大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。
官報全文検索 KANPO.ORG
月額980円・今日から使える・メール通知機能・弁護士に必須
AD

東京地方裁判所 平成7年(ワ)22446号 判決 1998年3月10日

原告

磯部孝久

右訴訟代理人弁護士

中野博保

被告

株式会社石田商会

右代表者清算人

石田愛子

被告

株式会社シーアンドピー

右代表者代表取締役

石田保夫

右両名訴訟代理人弁護士

宮崎英明

主文

一  被告らは、原告に対し、別紙物件目録一記載の建物を明け渡せ。

二  被告らは、原告に対し、別紙工作物目録記載の工作物を収去して、別紙物件目録二記載の土地を明け渡せ。

三  被告株式会社石田商会は、原告に対し、一七六万八二〇九円及びうち八七万六二〇〇円に対する平成七年八月一日から、うち八一万四五〇〇円に対する同年一〇月二一日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の請求を棄却する。

五  訴訟費用は被告らの負担とする。

六  この判決は、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、別紙物件目録一記載の建物を明け渡し、かつ、別紙工作物目録記載の工作物を収去して別紙物件目録二記載の土地を明け渡せ。

2  被告株式会社石田商会は、原告に対し、一七六万八二一四円及びうち八七万六二〇〇円に対する平成七年八月一日以降、うち八一万四五〇〇円に対する同年一〇月二一日以降各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五〇年七月三一日、被告株式会社石田商会(以下、「被告石田商会」という。)に対し、原告所有の別紙物件目録一記載の建物(以下、「本件建物」という。)を、賃貸借期間を五年間として賃貸し、以来、五年ごとに契約を更新し、その後、平成七年七月三一日の経過をもって法定更新されたが、法定更新時における賃料等は次のとおりであった(以下、「本件賃貸借契約」という。)

(一) 賃貸借期間   平成七年八月一日から五年間

(二) 賃料      一か月四〇万円

(三) 賃料支払方法  毎月二五日までに翌月分を持参払い

(四) 管理費     一か月三万八一〇〇円

(五) 使用目的    店舗・事務所

(六) 物置設置使用料 一か月二万一八〇〇円

(七) 更新料     新家賃及び管理費の合計金額の二か月分を支払う。

(八) 被告石田商会は、本件建物の造作、模様替え、附属建物の新設、撤去等原状を変更するときは、予め原告の文書による承諾を得て実施する。

(九) 被告石田商会がその代表者を変更した場合には、直ちにその旨を書面にて原告に届け出なければならない。

2  被告株式会社シーアンドピー(以下、「被告シーアンドピー」という。)は、本件建物を使用し、これを占有している。

3  別紙物件目録二記載の土地(以下、「本件土地」という。)は、本件建物もその区分所有建物であるウエストハイマンション高円寺(以下、「本件マンション」という。)が敷地とする土地の一部であり、原告も共有持分を有しているところ、被告らは、本件土地上に別紙工作物目録記載の各物件を所有し、本件土地を占有している。

4  被告石田商会の管理費等の不払及び契約解除

(一) 被告石田商会は、平成四年二月分以降の管理費のうち、二万円を支払ったのみであり、その余の支払をせず、平成七年一〇月二〇日現在の未払金額は別紙計算一覧表のとおり合計八一万四五〇〇円、これに対する遅延損害金は合計七万七五一四円となった。

(二) 被告石田商会は、平成七年八月一日に支払うべき更新料八七万六二〇〇円を支払わない。

(三) 原告は、平成七年八月一九日、被告石田商会に対し、右各未払金を一〇日以内に支払うよう催告し、支払がない場合は、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

5  被告らの無断改築等及び契約解除

(一) 被告石田商会は、その代表者を変更したにもかかわらず、原告に対し、その旨を書面で届け出ていない。

(二) 被告石田商会は、原告に無断で、本件建物を、被告シーアンドピーに使用させている。

(三) 被告らは、平成七年八月二〇日ころから、本件建物について大々的に改装工事を行ったが、右工事について、原告はこれを承諾しておらず、原告は、平成七年八月一九日、被告石田商会に対し、原告の文書による承諾を求めるよう催告したが、右催告を無視して、改装工事を続行した。

(四) 被告石田商会の右(一)ないし(三)の各行為は、本件賃貸借契約における契約内容に違反するばかりでなく、原告との間の信頼関係を著しく害するものである。

(五) 原告は、平成九年五月二三日、被告石田商会に対し、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

6  本件賃貸借契約の終了

本件賃貸借契約においては、被告石田商会が解散した場合には、自動的に解約される旨の約定があるところ、被告石田商会は、平成七年八月九日、解散決議をなし、これにより、本件賃貸借契約は終了した。

二  請求原因に対する認否及び被告らの主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実は認める。

3  請求原因3の事実は認める。

4  請求原因4の各事実のうち、不払いの事実は認めるが、その余の事実は否認し、被告石田商会に各支払義務があること及び解除の効果については争う。

本件賃貸借契約における更新料の定めは、法定更新の場合には、適用がないというべきである。

5  請求原因5及び6の主張については争う。

(一) 本件建物の改装工事については、原告も事前に了知していたものであり、また、書面の交付を要する程の重大な工事ではない。

(二) 本件建物の賃借人が被告石田商会から被告シーアンドピーに変更したことは事実であるが、両者はともに石田保夫の個人企業であって、実質的には同一会社であり、被告石田商会の代表者も、石田保夫の妻であって、実質的な代表者は石田保夫であるから、賃借人についての実質的変更はない。

三  抗弁

1  錯誤無効(管理費の約定について)

本件賃貸借契約における管理費は、本件建物について、原告が共益費として、本件マンションの管理組合(以下、「訴外管理組合」という。)に対して負担すべきものと同額であり、実質的には、原告が訴外管理組合に支払うべき本件建物についての共益費を被告石田商会が肩代わりして支払うという意味では同一のものであるところ、原告は、平成二年七月の本件賃貸借契約についての更新の当時、被告石田商会に対し、右共益費が一か月二万円であったにもかかわらず、三万八一〇〇円である虚偽の告知をし、被告石田商会はその旨誤信していた。

したがって、管理費についての約定は、二万円を超える部分については、要素の錯誤があり、無効であるというべきである。

2  更新料の約定の無効

本件賃貸借契約における更新料の額は、不相当に高額であり、借地借家法三〇条により無効である。

3  相殺(更新料支払義務が認められる場合の予備的主張)

右1のとおり、管理費についての約定は無効であるところ、被告石田商会は、原告に対し、昭和六〇年八月分以降平成四年一月分までに、管理費として合計二九七万一八〇〇円を支払ったが、うち一四一万一八〇〇円は不当利得となる。

被告石田商会は、原告に対し、平成九年一〇月二九日の本件口頭弁論期日において、右不当利得債権をもって、原告の更新料債権(八四万円)とその対当額で相殺する旨意思表示した。

4  信頼関係を破壊しない事情

右1のとおり、本件の場合には、管理費の額が未定のものである以上、更新料の額自体定まらず、また、被告石田商会は、管理費の額について疑問点を有するために、その納得のために原告の誠意ある回答及び話し合いを要請してきたものであるから、更新料の不払いが原告と被告石田商会との間の信頼関係を破壊するものではない。

四  抗弁に対する認否

本件賃貸借契約における管理費が、本件建物について、原告が本件マンションの共益費として負担すべきものと同額であることは認めるが、その余の事実は否認し、主張については争う。

第三  証拠

本件訴訟記録中のの書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1ないし3の各事実については、当事者間に争いがない。

二  請求原因4ないし6及び抗弁について

1  請求原因4の事実のうち、被告石田商会が、平成四年二月分以降、本件賃貸借契約の定めにかかわらず、管理費を二万円しか支払らわず、差額の一万八一〇〇円の支払いを拒否していること、平成七年七月三一日の経過による法定更新の際に、更新料の支払を行っていないことは、当事者間に争いがない。

2  抗弁1(錯誤無効)について

(一)  証拠(甲一の二、二、九、一六の一〜三、二〇、乙一四、原告本人)及び争いのない事実によれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 本件賃貸借契約における管理費の額は、本件建物について、原告が訴外管理組合に対して、共益費として負担すべきものと同額に定められている。

(2) 原告は、昭和五五年八月一五日、被告石田商会に対し、本件土地上に被告石田商会が設置した物置の収去とともに、管理費の額についての確認等を求める訴えを提起したところ、昭和五六年五月二八日、原告と被告石田商会との間で、管理費を一か月あたり三万三六〇〇円とすること等を内容とする裁判上の和解が成立した。

(3) 右管理費について、原告と被告石田商会は、昭和六一年一月一日より一か月三万八一〇〇円に増額することで合意し、被告石田商会は、平成四年一月分までには右合意のとおり管理費の支払を行ってきた。

(4) 原告は、本件建物について、訴外管理組合に対して、共益費の負担をしているが、昭和六一年一月一日以降、その額は一か月三万八一〇〇円であるところ、平成四年二月分以降被告石田商会からの管理費の支払が一か月二万円となったため、その後共益費として二万円のみを支払わざるを得ない状況となった。

(二)  これに対し、被告らは、乙第一五、第一六号証等から、本件建物についての共益費が一か月三万八一〇〇円であることについては疑問がある旨主張するが、右書証については、その作成者が判然としないものである上、本件マンションの一階部分にある本件建物についての共益費の額が、二階ないし四階部分の共益費の額よりも低額であるとする合理的な根拠はないといわざるを得ず、本件建物にかかる共益費が一か月二万円であると断定することはできない。

また、仮に、本件賃貸借契約における管理費の額と本件建物における共益費の額との間に差額があったとしても、共益費は、訴外管理組合において決定されるものであり、管理費は、原告と被告石田商会との間の合意によって定まるものであって、法的には全く別のものであり、実質的にも同一のものであるということはできないから、この点が本件賃貸借契約の要素となっているとは断定しがたい上、以前の訴訟において管理費について訴訟上の和解まで行っている本件においては、これが直ちに、民法九五条にいう要素の錯誤ということはできないというべきである。

(三)  したがって、被告らの錯誤無効の主張については、これを採用することはできない。

3 更新料の支払義務の有無について

(一) 証拠(甲一の二)によれば、本件賃貸借契約においては、特約条項として「賃貸借契約更新の場合は更新料として、賃借料及び共益費合計額の二ヶ月分を乙(被告石田商会)は甲(原告)に支払うものとする。」と定められているところ、第三条の賃貸借期間の条項には「但し期間満了六ヶ月前に上記契約期間を更新するかどうかを協議することとし、協議をしないときは上記契約期間終了と同時に本件賃貸借契約は終了するものとする。」と定められている。

(二) 借家契約における更新料支払の特約については、その内容いかんによっては、借地借家法三〇条により無効となる場合はあり得るとしても、本件においては、使用目的は店舗・事務所であること、賃貸借の期間も五年であること、更新料の額も八七万六二〇〇円であることからすると、使用目的及び賃貸借期間と比較してそれほど高額とはいえず、更新料の性質については見解が分かれるところではあるが、賃料の補充ないし異議権放棄の対価の性質を有すると解するのが相当であることも併せ考えると、本件における更新料の特約については、必ずしも不合理なものとはいえないというべきであるから、右特約は有効であると認めることができる。

(三) 次に、本件において、被告石田商会に更新料支払の義務があるかどうかであるが、右(一)によれば、第三条の条項を併せて考えても、更新料の支払を合意による更新の場合に限定しているとは認められず、賃料の補充ないし異議権放棄の対価という更新料の性質、合意更新の場合との均衡という点にも鑑みると、本件の場合においては、法定更新の場合を除外する理由はないというべきであるから、被告石田商会には、原告に対して、更新料として八七万六二〇〇円を支払う義務があるというべきである。

4  以上によれば、被告石田商会は、原告に対し、別紙計算一覧表のとおり管理費の未払分として合計八一万四五〇〇円、管理費についての平成七年一〇月二〇日までの遅延損害金として合計七万七五〇九円(但し、別紙計算一覧表の平成四年二月分は三三七九円、同年三月分は三三〇二円となる。)、更新料として八七万六二〇〇円の支払義務があると認められるところ、証拠(甲三の一、二)及び弁論の全趣旨によれば、原告は、平成七年八月一九日、被告石田商会に対し、右各未払金を一〇日以内に支払うよう催告するとともに、支払がない場合は、本件賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたが、被告石田商会はこれに応じなかったことが明らかである。

更に、証拠(甲五〜一三、証人海老澤良一、原告本人、被告シーアンドピー代表者)によれば、被告石田商会は、平成七年七月一二日、解散決議をし、清算会社となっており、本件建物における営業は、被告シーアンドピーにおいて、行っているが、このことについて、被告らは、原告に対して、その説明をしていないこと、被告らは、本件土地上に二つ目の物置を設置したが、これについて、訴外管理組合の理事長でもある原告の承諾を得ていないこと、本件建物の改装工事においては、重さが四〇〇キロ位もあるパン製造機を新たに備え付けたが、被告らは、原告に対して、改装工事についての具体的な説明をしておらず、原告からの書面による承諾を得ようともしなかったことが認められる。

被告らは、本件においては、未だ信頼関係が破壊されていない旨主張するが、右各認定した事実を総合すれば、原告と被告石田商会との信頼関係は、原告から被告石田商会に対する右停止条件付き解除の意思表示をなした当時において、被告石田商会らによる右各債務不履行により既に破壊されていたと認めるのが相当であって、右解除は有効であると認めることができる。

右に反する被告らの主張は採用できず、抗弁については、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がない。

三  結論

そうすると、原告の本件請求は、被告らに対する本件建物の明渡並びに工作物の撤去及び本件土地の明渡の各請求、被告石田商会に対する未払管理費及び未払更新料を求める請求のうち一七六万八二〇九円及び各遅延損害金の請求の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、仮執行宣言の申立てについては、第一項及び第二項については、相当でないからこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官横溝邦彦)

別紙物件目録<省略>

別紙工作物件目録<省略>

別紙配置図<省略>

別紙計算一覧表<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例