東京地方裁判所 平成7年(ワ)14393号 判決 1996年9月20日
原告
ユタカ合資会社
右代表者無限責任社員
菊本好一
右訴訟代理人弁護士
宍戸金二郎
被告
さくら抵当証券株式会社
右代表者代表取締役
菅原通利
右訴訟代理人弁護士
今井和男
同
古賀政治
同
正田賢司
同
森原憲司
同
吉澤敏行
同
市川尚
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
原告と被告との間において、原告が別紙一(供託金目録)記載の各供託金についてそれぞれ還付請求権を有することを確認する。
第二 事案の概要
一 争いのない事実等
1 株式会社秋本インターナショナル(以下「秋本インターナショナル」という。)は、別紙二(物件目録)記載の建物(以下「本件建物」という。)の貸室を、別紙三(賃貸借目録)のとおり、株式会社日進商会ら(以下、賃借人らを「第三債務者ら」という。)に対し、賃料は各月末日限り翌月分を支払うとの約定で賃貸した。
(争いがない。)
2 原告は、平成六年二月四日、秋本インターナショナルほか二名との間で、取引限度額を三〇〇〇万円とする継続的金銭消費貸借契約を締結し、同日、同契約に基づく借入金債務の担保として、秋本インターナショナルが第三債務者らに対して有する平成六年三月分以降右消費貸借契約終了時までの本件建物の賃料債権を譲り受けた(以下「本件債権譲渡」という)。秋本インターナショナルは、第三債務者らに対し、右債権譲渡を内容証明郵便にて通知し(以下「本件通知」という。)、同通知は同年二月四日以降同月五日までに第三債務者らに到達した。
(甲一の一、二、甲二の一、二、甲三の一、二、甲四の一、二、甲六)
3 他方、被告(当時の商号 三銀モーゲージサービス株式会社)は、東京法務局港出張所昭和五八年一二月一四日受付第三九〇四九号をもって設定登記された本件建物に対する抵当権に基づく物上代位(以下「本件物上代位」という。)により、平成七年四月一七日、別紙四(差押債権目録)記載の賃料債権の差押を申し立て、同月一八日、差押命令(東京地方裁判所平成七年(ナ)第三九三号)を得た(以下「本件差押」という。)。同差押命令は、同月一九日、第三債務者らに送達された。
なお、本件建物については、平成六年三月三日付けで、別紙二(物件目録)記載のとおり、区分建物とする旨の建物表示変更登記がなされている。
(争いがない。)
4 第三債務者らは、本件通知後、原告に対して本件建物の賃料を支払っていたが、本件差押がなされ、かつこれにより原告の債権譲受と被告の差押との効力の優劣に疑義が生じたとして、民法四九四条後段及び民事執行法一五六条一項に基づき、別紙一(供託金目録)のとおり、平成七年七月分以降の賃料(以下「本件賃料」という。)を供託した。
(争いがない。)
二 争点
既に発生している基本権たる賃料債権に基づいて将来発生する支分権たる賃料債権(以下「未発生の賃料債権」という。)について、債権譲渡がなされた後、抵当権に基づく物上代位による差押がなされた場合、その賃料債権に対して抵当権の効力が及ぶか。
第三 当裁判所の判断
一1 建物の賃貸人は、未発生の賃料債権を、その賃料債権の発生を条件として譲渡することができ、右債権が発生したときに直ちに権利移転の効果が生じる。
この場合において、賃料債権譲受人は、その債権の発生に先立ち、賃貸人が賃借人に対し確定日付ある証書をもって通知し、又は賃借人が確定日付ある証書をもって承諾することによって、未発生の賃料債権の譲渡について第三者に対する対抗要件を具備することができ、債権発生時に改めて対抗要件を具備する必要はないが、対抗要件の効力発生時期は、債権譲渡の効力発生時、すなわち債権の発生時と解するのが相当である。
2 他方、抵当権の目的物たる建物が賃貸された場合において、抵当権者が、その目的物たる不動産の賃料に対して物上代位をすることが認められるのは、抵当権の内容である優先弁済権に由来するものであるから、抵当権者の目的不動産に対する物上代位権は、抵当権設定登記により公示され、第三者に対する対抗力を具備するものというべきである。
民法三七二条が準用する三〇四条一項但書は、物上代位に際して差押を要求しているが、その趣旨は、物上代位による差押によって、第三債務者が金銭その他の目的物を債務者に払い渡し又は引き渡すことが禁止され、他方、債務者が第三債務者から債権を取り立て又はこれを第三者に譲渡することを禁止される結果、目的債権の特定性が保持され、これにより物上代位権の効力を保全せしめること等を目的とするのであり、差押は効力保全要件であって、第三者に対する関係では実体法上の対抗要件としての意味を有するものではないと解される(最高裁昭和五九年二月二日第一小法廷判決 民集三八巻三号四三一頁、同昭和六〇年七月一九日第二小法廷判決 民集三九巻五号一三二六頁 各参照)。
3 したがって、その優劣は、債権譲渡の第三者に対する対抗要件の効力発生と抵抗権設定登記の具備との先後によって決すべきである。
本件では、原告の本件債権の譲受について、本件通知により第三者に対する対抗要件の効力が発生したのは、本件賃料の発生時である平成七年六月三〇日以降であり、他方、被告が抵当権設定登記を具備したのは、昭和五八年一二月一四日であるから、被告の抵当権に基づく物上代位が優先する。
なお、未発生の賃料債権の二重譲渡等の場合においても、その間の優劣は対抗要件の効力発生ではなくその具備の先後によるものとすることも考えられないわけではないが、本件において、原告が債権譲受について第三者対抗要件を具備したのは平成六年二月四日以降同月五日以前であり、他方、被告が抵抗権設定登記を具備したのは昭和五八年一二月一四日であるから、右の見解によっても、被告の抵当権に基づく物上代位が優先することに変わりはない。
二1 ところで、物上代位による差押は、民法三〇四条一項但書により、「払渡又ハ引渡前ニ……為スコトヲ要ス」るところ、物上代位の目的となる債権が譲渡された場合についても、「払渡又ハ引渡」がなされた場合と同様に解すべきであり、物上代位が債権譲渡に優先するとしても、なお、現実に債権譲渡がなされる前に右差押をしておかなければならないこととなる。債権譲受人が物上代位による差押に先立ち債権譲渡について第三者に対する対抗要件を具備したときは、譲渡された債権はもはや債務者の一般財産から逸出し、差押の効力が及ばないからである。
2 そして、抵当権者が民法三〇四条一項に基づき賃料に対して物上代位による差押をする場合、抵当権者は、継続的給付に係る債権である未発生の賃料債権に対して、民事執行法一五一条により差押の効力を及ぼすことができる。もっとも、その差押の効力が発生するのは、第三債務者に差押命令が送達され、かつ、債権が発生して現実にその賃料債権の取立が可能になった時点である。
3 本件債権譲渡は、遅くとも平成六年二月五日には本件通知によって、対抗要件を具備しており、また、本件差押は平成七年四月一九日に第三債務者らに送達されているところ、本件賃料債権は、それらよりも遅れる同年六月三〇日以降に発生すべきものであるから、債権譲渡の第三者に対する対抗要件の効力と本件差押の効力は、いずれも本件賃料債権の発生時に生じたこととなる。
4 このように、債権譲渡の第三者に対する対抗要件の効力発生と同時に物上代位による差押の効力が生じたときは、右の時点において、当該債権が債務者の一般財産に帰属したままなのか、既に逸出したのかにつき直ちに決することができない場面にあるといえるから、債権譲受人は、当該債権が債権譲渡によって債務者の一般財産から逸出したことを当然には主張できないというべきである。このように解したとしても、本件のような場合は、前記一3のとおり、もともと物上代位権のほうが債権譲渡よりも優先しているのであって、実質的に債権譲受人に対して不測の損害を及ぼすわけでもない。
よって、債権譲渡の第三者に対する対抗要件の効力が発生した時期と物上代位による差押の効力発生時期が同一のときも、払渡し又は引渡し前に差押をした場合と同様に、民法三〇四条一項但書の要件を満たすものと解することができる。
5 したがって、本件物上代位の効力は本件差押により保全され、被告は本件賃料債権に対して抵当権の効力を及ぼすことができる。
三 結論
以上によれば、本件供託金還付請求権を有するのは被告であって、原告の本訴請求にはいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官南敏文 裁判官小西義博 裁判官納谷麻里子)
別紙一ないし四<省略>