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東京地方裁判所 平成6年(ワ)4476号 判決 1995年9月26日

原告 株式会社ディーシーカード

右代表者代表取締役 原田昌

右訴訟代理人弁護士 吉原省三

小松勉

被告 カシオ東京システム販売株式会社

右代表者代表取締役 橋本安徳

右訴訟代理人弁護士 山田靖彦

主文

一  被告は、原告に対し、金五四二万九〇一五円及び内金二三九万二八四七円に対する平成五年一二月一日から、内金二一九万二八六四円に対する平成六年一月五日から、内金八四万三三〇四円に対する平成六年二月一日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  主位的請求

被告は、原告に対し、金七七五万五七三八円及び内金三四一万八三五四円に対する平成五年一二月一日から、内金三一三万二六六四円に対する平成六年一月五日から、内金一二〇万四七二〇円に対する平成六年二月一日から、それぞれ支払済みまで年三〇パーセントの割合による金員を支払え。

二  予備的請求

被告は、原告に対し、金七七五万五七三八円及び内金三四一万八三五四円に対する平成五年一二月一日から、内金三一三万二六六四円に対する平成六年一月五日から、内金一二〇万四七二〇円に対する平成六年二月一日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、主位的に、クレジットカード契約に基づきカード利用代金の支払を求め、予備的に、民法七一五条による使用者責任に基づき利用代金相当額の損害賠償を求める事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、三菱銀行系列のクレジットカード会社であり、クレジットカードを発行しその利用者である会員に対しその利用代金を立替払すること及び金銭の貸付、借入債務の保証等を業とするものである。

被告は、カシオ計算機株式会社が一〇〇パーセント出資する、電子機器販売等を業とする会社である。

2  被告の第三営業部部長代理中井誠は、被告のためにすることを示して、原告との間に、平成五年九月三日、次の内容のクレジットカード契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(一) 被告がクレジットカードの使用者として指定した者が、クレジットカードを利用して原告の指定する商店で買物、飲食等をしたときは、当該商店からの請求に対し、その代金を原告が被告に代わって支払う。

(二) 被告は、クレジットカード使用者の右クレジットカード利用につき、原告に対してその支払義務を負う。

(三) 原告は立替払した代金を毎月一五日に集計し、被告はその合計額を原告指定の口座に振り込む方法によりその翌月の末日限り原告に支払う。

(四) 被告が右各金員の支払期日に支払わなかったときは、その期日の翌日から支払済みまで年三〇パーセントの割合による遅延損害金を支払う。

原告は、同月二四日、中井に対し、本件契約に基づき、クレジットカード八枚を交付した。

3  ところが、中井は、偽造した被告の代表取締役の印章を冒捺して契約書を作成する方法により、被告に無断で本件契約を締結したもので、自己や直属の部下をクレジットカード使用者として登録し、自己の名で、あるいは部下の名を冒用したりして、自らの利益のために別表≪省略≫記載のとおり八枚のクレジットカードをほしいままに濫用した。

原告は、中井の費消した右代金を次のとおり立替払した。

① 平成五年一一月三〇日支払期日分 金三四一万八三五四円

② 平成六年一月四日支払期日分 金三一三万二六六四円

③ 同月三一日支払期日分 金一三二万一五三〇円(但し、原告は、第一〇回口頭弁論期日において、内金一一万六八一〇円につき請求を放棄した。)

中井は、右の他の不祥事も発覚したことから、平成五年一一月二〇日付けで懲戒解雇され、平成六年三月一日自己破産を申し立てている。

二  原告の主張

1  主位的主張―商法四三条

中井は、本件契約締結当時、被告の第三営業部部長代理という地位にあり、第三営業部部長という名称の使用を許され、被告の販売する商品の一営業部門の責任者であるから、営業に関する包括的代理権を有する。

本件クレジットカードは、営業部員の出張旅費や接待費の管理に利用されるものであるから、本件契約の締結は、営業に付随する業務であり、中井の右包括的代理権の範囲内の行為である。

よって、被告は、本件契約に基づき、カード利用代金の支払義務を負う。

2  予備的主張―民法七一五条

原告の担当者田島斉は、第三営業部部長という肩書を持つ中井から、経費管理の合理化のため試行的にまず第三営業部内で利用し、管理責任者を中井とすると説明され、本件契約の申込みを受けた。そして、中井は、最初の面談の際には、被告社内の応接室において、経理課長を呼びつけて一時同席させたうえ、田島から本件契約内容の説明を受けるということまでしている。

本件契約にかかるクレジットカードは、接待費、交通費の支出のために用いられることが多く、原告取扱例においても加入の決定自体をこれらの支出を頻繁に行う人事部や営業部で行われることが多く、加入主体が人事部や営業所となっている例すらある位であるから、中井の本件契約締結行為が、外形上、中井の職務の範囲内に属するものということができる。

中井が被告の被用者であり、違法に原告に対し、原告が支払った立替金相当額の損害を与えたことは明らかであるから、被告は、民法七一五条により、損害賠償の責任を負う。

三  原告の主張に対する被告の反論

1  商法四三条の主張について

本件契約の内容は、原告にとっては与信行為であり、申込み名義人となる法人にとっては所定限度内での包括的債務負担行為であると同時に、立替払いという形での資金供与の申込み、つまりは融資の申込みと実質的には何ら変わらないものである。中井は、営業職の社員であった者で、右のような実質的に包括的な債務負担あるいは融資申込みと何ら変わらない金融取引業務については何らの職務権限を有しないし、一般的にも、営業職の社員が例え部長の地位にある者であっても、金融機関と右のような金融取引をする権限を有していると取引上認識されている事実はない。

従って、本件契約を締結する権限は、中井に与えられた包括的代理権の範囲には属さない。

2  民法七一五条の主張について

(一) 中井のような営業職の社員は、例え部長職にある者であっても、本件契約のような融資申込みと何ら変わらない金融取引をする権限を通常与えられておらず、また与えられていると取引上一般的に認識されている事実もない。

特に被告のような優良会社では会社業務をいくつかの部門が分掌していること、そのため、組織上も営業部門とは別に管理部門や経理部門を持っていることは周知の事実というべきところ、本件契約のような金融取引は、取引常識的には、営業部門ではなく、右管理部門又は経理部門の担当業務と認識されているものである。

従って、中井の本件契約締結行為は、外形上その職務の範囲内に属するものとはいえない。

(二) (重過失の抗弁)

原告は、本件契約について、全て中井を直接の相手方として処理しておきながら、中井の権限を何ら調査確認せず、また中井が原告に提出した申込書類に被告の代表取締役の印鑑証明書等の添付さえも求めず、右書類が正当に作成されたものかどうかを全く確認もしなかった。せめて、中井に被告の代表取締役の印鑑証明書の交付を求めておれば、中井の無権限が容易に判明し得たのである。

しかも、原告は、被告に対し、右申込みがあったこと、申込みを原告が承認したこと、被告が会員となったことの通知さえしておらず、更に中井がカード利用者として届け出た者に対しても何らの通知確認さえせず、これらカード利用者として届け出られた者に対し貸与するカードも一括して中井に交付している。

また、被告の経理課長古屋は、中井と同席して原告の担当者田島から契約内容の説明を受けた際、同人に対して、「当社では出納業務は総務部の仕事であり、経理としては興味がない。当社ではちょっと難しいですね。」と言って、説明途中に退席し、被告が本件契約を締結する意向のないことを示す態度をとっているのである。

更に、入会申込書等の一式の関係書類の中には預金口座振替依頼書の用紙も含まれているにもかかわらず、本件では、原告は中井に、代金決済方法として口座振替ではなく振込方式を安易に認めた。もし口座振替方式であれば、被告の銀行届出印を押捺しなければならないので、被告の意思の確認が可能であった。加えて、原告は、本件クレジットカード利用代金の請求書も、中井の不法行為が発覚するまでは、直接中井宛に郵送するだけで、被告には一切通知連絡しなかった。

以上によれば、原告には、中井の本件契約締結行為が同人の職務権限内において適法に行われていないことを知らなかったことについて重大な過失があったというべきである。

四  争点

1  (商法四三条による権限の有無)

本件契約の締結行為は、被告の第三営業部部長代理として中井に与えられた職務上の包括的代理権の範囲内の行為であるか否か。

2  (民法七一五条による責任の成否)

(一) 本件契約の締結行為は、外形上中井の職務の範囲内に属するものといえるか否か。

(二) 原告において、中井の本件契約締結行為が同人の職務権限内において適法に行われたものでないことを知らなかったことについて、重大な過失があったか否か。

第三争点に対する判断

一  商法四三条による権限の有無について

1  証人古屋里志の証言及び≪証拠省略≫によれば、以下の事実が認められる。

被告は、東証一部上場会社であるカシオ計算機株式会社が一〇〇パーセント出資する、電子機器の販売等を業とする会社であり、平成五年当時従業員一八五名を擁していた。被告の組織は、それぞれ担当の各常務取締役が統括する総務本部と営業本部に大きく分かれ、総務本部には総務部の下に総務課と経理課が、営業本部には第一営業部、第二営業部、第三営業部、特販営業部、大阪営業部、システム部、サービスセンターが配されている。

中井は、第三営業部部長代理の職にあり、同部の責任者として第三営業部部長という名称の使用を許されていた。第三営業部は、ナショナル住宅産業グループへの販売促進業務を担当する部署であり、中井はその長として、右の担当業務の範囲で、被告の販売商品のユーザーを開拓すること、二〇〇〇万円以下の取引に限り顧客と商品販売条件について交渉すること(二〇〇〇万円を超える取引は営業本部長が直接担当する。)、交渉のための見積書を作成すること、デモンストレーションや外注先のソフト作成のために商品貸出が必要なときには営業本部長に貸出稟議書を提出し、営業本部長の事前決裁を得て貸出伝票の承認をすること等を職務としていた。

他方、出納業務全般、資金繰り、被告における資産負債の全てについての管理、決算業務は、総務部経理課が担当し、対銀行取引、金融機関との契約は全て総務部が窓口となり、総務本部担当常務取締役又は社長の稟議決裁事項となっている。

2  本件契約の内容は第二、一2摘示のとおりであり、これによれば、本件契約の性質は、カード利用の方法による与信を主業務とする一種の金融機関である原告との間の立替払という形式での継続的な資金供与という金融取引の性質を有するものであることは明らかである。

1で認定したとおり、被告においては、金融取引業務や出納業務を担当する総務部門と営業を担当する営業部門とを明確に職制上分離し、しかも営業部門も各担当範囲毎に七部に細分化しており、中井の所掌する職務の範囲は、営業部門の一部に過ぎないのであるから、本件契約が右のような性質のものである以上、その締結行為は、第三営業部部長代理として中井に与えられた職務上の包括的代理権の範囲内の行為ということはできない。

なるほど、≪証拠省略≫によれば、本件クレジットカードは、接待費、出張旅費等の支出を頻繁に行う営業担当部門で利用されることが多いことが認められるが、1で認定した被告の職制、会社の規模、第三営業部の職制上の位置付けによれば、そのことの故に契約の締結権限まで、営業の一部門に過ぎない第三営業部の責任者に与えられた職務上の包括的代理権の範囲内の行為とまでいうことはできない。

以上のとおりであるから、原告の商法四三条に基づく主張は採用できない。

二  民法七一五条による責任の成否

1  証人田島斉及び同古屋里志(後記採用できない部分を除く。)の各証言並びに≪証拠省略≫(後記採用できない部分を除く。)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 新聞広告によりDCコーポレートカードという商品名の本件クレジットカードを知った中井は、平成五年八月二日(以下、年の表記を省略する。)、電話で原告へ資料の請求をした。電話を受けた女子社員は、上司の加藤勲副部長に報告し、加藤の命を受けた原告の担当社員田島斉調査役が、翌三日、被告会社へ電話し、中井と訪問の約束を取り付けた。原告では、被告が東証一部上場会社であるカシオ計算機株式会社の関連会社であることを確認し、積極的に勧誘することとした。

田島は、八月四日、被告がオフィスを構えるビルの四階にある第三営業部執務室に中井を訪ね、女子社員に六階応接室に通され、同室で始めて中井と会った。中井から差し出された名刺には「第三営業部部長」の肩書が記載されていた。初対面の挨拶の後、田島が中井にDCコーポレートカードの商品説明をしていたところ、被告の経理課長古屋里志が入室し、名刺交換したうえ、中井と同席して田島からの説明を聞いた。

古屋には、四日の午前中予め中井から、内線電話で、コーポレートカードの話があり、経理としては導入する考えがない旨答えたが、原告の社員が説明に来るので、話だけでも聞いてやってくれとの依頼があり、午後中井から内線電話で呼び出しを受け、六階応接室に赴いたものである。古屋は、約一〇分程で所用がある旨申し述べて退席した。田島は古屋が退席した後も、中井に説明を続け、中井の検討する旨の答えを受け、小一時間程で退去した。

なお、証人古屋里志は、八月四日中井と同席して田島からコーポレートカードの説明を受けた際、「経理としては興味がない。当社では導入は難しい。」と明確に田島に申し述べたうえ、退席したと証言する(≪証拠省略≫も同旨。)。しかしながら、中井からあえて同席してくれるように依頼を受けながら、中井の面前であからさまに拒絶の意志を表明することは中井が古屋よりも上位の役職にあるということからして考え難いこと、田島が古屋に対し営業上の説得を試みた形跡が、その場でもまたその後にも全くないことに照らして、右証言は採用できず、コーポレートカードの導入を明確に拒否したり、あるいは消極的であるという趣旨が田島に伝わるような言動をしたとは認められない。

(二) 八月一七日、田島は、約束のないままいきなり被告会社の四階に中井を訪ね、女子社員に六階応接室に通され、同室で中井と面会した。この席上、中井から、コーポレートカードを導入したいとの申し出があった。

九月三日、約束のうえ、田島と上司の加藤が、被告会社に中井を訪問し、中井は、加藤らに対し、本件契約を締結する旨表明し、「導入するが、最初は本件を言い出した第三営業部八名でスタートして、しばらく様子をみることとしたい。近々他部にも拡大する方向である。」と言った。中井からカードの発行を急いでくれとの要望を受け、申込書をファックスで送付して貰い、発行手続を進めることとした。

同日夕方、中井から申込書がファックスで送信され、数日後被告の代表者印の押印された申込書が郵送されてきた。ところが、右申込書は、第二、一3摘示のとおり、中井が偽造印を冒捺して作成したものであった。

(三) 九月二四日、田島は、被告会社に中井を訪問し、クレジットカード八枚及び取扱マニュアルを交付し、取扱方法を説明した。

中井は、第二、一3摘示のとおり、九月二四日から一一月一八日までの間、交付されたクレジットカード八枚を濫用し、換金用の乗車券を購入したり、宿泊、飲食等をした。

原告は、一〇月二〇日付けで最初の利用代金請求書(一〇月一五日締切日、一一月三〇日支払日の分)を、被告の住所地で中井部長宛に郵送した。

(四) 一一月一五日、中井が被告名を利用してリース会社から商品販売代金名下に金員を詐取するという不正行為を働いていたことが発覚し、中井の指示で原告の田島と面談したことを思い起こし、原告との関係でも中井が何らかの不正行為を働いているのではないかと危惧した古屋が、原告へ問い合わせたことから、本件の中井の不正が発覚した。

古屋は、一一月一六日、電話で、原告に対し「本申込書に押印してある社判は、当社にて使用しているものとは違う。またDCコーポレートカードとの契約事項についても社内決裁を経ていないため、当社とは関係ない。」と通告した。

2  前記一2で検討したとおり、本件契約は、立替払という形式での継続的な資金供与という金融取引の性質を有するものであり、かかる事務は、被告においては総務部の所掌に属し、中井の所属する営業部の職掌の範囲外ではある。しかしながら、≪証拠省略≫及び弁論の全趣旨によれば、本件コーポレートカードは、接待費、出張旅費等の支出を頻繁に行う営業担当部門で利用されることが多いこと、従って、原告の営業活動や加入への交渉の相手方窓口も接待費、交通費等を頻繁に使う営業部や人事部となる場合も多いこと、契約の主体自体が法人そのものではなく人事部や営業所となっている例もあること、クレジットカードの管理責任者に経理部門ではなく営業担当部門の者を置いている例も多いこと、以上の事実が認められる。

右のような事情に加えて、1で認定したとおり、被告の第三営業部部長代理の地位にあり、社内外で部長という名称の使用を許されていた中井が被告の東証一部上場会社の関連会社という社会的な信用を悪用し、被告の部長として被告のために行うかのように装って、勤務時間内に、最初の面談の際には、短時間とは言え被告の経理課長まで同席させ、三回にわたって被告の社屋内において、原告の担当者と面談したうえ、本件契約を締結し、本件クレジットカード八枚も同様に勤務時間内に被告の社屋内で受領したというのであるから、本件契約締結行為は、外形上、中井の職務の範囲内に属するものというべく、被告の事業の執行につきなされたものと解するのが相当である。

3  重過失について

(一) 1で認定したとおり、原告の担当者田島が中井と本件契約につき交渉するに至ったのは、新聞広告でDCコーポレートカードを知った中井が原告へ電話をしたことを発端とするものであり、従前原告も、その親会社の三菱銀行も被告とは何らの取引もなく(証人田島斉の証言)、原告にとっては、中井あるいは被告は一面識もない初対面の顧客であった。それにもかかわらず、原告は、被告が東証一部上場会社の関連会社であること及び中井の肩書が部長であったことに全幅の信頼を置き、もっぱら中井のみを交渉の相手方とし、被告へ中井の権限を調査確認する作業を一切行っていない。また、(一)申込書等関係書類に被告の代表取締役の印鑑証明書等の添付を求めていないこと、(二)本件契約が成立したことを被告代表者宛あるいは総務部宛に、挨拶書等の形式で通知することもしていないことは、原告の自認するところである。

代理人と称する者が、本人である会社の部長の地位にあり、形式的には会社の記名印や代表者印の押捺された申込書をもって契約を締結したとしても、本件がそうであるように、その者が実際には契約締結権限をもたずもっぱら自らの利益のために不正の意図をもって契約をするという事例が世上ないわけではなく、特に本件契約が金融取引の性質を有するものであり、かかる事務は通常は経理関係部門の所掌に属するのが一般であるにもかかわらず、中井は営業部門に所属する者であるというのであるから、金融の業務を営む原告としては、中井の権限につきさらに確認手段をとるべき義務があったというべきである。右に見たとおり、本件では専ら中井を妄信し、何らの確認の手段も取らなかったのであるから、原告には中井に被告を代理して本件契約を締結する権限があるものと信じたことにつき過失があったというべきである。

(二) しかしながら、被告が損害賠償の責任を免れる要件である原告の重大な過失とは、故意に準ずる程度の注意の欠缺があって、公平の見地上、原告に全く保護を与えないことが相当と認められる状態をいうものと解すべきところ、右のとおり原告には過失があったというべきではあるが、そのように信じるにつき一応の理由があったことは前記2において検討したとおりであり、故意に準ずる程度の注意の欠缺があったとはいえず、未だ重大な過失があるものと認めるには足りない。

(三) なお、被告は、(一)本件クレジットカード利用代金の請求書を中井宛に郵送したこと、(二)代金決済方法として預金口座振替方式ではなく、振込方式を認めたこと、(三)カード利用者として届け出られた個々人に対して通知確認をしなかったことを原告の落ち度として論難する。しかしながら、請求書を本件契約上管理責任者として届け出られた者を名宛人として発送する事務取扱自体に特段の問題があるとは言えず、代金決済方式についても預金口座振替方式か振込方式かは顧客の選択に任されている以上、本件で振込方式を認めたことに落ち度は見い出せず、会社自体への確認義務を超えてカード利用者として届け出られた個々人に対してまで確認する義務を課する合理性は認められない。

また、証人古屋里志は、八月四日中井と同席して田島からコーポレートカードの説明を受けた際、「経理としては興味がない。当社では導入は難しい。」と明確に田島に申し述べたうえ、退席したと証言する(≪証拠省略≫も同旨。)が、右証言内容は採用できず、右の機会に、古屋が田島に対し、被告が本件契約を締結する意向のないことを示す態度をとったとまでは認められないことは前記1で説示したとおりである。

右の他に、原告において、中井の権限の有無につき積極的に疑問を抱くべき事情の存在を窺わしめる証拠はない。

4  原告が中井の不法行為により損害を被るについては、前記3(一)で検討したとおり、原告にも、本件契約に際し中井の契約締結権限の有無について調査確認すべきであったのにこれを怠った過失があったというべきであり、右過失が原告の損害発生の一要因となったことは否定できない。

そこで、損害賠償額算定に当たり、原告の右過失を斟酌すべきであるところ、本件に現れた一切の事情に照らし、原告の現実の損害から三割の過失相殺をするのが相当である。

従って、原告の損害七七五万五七三八円のうち、被告において賠償すべき金額は、左記の計算結果の合算額である五四二万九〇一五円となる。

三四一万八三五四円×〇・七=二三九万二八四七円

三一三万二六六四円×〇・七=二一九万二八六四円

一二〇万四七二〇円×〇・七= 八四万三三〇四円

(裁判官 生島弘康)

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