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東京地方裁判所 平成7年(ワ)12443号 判決 1998年9月21日

スウェーデン国 エスー一七一 九七 ストックホルム

原告

ファーマシア・アンド・アップジョン・アー・ベー

右代表者

マツツ・リッドガード

ゴラン・ペターソン

右訴訟代理人弁護士

中島和雄

右補佐人弁理士

川口義雄

中村至

船山武

伏見直哉

針間一成

大阪市中央区道修町三丁目四番七号

被告

藤沢薬品工業株式会社

右代表者代表取締役

藤山朗

大阪市中央区高麗橋二丁目四番八号

被告

上野製薬株式会社

右代表者代表取締役

上野隆三

被告ら訴訟代理人弁護士

田倉整

片山英二

佐長功

右補佐人弁理士

小田島平吾

深浦秀夫

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告らは、別紙一物件目録記載の医薬品を製造し、販売してはならない。

二  被告らは、その本店、支店、営業所、工場及び倉庫に存する別紙一物件目録記載の化学物質及びこれを含有する点眼薬の半製品、完成品を廃棄せよ。

三  被告らは、原告に対し、各自一九億九五〇〇万円及びこれに対する平成九年一〇月二三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、原告が別紙二特許権目録記載の特許権(以下「本件特許権」という。)について専用実施権(以下「原告専用実施権」という。)を有しているところ、被告上野製薬株式会社(以下「被告上野製薬」という。)が別紙一物件目録記載の医薬品(以下「被告製品」という。)を製造し、被告藤沢薬品工業株式会社に販売し、被告藤沢薬品工業株式会社がこれを「レスキュラ点眼薬」という商品名で販売している行為が、原告専用実施権を侵害するものであるとして、被告らに対し、原告専用実施権に基づき、被告製品の製造販売の差止め並びに別紙一物件目録記載の化学物質及びこれを含有する点眼薬の半製品、完成品の廃棄を求め、不法行為による損害賠償請求として、実施料相当損害金一九億九五〇〇万円の支払を求めている事案である。

二  争いのない事実

1  訴外ザ・トラステイーズ・オブ・コロンビア・ユニヴアーシテイ・イン・ザ・シテイ・オブ・ニユーヨークは、本件特許権を有し、原告は、右訴外人から、本件特許権について、平成七年一月二三日、専用実施権の設定を受け、同年四月二四日、専用実施権の設定登録を受けた。

2  本件特許権の特許請求の範囲第1項は、本判決添付の特許公報(以下「本件公報」という。)写しの該当欄記載のとおりである(以下、この発明を「本件発明」という。)。

3  本件発明の構成要件は、次のとおり分説することができる(以下、本件発明の構成要件は、「構成要件(一)」のように単に番号のみをもって示す。)。

(一) 有効量のPGF2αのC1乃至C5アルキルエステルを含んでいること

(二) 眼科的に許容し得るキヤリアを含んでいること

(三) 霊長類用であること

(四) 緑内障局所治療用組成物であること

4  被告製品の構成は、次のとおり分説することができる(以下、被告製品の構成は、「構成A」のように単に記号のみをもって示す。)。

A 別紙一物件目録記載の化学構造式を有するイソプロピルウノプロストンを含有する。

B 眼科的に許容しうる適宜のキヤリア(たとえばポリソルベート80、塩化ベンザルコニウムその他)を含有する。

C ヒトに対して用いる医薬品である。

D 緑内障、高眼圧症治療剤である点眼液である。

5  構成B、C、Dは、それぞれ構成要件(二)、(三)、(四)を充足している。

三  争点

構成Aのイソプロピルウノプロストンが、構成要件(一)の「PGF2αのC1乃至C5アルキルエステル」を充足するかどうかについて、次のような争点がある。

1  構成Aのイソプロピルウノプロストンは、構成要件(一)の「PGF2αのC1乃至C5アルキルエステル」を文言上充足するか。

2  構成Aのイソプロピルウノプロストンは、構成要件(一)の「PGF2αのC1乃至C5アルキルエステル」に属するPGF2αイソプロピルエステルと実質的に同一か。

3  13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αイソプロピルエステルは、構成要件(一)の「PGF2αのC1乃至C5アルキルエステル」に属するPGF2αイソプロピルエステルと均等であり、構成Aのイソプロピルウノプロストンは、13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αイソプロピルエステルを利用するものか。

4  構成Aのイソプロピルウノプロストンは、構成要件(一)の「PGF2αのC1乃至C5アルキルエステル」に属するPGF2αイソプロピルエステルと均等か。

四  争点に関する当事者の主張

1  争点1について

(一) 原告の主張

(1) 構成Aのイソプロピルウノプロストンは、ウノプロストンのα鎖1位のカルボキシル基の水素原子がイソプロピル基に置換されたウノプロストンのイソプロピルエステルであるから、構成要件(一)の「PGF2αのC1乃至C5アルキルエステル」のうち、「C1乃至C5アルキルエステル」の要件を充足する。

(2) 構成要件(一)の「PGF2α」の「PG」は、プロスタグランジンを、「F」と「α」は、その五員環の9位及び11位の水素原子が水酸基に置換され、その水酸基がα結合していることを、「2」は、α鎖上の5-6位の間が二重結合を有し、17位-18位の間には二重結合を有しないことを、それぞれ意味しているから、この「PGF2α」は、五員環の9位及び11位の水素原子が水酸基に置換され、その水酸基がα結合しており、α鎖上の5-6位の間が二重結合を有し、17位-18位の間には二重結合を有しない一群のプロスタグランジン化合物(広義のPGF2α)を意味している。

構成Aのウノプロストンは、五員環の9位及び11位にそれぞれ水酸基がα結合し、α鎖の5-6位の間が二重結合しており、17-18位の間に二重結合を有しない。構成Aのウノプロストンは、ω鎖末端にエチル基が結合しているが、ω鎖末端のエチル基は、化学構造の基本骨格となる炭素鎖の炭素数を増加させるものであり、これによつて元の化合物の本質を変化させずに脂溶性を高めることが広く知られているのであつて、本件公報中にも、プロスタグランジン類の眼圧低下治療剤として脂質溶解性のものが望ましいことが指摘されているから、ω鎖末端にエチル基を結合することは、単なる付加に過ぎない。

したがつて、構成Aのウノプロストンは、右「PGF2α」に該当する。

(3) よつて、構成Aのイソプロピルウノプロストンは、構成要件(一)の「PGF2αのC1乃至C5アルキルエステル」を文言上充足している。

(二) 被告らの主張

(1) 構成Aのイソプロピルウノプロストンが、ウノプロストンのα鎖1位のカルボキシル基の水素原子がイソプロピル基に置換されたウノプロストンのイソプロピルエステルであり、構成要件(一)の「PGF2αのC1乃至C5アルキルエステル」のうち、「C1乃至C5アルキルエステル」の要件を充足することは認める。

(2) 原告主張の広義のPGF2αという概念は存在せず、構成要件(一)の「PGF2α」は、別紙三記載の化学構造式をもつ単一化合物を意味するところ、構成Aのウノプロストンは、明らかに別紙三記載の化合物とは異なる。

後記2(二)(3)のとおり、ω鎖の末端にエチル基を結合することは、単なる付加ではない。

(3) したがつて、構成Aのイソプロピルウノプロストンは、構成要件(一)の「PGF2αのC1乃至C5アルキルエステル」を文言上充足しない。

2  争点2について

(一) 原告の主張

構成要件(一)の「PGF2αのC1乃至C5アルキルエステル」の「PGF2α」が、狭義のPGF2αすなわち別紙三記載の化学構造式をもつ単一化合物であるとしても、構成Aのイソプロピルウノプロストンは、狭義のPGF2αのC1乃至C5アルキルエステルに属するPGF2αイソプロピルエステルと実質的に同一である。その根拠は、次のとおりである。

(1) ウノプロストンからω鎖の末端のエチル基付加部分を除外した13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αは、狭義のPGF2αの生体内代謝物である上、PGF2αと五員環構造及びα鎖を全く同じくし、ただω鎖の13-14位が単結合(ジヒドロ化)であり、15位にオキソ基が置換(ケト化)しているに過ぎないから、構造上PGF2αにきわめて近似している。

(2) 13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αは、PGF2αより劣るものの、同じような生理活性を有し、PGF2αと同様に眼圧降下に有効である。

(3) ウノプロストンのω鎖の末端のエチル基は、右1(一)(2)のとおり脂溶性を高めるために付加されたものに過ぎない。

(二) 被告らの主張

イソプロピルウノプロストンは、PGF2αイソプロピルエステルと実質的に同一であるということはできない。その根拠は、次のとおりである。

(1) イソプロピルウノプロストンとPGF2αイソプロピルエステルの化学構造を対比すると、次の三点において明確に異なつている。

<1> 基本骨格となる炭素鎖の炭素数が、PGF2αイソプロピルエステルは二〇であるのに対し、イソプロピルウノプロストンは二二である。

<2> 13-14位の間が、PGF2αイソプロピルエステルでは二重結合であるに対し、イソプロピルウノプロストンでは単結合である。

<3> PGF2αイソプロピルエステルの15位にはヒドロキシル基が置換しているのに対し、イソプロピルウノプロストンの15位にはオキソ基が置換している。

(2) PGF2αイソプロピルエステルは、一過性の眼圧上昇等の副作用があるため、臨床使用が不可能であり、薬事法に基づく医薬品としての承認を得ていないのに対し、イソプロピルウノプロストンは、副作用がなく、医薬品としての承認を得ているから、PGF2αイソプロピルエステルとイソプロピルウノプロストンは薬理作用が異なる。

(3) 化学構造式の基本骨格の炭素数の違いは、化合物の性質に大きな変化をもたらすものであり、PGF2αイソプロピルエステルが、炭素数二〇の炭素鎖を基本骨格とするエイコサノイドに属する化合物であるのに対し、イソプロピルウノプロストンは、炭素数二二の炭素鎖を基本骨格とするドコサノイドに属する化合物であつて、そのことによつて副作用も異なるから、ω鎖の末尾にエチル基が存在することは、単なる付加にとどまるものではない。

3  争点3について

(一) 原告の主張

(1) 本件発明の本質的部分は、狭義のPGF2αをアルキルエステル化して、活性を飛躍的に高めた点にあるところ、狭義のPGF2αと13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αとの差異は、アルキルエステル化とは関係のない部分に関するものであるから、本件発明の本質的部分に関するものではない。

(2) 構成要件(一)の狭義のPGF2αを13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αと置き換えても、本件発明と同一の作用効果を奏し、13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αイソプロピルエステルは、狭義のPGF2αイソプロピルエステルと置換可能である。その根拠は、次のとおりである。

<1> 13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αは、狭義のPGF2αの一〇〇分の一の活性において眼圧降下作用を有し、本件公報には、PGF2αは、イソプロピル化することにより五〇倍もの眼圧降下作用を奏する旨が記載されているから、13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αをイソプロピル化することにより、狭義のPGF2αの半分程度の眼圧降下作用が得られる。

<2> 均等の置換可能性の要件としての「同一の作用効果」は、中核的な作用効果が同一であることを意味するから、主作用や副作用の発現の程度に多少の差異がある場合でも、臨床使用可能な緑内障治療薬である限り、中核的な作用効果が同一といえるところ、右<1>の事実からすると、狭義のPGF2αと13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αは、中核的な作用効果が同一であるといえる。

(3) 本件公報には、PGF2αは、イソプロピル化することにより五〇倍もの眼圧降下作用を奏する旨が記載されており、13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αがPGF2αの一〇〇分の一の活性において眼圧降下作用を有することは、昭和六二年(一九八七年)に明らかになつていた。したがつて、被告上野製薬が被告製品の製造を開始した平成六年(一九九四年)初頭までには、当業者であれば誰しも、構成要件(一)の狭義のPGF2αイソプロピルエステルを13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αイソプロピルエステルに置き換えることを、容易に想到することができた。

(4) よつて、13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αイソプロピルエステルは、PGF2αイソプロピルエステルと均等である。

(5) そして、イソプロピルウノプロストンは、13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αイソプロピルエステルのω鎖の末尾にエチル基を付加したに過ぎないから、イソプロピルウノプロストンは、PGF2αイソプロピルエステルの均等物である13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αイソプロピルエステルを利用するものである。

(二) 被告らの主張

(1) 原告は、利用を主張するが、化合物は、化学構成式の一部が共通していても、原子が一つでも異なれば別の化合物となるから、異なる化合物を対象とする二つの発明の間には利用関係が存在しない。

化学構造式の基本骨格の炭素数は、13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αイソプロピルエステルが二〇であるのに対し、イソプロピルウノプロストンは二二であり、このように基本骨格の炭素数が異なると、化合物として本質的に異なるから、元の発明が利用発明中に存在することを前提とする利用関係は成立しない。

(2) 13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αイソプロピルエステルは、PGF2αイソプロピルエステルの均等物ではない。

4  争点4について

(一) 原告の主張

(1) PGF2αイソプロピエステルとイソプロピルウノプロストンの差異のうち、ω鎖の末尾にエチル基が付加している点を除く各点の差異は、右3(一)(1)と同様に、本件発明の本質的部分に関するものではなく、右3(一)(2)と同様に、置換可能性の範囲内にあり、右3(一)(3)と同様に、置換容易性の範囲内にある。

(2) ω鎖の末尾のエチル基の部分は、脂溶性を若干高めることにより角膜上皮を透過しやすくする作用がある。しかし、本件発明は、アルキルエステル化により角膜上皮透過性を飛躍的に高め、これにより、五〇倍もの高度の薬理効果を付与したところに本質があり、ω鎖のエチル基の作用は、アルキルエステル化による作用に比べれば微々たるものに過ぎない。したがつて、ω鎖のエチル基の付加は、置換可能性の範囲内にとどまつている。

また、炭素鎖を延長してアルキル基を付加することにより脂溶性が高まることは化学常識であるから、ω鎖の末尾のエチル基の付加は、置換容易性の範囲内にある。

(3) したがつて、イソプロピルウノプロストンは、PGF2αイソプロピルエステルと均等である。

(二) 被告らの主張

(1) イソプロピルウノプロストンは、PGF2αイソプロピルエステルと、右2(二)(1)のとおり化学構造が基本骨格を含めて三個所も異なる全く別の化合物であり、右2(二)(2)のとおり薬理作用が異なるから、PGF2αイソプロピルエステルとは本質的部分が異なる。

(2) 右2(二)(2)のとおり、イソプロピルウノプロストンは、PGF2αイソプロピルエステルと薬理作用が異なるから、イソプロピルウノプロストンをもつてGF2αイソプロピルエステルに置き換えることはできない。

(3) イソプロピルウノプロストンについては、本件特許権の出願公開後に特許出願がされたが、新規化合物及び新規眼圧降下剤として国内外で特許権の設定登録がされた。したがつて、PGF2αイソプロピルエステルをイソプロピルウノプロストンによつて置き換えることは、当業者にとつて容易に想到することができなかつたものである。

(4) 本件公報において、発明の詳細な説明の欄には、眼圧降下作用を生じる化合物が広範囲に挙げられているが、特許請求の範囲には、PGF2αのC1乃至C5アルキルエステルのみが記載されている。

また、本件特許権は、PGF2αのC1乃至C5アルキルエステルを新たに霊長類の眼の緑内障局所治療薬として用いることを見いだした点に新規性があるとして出願されたが、PGF2αやそのトロメタミン塩が眼圧降下の用途に供し得ることが公知となつていたため拒絶査定を受け、出願人が、PGF2αやそのトロメタミン塩とPGF2αのC1乃至C5アルキルエステルとの化合物としての相違を殊更強調することによつて進歩性を主張し、その結果出願公告された。

これらの本件公報の記載や本件特許の出願経過に鑑みると、本件発明は、PGF2αのC1乃至C5アルキルエステルに意識的に限定されたものであり、他の化合物について均等を論じることは許されない。

(5) したがつて、イソプロピルウノプロストンは、PGF2αイソプロピルエステルと均等ではない。

第三  当裁判所の判断

一  争点1について

1  構成Aのイソプロピルウノプロストンが、ウノプロストンのα鎖1位のカルボキシル基の水素原子がイソプロピル基に置換されたウノプロストンのイソプロピルエステルであり、構成要件(一)の「PGF2αのC1乃至C5アルキルエステル」のうち、「C1乃至C5アルキルエステル」の要件を充足することは、当事者間に争いがない。

2(一)  乙第一ないし第四号証、第一〇、第一一号証によると、プロスタグランジン(PG)は、五員環部分の修飾の違いによつてAないしIに、側鎖の二重結合の数によつて1ないし3群に分類され、両者の組み合わせによつて分類、表記されること、PGF2αの「F」と「α」は、その五員環の9位及び11位の水素原子が水酸基に置換され、その水酸基がα結合していることを、「2」は、α鎖上の5-6位の問とω鎖上の13-14位の、間に二重結合を有することを、それぞれ意味しており、PGF2αは、別紙三記載の化学構造式で表される単一化合物を指すことが認められる。

(二)  原告は、PGの1ないし3群は、プロスタグランジンの前駆物質の種類に基づく命名法であると主張し、甲第一一号証、乙第九号証には、PG2は、アラキドン酸から誘導されるプロスタグランジンである旨の記載がある。しかし、右の各書証には、プロスタグランジンは、側鎖の二重結合の数によつて細分化され、それは、下付き数字1、2、3で示される旨の記載がある反面、原告主張に係る広義のPGF2αの定義に言及した部分はないから、右の各書証は、原告主張に係る広義のPGF2αの定義を裏付けるに足りるものではなく、かえつて、右(一)の認定を裏付けるものであるといえる。

また、原告は、被告上野製薬は、その出願に係る特許明細書(特公平五-七一五六七)中において、「5-6位の炭素が二重結合であるPG2類」(四欄)と記載している上、表、1(6)及び表1(9)(二九ないし三一欄)中の5-6位の間にのみ二重結合を有している化合物をPGF2αに分類しているから、二重結合を5-6位の問に一個有しているに過ぎないPGFα類の化合物をPGF2αに分類していると主張する。しかし、乙第七号証によると、右四欄の記載は、その直後に記載された化学構造式を総合すると、13-14位の問に二重結合があることを前提とした記載であることが認められるし、乙第一〇号証及び弁論の全趣旨によると、表1(6)及び表1(9)(二九ないし三一欄)中の13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αメチルエステル等の化合物は、PGF2αとは異なる化合物であつて、これらの化合物の名称中にPGF2αが含まれているからといつて、そのことがPGF2αの定義を左右することはないものと認められるから、右の各記載は、原告の主張を裏付けるものではない。

さらに、原告は、単一化合物の名称が、同時にその構造的特徴を共有する化合物群を表わすことがしばしばあると主張し、これを裏付けるために甲第四ないし第九号証を提出するが、いずれもPGF2αと異なる化合物に関する証拠であり、原告の主張を裏付けるに足りるものではない。

その他、右(一)の認定を左右するに足りる証拠はない。

(三)  したがつて、構成要件(一)の「PGF2α」は、別紙三記載の化学構造式を有する単一化合物を指すものと認めることが相当である。

なお、原告は、本件発明の優先権主張の基礎となつたアメリカ合衆国出願は、プロスタグランジン類の緑内障又は高眼圧症に対する薬理効果発見についてのパイオニア発明であり、本件発明は、PGF類のエステル化についてのパイオニア発明であるとも主張するが、発明の価値がどのようなものであつても、右認定のとおり文言上明白な「PGF2α」の意義を別の意味に解することはできない。

3  以上によると、構成要件(一)の「PGF2α」が広義のPGF2αを指すことを前提とする原告の主張は、採用することができない。

二  争点2について

1  PGF2αイソプロピルエステルとイソプロピルウノプロストンの化学構造を比較すると、両者は、イソプロピルエステルの部分は共通するが、<1>ウノプロストンは、ω鎖の末尾にエチル基が付加されていて、基本骨格の炭素数が二二であるのに対し、PGF2αは基本骨格の炭素数が二〇である点、<2>炭素の13-14位の間が、PGF2αは二重結合であるのに対し、ウノプロストンは単結合である点、<3>PGF2αの15位にはヒドロキシル基が置換しているのに対し、ウノプロストンの15位にはオキソ基が置換している点の三点において異なる。

2  甲第二号証(本件公報)によると、PGF2αのアルキルエステルは、その脂溶性により角膜上皮を簡単に通過するが、角膜内のエステラーゼの作用によりエステルが脱落させられて、親水性の遊離酸であるPGF2αへ変換され、これが眼圧降下の作用を生じるものと認められ、この過程は、甲第四二号証により裏付けられているものと認められる。そこで、イソプロピルウノプロストンも、投与された場合には、エステラーゼによりエステルが脱落させられ、ウノプロストンの部分が眼圧降下の作用を生じる主体となるものと推認される。しかるところ、PGF2αイソプロピルエステルとイソプロピルウノプロストンの化学構造上の三点の差異は、この眼圧降下の作用を生じるPGF2αとウノプロストンの部分に存する。

3(一)  そこで、まず、右1<2><3>の各点について検討する。

甲第二号証、第一〇号証、乙第四号証、第五八号証及び弁論の全趣旨によると、プロスタグランジンの15位のヒドロキシル基がオキソ基になつた15-ケト-プロスタグランジンや、それに加えて13-14位がジヒドロ化した13、14-ジヒドロ-15-ケト-プロスタグランジンは、プロスタグランジンの生体内代謝物であるが、15-ケト-プロスタグランジンや13、14-ジヒドロ-15-ケト-プロスタグランジンは、もとのプロスタグランジンに比べて、薬理学的な生理活性が格段に低いこと、PGF2αの生体内代謝物である15-ケト-PGF2αは、眼圧降下作用において、PGF2αの約一〇分の一の活性しか有しないこと、PGF2αの生体内代謝物である13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αは、眼圧降下作用において、PGF2αの約一〇〇分の一の活性しか有しないことが認められる。

以上によると、15位にヒドロキシル基が置換しているかオキソ基が置換しているか、13-14位の間が単結合であるか二重結合であるかは、眼圧降下の薬理作用に大きな影響を有するものと認められる。

(二)  次に、右1<1>の点について検討する。

乙第五八号証によると、プロスタグランジンの一種であるPGE1については、ω鎖の長さが変化することによりその生理活性に変化が生じることが認められ、乙第四一号証及び第五八号証によると、PGF2αのフェニル置換体について、ω鎖の炭素数の違いが眼圧降下作用、眼刺激作用に対して予測できない影響を与えることが認められ、これらの認定事実によると、ω鎖の炭素数の変化が、生理活性作用に影響を及ぼす可能性があることが認められる。

原告は、プロスタグランジンは、長い炭素鎖を有するから、エチル基の有無による炭素数の差異により化学的物理的性質に本質的差異は生じないと主張し、その証拠として、甲第一六号証、第二〇号証、第二六号証、第二九号証を提出する。しかし、甲第一六号証は、疎水基の炭素鎖が長くなるにつれ疎水性が増加することが記載され、甲第二六号証は、一般的に同族体の化学的性質がよく似ていることが記載されているに過ぎず、いずれもPGF2αのような化合物の生理活性に対する影響について述べたものではなく、甲第二九号証は、客観的裏付けのない意見にとどまるものである。また、甲第二〇号証は、ウサギに対する実験の結果であり、後記5(一)のとおり、この結果をもつて本件発明が対象とする霊長類に対する影響を判断するのは適当ではない。したがつて、原告提出の右各証拠は、いずれも右認定を覆すに足りるものではない。

(三)  したがつて、PGF2αイソプロピルエステルとイソプロピルウノプロストンの化学構造の違いは、その生理活性作用、殊に本件発明の作用効果である眼圧降下作用に大きな影響を及ぼすものと認められる。

4  次に、作用効果としての眼圧降下作用について検討する。

(一) 甲第二号証及び乙第五号証の三によると、本件発明は、PGE2、PGF2α、PGF2αのトロメタミン塩、15-ケト-PGF2αなど各種の構造的に類似した化学物質について眼圧降下作用を比較し、低濃度で効果が得られる物質として、PGF2αのC1乃至C5アルキルエステルを選択したものであつて、本件公報には、PGF2αのC1乃至C5アルキルエステルは、PGF2αのトロメタミン塩の一〇倍以上、PGF2αの五〇倍以上の眼圧降下作用を有する旨の実験結果(第三表)が記載されていることが認められる。

また、甲第二号証、乙第五号証の一ないし三、第六八号証及び弁論の全趣旨によると、PGF2α又はPGF2αのトロメタミン塩の眼圧降下作用を記載した文献が存し、本件発明は、これらの文献を引用例として拒絶査定を受けたが、出願人は、拒絶査定不服審判において、PGF2αのC1乃至C5アルキルエステルがPGF2αやPGF2αのトロメタミン塩に比較して、右のとおり少ない投与量で高い眼圧降下作用を発揮し、そのため副作用も少ないことを主張し、その結果、特許査定を受けたことが認められる。

したがつて、本件発明は、PGF2αの眼圧降下作用を新たに見出したものではなく、PGF2αのエステル化による投与量の減少とそれに伴う副作用の軽減を図つた点に新規性が認められた発明というべきであり、本件発明に係る化合物の作用効果は、単に眼圧降下作用を生じるだけでは足りず、本件発明の出願前に知られていたPGF2αやPGF2αのトロメタミン塩よりもはるかに少ない投与量で眼圧降下作用を発揮し、そのため副作用も少ないことにあるというべきである。後記5のとおり、PGF2αイソプロピルエステルは、一過性の眼圧上昇作用を有するのであるが、このような副作用も、投与量が少なければそれだけ少ないということができる。

(二) そこで、ヒトに対して眼圧降下作用を生じるのに必要なPGF2αイソプロピルエステルとイソプロピルウノプロストンの投与量についてみると、PGF2αイソプロピルエステルについては、甲第二五号証によると、〇・五μgないし二・〇μg、乙第一七号証及び第三五号証によると、少なくとも〇・五μgであるのに対し、イソプロピルウノプロストンについては、甲第三号証によると、〇・一二%の溶液三五μ1すなわち四二μgであることが認められ、これに、弁論の全趣旨(原告第一〇回準備書面二〇頁の記載等)により、PGF2αイソプロピルエステルの活性は、イソプロピルウノプロストンの三五ないし四〇倍程度は存すると認められることを合わせ考えると、イソプロピルウノプロストンは、PGF2αイソプロピルェステルの少なくとも二〇倍、実際にはこれをかなり上回る量投与することが必要であると認められる。

そうすると、イソプロピルウノプロストンは、PGF2αやPGF2αのトロメタミン塩よりもはるかに少ない投与量で眼圧降下作用を発揮するということはできないがら、本件発明の作用効果を有しないものと認められる。なお、後記5のとおり、イソプロピルウノプロストンは、一過性の眼圧上昇作用がないのであるから、この点に関する投与量の減少による副作用の軽減は考慮する必要がない。

5  次に、一過性の眼圧上昇等の副作用について検討する。

(一) 甲第二五号証、乙第一七号証、第四八、第四九号証によると、PGF2αイソプロピルエステルは、ヒトに対して一過性の眼圧上昇作用を有することが認められ、他方、イソプロピルウノプロストンは、乙第二〇、第二一号証によると、ヒトに対して一過性の眼圧上昇作用がなく、乙第二三、第二四号証によると、サルに対しても一過性の眼圧上昇作用がないことが認められる。本件発明は、霊長類を対象とするものであるから、右認定事実により、PGF2αイソプロピルエステルは、一過性の眼圧上昇作用を有するが、イソプロピルウノプロストンは、一過性の眼圧上昇作用がないものと認められる。

なお、甲第二七号証、第三一号証には、ウサギを用いた実験においてイソプロピルウノプロストンによる一過性の眼圧上昇が認められた旨の結果が示されており、他方、乙第三六号証、第四三、第四四号証、第六〇号証その他の書証には、ウサギを用いた実験においてイソプロピルウノプロストンによる一過性の眼圧上昇が認められなかつた旨の結果が示されているが、甲第二号証及び弁論の全趣旨によると、本件公報(四欄二一行ないし五欄七行)に記載されているように、霊長類とウサギでは眼の構造が異なり、刺激に対する反応等が異なることが認められるから、ウサギに対する実験の結果により、霊長類の眼に対する影響を判断するのは適当ではない。

(二) 乙第二三号証、第四六、第四七号証及び弁論の全趣旨によると、緑内障治療剤という眼圧を下げることを目的とする薬剤にとつて、眼圧上昇はたとえ一過性であつても好ましくなく、緑内障治療薬としては、そのような副作用の少ないことが求められることが認められ、これによると、一過性の眼圧上昇のないイソプロピルウノプロストンは、一過性の眼圧上昇が認められるPGF2αイソプロピルエステルに比べて、この点においては、緑内障治療薬として有利なものであると認められる。

(三) 以上のとおり、副作用の点においても、PGF2αイソプロピルエステルとイソプロピルウノプロストンは、大きく異なる。

6  以上述べてきたとおり、イソプロピルウノプロストンは、PGF2αイソプロピルエステルと化学構造を異にし、薬理作用、副作用も異にするから、両者は、到底実質的に同一であるということはできず、原告の主張は採用することができない。

三  争点3について

1  まず、13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αイソプロピルエステルがPGF2αイソプロピルエステルの均等物であるといえるかどうかについて判断する。

イソプロピルウノプロストンのω鎖の末尾のエチル基を水素に置き換えた13、14-ジヒドロ-15-ケトPGF2αイソプロピルエステルは、PGF2αイソプロピルエステルと、右二1<2>、<3>の各点において化学構造が異なる。そして、右二3(一)認定のとおり、13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αは、眼圧降下作用において、PGF2αの約一〇〇分の一の活性しか有しないことが認められるから、それをエステル化した13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αイソプロピルエステルとPGF2αイソプロピルエステルの活性にも大きな違いがあるものと推認することができる(この点につき、原告は、13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αイソプロピルエステルとPGF2αを比較している(前記第二の四3(一)(2)<1>)が、本件発明は、エステル化したものに関する発明であるから、エステル化したもの同士を比較すべきである。)ところ、この活性にも大きな違いがある事実に右二4認定の事実を総合すると、13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αイソプロピルエステルが、右二4(一)認定の本件発明の作用効果(本件発明の出願前に知られていたPGF2αやPGF2αのトロメタミン塩よりもはるかに少ない投与量で眼圧降下作用を発揮し、そのため副作用も少ないこと)を奏すると認めることはできないから、PGF2αイソプロピルエステルを、13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αイソプロピルエステルによつて置換することが可能であるとは認められない。

したがつて、13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αイソプロピルエステルがPGF2αイソプロピルエステルの均等物であるとは認められない。

2  また、右二3(二)認定のとおり、ω鎖の炭素数の違いは、眼圧降下作用、眼刺激作用等の生理活性に影響を及ぼす可能性があるから、イソプロピルウノプロストンは、13、14-ジヒドロ-15-ケト-PGF2αイソプロピルエステルをそのまま利用して、それに脂溶性を若干高める作用を付加したのみであると認めることはできない。したがつて、両者の間に利用関係が成立するということはできない。

3  よつて、原告の主張は、採用することができない。

四  争点4について

1  右二3ないし5認定のとおり、イソプロピルウノプロストンは、PGF2αイソプロピルエステルとは薬理作用を異にし、本件発明の作用効果を奏しないから、PGF2αイソプロピルエステルをイソプロピルウノプロストンによつて置換することが可能であるとは認められない。

2  したがつて、イソプロピルウノプロストンをPGF2αイソプロピルエステルと均等であるとする原告の主張は、理由がない。

五  よつて、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森義之 裁判官 榎戸道也 裁判官 中平健)

別紙一

物件目録

左の化学構造式を有するイソプロピル ウノプロストンおよび眼科的に許容しうる適宜のキャリア(たとえばポリソルベート80、塩化ベンザルコニウムその他)を含有する緑内障ないし高眼圧症治療用の点眼液(商品名 レスキュラ点眼液)

【化学名 (+)-イソプロピル Z-7-[(1R、2R、3R、5S)-3、 5-ジハイドロキシ-2-(3-オキソデシル)サイクロペンチル]-ヘプト-5-エノエート】

<省略>

別紙二

特許権目録

登録番号 第一八七〇五七七号

特許権者 ザ・トラステイーズ・オブ・コロンビア・ユニヴアーシテイ・イン・ザ・シテイ・オブ・ニユー・ヨーク

発明の名称 眼圧亢進及び緑内障の治療用エイコサノイド及びその誘導体

優先権主張 国名 アメリカ合衆国

出願年月日 一九八二年五見三日

件数 一件

出願年月日 昭和五八年四月二八日

出願公告年月日 平成四年一一月二日

登録年月日 平成六年九月六日

別紙三

<省略>

<19>日本国特許庁(JP) <11>特許出願公告

<12>特許公報(B2) 平4-68288

<51>Int. Cl.3A 61 K 31/557 議別記号 ABL 庁内整理番号 7252-4C <21><44>公告 平成4年(1992)11月2日

発明の数 1

<34>発明の名称 眼圧亢進及び緑内障の治療用エイコサノイド及びその誘導体

審判 平3-20354 <21>特願 昭58-76053 <65>公開 昭59-1418

<22>出願 昭58(1983)4月28日 <43>昭59(1984)1月6日

優先権主張 <52>1982年5月3日<33>米国(US)<31>374165

<72>発明者 ラズロ・ゼツド・ビートー アメリカ合衆国ニユー・ヨーク10033ニユー・ヨーク・バインハースト・アヴエニユ116アバートメント・ケイ33

<71>出願人 ザ・トラステイーズ・オブ・コロンビア・ユニヴアーシテイ・イン・ザ・シテイ・オブ・ニユー・ヨーク アメリカ合衆国 ニユー・ヨーク・10027、ニユー・ヨーク、ブロードウエイ・アンド・ウエスト・ワンハンドレツド・アンド・シツクステイーンス・ストリート(番地なし)

<74>代理人 審判の合議体 弁理士 川口義雄 審判長 荒崎勝美 審判官 今村定昭 審判官 弘實謙二

<56>参考文献 Chemical Abstracts, Vol.95(19),162713y Chemical Abstracts, Vol.81(5),21424d

<57>特許請求の範囲

1 有効量のPGF2αのC1乃至C5アルキルエステルと眼科的に許容し得るキヤリヤとを含んでいることを特徴とする霊長類の眼の緑内障局所治療用組成物。

2 前記C1乃至C5アルキルエステルがPGF2αメチルエステル、PGF2αエチルエステル、PGF2αイソプロピルエステル又はPGF2αイソプチルエステルであることを特徴とする特許請求の範囲第1項に記載の組成物。

3 前記C1乃至C5アルキルエステルが脂質溶解性であることを特徴とする特許請求の範囲第1項に記載の組成物。

4 前記のC1乃至C5アルキルエステルが生理学的に許容し得る塩の形態であることを特徴とする特許請求の範囲第1項に記載の組成物。

5 前記キヤリヤが無菌食塩液であることを特徴とする特許請求の範囲第1項に記載の組成物。

6 前記キヤリヤが無菌落花生油であることを特徴とする特許請求の範囲第1項に記載の組成物。

7 前記キヤリヤが無菌鉱油であることを特徴とする特許請求の範囲第1項に記載の組成物。

8 前記のPGF2αのC1乃至C5アルキルエステルの量が約0.01乃至約2.0重量%の範囲内にあることを特徴とする特許請求の範囲第1項に記載の組成物。

9 前記PGF2αのC1乃至C5アルキルエステルの量が約0.01乃至約1.0重量%の範囲内にあることを特徴とする特許請求の範囲第8項に記載の組成物。

発明の詳細な説明

霊長類の眼内圧はトノメータによつて測定される。健康な成体霊長類の場合正常な眼内圧は14乃至24mmHgであろう〔De Rousseau,C.J.及びBito,L.Z,EXP.EYE RES.32:407-417(1981);Kornblueth,W.,et al.,ARCH.OPHTHALMOL 72:489-490(1964年)参照〕。特定検体に対する眼内圧測定で平均値を約4乃至7mmHg上回ることは眼圧亢進(ocular hypertension)の兆候であろう。

霊長類を含めて種々の哺乳動物を襲う眼疾患たる緑内障の特徴は眼内圧が増大する(眼圧亢進)という特徴を示す。ヒトの場合、このような眼圧亢進は毛様体上皮による前眼房及び後眼房への房水分秘の割合と、主にシユレンム管を介して行なわれる前眼房及び後眼房からの房水の流出即ち排出の割合との間の不均衡によつて生じる。一般には房水排出障害がこの不均衡の主たる要因とされている。

慢性緑内障の典型的症状は視界の緩慢且つ漸進的挾搾にあり、これを放置しておくとやがては失明してしまう。通常の初期治療では縮瞳薬、特にビロカルビン及びカルバコールが局所適用される。縮瞳薬で効果が得られない場合は炭酸脱水酵素抑制薬を全身投与してもよい。これらの治療方法でも効を奏しないならば手術せざるを得ないであろう。

幾つかの理由によりヒトの緑内障の場合縮瞳薬を用いる治療には問題がある。第1に縮瞳薬は患者の夜間視力を破壞し又は毛様筋の痙縮を引き起こす。第2に長期間縮瞳薬を服用するとこの縮瞳薬に対する耐性(過耐性)が増大するため、投与量を漸増させなければならない。第3に縮瞳薬は不快感又ば好ましくない副作用を伴うことがある。炭酸脱水酵素抑制薬の長期間服用も思わしくないことが判明した。この場合は全身性の副作用を誘発するか又は白内障に進行し得る。

エイコサノイド及びその誘導体の中には生物学的に有用な種々の化合物がある。例えば環式脂肪酸含有エイコサノイド類に属するプロスタグランジン(PGs)は種々の生物学的活性をもつものとして知られている。最初羊の精嚢とヒト精液とから脂質溶解性抽出物として単離されたプロスタグランジンは、今日では殆んどの哺乳動物の組織内に存在することが知見されている。但し後者の場合濃度はより低い。

プロスタグランジンの作用としては、平滑筋の刺激、小動脈の拡大、気管支拡大、血圧降下、胃液分泌の抑制、脂肪分解及び血小板凝集の抑制、陣痛誘発、流産誘発及び月経誘発が挙げられる。

哺乳動物の眼にPGsを眼房内(intracameral)及び硝子体内(intravitreal)に注射して調べた結果、PGs特にPGE2を投与すると眼内圧が上昇することが既に認められていた。従つて、この分野における研究の大部分が緑内障の治療におけるプロスタグランジン自体よりむしろプロスタグランジン拮抗剤の使用に集中していた。

その後、ウサギの眼の一方にカニユーレを挿入し他方には挿入しないでPGsの体外投与の効果を調べた結果、約25乃至200μgのPGE2又はPGF2αを夫々の眼の硝子体内に局所適用すると短時間の緊張亢進が生じ、次いで緊張が低下することが判明した〔Camras,C.B.,Bito,L.Z.及びEakins,K.E,INVEST.OPHTALMOL.VIS.SCI.,16:1125-1134(1977)参照〕。しかし乍ら5μg程度の少量のPGF2αをウサギの眼に局所適用すると、初期眼内圧亢進が殆んど起らずに長期に旦る緊張低下が認められた。〔典拠、同上〕。別の研究によればウサギが眼房内に即ち局所的に適用されたPGsに対し耐性又は過耐性を示すことも判明した。〕Eakins,K.E.EXP.EYE RES.,10:87(1970);Beitch,B.R.及びEakins,K.E,BRIT.J.PHARM.,37:158(1969);Bito,L.Z.et al.,ARVO,22(No.3):39(1982年)〕。

更に、種の違いによる眼球の刺激性且つ炎症性反応を調べた結果、主として感覚インプットとしての視覚(vision for sensory input)に依存する霊長類及び鳥頼の如き背椎動物はウサギより複な眼の構造を有しており、より高度な眼球防御機構を備えていることが判明した。従つて霊長類及び鳥類の眼は化学的刺激剤の局所適用に対しウサギとは異なる反応を示す。この現象は恐らくウサギの毛様体突起が他の種のそれとは形態学的に異なるという事実に起因しているのであろう。ウサギには、例えば神経細胞の刺激又は穿刺による破損現象(breakdown)と血液一房水関門の劣化とのみに感応し得る虹彩毛様体突起が豊富にある。この破損に敏感な性質は、眼球が著しく露出しているウサギにとつて重要な保護機能をもつものと思われる。刺激に対する眼の反応が極めて敏感であることから、ウサギは眼の炎症におけるPGsの役割を研究する上で広く使用されてきた。これに対して、霊長類は穿刺に対しウサギとは性質的に異なる反応を示す。即ち毛様体突起の破損よりシユレンム管を介した蛋白の侵入(proteinentry)の方に感応する〔Raviola,EXP.EYE RES.25(Supp):27(1977)〕。そのためウサギの眼を霊長類のモデルとして使用することは眼炎症研究分野以外では疑わしくなつた〔Bito.L.Z.及びKlein,E.M.,EXP.EYE RES.33:403-412(1982);Klein,E.M.及びBito,L.Z,PROCINTSOCEYE RES.1:65;Klein,E.M.及びBito,L.Z.INVEST.OPHTHALMOL VIS.SCI.20(Supp):33(1981)〕。

本発明の霊長類の緑内障と眼圧亢進との治療法はこれらの疾患に〓つた眼に有効量のエイコサノイドを局所適用することから成る。この適用を繰返すと、好ましくは毎日繰返し適用すると、過耐性を伴うことなく長期の眼内圧降下が達成される。本発明の目的達成に使用され得るエイコサノイドには、プロスタグランジンとその誘導体、例えばPGE2、PGF2αとこれらの誘導体、が包含される。PGF2αのC1乃至C5アルキルエステル、特にPGF2α-メチル-エステルが好ましい。

本発明の製剤は有効量のエイコサノイドと眼科的に許容し得るキヤリヤとを含んでいる。適切なキヤリヤとしては、無菌食塩溶液、落花生油及び鉱油が挙げられる。

霊長類の場合眼圧亢進と緑内障とは有効量のエイコサノイドの局所適用により進行を抑制することができる。エイコサノイドを定期的に適用すれば、上昇した眼内圧が正常値レベルまで降下し、投与期間中過耐性を伴うことなくこのレベルに維持される。治療は毎日行なうことが好ましい。

エイコサノイド類の中でもブラスタグランジン(PGs)はとりわけ有効であることが判明した。特にとPGE2とPGF2αとこれらの誘導体とは長期に亘り効力を発揮し続けた。PGE2及びPGF2αもしくはそれらの誘導体を片眼に付き約0.01μg乃至約1000μgの範囲内で毎日適用すると有効であることが判明した。猿の場合好ましい用量は0.1乃至500μg、ヒトの場合は0.1乃至1000μgと思われる。

脂質溶解性のPGE2誘導体とPGF2α誘導体とは眼圧亢進の治療上特に好ましい化合物である。その脂質溶解性によつて、霊長類の眼の保護層により容易に浸透し且つ使用量も非脂質溶解性のPG5より少量でよいことが確認されたからである。特にPGF2αのC1乃至C5アルキルエステル、例えばPGF2αメチルエステル、PGF2αエチルエステル、PGF2αイソプロビルエステル、及びPGF2αイソブチルエステルなどが適切な脂質溶解性PGF2α誘導体として挙げられよう。このような脂質溶解性化合物は少量、例えば約0.01乃至100μg/眼でも効果を顕わす。ヒトの場合の好ましい用量は約0.1乃至100μg、特に1μg乃至50μgである。

PGF2α及びPGE2又はその誘導体の生理学的に許容し得る塩も使用可能であり、特にPGF2αトロメタミンは眼圧亢進の治療に適している。好ましい塩して他に炭酸ナトリウム中のPGF2αが挙げられる。

本発明の組成物は一般的には有効量のエイコサノイド又はエイコサノイド誘導体と眼科的に許容し得るキヤリヤとを含んでいる。眼科的に許容し得る適当なキヤリヤとしては、無菌食塩液、無水落花生油又は鉱油が挙げられる。前述の如きプロスタグランジン及びその誘導体を使用する場合、霊長類の眼への局所適用量は比較的少ない。従つて本発明の組成物は通常PGs(又はPG誘導体を使用する場合はPGの等価物の約0.01%乃至2.0%溶液として使用される。PGF2α、PGF2αトロメタミン、PGF2αのナトリウム塩を含んでいる本発明の組成物は菌食塩水中で使用し得る。PGF2αの疎水性エステル(メチルエステル、エチルエステル、等々)は無菌の無水落花生油中で使用され得る。

実験例 1

体重0.8乃至1.0kgの5匹の健常フクロウザル(Aotus trivirgatus)即ち3匹のオスザル及び2匹のメスザルと片眼が隅角陥凹緑内障に〓つた1匹のメスザルとを用い、麻酔をかけなくてもつかまえておとなしく眼圧測定を行なうことができるようにこれらのサルを条件付けした。一年間に亘り少くとも月一回に相当する任意の間隔毎に両眼の眼内圧(IOP)を測定した。圧力変換器と記録計とに取付けられた浮動尖端付空気圧トノメータブロープでIOP測定を行なう前に、1滴の0.5%塩酸プロバラカイン(アルカイン Alcaine:Alcon Corp.,フオートワース、テキサス)を点眼した。被検動物を検査技師のひざに仰臥させ数秒間のIOP測定を1匹について2又は3回ずつ行なつた。IOP追跡図の最も定常的な部分を読取つて平均値を算出した。瞳孔計を用い常室内光中で瞳孔直径を測定した。スリツトランプ検査を用い前眼房のフレアと細胞侵入とを測定した。

PGF2αのトロメタミン塩を生理的食塩水に溶解し、PGF2α濃度が20、40、80又は200kg/μlの溶液を夫々調製した。各実験では、前記の溶液の1種類を各サルの片眼に5μlずつ適用した。3乃至5分後2乃至4μlの食塩水で眼を洗浄した。コントロール眼として対側眼には等容(5μl)の食塩水を同様に適用し、続いて洗浄した。PGF2α適用後の種々の時間後にIOP及び瞳孔直径の測定と前眼房の房水フレア及び細胞分のスリツトランプ検査とを行なつた。

結果

健常フクロウザル

片眼に0.2mgのPGF2αを点眼した5匹の健常フクロウザル(2匹には左眼、3匹には右眼に点眼)に於いては、処置眼のIOPの基底値又は同時に測定した対側眼のIOPの測定値に比較して、IOPに対するPGF2αの有意な効果は見られなかつた。しかし乍ら最初の実験から4乃至14日後にこれらの動物の左眼に1mgのPGF2αを点眼すると対側眼に比較して処置後の低張(hypotony)が持続した。5匹のうち3匹に於いては低張以前即ち処置の15分後にIOPが2乃至3mmHg上昇した。この値は対側眼に比較して上昇が有意であるか否かを判断する境界の値である。これらのサルの対側眼(右眼)に6日後に同用量のPGF2αを適用したとき又は最初に処置した眼に18日後に適用したときにも低張の持続が観察された。処置眼での眼圧降下の程度は10mgのPGF2α適用後とほぼ同じであつたが、後からのPG適用により対側眼の明らかな降圧効果が生じるため処置眼と対側眼とのIOPの有意差は減少した。これらの同じ動物に対し食塩水での両眼処置又は低用量(0.2mg)のPGF2αによる片眼処理後24時間に亘る眼圧測定を実施しても、IOPの有意な降下は見られなかつた。従つて、未処置対側眼に対するIOP効果は日周変化に因るものではない。

1.0mgのPGF2αの点眼の1.5時間後、コントロール対側眼に比較して平均2.0±3.0mmの縮瞳が生じた。以後18時間に亘つて次第に正常瞳孔径(4.8±0.2mm)に戻つた。1.0mgのPGF2αの点眼後2乃至12時間では、5眼のうちの4眼に軽度の房水フレアが存在していた。48時間後に、5つの処置眼のうち3眼で数個の細胞が観察されたが、コントロール眼では観察されなかつた。IOPの降下と前眼房でのフレア及び細胞の存在との間に明白な相関関係は存在しなかつた。即ち、眼圧降下は顕著な炎症性反応に結び付かない。

緑内障フクロウザル

入手した1匹のメスジルの眼は顕著な瞳孔左右不同を示し右眼の瞳孔が常に左眼より2mm大きかつた。隅角鏡検査によれば右眼の隅角陥凹が観察された。1年間に亘る46回のIOP測定値の平均は、右眼では47.2±0.7及び左眼では24.5±0.6mmHgであつた。PGF2αの効果に関するこのテストの11ヵ月前に1%のピロカルビンを点眼しておくと、左眼のIOPは4mmHg下降したが右眼のIOPは16mmHg上昇した。オキソトレモリン(0.05%)を使用した場合にも右眼のIOPが上昇した。

このフクロウザルの右眼に1.0mgのPGF2αを適用後20分以内で、IOPは平均予処置値50mmHgから32mmHgに降下し、以後12時間はより緩やかに降下し最終的にコントロール眼と同様の値即ち14mmHgという値まで下降した。その後、両眼のIOPは約3日間同じ値を維持し、次に右眼が次第に元に戻り50mmHgという予処置IOPレベルに到達した。この正常圧期間には、右眼の角膜混濁が顕著に払拭されたが、IOPが40乃至50mmHgの範囲の基底値に戻ると混濁が再出現した。しかし乍らその後数週間は右眼のIOPはPGF2α適用以前よりもはるかに不安定な状態を示した。

実験例 2

オス及びメスの14匹のネコ(2.5乃至3.5kg)と2匹のメスアカゲザル(Mucaca mulatta:3、8及び4.0kg)とに対し、5乃至10mg/kgのケタミン(Ketaset:Bristol-Ayers Co.,シラキユーズ、ニユーヨーク)で軽度の鎮静作用を与えた。前記の如きケタミンの用量ではアカゲザルのIOPを有意に変化させずに鎮静作用を与えることが判明していた。実験中はアカゲザルをサル用椅子に落着かせた。

各々の眼に一滴の0.5%塩酸プロバラカイン(Alcaine:Alcon Corp.,フオートワース、テキサス)を点眼し、アカゲザルを含む数種の動物の眼に対する基準目盛の付いたニユーモントノグラフ(Pneumontonograph)(Alcon Corp)によつてIOPを測定した。新しい動物に対しては実験に使用する前日に数回の測定を行なつてトノメータに慣れさせた。各実験の0.5乃至1時間前にいくつかの基底測定値群を得、最も定常的な測定値群の平均値を算出した。眼圧計(pupel gauge)を使用し、常圧室内光で瞳孔直径を測定した。ネコでは鼻側頭(短い方)の直径を常に測定した。いくつかの実験では、赤外照明と赤外像変換器とを使用して完全闇でのネコの瞳孔直径を再測定した。スリツトランプ検査によつて前眼房のフレアと細胞侵入とを測定した。

等モル量のNa2CO3を添加して可溶性ナトリウム塩に変換したプロスタグランジンE2(PGE2α)又はプロスタグランジンF2αのトロメタミン塩(PGF2α:The Upjohn Cc.,カラマズー、ミシガン)を種々の濃度で含む食塩水溶液の50μlの部分サンプルを各ネコ又はサルの片眼に点眼した。対側眼には等容の生理的食塩水を点眼した。一群の実験では、PG溶液点眼の24時間、16時間及び2時間前に夫々2匹のネコに10mg/kgのインドメタシン(Sigma Chemical Co.,セントルイス、ミズーリー)を腹腔内注射して予処置し、他の2匹には予処置しなかつた。薬剤は全て投与直前に調製した。別の実験群では、PG溶液投与の20分前に4匹のネコの両眼を125μlの0.5%アトロピン(Isopto atropine、Alcon Corp)で処置した。全ての場合に、PG投与後72時間までの種々の経過時間に於いてIOP及び瞳孔直径の測定と前眼房のフレア及び細胞侵入とを観察するスリツトランプ検査とを行なつた。

アカゲザルは入手し難いので、2匹のアカゲザルの各眼に対しPGの種々の用量を任意の順序でテストした。同じ眼に対する2種類のPG含有溶液の適用の間に少くとも7日間の間隔を置いた。ネコが再使用される程度ははるかに少なかつた。殆んどのネコに対しては1つの眼に1種類の溶液しかテストしなかつた。従つて各テストの間の間隔は少くとも1週間でよかつた。いくつかの場合、観察し得る反応が生じないか又は低用量のPGに対して軽度の反応しか生じない眼は再度テストに使用されたが、この場合には最初のPG溶液による処置以後2週間以上の間隔を開けた。

ネコの結果

1000μgまでのPGE2の点眼によりネコの眼でIOPの有意な降下が生じた。対側眼のIOPに比較してIOPの最大降下はPG投与の1乃至8時間後に生じた。500μgのPGE2を投与した眼に於いて最も大きく最も持続した降圧反応が生じた。眼圧測定を余り頻繁に行なわなかつた眼に於いて、IOPは基底値を6mmHg下回る値に48時間維持されていた。この降圧以前に初期高圧期は存在しなかつた。対照的に1000μgのPGE2を点眼すると0.25乃至2時間後に顕著な初期眼圧亢進が生じ6時間後にコントロール対側眼のIOPを11.7mmHg下回る最大降下に達した。同用量のPGF2αを点眼してもIOPの反応の大きさ及び持続時間はPGE2により生じた結果と同様であつた。

1.0μgのPGF2αを点眼すると、しきい値縮瞳反応を生じ1時間で瞳孔直径は平均1.5mm縮小した。即ち11mmが9.5mmに縮小した。5μgのPGF2αを点眼すると、最大値の約1/2の縮瞳反応が生じ瞳孔直径は2時間で5mm以上縮小した。PGF2αの用量100μgの場合2時間以内で明らかに最大縮瞳反応に達した(瞳孔直径9.5mm縮小)。この最大縮瞳反応の程度又は持続時間は10倍用量(1000μg)のPGF2αで処置した場合にも変わりはなかつた。瞳孔の光反射を遮断すべく十分な量たる0.5%のアトロピンをネコに点眼して予処置しても、点眼されたPGF2αの縮瞳効力は変化しなかつた。同様の用量のPGE2を投与すると縮瞳反応ははるかに穏やかであつた。しきい値縮瞳反応を生じるPGE2の用量は100μgであり、100倍の容量を使用しても瞳孔直径は最大値に近い縮小を生じるのみであり(10mmから2.5mm)、その後急激な散瞳が生じた。

1つの実験に於いては、PGE2を点眼する前に4匹のうちの2匹のネコをインドメタシン(10mg/腹腔内)で予処置した。インドメタシン予処置ネコとコントロールネコとの間で縮瞳反応及びIOP反応の差は見られなかつた。このことはPGE2によるIOP降下作用がPG5の合成及び/又は内因性前駆物質からの近縁のシクローオキシゲナーゼ産生物の合成の刺激に起因するものでないことを示す。数グループのネコに於いて最大孔縮小が生じた時の瞳孔直径を常室内光及び完全闇(赤外像変換器により)の双方に於いて測定した。両眼の瞳孔は完全闇中では室内光に比較して軽度に(1乃至3mmだけ)拡大したが、PG処置眼とコントロール対側眼との瞳孔直径の差には殆んど影響が無かつた。

これらのネコのいずれかに於いて1000μgまでのPGF2αの点眼後の任意の時点で慎重なスリツトランプ検査によりフレアを観察したが、フレアは見られなかつた。100又は500μgのPGE2の点眼の2乃至18時間後に殆んどのネコの前眼房にある程度のフレアが見られたが、10μgのPGE2の投与後には見られなかつた。

アカゲザルの結果

アカゲザルの眼に100、500又は1000μgのPGF2αを点眼すると2時間以内にIOPの有意な降下が生じた。より少ない用量即ち10μgを適用した場合同様の効果は生じなかつた。100又は500μgのPGF2αの適用後にIOPの有意な初期上昇は見られなかつたが、1000μgのPGF2αを適用すると短時間に(<30分)IOPの8mmHgの初期増加が生じその後基底値を5mmHg下回るまでIOPの降下がより長時間持続した。100μgのPGE2又はPGF2αの適用の場合極めて似通つたIOP効果が生じ、最大降下は夫々5及び6mmHgであつた。しかし乍らPGE2で処置した眼ではPGF2αを投与した眼よりもIOPが基底値に戻るのが遅かつた。PGE2及びPGF2αのいずれの場合にも3乃至10時間はある程度のIOP降下が維持された。

この実験で使用したいかなるPGF2αの用量を点眼した後にも、アカゲザルの眼の縮瞳は観察されなかつた。しかし乍ら100μgのPGE2は軽度ながら有意の瞳孔直径縮小(3mm)を暫時生じ、その後、PG投与の2時間後までにほぼ基底値まで散瞳した。100μgのPGF2又は1000μgまでのPGF2αの点眼後任意の時点で慎重なスリツトランプ検査を行なつても、アカゲザルの前眼房のフレア又は細胞侵入は全く検出されなかつた。

表1及び表2は実験例2で得られた結果を要約したものである。

表1

種々の用量のPGE2又はPGF2αをネコの片眼に点眼して3~6時間経過後のIOP降下の最大値の比較*

IOPの差(テストーコントロール)の平均値(mmHg)

<省略>

※ 指示用量のPGE2又はPGF2αの点眼の3、4及び6時間後のIOPを測定し、各動物で3回の測定に於ける差(IOPテストーIOPコントロール)の最大値を常に採用しこれらの平均値を算出した。

表2

PGF2α又はPGE2の点眼により誘発されたアカゲザルのIOP降下の程度及び持続時間

<省略>

※ A及びBはこの実験で使用された2匹のサルを示す。

実施例 3

雑種で雌又は雄の14匹のネコ(2.5乃至3.5kg)を麻酔をかけなくてもつかまえておとなしく眼圧測定を行うことができるように、4乃至7日間毎日条件付けした。0.5%の塩酸ブロパラカイン(Alcaine,Alcon Corp,フオートワース、テキサス)を1滴片眼に点眼し、浮動先端付空気圧トノメータ(空気トノグラフ:Alcon Corp)を用いてIOPを測定した。通常の室内光中及び/或いは薄暗光中でミリメートル定規を用いて瞳孔直径(鼻と側頭間)を測定した。全眼をスリツトランブで検査し、眼炎症の徴候を示さなかつた動物だけをこの実験の対象とした。

100或いは500μgのブロスタグランジンE2(PGE2)或いはF2(PGF2α)を含有する食塩水溶液又は0.2mg/ml Na2CO3の食塩水溶液50μlを通常24時間間隔で、しかし場合により12時間、48時間、或いは72時間間隔で各動物の片眼に点眼した。同量の賦形剤溶液を対側眼に適用した。前の実験(実験2)に基き、7ヶ月間の各治療段階で点眼されたPGE2用量を片眼につき100μgとし、例外として治療100日目ではこれらの動物の眼に500μgが点眼された。しかしこの高用量のPGE2を点眼した結果、全ての治療眼の前眼房に明白なフレアが発生したため、再適用されなかつた。別に6匹のネコにはより短い期間片眼につき100或いは500μgのPGF2αを片眼に点眼された。

大抵の場合毎日午前9時頃(朝のPG処置直前に)、及び殆んど毎日、朝の処置以降1,3,4及び6時間後、IOPと瞳孔直径を測定した。毎日2回処理する場合、2回目の処置を午後9時と10時の間におこなつた。これらの動物の実験眼から対照眼へ局所適用されたPG5が転移する機会を最小限にするため、各IOP測定の間に食塩水溶液でトノメータブローブを洗つた。スリツトランブ検査をPG適用後4乃至5時間後におこない、前眼房フレアと細胞浸入とを調べた。

5乃至7才の雌の2匹のアカゲザルでも同様な実験をおこなつた。これらの動物は過去3年以上にわたり眼薬の研究で実験動物として間欠的に使用されており、最近ではこの種類の動物でのIOP低下に必要なPGF2αの1回分適用量を決定するのに用いた(実験2)が、本実験前3ヶ月間は全く使用していない。両方の動物を本実験を通じ椅子に落着かせた。一方の動物は、各IOP測定前に、局所麻酔(Alcaine)を施した他塩酸ケタミン(Ketaset:Bristol Labs,シラキユースNY:20~30mg/kg)を筋肉内注射して軽く鎮静させなければならなかつた。他方の動物は局所麻酔だけで眼圧を測定し得るほど十分協力的であつた。各動物の片眼に100μgのPGF2αを含有する溶液50μlを6日間1日2回(午前9時と10時の間、及び午後4時半と10時の間)点眼した。実験開始7日目から12日間で用量を各処置につき片眼当り500μgにまで増量させ、例外としては9日目に朝の処置だけを施し、10日目には動物に何の処置も施さなかつた。開始25日目に各PGF2α用量を5日間片眼につき1000μgにまで増量させた。通常IOPを朝の処置直前及び朝の処置後2、4及び6時間後に測定した。

各処置直前に等モル量のNa2CO3の食塩水溶液を添加して、PGE2の遊離酸をより水溶性のナトリウム塩に転換させた。より水溶性で安定性の高いPGE2αのトロメタミン塩を定期的に食塩水中で調製し、数日間冷凍した。眼内圧の結果

処置前4乃至7日間1日3回基底眼圧を測定したところ、ネコの左眼と右眼のIOP間の差はほとんどなかつた。ネコの眼へ100μgのPGE2(0.2%溶液)を片側点眼後1時間以内では、処置眼のIOPは基底値よりもかなり(<0.01;対のt-テスト)低かつた。処置前のIOPレベルへの戻りが6時間まで多少観察されたが、ネコのPGE2処置眼のIOPは、最初のPGE2適用の24時間後でもこれらの眼の処置前の基底IOPよりも、或いは同時に測定した対側の食塩水処置眼のIOPよりもかなり低いままであつた(p<0.2)。次いで、24時間後のIOP測定直後に同一眼に100μgのPGE2を点眼すると、IOPがより緩やかに減少した。しかし2回目の処置後夫々3及び24時間後の降圧作用は、最切のPGE2点眼後に比してより顕著でより持続性を有していた。

4回目の処置24時間後に午前9時のIOP値の最低が測定され、毎日PG点眼しても点眼後最初の2時間以内にかなりのIOP低下が観察されたが、この処置のその緩3日間は大体この低いレベルに維持された。最初のPG点眼後7日目と10日目の間及び105日目と123日目の間にこれらのネコの眼を1日に2回同一用量(片眼につき100μg)のPGE2で処置すると、連日処置中にIOPのより大きな低下が通常見られた。1日に2回の処置でもPG点眼間のIOP変動は最小であつた。

対側対照眼のIOPは多少の変動を示し、これらの変動は大抵処置眼に見られたIOP低下よりもはるかに程度が小さく、持続時間も少なかつた。しかしこれらの変動の1部は処置眼でのPG誘発によるIOP低下に比較すると多少遅れているが、この減少に一時的に関連しているように思われた。

これらのネコの眼のPGE2処置を10日目と13日目の間、14日目と16日目の間、及び115日目と118日目の間で72時間中断すると、実験眼の午前9時でのIOPにはかなりの上昇が見られた。20日目に開始してこれらのネコに10日間にわたり隔日毎に1回のPGE2処置を施すと、処置眼のIOPは数日間最初のPG点眼前に測定されたレベル以下に、及び犬抵の場合同時測定した対側眼のIOPよりもかなり下に維持された。1曰1回の処置を30日目と99日目との間で、118日目から7ヶ月間の治療期間の最後まで再開すると、実験眼のIOPは対照眼のIOP以下に維持された。処置100日目に、片眼につき500μgのPGE2を一回適用すると、実験眼のIOPが更に低下した。しかし適用量のPGE2を没与すると、これらの眼の前眼房にかなり大きなフレアが発生したため、再適用されなかつた。

別の6匹のネコの右眼に100μgのPGE2αを局所適用すると、質的に同様な結果が得られた。最初のPGF2α適用の4時間後に、処置した眼のIOPは23±1.6の基底値から17±1.1mmHgにまでかなり大きく(p<・-0.5)低下し、7日間の処置期間中低下したままであつた。これらの動物の対側眼のIOPはかなり大きな変動を示した。実際、最初のPGE2αの処置の24時間後側眼のIOPは処置眼とほとんど同程度に低下した。100μgのPGF2αでの最後の処置の12日後に、高用量(500μg/眼)のPGF2αで同一眼の連日処置を開始すると、IOPのより大きな低下が見られ、この低下はこの処置期間中続いた。

アカゲザルの眼に100μgのPGF2αを局所適用すると実験眼のIOPが低下した。最初PGF2αを100μg局所適用後6時間以内に観察されたIOP低下の最大値は、第3日、第5日、第9日、或いは第11日目に1日に2回同一用量を適用した後測定された場合に比して極くわずかに大きかつた。最初のPGF2α500μg適用後6時間以内に得られたIOPの最低値は、100μgのPGF2αの最初の適用後得られた値に、及びその後の500μgのPGF2αの適用後得られた値に等しい。しかし4日間中断した後PGF2αの1日2回用量を5日間で片眼につき1000μgにまで増加させると、実験眼のIOPは500μgのPGF2適用後得られたIOPよりもわずか低いレベルにまで低下した。これは、この種類の動物でのIOP減少に対する最適PGF2α用量は片眼につき100μgと1000μgの間にあることを示す。第2のアカゲザルでも前記と同様な結果が得られた。しかしこの動物ではIOPを測定するにはトランキライザを用いねばならないという事実によりIOP測定が多少面倒であつた。

注目すべきことに2匹のアカゲザルの朝の処置は全て大体午前9時頃に実施され、2回目の処置は午後4時半と10時の間でなされた。従つて朝の処置直前に得られたIOP値は前回の処置の17時間後に得られた値と言い得る。夕方の処置時間の変動及び、9日目と11日目との間と19日目と23日目との間で処置中断とにより、朝の処置直前に得られたIOPの変動の説明が大方つく。

他の所見

PGE2はネコの眼に最低の縮瞳だけを生起したが、PGF2αの毎回の適用後ネコの実験眼には強い用量依存性の瞳孔収縮が比較的短い期間(1乃至6時間)観察された。しかし100μgのPGF2αでの最終処置の24時間後、実験眼の瞳孔直径は対側眼の瞳孔直径よりもかなり大きかつた(7.5±0.6対6.5±0.8mm;p<0.02)。PGF2α用量を1日当り500μgにまで増量すると、各処置後最初の4時間以内での縮瞳の程度が増加した。実験眼対対象眼の瞳孔直径の比が片眼につき500μgのPGF2αを毎日適用した後24時間後には逆転し、この治療の最初の数日間に特に見られた。この現象は実験眼へPGF2αを適用した数時間後に発生し且つ24時間以上続いた対照眼での僅少な(1-2mm)瞳孔収縮によるものと考えられる。特にネコにおける絶対的な瞳孔の大きさは本研究では制御されなかつた幾つかの要因により影響され得るため、この現象の性質を確定するには更に研究が必要とされよう。

100μgのPGE2或いはPGF2αでの連日処置の4-5時間後にネコの眼をスリツトランプで検査すると、処置の最初の何週間かの間実験眼或いは対側眼のいずれに於いても前眼房のフレア発生がほとんど或いは全く見られず、また前眼房への細胞侵入が見られなかつた。前記のように、500μgのPGE2を6匹のネコの実験眼に適用した後では、全ての処置眼では、高用量のPGE2適用後3-4時間以内に発生し、数日後でも大抵の眼に検出され得る前眼房の広範囲なフレアがみられた。

しかし注目すべきことに、PGE2治療に加えて、数ヶ月間にわたり殆んど毎日予めAlCaineを一滴点眼後1-4眼圧測定がおこなわれた。対側対照眼にも同数の眼圧測定とAlcaine点眼を施したが、時には対照眼でもフレアの発生が観察された。過量のPGE2投与、PGE2による全身性副作用、及び眼圧測定により生起された外傷などを含む種々の要因の組合せの結果がフレアを誘発するという可能性を除外得ない。

この実験は、主に過耐性或いは耐性を発生させずに長時間にわたり眼内圧を低く維持するためにPG5が用いられ得るということを示すためであつた。従つてこの特別な実験では、眼圧測定がいくつかの他の所見に不都合であつたとしても、眼圧測定を優先させた。

各PGE2或いはPGF2αの局所適用後、ネコの処置眼のまぶたを或る時間縫合した。投与されたPGの賦形剤溶液は不快感を最小にすべく調整されていないため、この実験ではまぶた閉鎖(lid-closure)反応を定量測定する試みはしなかつた。本文に記載の処置期間のいずれに於いても他の副作用は見られなかつた。PGE2処置グループに含まれる3匹の雌ネコは夫々処置の118日目、126日目及び150日目に5匹、7匹、6匹の同腹の子ネコを産んだ。描の妊娠期間は639であるため、受胎、分娩、及び授乳は全てPGE2処置期間中におこなわれた。全ての小ネコの様子は誕生時及び離乳時に全ての点で正常であつた。

本研究に用いられたPGF2αの用量では、アカゲザルで最小の縮瞳しか生起しなかつた。1日2回のPGF2α適用後見られた瞳孔収縮の大きさ或いは持続時間は、以前のPGF2αの1回適用(実験2)後得られたものとは大きくは異なつていなかつた。実験眼の前眼房には極くわずかのフレアしか観察されなかつた。この時たま生じるフレアはPGF2αの直接の影響によるのか、或いはこれらの動物が市販の眼薬を局所適用されると霊長類の手が自由になるやいなやほとんど必ず眼をこするか、この眼をこすることにより生起される外傷によるのかは定かでなかつた。

実施例 4

エイコサノイド類特にプロスタグランジン類の眼圧降下作用に対する差異を決定するために研究した。局所適用6時間後に平均眼内圧を5mmHg以上降下させる化合物の中で降圧能は次の順であつた。PGF2αメチルエステル>>PGE2>PGF2αトロメタミン塩>PGF2α。ネコにエイコサノイド類を局所適用した際の眼圧降下能を第3表に要約する。

第3表は、ネコの片眼に局所適用後6時間のエイコサノイド類と他の化合物の眼圧降下能を比較した結果である。

第3表

<省略>

* (10Pexp)-(10Pcon)の平均値(mmHg)±SEM:(n)

** 落花生油中で

*** (15S)-ヒドロキシ-9α、11α-(エポキシメタノ)プロスター5Z、13E-ジエン酸

**** {4-〔3-[2-(1-ヒドロキシシクロヘキシル)エチル]-4-オキソ-2-チアゾリジニル〕プロピル}安息香酸

要するに、第3表に示されたPG化合物はばらばらにでなく化合物の分類の代表として選定したものであることに注目されたい。さらに注目すべきことは、これらのPG化合物は種々の物理的及び化学的性質を有しており、身体の臓器系に対する効果も副作用も種々であることが知られている。従つて眼圧降下剤としての有用性に関してこれらの化合物はさまざまな利点並びに欠点を有する。

PGE2は眼圧降下剤としてPGF2αよりもかなり有用であるが、PGE2のいくつかは血液一房水障壁破裂、眼圧亢進及び虹彩充血などの幅作用も強いことが判明している。さらにE型のPGを生体内、特にPG輸送抑制剤で前処理した動物へ、多量投与した場合、網膜電気作用に対して悪影響を持つことが示されている。PGF2αでは同一条件でも網膜上での効果と眼球皮質に対して局部適用された時に視覚的にひき起こされた脳の応答に対する効果とは同様でないことが判明した。さらにE型のPGは水溶液内で不安定であるが、PGF2α、その塩及びそのほとんどの誘導体は室温に於いてもきわめて安定性がある。最後にF型のPG5はPGE5よりもより水溶性である。以上の考察から、F型のPG5はE型のPG5より緑内障を長期治療する際強力な治療薬としてより多く選択され得ることが示唆される。

遊離酸及びトロメタミン塩の2種のPGF2α製剤を比較すれば、遊離酸と当用量のトロメタミン塩を適用してもトロメタミン酸塩はより有効であることが示唆される。さらにトロメタミン塩は遊離酸よりより水溶性である。

16-16-ジメチル-PGF2αは、PG5の不活性化の第一段階での使用が公知である酵素の、15-ヒドロキシープロスタグランジンーデヒドロゲナーゼの作用部位で立体障害が生ずるために直ちに代謝されないPGF2α同族体を代表して選ばれたものである。この同族体の入手し得る量は限られているために50μg/眼までの量で実験されたにすぎない。この量までは6時間でも顕著な眼圧降下がみられなかつた。但し最大量に於いては局所適用後最初の数時間で幾らかの眼圧降下が見られた。このようなPG同族体はPGデヒドロゲナーゼに対する基質とならないが明らかに親PG5に比して該同族体の代謝並びに不活性化が緩慢であるため、多くの臓器系で親PGより効力が高いことが知られている。しかしながら、眼では上記のことはさほど有利でない。なぜなら眼内組織のPG代謝能が有力であるか知られてはいないからである。従つて、この種類の化合物を点眼することで効果が奏効されるとは期待できない。この結論は第3表の結果によつも支持された。更に、このような立体障害同族体は、眼科適用の際に別の危険が付加されると見倣され得る。何故ならば、局所的な眼内代謝がなく且つ眼外組織による代謝も期待薄であるために、このような同族体には全身を循環させるより効果的な独自の経路があると考えられるからである。さらに重要な点はこれらPG同族体には代謝防禦作用があるので、該同族体が肺を通過し得ることが予想される。従つてこれら同族体は代謝防禦作用のない親PG5又はPG5同族体に比較してさらに優れた全身的効果を有し得ると期待され得よう。

これらの考察から、最も優れたPG同族体は血液に対する流れの中で効果的に代謝され得、さらに肺で事実上完全に代謝され残りの身体各部に分配(delivery)されない化合物であることが示唆される。PG5の望ましくない副作用が主として胃腸器官及び女性生殖組織上で生ずると予想されることに注目されたい。15-ヒドロキシ基が立体障害されていないE型及びF型PG5は肺の流れの中で事実上完全に代謝され得るから、眼への局所適用後身体各部に分配される量は皆無ではないにしてもほとんど無視し得る程度である。

次に、局所適用後眼内組織に効果的に分配され得るPG同族体を選定することも重要である。PGF2αは角膜に効果的に浸透しないと知見されている。鞏膜は眼自体でPG5を浸透させるが鞏膜を介する浸透は結膜によつて妨げられるであろう。これらの考察から、親PGよりより脂溶性であり、それ故さらに容易に角膜上皮を通過することが期待され得るので、PG同族体の眼圧降下作用は親PGよりはるかにすぐれているであろうことが示唆される。本実験に於いてより脂溶性の同族体の代表がPGF2αメチルーエステルである。この化合物は水溶液中に実質的には溶解せず、落花生油には易溶性である。落花生油は医家向眼薬であるジイソプロピルーフルオロホスフエートのべヒクルとして広く使用されてきた。PGF2αメチルーエステルはその脂溶性を利用して角膜上皮を簡単に通過すると予想される。ほとんどの組織と同様角膜は多様なエステラーゼを含有する。PGエステルは親PGF2αへ変換されると期待され得るので、PGエステルが上皮関門を1度通過すれば、親水性の遊離酸は角膜固有質を介して拡散するであろう。

角膜上皮を介する浸透が増加した後に脱エステル化が起るという機構は多分PGF2αメチルエステルの顕著な眼圧作用も一因であろう。PGF2αメチルエステルはPGE2αよりアカゲザルの場合にもより強力な眼圧降下剤であることも知見された。アカゲザルの場合IOPをかなり低下させるのに必要なPGF2αの用量はPGF2αメチルエステルの少くとも10倍量である。

効力の増大は臨床上重要であることに注目しなければならない。明らかに局所適用薬剤の眼内組織へより効果的に分配されれば適用されるべき薬剤濃度を低下させることが出来、従つて眼外組織及び他のあらゆる身体臓器への作用も低下するであろう。

本実験に於いては、PGF2αメチルーエステルは脂溶性PG同族体グループの代表として用いられた。しかしながら、逆に蟻酸アルデヒド及び/又はその他の極めて有害な(potentially adverse)代謝物質に変換され得るメチルアルコールが、加水分解により放出され得るから、該エステルがヒトへ適用する理想的薬剤ではないであろうことに注意すべきである。メチルアルコールの摂取後ではこのような代謝物質は網膜に対して特に有害であることが知られている。IOPを低下させるために局所適用されるPGF2αメチルエステルの量は非常に僅少であろうから、脱エステル化の結果生じる僅かのメチルアルコールが網膜に達することは殆んどあり得ないことである。エチルまたはイソプロピルのような他のPGF2αエステルは、眼内組織に対するメチルアルコールまたはその代謝物質の効果が長期にわたつて累加され得ることが殆んどないから、長期にわたりヒトへ適用するにより適しているであろう。

エステルの加水分解速度はこのエステルグループのサイズ及び立体配置に依存されるから、親PGが角膜上皮を通つて眼球組織に移行した後そのエステル類からの親PG類の補給率は1種又はそれ以上のエステルを選択して使用することによつて修正され得るであろう。エチルとイソプロピルまたはイソプチルエステルとの混合物が長期間に及ぶ眼圧降下作用を呈するであろう。エチルエステルからのPGF2αが急速な眼圧降下作用を呈し乍らより迅速に眼内組織に分配されるが、一方でイソプロピル、イソプチルまたはより高級エステルはより緩慢に加水分解されて、角膜から、さらにはおそらく結膜または鞏膜からPGF2が緩除に放出されるであろう。

上述の通り、適当なベヒクル溶液中での有力な薬剤の安定性は重大な問題である。PGF2αメチルーエステルの安定性は優れていることが知見された。

さらに注意すべきことは、アカゲザルの場合にIOPを低下させるに充分な用量のPGF2αトロメタミン塩が、逆にサル及びネコに現われた数分間にわたる一時的な眼瞼閉鎖により示される如きある種の不快感をひき起こすのに対して、眼圧を降下させるに充分なPGF2αメチルエステルの油溶液を局所適用した場合ネコ及びアカゲザルの両方で耐性があらわれるが、さらにこれらのサルに於いてみられた眼瞼閉鎖は顕著でなかつた。これは、はるかに低濃度のPGF2αメチルーエステルが使用し得るからであろう。

親PG5に比較してより容易に眼球外膜を浸透する他のPG誘導体も同様に親PGより強力であることを期待され得る。この種のPG誘導体を一回投与した降圧作用の持続時間は、さまざまな加水分解速度を有するエステルを用いて調整されると期待することができる。

以上本発明を特定の具体例及び実験を参照し乍ら説明してきたが、このような例証は説明のためのものであつて本発明の範囲を限定するものではないことは勿論である。

特許公報

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