この点についても不法行為責任を免れない。

2  被告の使用者責任

(一)  そこで、被告の使用者責任について検討するに、甲野は本件当時被告証券管理部に在職する被告の従業員であったところ、同人の原告片岡に対する説明内容は同人が被告証券管理部においてディーラーとして得た利益により、原告片岡が甲野に預けた金員に対し月に一割の配当をするというもの、あるいは、原告稲荷のオプション取引について生じた利益を原告片岡に取得させるというものであるから、外形上は被告の事業の範囲内に属するものであるということができる。

(二)  しかし、被用者のした取引行為がその行為の外形からみて使用者の事業の範囲内に属するものと認められる場合であっても、それが被用者の職務権限内において適法に行われたものではなく、かつ、その相手方が右の事情を知り、又は重大な過失によりこれを知らなかったときは、その相手方である被害者は使用者に対してその取引行為に基づく損害の賠償を請求することができないことは前示のとおりである。

そこで、この点について検討するに、甲野は右不法行為当時実際にはディーラーではなかったのであるから、甲野がディーラーとして得た利益を原告片岡に交付する権限がなかったことは明らかであるのみならず、甲野の原告片岡に対する勧誘行為のうち、損失補てんを明示したものについて、それが甲野の職務権限内において適法に行われたものでないことは二2(二)において説示したとおりであるし、損失補てんであることを明示していない平成六年七月一二日の取引についても、それまでの取引が損失補てんを明示したものであった経緯からすると、実質的には損失補てんを目的としたものであるということができるし、また、証券会社の従業員が特定の顧客について生じた利益を他の顧客に付け替えることは違法であるから、甲野の行為は職務権限内において適法に行われたものでないことは明らかである。

(三)  そこで、さらに、原告片岡が右の点を知り、又は知らなかったことについて重大な過失があったか否かについて検討する。

本件取引のすべてが実質的には損失補てんを目的としたものであり、本件当時、証券会社が損失補てんをすれば犯罪を構成するものであり、特段の事項が認められない限り、被告が一従業員にすぎない甲野に対し損失補てんを行う権限を付与したと認めることができないことは前示のとおりであって、原告片岡は、本件取引について被告に言わないよう甲野から口止めされていたこと、原告片岡は、甲野の行為が会社に発覚したとの連絡を受けた後も被告に対して問い合わせをすることなく、また、木内支店長に損失補てんの約束の有無を尋ねられてこれを否定していること、本件取引に関し、被告の作成した書面が原告片岡に交付されていないこと、原告片岡は、甲野から、同人が本件取引にかかる金員を借用した旨の念書(甲一)の交付を受けていること(以上、証人甲野太郎、同木内庸浩、原告片岡栄司)、証人甲野太郎は、本件預託金の取引に際し、原告片岡に対しても「これはあくまでも私個人が会社に黙ってやっていることです。」と述べたと証言し、右の事情の下では右証言の信用性が高いことを併せ考慮すると、原告片岡は、甲野がディーラーという地位を利用して被告に無断で本件預託金の取引を行っていると認識していたことが強く窺われるところであり、右の諸事情に照らして考えると、原告片岡には、本件預託金の取引が甲野の職務権限内において適法に行われたものでないことについて、少なくとも故意に準ずる重大な過失があったと認めるのが相当である。

3  以上からすると、原告片岡の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

四  原告佐原関係

1  甲野の不法行為

(一)  一の事実によると、甲野は、原告佐原に対し、預り金の返還及び利益金の支払の意思も能力もないのに、上場前の転換社債で上場前に利益が確定したものがあるとか、被告の顧客から一〇〇〇株購入するつもりが、誤って一万株購入してしまい、利益が上がっているが金を出せないことがあり、月に一割は確実に儲かる話だなどと虚偽の事実を述べて、原告佐原をしてその旨誤信させ、平成五年六月から同六年八月までの間、別表三「原告佐原から甲野へ」欄の右期間に対応する項記載のとおり合計八六〇万円を交付させたものであり、不法行為責任を免れない。

(二)  証拠(証人甲野太郎、原告佐原米治)によれば、甲野は、平成四年暮れころ、「オプション取引には保証金が一〇〇〇万円は必要だが、被告本郷支店に保証金を積んでいる他の顧客の口座を利用して、オプション取引をしてはどうか。」と述べて、同原告をして二〇〇万円を交付させていることが認められる。しかし、証人甲野太郎は、右金員を被告本郷支店に保証金を積んでいた原告稲荷の口座に入れて、オプション取引を行い、その取引について、原告佐原に報告していた旨証言し、これを覆すに足りる証拠はないから、原告佐原が主張するように、甲野が虚偽の事実を述べて右金員を交付させたと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、右二〇〇万については、甲野が虚偽の事実を述べて金員を騙取したとの原告佐原の主張は理由がないというべきである。

なお、証拠(証人甲野太郎、原告佐原米治)によれば、甲野は、平成五年五月、原告佐原に対し、「月に一割儲かる話がある。」と述べて、同原告から六〇万円の交付を受け、同月、右元金に一割を加えた六六万円を返還していることが認められるが、右の行為は、甲野が、同原告に対する今後の欺罔行為を容易に行うため、原告佐原に対して右の月一割の儲け話が真実であると誤信させるためにされたものである(証人甲野太郎)から、月に一割儲かる話があるという虚偽の真実を述べて金員の交付を受けた甲野の右行為も不法行為を構成すると言うべきである。もっとも、右不法行為による損害は、原告佐原が甲野から前記金員の返還を受けたことによりこれを回復したことが明らかであるから、右の不法行為による損害賠償請求は、被告の使用者責任の有無を検討するまでもなく理由がない。

2  被告の使用者責任

(一)  そこで、右1(一)の不法行為について、被告の使用者責任について検討するに、甲野は本件当時被告証券管理部に在職する被告の従業員であったところ、同人の原告佐原に対する勧誘内容は、上場前の転換社債で上場前に利益が確定したものがあるとか、被告の顧客から一〇〇〇株購入するつもりが、誤って一万株購入してしまい、利益が上がっているが金を出せないことがあるというものであり、外形上は証券会社である被告の事業の範囲内に属するものであるということができる。

(二)  しかし、被用者のした取引行為がその行為の外形からみて使用者の事業の範囲内に属するものと認められる場合であっても、それが被用者の職務権限内において適法に行われたものではなく、かつ、その相手方が右の事情を知り、又は重大な過失によりこれを知らなかったときは、その相手方である被害者は使用者に対してその取引行為に基づく損害の賠償を請求することができないことは前示のとおりである。

そこで、この点について検討するに、甲野の原告佐原に対する勧誘内容は、上場前に利益が確定した転換社債や、誤って余分に買ってしまった株について生じた利益を実質的には無償で顧客に供与するというものであり、甲野にそのような権限が与えられていなかったのである(証人甲野太郎)から、甲野の行為は職務権限内において適法に行われたものでないことは明らかである。

(三)  そこで、さらに、原告佐原が右の点を知り、又は知らなかったことについて重大な過失があったか否かについて検討する。

甲野の原告佐原に対する勧誘内容は、右のとおり被告に生じた利益を無償で顧客に供与するというものであり、顧客である原告佐原においても、被告が一従業員である甲野にそのような権限を与えることはないと容易に認識することができたものというべきである。しかも、原告佐原は、本件預託金の取引が同原告が株取引等で被った損失を補てんする目的でされていると認識していた(原告佐原米治)ところ、本件当時、証券会社が損失補てんをすれば犯罪を構成するものであり、特段の事情が認められない限り、被告が甲野に対し損失を補てんする権限を付与したと認めることができないことは前示のとおりであって、原告佐原が銀行振込により甲野から返還を受けた金員はすべて被告名義ではなく、甲野個人名義であること(甲四二)、本件預託金の取引について被告が作成した書面が原告佐原に交付されていないことを併せ考慮すると、原告佐原は、甲野がその職務上の地位を利用して被告に無断で本件預託金の取引を行っていると認識していたことが強く窺われるところであり、右の諸事情に照らして考えると、原告佐原には、本件預託金の取引が甲野の職務権限内において適法に行われたものでないことについて、少なくとも故意に準ずる重大な過失があったと認めるのが相当である。

3  以上からすると、原告佐原の請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。

五  よって、原告らの請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官下田文男 裁判官生島弘康 裁判官吉田純一郎)

別表一原告稲荷と甲野との金員の授受<省略>

別表二原告片岡と甲野との金員の授受<省略>

別表三原告佐原と甲野との金員の授受<省略>

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