東京地方裁判所 平成6年(特わ)2551号 判決 1994年8月29日
本籍
東京都文京区小石川五丁目一〇〇番地
住居
東京都中央区佃一丁目一一番九号
シティフロントタワー一七〇六号室
会社役員
野村邦定
昭和一八年七月一四日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官金澤勝幸、弁護人黒田純吉各出席の上審理し、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年六月及び罰金九〇〇〇万円に処する。右罰金を完納することができないときは金三〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
未決勾留日数中二〇〇日を右懲役刑に算入する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、東京都千代田区三崎町二丁目一一番一三号天久ビル三〇一号(平成四年三月下旬以降は、東京都中央区佃一丁目一一番九号シティフロントタワー一七〇六号室)に居住し、同都千代田区三崎町三丁目七番八号ほか三か所においてパチンコ景品の換金業を営んでいたもの、土井功靜は、被告人に雇われ、同換金業務に関する売上金の管理運用及び経理事務等に従事していたものであるが、被告人は土井と共謀の上、被告人の所得税を免れようと企て、右事業の取引及びその収支を明らかにする帳簿を作成せず、その収入金を他人名義の預金口座に入金し、あるいは、他人名義のゴルフ会員権等の取得に充てるなどしてその所得を秘匿した上、
第一 平成元年分の被告人の実際総所得金額が二億〇一九五万七七一〇円(別紙1修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、右所得税の納期限である平成二年三月一五日までに、東京都千代田区神田錦町三丁目三番地所轄神田税務署長に対して、所得税確定申告書を提出しないで右納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の所得税額九六八七万五五〇〇円(別紙4ほ脱税額計算書参照)を免れ、
第二 平成二年分の被告人の実際総所得金額が二億六八五〇万一三五六円(別紙2修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、右所得税の納期限である平成三年三月一五日までに、前記神田税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の所得税額一億三〇一三万六五〇〇円(別紙5ほ脱税額計算書参照)を免れ、
第三 平成三年分の被告人の実際総所得金額が三億二六六七万二三八一円(別紙3修正損益計算書参照)であったにもかかわらず、右所得税の納期限である平成四年三月一六日までに、前記神田税務署長に対し、所得税確定申告書を提出しないで右納期限を徒過させ、もって不正の行為により、同年分の所得税額一億五九二二万八五〇〇円(別紙6ほ脱税額計算書参照)を免れ
たものである。
(証拠の標目)
(注)括弧内の番号は、証拠等関係カード(検察官請求分)記載の番号を示す。
判示全部の事実について
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官に対する供述調書一一通
一 第三回ないし第五回公判調書中の証人土井功靜の各供述部分
一 土井功靜(二〇通)、向坪末吉(三通=甲二三、二四、二五)、八村勇、島田東吾、森利孝(二通)、星野正光、増岡タマエ、大木三千男(謄本八通)、小柴稜威男(謄本三通)、野村利明(五通)、西口茂男及び小西保の検察官に対する各供述調書
一 大蔵事務官作成の売上高調査書、仕入高調査書、給料賃金調査書、地代家賃調査書、交際接待費調査書、旅費交通費調査書、通信費調査書、事務用品費調査書、水道光熱費調査書、雑費調査書、雑収入〔BOX〕(雑所得)調査書、賃借料〔BOX〕(雑所得)調査書、補填金収入(雑所得)調査書、損益通算できない雑所得の損失金額調査書及び所得控除調査書
一 検察事務官作成の捜査報告書(二通=甲六〇、六五)
判示第二及び第三の各事実について
一 大蔵事務官作成の支払保険料調査書、福利厚生費調査書、貸付金利息(雑所得)調査書及び支払利息(雑所得)調査書
判示第二の事実について
一 大蔵事務官作成の雑損失調査書
判示第三の事実について
一 大蔵事務官作成の修繕費調査書及び貸倒損失(雑所得)調査書
(法令の適用)
被告人の判示各所為はいずれも刑法六〇条、所得税法二三八条一項(ただし判示第一及び第二の罰金刑の寡額については、刑法六条、一〇条により、平成三年法律第三一号による改正前の罰金等臨時措置法二条一項による)に該当するところ、いずれも所定刑中懲役刑及び罰金刑を選択した上、情状によりいずれも所得税法二三八条二項を適用し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第三の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により各罪の罰金額を合算し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役一年六月及び罰金九〇〇〇万円に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中二〇〇日を右懲役刑に算入し、右罰金を完納することができないときは、同法一八条により金三〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置し、訴訟費用(証人土井功靜に支給した旅費日当)については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。
(量刑の理由)
本件は、暴力団住吉会神田小林一家の三代目総長である被告人が、自己の経営するパチンコ景品換金所(以下「換金所」という)に関して、雇用していた土井功靜に命じて、その取引内容及び収支を明らかにする帳簿を作成させず、虚偽の内容を記載した経費帳を作成させ、売上金を仮名借名名義の預金口座に入金させるなどしてその所得を秘匿した上、これを全く申告せず、平成元年分から同三年分までの自己の所得税合計三億八六〇〇万円余を免れたという無申告ほ脱犯の事案である。
本件のほ脱税額は高額であり、ほ脱率は一〇〇パーセントである。犯行動機は、暴力団組織を維持するための資金獲得のためあるいは被告人の個人的な利益を図るためというものであり、およそ酌量すべき余地はない。犯行態様は、納税義務者である被告人が、経理事務に明るい土井に指示をして、取引内容及び収支を明らかにする帳簿を作成させず、それまで土井が作成していた金銭出納帳を破棄させた上、本来換金所の経費とは認められない組関係の費用等を換金所の経費として計上したり、経費を水増しして記載した経費帳を作成させるなどして、万一税務調査等があった場合でも換金所の収支の実態が容易に把握されないようにするなど、相当に悪質である。
被告人は、土井から納税するようにとの進言を受けたのに、これに耳を貸さないばかりか、かえって、土井に対して不正行為の実行を強く命令するなどしていたものである(弁護人は、被告人が土井に対して帳簿の破棄等を指示した事実はなく、むしろ帳簿を作成するように指示したと主張し、被告人もこれに沿う供述のほか土井が積極的に脱税を持ちかけてきた旨供述するが、本件脱税による利益のほとんどが被告人に帰属していること、表向きは土井が換金所の経営者を装っていること、被告人による罪証隠滅工作の内容、被告人と土井との間柄などに照らすと、被告人の右供述は不自然であって信用できず、納税の進言等に関する土井の供述は十分に信用できるというべきである)。そして、被告人は未だ本件脱税にかかる本税等を一切納付していないこと、被告人は、本件発覚後、土井を含めた関係人に対して種々の働きかけをするなどの罪証隠滅工作を行った上、捜査段階から公判の途中まで、脱税額、犯意等を否認して争っており、その後本件犯行を認めるに至った後も、土井に責任を転嫁するような不合理な弁解をしていること、被告人には罰金前科八犯及び懲役前科二犯があることなどを考えると、被告人の刑事責任は相当に重いといわざるを得ない。
したがって、被告人が公判の途中から本件の責任を認め、一応反省の態度を示すに至っていること、国税当局による本件各年分についての税額確定の決定処分に対し、被告人は異議申立てをしていたが、これを取り下げ、納税に努めるとの意思を表明していること(被告人の資産がかなり差し押さえられており、その換価等による一部徴収の見込もある)、被告人が経営していた換金所はすでに閉鎖されていること、勾留中に内妻との間に男子が出生し、これを契機に更生したいと述べていること、勾留が長期間に及んでいることなど被告人のために酌むべき事情を十分に考慮しても、主文の刑はやむを得ないところである。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 安廣文夫 裁判官 堀内満 裁判官 野口佳子)
別紙1 修正損益計算書
<省略>
別紙2 修正損益計算書
<省略>
別紙3 修正損益計算書
<省略>
別紙4 ほ脱税額計算書
<省略>
別紙5 ほ脱税額計算書
<省略>
別紙6 ほ脱税額計算書
<省略>