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東京地方裁判所 平成7年(ワ)23056号 判決 1998年9月16日

主文

一  原告(反訴被告)の請求をいずれも棄却する。

二  原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)株式会社ニツシンに対し、金二五万六九一二円及びこれに対する平成九年二月一三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告(反訴原告)株式会社ニツシンのその余の反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は、原告(反訴被告)と被告(反訴原告)株式会社ニツシンとの間においては、本訴・反訴を通じこれを二〇分し、その九を被告(反訴原告)株式会社ニツシンの負担とし、その余を原告(反訴被告)の負担とし、原告(反訴被告)と被告山岸太一との間においては、全部原告(反訴被告)の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り、仮に執行することができる。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

一  本訴

被告(反訴原告)株式会社ニツシン及び被告山岸太一は、原告(反訴被告)に対し、連帯して、金二七六万七六〇〇円及びこれに対する平成七年一二月六日から支払済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  反訴

原告(反訴被告)は、被告(反訴原告)株式会社ニツシンに対し、金二八四万四八三四円及びこれに対する平成九年二月一三日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

〔以下において、当事者名等を次のとおり略記する。

原告(反訴被告)……原告

被告(反訴原告)株式会社ニツシン……被告ニツシン

被告山岸太一……被告山岸

いすゞモーター東京株式会社(旧商号「新東京いすゞモーター株式会社」)……いすゞモーター〕

本件は、いすゞモーターと被告ニツシンとの間で締結された自動車の割賦販売契約について、いすゞモーターから売主の地位の譲渡を受けた原告が、被告ニツシンの割賦販売代金不払を理由に右売買契約を解除したと主張して、被告ニツシン及び被告ニツシンの連帯保証人である被告山岸に損害賠償を求めたのに対し、被告ニツシンが、右割賦販売代金の支払を停止したのは、売買の目的物である自動車の点検調査の結果につき原告から書面による報告がされなかったためであるから、原告の右解除は無効であり、原告において右自動車を第三者に売却したことにより右売買契約に基づく原告の債務は履行不能となったから、被告ニツシンにおいて右売買契約を解除したなどと主張して、反訴として、契約解除に基づく原状回復請求として既払代金の返還と、不法行為に基づく損害賠償を原告に求めた事案である。

一  前提事実(当事者に争いのない事実及び証拠上容易に認められる事実であり、後者については、認定に供した証拠を【 】内に掲げた。)

1 いすゞモーターは、平成六年四月二一日、被告ニツシンとの間で、左の約定で自動車一台(登録番号・足立三三ら二三九五。以下「本件自動車」という。)を被告ニツシンに売り渡す旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、本件自動車を引き渡した。

(一) 代金総額 五七七万四五二七円

(二) 代金支払方法 契約締結時に二〇六〇円

平成六年六月二日に九万六六六七円

平成六年七月から平成一一年五月までの毎月二日に各九万六二〇〇円

(三) 期限利益喪失 被告ニツシンが右分割払を一度でも遅滞した場合、当然に期限の利益を失う。

(四) 遅延損害金 年六分

(五) 無催告解除 右(三)の場合、いすゞモーターは、催告をせずに契約を解除できる。

(六) 賠償額の予定 契約が解除された場合、被告ニツシンは、いすゞモーターに対し、代金総額に相当する金額の損害賠償金を支払う。ただし、本件自動車を返還した場合は、財団法人日本自動車査定協会その他公正な機関による評価額を右賠償金に充当する。

2 被告山岸は、平成六年四月二一日、いすゞモーターに対し、本件売買契約に基づく被告ニツシンの債務を連帯保証する旨約した【甲一、一三(甲一の被告山岸名下の押印が同被告によるものであることについて争いがないから、同号証の同被告作成部分は、全部真正に成立したものと推定される。)】。

3 原告は、平成六年四月二一日、被告ニツシンの承諾の下に、いすゞモーターから本件売買に基づく売主の地位の譲渡を受けた。

4 被告ニツシンは、本件売買契約に基づく代金の支払として、平成六年一二月二日までに原告に対し合計六七万五九二七円を支払ったが、平成七年一月二日支払分以降の代金の支払をしなかった。

5 原告は、被告ニツシンに対し、平成七年六月二四日に到達した書面により、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

6(一) 財団法人日本自動車査定協会は、平成七年六月一四日、本件自動車の価格を二三三万一〇〇〇円と評価した【甲四】。

(二) 原告は、平成七年七月三日、いすゞモーターに対し、本件自動車を右評価額に消費税相当額を加えた二四〇万〇九三〇円で売り渡し、いすゞモーターは、その後、さらに本件自動車を第三者に売り渡した【甲一〇、証人中山治】。

7 被告ニツシンは、平成八年一〇月三〇日の本件口頭弁論期日において、原告に対し、原告の本件自動車の引渡債務の履行不能を理由として、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

二  争点及び争点に関する当事者の主張

1 原告による本件売買契約解除の可否-被告ニツシンの代金支払拒絶に正当な理由があるか

〔被告らの主張〕

(一)  本件売買契約には、左の事由がある場合、被告ニツシンは、売買代金の分割払を停止することができる旨の約定があった。

(1) 本件自動車の引渡しがされない場合

(2) 本件自動車に破損、汚損、故障、その他の瑕疵がある場合

(二)(1) 被告ニツシンの代表取締役である被告山岸が平成六年一二月一三日に本件自動車を運転中、急ブレーキをかけABS装置を作動させたところ、車体に異常な振動が発生した。

(2) そこで、被告ニツシンは、平成六年一二月一五日、原告の履行補助者であるいすゞモーターに対し、右の点について本件自動車の点検整備を依頼し、本件自動車を引き渡した。

(三)  いすゞモーターは、平成七年一月二〇日ころ、被告ニツシンに対し、本件自動車のABS装置には異常がない旨口頭で説明したが、被告ニツシンが、点検調査の結果を記載した整備記録等の書面を交付するよう求めたにもかかわらず、これを交付しなかった。

(四)  ABS装置の異常は、死亡事故に直結し得るものであり、しかも、本件自動車は、被告ニツシンが使用を開始した後、故障が続いていた。

したがって、原告は、本件売買契約に基づく本件自動車の売主として、買主である被告ニツシンが本件自動車のABS装置に異常があるのではないかとの疑念を抱き、その点検調査を依頼した場合には、点検調査の結果、異常がなかったときにも、その内容を十分に告げて本件自動車の安全性を説明し、被告ニツシンの求めに応じ、点検整備記録等の書面を交付する義務があるというべきである。

(五)  しかるに、原告の履行補助者であるいすゞモーターは、前記のとおり被告ニツシンの要求にもかかわらず、整備記録等の書面を交付しなかった。

したがって、被告ニツシンは、前記(一)の約定に基づき、又は同時履行の抗弁として、本件売買契約に基づく代金につき、平成七年一月分以降の分割払の履行を拒絶できるというべきである。

〔原告の主張〕

(一)  被告らの主張(一)は認める。

(二)  被告らの主張(二)(1)は知らない。同(2)は認める。

(三)  被告らの主張(三)は認める。

(四)  被告らの主張(四)は争う。

原告に調査報告義務があることは認めるが、書面を交付する義務はなく、原告の履行補助者であるいすゞモーターは、被告ニツシンに対し、本件自動車のABS装置に異常がないことを、口頭で十分説明した。

(五)  被告らの主張(五)は争う。

2 原告が本件売買契約解除に基づき被告らに請求し得る損害賠償額

〔原告の主張〕

(一)  前提事実1の(六)の約定により、原告が本件売買契約の解除に基づき被告らに請求できる損害賠償額は、左の(4)の二七六万七六〇〇円となる。

(1) 売買代金総額

五七七万四五二七円(前提事実1(一))

(2) 支払済代金額

六七万五九二七円(前提事実4)

(3) 自動車評価額

二三三万一〇〇〇円(前提事実6(一))

(4) 損害賠償額 右(1)の金額から(2)及び(3)の金額を控除した金額

二七六万七六〇〇円

(二)  よって、原告は、被告ニツシン及び被告山岸に対し、契約解除に基づく損害賠償請求として、右二七六万七六〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成七年一二月六日から支払済まで約定の年六分の割合による遅延損害金を連帯して支払うことを求める。

〔被告らの主張〕

原告の主張は争う。

(一)  原告が売買代金総額に含める検査登録手続代行費用の五万四一八〇円のうち四万五六六〇円は不必要なもので過大な請求であり、また、自動車損害賠償保険料は三六か月分で足りるところ、一か月分過大に請求している。

(二)  本件売買契約において本件自動車の付属品とされたソニー製ナビゲーションシステム(代金五七万〇一〇〇円)は、その後、返還している。

3 原告による本件契約の解除等が違法であり、被告ニツシンに対する不法行為となるか

〔被告ニツシンの主張〕

(一)  原告は、前記1のとおり、被告ニツシンが本件自動車の点検調査の結果についての整備記録等の交付を求めたにもかかわらず、これを拒み、したがって、被告ニツシンによる代金の支払停止には正当な理由があるにもかかわらず、本件売買契約解除の意思表示をした上、本件自動車を売却し、さらに、信用調査機関に対し、被告ニツシンに債務不履行があった旨を報告した。

(二)  右の原告の行為は、違法であり、原告ないしその履行補助者であるいすゞモーターには、これにつき過失があったというべきである。

〔原告の主張〕

原告が被告ニツシンに本件自動車の点検調査の結果に関する書面を交付しなかったこと、本件売買契約解除の意思表示をしたこと、本件自動車を売却したこと及び信用調査機関に被告ニツシンの債務不履行の事実を報告したことは認めるが、その余は争う。

4 被告ニツシンが、履行不能による本件売買契約の解除に基づく原状回復及び不法行為による損害賠償として原告に請求できる金額

〔被告ニツシンの主張〕

(一)(1) 原告が前提事実6(二)のとおり本件自動車を売却したことより、本件売買契約に基づく原告の本件自動車の引渡債務は履行不能となり、被告ニツシンは、前提事実7のとおり、本件売買契約を解除した。

(2) 被告ニツシンは、前提事実4のとおり、原告に対し、本件売買代金として平成六年一二月二日までに合計六七万五九二七円を支払った。

(3) したがって、被告ニツシンは、原告に対し、契約解除に基づく原状回復として、右六七万五九二七円の返還請求権を有する。

(二)  被告ニツシンは、原告による前記3の不法行為により、左のとおり合計二一六万八九〇七円の損害を受けた。

(1) 信用情報機関に登録されたことによって社会的信用が毀損されたことによる損害

一〇〇万円

(2) 本件自動車のために賃借したが使用できなかった駐車場の料金(平成七年一月から同年六月までのもの)

一三万二〇〇〇円

(3) 本件自動車についての任意保険料

一〇万七六五〇円

(4) 本件自動車の平成七年度分自動車税

五万八〇〇〇円

(5) 自動車ユーザーユニオンに対する相談料

四八万〇二五七円

(6) 弁護士費用 三九万一〇〇〇円

(三)  よって、被告ニツシンは、原告に対し、右(一)及び(二)の合計額である二八四万四八三四円及びこれに対する弁済期の経過後である平成九年二月一三日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

〔原告の主張〕

(一)  被告ニツシンの主張(一)は争う。

被告ニツシンは、平成六年四月二一日の本件売買契約締結後、いすゞモーターに対し本件自動車を点検調査のために引き渡した同年一二月一五日までの間、本件自動車を使用し、その利益を得ていたから、支払済の代金六七万五九二七円は、原告の不当利得とはならない。

(二)  被告ニツシンの主張(二)は知らない。

第三 争点に対する判断

一  争点1(被告ニツシンの代金支払拒絶の正当性)について

1 《証拠略》によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  被告ニツシンの代表者である被告山岸は、平成六年当時、約四〇年の自動車運転歴をもち、本件自動車は、被告山岸自身又はその経営する会社で購入したものとしては一四、五台目、また、ABS(アンチロック・ブレーキ・システム)を装備した自動車としては、三台目に当たり、被告山岸は、ABS装備車について五年ほどの運転経験をもっていた。

(二)  本件自動車は、平成六年四月の本件売買契約当時、いわゆる新車であったが、契約後、本件自動車につき、<1>同年七月下旬、リコールとして、エンジン油漏れ防止パッドの不良につきカムアンドプレートの追加が、<2>同年八月上旬、モール(フロントガラスとルーフとの間の防水パッド)の接着不良につき、その接着のし直しが、<3>同年一一月上旬、エンジン始動不良につきインジェクター(ガソリン噴射装置)の交換等が、<4>同年一二月中旬、エンジン始動不良につきディスクブレーキパッド等の交換が、トランスミッションの油漏れにつき部品の交換が、それぞれ、いすゞモーターによって無償で行われた。

(三)  被告山岸は、平成六年一二月一三日、本件自動車を運転中、急ブレーキをかけたところ、他のABS装備車と異なるブレーキペダルの衝撃及び車体全体の震動を感じた。

このため、被告山岸は、翌一四日にいすゞモーターの江戸川営業所の担当者である中山治に連絡をした上、同月一五日、ABSの異常の有無の点検のため、本件自動車を同営業所に引き渡した。

(四)  いすゞモーターは、そのサービス工場において路面に水を撒いて本件自動車のABSの作動試験をしたが、異常が認められなかったため、平成六年一二月二〇日ころ、中山が被告山岸にその旨を報告したが、被告山岸は、これに納得しなかった。そこで、いすゞモーターは、本社サービス部を通じ、メーカーのいすゞ自動車株式会社(以下、「いすゞ自動車」という。)に対し、本件自動車の点検調査を依頼した。

他方、被告山岸は、同月二四日ころ原告の担当者に電話をして右の事情を説明し、本件自動車に異常のないことが判明するまで本件売買契約の代金の分割払を停止する旨を告げた。

(五)  いすゞモーターの本社サービス部は、いすゞ自動車から本件自動車のABSに異常はない旨の報告書を受け取ったため、平成七年一月二〇日、本社サービス部の浜田高広、江戸川営業所の所長石塚剛及び中山が被告ニツシンを訪れ、被告山岸に右の結果を報告した。その際、被告山岸に対する説明は、主として浜田が行ったが、浜田は、トヨタ自動車株式会社のABS装備車の説明書及び本件自動車と同一車種(ビッグホーン)のABSの説明書を示し、ABSの作動時には振動や作業音が生じるのが通常である旨を説明したが、前記いすゞ自動車の報告書については、持参はしていたものの、その内容の結論部分を述べただけで、詳細な説明はしなかった。また、浜田自身は、本件自動車を運転したことも、点検を行ったこともなかった。

被告山岸は、右の報告を受け、浜田の説明自体については、特に異を唱えなかったが、本件自動車に故障が続いていたこともあり、その安全性について十分納得できず、石塚らに対し、いすゞ自動車の点検整備記録等の書面を交付することを求めた。これに対し、石塚と中山は、その場では右要求を拒んだが、会社で検討の上、改めて回答するとして、被告ニツシン方を辞した。

なお、当日、中山らは、本件自動車を被告ニツシン方の外部に回送していたが、被告山岸にその引取りを求めることなく持ち帰った。

(六)  その後、被告山岸は、いすゞモーター江戸川営業所に電話をするなどして、前記書面の交付を求めたが、石塚と中山は、検討中であるとして明確な回答をせず、このような中で、平成七年一月三一日、石塚は、いすゞモーターを退職した。そして、石塚の後任の所長として江戸川営業所に着任した田部厚が、同年三月はじめころ被告ニツシン方を訪れた際、被告山岸は、田部に対し、改めて前記書面の交付を求めた。

しかし、田部や中山は、個人的には被告山岸の要求に応じた方がよいと考え、また、被告ニツシンが前記書面を受領できないために本件売買契約に基づく代金の支払停止を継続していることを認識していたため、江戸川営業所には届いていなかったいすゞ自動車の報告書を入手するなどして、被告山岸の要求に応えようとしたが、いすゞモーターにおいては、無償による点検整備については書面を交付しない扱いであり、また、メーカーであるいすゞ自動車が関与した書面を直接顧客に交付することもしていなかったため、結局、被告ニツシンに右報告書など本件自動車の点検に関する書面を交付することができなかった。そして、いすゞモーターから被告ニツシンに対し、前記書面の交付についての明確な拒絶の意思表示もなく、また、本件自動車の引取りの要求もないまま時日が経過した後、原告は、平成七年六月二四日、前提事実5のとおり、被告ニツシンに対し、本件売買契約解除の意思表示をした。

この間、原告の担当者は、平成七年三月一〇日付けの書面で、被告ニツシンに対し、被告ニツシンの代金支払に関するいすゞモーターからの最終回答が同月一七日に提出されるので、それが届き次第、報告に赴く旨の連絡をしたが、結局、その後、原告の担当者が被告ニツシンを訪れたことはなかった。

以上のとおりである。

2 そこで検討すると、自動車の販売業者が顧客に自動車を販売した場合において、顧客が当該自動車の機能等に異常を感じてその点検調査を申し出たときには、販売業者は、これに応じて点検調査するのみならず、その結果、異常がないと判断した場合にも、顧客に対し、その理由を十分説明して自動車の安全性を理解させ、顧客が安心して当該自動車を利用できるよう努めるべき義務があることはいうまでもない(このこと自体は、原告も争わない。)。そして、本件自動車は、いわゆる新車でありながら、本件売買契約後、短期間にたびたびエンジンの始動不良等の故障を起こしており、平成六年一二月一三日に被告山岸が本件自動車のABSの作動時に感じた振動等は、約四〇年の自動車運転歴を有し、他のABS装備車の運転経験を持つ被告山岸が異常と感じるものであったから、ABSが自動車の制動機能に関わるものであることも考慮すると、被告山岸が本件自動車の安全性に疑念を抱くのももっともであり、原告の履行補助者である(このことについては争いがない。)いすゞモーターは、被告ニツシンに対し、本件自動車を点検の上、異常がない場合には、その旨を十分説明する義務があったというべきである。したがって、被告山岸が、被告ニツシンの代表者として、いすゞモーターに対し、平成六年一二月一五日に本件自動車の点検を依頼した後、平成七年一月二日以降の本件売買契約の代金の分割払を拒絶したことについては正当な理由がある(すなわち、被告ニツシンは、本件自動車の安全性が判明し、その引渡しを受けるまで、右分割払を拒絶できる。)。

さらに、被告山岸は、平成七年一月二〇日に、いすゞモーターの浜田らから、いすゞ自動車による本件自動車の点検の結果、異常がなかった旨の説明を受けたが、浜田らの説明は、結論を中心とした抽象的なものであり、いすゞ自動車の報告書を具体的に示して検査の内容を告げたものではなかった(浜田自身は、本件自動車に試乗したことも、点検をしたこともなかった。)から、ABS装備車の運転歴を有する被告山岸が、本件自動車の前記故障歴等に照らし、右説明に十分納得できず、いすゞモーターに対し、点検調査に関する書面の交付を求めたことには合理的な理由があり、原告の履行補助者であるいすゞモーターは、右書面を被告ニツシンに交付する義務があったというべきである。したがって、被告ニツシンが右書面の交付を受けるまで、本件売買契約の代金の分割払を拒絶するとしたことについても正当な理由がある(すなわち、被告ニツシンは、右書面の交付を受けるまで、右分割払を拒絶できる。)。

3 もっとも、《証拠略》の記載に照らすと、被告山岸のいすゞモーターとの交渉には、多少強引な面があったことが窺われなくもない。しかしながら、他方、いすゞモーターが被告ニツシンに前記書面等の交付を拒んだ理由は、前例がないといった程度のものにすぎず、到底合理的なものとはいえないこと、本件で証拠として提出されたいすゞ自動車の報告書にも、顧客に対する交付の障害となるような記載は見当たらないこと、そして、いすゞモーターの中山らは、被告山岸に対し、前記書面の交付についての明確な拒絶の意思表示も、本件自動車引取りの請求もすることなく経過し、原告の担当者も、いすゞモーターからの回答を待って報告をする旨通知しながら、結局、本件売買契約解除の意思表示まで、何らの連絡もしなかったことは前記認定のとおりであって、右諸点に照らせば、被告ニツシンの代表者である被告山岸の交渉の仕方に多少強引な面があったとしても、被告ニツシンによる代金の支払の拒絶が不当なものであるということはできない。

4 したがって、被告ニツシンは、本件売買契約に基づく代金についての平成七年一月二日以降の分割払の不履行につき、遅滞の責を負わないから、前提事実5の原告による本件売買契約解除の意思表示は、その効力を生じなかったことになる。

よって、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも理由がない。

二 争点3(原告の被告ニツシンに対する不法行為の成否)について

原告ないしその履行補助者(被用者)であるいすゞモーターは、右一で説示のとおり、被告ニツシンに対し、本件自動車の点検調査の結果についての書面を交付すべき義務があったのにこれを怠り、被告ニツシンに履行遅滞の責がないにもかかわらず、被告ニツシンの債務不履行を理由として本件売買契約を解除する意思表示をした上、本件自動車を他に売却し(前提事実5、6(二))、さらに、信用調査機関に対し被告ニツシンが債務不履行をした旨を報告した(争いがない。)ものであるから、右行為は、不法行為法上も違法であり、原告ないしいすゞモーターの担当者には過失があったというべきである。

したがって、原告は、被告ニツシンに対し、不法行為に基づく損害賠償責任を負う。

三 争点4(被告ニツシンの損害等)について

1 原状回復請求

(一)  原告が本件自動車を他に売却したことは前提事実6(二)のとおりである。そして、本件自動車は、本件売買契約時に被告ニツシンに引き渡されているが、本件売買契約上の債務である点検調査のため原告の履行補助者であるいすゞモーターが受領したものであるから、これを点検調査の上、再度被告ニツシンに引き渡すことも、原告の本件売買契約上の債務というべきであり、原告の右売却によって、右債務は、履行不能となったと認めることができる。

したがって、被告ニツシンの前提事実7の解除の意思表示には、理由がある。

(二)  被告ニツシンが原告に対し、平成六年一二月二日までに本件売買契約に基づく代金として合計六七万五九二七円を支払ったことは前提事実4のとおりである。

しかしながら、他方、被告ニツシンが本件売買契約締結後、平成六年一二月半ばまで、約八か月の間本件自動車を使用したことは前記認定のとおりであり、《証拠略》によれば、この間の本件自動車の走行距離は、約八〇〇〇キロメートルに達していたことが認められる。右事実に、新車であった本件自動車の現金価格は、四四二万六〇八〇円であること、平成七年六月一四日における財団法人日本自動車査定協会による本件自動車の評価は、二三三万一〇〇〇円であること(前提事実6(一))を総合して考慮すると、被告ニツシンは、前記期間の本件自動車の使用によって、少なくとも前記の既払代金六七万五九二七円に相当する利益を得たものと認めることができる。

したがって、損益相殺の法理により、被告ニツシンは、原告に対し、本件売買契約解除に基づく原状回復として、前記既払代金の返還を求めることはできないというべきである。

2 不法行為に基づく損害賠償請求

(一)  《証拠略》によれば、原告が信用調査機関に被告ニツシンに債務不履行があった旨を報告したため、被告ニツシンが後に他の自動車販売業者から自動車を購入しようとしたところ、割賦販売を拒絶されたことが認められるが、右事実をもってしても、法人である被告ニツシンに、金銭的評価が可能であるほどの社会的評価の下落が生じたものということはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(二)  《証拠略》によれば、被告ニツシンは、本件自動車につき、<1>平成七年一月から六月までの駐車場の賃料として一三万二〇〇〇円を、<2>平成六年四月二二日から平成七年四月二二日までの自動車保険料として一〇万七六五〇円を、<3>平成七年度の自動車税として五万八〇〇〇円を支出したことが認められる。そして、これらは、その性質上、原告の前記二の不法行為がなかったとしても支出が免れなかったものであるから、右不法行為と直接の因果関係のある損害と認めることはできない。

しかしながら、被告ニツシンが平成七年一月二〇日ころ以降、原告の右不法行為により本件自動車の使用ができなかったことは明らかであり、右使用のできないことによる損害は、本件自動車使用上の経費に相当する右<1>ないし<3>の支出(ただし、<2>については、最後の三か月分(四分の一)に相当する二万六九一二円)を下回らないと認めることができ、右金額は、合計二一万六九一二円となる。

(三)  《証拠略》によれば、被告ニツシンは、本件につき日本自動車ユーザーユニオンに相談をし、その意見書を受領したことが認められるが、《証拠略》に内容に照らしても、右相談に要した費用を、原告の前記不法行為と相当因果関係のある損害と認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(四)  被告ニツシンが反訴の追行を被告ニツシン訴訟代理人に委任したことは訴訟上明らかであり、損害賠償として認容すべき右(二)の金額に照らせば、被告ニツシンが訴訟代理人に支払うべき報酬のうち、原告の前記不法行為と相当因果関係のある金額は四万円とみるのが相当である。

3 まとめ

以上のとおり、被告ニツシンの反訴請求は、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償として、右2の(二)及び(四)の金額の合計である二五万六九一二円及びこれに対する不法行為の後である平成九年二月一三日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

第四 結論

以上の次第により、原告の本訴請求は、いずれも理由がなく、被告ニツシンの反訴請求は、第三の三の3に記載の限度で理由があり、その余は理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木健太)

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