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東京地方裁判所 平成6年(行ウ)267号 判決

原告

後藤雄一

被告

世田谷区長 大場啓二

右訴訟代理人弁護士

橋本勇

右指定代理人

秋山松壽

杉野憲三

事実及び理由

第三 争点に対する判断

一  争点1(公開条例六条一項三号本文該当性)について

1  〔証拠略〕によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  世田谷美術館は、区が全額出資して設立された財団法人世田谷区美術振興財団によって、区の委託に基づき管理運営がされているが、その所蔵する美術品の収集に当たっては、区在住の作者及び区にゆかりのある作者の作品、いわゆる素朴派及びその影響を受けた作者の作品並びに美術教育・普及活動に役立つ作品を中心に選定がなされている。

また、世田谷美術館は、購入する絵画を選定する際には、一般的に人気のある主題を扱ったものかどうかにとらわれることなく、審美的観点から優れた作品かどうかを重視することとしている。

(二)  そして、区にゆかりのある作者や、世田谷美術館の右のような収集方針に共鳴し、あるいはその立場に理解のある作者の中には、同美術館に対し作品を寄贈する者、画商への売却価格より廉価で作品を譲渡する者などがしばしばいる。また、同美術館も、予算上の制約等から廉価で作品を売却してくれるよう作者に対して協力を求めることがある。

(三)  右のように、作者が美術館に対してその立場に理解を示すなどして画商に売却する場合に比して廉価で作品を売却した場合には、その価格が公表されると、その作者と普段同人の作品を購入、販売している画商との信頼関係が悪化するおそれがあるし、特に若手の作者の場合、特定の画商に保護されて成長していくという側面が強いので、その画商との対立がもたらす将来の活動への悪影響は軽視できないことがある。

また、通常画商は、作者からの作品の購入金額に仲介料や宣伝費等を上乗せして顧客に売却しているところ、美術館が作者から画商への売却価格よりも廉価で作品を購入した場合、その価格が公表されるときは、既にその作者の作品を画商を通じて購入していた顧客から、その購入金額と右公表された価格とのかい離の故に、画商に対して苦情が寄せられる事態も考えられ、その結果として、当該作者の作品の画商への売却価格及び市場価格一般も押し下げられる危険がある。

(四)  前記のとおり、一般に、美術館が作者から直接作品を購入する場合の金額には、画商から購入する場合に通常上乗せされる仲介料や宣伝費等が含まれない結果、美術館としての立場からの当該作者の作品の客観評価を直接反映するものになりがちであるため、これを公表することは、美術館による当該作者のランク付けを明らかにするという側面を有することは否定できない。このため、作者の中にも、作者相互間で無用な気遣いを強いられるとして、美術館が作者から直接に作品を購入した場合の購入金額は明らかにしてほしくない旨を表明する者が多い。

(五)  美術館では、作品の購入金額を決定する際の参考に供するために、他の美術館との間で特定の作者の作品の購入金額について情報交換することがあるが、作品の保存状態などの詳細な点まで情報交換することはないし、右は美術館同士の暗黙の信頼関係に基づくものであるから、かかる情報がさらに別の美術館や個人に漏れるおそれはほとんどない。

以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  そこで、右認定事実を基に、本件購入価格は、公開条例六条一項三号に定める適用除外事項に該当するとした被告の判断に違法な点があるか否かについて検討する。

(一)  右認定事実によれば、作者が画商への売却価格より廉価で区に作品を売却した場合には、その価格の公表により、当該作者と同人と取引関係のある画商との関係か悪化するおそれやその作者の作品の画商への売却価格及び市場価格一般を引き下げるおそれがあること、仲介料や宣伝費等が含まれない純粋な作品本体の価格という側面を有する美術品の購入金額が公表されれば、それは美術館による当該作品の客観価値の評価そのものと受け取られかねず、作者相互間で無用な気遣いをする必要が生じる結果、作者の活動が制約されるおそれがあること、一般に美術館が作者個人から作品を購入する際の価格は、美術館相互で情報交換することはあっても、一般には非公知の事実であることが認められる。

加えて、右認定事実を総合すれば、美術館が作者から直接購入した場合の価格が公表されるときは、たとえその価格が作者の画商への売却価格に比して廉価なものでない場合においても、前1(三)で認定したのと同様、画商に対しその顧客等から苦情が出て、将来、当該作者の作品の画商への売却価格や市場価格一般を引き下げるおそれのあること、また、美術館は、流行の主題や作者の作品かどうかはさほど重視せず、かえって一般には不人気な主題等を扱った作品でも審美的観点から優れているものは比較的高く評価する傾向があるため、美術館による作者からの購入金額の公表は、作者のランク付けの公表との側面をより一層助長する結果となることは、容易に、推認することができるところである。

以上によれば、本件購入金額は、美術作品の創作及び販売事業を営む作者の当該事業に関する情報であって、これを公開することにより、作者の事業運営上の地位が明らかに損なわれると認められるものに該当し、公開条例六条一項三号本文に定める適用除外事項に当たるものというべきであるから、この点に関する被告の判断には、特段不合理な点は認められない。

よって、この点に関する被告の判断に違法な点があるとはいえないというべきである。

(二)  これに対し、原告は、本件購入金額は事業を営む個人などの当該事業に関する情報に該当しないと主張するが、公開条例にいう事業から美術作品の作成及び販売を除外すべき理由はないし、既に述べたように本件購入金額が作者にとってその事業に関する情報に該当することは明らかであるから、右主張は理由がない。

また、原告は、区が作者から購入した六七点の作品中三一点は区以外に居住している作者の作品であるなどの点からみて、作者が地元に対する特別な配慮から廉価で作品を譲渡したとは考えられないから、本件購入金額が明らかにされても作者の事業運営上の地位を害することはないと主張する。

しかしながら、美術館が作者から廉価で作品を購入することがあるのは、区在住の作者に限られないことは前記認定のとおりであるし、区が特に作者から廉価で作品を購入していたとまではいえないものが含まれていたとしても、前記のとおり、その購入金額を公表した場合に作者の事業運営上の地位が損なわれるおそれがあることは、購入金額が市場価格より廉価でない場合にもあり得るものというべきであるから、原告の右主張は採用することができない。

さらに、原告は、本件情報公開に係る作品が傑作に該当する保障はないのであるから、その作品についての本件購入金額を公開しても当該作者の作品一般の評価価格に影響を与えるとは限らないとも主張するが、仮に作品の評価価格自体が本件購入金額の公開によって直ちに下落することがないとしても、その作者の事業運営上の地位を害するおそれがあることは前述のとおりであるから、原告の右主張は失当である。

二  争点2(公開条例六条一項二号本文該当性)について

1  事業を営まない個人から美術品を購入した場合の購入先である当該個人の氏名が、公開条例六条一項二号本文に定める個人に関する情報であって、特定の個人が識別されるものに当たることは明らかである。したがって、本件氏名が、同号本文に定める適用除外事項に該当する情報であるとして、これを公開した被告の判断には、違法な点はないというべきである。

2  これに対し、原告は、本件氏名は公開条例六条一項二号ただし書のハに該当する結果、適用除外事項には該当しないと主張するが、右ただし書のハに当たる情報とは、法令等の規定により行われた許可、免許、届出その他これらに類する行為に際して作成し、又は取得した情報に限られることは右ただし書の規定から明らかであるところ、本件情報公開請求にかかる支出命令書、請求書及び物品検査証はいずれも右情報に該当しないから、原告の右主張は理由がない。

また、原告は、購入先が個人名であったとしても、当該個人が個人事業者である可能性もあると主張するが、原告が本訴において請求の対象としている非公開とされた本件氏名は、甲一六号証の支出(負担行為)決定書兼支出命令書に係るものであるところ、同号証によれば、右作品の所有者らは作品を共有していたものと認められ、これと弁論の全趣旨を総合すれば、かえって本件氏名が指す個人は個人事業者ではないことが推認できるから、原告の主張は採用することができない。

さらに、原告は、事業を営まない個人であっても美術品の売却によって利益を得ることが見込まれる以上、本件氏名は、事業を営む個人の当該事業に関する情報と同様、適用除外事項として取り扱うべきでないとも主張するが、同号本文にいう事業とはそもそも営利を目的とするか否かを唯一の基準とするものではないと解されるから、仮に事業を営まない個人が営利目的で作品を売却したとしても、その故をもって当該個人の氏名を事業を営む個人の当該事業に関する情報と同視することはできないものというべきである。よって、原告のこの点に関する主張も失当である。

加えて、原告は、同条例一条及び三条一項に規定されている情報公開の原則の趣旨から、個人のプライバシーに関する情報でも、本件氏名のようにその公開によって当該個人の尊厳を害するとはいえないようなものは適用除外事項に該当しないと主張するが、同条例六条一項二号ただし書は個人に関する情報でありながら公開できるものを具体的に列挙しているところ、同条例三条二項の趣旨等に照らせば、右ただし書は例示列挙ではなく限定列挙であると解するのが相当であるし、本件氏名が右ただし書のいずれにも該当しないことは前記のとおりであるから、原告の右主張は理由がない。

三  争点3(公開条例一条違反)について

1  原告は、価格決定が不透明な美術品の購入金額及び購入先に関する情報を公開しないことは、公開条例一条に違反すると主張するが、同条は公開条例の目的を定め、同条例の各条項の解釈及び運用の指針を規定したものに過ぎず、公開請求に係る情報を公開しないことができるかどうかは、具体的には同条例六条一項各号に該当するか否かによって判断するほかないものと解されるところ、本件処分が右各号に照らして適法であることは既に述べたとおりであるから、本件処分に同条例一条違反の余地はなく、原告の主張は採用できない。

2  また、原告は、法人等からの購入金額は公開とし、作者からの本件購入金額のみを非公開とするのは、被告に与えられた裁量権を逸脱するものであると主張するが、被告が購入金額についての情報公開について取扱いを異にしたのは、法人等からの購入金額は公開条例六条一項各号本文の適用除外事項に当たらず、他方で前記のように作者からの本件購入金額が同項三号の適用除外事項に該当すると判断したためであって、被告の右判断に違法な点がないことは既に述べたとおりであるから、これをもって不合理な差別的取扱いということはできず、原告の右主張は採用できない。

さらに、原告は、被告が作者からの購入金額の公開をしても構わないという意思を有している作者の作品を含めて一律に非公開とした点も問題にするが、本件購入金額が適用除外事項に該当することは前記のとおりであり、仮に価格の公開をしても構わないという作者が含まれていたとしても、原告がその作者に対して個別にその価格を確かめることは格別、そのことから被告に対する情報公開請求という手段を認めるべき理由も必要もないと解されるから、原告の右主張は理由がない。

加えて、原告は、美術館側担当者の裁量でなされている購入美術品の選定が、その購入先と担当者との情宜や賄賂などで歪められる危険性が否定できないのに、その購入先を非公開にすることは同条例一条等に違反すると主張するが、かかる原告の主張は、担当者の裁量権の逸脱を疑うに足りる具体的な根拠も挙げることなく、抽象的な危険性のみを述べて、同条例六条一項二号本文の文理に反して、本件氏名の非公開を違法であるというものにすぎないから、失当であるというほかはない。

なお、原告は、世田谷区議会議決に付すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例三条によれは、予定価格六〇〇〇万円以上の動産の買い入れは議会の議決に付さなければならないとされているところ、六〇〇〇万円以下の物品購入であっても税金の使途をチェックする必要があるのは同様であるから、本件購入金額及び本件氏名も公開情報と解すべきであり、本件処分は同条に違反して違法であるとも主張するようであるが、地方公共団体における情報公開制度は、各公共団体の条例によって創設的に定められたものであり、これによって認められる具体的な住民の情報公開請求権の内容は、当該条例の定める範囲内でのみ認められるものというべきであるから、原告の右主張は採用することができない。

四  結論

以上によれば、本件処分は適法であるから、原告の本訴請求は理由がないものとして棄却することとする。

(裁判長裁判官 秋山壽延 裁判官 竹田光広 岡田幸人)

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