東京地方裁判所 平成7年(ワ)21825号 判決 1996年10月23日
主文
一 被告は、原告向信一に対し金一一〇八万九〇四二円、原告向京に対し金九六八万九〇四二円及びこれらに対する平成五年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その四を原告らの負担とし、その余は被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告向信一に対し金六二八二万九一九八円、原告向京に対し金六一一三万〇五九九円及びこれらに対する平成五年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告ら各自に対し、金六〇〇万円及び平成七年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要(当事者間に争いがない)
一 本件事故の発生
1 事故日時 平成五年六月二二日午後四時一五分ころ
2 事故現場 東京都江戸川区春江町三―一先路上(以下「本件道路」という。)
3 被告車 軽四輪貨物自動車
運転者 被告
所有車 被告
4 事故態様 被告が、被告車を運転して本件事故現場にさしかかつたところ、前方の本件道路上を横断中の訴外向優憲(以下「訴外優憲」という。)と衝突した上、同人を轢過し、その結果、訴外優憲は死亡した。
二 責任原因
被告は、被告車を所有して、運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により、原告らに生じた損害を賠償する義務がある。
第三争点に対する判断
一 当事者の主張
原告らは、「被告は、平成五年六月ころから同年九月ころにかけて、原告ら方を訪問し、その際、原告らと被告との間で、被告が原告らに対し、損害賠償とは別に一二〇〇万円の支払をする旨の合意が成立したので、被告は、損害賠償金とは別に原告らに対し、各六〇〇万円の合計一二〇〇万円を支払うべきである。」と主張するのに対し、被告は、「被告は、訴訟前に、保険会社の提示額を聞き、保険金だけでは少額に感じたので、保険金で賠償額に足りないのであれば、保険金以外に五〇〇万円を自弁して支払つても良い旨考えたに過ぎず、原告らに対して負担してもよいと話したことはなく、右のような合意は成立していない、仮に、右のような話があつたとしても、右は贈与の申込みに過ぎず、原告らは、被告が提供した五〇〇万円の小切手を平成六年六月二三日ころに返還したのであるから、贈与の申込みを拒絶したのであり、いずれにしても被告は損害賠償金以外に支払う義務は負つていない。」と主張している。
二 当裁判所の判断
甲四、五、七、八、一二、一三、乙六、七、九、一二並びに原告向京及び被告本人尋問の各結果によれば、被告は、対人無制限の任意保険に加入していたことから原告に対して十分な保障ができると考えていたところ、保険会社の担当者から聞いた査定額が三五〇〇万円程度であつたため、少額であると思い、自己が五〇〇万円を負担し、せめて四〇〇〇万円程度は賠償したいと考え、その旨刑事事件の公判廷で供述し、平成六年六月二二日ころ、訴外優憲の一周忌のお参りに原告ら方を訪れた際、原告らにその旨告げずに額面五〇〇万円の小切手を仏壇に置いて帰つたが、その後、原告らから右小切手を返却されたことが認められる。
これによれば、被告は、訴訟前に示談で解決する場合には、保険金額では低額と考え、訴訟前に示談で解決する場合は、保険金に五〇〇万円を上積みして支払う意思を有していたに過ぎず、かつ、原告らとの話し合いの中でこの点が合意されたのではなく、刑事公判廷で意思を表明したに過ぎないから、原告らと被告との間で、この点について合意ができていたとは認められないのみならず、被告が額面五〇〇万円の小切手を持参した際にも、金額的に不満があつたとは言え、原告らはこれを返却しているのであり、結局、原告ら主張のように原告らと被告との間で一二〇〇万円を損害賠償金とは別に被告自身が支払う旨の合意ができたとは認められないので、原告らの主張は採用できない。
第四損害額の算定
一 訴外優憲の損害
1 逸失利益 二九一六万八〇八四円
本件事故時七歳の小学生であつた訴外優憲は、労働可能な年齢である一八歳から六七歳までの間、毎年、平成五年賃金センサス第一巻第一表男子労働者学歴計の平均賃金である年間五四九万一六〇〇円の得べかりし利益を喪失したものと認められる。したがつて、訴外優憲の逸失利益は、右の五四九万一六〇〇円に、生活費を五〇パーセント控除し、六七歳まで六〇年間のライプニツツ係数一八・九二九二から一八歳までの一一年間のライプニツツ係数八・三〇六四を減じた一〇・六二二八を乗じた額である金二九一六万八〇八四円と認められる。
なお、原告らは、各年齢に応じて平成六年賃金センサス第一巻第一表の男子高卒労働者の各年齢別平均賃金を基礎に、生活費控除率を、一八歳から二九歳までは五〇パーセント、三〇歳に結婚すると推定して三〇歳から四九歳までは三〇パーセント、五〇歳から六七歳までは四〇パーセントとして逸失利益を算定すべきであると主張し、被告は、平成三年賃金センサス第一巻第一表の男子労働者学歴計の平均賃金を基礎に、生活費控除率は六七歳まで五〇パーセントとして逸失利益を算定すべきであると主張している。訴外優憲が、将来いつ結婚し、いつ子供を産み、家族構成がどうなるかは、現時点では証拠上確定できないと解さざるを得ず、生活費控除率は六七歳まで五〇パーセントとして逸失利益を算定すべきである。また、基礎収入については、原告らの計算方法よりも、被告が主張する前記のとおりの一八歳から六七歳までの間、毎年賃金センサス第一巻第一表の男子労働者学歴計の平均賃金を得ると推認して算定した方が、原告らが主張する収入の推認方法で算定するよりも原告らに有利で、かつ、原告らの請求する逸失利益の範囲内で認容できるので、本件事故時である平成五年賃金センサス第一巻第一表の男子労働者学歴計の平均賃金を基礎として算定するのが相当である。
2 慰謝料 一四〇〇万円
訴外優憲の年齢、本件事故の態様、その他、本件における諸事情を総合すると、本件における訴外優憲の慰謝料は一四〇〇万円と認めるのが相当である。
3 合計 四三一六万八〇八四円
4 相続 各二一五八万四〇四二円
原告らは、訴外優憲の両親であり、唯一の相続人であつて、各二分の一ずつ訴外優憲の損害賠償請求権を相続したので、原告ら各自の相続額は各二一五八万四〇四二円認められる。
二 原告ら固有の損害
1 葬儀費 一二〇万円
弁論の全趣旨によれば原告信一が葬儀費を支出したと認められるところ、本件事故と相当因果関係の認められる葬儀費は、経験則上一二〇万円と認められる。
2 慰謝料 各二〇〇万円
訴外優憲の年齢、本件事故の態様、訴外優憲の家庭環境、その他、本件における諸事情を総合すると、本件における慰謝料は、原告ら各自につき二〇〇万円と認めるのが相当である。
三 合計
1 原告信一 二四七八万四〇四二円
2 原告京 二三五八万四〇四二円
四 既払金 各一四六九万五〇〇〇円
原告らが、自賠責保険金二九三九万円の支払いを受けたことは当事者間に争いがないので、原告らの損害てん補額は、原告ら各自につきそれぞれ一四六九万五〇〇〇円と認められる。
五 損害残額
1 原告信一 一〇〇八万九〇四二円
2 原告京 八八八万九〇四二円
六 弁護士費用
本件訴訟の難易度、審理の経過、認容額、その他、本件において認められる諸般の事情に鑑みると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、原告信一につき一〇〇万円、原告京につき八〇万円が相当と認められる。
七 合計
1 原告信一 一一〇八万九〇四二円
2 原告京 九六八万九〇四二円
第四結論
以上のとおり、原告信一の請求は、被告に対して金一一〇八万九〇四二円及びこれに対する平成五年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを、原告京の請求は、被告に対して金九六八万九〇四二円及びこれに対する平成五年六月二二日から支払済みまで年五分の割合による金員支払いを、それぞれ求める限度で理由があるが、その余の請求はいずれも理由がない。
(裁判官 堺充廣)