東京地方裁判所 平成7年(ワ)17064号 判決 1999年1月29日
東京都世田谷区駒沢二丁目五二番八号
甲事件原告
田村樹
埼玉県八潮市中央二丁目八番地一四
乙事件原告
デンソン株式会社
右代表者代表取締役
田村樹
原告ら訴訟代理人弁護士
小林和則
兵庫県伊丹市鴻池字街道下九番一
各事件被告
相生精機株式会社
右代表者代表取締役
北浦一郎
右訴訟代理人弁護士
鳩谷邦丸
同
別城信太郎
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 甲事件
被告は、原告田村樹(以下「原告田村」という。)に対し、金一〇三万円及びこれに対する平成七年九月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 乙事件
1 被告は、別紙目録一記載の形態の金型反転機を製造し、販売し、又は頒布してはならない。
2 被告は、原告デンソン株式会社(以下「原告会社」という。)に対し、金六九一万二三〇六円及びこれに対する平成八年五月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 争いのない事実等
1(一) 原告田村は次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)を有していた。
登録番号 第一六七六六四六号
考案の名称 金型反転機
出願日 昭和五六年一月八日
公告日 昭和六一年九月九日
存続期間満了日 平成八年一月八日
(二) 本件考案の明細書(以下「本件明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲の記載は次のとおりである。
「同一水平軸へ、その左右に配した扛重盤の基端部を回動自在に取付けると共に、前記各扛重盤の基部下側は、各扛重盤を前記水平軸を中心として水平位置から直立位置まで回動させるべく、前記水平軸と直角に設置した油圧シリンダーのロツドに連結した金型反転機」
2 本件実用新案権の出願経過は次のとおりである(乙一の一ないし三、乙四ないし六)。
(一) 原告田村は、昭和五六年一月九日、本件考案に係る実用新案登録出願をしたが、右出願の明細書の実用新案登録請求の範囲第1項には
「同一水平軸へ、その左右に配した扛重盤の基端部を回動可能に取付けると共に、各扛重盤には、夫々を回動させる駆動装置を連結した金型反転機」
と記載されていた。
(二) 特許庁審査官は、右実用新案登録出願に対して、昭和六〇年一二月二四日付け拒絶理由通知書で、実用新案登録請求の範囲第1項に記載された
「回動させる」とは、どのように回動させるのか不明瞭であり、その結果、駆動装置がどのように連結されているのか不明瞭であるので、構成を容易に理解できない旨の拒絶理由を通知した。
(三) 原告田村は、昭和六一年四月一五日付け手続補正書を提出し、実用新案登録請求の範囲第1項の記載を右1(二)のとおりに補正した(以下、この補正を「本件補正」という)。
3 本件考案の構成は、右1(二)の実用新案登録請求の範囲記載のとおり、「同一水平軸へ、その左右に配した扛重盤の基端部を回動自在に取付けると共に、前記各扛重盤の基部下側は、各扛重盤を前記水平軸を中心として水平位置から直立位置まで回動させるべく、前記水平軸と直角に設置した油圧シリンダーのロツドに連結した金型反転機」というものである。
4 原告田村は、原告会社に対し、昭和五六年、本件実用新案権について独占的通常実施権を設定し、原告会社は、同年以降、右独占的通常実施権に基づき、本件考案の実施品である金型反転機(以下「原告物件(一)」という。)を製造販売している(弁論の全趣旨)。
5 被告は、平成六年七月から別紙目録二記載の金型反転機(以下「被告物件(一)」という。)を製造販売している。
6 被告物件(一)は、本件考案の「ロツドを扛重盤の基部下側に連結する」という構成以外の構成を充足している。
7 原告会社は、昭和五六年以降、別紙目録三記載の形態の金型反転機(以下「原告物件(二)」という。)を製造販売している(弁論の全趣旨)。
8 被告は、平成六年七月から別紙目録一記載の形態の金型反転機(以下「被告物件(二)」という。)を製造販売している。
二 本件は、原告田村が被告に対し、「被告物件(一)は本件考案の技術的範囲に属するからその製造販売は本件実用新案権を侵害する」と主張して右侵害を理由とする不法行為に基づく損害賠償及びこの損害金に対する遅延損害金の支払を求めるとともに、原告会社が被告に対し、「<1>原告物件(二)の形態は原告会社の商品であることを示す周知の商品表示であり、被告は原告物件(二)と同一の形態の被告物件(二)を製造販売し、原告物件(二)と混同を生じさせている、<2>被告物件(一)の製造販売は原告会社の前記独占的通常実施権を侵害する」と主張して、不正競争防止法二条一項一号、三条に基づく被告物件(二)の製造等の差止め並びに同法四条又は民法七〇九条(選択的)に基づく損害賠償及びこの損害金に対する遅延損害金の支払を求める事案である。
三 争点
1 被告物件(一)は、扛重盤に対する油圧シリンダーのロツドの連結結箇所を「扛重盤の先端(基端部の反対側)下側」とするものであるが、これは、本件考案の「ロツドを扛重盤の基部下側に連結する」という構成を充足するかどうか。
2 被告物件(二)の製造販売は、不正競争防止法二条一項一号の不正競争に該当するかどうか。
3 原告らの損害
第三 争点に関する当事者の主張
一 争点1(被告物件(一)が本件考案の技術的範囲に属するかどうか)について
1 原告らの主張
(一) 本件考案における「扛重盤の基部下側」の「基部」とは、構造上の基本部分という意味である。本件考案に係る金型反転機が反転しようとする金型には重量が非常に大きなものがあり、扛重盤を持ち上げる際の支えとなる油圧シリンダーのロツドが扛重盤の下側の構造上の基本部分に連結されないと、重い金型を反転させることが困難となるため、扛重盤の下側の構造上の基本部分という意味で「扛重盤の基部下側」という用語を使用したものである。
本件考案の実用新案登録請求の範囲に、「同一水平軸へ、その左右に配した扛重盤の基端部を回動自在に取付けると共に、」と記載され、左右の各扛重盤の先端部分を金型反転機の中心の水平軸に回動自在に取り付けることが表現されている。このように、右実用新案登録請求の範囲においては、扛重盤の端の部分を意味する場合には「端」という用語を使用している。
したがって、本件考案において、「扛重盤の基部下側」は、扛重盤の下側全面を意味し、先端部分も含まれるから、油圧シリンダーのロツドの連結箇所を扛重盤の先端下側とする被告物件(一)は、本件考案の「ロツドを扛重盤の基部下側に連結する」という構成を充足する。
(二) 仮に、本件考案における「扛重盤の基部」が、各扛重盤の先端(基端部の反対側)を含まず、被告物件(一)が本件考案の「ロツドを扛重盤の基部下側に連結する」という構成と異なるとしても、被告物件(一)は、次のとおり本件考案と均等なものとして、本件考案の技術的範囲に属する。
(1) 本件考案の本質的部分は、同一水平軸の左右に配置した扛重盤を、右水平軸に直角に位置した油圧シリンダーのロツドで押し上げることによって、水平位置から直立位置に回転させ、この左右の扛重盤で重い金型を挟み込んでそのまま回転させるという部分であり、これは、油圧シリンダーのロツドの連結箇所が、各扛重盤のどの部分かで全く異ならないから、右連結箇所についての構成は、本件考案の本質的部分ではない。
(2) 本件考案は、扛重盤で挟着保持した状態で金型を転動させるので、反転が正確かつ確実にできるとともに、人力を要することなく、金型に衝撃を与えるおそれもないという作用効果があり、これが本件考案の目的でもある。また、本件考案に係る金型反転機を通路に埋没し、扛重盤と路面とを面一にするとともに駆動装置を床下に内蔵させておけば、工場内の利用空間を損うことなく、金型反転機を使用することができるという効果もある。
本件考案の油圧シリンダーのロツドを扛重盤の基部下側に連結するという構成を、被告物件(一)のように、各扛重盤の下側の先端部分に連結するように置き換えても、本件考案の目的を達することができ、作用効果は全く同一であり、また、右のように置き換えることは、本件考案の属する技術分野における通常の知識を有する者(以下「当業者」という。)にとって、容易に考えつくことである。
(3) 被告物件(一)は、油圧シリンダーのロツドの連結箇所を、扛重盤の下側の中心から先端部分にずらしただけで、被告物件(一)のその他の構造は、本件考案と同一であるから、被告が、本件考案を見て、被告物件(一)を製造したことは明らかである。被告物件(一)は、当業者である被告において、本件考案の開示を待たずに、本件考案に係る実用新案登録出願前における公知技術から容易に推考できたものではない。
(4) 本件考案の審査経過は前記第二の一2のとおりであるが、本件補正は、扛重盤を回動させる方法及び駆動装置と連絡させる方法を明確にするためにした補正であって、各扛重盤の下側の先端部分に油圧シリンダーのロツドを連結する構成を実用新案登録請求の範囲から意識的に除外したものではないから、被告物件(一)に対して均等の主張をすることは禁反言の法理に反しない。
(5) したがって、被告物件(一)は、本件考案と均等なものとして、本件考案の技術的範囲に属する。
2 被告の主張
(一) 本件考案の実用新案登録請求の範囲の「同一水平軸へ、その左右に配した扛重盤の基端部を回動自在に取付けると共に、前記各扛重盤の基部下側は、・・・」の記載において、「扛重盤の基端部」は、扛重盤のうち、水平軸に接する部分を意味する。そして、この「基端部」という用語から、「基部」は「基端部側の部分」という意味に解釈されるから、「扛重盤の基部」とは、扛重盤のうちの水平軸に近い部分を意味するものと解される。
「扛重盤の基部」が扛重盤の下側全面を意味するとすれば、右実用新案登録請求の範囲の記載において、「扛重盤の基部下側」という文言を使用する必要性はなく、「扛重盤の下側(部位)」と記載すれば足りたはずである。
被告物件(一)は、油圧シリンダーのロツドが扛重盤の先端下側に連結されているから、本件考案の「ロツドを扛重盤の基部下側に連結する」という構成を文言上充足しない。
(二) また、被告物件(一)は、次のとおり作用効果においても本件考案と異なる。
(1) 被告物件(一)は、油圧シリンダーのロツドが扛重盤の先端下側に連絡されるため、連結するためのブラケツト等も本件考案の構成よりも小型化することができる。また、本件考案では、金型反転機の最下部の両端部に油圧シリンダー本体の端部を連結するためのベースフレームが必要となるが、被告物件(一)では、金型反転機の最下部の両端部に油圧シリンダーを支持する部材を設ける必要がなく、シリンダー本体の端部を、基台2に連結すれば足りる。
(2) したがって、被告物件(一)においては、金型反転機の全高が小さくなり、大型部材が少なくなるため、金型反転機を小型化・軽量化することができ、製作コストを低減できる上、金型反転機を配設するために床面に掘るビツトの深さも浅くなるから設備コストも低くなるという、本件考案にはない特有の作用効果を有する。
(三) よって、被告物件(一)は、本件考案の「ロツドを扛重盤の基部下側に連結する」という構成を充足しない。
(四) 被告物件(一)は、次のとおり、本件考案と均等なものではない。
本件実用新案権の出願経過は前記第二の一2のとおりであり、「駆動装置がどのように連結されているのか不明瞭である」との拒絶理由に対し、本件補正によって、「各扛重盤の基部下側は・・・油圧シリンダーのロツドに連結」されることを明らかにして登録されたものである。このような出願経過に鑑みると、本件考案において、扛重盤と油圧シリンダーのロツドの連結部分は本件考案の本質的部分である。
また、本件考案の油圧シリンダーのロツドを扛重盤の基部下側に連結するという構成を、被告物件(一)のように、扛重盤の下側の先端部分に連結するという構成に置き換えると、右(二)のとおり作用効果が異なることは明らかであるし、右のように置き換えることは、当業者にとって、容易に考えつくことではない。
さらに、本件補正によって、扛重盤の下側の先端部分に油圧シリンダーのロツドを連結する構成は、実用新案登録請求の範囲から意識的に除外されたから、被告物件(一)に対して均等の主張をすることは禁反言の法理に反する。
二 争点2(不正競争の有無)について
1 原告会社の主張
(一) 原告会社は、昭和五六年以降、原告物件(二)を製造販売しているが、原告会社が原告物件(二)の製造販売を開始するまでの金型反転機は、主にシャープ精機株式会社製造のもので、別紙目録四記載の形態をしており、金型を載せる部分は直角の固定型であり、その他の形態のものはほとんどなかった。
(二) 原告物件(二)の形態は、別紙目録三記載のとおりであるが、従来の直角固定型と比べ、開閉する蛇腹の特異な形態のため、それを見る者をして孔雀の羽の広がりを連想させる等、特別顕著な形態を有している。
原告会社は、昭和五六年の製造開始直後から、業界紙に原告物件(二)の蛇腹の開閉する形態の写真やイラスト入りの広告を掲載した。また、原告物件(二)を購入した会社の担当者が他社に原告物件(二)を紹介するなどした。
以上のようなことにより、原告物件(二)は、短期間のうちに、国内の製造業の業界において、埋め込み型とか蛇腹型と呼ばれるようになった。そして、原告物件(二)の開閉する蛇腹の特異な形態は、遅くとも、被告が被告物件(二)の製造販売を開始した平成六年当時には、金型反転機を使用する国内の製造業の業界において、原告会社の製造販売する金型反転機を示すものとして商品出所表示機能を獲得し、周知の商品表示となった。
(三) 被告が平成六年七月から製造販売している被告物件(二)の形態は、別紙目録一記載のとおりである。
被告物件(二)の形態は原告物件(二)の形態と同一であるから、被告物件(二)を原告物件(二)と誤認混同するおそれがある。また、被告物件(二)は原告会社が被告のブランドで製作して供給している(OEM製作)との誤解を生じさせるおそれがあり、このような誤解を生じさせることも、不正競争防止法における「混同」ということができる。
2 被告の主張
(一) 原告物件(二)のように危険防止策として蛇腹を設けることは、簡便かつ安価な方法として広く行われている方法であり、蛇腹が付いていることは特異な形態ではなく、原告物件(二)の形態が原告会社の商品であることを示す周知の商品表示であるということはない。
(二) 被告物件(二)の受注方式からすると、金型反転機の需要者において被告物件(二)を原告会社の製品と誤認混同することはありえない。また、被告物件(二)について原告会社が被告のブランドで製作して供給しているとの誤解を生じるのみでは、不正競争防止法における「混同」ということはできない。
三 争点3(原告らの損害)について
1 原告らの主張
(一) 原告会社は、被告が平成六年七月に被告物件(二)の製造販売を開始してから、原告物件(二)の売上げが一年につき六台減少した。原告物件(二)の一台当たりの利益の額は三五〇万円であるから、平成六年七月からの三年間で六三〇〇万円の売上げが減少したことになる。
(二) 原告会社は、平成六年八月ころ、三洋電気株式会社に、原告物件(一)の構成を有し原告物件(二)の形態を有する金型反転機(DT-一四一四)を販売しようとしたところ、被告が被告物件(一)の構成を有し被告物件(二)の形態を有する金型反転機を、三洋電気株式会社に納入していたため、原告会社は三洋電気株式会社に右物件(DT-一四一四)を販売できなかっ九。
右物件(DT-一四一四)の販売価格は五六〇万円であり、その埋込枠の代金は六〇万円であるから、原告会社は右販売により合計六二〇万円の売上げを見込んでいた。
右物件(DT-一四一四)の製造原価は一五〇万五七四七円であり、原告会社は、本件実用新案権者である原告田村に対し、右売上金六二〇万円の一〇パーセントに相当する六二万円を実施料として支払うことになっていた。
したがって、原告会社は、右物件(DT-一四一四)を三洋電気株式会社に販売できなかったことにより、四〇七万四二五三円の得べかりし利益を失い、原告田村は、実施料相当額の六二万円の得べかりし利益を失った。
(三) 原告会社は、平成七年三月ころ、新神戸電気株式会社に、原告物件(一)の構成を有し原告物件(二)の形態を有する金型反転機(DT-一〇〇四)を販売しようとしたところ、被告が、被告物件(一)の構成を有し被告物件(二)の形態を有する金型反転機を、新神戸電気株式会社に納入していたため、原告会社は新神戸電気株式会社に右物件(DT-一〇〇四)を販売できなかった。
右物件(DT-一〇〇四)の販売価格は三七〇万円であり、その埋込枠の代金は四〇万円であるから、原告会社は右販売により合計四一〇万円の売上げを見込んでいた。
右物件(DT-一〇〇四)の製造原価は八五万一九四七円であり、原告会社は、本件実用新案権者である原告田村に対し、右売上金四一〇万円の一〇パーセントに相当する四一万円を実施料として支払うことになっていた。
したがって、原告会社は、右物件(DT-一〇〇四)を新神戸電気株式会社に販売できなかったことにより、二八三万八〇五三円の得べかりし利益を失い、原告田村は、実施料相当額の四一万円の得べかりし利益を失った。
(四) 原告田村は、実用新案権侵害による損害賠償として、右(二)、(三)の実施料相当額の合計一〇三万円の支払を求める。
原告会社は、実用新案権侵害による損害賠償として、右(二)、(三)の得べかりし利益相当額の合計六九一万二三〇六円の支払を求めるとともに、それと選択的に、不正競争防止法四条に基づき、主位的に右(一)の得べかりし利益相当額のうち六九一万二三〇六円の支払、予備的に右(二)、(三)の得べかりし利益相当額の合計六九一万二三〇六円の支払を求める。
2 被告の主張
原告らの主張を争う。
第四 当裁判所の判断
一 争点1(被告物件(一)が本件考案の技術的範囲に属するかどうか)について
1 被告物件(一)の「扛重盤の先端(基端部の反対側)下側は・・・ロッドに連結した」が本件考案の「扛重盤の基部下側は・・・ロッドに連結した」を充足するかどうかについて判断する。
(一) まず、本件考案の「扛重盤の基部」の意味について検討する。
(1) 本件明細書の考案の詳細な説明をみると、「扛重盤の基部下側は・・・ロッドに連結した」との構成に関するものとして、実施例の説明において、「各扛重盤2、2aの下面には夫々ブラケット3、3aを突設し、各ブラケット3、3aの先端部ヘロッド4、4aの先端を回転自在に取付け、」(本件考案に係る実用新案公報(甲一、以下「本件公報」という。)1欄28行ないし2欄1行)との記載があるのみで、「扛重盤の基部」が扛重盤のどの部分を指すのかを示す直接的な記載はないが、ロッドの連結箇所を単に「基部」とはせずに、「基部下側」として、扛重盤に対して上下方向の位置を意味する「下側」の語を付していることからすると、扛重盤の「基部」の用語は、扛重盤に対する水平方向、すなわち、水平軸からの長手方向の位置を特定するものとして使用されているものと解釈するのが合理的である。
(2) 本件考案の実用新案登録請求の範囲には、「同一水平軸へ、その左右に配した扛重盤の基端部を回動自在に取付ける」、「各扛重盤を前記水平軸を中心として水平位置から直立位置まで回動させるべく」との記載があることから明らかなように、本件考案に係る金型反転機の扛重盤は、水平軸に固定され、水平軸を中心として水平位置から直立位置まで回動するものであるから、その動作に則してみれば、「基」によって示される部材の位置は、回転の中心近傍、すなわち、水平軸側に近い部分を意味するものと解するのが合理的である。
(3) 本件考案の実用新案登録請求の範囲には、右(2)のとおり「扛重盤の基端部」という用語が使われているところ、ここでいう「扛重盤の基端部」は、その文言から「扛重盤の基部の端の部分」と解される。
他方、右(2)の実用新案登録請求の範囲の記載からすると、「扛重盤の基端部」は、水平軸の左右に配された扛重盤が、水平軸に回動自在に取り付けられる部分を指すことは明らかであるから、「扛重盤の基端部」は、水平軸側の扛重盤の端の部分を意味するものと解される。
そうすると、「基部」は、扛重盤の水平軸側の部分を意味するということになる。
(4) 本件考案の実施例を示す本件公報第2図では、油圧シリンダーのロッドの連結位置は、扛重盤を水平方向に見た場合の、水平軸側に近い位置である。
(5) 以上のような本件明細書中の実用新案登録請求の範囲及び考案の詳細な説明の各記載並びに図面の記載を総合すると、本件考案において、「扛重盤の基部」は、扛重盤を水平方向に見た場合の、水平軸側に近い部分を意味すると解することができる。
(二) 被告物件(一)は、「扛重盤の先端(基端部の反対側)下側は・・・ロッドに連結した」との構成を有するものであり、「扛重盤の先端(基端部の反対側)」は、扛重盤の水平軸側に近い部分ではないから、被告物件(一)は、本件考案の「扛重盤の基部下側は・・・ロッドに連結した」との構成を充足しない。
2 原告らは、本件考案の構成の「扛重盤の基部」が扛重盤の先端(基端部の反対側)を含まないとしても、被告物件(一)は、本件考案の構成と均等なものとして、本件考案の技術的範囲に属する旨主張するので、この点について判断する。
(一) 被告物件(一)が、本件考案の実用新案登録請求の範囲に記載された構成と均等なものとして本件考案の技術的範囲に属するというためには、<1>本件実用新案登録請求の範囲に記載された構成中の被告物件(一)と異なる部分が本件考案の本質的部分ではなく、<2>右部分を被告物件(一)におけるものに置き換えても、本件考案の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、<3>右のように置き換えることに、当業者が被告物件(一)の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、<4>被告物件(一)が、本件考案の実用新案登録出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時にきわめて容易に推考できたものではなく、かつ、<5>被告物件(一)が本件考案の実用新案登録出願手続において実用新案登録請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないとの要件を満たすことを要するものと解される(最高裁平成一〇年二月二四日判決民集五二巻一号一一三頁参照)。
被告物件(一)は、ロッドの連結箇所が扛重盤の先端(基端部の反対側)下側である点が、本件考案の構成中の「扛重盤の基部下側」にロッドが連結されるとする部分と異なるものであるところ、右各要件のうち、まず、本件考案の「扛重盤の基部下側」の部分を「扛重盤の先端(基端部の反対側)下側」に置き換えることについて、当業者が被告物件(一)の製造等の時点において容易に想到することができたかどうかについて判断する。
(二) 本件明細書をみると、本件考案の作用効果として、本件考案に係る金型反転機は、「扛重盤で挟着保持した状態で転動させるので、反転が正確かつ確実にできると共に、人力を要することなく、また金型に衝撃を与えるおそれもないなどの諸効果がある。またこの考案の反転機を通路に埋設し、扛重盤と路面とを面一にすると共に、駆動装置を内蔵させておけば、工場内の利用空間を損することなく、床上の設備は従来のまま反転機を有効に使用することができる。」(本件公報3欄14行ないし4欄8行)との記載があり、右記載の作用効果、特に反転機を通路に埋設できるとの効果からすると、本件考案の金型反転機は、全体の高さ寸法の大きさが制約されるものであると解される。そして、「同一水平軸へ、その左右に配した扛重盤の基端部を回動自在に取付けると共に、各扛重盤を前記水平軸を中心として水平位置から直立位置まで回動させるべく、前記水平軸と直角に設置した油圧シリンダーのロッドに連結した」との構成を有する金型反転機において、金型反転機の高さ寸法を小さくしつつ、必要な扛重盤の回転モーメントを得るためには、駆動装置である油圧装置のシリンダーの先端部に連結されたロッドを扛重盤にどのように連結し、シリンダーの基端部をどのように支持枢着すべきかが重要な技術的な課題となるところ、本件考案は、この課題を解決する手段として、ロッドの先端を扛重盤の基部下側に連結するとの構成を採用したものであると認められる。そして、このような構成を採用した場合には、油圧装置のシリンダーの基端部は、本件考案の実施例の第2図にあるように、当該シリンダーによって回転させるべき扛重盤とは水平軸をはさんだ反対側の水平軸から遠い位置に支持枢着するのが、金型反転機の高さ寸法を小さくしつつ、必要な扛重盤の回転モーメントを得るためには合理的であると考えられる。
(三) 前記第二の一5のとおり、被告は平成六年七月から被告物件(一)を製造販売しているところ、平成六年七月の時点において、右(二)の本件考案の技術的課題を解決する手段として、ロッドの先端を扛重盤の基部下側に連結するという本件考案の構成以外に公知の技術が存在したことを認めるに足りる証拠はない。
また、前記第二の一5の事実に弁論の全趣旨を総合すると、被告物件(一)は、右技術的課題を解決するため、油圧シリンダーのロッドの先端部を扛重盤の先端下側に連結し、シリンダーの基端部を、当該シリンダーによって回転させるべき扛重盤と同じ側の基台2に支持枢着させるとの構成を採ったものであることが認められるところ、被告物件(一)は、本件考案とは、ロッドの先端を扛重盤の下側に連結する位置が異なるのみならず、シリンダーの基端部を支持枢着させる位置の点においても、本件考案から考えられるものとは異なるから、被告物件(一)は、本件考案とは、右技術的課題を解決するための方法が大きく異なっているということができる。
さらに、被告物件(一)の右構成を採った場合は、本件考案の右(二)の構成を採った場合と比べて油圧装置のロッドの最大伸び量が少なくなるから、同一の仕事量を得るためにシリンダー径を大きくするか又は作動油圧を高圧にしてロッドの押圧力を増大させることが必要となる。このように、被告物件(一)の構成は、前記技術的課題を解決するために、油圧装置のシリンダー及びロッドの取付位置を変えるだけではなく、本件考案の構成を採る場合と同一の仕事量を得るためにシリンダー径又は作動油圧の変更をも必要とするものである。
以上を総合考慮すると、当業者が、平成六年七月の時点において、本件考案の「扛重盤の基部下側」の部分を「扛重盤の先端(基端部の反対側)下側」に置き換えることを容易に想到することができたと認めることはできない。
(四) したがって、その余の要件について判断するまでもなく、被告物件(一)が本件考案の構成と均等なものとして本件考案の技術的範囲に属するとは認められない。
3 以上のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告らの本件実用新案権の侵害を理由とする請求は理由がない。
二 争点2(不正競争の有無)について
原告会社は、原告物件(二)が、従来の金型反転機の形態と比べ、開閉する蛇腹の特異な形態のため、それを見る者をして孔雀の羽の広がりを連想させる等、特別顕著な形態を有しており、業界紙に広告を掲載したこと等により、原告物件(二)の開閉する蛇腹の特異な形態は、平成六年当時には、金型反転機を使用する国内の製造業の業界において、原告会社の製造販売する金型反転機を示すものとして商品出所表示機能を獲得し、周知の商品表示性を有するに至った旨主張し、証拠(甲二一、二三、二四、いずれも陳述書)には右主張に沿う陳述部分があるので、この点について判断する。
1 証拠(甲二、八の一ないし五四、甲九の一ないし三五(ただし、枝番六を除く)、甲一〇の一ないし二四、甲一一の一ないし一五、甲一二の一ないし八、甲一三の一ないし七、甲一四の一ないし六、甲一五の一ないし六、甲一六)と弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
(一) 原告会社は、昭和五六年以降、別紙目録三記載の形態の金型反転機(原告物件(二))を製造販売している。原告会社が、原告物件(二)を製造販売するまでの金型反転機は、別紙目録四記載の形態のものが多く、被告が平成六年七月から別紙目録一記載の形態の被告物件(二)を製造販売し始めるまでの間において、原告物件(二)と同一又は類似した形態の金型反転機は製造販売されていなかった。
金型反転機は、プラスチック成形を業とする製造業者等の事業者が購入して使用するものである。
(二) 原告会社は、次のとおり、昭和五九年から、金型反転機を使用する製造業者等を購読者とする月刊誌等に原告物件(二)を含む自社製品の広告を掲載し、原告物件(二)の宣伝を行った。
(1) 月刊誌「プラスチックエージ」の昭和五九年八月号、昭和六〇年六月号、平成三年一月号、二月号、四月号から一二月号、平成四年一月号から一二月号、平成五年一月号、二月号、四月号、六月号、八月号、一〇月号から一二月号、平成六年一月号、三月号から平成七年一〇月号に広告を掲載した。
(2) 月刊誌「プラスチックス」の昭和六〇年一〇月号、昭和六一年六月号、一〇月号、昭和六二年二月号、平成元年四月号、平成三年二月号から四月号、六月号、八月号、一〇月号、一二月号、平成四年二月号、四月号、六月号、八月号、一〇月号、一二月号、平成五年二月号、四月号、六月号、八月号、一〇月号、一二月号、平成六年二月号、四月号、六月号、人月号、一〇月号、一二月号、平成七年二月号、四月号、六月号、八月号に広告を掲載した。
(3) 月刊誌「機械技術」の平成四年四月号から一二月号、平成五年二月号、四月号、六月号、八月号、一〇月号、一二月号、平成六年二月号、四月号、六月号、一二月号、平成七年二月号、四月号、六月号、八月号、一〇月号に広告を掲載した。
(4) 月刊誌「機械と工具」の平成三年二月号、五月号、八月号、一〇月号、一一月号、平成四年二月号、四月号、五月号、七月号、八月号、一一月号、平成五年三月号、八月号、一一月号、平成六年一一月号に広告を掲載した。
(5) 月刊誌「機械設計」の平成六年八月号、一〇月号、一二月号、平成七年二月号、四月号、五月号、七月号、九月号に広告を掲載した。
(6) 月刊誌「成形技術」の平成五年一二月号、平成六年四月号、六月号、八月号、一〇月号、一二月号、平成七年二月号に広告を掲載した。
(7) 月刊誌「M&E」の平成三年五月号、七月号、九月号、一一月号、平成四年一月号、平成五年四月号に広告を掲載した。
(8) 月刊誌「応用機械工学」の昭和六二年五月号、月刊誌「プレス技術」平成四年四月号、月刊誌「工業材料」の平成七年一〇月号、平成四年一一月発行の「NEW PRODUCTS BUYERS GUIDE'92」、平成五年一一月発行の「NEW PRODUCTS BUYERS GUIDE'93」、平成六年一二月発行の「NEW PRODUCTS BUYERS GUIDE'94」に広告を掲載した。
(三) 右(二)の各広告には、原告物件(二)の蛇腹の写った写真や蛇腹のイラストが掲載されているものがある(一五四回中一一五回)が、これらのものが掲載されていない広告も存する(一五四回中三九回)。
また、右(二)の各広告においては、蛇腹が付いて安全であることが原告物件(二)の特徴として紹介されている場合もあるが、それよりもむしろ、原告物件(二)が「超低床式平面型」「埋め込み型」であり、クレーンで吊り下げて反転作業を行わないから作業が安全・確実にできること、不使用時には床が平面になり、空間を有効に利用できることなどの機能面がセールスポイントとして強調されている。
(四) 原告会社が昭和五六年から平成六年一〇月三一日までの八年余りの間にに製造販売した原告物件(二)の台数は約一五〇台である。
また、原告物件(二)の販売価格は、平均して一台当たり約五〇〇万円である。
2 右1認定の事実によると、昭和五六年から販売された原告物件(二)は、それまでに販売されていた金型反転機の形態とは異なる新しい形態の金型反転機であることが認められ、原告会社は、前記1(二)のとおり、昭和五九年から平成七年までの間に、金型反転機の需要者を購読者とする業界誌に原告物件(二)の広告を掲載しており、その広告回数も少ないとはいえない。
しかし、右各広告のうちには、原告物件(二)の蛇腹の写った写真や蛇腹のイラストが掲載されていない広告が少なからず存する。また、右各広告においては、蛇腹が付いて安全であることよりも、反転作業が安全確実にできることや不使用時には平面になって空間を有効に利用できることなどの機能面がセールスポイントとして強調されている。
原告物件(二)の販売価格は平均して一台当たり約五〇〇万円とかなり高価な上、原告物件(二)の需要者はプラスチック成形を業とする製造業者等の事業者であることからすると、原告物件(二)は、その機能、価格に着目して取引されるものであると認められ、その形態が取引において重視されるとは認められない。
さらに、原告会社は、原告物件(二)の開閉する蛇腹の形態が特徴的な形態であると主張するが、証拠(乙三〇、四一の一ないし九)と弁論の全趣旨によると、同一水平軸の左右に扛重盤を同水平軸を中心として水平位置から直立位置まで回動自在に取り付け、各扛重盤で金型を挟着保持したまま各扛重盤を回動させることにより金型を反転するという構成を有する低床型又は埋め込み型の金型反転機においては、扛重盤が回動することに伴う作業時の危険を防止するために保護カバーをかける必要があること、右保護カバーは、回動する扛重盤に付けられることから、伸縮性、耐久性に優れたものでなければならず、また、経済的に安価なものであることが望ましいが、これらの条件を満たす保護カバーとしては蛇腹が最適であることが認められ、以上の認定事実によると、原告物件(二)や被告物件(二)のような構成を有する低床型又は埋め込み型の金型反転機においては、蛇腹を付けることが特別顕著な形態であるということはできない。
以上を総合すると、原告物件(二)の開閉する蛇腹の形態は、従来の金型反転機にはない新しい形態ではあるが、これが、原告会社の商品の表示として金型反転機の需要者の間において広く認識されていたとまでは認められない。
3 したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告会社の不正競争防止法に基づく請求は理由がない。
三 結論
以上の次第で、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 森義之 裁判官 榎戸道也 裁判官 中平健)
目録一
長方形の基底部分の短い辺に平行した中央部分に位置する同一水平軸へ、その左右に配した扛重盤を回動自在に取り付けるとともに、左右の扛重盤を水平軸を中心として水平位置から直立位置まで回動させ、水平軸はカバーで覆われ、また、左右の扛重盤と基底部分との間には蛇腹を設置し、扛重盤が水平位置に位置する際は、蛇腹が完全に置まれて基底部分に収納され、扛重盤が水平位置から直立位置まで回動するのに伴い、左右の扛重盤と基底部分との間に設置された蛇腹が次第に広がる形態の金型反転機
但し、左図において、「被告の金型反転機」と記載された形態
具体的には、別紙添付写真に撮影された金型反転機のモデルのとおり
<省略>
目録二
同一水平軸へ、その左右に配した扛重盤の基端部を回動自在に取り付けると共に、前記各扛重盤の先端(基端部の反対側)下側は、各扛重盤を前記水平軸を中心として、水平位置から直立位置まで回動させるべく、前記水平軸と直角に設置した油圧シリンダーのロッドに連結した金型反転機
但し、左図のとおり
<省略>
目録三
長方形の基底部分の短い辺に平行した中央部分に位置する同一水平軸へ、その左右に配した扛重盤を回動自在に取り付けるとともに、左右の扛重盤を水平軸を中心として水平位置から直立位置まて回動させ、水平軸はカバーで覆われ、また、左右の扛重盤と基底部分との間には蛇腹を設置し、扛重盤が水平位置に位置する際は、蛇腹が完全に置まれて基底部分に収納され、扛重盤が水平位置から直立位置まで回動するのに伴い、左右の扛重盤と基底部分との間に設置された蛇腹が次第に広がる形態の金型反転機
但し、左図において、「原告の金型反転機」と記載された形態
具体的には、別紙添付写真に撮影された金型反転機のモデルのとおり
<省略>
目録四
長方形の基底部分の上に平行に設置された円筒形(但し、円筒形の中心部分から正方形の形状を取り除いたもの)を長方形の対向する辺の付近に設置されたコロにより回動させる形態の金型反転機
但し、左図において、「他社の金型反転機」と記載された形態
<省略>
添付写真撮影の形態の金型反転機
<省略>