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東京地方裁判所 平成7年(ワ)18614号 判決 1998年10月30日

原告

住友不動産株式会社

右代表者代表取締役

高島準司

右訴訟代理人弁護士

遠藤英毅

今村健志

右訴訟復代理人弁護士

戸張正子

被告

横浜倉庫株式会社

右代表者代表取締役

小紫芳夫

右訴訟代理人弁護士

磯辺和男

手塚一男

高橋順一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

原告が被告から賃借している別紙物件目録(二)記載の建物部分の年額賃料が、平成七年三月一日以降平成八年七月三一日までは金一〇億円、同年八月一日以降金七億二四一八万五〇〇〇円であることを確認する。

第二  事案の概要

一  本件は、被告から別紙物件目録(二)記載の建物部分(地下二階、地上二三階建てのビルのうち二階と一三階及び駐車場の一部を除いた部分)を賃借する原告が、被告に対し、賃料額が不相当になったとして賃料減額を請求したことを理由に、相当賃料額の確認を求めた事案である。

二  前提事実(証拠等を掲記しない事実は、当事者間に争いがない。)

1  原告は、不動産の取得、処分、賃貸借等を目的とする株式会社であり、被告は、普通倉庫営業、保税倉庫営業等を目的とする株式会社である。

2(一)  原告と被告は、平成三年七月九日、別紙物件目録(一)記載のビル(以下「本件ビル」という。)のうち同目録(二)記載の建物部分(以下「本件建物部分」という。)について、別紙「賃貸借予約契約書」<編注、掲載省略>記載のとおり、被告を賃貸人、原告を賃借人とし、期間を本件ビルの引渡日の翌日から満二〇年間、当初賃料を年額一八億円とする「賃貸借予約契約」と題する契約(以下「本件契約」という。)を締結した(甲第一号証)が、その契約内容のうち賃料の値上げに関する部分の要旨は次のとおりである。

第七条第一項 本件建物部分の賃料は、引渡日の翌日から満二年経過ごとに直前賃料の八パーセント値上げする。

同条第二項 急激なインフレ等経済事情の激変、又は公租公課の著しい変動があったときは、前項にかかわらず、原被告協議の上、八パーセントを上回る値上げをすることができる。

第八条第一項 原告が被告に支払う賃料は、本件建物部分引渡日の翌日から満四年経過ごとに見直す。

同条第二項 見直し後の年額賃料(新賃料)は、見直し直近一年間の、原告がテナントから得た賃料合計額(同条第四項により定義される。以下同じ。)(A)、原告が被告に支払った賃料合計額(B)、原告の賃料コストの合計額(同条第四項により定義される。以下同じ。)(C)をそれぞれ計算した上、Aに0.9を乗じた額からBとCとの合計額を減じたものに0.5を乗じて得られた額にBに1.08を乗じて得られた額を加えた額とする。ただし、新賃料は、いかなる場合でもBに1.08を乗じて得られた額を下回らない額とする。

同条第三項 原告が被告に支払った見直し前満四年間の賃料合計額が、同期間の、原告がテナントから得た賃料合計額の九〇パーセント相当額から原告の賃料コストの合計額を控除した額より小さいときは、第二項の賃料増額は行わない。

(二)  被告は、平成七年二月、本件ビルを竣工させ、原告に対し、本件建物部分を引き渡した。

3(一)  原告は、平成七年二月六日、被告に対し、同年三月一日以降の本件建物部分の賃料を年額金一〇億円に減額する旨の意思表示をした。

(二)  原告は、平成八年七月八日の本件口頭弁論期日において、被告に対し、同年八月一日以降の本件建物部分の賃料を年額金七億二四一八万五〇〇〇円に減額する旨の意思表示をした(当裁判所に顕著な事実)。

三  主要な争点

原告は、被告に対し、借地借家法三二条に基づき、賃料の減額を請求することができるかどうか。

四  争点に関する当事者双方の主張

(原告の主張)

1 本件契約は、賃貸借契約であり、借地借家法の適用を受ける。

(一) 借地借家法三二条は、いわゆる事情変更の原則を具体化した規定であり、建物の賃貸借一般に適用される。

(二) 本件契約は、「建物の使用、収益」と「それに対する対価の支払」という要素を伴っている以上、賃貸借契約である。

たとえ、本件契約が原告と被告の共同事業としての性格を有していたとしても、原告と被告が事業目的を実現するためにあえて賃貸借という法形式を選択した以上、本件契約は、賃貸借契約であり、借地借家法の適用を受けることは当然である。

2 本件契約の賃料値上げ条項(第七条)及び賃料見直し条項(第八条)は、賃料相場が右肩上がりで上昇することを前提とした賃料増額特約であり、賃料相場の下落をも想定した賃料不減額特約ではない。したがって、借地借家法三二条の適用は排除されない。

仮に、本件契約第七条及び第八条が不減額特約を含むとすれば、強行規定である借地借家法三二条に違反するから、その特約を含む限りで無効である(もっとも、借地借家法三二条の要件に照らし、特約で定める賃料が合理性を維持している場合には、例外的に特約は有効となりうるが、本件ではそのような事情はない。)。

3 本件契約第七条及び第八条は、前述のとおり、賃料相場の下落を想定した賃料不減額特約ではない。したがって、原告が、借地借家法三二条に基づく賃料減額請求権を放棄したということはできない。

仮に、原告が賃料減額請求権を放棄したとしても、強行規定である借地借家法三二条に違反するから、放棄は無効である。

また、原告が被告に対して賃料減額請求権を行使することは、信義則に反し、権利の濫用にあたるとはいえない。特に、原告が本件ビルの着工延期を申し入れたにもかかわらず、被告が建築を強行したこと等の事情をも考慮すれば、なおさらである。

4 平成三年七月九日に本件契約(本件ビルが竣工していなかったために、予約契約としたにすぎず、実質的には本契約である。)が成立した後、いわゆるバブル経済の崩壊によって株価、地価が急激に下落し、都心部のオフィス需要が急速に冷え込んだ結果、オフィス賃料相場も、原告による減額請求権行使の効果が発生すべき各時点(平成七年三月一日及び平成八年八月一日)までに暴落した。その結果、原告が被告に対して負担する賃料は不相当に高額となり、平成七年三月一日以降は年額金一〇億円、その後の平成八年八月一日以降は年額金七億二四一八万五〇〇〇円を相当とするに至った。

原被告とも、本件契約を締結した時点では、このようなオフィスビル市況の激変現象を全く予想しておらず、かつ予想できなかった。

したがって、原告は、被告に対し、借地借家法三二条に基づき、賃料減額請求をすることができる。

(被告の主張)

1 本件契約は、事業受託方式契約という賃貸借契約とは異なる類型の契約である。したがって、借地借家法三二条は適用されない。

(一) 本件契約は建物の賃貸借の形式をとっているが、その実質は本件ビルの設計監理委託契約や建設工事請負契約と三位一体をなすプロジェクトの一環として締結された事業契約(事業受託方式契約)である。

そして、事業受託方式契約の本質は、被告が原告に対し本件建物部分を提供し、原告がこれを賃貸用ビルとして運用する一方で、原告が被告に対し、契約期間全体(二〇年間)にわたる賃料を確定額として保証するところにある。

したがって、本件契約に借地借家法三二条を適用することは、事業受託方式契約の本質を否定することになるので、許されない。

(二) 本件契約においては、①原告が被告に支払う収益の総額(最低保証金額)があらかじめ確定され、この金額が原告の取得する賃料額や収益の多寡とは切り離されている(いわゆる仕切り方式)。また、②敷金額は本件ビルの建設費を基準に設定され、その支払時期と支払金額は、被告と清水建設株式会社(以下「清水建設」という。)との間の本件ビル建築工事請負契約における請負代金の支払時期と支払金額に連動するように定められている。その結果、被告は右請負代金の全額を原告から預託された敷金で調達することができる(いわゆるオール敷金方式)。

このように、本件契約は、事業受託方式契約の中でも特に事業契約性が明白である。

したがって、本件契約は、賃貸借という法形式を借用しているものの、賃貸借契約として取り扱うべき性格を有していない。

2 本件契約の賃料値上げ条項(第七条)及び賃料見直し条項(第八条)は、原被告間において、賃料相場変動のリスクの負担割合をあらかじめ確定することにより、原被告間の合理的な利益調整、損益分配を図った規定である。

したがって、本件契約第七条及び第八条は当然有効であり、原告は、借地借家法三二条に基づき、賃料減額を請求することはできない(もっとも、契約締結後、急激な事情の変更があり、事情変更後も右特約に当事者を拘束し続けることが衡平や信義則に反するような場合には、例外的に右特約は無効となりうるが、本件では、そのような事情は存在しない。)。

3 本件契約第七条及び第八条において、原告は、被告に対し、契約期間全体にわたる最低賃料を保証した。これによって、原告は、賃料減額請求権を事前に放棄した。

仮に、借地借家法三二条の強行法規性により、賃料減額請求権の事前放棄が認められないとしても、原告の約した賃料保証が実現されると信じて被告が本件契約を締結したことからすれば、原告が、賃料減額請求権を行使して、右約定を反故にすることは、信義則に反し、権利の濫用として許されない。

第三  争点に対する判断

一  前記前提事実に証拠(甲第八号証の一、二、第九ないし第一四号証、第一七ないし第一九号証、第二二、第二三号証、第二五、第二六号証、乙第一ないし第四号証、第六号証、第八号証の一、二、第一二、第一三号証、第一四号証の一ないし四、第一九ないし第二一号証、第二三号証、第三二号証、第三九号証、乙第四六ないし第四九号証、第五一号証の一、第五一号証の四の一、二、第五四号証、証人森松英二、同松井久生、同成川秀幸及び同中山正男の各証言)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められ、甲第二二、第二三号証、第二五、第二六号証、証人森松英二、同松井久生の各証言中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らし、いずれも採用できない。

1  被告が独自に検討していた本件ビルの敷地等の再開発計画

被告は、本件ビルの敷地(以下「本件土地」という。)を含めた事業用地の有効活用を図るため、様々な調査や検討を行っていたところ、平成元年には、関連会社との間で、事業用地の現状把握、行政、企業等の将来計画の調査等により、今後の適正な事業の選定を行うことを目的として、「一一カ所研究会」と称する研究会を発足させた。

被告は、同年一二月頃、株式会社日建設計(以下「日建設計」という。)に対し、本件土地の有効利用についての調査検討を依頼し、平成二年四月には、日建設計から有効利用計画案の提出を受けるなどしていた。

2  原告による事業受託方式に基づく本件土地有効利用計画の提案

(一) 原告のビル開発事業本部の担当者である松井久生(当時、ビル開発部長。以下「松井」という。)、清水泰弘(当時、都市開発部副部長。以下「清水」という。)、森松英二(当時、都市開発部主任。以下「森松」という。)及び原告の技術本部建築技術部の担当者である数野良三(以下「数野」という。)は、平成二年六月一二日、被告に対し、「横浜倉庫ベイサイドプロジェクト(一九九〇年六月)」と題する提案冊子(乙第二号証)を交付して、本件土地上に被告がビルを建設し、原告がこれを一括賃借した上で、被告に対し長期に安定収入を得させるという内容の、事業受託方式による本件土地の有効利用計画を提案した(以下、事業受託方式に基づく原賃貸借契約を「サブリース契約」ともいい、右方式に基づく事業一般を「サブリース事業」ともいう。)。

その概要は、次のとおりであった。

(開発手法)

現状の平屋倉庫部分を解体し、超高層ビルを建設する。

(資金計画)

事業に必要な資金二五三億円(建築費二四三億九四九一万一〇〇〇円、不動産取得税六億八三〇五万七〇〇〇円、登録免許税一億〇二四五万九〇〇〇円、事業所税一億一九五七万三〇〇〇円)の調達方法には、次の二とおりがある。

(1) 自己資金方式

必要資金二五三億円を被告の自己資金ないし銀行借入等によりまかなう。

(2) オール敷金方式

① 必要資金二五三億円全額を原告からの差入敷金でまかなう。

② 差入敷金は無利子で、賃貸借契約終了まで返還義務は生じない。

(3) キャッシュフロー案

① 自己資金方式(税引後キャッシュフローを借入金一九二億六〇〇〇万円(必要資金二五三億円から敷金六〇億四〇〇〇万円を控除した金額)の返済に充てる方法により計算したもの)

ア 定額法 一二年目に借入金の返済が終了し、二〇年間の累計税引後キャッシュフローは約二二一億円。

イ 定率法 一〇年目に借入金の返済が終了し、二〇年間の累計税引後キャッシュフローは約二五〇億円。

② オール敷金方式(借入金なしで計算したもの)

ア 定額法 二〇年間の累計税引後キャッシュフローは約二九〇億円。

イ 定率法 二〇年間の累計税引後キャッシュフローは約三一〇億円。

(原告からの賃貸借条件)

(4) 賃貸借契約期間(二〇年間)中は、テナントの有無にかかわらず、原告が次の条件を保証する(期間満了した場合には、協議のうえ更に二〇年間の更新となり、以後も同様とする。)。

① 自己資金方式 初年度年間賃料三三億円、敷金六〇億四〇〇〇万円、値上げ率満二年経過ごと六パーセント。

② オール敷金方式 初年度年間賃料一七億六〇〇〇万円、敷金二五三億円、値上げ率満二年経過ごと八パーセント。

(二) その後、本件ビルのうち四三八坪相当部分を被告が自己使用する予定となったため、原告は、平成二年九月四日、被告に対し、「(仮)横浜倉庫ベイサイドプロジェクトに関する再提案」と題する提案書(乙第三号証)を提出し、さらに同年一〇月二日、これまでの提案内容をまとめたものとして、「横浜倉庫ベイサイドプロジェクト(平成二年一〇月)と題する提案冊子(乙第四号証。以下「提案冊子」という。)を交付した。

その概要は、次のとおりであった。

(事業方法)

(1) 被告が事業主として本プロジェクトに係るビルを建設する。

(2) 被告が建設したビル(被告が自己使用する部分を除く)を、原告が賃料保証の上で一括賃借し、一流企業に転貸する。

(賃借条件)

(1) 賃借料 建物賃借料は、年額金一六億五五〇〇万円とし、テナントの入居状況の如何にかかわらず、全額支払う。

(2) 敷金 建築費総額金二四四億円は、原告が敷金として無利息で預託する(オール敷金方式)。

(3) 賃借料の改訂 賃料は、ビル竣工後、満二年経過するごとに八パーセントの値上げを保証する。

(4) 賃借期間 賃借期間は、ビル竣工時から満二〇年とする。期間が満了した場合には、協議のうえ更に二〇年間更新し、以後も同様とする。

(提携方法)

(1) 協定書、予約契約、本契約という三ステップで進める。

(2) 原告は、被告に対し、次のとおり、敷金を預託する。

① 協定書締結時 三〇億円

② 予約契約締結時 二〇億円

③ ビル着工時 三一億円

④ 建設期間の中間時 八一億円

⑤ ビル竣工時 八二億円

(事業計画の前提条件)

(1) 賃借条件

① 敷金 二四四億円

② 賃貸収入(初年度) 一六億五五〇〇万円

③ 値上率 満二年経過ごとに八パーセントアップ。

(2) 必要資金ゼロ(建築費二四四億円は、敷金として預託するため。)

(3) 金利ゼロ(必要資金全額を敷金として預託するため。開発期間中の金利約三五億円も原告が負担する。)

(4) 初年度キャッシュフロー 一三億一九五三万二〇〇〇円

(5) 二〇年間のキャッシュフロー累計 七一一億〇四八三万八〇〇〇円

3  原告の事業受託方式によるサブリース事業

(一)  事業受託方式とは、土地の有効活用を目的として、それについて豊富なノウハウを有する受託者(ディベロッパー)が、土地の利用方法の企画、事業資金の提供、建設する建物の設計、施工及び監理、完成した建物の賃貸営業、管理運営等、その業務の全部又は大部分を地権者から受託し、土地及び建物の双方について地権者に所有権等を残したまま、受託者が建物一括借り受け等の方法により事業収益を保証する共同事業方式であり、中でも受託者による賃料等としての事業収益の保証はその本質的要素であると考えられていた(乙第一二号証)。

事業受託方式によるサブリース事業は、一方で、いわゆるバブル期に賃貸ビルの需要が急増していた状況のもとにおいて、当時異常な高値となっていた土地に資本投下することなく、ビルの供給が可能となり、賃貸ビル事業の営業面積を増やすことができる点で、大手不動産会社(受託者)にとって有利なビル供給方法であり、他方で、信頼できる不動産会社等に一括賃貸し、賃料は若干低額となるものの、事業リスクを回避できる点で、地権者(委託者)にとっても有利な賃貸方法であり、共同事業者の双方にメリットのあるビル賃貸事業の形態として注目されていた。

(二) 原告も、被告に提示した「住友不動産の事業受託」と題するパンフレット(乙第一号証)の中で、この事業受託システムが相手に事業の安定を約束する長期保証システムであること、具体的には、支払賃料と値上げ率の長期一括保証により事業リスクから相手を解放すること、建築費一括敷金差入方式(オール敷金方式)を利用すれば建築費を銀行から借り入れる必要がなく、事業の一層の安全が望めることを強調し、事業受託方式は、収入保証があるなどの点で、他の開発手法より有利であることを明確に謳っていた。

また、原告代表取締役である髙城申一郎は、平成三年六月三〇日発行の『日刊不動産経済通信』特集号通巻五〇号一九八頁(乙第五四号証)において、サブリース事業につき、「私どもの社業をベースにおいてお話しせざるを得ない」と断った上で、「土地所有権者が土地を売ることなくしてビルを建設し、デベロッパーが経営上の全リスクを持ち、安定収入を確保させてあげる方式」であると説明していた。

(三) 原告は、積極的に事業受託方式によるサブリース事業を展開し、賃貸面積を順調に拡大していった(乙第一三号証、第一四号証の一ないし四、第五一号証の一、第五一号証の四の一、二)。

4 契約条項についての交渉経過

原告と被告は、提案冊子が提出された平成二年一〇月二日から、本件契約が締結された平成三年七月九日まで、十数回に及ぶ打合せ会議を開き、具体的な契約条項についての交渉を行った。被告は、元来利益率は低いものの安全性、確実性の高い倉庫業を中核とする企業であったため、従来から安全性、確実性を重要視する経営姿勢を維持してきたが、この間の交渉においても、本件事業が、二百数十億円もの巨額の投資を行う、いわば会社の浮沈をかけた事業であったことから、事業としての安全性、確実性を重視し、いわゆるリスクの分散に深い関心を払う姿勢を示した。これに対し、原告側では、森松と松井が、被告に対し、一貫して、原告によるサブリース事業では、賃料が長期にわたり中途解約されることなく保証される上、オール敷金方式を利用すれば、建築請負代金を原告からの差入敷金でまかなうことができる結果、事業の全リスクが原告により負担され、被告は約定賃料どおりの安定した収入を確保することができることを説明した。

(一) 初年度賃料額について

(1) 原告は、提案冊子において、初年度賃料額を金一六億五五〇〇万円と提案していた。

(2) 被告は、平成二年末頃から新土地保有税(後の地価税)新設構想が持ち上がったことを受けて、同年一一月三〇日、原告に対し、新土地保有税相当額を賃料に転嫁して原告が負担することを提案した(甲第八号証の二、乙第二〇号証)。被告が、このころ原告に対して提示した「賃貸借予約契約書(案)」(第一次被告案、甲第九号証左側、乙第二一号証)には、右提案に沿う内容の条項(第一九条但書)が定められている。

原告は、同年一二月二七日、被告に対し、「賃貸借予約契約書(案)」(第二次原告案、甲第九号証右側)を提示し、テナントに右税額を転嫁できた場合のみ、原告が新土地保有税相当額を負担すると提案した(第一六条但書)。

しかし、原告は、平成三年二月一九日ころ、被告に対し、「賃貸借予約契約書(住友案)」(第三次原告案、甲第一一号証右側)を提示して、右の提案を撤回し、新土地保有税相当額については、一切負担できないと回答した。

そこで、被告は、事業採算性を独自に試算し、かつ新土地保有税の負担をも踏まえた上で、同年五月二二日、初年度賃料を年額金一八億円とするよう提案した。

そして、原告は、同年七月三日、これを了承した。

(3) 被告は、同年六月一二日、原告に対し、「賃貸借予約契約書(改訂案)」(第六次被告案、甲第一七号証右側)を提示し、当初の年額賃料を「本賃貸借契約締結時である平成七年二月一日時点」における賃料として定めることを提案した(第六条第一項)。

原告は、同年六月二〇日、被告に対し、「賃貸借予約契約書(住不案)」(第七次原告案、甲第一八号証右側)を提示し、右の条項を「第三条に基づく引き渡し日時点において」という文言に修正することを提案した(第六条第一項)。

被告は、同年六月二四日、原告に対し、「賃貸借予約契約書(横倉案)」(第七次被告案、甲第一九号証右側)を提示し、原告の右提案を受け入れつつも、括弧書きで「(平成七年三月一日予定)」という文言を挿入することを提案し、原告もこれを了承した。

(二) 賃料値上げ条項について

(1) 原告は、平成二年一一月八日、被告に対し、「賃貸借予約契約書」(第一次原告案、甲第八号証の一、乙第一九号証)を提示し、原告の転貸条件が、原告が被告から一括賃借する条件を増減しても、原告と被告は、それを理由として賃料の増減を申し出ることはしない旨(第八条第二項)、及び、急激なインフレ、その他経済事情に激変があったときは、第八条第一項の値上げ率を別途協議のうえ、変更することができる旨(同条第三項)の提案をした。

これに対し、被告は、同年一一月三〇日ころ、「賃貸借予約契約書(案)」(第一次被告案、甲第九号証左側、乙第二一号証)を提示し、第一次原告案における第八条第二項を削除するとともに、同条第三項の「急激なインフレ」という文言を削除し、「経済事情に激変があったとき」という文言を「経済事情に著しい変動があったとき」に、「変更」という文言を「八パーセントを上回る値上げ」という文言に、それぞれ修正することを提案した。

原告は、同年一二月二七日、被告に対し、「賃貸借予約契約書(案)」(第二次原告案、甲第九号証右側)を提示し、再度、第一次原告案と同じ内容の提案を行った。

被告も、平成三年一月八日、原告に対し、「賃貸借予約契約書(横倉案)」(第二次被告案、甲第一〇号証、乙第二三号証)を提示し、再度、第一次被告案と同じ内容の提案を行った。

これに対し、原告は、同年二月一九日ころ、被告に対し、「賃貸借予約契約書(住友案)」(第三次原告案、甲第一一号証右側)を提示し、「原告の転貸条件が、原告が被告から一括賃借する条件を増減しても、原告と被告は、それを理由として賃料の増減を申し出ることはしない。」旨の条項(第一次原告案の第八条第二項)の削除、及び、「急激なインフレ、その他経済事情に激変があったときは、第八条第一項の値上げ率を別途協議のうえ、変更することができる。」旨の条項(第一次原告案の第八条第三項)のうち、「変更」という文言を「八パーセントを上回る値上げ」という文言に修正することを了承した。

さらに、被告は、同年四月五日、原告に対し、「賃貸借予約契約書(横倉案)」(第三次被告案、甲第一二号証右側)を提示し、「急激なインフレ等経済事情の激変」の場合に限らず、「公租公課の著しい変動があったとき」にも八パーセントを上回る値上げをすることができる旨の提案を行った。

原告は、同年四月一一日、被告に対し、「賃貸借予約契約書(住友案)」(第五次原告案、甲第一三号証右側)を提示し、被告の右提案を拒絶した。

被告は、同年四月一六日、原告に対し、「賃貸借予約契約書(横倉案)」(第四次被告案、甲第一四号証右側)を提示し、再度、「公租公課の著しい変動があったとき」という文言の挿入を求めた。

これに対し、原告は、同年五月二二日頃、被告の右提案を了承することを決定し、被告に対し、その旨を伝えた。

さらに、被告は、同年六月一二日、原告に対し、「賃貸借予約契約書(改訂案)」(第六次被告案、甲第一七号証右側)を提示し、「公租公課等の著しい変動があったとき」という文言にさらに修正するように求めた。

原告は、同年六月二〇日、「賃貸借予約契約書(住不案)」(第七次原告案、甲第一八号証右側)を提示し、被告の右提案を拒絶した。

その結果、被告は右提案を断念した(被告が同年六月二四日に提示した「賃貸借契約書(横倉案)」(第七次被告案、甲第一九号証右側)の第七条第二項では、「公租公課の著しい変動があったとき」とされ、「等」の文言が外されている。)。

(2) なお、賃料値上げ条項は、本件契約第七条に引き継がれている。

(三) 賃料見直し条項について

(1) 提案冊子は、賃料額の見直しについて、格別規定していなかった。

(2) 被告は、平成二年一〇月二五日ころ、原告に対し、本件ビル竣工後満二年経過ごとに八パーセント値上げをする旨の賃料自動増額条項を確定した上で、賃料相場がそれ以上に上昇した場合に、その上昇分を被告にも還元する条項を入れることを求めた。

原告は、同年一一月八日、「賃貸借予約契約書」(第一次原告案、甲第八号証の一、乙第一九号証)を提示し、原告が被告に支払う賃料は、賃貸借期間開始等から満五年経過ごとに見直す(第二二条第一項)との提案をした。

これに対し、被告は、同年一一月三〇日に「横浜倉庫案(賃貸借予約契約書)の骨子」(甲第八号証の二)を、そのころ「賃貸借予約契約書(案)」(第一次被告案、甲第九号証左側、乙第二一号証)をそれぞれ提示し、四年ごとの賃料見直しを提案した(第九条第一項)。

そして、原告は、同年一二月二七日、被告の右提案を了承した(甲第九号証右側)。

(3) なお、賃料見直し条項は、本件契約第八条に引き継がれている。

(四) 敷金額について

提案冊子は、敷金総額を建設費相当額として金二四四億円としていた。

しかし、その後、建設費が金二三四億円に圧縮されたため、敷金額も二三四億円に減額された。

(五) 敷金預託時期について

(1) 提案冊子は、予約契約締結前の協定書締結時に敷金の一部として金三〇億円を預託することとしていた。

しかし、その後、協定書を締結せずに、予約契約と本契約の二段階の手続で進めることとされたのに伴い、予約契約締結時の敷金預託金額は、金三〇億円から金五〇億円に引き上げられた。

(2) そして、敷金の預託時期は、次のとおり変更された。

① 本件契約締結時 金五〇億円

② 本件ビル着工時

金二二億二〇〇〇万円

③ 本件ビル上棟時

金六九億二〇〇〇万円

④ 本件建物部分引渡時

金九二億六〇〇〇万円

5  本件契約の締結

原告と被告は、平成三年七月九日、本件契約を締結し(甲第一号証)、同時に、本件契約第八条(賃料の見直し条項)に関して、覚書を締結した(乙第六号証)。

6  建築請負契約の締結等

(一) 被告は、平成三年七月九日、清水建設との間で、代金二三〇億七二〇〇万円で、本件ビルの工事請負仮契約を締結し(乙第八号証の一)、日建設計との間で、設計工事監理委託契約を締結した。

(二) 被告は、平成四年四月二三日、清水建設との間で、代金二三〇億七二〇〇万円で、本件ビルの工事請負契約を締結した(乙第八号証の二)。

(三) 原告は、被告に対し、敷金を次のとおり預託した(甲第二号証の一ないし六)。

(1) 平成三年七月九日 金五〇億円

(2) 平成四年六月一日

金二二億二〇〇〇万円

(3) 平成六年六月三〇日 金二億円

(4) 平成六年一〇月五日

金六七億二〇〇〇万円

(5) 平成七年二月二八日

金九二億六〇〇〇万円

(四) 被告は、その頃、原告から預託された右敷金を、清水建設に対する建築請負代金として支払った(乙第三二、第三九号証)。

7  本件建物部分の引渡及び原告による賃料減額請求

(一) 被告は、平成七年二月、本件ビルを竣工させ、原告に対し、本件建物部分を引き渡した。

(二) 原告は、平成七年二月六日、被告に対し、本件建物部分の賃料を平成七年三月一日以降年額金一〇億円とする旨の意思表示をした。

原告は、平成八年七月八日の本件口頭弁論期日において、被告に対し、本件建物部分の同年八月一日以降の年額賃料を金七億二四一八万五〇〇〇円に減額する旨の意思表示をした。

二1  以上の認定事実によれば、原告が、被告に対し、被告において本件土地上に本件ビルを建築し、原告に本件建物部分を賃料保証付で賃貸することにより、長期に安定した収入を得られるという内容の、事業受託方式による本件土地の有効利用計画(以下「本件サブリース事業」ともいう。)を提案したこと、当時、サブリース契約一般に考えられていたのと同様に、本件契約でも、原告の被告に対する賃料保証が契約における必須の構成要素、言い換えればその本質とされていたこと、被告は右の有効利用計画に際し、多額の資本投下を行うことによる危険を注視し、右の賃料保証とオール敷金方式による建築請負代金の調達に深い関心を示したのに対し、原告も本件契約締結前、被告に対し、原告により賃料が保証され、敷金として建築請負代金相当額が差し入れられる結果、被告は建築請負代金等二三四億円の金利変動のリスク及び賃料相場変動によるリスクを避けることができ、事業収益を安定的に確保することができる旨を繰り返し説明したこと、がそれぞれ認められる。

2  そこで、本件契約の各条項を検討すると、本件契約第七条第一項は、本件建物部分の引渡日の翌日から満二年経過ごとに直前賃料の八パーセント値上げをすることを規定し(「賃料自動増額特約」ということができる。)、同条第二項は、急激なインフレ等経済事情の激変又は公租公課の著しい変動があった場合には、原告と被告が協議の上、八パーセントを上回る値上げをすることができることを規定している。

そして、本件契約第八条第一項は、原告が被告に支払う賃料は本件建物部分の引渡日の翌日から、満四年経過ごとに見直すことを規定し、同条第二項は、見直し後の年額賃料(新賃料)は、いかなる場合においても、直前賃料の1.08倍を下回らないことを規定している。また、同条第三項は、賃料見直しの要件を定め、同条第四項は、新賃料を算出するための計算式の用語を詳細に定義付けている。

更に、原告と被告は、本件契約第八条の賃料見直し条項について疑義が生じないよう本件契約締結と同時に覚書(乙第六号証)を締結し、想定事例をもとにした見直し賃料の試算を行っている。

このように、原告と被告が、十数回にも及ぶ打合せを重ねた上で、きわめて詳細かつ一義的に確定しうる内容の賃料見直し条項を合意したこと、及び、前記一の2のとおり、原告が被告に対し、二〇年間の収益をキャッシュフローとして提示していたことからすれば、本件契約第七条及び第八条は、原告が被告に支払う賃料額が当初の約定年額賃料金一八億円及び本件建物部分の引渡日の翌日から満二年経過ごとに直前賃料の八パーセントずつ値上げした各賃料額を下回ることがないことを確定する条項であるということができ、前記一の本件契約締結に至る事実、殊に前記一の4の柱書の事実をも併せて考慮すれば、本件契約第四条第二項の中途解約禁止条項と相俟って、原告は、被告に対し、二〇年という長期の契約期間全体にわたって、最低賃料額の取得を保証したと理解することができる。

したがって、原告と被告は、経済事情の変動があったときにも、本件契約第七条及び第八条の枠内で、双方の利益調整、損益分配を行うことを予定し、そもそも、借地借家法三二条に基づいて賃料の増減請求を行う余地を残さない合意をしたと認められる。

3  もっとも、この点について、原告は、本件契約第七条及び第八条は、将来も賃料相場が右肩上がりに上昇することのみを想定した賃料の増額特約にすぎず、今日のようにオフィス賃料相場が大幅に下落した場合に適用されることを予定していなかったものであり、「賃料保証」とは、せいぜい空室が生じた場合でも、本件建物部分全体についての賃料を支払うという意味合いを有するにすぎず(いわゆる「空室保証」)、今日ような相場下落の場合には借地借家法三二条の適用は排除されないと主張し、証人松井久生もその主張に沿い、賃料保証とは空室保証の意味しかないと証言し、甲第二六号証にも同趣旨の供述が記載されている。

確かに、前記認定事実によれば、被告は、賃料に関する各条項(本件契約第六条ないし第八条)についての交渉過程において、もっぱら賃料の増額を企図していたことが窺われ、特に、賃料相場が大幅に下落した場合を取り出して、契約条項の折衝が行われたとまでは認めるに足りない。

しかしながら、賃貸人である被告が、主として賃料の増額に関心を払って交渉するのはいわば当然のことであるし、前述のとおり、原告のサブリース契約が賃料の長期一括保証を本質としており、本件契約第八条第二項が、いかなる場合においても、見直し後の新賃料は、直前賃料の1.08倍を下回らないと明確に規定していることから判断すれば、原告及び被告が、賃料相場が大幅に下落した場合をも具体的に想定して、契約条項を煮詰める作業を行っていなかったとしても、格別異とするに足りない。

むしろ、証拠(甲第八号証の二、乙第九号証の一ないし五、第一〇号証、第一一号証の一、二、第五四号証、証人中山正男の証言)によれば、①本件契約が締結された平成三年当時には、すでに地価の下落が始まり、東京都心部におけるオフィス賃料相場も頭打ちとなっており、地価下落と連動してオフィス賃料相場も下落する可能性があることを指摘する経済紙、専門誌の記事も存在しており、不動産賃貸借の専門業者である原告は当然その頃これらの記事に接していたと推認されること、②原告代表取締役である髙城申一郎が、平成三年六月二五日付『日刊不動産経済通信』特集号通巻五〇号二〇〇頁において、「結論的にはここ当面の日本経済の底固いことに間違いはない。しかし、不動産業界のみ冬の時代の到来といわれ極めて深刻な事態に遭遇しておりますことも間違いのない事実であります。」と述べていたこと、③被告の担当者である中山正男が、平成二年一一月三〇日に開かれた原告との打ち合わせ会議の席上、メリットを犠牲にしてもリスクを少なくしたいという趣旨の発言をしており、原告は被告が事業リスクの分散に深い関心を寄せていることを知っていたこと、及び、④本件契約においても、第八条第二項の計算式は、原告がテナントから得た見直し直近一年間の賃料合計額等を代入して求められ、賃料相場変動の影響を反映して、計算上、直前賃料の1.08倍を下回る金額が得られる場合をも想定しており、その上で、新賃料が直前賃料の1.08倍を下回らないことを定めていること、がそれぞれ認められる。

右認定事実に、一般にいわゆるリスクを考慮しない経営判断がありえないことをも総合すれば、原告が、オフィス賃料相場の大幅な下落という事態を抽象的にすら予見していなかったということはできず、せいぜい、原告は、楽観的な見通しに基づき、そのような事態は抽象的には起こりうるが、実際にはそれが具体的に現実化することはおおむねありえない、と考えていたにすぎないと認めるべきである。

そして、もし、このような原告において、賃料相場が大幅に下落した場合には、本件契約の賃料に関する条項は適用されず、原告は被告に対し、賃料減額請求をすることができると考えていたのであれば、いかなる場合でも本件契約の枠組の範囲内で原被告間の利益調整を行うことを規定している本件契約第七条及び第八条、並びに、自ら提案した事業受託方式によるサブリース事業の本質的な要素である原告による賃料保証に真っ向から反するのであるから、その旨を明確に本件契約に盛り込んでしかるべきであったのに、本件全証拠によっても、原告が、本件契約中にこのような条項を盛り込むことを具体的に提案した形跡は窺われない上、本件契約にはそのような条項は存在しない。

以上によれば、本件契約第七条及び第八条は、単に将来も賃料が上がり続ける場合にとどまらず、オフィス賃料相場が大幅に下落した場合にも適用されることを想定した賃料自動増額特約及び利益調整条項であるというべきである。

したがって、また、原告の被告に対する賃料保証が単なる空室保証を意味するものでないことは明らかである。原告が被告に対し、本件建物部分全体についての賃料を支払わなければならないことは、いわば当然であって、あえて「賃料保証」と呼ぶまでもないのに、原告は被告との交渉の場において積極的にこの言葉を使用していたことからしても、賃料保証が単なる空室保証を意味するとの証人松井久生の証言及び甲第二六号証の供述記載は到底採用することができず、原告の主張は失当というほかはない。

三1  このように、原告が被告に対し、契約期間全体にわたって賃料保証を行ったとすると、本件契約第七条及び第八条は、賃料不減額特約の側面を有することとなり、借地借家法三二条に反して無効となるのではないかが問題となるので、以下この点について考察することとする。

(一) 本件契約第七条及び第八条は、前述のとおり、第四条第二項の解約禁止条項と一体となって、原告が被告に対し、二〇年間の契約期間全体にわたって、賃料を保証した規定である。この規定は、原被告間において、あらかじめ損益分配の割合を定めることにより、両者間の利益調整を図った規定であり、以下に述べるような合理性を有することが肯定される。

すなわち、本件契約においては、被告が得ることのできる賃料額が、第八条により四年間もの期間を置いて一定の計算式の範囲内で見直されるのを除けば、本件建物部分の転貸によって原告が得る転貸料収入の変動とは無関係に定められているため、原告が得る転貸収入のうち、被告に支払う賃料額を控除した残額が原告の収益となる。ここから次のことが導かれる。

まず、原告が当初の予想を上回る転貸収入を得た場合には、その利益の主要部分は全て原告により収受されることになる(もっとも、それが急激なインフレ等経済事情の激変又は公租公課の著しい変動があったという例外的な場合であれば、被告は、原告との協議により、賃料の値上げ率を上方に修正することも可能ではあるが(本件契約第七条第二項)、その場合でも、協議の結果、原告が同意しなければ値上げ率を上方修正することはできない。)。すなわち、原告は、経済事情の変動や自らの営業努力等により、被告に支払うべき賃料額を超えた部分を利益として収受することができる。

次に、原告の転貸収入が当初の予想を下回った場合であっても、原告は、被告に対し、賃料保証に基づき、本件賃料自動増額特約により算出される賃料を支払わなければならない。

要するに、本件契約は、原告にとっては、転貸料が一定以上に値上がりすれば基本的にその利益の主要部分を収得でき、逆に一定以下に値下がりすればその損失を負担するという意味で、利益収得の可能性と損失負担のリスクとが見合う形になっているものであり、被告にとっても、賃料相場の変動に左右されない安定した賃料収入を確保できるという意味で、一定の経済合理性を備えた損益分配の方法を定めたものということができる。

(二)  前述したとおり、原告と被告は、本件契約締結時において、経済事情の変動があったときにも、本件契約第七条及び第八条に基づいて利益調整することを予定していたものであり、そもそも原被告のいずれか一方が、借地借家法三二条による賃料増減請求をする可能性を排除していたということができる。

仮に、本件契約第七条及び第八条が借地借家法三二条に反し無効であり、賃料増減請求が認められると考えれば、本件契約において原被告間で合意した合理的な利益調整条項が無意味なものとなってしまうのみならず、互いに相当の企業規模を有し、法律的にもかなりの素養があると思しき原告と被告の担当者が、十数回にも及ぶ打ち合わせ会議における綿密な協議を経た上で、当初から重要な点で無効に帰すべき契約を締結したことになってしまい、原被告双方の意思に大きく反することが明らかである。

また、オフィス賃料相場が大きく下落していることを理由に、賃料減額請求が認められると、次のとおりいわゆる事業リスクの負担の面で原被告間の立場に著しい不均衡が生じるのを避けることができないと考えられる。もともと、事業受託方式は、不動産業者が土地を取得して自社ビルを建てて貸ビル事業を展開するには、購入資金の調達の面で問題があるばかりでなく、あまりにも事業リスクが大きすぎるので、土地所有のリスク(すなわち土地価格減耗の危険)を回避して賃料相場変動のリスクのみを負うことでまかなう事業として編み出された土地開発手法と評することも可能である。そして、現実に原告は本件において土地投資リスクを完全に回避している。

それにもかかわらず、およそ本件契約の締結交渉時に双方の交渉担当者らの念頭になかったというべき原告による賃料減額請求が認められてしまうと、原告は被告に対し、賃料相場変動のリスクすら転嫁することができることになってしまい、原告は、ほとんど事業リスクを負わないに近いことになる。他方、被告は、原告による賃料保証という、本件契約を締結するに至った事業経営上の前提を失い、本件土地のいわゆるキャピタルロスに加えて、建物からの収益の激減という甚大な損失を被ることになり、二〇年間全体を通して考慮していた事業採算性が大きく崩れ、共同事業の性格の強い本件契約の他方当事者である原告と対比して、著しく不利益な立場に追い込まれることになる。

(三)  借地借家法三二条は、借家関係が長期的かつ継続的な法律関係であることにかんがみ、いったん合意された賃料が、経済事情等の変更により不相当となった場合に、衡平の観点から、当事者に賃料の増減を請求する権利を付与した規定であり、いわば一般の事情変更の原則を借家関係という特殊な関係に即して類型的に構成したものということができる。また、同条ただし書が、明文上、賃料不増額特約についてのみ、その有効性を肯定していることをも考慮すれば、同条もまた、社会的弱者としての賃借人の居住権を保護するという借地借家法の目的を背景とするものと理解することができる。

しかし、本件契約の賃借人である原告が我が国でも有数の大手不動産会社であることは公知であり、原告には、本件建物を自ら使用する意思は全くなく、原告は、営業行為として本件建物部分を第三者に転貸して転貸料と原賃料との差額を利益として取得することを企図していたにすぎない。また、本件契約は、もともと本件土地を有効利用するために、原告が被告に対して提案した共同事業としての性格を色濃く有しており、社会的弱者としての賃借人の居住権を保護するという視点は重要ではない。

2 以上考察したところによれば、本件契約第七条及び第八条を借地借家法三二条に反し無効と解することはできない。すなわち、サブリース契約が、将来、二度と利用されるべきでない不当な契約類型であるというならともかく、それが、賃借人(大手不動産会社等)にとっては、土地に自ら直接資本を投下することなく、賃貸ビルを供給できるというメリットを有し、賃貸人(地権者)にとっても、大手不動産会社等にビルを賃貸して、賃料保証による長期安定収入が得られるというメリットを有し、そうであるからこそ原告をはじめとする大手不動産会社により大規模に採用されて社会的に肯認されていたと目されることをも考慮すれば、事後的な司法審査の場で安易に私的自治に介入して当事者間で当初から予定されたその効力を否定することは妥当ではなく、その他前認定の本件契約の趣旨、目的等に照らせば、借地借家法三二条は、本件契約には適用されないと解すべきである。そして、その結果、たとえ本件契約後の賃料相場の変動が予想に反したことにより原告が損害を被ったとしても、その予想を誤ったことによる不利益は、賃料保証と全リスクの負担を標榜した原告において甘受すべき筋合いとされてもやむを得ないというべきである。

したがって、本件契約第七条及び第八条は有効であり、原告は、借地借家法三二条に基づいて、賃料の減額を請求することはできないといわざるを得ない。

3 なお、借地借家法三二条が、一項において「契約の条件にかかわらず」賃料増減請求を認めている文言をとらえて、同条は強行規定であり、全ての建物賃貸借に適用されると説明されることがある。

しかし、借地借家法第三章第二節において、三七条が強行法規である条項を明示しているにもかかわらず、三二条はその中に含められておらず、立法の体裁の上でも他の強行法規とは全く同一の扱いを受けていないことを見て取ることができる。

むしろ、借地借家法三二条は、同条が典型的に適用を予定している建物賃貸借について、当事者がどのような契約条件を定めていた場合であっても常に賃料増減請求権を行使できることを規定しているにすぎず、本件契約のようにそもそも同条の適用が予定されていない契約についてまで、同条の適用を肯定する趣旨ではないと解すべきである。

したがって、借地借家法三二条一項の「契約の条件にかかわらず」との文言をとらえて、同条が強行規定であり、建物の賃貸借である以上当然に同条が適用される、との結論を導くことはできない。

この点に関連して、原告は、「建物の使用、収益」と「それに対する対価の支払」という賃貸借契約の要素がある以上、本件契約には当然に借地借家法が適用されるべきであると主張する。

しかしながら、前述してきたところから明らかなように、本件契約が借地借家法が典型的に予定する借家契約とは異なる面があることは否定しようがなく、本件契約に借地借家法、殊に本件で問題とされる三二条の規定が適用されるかどうかは、本件契約締結の経緯、契約条項の実質的な意義内容等を検討し、当事者の意思に照らして、本件契約が借地借家法三二条の適用が予定された建物賃貸借としての実体を備えているかどうか、という観点から実質的に判断すべきである。あたかも、目的物の使用、収益とそれに対する対価の支払という賃貸借契約の要素がある場合であっても、例えば、いわゆるリース契約の締結された場合における中途解除に伴う清算の要否の問題、譲渡担保契約とともにその対象不動産について賃貸借契約が締結された場合における賃料不払に伴う引渡請求の可否の問題は、単に形式的に民法の規定の適用をしてこと足れりとされず、その契約の内容等から実質的に判断されるべきであるとされるのと同様である。

そこで、これを本件についてみるに、本件契約は前述のとおり原被告間であらかじめ賃料保証を前提とした利益調整を行っており、これには一定の合理性があること、当事者間において借地借家法三二条の適用の余地を排除していたこと、本件では、借地借家法三二条の背後にある、社会的弱者としての賃借人保護という要請が働かないこと等の事情に加え、土地の利用方法の企画、事業資金の提供の仕方等本件契約の締結に至る経緯をも併せ考慮すれば、本件契約は、賃貸借の体裁がとられているけれども、その実質は本件建物部分を賃貸ビルとして運用するという原告のビル賃貸事業を中核とし、その事業収益の一定額を賃料保証の形態で被告に分配することを目的としたものであって、いわば本件建物部分に関する原被告間の事業経営の実質を有するものと認められることなどを総合すると、本件契約は借地借家法三二条の適用が予定された建物賃貸借としての実体を備えていないというべきである。

したがって、原告の右主張は採用できない。

四  以上の認定判断は、①本件契約の締結過程において、原告と被告のいずれが主導的な立場に立っていたかという事実、②本件契約が、原告の前記パンフレットどおりにされていたかどうかの事実によって影響を受けるものではない。

なぜなら、①本件契約は、大きな規模を有する株式会社である原被告双方が、契約内容を十分に検討し、十数回にも及ぶ打ち合わせ会議の中で相互に修正案を出し合って内容を確定したものである以上、いずれが主導的な立場で契約の締結に至ったかは、それほど重要ではなく、②本件契約も、原告による賃料保証という、サブリース契約の本質的要素を備えており、パンフレットに示された事業の流れ等は、一つの典型的なモデルを示したにすぎず、契約及び当事者ごとに個別具体化されていて何ら不合理ではないことからすれば、本件契約を典型的なサブリース契約と別異に解することは相当とは思われないからである。

五  なお、念のため付言すれば、本件に一般の事情変更の原則を適用する余地はなく、本件契約第七条及び第八条が事情変更の原則によって無効を来すいわれはないというべきである。

なぜなら、前述のとおり、本件契約においては、経済事情の大幅な変動があった場合をも想定して、全契約期間中にわたる損益分配が定められて原被告間の利益調整が図られていたものであり、一見するとある時点での賃料が不相当に高額であると見えたとしても、二〇年間という長期の契約期間全体の中では、賃料相場の変動により、全体としての支払賃料が著しく信義に反する程度に高額に過ぎることになるとは限らないからである。しかも、右原則が適用されるためには、当事者の予測を遙かに超えた事情の変更が必要であると解されるところ、前記二の3のとおり、原告は、抽象的には今日のようなオフィス賃料相場の下落現象を予見していたと認められること、原告による減額請求に係る家賃額をもとにしても、減額請求ごとでは約四割四分、約二割八分の減額にすぎず、最後の減額請求に係る家賃額と本件契約第七条に基づいて算出される賃料額とを比較しても約六割ないしは約六割三分の減額にすぎないから、事情変更の原則の適用の基礎事実もないというべきである。あたかも、商人が賃貸に供する目的で何らかの物を買い入れた場合においてその物の時価が短期間に売買時に比して三、四割に低下したからといって未払の代金の減額を得られないのと同様である。

第四  結論

以上によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告の本訴請求は理由がないから棄却することとする。

(裁判長裁判官成田喜達 裁判官山﨑勉 裁判官中丸隆)

別紙物件目録(一)(二)<省略>

別紙賃貸借予約契約書<省略>

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