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東京地方裁判所 平成7年(ワ)15889号 判決 1998年3月31日

原告

甲株式会社

右代表者代表清算人

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

錦織淳

深山雅也

原田勉

山内久光

右訴訟復代理人

園部裕治

被告

乙株式会社

右代表者代表取締役

丙野太郎

右訴訟代理人弁護士

平野耕司

渡邊清朗

山崎哲

海老原覚

主文

一  被告は原告に対し、金一一八四万三八二二円及び内金五一八万八〇六六円に対する平成七年四月一日から、内金六六五万五七五六円に対する平成七年八月二六日から、それぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

被告は原告に対し、金一八四九万九五七九円及び内金五一八万八〇六六円に対する平成七年四月一日から、内金一三三一万一五一三円に対する平成七年八月二六日から、それぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が被告から継続的に買い受けていた軽量気泡コンクリート(以下「本件商品」という。)の代金の支払いの際、平成元年五月から平成六年七月までの間、原告は被告に対し消費税を過払していたと主張して、不当利得返還請求権に基づき過払金の返還を求める(併せて訴状送達日以降の遅延損害金請求も含む)とともに、被告が原告に対し本件商品の買掛金担保のため提供した保証金残金につき、平成元年二月二〇日付け保証金に関する合意(以下「保証金特約」という。)に基づき、その返還(買掛金債務と保証金返還請求権との相殺日の翌日以降の遅延損害金請求も含む)を請求した事案である。

一  前提事実(特に末尾に証拠等を掲記しない事実は争いがない。)

1  原告は、鉄骨建築に関する外壁・屋根・床等の工事、特に本件商品(ALC版)の施工販売を業とする株式会社であり、被告は、建築資材の販売及び施工、塗料の販売、塗装工事及び土木建築の設計施工等を業とする株式会社である(なお、原告は平成七年四月二二日の臨時株主総会において解散決議がなされ、同社の代表取締役であった甲野花子が代表清算人に就任し、現在清算中であることは、弁論の全趣旨から認められる。)。

2  原告は、昭和五四年ころ、被告との間で、被告が訴外丁株式会社(以下「訴外会社」という。)から買い入れた本件商品を被告から購入する契約(以下「本件継続的売買契約」という。)を締結し、以後右の売買が被告と原告間において継続的に行われてきたが、三パーセントの消費税が施行された平成元年四月一日の直前は、原告は、本件商品の代金として、被告が訴外会社から購入した本件商品の代金に上積率(後記本件請求期間については五パーセント)の金額を加算した金額を、被告に支払ってきた。

3  本件請求に係る平成元年五月から同六年七月に至るまでの期間(以下「本件請求期間」という。)に、原告が被告に対し、本件商品の売買に関し支払った金額は、(別紙)原告の被告に対する消費税過払金額の内訳表中の「原告が実際に支払った金額」記載のとおりであり、他方、原告の主張が正当であるとした場合、被告が原告から受領すべき金額は、同表中の「被告は本来請求し、受領し得る金額」欄記載の金額で、被告が原告に返還すべき消費税額は、「消費税過払額」欄記載の金額である(弁論の全趣旨)。

4  原告と被告は、本件継続的売買契約に付随して、原告が右契約に基づき負担する買掛金債務の担保として被告に対し保証金を差し入れること、この保証金に対しては一定の利息が発生するが、その利息は保証金に繰り入れること、ただし、右契約が解除され、かつ原告が被告に対する債務の履行を完了したときに被告は原告に対し保証金を返還すること、保証金の額は月間取引額の三か月相当分に達するまで毎月の取引額の三パーセントを歩積金として積み立て、歩積金を一年ごとに保証金として差し入れること、被告は、本件商品の販拡に関し、原告が所定の目標を達成した場合には、原告に対し、毎年販拡褒賞金=奨励金を支払うが、これは右保証金に合算すること等を合意した。

原告は、右合意に基づき、平成元年までに積み立てた保証金に加えて、平成元年三月分より継続して歩積金の積立により保証金を差し入れ、さらに原告が本件商品の販売目標を達成した年には奨励金が保証金に合算され、右保証金には定期的に利息が加算された。平成七年二月二二日の時点において、右保証金の元利合計額は金一六九九万二三五〇円であった。

原告は、平成七年一月末日、解散に向けて休業することになり、原被告間の本件継続的売買契約も解除された。原告の被告に対する買掛金債務の残債務は、同年三月末日時点において、金一一八〇万四二八四円であった。

右買掛金残債務と右保証金とを対当額にて相殺すれば、保証金の残額は五一八万八〇六六円となる。

5  原告は、平成七年三月末日ころ、被告に対し、買掛金債務と保証金とを対当額にて相殺する旨の意思表示をし、これが同日ころ被告に到達した(甲一二九、原告代表者、弁論の全趣旨)。

二  争点

本件訴訟における争点は次のとおりである(なお、被告は、本件は商人間の売買代金の返還請求権であり、民法一七三条一号の規定の適用又は準用があり、仮にこれが認められないとしても、商法五二二条所定の五年間の消滅時効が適用されるべきである旨主張するが、本件は売買代金の請求ではなく、原告が売買代金として被告に支払った金額に過払いがあったと主張し、その返還を求めるものであるから、右各規定の立法趣旨である取引の迅速な解決を図る要請は特になく、したがってこれらの規定の適用又は準用はないと解するのが相当であるから、主張自体において理由がなく、争点に掲記しないこととする。)。

1  原告が被告に支払うべき金額中、消費税算定の基礎となる金額に、被告が訴外会社に支払うべき消費税額は含まれる(被告主張)か、それとも含まれない(原告主張)か(これは、原被告間の本件継続的売買契約における売買代金の合意の解釈の問題であるが、消費税施行前にこれを予想して当事者双方が右売買代金額を合意したとする主張、立証はないことから、被告において消費税施行後、原被告間で特別に合意しない限り、その施行前の右売買代金の合意内容については右原告主張のとおり被告の訴外会社に対し支払うべき消費税額を考慮すべきではないと解するよりほかないというべきところ、被告は右特別の合意を主張するので、右合意の存否が争点となるが、この点の主張、立証責任は抗弁たる性質に照らして、被告にある。)。

この点に関する当事者双方の主張の要旨は次のとおりである。

(被告)

被告は、本件請求期間中、原告宛毎月の請求書に訴外会社の被告宛請求書を同封し、原被告間の本件売買代金額算定の根拠を示しており、これに対し原告は五年以上も異議を述べずに被告請求金額を継続的に支払ってきた。その間、平成元年五月ころ、原告の当時の代表者甲野次郎(以下「前原告代表者」という。)は被告に対し、消費税施行に伴う代金の計算方法につき問合せをし、被告は訴外会社に支払った代金額(消費税を含む)に五パーセントの金額を加算し、さらに消費税を付加していることを説明し、原告はこれを了承していたうえ、平成三年一一月には、前原告代表者から被告に対し、本件売買に伴い、原告が被告に預託していた保証金に関する問合せがあり、被告はその際、売買代金と消費税の計算方法についても説明をし、右代表者はこれを了承していた。これらの事情によれば、前原告代表者が本件請求期間中、原告の各請求に対し、本件売買代金の算定方法を理解し、右各請求金額につき個別的に同意していたか了承していたというべきである。そして、このような算定方法を被告がとるようになったのは、消費税施行に伴い被告が訴外会社に支払うべき金額が消費税分増加し、この増加分について、被告は原告から代金を回収するまでの期間(原告の被告に対する支払は毎月末日締め、翌月二五日に一二〇日のサイトの手形により行われていた。)、従前に比し資金回収のリスク、資金繰りによる借入れのための利息等につき負担を負うことになったための合理的根拠に基づくものであり、このことも右個別的合意又は了承を裏付けるものである。

(原告)

原被告間の本件売買契約は継続的契約であり、したがって売買代金の合意が各回毎に格別に行われたとする被告の主張は極めて不自然な主張である。

のみならず、被告の原告宛請求書に訴外会社の被告宛請求書が添付されていた最大の意義は、本件商品の発注及び納品が訴外会社と原告間で直接行われるため、納品された商品とその代金の請求書に記載してある商品とを原告において照合するためであり、原告において、訴外会社から被告へ送付された請求書と、被告から原告へ送付された請求書との消費税に関する照合等は予定されていなかった。また、消費税施行の際、前原告代表者が消費税について問合せをしたことがあったが、それ以上右問合せの具体的内容は判然としないから、原告が被告からの請求書の代金の内訳をすべて了承していた事実はない。

さらに、原告が主張する個別的合意の合理的根拠についてみても、消費税施行後は消費税分だけ多く保証金を差し入れていたから、それ以上に特に消費税分だけ別途危険負担を考慮する必要はなく、消費税施行当時の保証金では代金回収のリスクを担保するには足りないというのであれば、原告はさらに三パーセントを上回る高率の保証金の積立てを求めればよかったもので、そのことは個別的合意の合理的根拠とはなり得ない。

2  仮に1における被告主張が認められないとしても、原告は、平成六年八月、本件請求のうち、平成五年八月一日から平成六年七月三一日までの売買代金差額金一三六万二五三三円を実質的な値引きとして被告が支払い、平成五年七月分以前のものについては、原告は被告に対し返還請求しない旨合意し、平成五年七月分以前の請求権を放棄した(被告主張)かそうでない(原告主張)か。

3  仮に1及び2の各被告主張が認められないとしても、1における被告主張の要旨欄に指摘した被告の請求方法、原告の問合せに対する被告の説明等の事情や、原告が営利企業たる会社であることからすれば、原告は、被告主張の売買代金算定方法を了承・認識したうえで支払をしたもので、非債弁済(民法七〇五条)にあたる(被告主張)かそうでない(原告主張)か。

4  仮に1ないし3に於ける被告主張が認められないとしても、前記各事情(右被告の請求方法、支払継続期間等の各事情)に照らし、本件請求は信義則に反する又は権利濫用に該当する(被告主張)といえるか、いえない(原告主張)か。

第三  争点に対する判断

一  証拠(甲一ないし一三二、乙一ないし一五の七、証人小澤直樹、原告代表者)及び弁論の全趣旨によれば次の事実を認めることができる。

1  本件継続的契約においては、原告が被告に対し、毎月末日締め、翌月二五日限り、期間九〇日(ただし、実際に原告が被告に支払いのため振出・交付した約束手形は一二〇日のサイトであった。)の約束手形で支払うという支払方法の合意があった。また、被告の訴外会社に対する支払は、毎月末日締め、翌月末日限り期間九〇日の約束手形払いの約定であった(したがって、被告は、原告から売買代金を現実に回収する前に訴外会社に対し現実の支払をしなければならず、代金回収の危険や訴外会社に対する支払のための資金繰り等を考慮する必要があった。)。

2  被告は、消費税施行前から、原告に対する毎月の請求書には、訴外会社から被告への本件商品の請求書写しを全て添付していた。訴外会社から被告に対する請求書には、各工事現場毎に納品した本件商品の種類、数量、単価、金額、合計請求金額、消費税額が記載されており、他方被告から原告への請求書には、各工事現場毎に納品した本件商品のトータルの代金額(ただしこの場合は消費税額も含めた金額)を単価として計上し、これに1.05を乗じた金額が金額欄に記載され、さらにこれらの各工事現場毎の金額を合計した金額とこれに対する消費税額の合計額も表示されていて、両者の記載方法は異なるが、これらを照合すれば、消費税に相当する三パーセントが実質的に二重に掛けられていたこと(すなわち、訴外会社の被告に対する本件商品の消費税額を除く純粋の売買代金額に対し、五パーセントの上積率に相当する金額を加算した金額に対する消費税額ではなく、訴外会社の右売買代金額に対する消費税額も含めた金額に対し、右上積率に相当する金額を計算し、これを加算した金額に対し消費税額を算定していることから、実質的に消費税の二重計上をしていることになる。)が容易に判明する。

3  原告の元代表者である訴外甲野次郎は、消費税施行の翌月である平成元年五月ころ、被告に対し、消費税施行に伴う代金の計算方法について問合せをしたが、被告は、これに対し、原告に対しては消費税を含む被告の訴外会社への支払金額に上積率である五パーセントを加算した代金及び消費税を請求していることを説明した。

4  平成二年五月に原告の元代表者は死亡し、その妻である現在の代表者が原告の代表取締役に就任したが、平成三年一一月ころ、右代表者は、被告に対し、保証金(原告の被告に対する買掛金債務を担保するための積立金)に関する問合せをした。これに対し、被告は売買代金と消費税の明細についてもその際説明した。

5  原告は、平成六年八月ころ、二回にわたり、被告の消費税計算方法が誤っているから原告がこれに基づき被告から請求を受けて過払いした消費税分を支払って欲しい旨及び被告の経営成績が極めて悪化していることから上積率(被告の利益率)を五パーセントから四ないし三パーセントに下げて欲しい旨を被告に申し入れた。これに対し、被告の経理担当者は、消費税計算方法に誤りはないこと及び既に決算が終ってしまったものは処理のしようがない旨返答した。そこで、原告は、それでは未だ決算が終了していない平成六年七月期(平成五年八月一日から平成六年七月三一日までの分)については、右過払分を決算に織り込んで欲しいこと及び上積率を下げることを要求した。被告は、右原告の申入れを社内で検討した結果、原告に対し、被告の消費税計算方法については誤りはなく、仮に誤っていたとしても被告の原告に対する請求内容は、原告に対し一〇〇パーセント硝子張り状態になっていたから、その誤りはすでに是正されていると考えるが、原告の事情を考察して、平成五年八月一日から平成六年七月三一日までの期間については、原告計算の過払金額一三六万二五三三円を保証金に繰り入れるとともに、平成六年八月一日以降の上積率を五パーセントから四パーセントに引き下げる、その代り右期間以前の消費税の取扱いに関する問題は一切解決したことにする旨の提案をした。原告は、この提案を受け容れず、平成六年七月期分にとどまらず、本件請求にかかる全期間の被告に対する過払金の返還を求めるとともに、平成七年三月、被告に対する買掛金の残額が保証金の額を下回ったので、その残額と保証金の相殺による保証金の返還を申し入れた。

6  原告は、平成元年四月分から平成六年七月分まで、被告の合計六〇回以上に亘る請求に対して、異議を述べることなく支払いに応じてきたところ、前記のとおり、平成六年八月に至って、被告の右請求については、本訴における原告主張のとおりの誤りがあるとの申入れを行ったものである。

二  以上認定の事実と前記前提事実を総合し、本件争点について検討した結果は次のとおりである。

1  争点1について

被告と原告との間の本件商品の売買は継続的契約であるところ、このような契約において、売買代金の合意が各回毎に格別に行われたとする被告の主張は極めて不自然な主張であるといわざるを得ず、この点からまず右主張には無理がある。

のみならず、本件全証拠に照らしても、原告が被告主張の売買代金額を真に理解し(被告主張の売買代金額は、通常とは異なり被告が訴外会社に対して支払うべき消費税額をも右売買代金の基礎とすることになる。)、これに合意していたとの事実を認めるに足りず、被告が原告に対し売買代金算定過程を硝子張りにした状態で行った六〇回以上の代金請求に対し、原告がこれに異議なく応じて支払ってきたという右認定事実だけでは右個別合意の事実を推認するには足りないというべきである。

もっとも、被告は、原告との個別的合意が成立したことについては、資金回収の危険を回避する等の必要性、合理性があった旨主張するが、このような必要性等については、別途保証金を増額する等の措置をとることにより対処することが可能であったというべきであるから、このことがただちに右個別的合意の右必要性等を根拠づけるとまではいえないうえ、右必要性等について原告の元代表者や現代表者に対して説明がなされ、これらの者が当時了承していたことを認めるに足りる証拠はない。むしろ、前記認定事実によれば、原告が平成六年八月以降本件売買代金の算定に誤りがあるとして本件過払金の返還を求め、被告がこれを全面的に拒否せず、一定の理解を示している事実(原告の経営状況に配慮したというだけでは説明できない。)に照らせば、被告から消費税施行後、原告に対し、そもそも右趣旨の説明がなされたということすら疑問があり、このような必要性等については、後日被告の売買代金の正当性を理由あらしめるために構築された疑いすら払拭することはできない。

以上によれば、争点1に関する被告の主張(抗弁)は理由がない。

2  争点2について

被告は、本件過払金返還請求権の放棄を主張するが、そもそも右放棄を明確に認めるに足りる証拠はない。

しかして、平成六年八月以降の原告と被告の間の交渉に関する右認定事実に照らせば、原告は平成六年七月期に関する過払分についてのみ被告の決算に織り込むように求めた事実はあり、この点が右放棄を窺わせる事情であるといえないこともない。しかしながら、これは決して原告がそれ以前の過払金の返済請求権を放棄したとまでいえるものではなく、被告の経理担当者がすでに決算済みのものは処理のしようがないと答えたのに対し、それではとりあえず決算未了の分だけでも被告の決算に織り込んで欲しいと求めたにすぎないことから、これをもって本件過払金請求権を放棄したとの事実を認めることはできない。

よって、争点2に関する被告の主張(抗弁)もまた失当である。

3  争点3について

原告が、被告による売買代金計算方法を理解し、これを承知しながら被告の請求に応じ、支払いを継続してきたとの事実を認めるに足りる証拠はない。

よって争点3に関する被告の主張(抗弁)についても理由がない。

4  争点4について

およそ不当利得は、財産価値の移動に関する一般的・画一的な制度の要請と個別的・相対的事情との矛盾を調整する公平の原則に由来する制度であるから、ある事実が法律上の原因を欠くに至ったのが、損失者と利得者のいずれの側の事情に基づくか、その原因力の大小と態様もまた返還義務の範囲を決定する要因となりうると解するのが相当であり(同旨、我妻榮、債権各論下巻一(民法講義V4)一〇五七頁参照)、その実定法上の根拠は信義則に求めざるを得ない。

そこでこれを本件についてみるに、本件過払金請求は要するに消費税施行後においてその影響を受けた本件売買代金の算定に誤りがあったとして、被告が原告に対し過払いとなった売買代金分の返還請求をしたものであるところ、右売買はいずれも商人である原被告間の商取引といえるから、売主である被告のみならず、買主である原告においても、商取引の迅速性に寄与するため、自己が売主に対し支払うべき売買代金に誤りがないかどうかを確認すべき信義則上の義務があるというべきである。殊に本件の場合、消費税施行後において、買主である原告が売主たる被告に支払う金額は、消費税を考慮した金額となることから、より一層の慎重な確認が求められるべきであり、これをあげて売主側の一方的責任に帰せしめることは許されないといわざるを得ない。

以上を踏まえて、本件について判断するに、前記認定事実及び前提事実によれば、被告は、原告から本件売買に基づく被告作成の請求書とともに訴外会社の被告に対する請求書の写しを送付しており、これらを照合すれば本件過払いの事実を発見することは比較的容易であったことが明らかである。しかも、原告の元代表者は、消費税施行後その影響を受けて本件売買代金の算定方法について被告の説明を受けており、その際その説明が正しいものであるかどうかを調査しておけば、本件過払いの事実は容易に判明し得たものと認められる。このことは原告の現代表者についても保証金の算定方法について被告から過去に説明をうけているのであるから、その点についても調査をなし得たと考えられる。しかるに、原告は、これらの調査を怠り、漫然と被告の請求に六年間以上応じて支払いを継続した後になって、本件過誤に気づき被告との交渉を経て本件請求に及んだものである。このような請求をかなりの時間が経過した後に受けた被告にとっては、高額な過払金を一時に支払わなければならなくなり、資金繰り等の困難に直面するばかりでなく、誤った売買代金額を前提とした消費税の納入を是正するために管轄税務署に対し更正請求をしなければならなくなる等の著しい不利益を受けることになり、このような結果をそのまま是認することは、商取引の迅速な解決の要請に反する結果をもたらしかねないといわざるを得ない。そして、このような不利益は、単に過誤を生じさせた被告が全て甘受すべきであるとは到底言えず、右のような事情を勘案すれば、被告と契約関係に入った共同当事者である原告においても、その過誤を生じた原因につき相当の帰責性が認められるから、契約関係を支配する信義則により、被告の責任は軽減されてしかるべきである。さらに、右過誤を知りながら被告がことさらに原告に対し過払金部分について請求を継続したとの事情を認めるに足りる証拠はないことをも併せ考慮すれば、本件過誤についての帰責性は、原告被告とも同程度であり、したがって原告には本件過誤について五割の帰責性があると認めるのが相当である。

もっとも、原告は、訴外会社の被告に対する請求書が原告に送付される最大の意義は、訴外会社から原告に直接納品される本件商品の種類及び数量と代金額を照合するところにあったから、原告において、被告から送付される請求書の代金額が、消費税の施行を契機に消費税相当額以上に増額されていることなど認識し得るはずもなかったと主張して、原告の右帰責性を否定しており、この主張に符合する原告代表者の陳述書(甲一四五)が存在する。しかしながら、納品の確認は、納品時に注文書と納品を確認し、現物をチェックするのが通常であり、後から送付されてきた右訴外会社の右請求書の写しがその機能を果すとは通常考えられず、また原告代表者自身右請求書の写しをチェックしていたかどうかを尋問された機会に、右請求書が右機能を果していた旨の供述をしていない等の事情を併せ考慮すれば、右証拠はたやすく信用することができず、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。のみならず、仮に右原告主張のとおりであるとしても、原告には本件過誤を発見する機会が与えられていたことに変りはなく、またこれが困難であるともいい難いことから、原告の帰責性の程度に関する右判断を左右するに至らないというべきである。

そうすると、本件過払金請求中、請求額の五割を超える部分については、信義則の適用により、許されないというほかはない。したがって、争点4に関する被告の主張(抗弁)は、右限度において理由がある。

三  結論

1  過払金請求について

以上の次第で、原告の被告に対する過払金請求については、本訴請求額の五割相当額である金六六五万五七五六円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年八月二六日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の請求部分は失当として棄却を免れない。

2  保証金返還請求権について

前記前提事実に照らせば、被告の原告に対する買掛金債務と保証金返還請求権とを対当額で相殺した結果は、被告が原告に対し、保証金返還請求権に基づく金五一八万八〇六六円及びこれに対する相殺の意思表示が被告に到達した日の翌日である平成七年四月一日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払請求権を有することになる。

もっとも、右前提事実によると、被告と原告間の保証金合意では、原告の被告に対する買掛金債務の履行が完了した場合に保証金の返還が行われるものであるから、原告の右買掛金債務の履行が先に行われなければならないのではないかが問題となる。

しかしながら、右相殺の時点においては、本件継続的売買契約が合意解除されており、また右保証金は右契約に基づく原告の被告に対する買掛金債務を担保するものである性質に鑑み、右契約の終了に伴う清算段階において保証金の額が買掛金の残債務を上回っている場合には、保証金をもって残債務の支払いに充当しても余剰が残るから、原告から被告への買掛金の残債務を一旦履行させた後でなければ保証金の返還を認めないとするのは迂遠にすぎず、被告主張のとおり、対当額での相殺を否定する理由はなく、これを認めるのが相当であると解する。

よって、被告の本件相殺は有効であるから、右結論が正当である。

(裁判官堀内明)

別紙原告の被告に対する消費税過払金額の内訳表<省略>

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