東京地方裁判所 平成7年(ワ)22661号 判決 1996年8月22日
原告
株式会社荒井商店
右代表者代表取締役
荒井喜八郎
右訴訟代理人弁護士
田宮甫
同
堤義成
同
鈴木純
同
吉田繁實
同
白土麻子
同
田宮武文
同
小林幸夫
被告
株式会社英語で考える学院
右代表者代表取締役
西海勝
被告
西海勝
右両名訴訟代理人弁護士
野崎研二
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して金四七三八万九九〇四円及び内金九四一万五七三六円に対する平成七年七月二六日から支払い済みまで年六分、内金二六二六万二九〇〇円に対する平成七年一〇月一三日から支払い済みまで年六分、内金四六一万四〇八三円に対する平成七年一〇月一三日から支払い済みまで日歩一〇銭、内金六九七万三五八五円に対する平成七年一二月一日から支払い済みまで年六分の各割合による金銭を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを二分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求の趣旨
被告らは、原告に対し、連帯して金九一八四万三九八五円及び内金八四〇万〇七三六円に対する平成七年七月二五日から支払い済みまで年六分、内金七〇七一万六九八一円に対する平成七年一〇月一三日から支払い済みまで年六分、内金一〇一万五〇〇〇円に対する平成七年七月二六日から支払い済みまで年六分、内金四六一万四〇八三円に対する平成七年一〇月一三日から支払い済みまで日歩一〇銭、内金六九七万三五八五円に対する平成七年一二月一日から支払い済みまで年六分の各割合による金銭を支払え。
第二 事案の概要
一 本件は、賃貸借契約に基づき、未払賃料、賃料相当損害金、原状回復費用、期間内解除による約定違約金等を請求している事案である。
二 争いのない事実
1 原告は、被告株式会社英語で考える学院(<省略>以下「被告会社」という)に対し、平成五年四月三〇日、別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という)の四階及び六階部分を、次の条件で賃貸して翌日引き渡した(以下「第一契約」という)。被告西海勝(以下「被告西海」という)は、原告に対し、右同日、被告会社の原告に対する第一契約上の債務について連帯保証した。
(1) 期間 平成五年五月一日から四年間
(2) 賃料 月額次のとおりで毎月二五日限り翌月分を支払う
平成五年五月一日から同年九月三〇日まで一三二万七九六八円
平成五年一〇月一日から平成七年四月三〇日まで二七八万四四五〇円
平成七年五月一日から平成九年四月三〇日まで三一一万八五八四円
(3) 共益費 月額次のとおりで賃料と同様に支払う
平成五年五月一日から同年六月三〇日まで月一七万一三五〇円
平成五年七月一日以降は月三四万二七〇〇円
(4) 保証金 三七〇〇万円
契約時に五〇〇万円を支払い、残額は次のとおり分割して支払う。
平成五年五月二五日限り四八万円
平成五年六月から平成八年一二月まで毎月二五日限り七二万円宛
平成九年一月二五日限り五六万円
契約期間満了前に解約又は解除された場合は三〇パーセントを償却
(5) 違約金
被告会社が期間満了前に解約する場合は、解約予告日の翌日より期間満了日までの賃料・共益費相当額を違約金として支払う。
2 被告会社は、賃料・共益費の支払を遅滞したので、原告と被告会社は、平成六年二月二六日、第一契約の内本件建物の六階部分について合意解約し、被告会社は、平成六年三月四日、本件建物の六階部分を明け渡した。
3 被告会社は、平成六年二月二六日、原告に対し、未払賃料・共益費合計額一二四八万五〇四三円を次の約定で支払う旨約した。
(1) 平成六年二月から平成一〇年一月まで毎月二五日限り、二九万三二一一円宛分割して支払う。
(2) 分割金の支払を一回でも怠ったときは当然に期限の利益を喪失する。
被告会社は、平成七年七月二五日の支払を怠ったので、同日の経過により期限の利益を喪失した。
4 原告と被告会社は、平成六年二月二六日、期間満了前の解約による違約金を六三二一万六九八一円とし、支払時期を平成一二年三月三一日、但し本件建物のいずれかの部分の賃貸借契約が解約又は解除された場合は直ちに支払う旨を合意した。
5 原告と被告会社は、平成六年二月二六日、第一契約の賃貸物件が四階のみになったことから、第一契約の内容を次のとおり変更することに合意し、被告西海も右変更に同意した。
(1) 期間 平成一二年三月三一日まで
(2) 賃料 月額一三九万二三〇〇円で毎月二五日限り翌月分を支払う
(3) 共益費 月額一七万一三五〇円で賃料と同様に支払う
(4) 保証金 一八五〇万円
契約時に八三六万円を支払い、未払分一〇一四万円は次のとおり分割して支払う。
平成六年三月から平成八年一〇月まで毎月二五日限り三〇万円宛
平成八年一一月二五日限り五四万円
6 原告と被告会社は、平成六年一二月二一日、変更された第一契約を合意解約し、被告会社は、平成七年二月一八日、本件建物の四階部分を明け渡した。原告と被告会社は、平成七年四月一三日、本件建物の四階部分の原状回復費用が一二五万円であることを確認し、その支払について次のように合意した。
(1) 平成七年四月から平成七年九月まで毎月二五日限り二五万円宛、平成七年一〇月二五日限り二六万五〇〇〇円を支払う。
(2) 分割金の支払を一回でも怠ったときは当然に期限の利益を喪失する。
被告会社は、平成七年七月二五日の支払を怠ったので、同日の経過により期限の利益を喪失した。
7 原告は、被告会社に対し、平成六年一二月二一日、本件建物の七階及び九階部分を、次の条件で賃貸して、平成七年二月一九日引き渡した(以下「第二契約」という)。被告西海は、原告に対し、平成六年一二月二一日、被告会社の原告に対する第二契約上の債務について連帯保証した。
(1) 期間 平成一二年三月三一日まで
(2) 賃料 月額次のとおりで毎月二五日限り翌月分を支払う
平成七年三月一八日まで二四〇万三二四二円
平成七年三月一九日以降一六二万六七六一円
(3) 共益費 月額二九万五七七四円で賃料と同様に支払う
(4) 賃料及び共益費の遅延損害金日歩一〇銭
(5) 保証金 一八五〇万円
契約時に一一〇六万円を支払い、残額は次のとおり分割して支払う。
平成六年一一月から平成七年二月まで毎月末日限り三〇万円宛
平成七年三月から平成一〇年六月まで毎月末日限り一五万円宛
平成一〇年七月末日限り二四万円
契約期間満了前に解約又は解除された場合は三〇パーセントを償却
(6) 賃料相当損害金 賃料の倍額とする
(7) 違約金
期間満了前に解約又は解除された場合は、被告会社は原告に対し違約金として七五〇万円を支払う。
8 被告会社は、第二契約による賃料及び共益費の支払を遅滞したため、原告は、被告会社に対し、平成七年一〇月六日、六日以内に未払賃料及び共益費を支払うよう催告し、右期間内に支払がないときは第二契約を解除する旨の意思表示をしたが、被告会社は右期間内に支払をしなかった。したがって、第二契約は、平成七年一〇月一二日に解除により終了した。
被告会社は、本件建物の七階及び九階部分を、平成七年一一月三〇日、明け渡した。
9 原告と被告会社は、平成五年四月三〇日、原告が本件建物の外側に被告会社の看板を設置し、被告会社が看板使用料として月三万〇九〇〇円を毎月二五日限り支払う旨の契約(以下「看板使用契約」という)を締結した。被告西海は、原告に対し、平成五年四月三〇日、被告会社の原告に対する右契約上の債務について連帯保証した。
10 被告会社の原告に対する未払債務は、次のとおりである。
【第一契約によるもの】
表1
項目
金額
支払時期
未払賃料及び共益費
八四〇万〇七三六円
七月二五日
四階部分の原状回復費用
一〇一万五〇〇〇円
七月二五日
約定違約金
一八七六万二九〇〇円
一〇月一二日
表2
項目
金額
支払時期
未払賃料及び共益費
四六一万四〇八三円
一〇月一二日
賃料相当損害金
五六七万八八七五円
一一月三〇日
七階及び九階部分の原状回復費用
一二九万四七一〇円
一一月三〇日
約定違約金
七五〇万円
一〇月一二日
未払賃料及び共益費
八四〇万〇七三六円
本件建物四階部分の原状回復費用
一〇一万五〇〇〇円
【第二契約によるもの】
未払賃料及び共益費
四六一万四〇八三円
賃料相当損害金五六七万八八七五円
【看板使用契約によるもの】
未払看板使用料 一二万三六〇〇円
三 第二契約により、被告会社が原告に対して負担する本件建物七階及び九階部分の原状回復費用は、一二九万四七一〇円である(甲一二号証)。
四 被告らの主張
第一契約及び第二契約の各違約金条項は、賃借人の解除権を不当に制約し、賃貸人に過剰な利益を与えるものであるから、公序良俗に反して無効である。
仮にそうでないとしても、このような多額の違約金の請求をすることは、権利の濫用として許されない。
五 原告の反論
被告会社は、第一契約を締結した際、資金的に余裕がなかったため、保証金を分割で支払うことを申し入れたが、原告は賃貸借期間内に解約をしないことを前提としてこれを承諾し、賃貸借期間内の賃料収入を確保するためもあって、違約金条項を合意したのである。第二契約の違約金条項も同様の経緯で合意されたものである。
第一契約及び第二契約が期間内に解約又は解除された場合、次の賃借人を確保するには相当の期間を要するのであり、実際に次の賃借人が入居したのは、本件建物の四階部分について平成七年六月、六階部分について平成六年三月、七階部分について平成八年三月、九階部分について平成八年六月である。
したがって、第一契約及び第二契約の各違約金条項が公序良俗に反するとはいえないし、違約金の請求が権利の濫用になることもない。
六 本件の争点は、第一契約及び第二契約の各違約金条項が公序良俗に反するものか、違約金の請求が権利の濫用になるかどうかである。
第三 争点に対する判断
一 建物賃貸借契約において一年以上二〇年以内の期間を定め、期間途中での賃借人からの解約を禁止し、期間途中での解約又は解除があった場合には、違約金を支払う旨の約定自体は有効である。しかし、違約金の金額が高額になると、賃借人からの解約が事実上不可能になり、経済的に弱い立場にあることが多い賃借人に著しい不利益を与えるとともに、賃貸人が早期に次の賃借人を確保した場合には事実上賃料の二重取りに近い結果になるから、諸般の事情を考慮した上で、公序良俗に反して無効と評価される部分もあるといえる。
二 そこで、第一契約による違約金について判断する。
本件で請求されている違約金は、被告会社が本件建物の六階部分を平成六年二月二六日に解約したことにより、実際に六階部分を明渡した日の翌日である同年三月五日から契約期間である平成九年四月三〇日までの賃料及び共益費相当額である。なお、この計算においては、第一契約の賃料及び共益費は本件建物の四階と六階部分のものであり、四階と六階は床面積が同一であるから、第一契約の賃料及び共益費の半額、すなわち平成六年三月五日から平成七年四月三〇日までは月一五六万三五七五円、平成七年五月一日から平成九年四月三〇日までは月一七三万〇六四二円で算定している。被告会社が本件建物の六階部分を使用したのは約一〇か月であり、違約金として請求されている賃料及び共益費相当額の期間は約三年二か月である。
被告会社が本件建物の六階部分を解約したのは、賃料の支払を継続することが困難であったからであり、第一契約においては、本来一括払いであるべき保証金が三年九か月の期間にわたる分割支払いとなっており、被告会社の経済状態に配慮した異例の内容になっているといえる。原告は、契約が期間内に解約又は解除された場合、次の賃借人を確保するには相当の期間を要すると主張しているが、被告会社が明け渡した本件建物について、次の賃借人を確保するまでに要した期間は、実際には数か月程度であり、一年以上の期間を要したことはない。
以上の事実によると、解約に至った原因が被告会社側にあること、被告会社に有利な異例の契約内容になっている部分があることを考慮しても、約三年二か月分の賃料及び共益費相当額の違約金が請求可能な約定は、賃借人である被告会社に著しく不利であり、賃借人の解約の自由を極端に制約することになるから、その効力を全面的に認めることはできず、平成六年三月五日から一年分の賃料及び共益費相当額の限度で有効であり、その余の部分は公序良俗に反して無効と解する。平成六年三月五日から一年分の賃料及び共益費金額相当額は、月一五六万三五七五円の一年分である一八七六万二九〇〇円となる。
三 次に、第二契約による違約金について判断する。
第二契約で定められている違約金は、賃料の三か月分程度の金額であり、第二契約は被告会社の賃料不払いで解除されたものであり、第二契約においても第一契約と同様に保証金の分割支払いを認めていたのである。
右事情を考慮すると、第二契約による違約金約定は、公序良俗に反するものとはいえないし、請求することが権利の濫用になるともいえない。
四 以上によれば、原告の本訴請求は、次のとおり合計四七三八万九九〇四円及び各項目の支払時期(全て平成七年)の翌日からの遅延損害金の支払を求める限度において理由がある。
【第一契約によるもの】<表1編注>
【第二契約によるもの】<表2編注>
【看板使用契約によるもの】
未払看板使用料 一二万三六〇〇円
(裁判官永野圧彦)
別紙物件目録<省略>