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東京地方裁判所 平成6年(刑わ)1970号 判決 1995年1月31日

主文

被告人を懲役一年六月に処する。

この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、

第一  平成六年三月一五日午前一〇時三〇分ころ、東京都荒川区町屋六丁目一四番一〇号先路上において、A(当時三七歳)に対し、同人が掛けていた眼鏡の上からその顔面を手拳で殴打する暴行を加え、右眼鏡を路上に落下させてレンズ一枚を破損させるとともに、右暴行により、同人に加療約二週間を要する顔面挫創兼脳震盪症等の傷害を負わせた

第二  同年八月四日午前四時五〇分ころ、同区西日暮里二丁目二九番三号先路上に停車中のタクシー内において、B(当時四〇歳)に対し、同人の頚部を掴んでその身体を前後に揺さぶり、その頭部を運転席ドアに衝突させた上、手拳でその顔面を殴打するなどの暴行を加え、よって、同人に全治約三か月間を要する上顎前歯部損傷に伴う歯根膜炎等の傷害を負わせた

ものである。

(証拠の標目)《略》

(事実認定の補足説明)

被告人は、公判において、<1>判示第一の犯行につき、初対面のCに「Cさんですか」と声を掛けたらいきなり左顎を殴られ、路上に倒れて起き上がったとき、目の前にいたAが「もう一度殴られたいか」などと言って右手拳で殴るような構えをしたので、同人の顔面を殴打した、<2>判示第二の犯行につき、タクシー内でBの胸倉を掴んだことはあるが、判示のような暴行は加えていない、と弁解する。

しかしながら、<1>については、被告人が初対面のCに「Cさんですか」と声を掛けただけで殴られたということ自体がそもそも不自然であるし、被害者A及び目撃者Dの捜査官に対する各供述調書によれば、被告人の方がAに近づいて同人の顔面を殴打したことが認められる。<2>についても、Bの証言及び捜査段階の供述並びに関係証拠により認められる同人の受傷状況に加え、被告人の弁解内容が曖昧であることを併せ考えると、被告人がBに判示第二のような暴行を加えて傷害を負わせたことは明らかである。

(法令の適用)

被告人の判示各所為は、いずれも刑法二〇四条に該当する(判示第一については包括して)ところ、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予することとする。

なお、関係証拠によれば、判示第一のとおり、被告人は、Aが掛けていた眼鏡の上からその顔面を手拳で殴打し、同人に傷害を負わせるとともに右眼鏡レンズ一枚を破損させたことが認められるところ、この点の罪数について検察官は、傷害罪と器物損壊罪が成立して両者は観念的競合の関係に立つと主張する。しかしながら、眼鏡レンズの損壊は、顔面を手拳で殴打して傷害を負わせるという通常の行為態様による傷害に随伴するものと評価できること、傷害罪と器物損壊罪の保護法益及び法定刑の相違に加え、本件における結果も、傷害は加療約二週間を要する顔面挫創兼脳震盪症等であるのに対し、レンズ破損による被害額は一万円であることに照らすと、本件のような場合は検察官主張のような観念的競合の関係を認める必要はなく、重い傷害罪によって包括的に評価し(量刑にあたってレンズを破損させた点も考慮されることはもちろんである)、同罪の罰条を適用すれば足りると解すべきである。

(量刑の理由)

本件は、被告人が勤務先の関係者二名に暴行を加えて傷害を負わせたという事案であるが、犯行態様はいずれも一方的で悪質であり、動機にも酌量の余地はなく、傷害等の結果も軽いとはいえない。また、被告人は、前記のとおり不合理な弁解をしており、真摯な反省をしているか疑問が残る。加えて、被告人には傷害罪で罰金刑に処せられた前科があることも考えると、被告人の刑事責任を軽視することができない。

しかしながら、被告人は被害者Bに示談金として二〇万円を支払っていること、被害者Aとの関係でも、弁護人を通じて示談成立に向けた努力をしていること、心臓機能障害(身体障害者一級)により下関市で自宅療養中の妻を扶養する必要があることなどの酌むべき事情も認められるので、被告人に対しては、今回に限り刑の執行を猶予し、社会内で更生の機会を与えることとした。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 中里智美)

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