東京地方裁判所 平成7年(ワ)10007号 判決 1998年4月16日
甲事件原告兼乙事件被告(以下「原告」という。)
株式会社トヨマツク
右代表者代表取締役
新海孝孚
右訴訟代理人弁護士
碩省三
同
津川広昭
同
紺谷宗一
同
中村悟
甲事件被告兼乙事件原告(以下「被告」という。)
株式会社紀文商事
右代表者代表取締役
徳田藤八郎
右訴訟代理人弁護士
富田純司
同
渡部靖男
主文
一 被告は、原告に対し、金三億一九八一万八八八三円並びに内金五八七万七〇一五円に対する平成六年一二月三一日から、内金九四六八万五二三〇円に対する平成七年一月一日から及び内金二億一九二五万六六三八円に対する平成七年二月一日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告は、被告に対し、金四二万八八一三円及びこれに対する平成七年三月一日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
三 被告の乙事件についてのその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
五 この判決は第一、二項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が二億円の担保を供するときは、第一項の仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第一 請求の趣旨
(甲事件)
1 主文第一項と同旨
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
(乙事件)
1 原告は、被告に対し、一八七一万六八三二円並びに内金八八三万〇四三二円に対する平成七年二月一日から及び内金九三四万一二五〇円に対する平成七年三月一日から各支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 事案の概要(1及び4は、当事者間に争いがない。)
1 原告は、トヨタ(自動車)グループの唯一の商社である豊田通商株式会社の一〇〇パーセント子会社で、主にオフイス家具と内装の販売、クーラー等の家庭電化製品の卸、食品の輸入及び国内卸を業務とする商社であり、被告は、食品業界の大手(練製品のトップ企業)である株式会社紀文食品の一〇〇パーセント子会社で、紀文食品グループの商事部門を担う商社である。
2 甲事件は、大市物産株式会社(以下「大市物産」という。)→原告→被告→大市物産の商流(以下「逆方向取引」という。)でなされた別紙売買契約一覧表一のいわゆるつけ売買又は介入取引に基づき、原告が被告に対して右売買代金の支払を求めたものである。
乙事件は、被告が、原告に対し、別紙売買商品明細書記載のとおり商品を売り渡したことに基づき、右売買代金の支払を求めたものである。
原告は、右売買の事実を認め、逆方向取引でなされた別紙売買契約一覧表二のいわゆるつけ売買又は介入取引に基づく売買代金債務を自働債権とする相殺を主張した。
したがって、本件の第一次的な争点は、逆方向取引でなされた別紙売買契約一覧表一、二のいわゆるつけ売買又は介入取引に基づく右売買代金の支払が認められるか否かである。
3 次に、大市物産、原被告間には、大市物産→被告→原告→大市物産の商流(以下「順方向取引」という。)でなされたつけ売買は介入取引があるところ、甲事件の売買代金請求中、決済日が平成七年一月三一日であるもの合計二億一九二五万六六三八円のうち、一億八〇六七万一五六三円は、逆方向取引における原告の大市物産に対する売買代金債務と順方向取引における原告の大市物産に対する売買代金債権とが対当額で相殺処理されたところから、被告は、右相殺は、順方向取引における原告の大市物産に対するつけ売買代金債権に振り替えるものであり、信義則に反し許されないと主張した。右相殺処理分に係る請求が許されるか否かが、本件の第二次的な争点である。
4 大市物産は、平成七年三月二九日、破産宣告を受けた。
右三者間のつけ売買又は介入取引は、平成四年一一月一日から平成六年一〇月二〇日ころまでの約二年間に順方向取引、逆方向取引合わせて約五〇回金額にして約三〇億円の取引が行われた。本件請求分は右取引のうち最終段階のものであるが、それ以外の取引分はすべて決済済みである。
5 争点に関する原告の主張
(第一次的な争点について)
(一) 介入取引における介入者の役割として、資金補填機能と信用補完機能がある。本件介入取引においては、原告が大市物産へ代金を早払することにより資金補填機能を担ったことは、当事者間に争いがない。右機能の対価がいわゆるハネ金利であり、本件で売掛期間三か月程度で1.8パーセント(年率で約七パーセント)であった。
(二) 次に、逆方向取引において、被告が、原告、大市物産間の取引に介入することにより、大市物産の不払リスクを負担すること、すなわち、原告に対して信用補完機能を担うことは、介入取引における基本的な要請である。右機能の対価がいわゆる介入口銭であり、被告は、当初一パーセント、後に1.5パーセント(売掛期間二ないし三か月の期間に対応しており、年率では四ないし六パーセントの保証料相当となる。)の介入口銭を取得している。これは、介入商社の口銭としては通常のものである。しかも、順方向取引においては、原告の不払の危険はおよそあり得ないから、被告は、つまるところ、逆方向取引における大市物産の不払リスクの負担のみで年率に換算すれば、八ないし一二パーセントの口銭を得られるという非常にうま味のある取引をしていたことになる。
(三) 被告は、逆方向取引における原告←被告←大市物産の各支払が「同日決済」であることを、大市物産から被告への支払がなされることが被告の原告に対する支払の条件であると主張するが、仮りに被告主張のとおりであるとすれば、被告は、何らの負担なく年率にして八ないし一二パーセントもの口銭を取得することになり、その不合理性は否定すべくもない。「同日決済」とは、決済期日が同日というだけの意味であることは、介入者が、信用補完機能を担うことは、介入取引における基本的な要請であることから、当然に導かれる解釈であり、これに被告主張のような特別の意味を持たせるためには、その旨の明確な合意(書面化)が必要であるが、本件においてはそのような合意はない。
被告は、逆方向取引において、大市物産に対して売主となることを承諾した以上、大市物産の不払のリスクを負担すべきことは、介入者として当然のことである。
(第二次的な争点について)
(一) 被告が問題とする相殺処理がなされた取引は、平成六年一〇月末に行われており、本件介入取引破綻直前の同年一一月二六日になされたものではない。被告は、乙一号証の九ないし一五の介入依頼書の日付が同日となつていることを根拠に、右取引が、本件介入取引破綻直前の時期に、大市物産の橋本課長と原告の三浦部長との間で創り出されたものであると主張し、それゆえ信義則に反すると主張するが、事実をねじ曲げるものである。
原告は、乙一号証の九ないし一五に対応する大市物産からの平成六年一〇月一七日付けの介入依頼書(甲一号証の九ない一八)を受領し、被告の応諾意思を確認するため、被告に対し、同月二五日付けの請求書(乙二号証の九ないし一五)をその日に被告宛送付している。被告は、翌日か、翌々日には右請求書は受領しているはずであり、平成六年一〇月末には右取引を応諾しているのである。
(二) 平成六年一〇月末の取引について、原告が相殺処理をしたのは、この取引の流れの中で、大市物産の橋本の依頼に応えたものにすぎず、相殺が橋本の依頼であることは、介入依頼書中の「相殺」の文字は橋本の筆跡であることから明らかである(甲一号証の九ないし一八)。
(三) 原告の大市物産及び被告に対する平成六年九月末及び同年一二月末の売掛金残高は、次のとおりである。
原告の大市物産に対する売掛残
九月末 三億四五八〇万
一二月末 二億九五三〇万
九月と一二月の差額約
△ 五〇五〇万
原告の被告に対する売掛残
九月末 三億九八一一万
一二月末 三億三七九六万
九月と一二月の差額約
△ 六〇一五万
原告の被告に対する売掛残高は、被告の同一商品についての売先が大市物産であることから(逆方向取引)、被告の大市物産に対する売掛残高と同一であると推定できるところ、右によれば、その間、むしろ、原告よりも被告の方が大市物産に対する売掛残高を約一〇〇〇万円多く減少させていると推定でき、被告が主張するように、原告が被告を出し抜いて債権の回収を図ったような事実はまったくないことが明らかである。
6 争点に関する被告の主張
(第一次的な争点について)
(一) 甲事件請求にかかる取引には、初めから売買対象物件が存在せず、法的には、「売買」でも、原告が主張する「介入取引」でもない。本件取引は、原告の大市物産に対する融資取引そのものである。すなわち、原告から大市物産に対する融資金は、売買代金の名目の下に、順方向取引においては原告→被告→大市物産という迂回経路で、逆方向取引においては原告→大市物産という直接経路で融資される。
被告は、本件取引において、順方向取引においては原告から大市物産に対する融資金を受け取りこれを大市物産に交付する役割を、逆方向取引においては大市物産から原告に対する返済金を受け取りこれを原告に交付する役割を担当する。
融資金及び返済金は、それぞれ売買代金の名目で交付されるため、これに伴う納品書、請求書等が作成され、各当事者に交付されるが、これらは、あくまで売買の形式を仮装するために作成交付されるにすぎない。
原告は、本件取引により、大市物産から手数料(当初は一パーセント、後に二パーセント)のほかに、年率七ないし八パーセントの利息を取得したが、これは、通常の商社マージン(三パーセント程度)の約三倍である。
他方、被告は、本件取引により、大市物産から当初一パーセント、後に1.4パーセントの手数料を取得したが、これは、通常の商社マージンと比べても、ごく常識的な範囲内にあるというべきである。
(二) 被告が本件取引の中で果たした役割は、前叙のとおりであるが、順方向取引における融資金の受取と交付(大市物産←被告←原告)及び逆方向取引における返済金の受取と交付(原告←被告←大市物産)とはすべて「同日決済」とされた。同日決済の意味は、被告は、融資金又は返済金を受け取ってから同日にこれを交付すればよいということであり、単に決済期日の同日を意味するのではなく、融資金又は返済金を受け取ることが支払(交付)の条件となるという意味である。したがって、逆方向取引においては、被告は、大市物産から支払(返済金の受取)がない限り、原告に対して支払う(返済金の交付)義務はない。
被告は、逆方向取引において、平成六年一〇月一八日決済分三〇三〇万九七二四円及び同月三一日決済分一億六三七八万七八三七円について、大市物産に対し、平成六年一一月一六日まで支払を猶予し、大市物産から支払がないのに、原告に対し、右各決済期日に支払をしたことがあるが、これは、大市物産の大島部長に懇願されて採った例外措置にすぎず、次の決済期日である一一月三〇日分の決済は、約定どおり同日に決済されている。
逆方向取引(大市物産→原告→被告→大市物産)の実態は、原告が大市物産に対し直接経路で行った融資金(右商流の大市物産←原告)を被告を経由した迂回経路で回収する(右商流の原告←被告←大市物産)というものであるから、融資先である大市物産の不払のリスクは原告が負担すべき筋合であり、これを被告に転嫁するのは、筋違いである。
(第二次的な争点について)
(一) 本件相殺の申出をしたのは、原告の三浦部長である。大市物産は、相殺処理がなされなければ、その決済期日である平成六年一〇月三一日には、原告から一億八〇六七万一五六三円の融資を現実に受領することができたのである。大市物産がこの時期喉から手の出るほど資金が必要であったことは明らかであり、その大市物産がこれを自ら放棄して、原告に相殺処理を申し出なければならない理由は全くない。
(二) 本件相殺処理に係る取引がなされたのは、本件取引の見直しに関する関係者の最初の話合いが行われた日である平成六年一一月二九日の直前である。このことは、介入依頼書(乙一号証の九ないし一五)の作成日付が同月二六日であること、被告の仕入伝票、大市物産に対する納品書兼請求書(乙三号証の一〇ないし一七)の作成日付が同月二八日とされていることから明らかである。本件相殺処理に係る取引は、本件取引の破綻直前の時期に、原告の三浦部長と大市物産の橋本課長の間で創り出されたものである。
(三) 要するに、この相殺処理により、原告は、平成六年一〇月三一日に大市物産に交付すべき融資金一億八〇六七万一五六三円を現実には交付せず、原告の大市物産に対する売掛金と相殺し、言い換えると、原告の大市物産に対する融資金(売掛金)を回収し、かつ、代金相当額を乙一号証の九ないし一五の取引を創り出すことにより、原告の被告に対する債権に振り替えたのである。この結果、原告の大市物産に対する売掛金が一億八〇六七万一五六三円に減少し、この分がそっくり原告の被告に対する売掛金として振り替えられているのである。
原告が本件相殺処理をしていなければ、原告の大市物産に対する破産債権元本額は、二億九五二七万一六一三円(甲一二号証)ではなく、この金額に相殺処理分一億八〇六七万一五六三円が加算された金額となり、甲事件請求債権額は、三億一九八一万八八八三円ではなく、この金額から相殺処理分一億八〇六七万一五六三円が減額された金額となっていたはずなのである。
(四) 以上のとおりであり、本件相殺処理は信義則に違反する。
三 争点に対する判断
1 前記争いのない事実と証拠(甲一号証の一ないし一八、二ないし六号証、七号証の一ないし一七、八ないし一三号証、一五号証の一ないし四、二〇号証の一ないし二一、二一、二四号証、乙一、二号証の各一ないし一五、三号証の一ないし一七、四号証の一ないし三、五号証の一ないし八、六号証の一ないし三、七、八号証、一〇号証、一一号証の一、一三ないし一六号証の各一ないし三、一七号証の一部、一九号証の一、三、証人大島俊二、同三浦浩、同勝田一弘の一部)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、これに反する乙一七、二〇号証の記載及び証人勝田一弘の証言は前掲各証拠に照らしたやすく信用できないし、他に右認定を左右する証拠はない。
(一) 原告は、平成三年一月当時、大市物産からサバ、イカ等の輸入商品を購入する取引関係にあったところ、同年三月ころ、大市物産の大島部長から株式会社ホウスイ(以下「ホウスイ」という。)と大市物産との取引の間に入ってほしいと持ちかけられた。ホウスイは、大市物産に対し、鰻、海老等の水産物を販売していたが、取引高が増えたため、与信枠を超えるようになったというのがそのときの理由であった。原告がこれに応じたため、ホウスイ→原告→大市物産の商流によるつけ売買取引が開始された。取引の方法は、大市物産の橋本から原告の三浦宛てに仕入及び販売の明細を記載した介入依頼書が送付され、両者の協議により取引条件が決定された。
原告は、単なる帳合先として商品の引渡しには関与しないこととされ、原告の介入マージンは一パーセントと合意された。平成四年九月には、大市物産→原告→ホウスイの商流につけ売買取引が同様の取引形態で始まった。
(二) 被告の勝田部長は、平成四年一〇月中旬、大市物産の大島部長から「紀文商事が大市物産の商品を一旦買い受けた形にしてその代金の支払をし、その後金利と手数料を上乗せした代金で大市物産が買い戻すという取引に協力してもらえないか。」と打診されたが、このような取引は被告では禁止されていたこと及び被告が資金を負担して大市物産の資金繰りに協力する理由もなかったため、右申入れを拒絶した。
大島部長は、被告に断わられたため、原告の三浦部長に話を持ち込み、前項のホウスイを被告に変更すること及び原告には代金の早払をお願いしたいことを要請したところ、三浦がこれを応諾したため、改めて被告の勝田部長に対し、「原告が資金負担をしてくれることになったので、被告に大市物産と原告との間の売買取引に介入してほしい」と申し入れた。その際、被告には順方向取引と逆方向取引の両方があることは話があったが、商品の引渡し、名義変更等についての話は出ず、勝田もこの点について大島に確認をしなかった。被告は、原告が右のような取引を行うことを了解していることを確認した上、大島の申入れを応諾した。
以上の経過を経て、平成四年一一月初めから順方向取引が開始され、約一か月後に逆方向取引も始った。以後平成六年一〇月二〇日ころまでの約二年間に順方向取引と逆方向取引合わせて約五〇回、取引金額にして合計約三〇億円の取引が行われたが、本件請求分以外の取引はすべて決済された。
(三) 取引の方法は、逆方向取引の場合には、大市物産の橋本から原告の三浦宛てに仕入及び販売の明細を記載した介入依頼書(甲一号証の一ないし一八)が送付され、両者の協議により取引条件が決定され、これを受けて、橋本から被告宛てに同様の介入依頼書(乙一号証の一ないし一五)が送付され、原告から被告への納品書兼請求書(乙二号証の一ないし一五)、被告から大市物産への納品書兼請求書(乙三号証の一ないし一七)が発行送付された。介入口銭は、当初は原被告とも各一パーセント、その後被告分は1.5パーセントに値上げされた。原告の取得するいわゆるハネ金利は1.8パーセント(いずれも売掛期間三か月程度の数値)と合意された。本件請求分には売買の目的物である商品は存在しなかった。
(四) 平成六年八月ころから一〇〇万円、二〇〇万円単位ではあるが、大市物産から原告に対する代金の支払が遅れ出し、同年一〇月中旬、三浦から大島に対し、本件取引をやめたい旨の申出がなされた。そして、平成六年一〇月一七日付けの介入依頼書(甲一号証の九ないし一八)に基づく大市物産から原告への売買取引の代金の支払(決済日平成六年一〇月三一日)は、順方向取引による原告の大市物産に対する代金債権と相殺処理された。
大市物産は、被告に対する平成六年一〇月一八日決済分の三〇三〇万九七二四円の支払ができず、右支払を同月三一日まで延長してもらい、さらに同月三一日決済分の一億六三七八万七八三七円の支払ができなかったため、両者合計一億九四〇九万七五六一円の支払を平成六年一一月一六日まで延長してもらい、同日、同額を被告に支払つた。
被告は、大市物産の支払延期要請を受け入れ、平成六年一一月一日付けの「同月一六日に右同額を支払う」旨の橋本作成の念書(甲四号証)を徴求したものの、原告に対しては、右支払遅延について何ら話をすることなく、当初の約定どおり、平成六年一〇月一八日二九八六万七一七七円を、同月三一日一億七一九一万〇七二〇円をそれぞれ支払った。
その後、大市物産は、平成六年一一月三〇日、被告に対し、同日決済分八一一八万七六三四円を支払ったが、これが最後の支払となった。
(五) 平成六年一一月二九日、株式会社ヤマヨ(以下「ヤマヨ」という)。の事務所に大市物産が絡んだ取引の関係者、大市物産(大島、橋本)、原告(奥山取締役、三浦)、被告(勝田)、ヤマヨ(坂田所長)が集まり、取引の見直しについて話合いが行われた。同年一二月五日、被告の出席者が瀬戸常務と園部課長に変わったが、他は同じメンバーで二回目の話合いが行われた。席上、大市物産は、在庫販売予定表(甲五号証)を提出して各社に取引の継続を要請したが、原告、被告及びヤマヨがともにこれを拒否したため、取引は打ち切られることになり、一一月分の取引はすべて取り消された。そして、大市物産に対する売掛金の回収が各社共通の議題となった。大市物産は、平成六年一二月九日ころ、右三社に対する最初の弁済案(甲九号証)を提示したが、弁済期が平成七年六月末までと長期であったため、原告らの了解を得られず、弁済期を同年三月末までとする修正案(甲八号証)が再度提示された。
そして、大島から右弁済案に従った平成七年一月、二月、三月の各末日を支払期日とする手形を平成六年一二月二二日に各社宛交付する旨の申出がなされたため、同日、各社の担当者が集ったが、結局手形は交付されず、弁済がなされないまま、大市物産は、平成七年三月二九日、破産宣告を受けた。
(六) 介入依頼書によれば、順方向取引における大市物産←被告←原告の各決済日及び逆方向取引における原告←被告←大市物産の各決済日は同日とされている。原被告間には本件取引についての売買基本契約書(乙七、八号証)が作成されているが、逆方向取引の決済について、大市物産から被告に支払がなされることが、被告の原告に対する支払の条件である旨の定めはない(乙七号証)。
被告は、大市物産との間の取引について、当初一億円の与信枠を設定し、途中で二億ないし三億への増枠申請がなされたが、申請が認められないうちに本件取引が中止されるに至った。
被告は、原告に対し、平成七年三月七日付け債権確認書(甲一〇号証)において三億三八七三万二七五九円の買掛債権があることを認めている。
2 第一次的な争点について
(一) 右事実によれば、大市物産、原被告間の取引はいわゆる介入取引と認められる。本件請求分については売買の目的物である商品が存在しなかったことからすると、右三者間の取引の実質が原告の大市物産に対する融資であることは被告主張のとおりであるが、右三者が大市物産→原告→被告→大市物産という商流での売買という法形式を選択した以上、代金の支払については売買の法形式を尊重することが三者の取引意思に適うというべきである(右三者は、端的に、原告を貸主、大市物産を借主、被告を連帯保証人とする金銭消費貸借契約を締結することによっても同一の経済目的を達することができたはずである。)。
そうだとすると、売買代金の支払について特段の合意(被告が主張するそれ)がない限り、各当事者は自己が信用を供与した者から代金の支払を受けることになるはずであり、被告は、大市物産から支払を受けられないとしても、原告に対する支払を免れないことになる。
(二) そこで、本件において、被告が主張する売買代金の支払についての特段の合意があったかどうかであるが、右事実関係によれば、ことに、被告は、平成六年一〇月一八日決済分及び同月三一日決済分については、大市物産から支払を受けることができなかったのに、原告に対し、その点について何ら告知することなく、無条件で約定どおり支払をしたこと(仮に、被告主張のとおり、被告の原告に対する支払は、被告が大市物産から支払を受けることが条件であったとすれば、被告は、支払に際し、その旨を原告に告知し、原告へ支払う際に、仮に大市物産から支払を受けられなかったときは、原告への支払分を返還してもらうとの留保をつけるはずである)、被告は、大市物産との取引について与信枠の増枠申請をしたこと、右のような売買代金の支払に関する特別の合意は、介入取引としては異例であるから、書面により明確化すべきであるのに、このような書面はないこと、被告主張のとおりとすれば、被告は、何らのリスクなしに(順方向取引においては、被告の与信先は原告であるから、リスクはない。)、年率にして八ないし一二パーセントもの口銭を取得することになるが、そのことの合理的説明がつかないことに照らせば、右特段の合意があったとは認められない。
(三) 逆方向取引において原告←被告←大市物産の各決済日が同日とされていることは、被告には資金補填機能がないということを意味するにすぎず(本件取引においては、原告が資金補填機能を担うことは、原告の自認するところである。)、これと信用補填機能とが混同されてはならない。
(四) そうだとすれば、被告は、逆方向取引において大市物産に信用を与えた以上、同社の不払のリスクは被告が負担する筋合である。
3 第二次的な争点について
平成六年一〇月一七日付けの介入依頼書に基づく大市物産から原告への売買取引の代金の支払(決済日平成六年一〇月三一日)が、順方向取引による原告の大市物産に対する代金債権と相殺処理されたことは、前叙のとおりである。そして、右相殺処理が原告の主導によりなされたことは、右相殺処理がなされた時期にかんがみ、推測に難くない(逆方向取引における原告から大市物産への代金の支払は、実質的には原告の大市物産に対する融資金の交付であるから、既に資金的に苦境にあったと推測される大市物産が、これと順方向取引における原告に対する買掛債務(これは、実質的には既存の借入債務である)との相殺を望むとは到底考えられない。)。
そして、右相殺処理により、順方向取引における原告の大市物産に対する売掛債権がその分減少する(後日、大市物産が破産宣告を受けたことに照らせば、破産債権を減少させた結果になる)ことは、被告主張のとおりである。しかしながら、これにより、被告の原告に対する代金の支払は何の影響も受けない。換言すれば、相殺処理がなされず、現実の支払がなされたとしても、大市物産→原告→被告の商流による取引がなされた以上、被告は、原告に対する代金の支払義務を免れない。そして、被告は、右商流による取引を承認したのである。
確かに、事柄の実質に即して見れば、右相殺処理により、原告は、大市物産に対し、新規の融資金を交付せずに既存の貸付残高を減少させ、その分を被告に代金として請求するような形となり、一見信義則に反するかのように見えなくはないが、被告の原告に対する代金支払債務が、相殺の有無により何ら左右されないことは前叙のとおりであり、被告が主張するように、相殺分がそっくり原告の被告に対する売掛金として振り替えられたことにはならない。
したがって、右相殺処理が原告の主導によりなされたことを考慮しても、右相殺処理が信義則に違反するとは未だ認められない。
4 以上によれば、甲事件の請求は全部理由がある。
5 次に、乙事件について、まず、平成七年一月三一日の時点において、同日発生した被告の債権九〇九万五三四四円(消費税を含む。以下同じ)が原告の債権と対当額で相殺され、原告の残債権は九一五万〇五五七円となり、次に、平成七年二月二八日の時点において、同日発生した被告の債権九六二万一四八七円と原告の債権九一九万二六七四円(同日までの遅延損害金四万二一一七円を含む。)が対当額で相殺される結果、被告の原告に対する残債権は、四二万八八一三円及びこれに対する平成七年三月一日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金となる。
よって、乙事件の請求は、右の限度で理由があるから、この部分のみを認容し、その余は理由がないから棄却する。
(裁判官髙柳輝雄)
別紙<省略>