東京地方裁判所 平成6年(ワ)25417号 判決 1998年5月13日
原告(反訴被告)
齋藤行雄
右訴訟代理人弁護士
髙橋美成
同
村田英幸
平成四年(ワ)第八八一二号事件
訴訟代理人弁護士
遠藤直哉
被告(反訴原告)
株式会社富士銀行
右代表者代表取締役
橋本徹
被告
渡辺昭博
同
株式会社富士銀クレジット
右代表者代表取締役
三輪倛侑
右三名訴訟代理人弁護士
嶋倉釮夫
被告
児島敏和
右訴訟代理人弁護士
吉村浩
被告
有限会社清川ビル
右代表者取締役
清川節子
被告
清川節子
右二名訴訟代理人弁護士
矢田英一郎
同
二瓶茂
同
服部邦彦
同
大木卓
同
寺嶌知子
同
花﨑浜子
被告
有限会社泰和
右代表者代表取締役
上東野泰司
被告
上東野泰司
右二名訴訟代理人弁護士
葛窪清治
主文
一 被告(反訴原告)株式会社富士銀行、被告渡辺昭博、被告児島敏和、被告有限会社泰和及び被告上東野司は、原告(反訴被告)に対し、連帯して二億一二四七万二六八〇円及びこれに対する平成三年一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告(反訴原告)株式会社富士銀行は、原告(反訴被告)に対し、別紙物件目録記載一2の土地及び同目録記載一3の建物についてされた別紙登記目録記載二の根抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。
三 被告株式会社富士銀クレジットは、原告(反訴被告)に対し、別紙物件目録記載一2の土地及び同目録記載一3の建物についてされた別紙登記目録記載一の抵当権設定登記並びに別紙物件目録記載二の各区分所有建物についてされた別紙登記目録記載三の抵当権設定登記の各抹消登記手続をせよ。
四 原告(反訴被告)のその余の請求及び被告(反訴原告)株式会社富士銀行の反訴請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、原告(反訴被告)と被告(反訴原告)株式会社富士銀行、被告渡辺昭博、被告株式会社富士銀クレジット、被告児島敏和、被告有限会社泰和及び被告上東野司との間においては、原告(反訴被告)に生じた費用の四分の三を右被告の負担とし、その余は各自の負担とし、原告(反訴被告)と被告有限会社清川ビル及び被告清川節子との間においては、全部原告(反訴被告)の負担とする。
六 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
(以下においては、別紙「略語表」のとおり関係者名、物件名、証拠等を略語で示すこととする。)
第一 請求
一 本訴(損害賠償・抵当権等登記抹消請求)
1 (主位的請求―平成六年(ワ)第二五四一七号事件)
被告クレジットを除く被告らは、原告に対し、連帯して二億一二四七万二六八〇円及びこれに対する昭和六三年五月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
(予備的請求―平成四年(ワ)第八八一二号事件)
被告児島は、原告に対し、五一四一万四九四九円及びこれに対する昭和六三年一〇月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 主文第二項と同じ
3 主文第三項と同じ
二 反訴(賃金請求)
原告は、被告富士銀行に対し、六億七七五六万〇一八二円及び内金五億一八六二万四八六三円に対する平成八年二月一日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
原告は、被告富士銀行から融資を受けて本件不動産(夏見敷地・建物及び前面土地)を購入し、そのうち幹線道路側の土地(前面土地)は被告児島に売却した。ところが、夏見建物は雨漏りのひどい欠陥建物で、補修不能であった。そこで、原告は、このような欠陥建物であることを知りながら、それを告知せずに売却させることについて(被告クレジットを除く)被告らが共謀したとして、右被告らに対し損害賠償を求めた。
また、原告は、融資契約及び担保権設定契約は詐欺によるものであるとしてこれを取り消し、担保のために設定した抵当権及び根抵当権設定登記の各抹消登記手続を請求した。
なお、原告は、当初、被告児島だけを被告として、前面土地を時価より安く売却させられたこと等による損害の賠償を求めていた(平成四年(ワ)第八八一二号事件)が、その後本件不動産を買い付けさせられたことに伴う全損害の賠償を被告らに対して求めた新訴(平成六年(ワ)第二五四一七号事件)を提起し、当初の訴えがそれに併合されたので、右当初事件は損害賠償請求における予備的請求とされた。
被告らのうち、被告富士銀行は、融資金の返済を求め原告に対して反訴を提起した。
一 前提となる事実
(当事者間に争いのない事実については、特にその旨を断らない。また、証拠により認められる事実については、認定に供した主な証拠を略記して摘示する。なお、一部の当事者との間でだけ争いのある事実については、特にその旨の断りなく認定に供した主な証拠を摘示することとする。以下、本判決において同様。)
1 当事者
売主被告清川ビルと買主原告との間で後記第一売買契約が締結された昭和六三年五月三〇日当時、
(一) 被告渡辺は、被告富士銀行船橋支店の支店長であった。
(二) 被告児島は、税理士であった。
(三) 被告節子は、被告清川ビルの代表取締役であった。
(四) 被告上東野は、被告泰和の代表取締役であり、後記第一売買契約の締結に際し重要事項の説明をした宅地建物取引主任者であった。
2 第一売買契約
被告清川ビルは、昭和六三年五月三〇日、原告に対し、本件不動産を、合計六億七三一七万九〇五〇円(夏見建物の価格一億七八一二万五〇〇〇円、前面土地及び夏見敷地の価格四億九五〇五万四〇五〇円―一平方メートル当たり五一万五〇〇〇円)で売り渡した(以下「第一売買契約」という。)。(本甲一五、弁論の全趣旨)
3 第二売買契約
原告は、昭和六三年九月ころ、被告児島に対し、夏見敷地に隣接し、幹線道路側に位置する前面土地を、二億三八四四万五〇〇〇円(一平方メートル当たりの単価は第一売買と同額の五一万五〇〇〇円)で売り渡した(以下「第二売買契約」という。)。(本甲一七、弁論の全趣旨)
4 本件融資契約
(一) 被告富士銀行は、昭和六三年五月三〇日、第一売買契約の代金等の支払資金を必要とする原告に対し、左記の約定の下に七億二〇〇〇万円を貸し付けた(以下「第一融資契約」という。)。(乙A一、弁論の全趣旨)
記
利息 金利変動型、当初利息年5.496パーセント
返済方法 昭和六三年から平成三〇年五月まで毎月三〇日(二月は二八日)を弁済日として三六〇回の分割払
遅延損害金 年一四パーセント
(二) 被告富士銀行は、昭和六三年六月二八日、第一融資契約の利息等の支払資金を必要とする原告に対し、当初利息を年5.5パーセントと定めて、二〇〇〇万円を貸し付けた(以下「第二融資契約」という。第一及び第二融資契約をまとめて「本件融資契約」という。)。
5 抵当権及び根抵当権設定登記
第一融資契約に際しては、被告クレジットが昭和六三年四月三〇日の保証委託契約により原告の被告富士銀行に対する七億二〇〇〇万円の債務について被告富士銀行に対して保証し、その求償債権を担保するために、昭和六三年五月三〇日の設定契約を原因として、被告クレジットに対して、夏見敷地・建物について夏見の抵当権登記が、神田建物について神田の抵当権登記がそれぞれされた。
また、第二融資契約に際しては、昭和六三年六月二八日の設定契約を原因として、被告富士銀行に対して、夏見敷地・建物について夏見の根抵当権登記がされた。
6 別件訴訟の帰趨
原告が被告清川ビルに対し、第一売買契約における売主の瑕疵担保責任に基づく契約の(第二売買契約により被告児島に所有権が移転した前面土地を除く)一部解除を主張して現状回復を請求した事件(以下「別件訴訟」という。)において、平成六年五月二五日控訴審(東京高等裁判所平成四年(ネ)第三六五八号)の判決が言い渡され、右判決は確定した。
右判決においては、原告による第一売買契約解除の主張が認められ、主文は「被告清川ビルは、原告に対し、原告から①夏見敷地・建物についてされた原告への所有権移転登記の各抹消登記手続、②夏見敷地についてされた夏見の抵当権登記及び根抵当権登記の各抹消登記手続、③二五八二万四三一八円の支払の履行を受けるのと引換に三億八三三一万九一〇九円及びこれに対する平成二年八月三日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。」という内容のものであった。(本甲一・二)
二 争点
1 第一売買契約の締結に際して夏見建物の瑕疵を原告に告知しなかったことについての被告ら(被告クレジットを除く)の不法行為責任の成否(損害賠償請求事件)
2 被告ら(被告クレジットを除く)に不法行為責任がある場合における原告の損害額(右同)
3 本件融資契約の詐欺取消・錯誤無効又は解除の成否(夏見・神田の抵当権登記の抹消請求事件、貸金請求事件)
4 担保提供の合意の存否、担保契約の詐欺取消・錯誤無効又は解除の成否(夏見の抵当権・根抵当権及び神田の抵当権の登記抹消請求事件)
三 争点に関する当事者の主張その1(不法行為による損害賠償請求関係―争点1・2)
1 原告の主張
(一) 夏見建物の雨漏り
夏見建物は、昭和六三年五月三〇日の第一売買契約締結以前から、たびたび雨漏りが発生しており、修理を繰り返しても止まらないという状況であった。
(二) 被告らの認識
第一売買契約締結当時、被告渡辺、被告児島、被告節子及び被告上東野は、いずれも右のような雨漏りの状況を知っていた。
(三) 被告らの責任
(1) 詐欺による共同不法行為
右被告ら四名は、夏見建物を瑕疵のない物件であるかのように装って原告に購入させることを共謀し、「夏見建物は、千葉県沖地震により雨漏りをしたことがあったが現在は完全に修理済みである。」等の虚偽の説明をして、原告に夏見建物が瑕疵のない物件であると誤信させ、もって第一売買契約を締結させた。
(2) 右被告ら四名の個別の不法行為
右共謀の事実がないとしても、右被告ら四名については、次のとおりの理由でそれぞれ夏見建物の雨漏りの状況を原告に告知すべき義務があるところ、右被告ら四名は、それぞれ、故意又は過失により、原告にこれを告知しなかった。
① 被告渡辺は、
a 被告清川ビルから第一売買契約に関する一切の事項を一任されていたものであるから、夏見建物の雨漏りの状況を買主である原告に告知すべき義務がある。
b 原告との間の本件融資契約及びそれに伴う担保契約に付随する保護義務に基づき、夏見建物の雨漏りの状況を原告に告知すべき義務がある。
② 被告児島は、
a 原告の顧問税理士として、原告の相続税対策について委任を受けていたから、前記のような瑕疵のある夏見建物を購入しても相続税対策にならない以上、夏見建物の雨漏りの状況を買主である原告に告知すべき義務がある。
b 第一売買契約締結に関して原告と被告清川ビルを結び付けた実質的な仲介者として、夏見建物の雨漏りの状況を買主である原告に告知すべき義務がある。
c 第一売買契約と実質的に一体である第二売買契約の買主として、信義則上、夏見建物の雨漏りの状況を第一売買契約の買主である原告に告知すべき義務がある。
③ 被告節子は、第一売買契約の売主被告清川ビルの代表者として、夏見建物の雨漏りの状況を買主である原告に告知すべき義務がある。
④ 被告上東野は、第一売買契約の仲介人として、夏見建物の雨漏りの状況を買主である原告に告知すべき義務がある。
(3) 法人である被告らの責任
① 被告富士銀行は、被告渡辺の前記の不法行為につき、民法七一五条に基づく責任を負う。
② 被告清川ビルは、被告節子の前記の不法行為につき、有限会社法三二条、商法七八条二項及び民法四四条一項に基づく責任を負う。
③ 被告泰和は、被告上東野の前記の不法行為につき、有限会社法三二条、商法七八条二項及び民法四四条一項に基づく責任を負う。
(四) 原告の損害
(1) 原告の損害額
原告は、前記のような夏見建物の雨漏りの瑕疵を知っていれば、第一売買契約を締結しなかったし、代金支払等のための本件融資契約も締結しなかった。したがって、前記(三)(1)又は(2)の不法行為による原告の損害及びその金額は、次のとおりである。
① 第一売買契約締結時に発生したもの
第一売買契約の代金 六億七三一七万九〇五〇円
登記料 一一〇〇万〇〇〇〇円
仲介手数料(被告泰和) 五〇〇万〇〇〇〇円
同(福田不動産) 二〇〇万〇〇〇〇円
第一売買契約の印紙代 二〇万〇〇〇〇円
第一融資契約の印紙代 二〇万〇六〇〇円
② 既返済の元本・利息
第一融資契約の元本 二億〇一三七万五一三七円
利息 九八〇八万五一五八円
第二融資契約の元本 二〇〇〇万〇〇〇〇円
利息 一六五万四五一八円
③ 建築士による瑕疵の調査費用三一万二〇〇〇円
④ 慰謝料 一〇〇〇万〇〇〇〇円
⑤ 弁護士費用 五〇〇〇万〇〇〇〇円
(2) 損害の填補
これに対して、原告が既に損害の填補を受けた金額は、次のとおりである。
① 第二売買契約の代金 二億三八四四万五〇〇〇円
② 福田不動産からの和解金 一八〇万〇〇〇〇円
(3) よって、原告は、被告クレジットを除く被告ら全員に対し、不法行為による損害賠償請求として、右(1)から(2)を控除した損害の一部である二億一二四七万二六八〇円及びこれに対する不法行為の日である昭和六三年五月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 被告富士銀行・被告渡辺の主張
(一) 原告の主張(一)は不知。
(二)同(二)のうち、被告渡辺の認識については否認する。被告渡辺は、夏見建物の雨漏りは深刻なものではなく、そのうちに修理されるものと思っていた。
(三)(1) 同(三)(1)は否認する。
(2) 同(三)(2)のうち、被告富士銀行の船橋支店長としての被告渡辺が第一売買契約締結の交渉に関して被告清川ビルから一任を受けていたこと及び原告に対する保護義務を負うことは否認する。
(四) 同(四)は争う。なお、仮に被告富士銀行及び被告渡辺に責任が認められる場合は、過失相殺を主張する。
3 被告児島の主張
(一) 原告の主張(一)は不知。
(二) 同(二)のうち、被告児島の認識については否認する。
(三)(1) 同(三)(1)は否認する。
(2) 同(三)(2)のうち、
① 被告児島が原告の顧問税理士であり、相続税対策について委任を受けていたことは否認する。被告児島は、原告個人については確定申告書の作成を行ってその手数料を受け取ったことはあるが、それ以外に顧問料等を受領したことはない。また、被告児島は、相続税について原告の相談にのったことはあるが、これはあくまで「アドバイス」ないし「サービス」に過ぎない。
② 被告児島が第一売買契約の実質的な仲介者であったことは否認する。確かに被告児島は第一売買契約の売主である被告清川ビルと買主である原告を相互に紹介したが、第一売買契約の仲介者は被告泰和であり、被告児島が仲介者的立場にあった事実はない。
③ 第一売買契約と実質的に一体である第二売買契約の買主として被告児島に信義則上の告知義務が発生するとの主張は争う。右告知義務は、夏見建物の雨漏りの状況について認識していたことを前提として発生するものであって、被告児島には右認識はなかった。
(四) 同(四)は否認ないし争う。
4 被告清川ビル・被告節子の主張
(一) 原告の主張(一)のうち、夏見建物に第一売買契約締結以前から雨漏りが発生していたことは認めるが、その程度については争う。
(二) 同(二)のうち、被告節子の認識については否認する。被告節子は、夏見建物についてかつて雨漏りがあり、第一売買契約締結時にも多少の雨漏りがあるが、夏見建物の使用目的を不能ならしめるような重大なものではないと認識していた。
(三)(1) 同(三)(1)は否認する。
(2) 同(三)(2)のうち、被告節子の告知義務は争う。第一売買契約の席上では仲介人である被告上東野が被告節子の認識に沿った内容を原告に説明していたから、売主としてこれに付け加えて説明をすべき義務はない。
(四) 同(四)は不知ないし争う。なお、仮に被告清川ビル及び被告節子に責任が認められる場合は、過失相殺を主張する。
5 被告泰和・被告上東野の主張
(一) 原告の主張(一)は不知。
(二) 同(二)のうち、被告上東野の認識については否認する。被告上東野は、夏見建物が過去に雨漏りしたことがあったが、修理されて雨漏りは止まっていると認識していた。
(三)(1) 同(三)(1)は否認する。
(2) 同(三)(2)のうち、被告上東野が第一売買契約を仲介したことは否認する。実質的な仲介をしたのは被告児島であり、被告上東野は書類の作成面を担当しただけである。
(四) 同(四)は否認ないし争う。
四 争点に関する当事者の主張その2(貸金請求関係―争点3)
1 被告富士銀行の主張(請求原因)
(一) 原告は、第一融資契約についての、平成三年二月二八日に支払うべき分割弁済金を同年五月二七日に支払ったのみで、同年三月分からの分割弁済金の支払をしない。
(二) 第一融資契約については、原告が債務の一部でも履行を遅滞したときには、被告富士銀行の請求により原告は一切の債務の期限の利益を失う旨の特約がある。
(三) 被告富士銀行は、平成八年一月三一日、原告に対し、一切の期限の利益を失わしめる旨の通知をした。
(四) 約定によれば、別紙「計算書」のとおり、平成八年一月三一日時点における第一融資契約の残元金は五億一八六二万四八六三円、未収利息金は一億五三二五万五六〇四円、遅延損害金は五六七万九七一五円である。
(五) よって、被告富士銀行は、原告に対し、貸金(利息・遅延損害金を含む。)請求として、右合計六億七七五六万〇一八二円及びうち残元金五億一八六二万四八六三円に対する期限の利益喪失の日の翌日である平成八年二月一日から支払済みまで年一四パーセントの割合による約定の遅延損害金の支払を求める。
2 原告の主張(請求原因に対する認否及び抗弁)
(一) 被告富士銀行の主張はいずれも不知ないし争う。
(二) 錯誤無効(抗弁)
原告は、夏見建物の雨漏りの重大性を知らなかったが、もしそれを知っていれば第一売買契約を締結しなかったし、本件融資契約(第一融資契約を含む。)も締結しなかった。このように、本件融資契約は要素の錯誤により無効である。
(三) 詐欺取消(抗弁)
(1) 被告富士銀行は、夏見建物の雨漏りの重大性についての原告に対する説明義務を怠り、原告に本件融資契約を締結させた。本件融資契約は、被告富士銀行の詐欺により締結させられたものである。
(2) 原告は、被告富士銀行に対し、平成七年一月一一日送達の平成六年(ワ)第二五四一七号事件の訴状をもって、本件融資契約を取り消す旨の意思表示をした。(顕著な事実)
(四) 本件融資契約の解除(抗弁)
(1) 本件融資契約において、被告富士銀行は、原告に対する付随義務・保護義務に著しく違反し(雨漏りの重大性についての説明義務違反、明らかな過剰融資等)、契約の目的を達成することができなくなった。したがって、本件融資契約は、特段の事情があり、解除が認められるべきである。
(2) 原告は、被告富士銀行に対し、平成九年一一月五日の本件口頭弁論期日において、本件融資契約を解除する旨の意思表示をした。(顕著な事実)
3 被告富士銀行の主張(抗弁に対する認否)
(一) 錯誤について
原告の主張する錯誤は要素の錯誤ではなく、主張自体失当である。また、夏見建物の雨漏りの状況については容易に知り得たから、原告には重大な過失があるというべきである。
(二) 詐欺について
原告が被告富士銀行の詐欺により本件融資契約を締結させられたことは否認する。
(三) 解除について
被告富士銀行の原告に対する保護義務の存在自体を争う。
五 争点に関する当事者の主張その3(抵当権登記等の抹消請求関係―争点3・4)
1 原告の主張(請求原因)
(一) 抵当権等の設定
(1) 夏見の根抵当権
被告富士銀行は、第二融資契約に基づく貸金債権を被担保債権として、別紙登記目録記載二のとおり、原告から夏見の敷地・建物について根抵当権の設定を受けたとして、夏見の根抵当権登記を得ている。
(2) 夏見・神田の抵当権
被告クレジットは、原告との間の昭和六三年四月三〇日付け保証委託契約に基づいて、被告富士銀行に対し、原告の第一融資契約に基づく債務を保証し、これによる求償債権を被担保債権として、別紙登記目録記載一及び三のとおり、原告から夏見の敷地・建物及び神田建物について抵当権の設定を受けたとして、夏見・神田の抵当権登記を得ている。
(二) 神田の抵当権設定契約の不存在
神田建物についての抵当権設定の合意は存在しない。神田の抵当権登記は、原告に無断でなされたものである。
(三) 錯誤無効
原告は、夏見建物の雨漏りの重大性を知らなかったのであり、もしそれを知っていれば第一売買契約、本件融資契約及び夏見・神田の各担保権設定契約(以下「本件担保契約」という。)を締結しなかった。したがって、本件融資契約及び本件担保契約は要素の錯誤により無効である。
(四) 詐欺取消
(1) 被告富士銀行は、夏見建物の雨漏りの重大性についての説明義務を怠り、原告に本件融資契約及び本件担保契約を締結させたのであるから、これらは被告富士銀行の詐欺によるものである。
(2) 原告は、被告富士銀行に対し、平成七年一月一一日送達の平成六年(ワ)第二五四一七号事件の訴状をもって、本件融資契約を取り消す旨の意思表示をした。また、原告は、被告富士銀行及び被告クレジットに対し、平成九年一〇月一日の本件口頭弁論期日において、本件担保契約を取り消す旨の意思表示をした。(顕著な事実)
(五) 本件融資契約の解除
(1) 被告富士銀行の原告に対する本件融資契約上の付随義務・保護義務違反(雨漏りの重大性についての説明義務、明らかな過剰融資等)は、その程度が甚だしく、契約の目的を達成することができない場合に該当するので、特段の事情があるとして、本件融資契約の解除が認められるべきである。
(2) 原告は、被告富士銀行に対し、平成九年一一月五日の本件口頭弁論期日において、本件融資契約を解除する旨の意思表示をした。(顕著な事実)
(六) よって、原告は、被告富士銀行に対し、夏見の根抵当権登記の抹消を、被告クレジットに対し、夏見・神田の抵当権登記の抹消を求める。
2 被告富士銀行及び被告クレジットの請求原因に対する認否及び主張
(一) 請求原因(一)は認め、同(二)ないし(五)は否認ないし争う。
(二) 錯誤について
原告の主張する錯誤は要素の錯誤ではなく、主張自体失当である。また、夏見建物の雨漏りの状況については容易に知り得たから、原告には重大な過失があるというべきである。
第三 争点に対する判断
一 本件における事実経過の概要(告知義務の存否の背景事実)
証拠によれば、次のとおりの事実が認められる。
1 清川家と被告夏見建物の建築に至る経緯
(一) 清川家と被告富士銀行船橋支店・被告児島・被告上東野の関係
(1) 被告清川ビルは、尚道と被告節子の夫妻(以下この夫妻を「清川家」ということがある。)の不動産資産を管理する目的で設立された会社である(本甲四の三項、別甲一五〇の七枚目)。清川家は、被告富士銀行船橋支店が開店して以来その有力な取引先で、同支店からは重要顧客としての扱いを受けていた(別甲一五〇の一〇枚目、乙一の二頁)。なお、清川家の資産管理については、尚道よりもむしろ被告節子が主導的に判断する立場にあった(乙一の二頁)。
(2) 昭和五八年に岡田が被告富士銀行船橋支店の支店長として就任して以来、岡田の働きかけで、被告富士銀行船橋支店と地元船橋市で開業する税理士の被告児島とは、顧客を相互に紹介し合う関係になった(乙一の一頁、児島①調書一頁)。
被告上東野は、昭和四六年に不動産業の会社を設立して以来、被告児島に個人及び会社の税務面の依頼をしており、被告児島とは個人的な付き合いも深かった(本甲九の速記録部分一・七頁)。そのようなことから、前記のような被告富士銀行船橋支店と被告児島を中心とした情報交換等を目的とするグループ(通称「児島会」)においては、被告上東野が「番頭格」としての役割を果たすようになっていた(児島③調書一一・一二頁)。
(3) そうした中で、被告児島は、岡田から顧客として清川家を紹介され、昭和五九年ころから、被告清川ビルの税務顧問となった(児島①調書九・一一頁)。被告上東野も、同じころ、「児島会」のつながりを通じて、岡田から清川家を紹介され、不動産売却の手続をしたのをきっかけに、その後も引き続き清川家の不動産に関する仕事を依頼されるようになった(本甲九の速記録部分五から八・一四頁)。
もっとも、清川家は被告富士銀行船橋支店にとって重要顧客であり失礼があってはならないとして、被告児島の税務顧問としての仕事にも同支店の担当者が同席あるいは書類受け渡しの仲介をするなど、同支店は清川家に密着していた(乙一の二頁)。また、被告上東野への清川家関係の仕事の依頼は、常に同支店を通じて行われ、被告上東野が清川家から直接仕事を依頼されることはなかった(本甲九の速記録部分一五頁)。また同支店内では、清川家からの相談事は担当者を介さず直に支店長に伝えられ、支店長が清川家と相談して、話が具体的に詰まってくると事務的な手続を担当者にさせるようになっていた(山﨑調書二三・五〇・五一頁)。
(二) 夏見建物の建築
(1) 夏見建物は、尚道個人の所有土地を被告清川ビルに売却し、被告清川ビルがその上に賃貸マンションを建築するという計画の中で造られたものである(別甲一五〇)。右計画については、被告児島が税対策面の提案書を作成し、資金計画は主に被告富士銀行船橋支店が立案した(本甲五の七項)。
また、設計者として伊藤建築を、施工業者として京葉都市を清川家に推薦したのは、岡田であった(児島①調書四四頁)。
(2) 昭和六〇年一月頃、岡田が京葉都市の専務の高橋に夏見建物の建築計画を告げ、見積を出すよう依頼した。京葉都市は設計者の伊藤建築と打ち合せの上見積を出したが、これが被告清川ビルの予算を上回っていたため、岡田の強い要望で、京葉都市が営業政策上の判断として見積を下げ、赤字受注した。(乙D二の一から五頁、高橋②調書六四頁)
(3) 昭和六〇年四月一日、夏見建物の建築請負契約が締結された。席上には契約当事者の他、岡田、被告児島、被告上東野らが出席した。高橋が被告節子と会ったのは、このときが初めてであった。(乙D二の五頁、高橋①調書二九・三〇頁)
(4) 昭和六〇年一〇月二八日、京葉都市は夏見建物を完成し、被告清川ビルに引き渡した(乙D一の四項)。
2 原告が第一売買契約を締結するに至る経緯
(一) 原告の家族状況
原告には、妻と二男一女があった。原告は、菓子の製造・販売を業とする一不二の会長であったが、一不二の経営は社長である長男照雄が行っていた。次男和行は一不二総業の社長であり、神田建物の一階の一部を借りてお好焼きのテイクアウト店を営んでいた。原告の妻は、一不二商事の社長であった。(本甲三二の四・六から八頁、和行②調書一から三頁)
なお、和行は宅地建物取引主任の資格を持ち、不動産業の仕事をした経験もあり、原告の名前で千葉の浜野にある二〇戸規模のマンション(以下「浜野物件」という。)を競落し、その所有権を一不二総業に移転したことがある(和行③調書二・四八・四九頁)。
(二) 原告の相続税対策
(1) 原告と被告児島の関係の始まり
昭和六二年ころ、被告児島は専修大学で相続税に関する講演を行い、これをきっかけに、当時神田建物の将来の相続税の問題で悩んでいた原告と知り合った(乙一の三頁、和行②調書五頁、児島①調書二・三頁)。
原告は、被告児島に相続税について相談に乗って欲しいと依頼したが、被告児島は、相続税対策だけの依頼では受任できないとして、一不二商事及び一不二総業との間で税務顧問契約を締結して月々の顧問料を受け取る他、毎年原告の確定申告書を作成してその報酬を受け取り、そうした業務に付随する形で原告の相続税の相談に乗っていた(本甲三二の六頁、児島①調書五頁)。
もっとも、原告の主たる関心は常に相続税問題にあり、和行が原告に相続税対策を積極的に奨励していた(乙一の三・六頁)。
(2) 被告児島による相続税シミュレーション
昭和六二年一一月、被告児島は、原告の相続税のシミュレーションを作成して、原告に示した。そこでは、土地の路線価の上昇に伴う神田建物の借地権評価額の増加により、五〇〇〇万円以上の相続税負担が発生するという試算が示されており、原告らは、そのような税負担には耐えられないという判断をした。(別甲一二七・一二八、和行②調書七から九頁)
(3) 被告児島からのアドバイス
そこで、被告児島は、相続財産の評価額圧縮のために原告が借入金によって神田建物の底地を購入し、借入金の返済原資には一不二が営業に使用している神田建物の一・二階部分を新規のテナントに賃貸してその賃料収入を充てるという提案を行い、地主との交渉には被告児島も同行したが、原告と地主との交渉は成立しなかった(和行②調書九・一〇頁、児島④調書八頁)。
なお、一不二の経営は赤字が続いており、神田建物の収益性を考えれば新規のテナントを入れた方がよいという話は原告と被告児島の間ではそれ以前から出ていたが、一不二を経営する照雄とは必ずしもその点の意見が合わなかった(乙一の五頁)。
(三) 被告児島による第一売買契約への誘い
(1) 被告児島からの提案
神田建物の底地の買い取り交渉が失敗した後である昭和六二年末か同六三年一月ころ、被告児島から原告に、被告児島が顧問税理士をしている被告清川ビルの所有物件である本件不動産を原告の相続税対策として購入してはどうかという提案がなされた。(別甲三八の一の四・五項、別甲三八の二の七項、和行②調書一〇・一一頁)
なお、このような提案がされた以上、当然のことながら本件不動産を売りに出すという話が被告清川ビルの側でも話題に上っていたと推認することができる。即ち、右の買受の誘いをする一方で、被告児島は、後記3(一)のとおり清川家の資産管理の相談を受ける立場から、被告清川ビルに対し、本件不動産の売却資金をもって尚道所有の貸地(ロイヤルホストが借主)の底地権を買い取ってはどうかと提案していた。そのような中で、被告児島から原告に対し右のように購入してはどうかという提案がなされたのであった。このときには、土地については坪単価一二〇万円程度という話であった。
(2) 和行による現地視察
昭和六三年一月、和行は、被告児島に案内されて本件不動産を視察した。このとき、被告児島は、夏見建物の入口付近に生じた一本のクラックを示して、「昨年の千葉県沖地震でクラックが入り雨漏りが発生したが、現在は修理済みである。」旨説明した。(和行②調書一一から一三頁)
被告児島が和行にこのような説明をしたのは、被告児島・被告上東野・被告富士銀行船橋支店の横山(当時被告清川ビルを担当していた)の間で、夏見建物に地震でクラックが入り雨漏りがしたという話題が出たことがあったためであった(本甲六の一九頁、本甲九の速記録部分四一から四三頁、児島②調書一八丁表)。
なお、原告は、高齢であったこと等から、主として和行が原告に代わって本件不動産の契約交渉等を担当した(本甲三二の四頁、和行③調書三三頁)。
現地視察の後、和行は、被告児島に連れられて被告富士銀行船橋支店を訪れ、岡田の後任の支店長である被告渡辺に引き合わされた。被告渡辺は、和行に対して、被告富士銀行船橋支店が本件不動産の売却について被告清川ビルから一任されており、売主側として交渉を担当する旨伝えた。その言葉どおり、第一売買契約の交渉に関しては、被告渡辺が売主被告清川ビル側の交渉窓口となった。(本甲三二の一二頁、和行②調書一五・一六頁、児島①調書三〇頁)
(3) 原告の購入決意
右(1)及び(2)のような過程を通じ、原告は本件不動産を購入してもよいとの意向を持つようになり、他方被告清川ビルは、後記3(一)及び(二)のとおり昭和六二年末か昭和六三年初めころにこれを売却してもよいという意向を持つようになっていた。
(四) 購入資金調達のための交渉の進展
(1) 原告の取引銀行との融資交渉の失敗
原告は、当初、本件不動産の購入資金を原告と取引のある三菱銀行神保町支店から借り受けようと考え、和行と被告児島がその交渉をしたが、返済能力に問題があるとして融資を断られた(和行③調書五から七頁、児島①調書四三頁)。
(2) 被告児島による第二売買の提案
昭和六三年二・三月ころ、被告児島は、和行に対し、原告が被告清川ビルから一括で本件不動産を購入した後に同一の坪単価で前面土地を原告から被告児島に売って欲しいという第二売買契約の提案を持ちかけた。被告児島は、当時自宅及び事務所が手狭になっていたので、その移転先の候補地として前面土地に目を付けており、これ以前にも被告富士銀行船橋支店の横山を通じて被告清川ビルに前面土地の購入を申し入れたが、被告清川ビルからは税理士はいわば清川家の使用人であって、使用人に対して売ることはできないとして断られたという経緯があった。
(本甲三二の一二頁、和行②調書一八・一九頁、渡辺③調書九・一〇頁、児島③調書六三頁)
(3) 被告富士銀行船橋支店との間の融資交渉
昭和六三年三月ころから、原告の本件不動産の購入資金については、被告児島の紹介で被告富士銀行船橋支店が融資する方向で話し合いが持たれ、和行と被告児島が同支店側と交渉を開始した。右(2)のようにして前面土地の転売代金を得られれば、それで融資金の一部返済ができるから、実質上の融資額はそれだけ少なくて済むが、原告側としては、とりあえず本件不動産の購入代金全額と購入時の諸費用、それに加えて神田建物の新規テナントが正式に決定し入居できるようになるまでの間の一年分の返済原資の不足分(返済原資としては、神田建物の賃料及び夏見建物の賃料による収入が予定されていた。)を融資してもらいたいと希望した。(本甲三二の一五頁、和行②調書二二・二三頁、児島②調書一一丁表、児島③調書四〇頁)
(4) 融資額と担保の決定
ところで、本件不動産の土地部分の購入代金は、前記(三)(1)の段階では坪一二〇万円であったが、その後売主側から代金増額の意向が伝えられていた。即ち、昭和六三年三月ころ、被告清川ビルの意向を汲んだ被告渡辺から、土地の坪単価を一七〇万円としたいという提案が被告児島に対してなされ、これが被告児島を介して和行に伝えられていた(和行②調書一七頁、渡辺②調書一一・一二頁)。
この融資案件については、被告渡辺の指示で当時被告富士銀行船橋支店の副支店長であった飛田と融資課長であった八木が担当し、融資条件の詰め等の実務を担当した(飛田調書六から八頁)。
原告側は、融資の担保として本件不動産を担保提供することには同意したが、神田建物を担保提供することには難色を示した。そこで、浜野物件を担保とする案も検討されたが、調査の結果担保余力がないという理由で見送られ、最終的には神田建物の権利証を被告富士銀行船橋支店が預かって事実上の担保とすることで合意を見た。(和行②調書二九から三三頁、飛田調書三八頁)
被告富士銀行船橋支店の融資額は、当初は七億六〇〇〇万円を予定していたが、保証会社である被告クレジットが七億二〇〇〇万円までしか保証しないという結論になったため、被告クレジットの保証付で七億二〇〇〇万円の第一融資契約を、被告クレジットの保証の付かないいわゆるプロパー貸しとして二〇〇〇万円の第二融資契約を締結する運びとなった(飛田調書一四から一九頁)。
3 被告清川ビルが第一売買契約を締結するに至る経緯
(一) 被告清川ビルの売却の動機
被告節子は、被告節子・尚道の長男ではなく娘二人に資産を残したいという希望を持っていた。そこで、被告児島は、その対策として、尚道個人の資産を被告清川ビルに移すことをアドバイスしていた。その一環として、被告清川ビルが本件不動産を売却し、その資金で尚道が所有しロイヤルホストに貸してある土地の底地権を尚道から買い取るという提案が浮上した。(児島①調書一六から一八頁)
(二) 被告清川ビルの売却意思
被告児島が原告に第一売買契約の提案をしたのとほぼ同時期の昭和六二年の末か六三年の初めころ、被告節子が被告渡辺に「被告児島が相続対策について話があると言ってきたので、被告渡辺にも同席して欲しい」と電話してきた。被告児島からも同様の電話があり、被告渡辺は、被告児島と一緒に被告節子宅を訪問し、被告児島から(一)のようなプランが説明された。(渡辺②調書二から五頁、児島③調書五九・六〇頁)
被告節子は本件不動産の売却に同意し、被告児島から買主として原告の名前が出た。(渡辺②調書七・八頁)
(三) 売買価格の引き上げ
本件不動産の売買価格を決定するに当たって、被告児島が被告清川ビルに中山不動産鑑定士を紹介し、被告清川ビルの依頼で、昭和六三年三月五日、不動産鑑定評価書が作成された。右鑑定評価書によれば、昭和六三年三月一日時点での本件不動産の土地部分の時価は、平方メートル単価四〇万円(坪単価約一二〇万円)とされていた。(別甲一五、児島①調書三三・三四頁)
しかし、被告節子はできるだけ本件不動産を高く売却したいという意向であったため、被告渡辺が中山鑑定士の意見や地元不動産業者の意見を聞くなどして追加調査し、被告清川ビルの希望を容れて坪単価一七〇万円という価格を被告児島に提示した。(別甲一四四、渡辺②調書八から一二頁)
4 第一売買契約締結に向けての被告児島・渡辺・上東野の役割
(一) 被告児島は、右3(一)及び(二)のとおり、被告清川ビル(被告節子)に対し、本件不動産の売却方を勧め、その動機付けを図っていたものである。
また、被告渡辺は、右の売却意思固めを支援し、さらに右3(三)のとおり売却価格の決定に際し被告清川ビルの意向を容れて高値に設定する方向に努めた。そして、前記2(四)(3)及び(4)のとおり、それが被告児島経由で原告に伝えられ、原告が同じ被告富士銀行船橋支店からその購入代金の融資を受けることについて、同支店が手続等に協力したのである。
このように、被告富士銀行の立場は、原告に融資という表面的な利益を与えるものである反面、原告に不当に高額の借入れをさせる危険を含んでいるものでもあった。ちなみに、このころに被告渡辺が被告富士銀行船橋支店の内部文書として作成したものに、「清川先生プロジェクト採算検討表」と題する書面(別甲一四四)がある。右文書によれば、本件不動産の売買価格は、清川家の相続対策を行う上で採算上望ましい価格水準はどれだけかという視点で引き上げられたことがうかがえる。すなわち、右文書では、土地の坪単価を一六〇万円に、夏見建物の価格を二億円にそれぞれ引き上げて合計六億七〇〇〇万円が「採算上望ましい価格」とされており、「鑑定士の評価に従って取引する場合」より約九〇〇〇万円の引き上げが図られている。実際の第一売買契約では、夏見建物の価格を鑑定評価書どおりとした代わりに土地の坪単価は一七〇万円になっているが、売買代金総額はやはり約六億七〇〇〇万円で、「採算上望ましい価格」をやや上回っている。右書面中には地元不動産業者として「金子総業『坪一五〇万くらい』、東広商事『取引事例としてはピーク一七〇万で取引されたものもあるが、現在売れないでいる』」という情報が記載されており、右に照らせば坪単価一七〇万円という第一売買契約の取引価格は、実勢よりも高めに設定されたということができる。
(二) 被告上東野の仲介
被告上東野は、昭和六三年一月末ころ、被告児島の事務所で、和行同席の下、被告児島から、後日被告渡辺から話があると思うが本件不動産の売買の仲介をして欲しいという依頼を受けた。その後被告渡辺からも正式に同様の依頼があった。(本甲九の速記録部分一一から一三頁、渡辺①調書三六頁)
被告上東野は、具体的な業務としては、売買契約書の作成、国土法の届出、不勧告通知書の受理、農地転用の届出、重要事項説明書の作成を行った。仲介の報酬金額は、被告渡辺の指示で決定した。なお、被告上東野は被告清川ビルからも報酬を受け取っており、売買当事者双方から仲介の依頼を受けたものである。(本甲九の速記録部分一三から一六・三五頁、上東野②調書一一・一二頁)
5 第一売買契約前の夏見建物の雨漏りの状況
(一) 夏見建物の管理
夏見建物の管理業務は、被告富士銀行船橋支店の紹介で金子総業が行っていた。報酬については、同支店の依頼で通常の半値程度にしていた(本甲一一の速記録部分一三・二九・三〇頁)。岡田は、金子総業に対して、同支店が被告清川ビルから一任されているので、報告等は全て同支店を通して行うように、また直接金子総業から被告清川ビルに連絡する必要はないと指示し(本甲一一の速記録部分三・四頁)、金子総業が夏見建物の入居者を紹介し、賃貸借契約書を作成する際も、書類の作成等は同支店経由で行われていた(本甲一一の速記録部分三四・三五頁)。
(二) 夏見建物の雨漏り
昭和六一年秋ころから、金子総業から京葉都市に対して数回にわたり雨漏りの修理依頼があり、京葉都市はその都度コーキング等の修理を行っていた(乙D一の四項、高橋①調書三一・三二頁)。昭和六二年一二月一七日に千葉東方沖地震が発生した後、夏見建物の壁面からの雨漏りがひどくなり、金子総業から京葉都市に対する苦情と修理依頼が続いた(甲一六五の一頁、別甲八一、高橋①調書三・四・三七頁)。
京葉都市は、その都度コーキング等の応急修理はしていたが、同じような箇所から雨漏りが再発したり、新たに雨漏りする箇所が発生するなどして、雨漏りの箇所がだんだん増えていくような状況であった(高橋②調書九五・九六頁)。
金子総業は、岡田の指示に従って、夏見建物の雨漏りについては、京葉都市に連絡して修理を依頼した他、当時被告富士銀行船橋支店内で被告清川ビルの担当者であった横山に対してそれを報告していたが、被告清川ビルに対しては、(一)のとおり岡田の指示もあるため、一度も連絡しなかった(本甲一一の速記録部分七・八・三一頁)。また、京葉都市も雨漏りのクレームは金子総業との間で処理し、被告清川ビルには伝えていなかった(高橋①調書四九頁)。
(三) 京葉都市の雨漏りに対する対応
夏見建物の外壁面は、押出成形セメント板(メース)を下地板に使用し、その上にタイルを張り付ける工法が採られていた(本甲一四の一三丁裏)。夏見建物の外壁には、メースの目地部分でタイルにひび割れ(クラック)が発生しており、ここから室内に雨漏りが生じているのではないかと考えられていた(乙E一三の一頁、高橋①調書三〇頁)。
昭和六三年一月二七日、夏見建物の雨漏りの原因究明のため、京葉都市の依頼でメースの製造メーカーである三菱セメントが京葉都市・伊藤建築の立会の下に現地調査を行い、同年四月ころ、同社の報告書が京葉都市に提出された(乙E一三、高橋①調書三八頁)。右報告書は、予想されるクラックの原因として、地盤の不安定性による変則的変形等を挙げていた(乙E一三の三枚目)。
京葉都市は、右報告書を踏まえて、さらに雨漏りの原因の究明と修理方法を検討するため、第三者のゼネコンに調査協力を仰ぐこととした。なお、具体的に日東建設に調査を依頼したのは昭和六三年六月ころであり、日東建設の調査報告書は、同年八月ころ京葉都市に提出された(本甲二〇、高橋①調書六頁)。
6 第一売買契約の締結
(一) 第一売買契約前の清川家への表敬訪問
(1) 表敬訪問の内容
昭和六三年五月六日、原告と和行が、本件不動産の買主として売主側にあいさつをするために、被告児島・被告渡辺と一緒に清川宅を表敬訪問した。(和行②調書三六頁、渡辺②調書一三・一四頁)
(2) 表敬訪問の時期についての認定理由
清川宅への表敬訪問が行われた時期について、和行は明確に五月六日であると証言しており、具体的な日付が特定できるものは和行自身の手帳等で確認していると述べる(和行②調書二三頁)のに対して、被告渡辺は「四月ころ」(渡辺②調書一三頁)、被告児島は「第一売買契約の一・二週間前」(児島①調書六三頁)、被告上東野は「三月ころ」(本甲九の速記録部分二四頁)とそれぞれあいまいな供述をしており、相互に食い違うことから、和行の証言どおりの日付に表敬訪問が行われたと認められる。
(3) 表敬訪問の席上における雨漏りの話の有無及びその内容について
被告渡辺の供述では、表敬訪問の席上、被告節子が「夏見建物は雨が漏るそうだが、それでも買ってもらえるのか。」と発言し、これに対して原告が「是非譲って欲しい」と答えたとされている(渡辺②調書一四頁)。
しかしながら、仮にそのような会話があったとすれば、原告は表敬訪問の時点で夏見建物が雨漏りすること(雨漏りしたことがあって修理した、という過去の事実としてではなく、雨漏りがその時点で完全には修理できておらず、将来再発する危険があること)を承知していたと考えざるを得ないが、原告がこのような情報を入手するとすれば、被告富士銀行船橋支店の関係者・被告児島・被告上東野・金子総業・夏見建物の入居者のいずれかからであると考えられるところ、①被告富士銀行船橋支店の関係者又は被告上東野から原告又は和行に夏見建物の雨漏りについて説明したと認めるに足りる証拠はないこと、②被告児島からも現地視察のとき以外には原告又は和行に夏見建物の雨漏りについて説明したと認めるに足りる証拠はないこと、③金子総業が原告と初めて会ったのは昭和六三年八月ころであること(本甲一一の速記録部分一七・二〇頁)、④原告又は和行が表敬訪問前に夏見建物の入居者と接触したと認めるに足りる証拠はないこと等からすると、原告が表敬訪問以前に夏見建物が現に雨漏りするものであるとの情報を入手していたとは認められない。
したがって、現地視察の際に和行が被告児島から「千葉県沖地震でクラックが入り雨漏りが発生したが、現在は修理済みである。」旨説明されたという以上の情報は、表敬訪問の時点では原告に届いていなかったというべきであり、そうだとすれば、原告が前記被告渡辺供述のような対応を示すことは極めて不自然なことであるから、右供述は信用できない。
仮に、夏見建物の雨漏りについて話題に出ることがあったとしても、それはせいぜい「雨が漏ったということを聞きましたが、その後いかがですか。」というニュアンスの発言(上東野①調書五五頁、上東野②調書四二頁)に留まり、いわば過去の出来事として夏見建物の雨漏りについての話が雑談程度に出ただけで、現地視察時に和行が被告児島から得た以上の情報を含むものではなかったということができる。
(二) 第一売買契約の締結と重要事項の説明
昭和六三年五月三〇日、被告富士銀行船橋支店の三階会議室で、第一売買契約が締結された。主な出席者は被告節子・尚道・原告・和行・被告児島・被告渡辺・北山司法書士・被告上東野及び福田不動産こと福田清彦であった。(本甲一五、本甲九の速記録部分三四頁)
この席で、被告上東野は、重要事項の説明の他、夏見建物に地震でクラックが入って過去に雨漏りがしたことがあるが、修理をして現在は雨漏りは止まっているという趣旨の説明をした。これに対して、出席者の誰からも特に発言はなかった。(本甲九の速記録部分一八・二一・三五頁、和行②調書四二頁)
7 第二売買契約の締結
昭和六三年九月三〇日、かねて被告児島から申し入れのあったとおり、原告と被告児島の間で、第二売買契約が締結された(児島④調書一四頁)。
二 被告らの不法行為責任について(損害賠償請求事件)
1 第一売買契約締結当時の夏見建物の雨漏りの程度と原告の買主としての立場
(一) 前記一5(二)及び(三)の各事実によれば、夏見建物は、昭和六二年一二月一七日の千葉東方沖地震の後は特に雨漏りがひどくなっており、施工業者である京葉都市も応急修理の繰り返しでは雨漏りの発生を止めることができず、外部の協力を仰いでその根本原因の調査と対策に追われていたという状況であったということができる。
(二) 夏見建物は賃貸用マンションであり、原告は相続税対策として借入金で本件不動産を購入し、借入金の返済原資としては神田建物の賃料もさることながら、夏見建物の賃料収入もその重要な一部として予定されていたのであるから、このように雨漏りが頻発している物件であることがわかっていれば、その収益性にも重大な問題が生じ得ることは見易い道理である。しかも問題の解決がいつになるかもわからないのであるから、通常一般人であれば、このような物件をわざわざ借入をしてまで購入することは考えにくい。
むしろ、一般常識からすれば、これから物件を購入しようとするのであればできるだけ問題のない物件を選んで購入しようと考えるのが通常のことであるということができるから、繰り返し雨漏りが発生しており、その原因が解決できていないということさえ認識すれば、特段の事情のない限り、買手は物件の購入を差し控えるということができ、本件の場合も、原告が右のような雨漏りの程度を認識していれば、第一売買契約を締結することはなかったというべきである。
2 被告上東野及び被告泰和の責任
(一) 第一売買契約前後の被告上東野と高橋のやりとり
証拠によれば、以下の事実を認めることができ、これに反する被告上東野の供述は信用できない。
(1) 昭和六三年四月二六日、被告上東野は京葉都市を訪れ、夏見建物の雨漏りについて恒久的な修理の方法を検討して欲しいと申し入れた(本甲二四の一)。
(2) さらに、昭和六三年五月二〇日、被告上東野は京葉都市の専務である高橋を呼び出し、夏見建物の雨漏りを至急修理するよう強く要請した。その際被告上東野は、夏見建物が近く売買される予定であることを高橋に告げた(高橋①調書七頁)。
高橋は、被告上東野に対し、今回の雨漏りは修理しても止まらないし、雨漏りの場所がどんどん増えていく、ちょっと異常ではないかと思っているというニュアンスの話をし(上東野②調書二六頁)、京葉都市が夏見建物の雨漏りの原因を究明中であり、現在雨漏りは完全には止まっていないことを説明して、京葉都市の信用にも関わることなので売買の話はしばらく待って欲しいと申し入れた(乙D三の二枚目、高橋①調書七から九頁)。これに対して被告上東野が難色を示したので、高橋は、どうしても被告清川ビルに夏見建物を売り急ぐ事情があるならば、京葉都市が買い取ることも検討したいので被告清川ビルに話をして欲しいと申し入れた(高橋①調書一〇から一二頁)。
(3) 高橋は、京葉都市内部で協議のうえ、昭和六三年五月二五日、被告上東野を再訪し、夏見建物を京葉都市が時価で買い取りたい旨を改めて申し入れた(高橋①調書一二から一四頁)。これに対して被告上東野は明確な返答をせず、折から被告上東野宛に架かった被告児島からの電話で売買契約の準備を早く進めるように要請されたことを高橋に告げ、早急に雨漏りを修理するよう改めて強く要請した(高橋①調書一五・一六頁)。
高橋は、夏見建物の雨漏りは現在応急手当で一応止まっているが、根本的な対応には時間がかかる旨を被告上東野に告げた(乙D三の二・三枚目)。
(4) 高橋は、雨漏りの修理ができていない状態で夏見建物が売買されることはないと考えたことと、当時被告上東野が清川家に親しく出入りしていたことから、京葉都市による買取申出を被告上東野が被告清川ビルに伝えているものと考えてその返事を待った(高橋①調書一七から一九頁)。
ところが、高橋が昭和六三年六月二〇日に被告上東野を訪問したところ、被告上東野から既に第一売買契約が締結されたことを告げられた(高橋①調書二〇頁)。
(5) 高橋は、昭和六三年九月一〇日、日東建設の調査報告書が届いたので内容を説明したいと被告上東野に申し入れたが、被告上東野は自分は媒介者だけの立場であるから見なくてもよい、関わりたくないとしてこれを拒絶した(甲一六五の五枚目)。
(二) 被告上東野及び被告泰和の責任についての判断
(1) 被告上東野の認識
右(一)の各事実によれば、被告上東野は、第一売買契約締結当時、高橋からの情報によって、①夏見建物の雨漏りは応急修理で一時的に止まっているが、完全に止まったわけではなく、いつ再発するかわからないこと、②施工業者である京葉都市がその原因を究明中であるがまだ結論は出ていないこと、③夏見建物の雨漏りは京葉都市が責任上買い取りを考慮する程度に重大な不具合であること、をそれぞれ認識していたということができる。
(2) 第一売買契約における被告上東野の役割
前記一(4)(二)の事実によれば、被告上東野は、第一売買契約の締結に当たって、売主・買主双方の依頼を受けて、契約の締結に向けて必要な諸手続を行い、もって契約の仲介業務を行ったということができる。そして、右仲介業務の遂行に当たって被告上東野が作成した各書類(本甲一五・一六、別甲一五二、乙F三・四)が全て被告泰和の名前で出されていることからすると、右仲介は被告泰和が依頼を受け、被告上東野が被告泰和の代表取締役として業務の遂行に当たったというべきである。
(3) 被告上東野の不法行為
前記(1)及び(2)によれば、被告上東野は、その職務上、原告に対して、第一売買契約の締結に先立ち、前記(1)①から③のような重要な情報を告知すべき義務があるというべきである。
しかるに、被告上東野は、第一売買契約締結の席上で、夏見建物に地震でクラックが入って過去に雨漏りがしたことがあるが、修理をして現在は雨漏りは止まっているという趣旨の説明をしたにとどまり(前記一6(二))、それ以上の説明をしなかった。
このような説明は、いわば事実の半面だけを伝えたというにとどまらず、これを聞いた原告にむしろ夏見建物の過去の雨漏りについては修理済みでもはや雨漏りの心配はないという全く事実と異なる印象を与えるものであったということができる。
しかも、不動産業者である被告上東野が前記(1)①から③のような重要な情報を認識していたのであるから、それにもかかわらずこのような不自然な説明をしたのは、右情報の重要性の評価を誤って説明を怠ったというよりは、むしろ何らかの目的から第一売買契約をともかくも成立させるために意図的に売買契約の成否を左右する重要情報を隠したものと推認せざるを得ない。
(4) 結論
被告上東野が前記(1)①から③のような情報を原告に伝えていれば、前記1(二)のとおり、原告は第一売買契約を締結しなかったということができるから、被告上東野及び被告泰和は、これによって原告が被った損害を賠償する義務を負う。
3 被告児島の責任
(一) 第一売買契約締結前に夏見建物の雨漏りについて被告児島が得ていた情報
証拠によれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 被告児島が和行を連れて現地を視察させる以前に、被告児島・被告上東野・被告富士銀行船橋支店の担当者横山の間で、夏見建物に地震でクラックが入り雨漏りがしたという話題が出たことがあった(前記一2(三)(2))。
(2) また、被告児島・被告上東野・横山が同席したところで、京葉都市の雨漏りに対する対応が遅いという話になったことがある(本甲一〇の速記録部分一五頁)。夏見建物が再三雨漏りし、雨漏りの修理を繰り返していることは、被告上東野と被告児島の間でも話に出ており(上東野①調書一三・一四頁)、夏見建物が雨漏りする度に(それほど深刻ではないが)入居者の苦情があったことは、被告上東野から被告児島にも話されている(上東野①調書五八・五九頁)。
(3) 昭和六三年五月二〇日に高橋が被告上東野を訪問し、夏見建物はきちんと調査して修理しなければ雨漏りが再発するという趣旨の話をしたことは第一売買の前に被告上東野から被告児島・被告渡辺にも話されている(前記2(一)(2)、上東野①調書二八・二九頁)。
(4) 第一売買契約締結の直前、被告富士銀行船橋支店の一階応接間で、原告・和行のいない席で夏見建物の雨漏りの話題が出た。被告渡辺が被告上東野に「雨漏りの件は重要事項説明書に書いてくれたか。」と尋ね、これに対して被告上東野が「口頭で説明する。宅建業法違反になるから説明しないわけにはいかない。」と答えていた。被告児島は、これを聞いて、被告渡辺や被告上東野は夏見建物の雨漏りをかなり真剣に受け止めていると感じた。(本甲六の三一から三三頁、児島①調書六九頁、児島②調書二〇丁表・裏、渡辺①調書四〇頁、渡辺②調書三四・三五頁)
(二) 被告児島の責任についての判断
(1) 被告児島の認識
右(一)の各事実によれば、被告児島は、第一売買契約締結前に、被告上東野らからの情報により、①夏見建物が再三雨漏りし、修理を繰り返していること、②きちんと調査の上で修理しなければ雨漏りは再発すると考えられていること、③夏見建物の雨漏りについては被告渡辺・被告上東野がこれを重要な事実であると受け止めていること、をそれぞれ認識していたということができる。
また、前記一1(一)(2)のとおり被告上東野は「児島会」の番頭格ともいわれるほどに被告児島と親密な関係にあったこと、昭和六三年五月二〇日に高橋が被告上東野を訪問した際の話が被告上東野から被告児島にも伝えられていること(前記(一)(3))、同月二五日に高橋が被告上東野を再訪し、夏見建物を京葉都市が時価で買い取りたい旨を改めて申し入れた際には、被告児島は丁度被告上東野宛に電話を架けて売買契約の準備を早く進めるようにと要請していること(前記2(一)(3))、被告節子は第一売買の後になって京葉都市からの買い取りの申し入れがあったことを聞いたが、被告児島は被告節子に対して、京葉都市が買いたいというのを自分が阻止したと述べたこと(本甲四の一〇二・一〇三項)、等からすると、④京葉都市の高橋が責任上夏見建物の買い取りを申し出たことについても、被告児島はやはり被告上東野から知らされていたと推認するのが相当である。
被告児島は、被告上東野が京葉都市に発注した他の建物も雨漏りしたと聞いていたので、夏見建物も修理すれば直ると思っていたと供述する(児島①調書五一・五五頁)が、右のような事情に照らせば、被告児島は、修理が不可能であるとまでの認識はなかったにしろ、夏見建物の雨漏りが決して簡単に修理できるような性質のものではないことを十分承知していたといわざるを得ず、被告児島の右供述は信用できない。
(2) 第一売買契約における被告児島の役割
前記一2の事実によれば、被告児島は、第一売買契約の締結に当たって、原告に相続税対策の具体的な提案としてこれを勧め、売主・買主双方を紹介して結び付けたにとどまらず、自ら和行と共に原告のために融資の交渉に当たり、また売買価格の提示を受けるなど、むしろ主導的に契約交渉を推進する役割を担っていたということができる。
被告児島がこのように第一売買契約の締結に積極的に関与した動機としては、第一売買契約締結後に原告から前面土地を坪単価同額で譲り受けるという第二売買契約の話を事前に原告に了承させており、これによって被告清川ビルから直接購入することに失敗した前面土地を被告清川ビルに隠れて取得することが可能であったということが挙げられる。坪単価は一二〇万円から一七〇万円に上昇したが、前面土地はいわゆる道路付けの良い土地であってこの価格でもうまみがあったということができる(別甲二〇)。
被告児島自身、これを「共同購入」であると位置付けており(乙一の七・八頁)、いわば実質的な共同購入者として、自ら原告のために第一売買契約の成立に向けて行動するだけの動機を持った立場にあったというべきである。
(3) 被告児島の不法行為
前記(1)及び(2)によれば、被告児島は、実質的な共同購入者としての地位、買主である原告に売買を勧めて契約交渉を主導した仲介者的地位及び原告から売買の動機となった相続税問題についての相談を受けていたという地位に鑑み、原告に対して、第一売買契約の締結に先立ち、自己の入手した前記(1)①から④のような重要な情報を告知すべき義務があるというべきである。
しかるに、被告児島は、第一売買契約締結の席上での被告上東野による極めて不十分な、むしろ原告をして夏見建物の雨漏りの状況について誤った認識を形成させるような説明を聞いていたにもかかわらず、これを正そうともしなかった(前記一6(二))。
重要事項の説明は第一次的には当事者双方の仲介を担当する被告上東野の役割であるとしても、被告上東野による説明が不正確であり、むしろ事実に反する認識を原告に与えかねないものであった以上、被告児島が積極的にこれを正す説明をしなかったことは告知義務違反に当たるといわねばならない。
(4) 結論
被告児島が前記(1)①から④のような情報を原告に伝えていれば、前記1(二)のとおり、原告は第一売買契約を締結しなかったということができるから、被告児島は、これによって原告が被った損害を賠償する義務を負う。
4 被告渡辺及び被告富士銀行の責任
(一) 第一売買契約締結前に夏見建物の雨漏りについて被告渡辺が得ていた情報
証拠によれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 夏見建物の雨漏りについては、被告渡辺は、昭和六二年六月に岡田の後任の被告富士銀行船橋支店長として同支店に着任し、業務引継のために京葉都市を訪問したとき、前任の岡田が雨漏りについてよろしく頼むということを言っていたことから、被告清川ビル担当の横山に事情を聞いて初めて知った。横山は金子総業と連絡をとっており、実際に雨漏りの事実を確認に行っている。このときの横山の説明では、長雨や大雨のときに一階の端の部屋の押入れに染みが出るという内容であった。(渡辺①調書五頁、渡辺②調書一・一五・一六頁)
(2) その後、被告渡辺は、京葉都市に夏見建物の雨漏りを修理して欲しいという申入れをして、修理してもらったことが二回あり、二回とも修理したという報告を受けている(渡辺①調書一七頁、渡辺②調書八七頁)。
一回目は、被告渡辺が最初に雨漏りの話を聞いた後に横山に経過を聞いたところ、漏っているようだというので、京葉都市の高橋に修理を依頼し、コーキング等の修理をしてもらった(渡辺②調書一六・一七頁)。
二回目は、それから二、三か月して大雨が降ったときに横山から「まだ漏っている」との報告があったので、雨漏りの原因追究と修理を再度京葉都市の高橋に依頼した(渡辺②調書一八頁)。
いずれも昭和六二年のことである(渡辺①調書二〇・二一頁)。
(3) 昭和六三年三月ころ、被告渡辺は、高橋に、かねてから金子総業からお願いしている夏見建物の雨漏りは直ったかと聞いた。高橋は、とりあえず応急手当はしているが今まで経験したことのない雨漏りの現象なので、夏見建物の雨漏りの原因と修理の仕方については調査検討中であり時間がかかる旨伝えた。その後、被告渡辺は京葉都市から雨漏りを修理したという報告を受けていない(高橋①調書四三・四四頁、高橋②調書七二頁、渡辺②調書二〇頁)
なお、被告渡辺はこれを清川家への表敬訪問の後であり昭和六三年四月ころのことと供述する(渡辺①調書二二・二三頁)が、表敬訪問の日付が昭和六三年五月六日であると認められること(前記一6(一))から、右供述は採用できない。
(4) 第一売買契約締結の一か月前くらいに(渡辺①調書三八頁)、被告上東野が被告渡辺を訪問し、前面土地に排水管等が埋設されていることを重要事項説明書に書かねばならないという話をした。被告渡辺が「それもそうだが、雨漏りのことを書くのか。」と聞くと、被告上東野は書かないつもりだと答えたので、被告渡辺は雨漏りのことの方が重要だから書くべきだと主張した(渡辺②調書三三・三四頁)。そのときに被告渡辺が京葉都市の方はどうなっているのかと聞くと、被告上東野の話は被告渡辺が高橋から聞いたのと同様だった(渡辺③調書三二頁)。被告児島には話したのかと被告渡辺が聞くと、被告上東野は「話してある」と言っていた(渡辺③調書六二頁)。この時点で被告上東野から夏見建物の雨漏りがまだ直っていないと聞き、被告渡辺は、被告上東野に、大至急直すように京葉都市にプッシュして欲しいと依頼した(渡辺②調書九〇・九一頁)。
(5) 昭和六三年五月二〇日に高橋が被告上東野を訪問し、夏見建物はきちんと調査して修理しなければ雨漏りが再発するという趣旨の話をしたことは第一売買の前に被告上東野から被告児島・被告渡辺にも話されている(前記3(一)(3))。
(二) 被告渡辺及び被告富士銀行の責任についての判断
(1) 被告渡辺の認識
右(一)の各事実によれば、被告渡辺は、第一売買契約締結前に、①夏見建物が再三雨漏りし、修理を繰り返していること、②修理は応急手当であって根本原因を調査して対処するには時間がかかること、③昭和六三年五月二〇日時点では未だ雨漏りの原因が判明しておらず、再発の危険があること、をそれぞれ認識していたということができる。
被告渡辺は、第一売買契約締結時の被告上東野による説明を聞くまでは雨漏りは十分直っていないだろうという認識だったが、説明を聞いて雨漏りは止まったと思ったと供述する(渡辺③調書七三・一一七頁)が、このときの被告上東野の説明は「夏見建物は地震でクラックが入り過去に雨漏りがしたことがあるが、修理をして現在はとまっている。」という程度の簡単なものであって(前記一6(二))、雨漏りの根本原因や修理方法の具体的な内容には一切触れていないのであるから、これを聞いたからといって、雨漏りの原因が判明し的確な対処がされた(したがって再発の具体的危険はない)という認識に至ったとは考えられず、せいぜい現在は一時的に応急修理で止まっているという程度の認識にとどまるというべきである。
(2) 第一売買契約における被告渡辺の役割
前記一3及び4の事実によれば、被告渡辺は、第一売買契約の締結に当たって、被告清川ビルのために売買価格を調査検討して価格を引き上げたうえで買主側にこれを提示し、また被告上東野に契約の仲介業務を依頼するなど、事実上被告清川ビルに代わって売主側としての交渉をまとめていく役割を担っていたということができる。
これは、清川家が被告富士銀行船橋支店の重要顧客として格段の配慮を受けており、清川家の資産管理に関しては被告富士銀行船橋支店の支店長が直接相談に与り事務手続も被告富士銀行船橋支店内部の者が担当していたこと(前記一1(一)(3))から、第一売買契約についても同様の対応がとられたということだといえる。
したがって、被告渡辺は、売主である被告清川ビルの側の仲介者兼財務コンサルタントとしての役割を果たしていた。
(3) 被告渡辺の不法行為
前記(1)及び(2)によれば、被告渡辺は、売主側の仲介者兼財務コンサルタントとしての地位に鑑み、原告に対して、第一売買契約の締結に先立ち、自己の入手した前記(1)①から③のような重要な情報を告知すべき義務があるというべきであり、たまたま契約時点では一時的に雨漏りが止まっているという認識であったとしても、それによって右告知義務がなくなるわけではない。
しかるに、被告渡辺は、第一売買契約締結の席上での被告上東野による極めて不十分な、むしろ原告をして夏見建物の雨漏りの状況について誤った認識を形成させるような説明を聞いていたにもかかわらず、これを正そうともしなかった(前記一6(二))。
重要事項の説明は第一次的には当事者双方の仲介を担当する被告上東野の役割であるとしても、被告上東野による説明が不正確であり、むしろ事実に反する認識を原告に与えかねないものであった以上、被告渡辺が積極的にこれを正す説明をしなかったことは告知義務違反に当たるといわねばならない。
(4) 不法行為の態様
① のみならず、被告渡辺には単に注意を怠って告知しなかったという消極的な態様の過失があるにとどまらないのである。即ち、被告渡辺が右のような告知義務違反行為を行った背景には、重要顧客であり特別の配慮を要する清川家のために被告富士銀行船橋支店の肝煎りで建築した夏見建物が予想外の雨漏りを繰り返していたことから、これを清川家が問題にし、それによって清川家と被告富士銀行船橋支店との間の信頼関係が損なわれることを恐れて、夏見建物をいわば「厄介払い」しようとしたという事情があると考えられる。以下、この点について若干説明しておくこととする。
② 前記一2(四)(2)のとおり、被告児島はかつて前面土地の購入を被告富士銀行船橋支店を通して被告清川ビルに申し入れたが、清川家にとって使用人である被告児島には売ることはできないとして断られたという経緯があった。したがって、被告富士銀行船橋支店としては、形式的には原告をいったん経由するとしても、実質的には被告児島に前面土地を取得させることになる第二売買契約を含んだ共同購入計画である第一売買契約の締結を推進することは、清川家の意向に反し、これに対する背信行為となりかねない(渡辺②調書三一・三二頁)のであって、本来はむしろこれに反対するのが当然であったということができる。
被告渡辺は、この点について、第一売買契約締結前には第二売買契約の話は知らなかったと供述する(渡辺②調書三一頁)。
しかしながら、平成元年三月一三日に被告児島宛に被告富士銀行船橋支店から作成送付された「ご返済予定表」は、第一融資契約のうち二億五〇〇〇万円分を被告児島が負担していることを前提とした内容となっていること(乙A一・乙C三)や、「融資条件の詰めで神田建物の新規テナントの入居予定等を聞きに被告児島の事務所を訪問したとき、被告児島から唐突に前面土地が欲しいという話があり、とっさにそれはまずいとたしなめた。被告渡辺には被告児島が相変らず前面土地を欲しいようだと報告したが、これについて特に被告渡辺からの指示はなかった。」という飛田の証言(飛田調書一〇から一二頁)に照らすと、「昭和六三年四月一四日、被告児島が前面土地を買うことはご存じですねと被告渡辺に確認すると、被告渡辺は無言だったが、同席していた被告児島が自分から『買います』と言ったから、被告渡辺が第二売買契約のことを事前に知らないはずはない。」という和行の証言(和行②調書三四頁)がむしろ真実であるということができ、被告渡辺の右供述は信用できない。
③ また、被告富士銀行船橋支店における横山の後任として被告清川ビルを担当する山﨑が被告渡辺の指示の下に作成した稟議書(山﨑調書二・九から一一頁)では、神田建物の一・二階の賃料収入は月額五二五万円は固いとされ、これを前提にした返済計画の下に七億六〇〇〇万円を原告に融資する計画であることが記されている(別甲一五一の二枚目)が、被告富士銀行船橋支店から保証の依頼を受けた被告クレジット内部では、右賃料収入見込みは実際の賃料水準とは二倍近い大幅な乖離があって返済計画に問題があると判断しており、それにもかかわらず被告渡辺の強い要望により七億二〇〇〇万円に減額の上で保証に応ずることとした(本甲三三の六・一〇)という経緯がある。なお、第一売買契約成立後に神田建物の賃借を申し入れていたファーストフード店(複数)の申し出た賃料水準も、月額二六〇万円から三〇〇万円となっている(別甲一二九から一三一)。
したがって、このような経過から見ると、被告渡辺は、実際には第二売買契約による前面土地の売却代金を本件融資契約の貸金の弁済の一部に充てることを前提に本件融資契約を計画し、返済計画を立てていたにもかかわらず、それを部下である山﨑や保証会社である被告クレジットにも秘匿したまま、強引に融資を実行させたということができる。
神田建物の新規テナントから権利金を二億くらい取って内入弁済するという計算であったという被告渡辺の供述(渡辺②調書二三・二四頁)は、そのような計画の存在を示す客観的な証拠が何ら存在しないという点で、極めて不自然であり、到底信用できない。
④ 右②及び③によれば、被告渡辺は、清川家に対する背信行為になることを認識しながら、あえて第二売買契約の計画を黙認し、それを社内的にも保証会社にも隠したまま本件融資を実行させたということができる。
被告渡辺がこのような極めて異例な行動に出たことについて合理的な理由を見つけるとすれば、それは、夏見建物の雨漏りが清川家との間で問題になり、被告富士銀行船橋支店が清川家の不興を買うことになることを恐れて、いわば一見の客である原告に夏見建物を押し付けて当面の問題を回避しようとしたと理解する他はない。
被告富士銀行及び被告渡辺は、夏見建物の瑕疵を知っていればこれを担保にとって融資をすることはあり得ないと主張するが、第一売買契約締結時には夏見建物の雨漏りが修理不可能であるというところまでの事実は判明していなかったということができるから、神田建物をも(事実上)担保にとって万全を期したうえで、雨漏りについては京葉都市においおい修理させて問題の解決を図るつもりであったとみれば、十分に理解できる行動である。
また、被告渡辺が雨漏りについて重要事項説明書に記載するようにと被告上東野に申し入れていた点についても、雨漏りの情報を重視して現状を正確に記載することを要求していたというよりは、第一売買契約締結時には被告上東野が口頭で説明した程度の情報(過去に地震で雨漏りしたが、現在は修理されて止まっている)を記載させることで、後に問題が表面化したときの責任回避を図ろうとしたに過ぎないというべきである。さもなければ、被告上東野の不正確な説明を黙って見過ごすことはあり得なかったはずだからである。
(5) 結論
被告渡辺が前記(1)①から③のような情報を原告に伝えていれば、前記1(二)のとおり、原告は第一売買契約を締結しなかったということができるから、被告渡辺は、これによって原告が被った損害を賠償する義務を負う。
また、右のような被告渡辺の不法行為は、被告富士銀行船橋支店の重要顧客である被告清川ビルに対する顧客サービスの一環として被告渡辺が行った第一売買契約の交渉過程で行われたということができるから、被告富士銀行の事業の執行につき行われたものとして、被告富士銀行もまた損害賠償責任を負う。
5 被告節子及び被告清川ビルの責任
(一) 第一売買契約締結前の夏見建物の雨漏りについての被告節子の認識
(1) 被告節子は、別件訴訟の第一審での証拠調べ期日における証言の中で、地震の後に長雨で雨漏りがしたということは被告富士銀行船橋支店の人から聞いていた旨を述べている(本甲四の七九・九七・九八項)。
(2) また、同じ証言の中で、第一売買契約締結の直前に被告上東野に雨漏りの件を説明してもらうという話が出たこと及び契約締結の席で被告上東野から地震の後の長雨でだいぶ雨漏りがしたという説明がされたことも述べられている(本甲四の三五・八二・八三・一三〇項)。
(3) しかしながら、被告上東野による説明が「現に雨漏りしている」という趣旨のものではなかったことは前記一6(二)のとおりであり、夏見建物の管理をしていた金子総業や雨漏りの修理に当たった京葉都市からは雨漏りについての報告が被告清川ビルに対して行われていなかったこと(前記一5(二))、金子総業から報告を受けていた被告富士銀行船橋支店から詳しい報告が被告清川ビルに対してなされていたことを認めるに足りる証拠はないこと等からすれば、被告節子が第一売買契約締結前に有していた夏見建物の雨漏りについての認識は、地震の後は夏見建物周辺の建物も多くが雨漏りしており、それと同じようなものであるという程度(本甲四の七九・八二項)にとどまり、被告節子に雨漏りが頻発しているとか、原因を調査中で結論が出ていないとか、再発の危険性があるとかいった重大な内容のものであるとまでの認識があったとは認め難い。
(4) なお、和行作成の報告書(別甲六五の七丁裏)等には、被告節子が第一売買契約締結前に夏見建物の入居者からクレームを受けて現場を見に来ている旨の記載があるが、これはいわば和行の伝聞であって客観的な裏付けを欠くこと、また被告節子はこれを明確に否定する趣旨の証言を別件訴訟で行っていること(本甲四の二二・一二七頁)に照らし、右記載部分は採用できない。
(二) 被告節子及び被告清川ビルの責任
右(一)によれば、第一売買契約締結前に被告節子が夏見建物の雨漏りについて持っていた認識は、せいぜい地震の後の長雨で周囲の他の建物と同じような雨漏りが発生したことがあるという程度のものであったから、第一売買契約締結の席上での被告上東野による説明と根本的に矛盾するものではなく、したがって夏見建物の売主としてもこれを訂正すべき義務までは認めることができない。そして、被告節子が自ら原告に対し何らの告知もしなかったことをもって違法視すべき理由もない。
したがって、被告節子及び被告清川ビルは、原告が被った損害を賠償すべき義務を負わない。
三 第一融資契約の効力について(貸金請求事件)
1 詐欺取消の抗弁について
(一) 前記二4によれば、被告富士銀行船橋支店の支店長である被告渡辺は、第一売買契約締結前に売買目的物の一部である夏見建物に重大な雨漏りが発生しているという事実を認識していながらこれを原告に告げることなく、かえって右事実に反する内容の被告上東野による説明を放置して原告を欺罔し、原告に夏見建物の瑕疵に気付かないまま第一売買契約を締結させ、右売買契約の代金等の支払のために第一融資契約を含む本件融資契約を締結させたということができる。
(二) 夏見建物の右のような瑕疵を知っていれば、原告は第一売買契約を締結することはなかった(原告は相続税対策が目的で購入するのであるから、本件不動産に固執する必然性はなく、他に物件を探せば足りることであった。)し、本件融資契約を締結する必要性もなかったから、本件融資契約は、被告富士銀行の欺罔行為により原告が締結させられたものであるということができる。
(三) 原告が平成七年一月一一日に被告富士銀行に対して本件融資契約を取り消す旨の意思表示をしたことは当裁判所に顕著な事実である。
2 したがって、その余の事実について判断するまでもなく、被告富士銀行が原告に対して第一融資契約に基づく貸金の返済を請求する反訴請求は、理由がない。なお、被告富士銀行は、融資の元本分を原告の不当利得として返還請求できるところ、目下その請求はしないと述べているので、その点についての判断はしない。ちなみに、その返還は原告にとっては当然の義務であり、原告の損害となるものではない(後記五1(五))。
四 抵当権等の抹消登記手続請求について
1 神田の抵当権登記の抹消登記手続請求について
(一) 前記一2(四)(4)のとおり、神田建物については、被告富士銀行が登記済権利証を預かって事実上の担保とする合意が成立したが、それを超えて抵当権設定までの合意が成立したとの事実は認められない。
(二) 神田建物の担保提供の合意があったと認められない理由について
被告富士銀行は、神田建物についても担保提供の合意があったと主張し、これに沿う被告渡辺の供述(渡辺②調書二六から二八頁)等があり、本件不動産の他に神田建物も目的物件とする抵当権設定契約証書(乙A三)が作成されている。また、神田建物の権利証は第一売買契約後一か月以内には返してもらったという和行の証言(和行③調書二八・二九頁)があるところ、これでは神田建物の権利証が事実上の担保となっていないこととなり、この点は、担保提供の合意があったことをうかがわせるものといえる。
しかしながら、①右契約証書の表面には原告自身が署名したが、捨印や割印は八木が原告に代わって原告の印鑑を押捺しており、原告が書面の内容をその場で特に確認していなかったこと(和行②調書三八・三九頁、渡辺②調書八三頁)、②右契約証書の物件の表示は、本件不動産が手書きで記載されているのに対して神田建物はワープロ打ちの別紙で付加された形になっていること(乙A三)などからすると、神田建物については担保提供の合意がないにもかかわらず、このような契約書が作成された可能性が全くないとまではいえない。
また、保証会社である被告クレジットは、後に第一融資契約について神田建物の火災保険質権設定承諾書・地主の承諾書の不備等を指摘して一件書類を被告富士銀行船橋支店に返却している(本甲三三の五)が、これに関連して、①神田建物のような借地権付建物を担保に取るについては火災保険を付けて質権の設定を受けるのが通常のやり方であり、抵当権設定契約証書の第三条にもその旨記載されているにもかかわらず、(乙A三、渡辺③調書六三頁)、予めそうした手続が踏まれていなかったこと、②地主の承諾書を取らなかったことについて被告渡辺が説明する理由(借地の契約更新が近いので、今地主に同意書を求めると交渉が不利になるから少し待って欲しいと原告から被告渡辺に申し入れがあり、被告渡辺は一年くらい待てばよいと判断した(渡辺②調書七六から七八頁)。)は、原告と地主の間の借地契約の期間が昭和五二年から満三〇年間とされていること(甲一五七)に照らすと信用できないこと、がそれぞれ指摘できる。
これらの事情を総合考慮すれば、第一融資契約の締結に際して原告が神田建物を担保として提供することについては真実の合意があったとまではいうことができない。
(三) したがって、その余の事実について判断するまでもなく、本訴請求のうち、被告クレジットに対して神田の抵当権登記の抹消登記手続を求める部分は、理由がある。
2 夏見の抵当権登記の抹消登記手続請求について
また、本件融資契約が被告富士銀行の欺罔行為により締結されたものであって原告が詐欺を理由にこれを取り消したことは前記三1のとおりであるから、被告クレジットの保証債務もまた消滅する。したがって被告クレジットの抵当権は消滅する。
よって、その余の事実について判断するまでもなく、本訴請求のうち、被告クレジットに対して夏見の抵当権登記の抹消登記手続を求める部分も、理由がある。
3 夏見の根抵当権登記の抹消登記手続請求について
夏見の根抵当権登記は、第一売買契約締結後の昭和六三年六月二八日に締結された第二融資契約を担保すべく行われた根抵当権設定契約に基づくものである(乙A五)が、第一売買契約締結後右時点までの間に原告が夏見建物に重大な雨漏りが発生していることを知ったと認めるに足りる証拠はないから、結局、右根抵当権設定契約も被告富士銀行の欺罔行為により原告が錯誤に陥った状態をそのまま利用して締結されたとみるべきである。
そして、原告が平成九年一〇月一日に被告富士銀行に対して右根抵当権設定契約を含む本件担保契約を取り消す旨の意思表示をしたことは当裁判所に顕著な事実である。
よって、その余の事実について判断するまでもなく、本訴請求のうち、被告クレジットに対して夏見の抵当権登記の抹消登記手続を求める部分も、理由がある。
五 被告らの不法行為により被った原告の損害額について(損害賠償請求事件)
1 原告の損害
前記二の被告ら(被告クレジット・被告節子・被告清川ビルを除く)の不法行為により原告が被った損害は、次のとおりである。なお、被告らは、夏見建物の雨漏りの状態が回復不能のものとまで認識していたわけではないが、相当程度の問題のあるものとの認識はあったのであるから、それが結果として回復不能で売買契約の目的を達することができないものとなるおそれがあることは予見できたというべきである。したがって、左記のとおりの原告の損害と被告らの告知義務違反との間には、相当因果関係があるということができ、被告らは左記の原告の損害を全部賠償すべきである。
(一) 売買代金
証拠(本甲一五、別甲一五五)によれば、原告は、被告清川ビルに対し、昭和六三年五月三〇日、第一売買契約の代金として六億七三一七万九〇五〇円を支払ったと認めることができる。
(二) 登記料
証拠(別甲一五五)によれば、昭和六三年六月二日、「トウキリョウ」名目で一一〇〇万円が被告富士銀行船橋支店における原告名義の口座から引き落とされている。これは、第一融資契約に伴う担保権の設定登記等の登記手数料及び司法書士の報酬の支払に充てられたものと認めることができる。
(三) 仲介手数料
証拠(乙F三)によれば、原告は、被告上東野に対し、昭和六三年六月一日、第一売買契約の仲介手数料として五〇〇万円を支払ったと認めることができる。
また、証拠(別甲一〇七)によれば、原告は、福田不動産に対し、昭和六三年五月三〇日、第一売買契約の仲介手数料として二〇〇万円を支払ったと認めることができる。
(四) 印紙代
証拠(別甲一五五)によれば、昭和六三年五月三〇日、「インシダイ」名目で二〇万円及び二〇万〇六〇〇円が被告富士銀行船橋支店における原告名義の口座から引き落とされている。前者は、第一売買契約の契約書(本甲一五)に貼付された印紙の代金に、後者は、原告と被告富士銀行又は被告クレジットとの間で作成された契約書類(乙A一から四)に貼付された印紙の代金に充てられたものと認めることができる。
(五) 本件融資契約の既払利息
証拠(甲一六六)によれば、原告は、第一融資契約の利息として九八〇八万五一五八円を、第二融資契約の利息として一六五万四五一八円を被告富士銀行に支払ったと認めることができる。
なお、本件融資契約の元本については、本件融資契約が詐欺を理由に取り消された場合にも原告はこれを不当利得として返還すべき義務があるのであり、被告富士銀行に対して返済済みの元本相当額及び未返済の元本の返還義務については、これを原告の損害と考えることはできない。
(六) 調査費用
証拠(別甲二七・二八・三〇・三四・三五・六七)によれば、原告は、夏見建物の瑕疵の調査・説明及び夏見建物を解体し新築する場合の費用の見積等を加藤健作一級建築士に依頼し、その費用として少なくとも三一万二〇〇〇円を支払ったと認めることができる。
ただし、このうち二〇万六〇〇〇円(別甲三〇)については、別件訴訟の控訴審判決(本甲二)の中で必要費として認められ、第一売買契約の解除に伴って原告が被告清川ビルに返還すべき賃料収益から差し引かれているので、原告は既に右費用を夏見建物の賃料収益から回収したというべきであるから、これを損害と認めることはできない。よって、本件においては残り一〇万六〇〇〇円の限度で損害と認める。
(七) 慰謝料
証拠(別甲六五の九丁裏から一〇丁表、一二丁表・裏)によれば、原告は、第一売買契約により夏見建物の所有者となって以来、夏見建物の雨漏りの修理や苦情処理等に追われることになったと認められる。そして、証拠(別甲二一ないし二六・三一・三二・五一から六四・九〇から九三・一一一。ただし、枝番号のあるものを含む。)によれば、そのために原告が要した費用も相当額にのぼるものと認められる。
しかしながら、このうち平成二年八月三日以後に発生した費用のうち夏見建物の修繕等に要したと認められる費用については、別件訴訟の控訴審判決(本甲二)の中で必要費として認められ、第一売買契約の解除に伴って原告が被告清川ビルに返還すべき賃料収益から差し引かれているので、原告は既に右費用を夏見建物の賃料収益から回収したというべきである。また、それ以前に発生した費用については、別件訴訟の控訴審判決(本甲二)の中では当該期間分の賃料収益が原告による返還の対象とされていないことからすれば、原告は費用を遙かに上回る賃料収益を得ることで費用を回収していると考えられる。
これらの点を考慮すると、本件不法行為により原告が被った精神的損害について慰謝料を認めることは適当でない。
(八) 弁護士費用
本件に現れた諸般の事情を考慮すれば、本件不法行為と相当因果関係の認められる弁護士費用の金額は、一〇〇〇万円である。
2 損害の填補
(一) 福田不動産からの和解金
弁論の全趣旨によれば、原告が第一売買契約における仲介人である福田不動産から和解金として一八〇万円を受け取ったことを認めることができる。
(二) 被告児島からの支払
証拠(別甲一五五)によれば、昭和六三年六月三〇日から平成元年一二月二八日にかけて、原告が被告児島から別紙「児島の支払」の「振込金額」欄記載のとおりの振込送金を受けていたことが認められる。右送金は、第二売買契約の売買代金の支払にとどまらず、実質的な共同購入として第一売買契約を締結させたところから、第一融資契約における原告の債務の一部を被告児島が実質的に負担するという約定(別甲一一八)にしたがって分割返済金の一部を被告児島が負担したものということができる。したがって、右送金分は原告の損害の填補として控除すべきものである。
なお、証拠(別甲八七・八八)によれば、昭和六三年九月一日付で被告児島が原告から夏見建物の一〇一号室及び一〇五号室を一か月の賃料それぞれ八万円で賃借したことが認められるから、消費税分等を考慮すると、被告児島からの送金分のうち別紙「児島の支払」の「家賃分」欄記載のとおりの金員は、賃料の支払であると認められ、やや性格を異にする。そこで、これについては、本件では便宜損害の填補分とはせず、別紙「児島の支払」の「家賃分控除後」欄記載のとおりの金員の合計二億六九三一万五五八四円をもって原告の損害填補分と認める。
3 損害についての結論
前記1の合計額から前記2の合計額を差し引いた五億三〇三〇万九七四二円が、本件不法行為により原告が被った損害の額であるということができる。(なお、別件訴訟において被告清川ビルが原告に対する支払を命ぜられた金員については、これが原告に対して支払われた時点で損害の填補と認めるべきである。)
遅延損害金の起算日は、平成三年一月三〇日における利息の支払(本甲一三)が原告の損害のうち発生がもっとも遅いものであるところから、右同日とする。
過失相殺については、本件不法行為は責任を負うべき各被告のいわば不作為の故意に基づく告知義務違反を内容とするものであることに鑑みると、損害の公平な分担という過失相殺の趣旨からすれば、これを考慮すべきではない。
六 結論
以上によれば、原告の請求のうち、本訴請求1の損害賠償請求は、被告富士銀行、被告渡辺、被告児島、被告泰和及び被告上東野に対して連帯して二億一二四七万二六八〇円及びこれに対する平成三年一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があり、本訴請求2及び同3の抹消登記手続請求はそれぞれ理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、被告富士銀行の反訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条本文、六五条一項を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官岡光民雄 裁判官庄司芳男 裁判官杉浦正典)
別紙<省略>