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東京地方裁判所 平成7年(ワ)24721号 判決 1998年2月16日

甲事件原告

ジャソック株式会社

右代表者代表取締役

酒寄紀子

乙事件原告

株式会社ダイコー

右代表者代表取締役

酒寄紀子

右両名訴訟代理人弁護士

鈴木正捷

甲事件被告

住友海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

小野田隆

乙事件被告

日本火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役

廣瀬清

右両名訴訟代理人弁護士

上林博

伊藤正勝

松坂祐輔

権田安則

甲事件独立当事者参加人

株式会社光陽企画

右代表者代表取締役

栗岡忠

エヌ・シー・エル株式会社

右代表者代表取締役

滝本仁安

静岡ビクトラインこと大谷保

右三名訴訟代理人弁護士

牧野雄作

主文

一  甲事件原告及び乙事件原告の請求をいずれも棄却する。

二  甲事件独立当事者参加人らの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、甲事件原告と甲事件独立当事者参加人らとの間及び甲事件被告と甲事件独立当事者参加人らとの間にそれぞれ生じた費用は、甲事件独立当事者参加人らの負担とし、その余の費用は、甲事件及び乙事件を通じ、いずれも甲事件原告及び乙事件原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  甲事件原告

甲事件被告は、甲事件原告に対し、三億三二八〇万三五〇八円及びこれに対する平成五年四月九日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

二  甲事件独立当事者参加人

1  甲事件被告は、甲事件参加人株式会社光陽企画に対し、七三七二万〇九八六円及び内金六四〇〇万円に対する平成七年一〇月二五日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

2  甲事件被告は、甲事件参加人エヌ・シー・エル株式会社に対し、一八三四万五二三七円及び内金一五九二万六二〇〇円に対する平成七年一〇月二五日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

3  甲事件被告は、甲事件参加人静岡ビクトラインこと大谷保に対し、二三〇三万七八〇八円及び内金二〇〇〇万円に対する平成七年一〇月二五日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

4  甲事件原告と甲事件参加人らとの間において、甲事件原告と甲事件被告との間の平成四年一〇月一六日付店舗総合保険契約に基づく甲事件原告の甲事件被告に対する保険金請求権についての取立権が、甲事件参加人らの前各項の請求金額の範囲で甲事件参加人らにそれぞれ帰属することを確認する。

三  乙事件原告

乙事件被告は、乙事件原告に対し、六七七一万四〇〇〇円及びこれに対する平成五年五月二五日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

第二  事案の概要

一  本件は、① 乙事件原告(以下「原告ダイコー」という。)の所有する建物について、甲事件原告(以下「原告ジャソック」という。)がパチンコ店経営のため内装工事をしている間に、何者かの放火により同建物本体一階部分並びに内装及び搬入されていたパチンコ用機械設備什器備品等が延焼し損害を受けたとして、原告ジャソック及び原告ダイコーが、同原告らとそれぞれ店舗総合保険契約を締結していた甲事件被告(以下「被告住友」という。)及び乙事件被告(以下「被告日本火災」という。)に対し、損害相当額の保険金の各支払を求め、② 甲事件独立当事者参加人らが、原告ジャソックに対する債務名義に基づく第三債務者である被告住友に対する保険金請求権の取立権を有するとして、右取立権に基づき、被告住友に対する右保険金の支払及び原告ジャソックとの間で右保険金請求権の取立権が右参加人らに属することの確認を求める事案である。

二  前提事実等(証拠等の引用がないものは、当事者間に争いがない。)

1(一)  原告ジャソックは、パチンコ遊戯場経営等を業とする株式会社、原告ダイコーは、パチンコ遊戯場経営、不動産の売買、賃貸管理等を業とする株式会社である。

(二)  被告住友及び同日本火災は、損害保険事業を業とする株式会社である。

(三)  甲事件参加人株式会社光陽企画(以下「参加人光陽企画」という。)、同エヌ・シー・エル株式会社(以下「参加人エヌ・シー・エル」という。)及び静岡ビクトラインこと大谷保(以下「参加人大谷」という。)は、いずれも、同参加人らを原告ら、原告ジャソックを被告とする東京地方裁判所平成七年(ワ)第五九三九号工事代金等請求事件(以下「別件」という。)の同年一〇月五日言渡の仮執行宣言付判決(平成八年四月二六日原告ジャソックの控訴を棄却する判決が言い渡され、同年五月二四日確定)を債務名義とする債権差押命令の確定により、本訴(甲事件)請求に係る原告ジャソックの被告住友に対する保険金請求権の取立権を有するものである(乙一四四、丙一、弁論の全趣旨)。

2(一)  原告ジャソックは、被告住友との間で、平成四年一〇月一六日、別紙物件目録記載(一)の建物(以下「本件建物」という。)内のパチンコ機械設備什器備品につき、保険金額を三億五〇〇〇万円とする店舗総合保険契約を締結した(以下「甲保険契約」という。)。

(二)  原告ダイコーは、被告日本火災との間で、平成四年五月一七日、本件建物につき、保険金額二億円の店舗総合保険契約を締結した(以下「乙保険契約」という。)。

3  平成四年一一月二四日午前〇時二四分ころ、本件建物一階から出火し、本件建物一階部分のパチンコ店内の機械什器備品をほぼ全焼、建物本体一階部分を焼失した(以下「本件火災」という。)。本件火災の原因は、警察・消防の調査によれば、何者かによる放火であると疑われている。

(乙一三、一五〔枝番を含む。〕)

4(一)  原告ジャソックは、被告住友に対し、平成四年一二月二一日までに、本件建物内の機械什器備品等の焼失等により合計三億六二六八万二五〇八円相当の損害を被ったとして、保険金額内の保険金三億五〇〇〇万円の支払を請求した。

(二)  原告ダイコーは、被告日本火災に対し、平成四年一二月二一日までに、本件建物一階部分焼失等により合計六七七一万四〇〇〇円相当の損害を被ったとして、同額の保険金支払を請求した。

三  争点

1  原告ジャソックの損害額(被保険利益の存否)(甲事件)

(一) 原告ジャソックの主張

(1) 原告ジャソックは、本件火災により、三億一四一四万一〇〇〇円及び片付費用一八六六万二五〇八円の合計三億三二八〇万三五〇八円の損害を被った。

(2) 損害保険契約については、被保険利益の存在が必要であるところ、甲保険契約は、店舗総合保険契約であり、本件建物内に存する機械設備什器備品が有機的一体のものとして保険の対象となっており、これらの一点一点に対する個別の動産火災保険ではないから、個々の物品につき引渡や代金支払により所有権が原告ジャソックに帰属したか否かを考慮する必要はないものである。

さらに、本件建物一階のパチンコ店舗内装工事一式は、平成四年一一月一五日までに完了し、同月一六日に、原告ジャソックは、工事請負人であるジェーピー企画から引渡を受けており、機械設備什器備品等についても、同様に、原告ジャソックが引渡を受けており、これらの所有権を有するので、原告ジャソックに被保険利益が存在することは明らかである。

仮にジェーピー企画が他人の物を原告ジャソックに引き渡していたとしても、原告ジャソックは、その点につき善意かつ無過失であるから、善意取得している。

(二) 被告住友の主張

(1) 甲保険契約は、本件建物内の原告所有に係るパチンコ機械設備什器備品を保険の目的とするものであるから、右機械設備等の損害の合計が、保険金の総額となるべきものである。したがって、個々の物品の損害が認められなければ保険金額も算出できないことは明白である。

(2) 原告ジャソックは、本件火災当時、本件建物の内装工事の完成引渡を受けておらず、機械設備等の代金を完済していない等のために、これらの所有権を有していなかったのであるから、被保険利益を有せず、甲保険契約に基づく保険金請求権は存在しない。

2  被告住友の保険金支払義務の免責事由の有無(保険金請求における不実申告の有無)(甲事件)

(一) 被告住友の主張

(1) 原告ジャソックは、本件火災により被った損害を算出する前提として、株式会社ジェーピー企画との間の請負契約代金額を三億四四〇二万円と主張するが、実際の請負代金額は、一億七九五六万五六六八円であって、同原告が損害算出の根拠として保険金支払請求の際に提出したジェーピー企画との請負契約書及び「御見積書」記載の金額は、真実と異なるものである。

また、1(二)(2)のとおり、原告ジャソックは、引渡未了等により被保険利益である所有権を有しない機械設備等についても損害を受けたとして保険金請求を行っている。

(2) 保険金請求当時の原告ジャソック代表取締役酒寄守は、右不実の損害額を申告することにつき認識しながら、保険金請求をなしたものである。

(3) したがって、被告住友は、甲保険契約に適用される店舗総合保険普通保険約款二六条四項に基づき、原告ジャソックに対する保険金支払義務を負わない。

(二) 原告ジャソックの主張

被告住友の主張は否認する。

(1) 原告ジャソックとジェーピー企画のとの間の請負契約代金は、原告ジャソック主張のとおりである。

また、被保険利益がないとの点については、1(一)(2)のとおりである。

(2) 被告住友は、甲保険契約締結の際、保険金額を定めるにあたって、原告ジャソック主張の請負金額が正当であることを前提としていたのであり、右の根拠となる請負契約書の提出をもって不実申告と主張し、保険金の支払を拒否することは信義則に反する。

3  被告日本火災の保険金支払義務の免責事由の有無(乙事件)

(一) 被告日本火災の主張

(1) 用途変更の通知義務違反

原告ダイコーと被告日本火災との間の乙保険契約は、本件建物一階部分のパチンコ店舗内装工事が中断されている間に締結されたものであり、契約上、本件建物における「職業・作業」は「空家」とされており、その前提で保険料率も計算されていたが、その後の平成四年一〇月に、原告ジャソックを施主として本件建物一階のパチンコ店舗内装工事が再開されたにもかかわらず、被告日本火災は、原告ダイコーないし原告ジャソックのいずれからも右工事再開の通知を受けていない。そして、本件建物の右工事再開により、本件建物が完成ないし用途が変更されることになり、乙保険契約に適用される店舗総合保険普通保険約款の建築割増条項ないし職業割増条項に基づき、保険料率が高くなる。

したがって、右店舗総合保険普通保険約款一七条二項本文に基づき、被告日本火災は、本件建物の工事再開時より保険証券に承認の裏書をするまでの間に発生した本件火災に基づく損害について保険金を支払う義務を負わない。

(2) 保険金請求における不実申告

原告ダイコーは、見積書記載の金額である六五七〇万円をそのまま保険金として支払請求しているところ、右見積書中には、まったく存在していなかった部分を修繕部分に記載していたり、原告ジャソックが被告住友に対して行っている保険金請求と二重請求になっている部分が存し、少なくとも水増し請求及び二重請求を併せて合計八六四万四七〇〇円を不正に請求するものである。

したがって、乙保険契約に適用される店舗総合保険普通保険約款二六条四項に基づき、被告日本火災は、原告ダイコーに対して保険金を支払う義務を負わない。

(二) 原告ダイコーの主張

(1) 被告日本火災の主張(1)は否認する。

原告ダイコーは、当初から本件建物をパチンコ店経営を目的として乙保険契約を締結したものであり、右契約締結当時、被告日本火災にもこれを告知しており、右契約が解除されていないのも、その証左である。

(2) 被告日本火災の主張(2)は否認する。

見積書の記載には、存在しない箇所や原告ジャソックによる請求と重複するものはない。

4  原告ジャソック及び原告ダイコーの本件火災招致についての責任の有無

(故意による放火及び重大な過失による放火招致の有無)(甲事件、乙事件)

(一) 被告住友及び被告日本火災の主張

(1) 本件火災は、何者かの放火により生じたものであるところ、火災の態様・犯行の手口、原告らの放火の動機の存在、原告ら及び本件火災当時の原告ら代表者代表取締役酒寄守の資産状態、本件火災発生後の酒寄守の行動、原告らが属する和光グループ関連企業の保険事故歴・火災歴等に照らせば、酒寄守が実行者と意思を通じて惹起した故意による放火であるというべきである。

したがって、甲・乙両保険契約に適用される店舗総合保険普通保険約款二条一号(以下「事故招致免責条項」という。)に基づき、被告らは、保険金を支払う義務を負わない。

(2) 仮に本件火災が酒寄守の故意による放火であると認められないとしても、原告らが、第三者に放火される危険性が十分にあった状況下で容易になし得る防止措置を講じなかったことは、事故招致免責条項にいう重大な過失に当たるというべきである。

したがって、両事件被告らは、保険金支払義務を負わない。

(二) 原告ジャソック及び原告ダイコーの主張

本件火災の発生に酒寄守が関与しているとの主張は、否認する。

また、第三者による放火は回避し得ず、これを防止し得なかったことをもって事故招致免責条項にいう重大な過失があるとはいえない。

第三  争点に対する判断

一  争点2(被告住友の保険金支払義務の免責事由の有無)及び3(被告日本火災の保険金支払義務の免責事由の有無)について

1  前提事実等に証拠(証人酒寄守の証言部分並びに後記認定事実中に掲記の各証拠)を併せると、以下の事実を認めることができる。

(一) 原告ジャソック及び原告ダイコーは、いずれも酒寄守が代表者を務めていた会社であり、双方の役員、本店所在地が共通であったことがあるなど、両社は密接な関係を有していた。

(乙九六の一ないし一五、九七の一ないし七)

(二) 原告ダイコーは、平成元年七月一〇日、別紙物件目録記載(二)の各土地(以下「本件土地」という。)を購入し、平成二年六月になって、原告ジャソックとともに本件土地上に建物を建築してパチンコ店を開くことを計画した。原告らは、本件建物の設計及びパチンコ店舗内装工事を株式会社環デザインに発注したが、右工事は、平成三年一〇月に本件建物に付帯する空調、換気、電気設備工事等が完了した状態で中断し、未完成の状態であった。その後、環デザインは、原告ジャソックに対し、空調、換気、空気清浄機、電気設備及び附帯工事代金として合計二八六八万四五〇〇円を、原告ダイコーに対し、設計及び監理費合計四六五万円を請求したが、原告らはこれを支払わず、環デザインから右合計三三三三万四五〇〇円の請負代金請求訴訟を提起され、右訴訟は、環デザイン勝訴の判決が確定して終了している。なお、平成三年三月末から四月ころ、本件建物の本体は完成し、同月一六日に保存登記もされた。

(甲二二、乙一ないし三、一二七ないし一三二、一五三、乙事件乙五、一一)

(三) 原告ダイコーは、被告日本火災との間で、外装が完成した本件建物につき二億円の店舗総合保険契約を締結していたが、平成四年五月一七日に右契約が更新されたものが乙保険契約である。右契約においては、保険の対象である本件建物における職業・作業については「空家」とされており、これを前提に保険料率も算出されている。なお、右契約は、有限会社エヌ・ティ・コーポレーションを被告日本火災の代理店として締結されたものであるが、右会社の代表者は、酒寄守の息子である酒寄直人である。

(乙九八の一、二、乙事件乙一の一、七)

(四) 平成四年九月ころ、宝大建設株式会社が、原告ジャソックが本件土地建物を原告ダイコーから買取ることを前提にいわゆる法人売買の形式で原告ジャソックごと買取る話があり、本件建物の内装工事が再開されることになった。酒寄守は、同年九月七日、株式会社ジェーピー企画に原告ジャソックに対する本件建物内装工事の見積書(乙一二六)を出させ、同年一〇月一日付で原告ダイコーと原告ジャソック間で本件建物の賃貸借契約を締結した上、同月五日、原告ジャソックとジェーピー企画との間において右内装工事及び機械設備請負契約が締結されたが、右の契約書としては、同月五日付の二通のものが作成されている。

ひとつは、同日作成された乙五であり、これには前掲乙一二六の見積書と同額の請負金額一億七九五六万五六六八円が記載され、三条には「遊戯台は別途契約(3千9百5拾9万3千2百円)」との記載があり、また、ジェーピー企画の下請となる参加人光陽企画が、原告ジャソックに対し、右契約書上でジェーピー企画の債務につき連帯保証する旨の記載がある。

もうひとつの契約書は、その後作成された甲二であり、これには、請負代金として三億四四〇二万円の記載があるが、参加人光陽企画は、乙五と異なり、ジェーピー企画の債務の連帯保証人として署名捺印しておらず、ジェーピー企画の代表者平松保が連帯保証する旨の記載があるのみである。なお、右甲二の請負金額と同額の記載がある平成四年九月七日付の見積書(甲八)が存するが、これも後日作成されたものであり、以前に原告ジャソックが環デザインに請け負わせた空調、換気、空気清浄機等の工事分が含まれている。

(甲二、八、九、一四、一九の一、乙五、一二六)

(五) ジェーピー企画は、原告ジャソックとの間の請負契約を履行するために、平成四年一〇月七日、参加人光陽企画との間で請負代金七四〇〇万円とする内装工事及び設備機械請負契約を、参加人エヌ・シー・エルとの間で売買代金二〇一二万六二〇〇円との約定で台間玉サンド、台間メダルサンド、高額両替機等の売買契約を、同月一〇日、参加人大谷との間で請負代金二五〇〇万円のビクトライン島工事、補給工事等の下請負契約を、それぞれ締結し、同月一〇日ころには本件建物での工事が開始された。

(乙六、一〇、一五五の一ないし二の四、一五六の一ないし八、丙一)

(六) また、ジェーピー企画は、パチンコ遊技台、スロット台を納入するために、平成四年一〇月八日、広栄物産株式会社との間でパチンコ遊技台合計一四〇台分の設置及び調整等の下請負契約を締結したが、パチンコ遊技台等の納入に当たっては、原告ジャソックが直接各メーカーから遊技台を買取り、代金決済については一部を契約金として現金ないし小切手により、その他は原告ジャソック振出に係る約束手形によることとし、現金ないし小切手及び約束手形をジェーピー企画が受取り、広栄物産に交付して各メーカーに支払う方法を取り、広栄物産が原告ジャソックの債務を連帯保証するという形式で処理された(乙五の三条に記載のある「別途契約」はこの契約形式を指すものと認められる。)。

なお、原告ジャソックと各メーカーの各パチンコ遊技台売買契約には、売買代金完済まで遊技台の所有権を売主側に留保する旨の特約があり、原告ジャソックは、契約金を支払っただけで残代金を支払わなかった。

(乙一一六ないし一一八〔枝番を含む。〕、一三三)

(七) 原告ジャソックは、被告住友との間で、平成四年一〇月一六日、甲保険契約を締結したが、その際、保険金額の基準とされたのは、前掲甲二の内装工事及び機械設備請負契約の代金額三億四四〇二万円であった。

(八) 原告ジャソックは、ジェーピー企画との間で、平成四年一一月一日、本件建物のパチンコ店舗につき経営管理契約を締結し、平成四年一一月一六日、原告ジャソックの代表者酒寄守、ジェーピー企画の代表者平松保及び参加人光陽企画の担当者諏訪が本件建物に集まり、下請の参加人光陽企画が施工した内装工事及び参加人大谷が施工した島工事等並びに参加人エヌ・シー・エルが搬入した機械設備につき完成部分の検査が行われたが、この時点においては、右はほぼ完成したとしてこれが原告ジャソックに引き渡された。なお、一部未完成部分については更に施工することとされた。これにより、同日で参加人光陽企画関係者の本件建物への常駐も終了し、ジェーピー企画が管理人を本件建物の四階に泊まり込ませることを原告ジャソックに申入れたが、酒寄守が光熱費を出せないという理由でこれを拒絶したため、本件建物は夜間無人の状態であった。そして、未完成部分の工事が行われる予定であった同月二四日未明に、本件火災が発生し、本件建物一階部分本体が全焼し、内装機械設備もほぼ全焼した。

(甲一二、一七、乙一一、一四四、丙一)

(九) 原告ジャソックは、被告住友に対する保険金請求にあたり、保険金請求書及び事故内容報告書を提出し、保険金額は前掲甲二の請負契約書及び前掲甲八の見積書の金額を前提とした契約時の保険金額三億五〇〇〇万円によっていた。そして、原告ジャソックは、被告住友に対し、平成五年四月一日付内容証明郵便により、保険金三億五〇〇〇万円の支払を請求している。

また、原告ダイコーは、被告日本火災に対する保険金請求にあたり、保険金請求書を提出し、保険金額は右請求書に添付された本件建物修復工事費用の見積書記載の金額である六五七〇万円を前提としている。

そして、原告らは、本訴においていずれも右同様の請求を行っている。

他方、被告住友は、原告ジャソックからの保険金請求後、下請のジェーピー企画等を調査した結果、前掲乙一〇の請負契約書及び前掲乙五の見積書が存在することを知ったものである。

(甲四の一、二三、乙一四二、一四三、一五二、乙事件乙三ないし五、証人土田均)

2  以上を前提に、まず、原告ジャソックの被告住友に対する請求の当否について検討する。

(一) 右1認定事実によれば、原告ジャソックは、当初の見積書(乙一二六)や請負契約書(乙五)とは別に、後日、ジェーピー企画に甲八の見積書を提出させた上、甲二の請負契約書を作成し、右契約書を甲保険契約の保険金請求にあたって損害の算定根拠として提出しており、本訴においても同様の請求を行っている。

(二) しかしながら、以下の理由により、甲二の「御見積書」及び甲八の「請負契約書」は、その内容が虚偽であり、これらを損害の算定根拠とする本件保険金請求は、不実の申告に基づくものと認められる。

(1) 甲二の請負契約書及び甲八の見積書は、その作成の基礎となった下請業者らの見積書・請負契約書と金額が大きくかけ離れているのに対し、乙五の請負契約書、乙一二六の見積書の記載内容は、下請業者からの見積書・下請契約書の内容とほぼ符合しており、乙五の請負契約書及び乙一二六の見積書が真の書面と認めるのが自然である。

すなわち、乙一二六に記載のある「内装・電気・看板工事」欄の七八〇〇万円は、同工事を担当した下請業者である参加入光陽企画のジェーピー企画宛ての見積書(乙一二五)の七八〇三万四三七六円及び右両名の請負契約書の七四〇〇万円(乙一〇)とほぼ近似し、下請の参加人光陽企画の請負金額にジェーピー企画の利益を上積みした分が、乙一二六の「内装・電気・看板工事」欄の七八〇〇万円となっている。これと同様に、乙一二六に記載のある「島工事」、「補給工事」、「台間サンド工事」の各欄の合計金額約四〇〇〇万円は、同工事部分を請け負った参加人大谷が請け負った二五〇〇万円(丙一)と対応し、乙一二六に記載のある「什器備品」欄の二二一二万二八〇〇円は、参加人エヌ・シー・エルの請負金額である二〇一二万六二〇〇円と対応している。

これに対し、甲八の見積書によれば、「内装・電気・看板工事」欄の金額は、一億五三〇四万二七九六円に、「島工事」、「補給工事」、「台間サンド工事」の各欄の合計金額は六九八五万四〇〇〇円に、什器備品は二六七〇万六〇〇〇円にそれぞれ膨れ上がっており、これを担当した下請業者との契約内容とかけ離れたものとなっている。

(2) 甲二、甲八記載の金額の膨張の理由について原告ジャソックの当時の代表者である証人酒寄守は、合理的な説明を行っていない。

証人酒寄守は、当初の見積書(乙一二六)、請負契約書(乙五)と、保険金請求の基礎となった請負契約書(甲二)の記載内容の相違について、①「当初の契約書記載の工事内容ではパチンコ店舗のオープンに必要な工事等が完全に入っていなかったために請負金額を見直した」旨(第二回四四頁、第三回一六頁)、あるいは、②「本件土地建物を原告ダイコーから原告ジャソックが買い取った上で、会社ごと宝大建設株式会社に対していわゆる法人売買の形式で売却することを予定しており、パチンコ店を開店するために要する費用をすべて計上した金額を提示する必要があった。」旨(第二回四〇頁、四五頁)述べている。

しかしながら、①の点について、同証人は、具体的にいかなる内容の工事が増加したために増額になったかにつき何ら的確な説明を行っていない。また、②の点についても、①と同様、いかなる「開店のために要する費用」が計上されたために乙五の契約金額が甲二の金額となったのかについて合理的な説明を行い得ていない。

(3) 甲二の請負契約書が虚偽であることは別件における証人も同様の証言をしている。すなわち、光陽企画の工事部長である糟屋博美は、別件において、「(本件)甲二の請負契約書は銀行提出用であって、実際の工事請負契約ではないと聞いている。」旨証言するとともに、「光陽企画は乙五の請負契約書の連帯保証人になったが、さらに甲二の請負契約書にも連帯保証を求められ、光陽企画の社長は『銀行用だから必要ないのではありませんか』とのことで連帯保証を拒絶した」旨証言している(乙六)が、右証言は具体的であって信用性が高いものと認められる。

(4) 甲八の見積書には、契約当事者であるジェーピー企画が行っていない工事も含まれている。すなわち、空調、換気、空気清浄機等の工事は、1において認定したとおり、環デザインが既に施工し、排気ロカバー部分を除いて完成しており、代金は環デザインに対して支払われるべきである(乙一三二において証人酒寄守自身がこれを認めている。)にもかかわらず、ジェーピー企画が行ったかのような体裁で甲八の見積書が作成されている。

(5) さらに、原告ジャソックは、自己が所有権を有しないパチンコ遊技台一四〇台についても、自己の所有物であるかのように装って甲八の見積書に含ませ、保険金請求を行っている。

すなわち、1認定事実によれば、原告ジャソックがジェーピー企画の下請である広栄物産株式会社を通じて各メーカーから買い受けたパチンコ遊技台一四〇台については、代金支払時に所有権が移転するとの所有権留保特約が付されており、原告ジャソックは右代金を完済していないのであるから、原告ジャソックに各パチンコ遊技台の所有権が移転していないことが明らかであり、これらパチンコ遊技台については甲保険契約上の被保険利益がないというべきである(原告ジャソックは、甲保険契約が店舗総合保険契約であることを理由に、店舗内の備品類の所有権の帰属を問うことなしに、原告ジャソックの被保険利益を認めるべきである旨主張するが、甲一三〔店舗総合保険普通保険約款〕三条一項によれば、甲保険契約の保険の目的は、保険証券記載の動産であって具体的には本件建物内の「機械設備什器備品」とされており、前掲甲一三の三条七項によれば、被保険利益は、特別の約定がない限り、右動産の所有権であるというべきであるから、右特別の約定について主張立証がない以上、右主張は失当である。)。そして、右特約は各売買契約書上に明瞭に記載されているのであって、これに契約当時気付かなかったとの証人酒寄守の証言部分は採用できず、他に右認定判断を覆すに足りる証拠はない。

(三)  以上のように酒寄守は、原告ジャソックを代表して、真実の請負代金額と異なる契約書である甲二を根拠に、また、右契約書には被保険利益が存在しない動産についての代金額が含まれていることを認識しながら、被告住友に対し、保険金請求をなしたというべきであり、これは、甲保険契約に適用される店舗総合保険普通保険約款(甲一三)二六条四項にいう「正当な理由がないのに提出書類につき不実の表示をした」場合に該当すると解するのが相当である。

よって、被告住友は、甲保険契約に適用される右条項に基づき、原告ジャソックに対する保険金支払義務を負わないというべきである。

なお、1(七)の事実があったからといって、被告住友が甲二の不実を看破できたとはいえないから、同被告が右不実申告を理由に保険金の支払を拒否することが信義則に反するものとはいえない。

3  次に、原告ダイコーの被告日本火災に対する請求の当否について検討する。

(一) 右1認定事実によれば、本件建物は、パチンコ店舗に使用することを前提として建築されたものであったが、本件建物完成当時、一階のパチンコ店舗に供すべき部分は内装工事が完成しておらず、その状態のまま、乙保険契約も締結されているのであり、原告ダイコーとしては、保険料が安くなるよう、用途を保険料率の低い現状どおりの「空家」として申告し、被告日本火災の保険代理店であるエヌ・ティ・コーポレーション株式会社を通じて被告日本火災と乙保険契約を締結したものと推認することができる。

そして、その後本件建物一階のパチンコ店内装工事が開始されたのに、右事実を書面により被告日本火災に通知して、保険証券に承認の裏書をするよう求めていないことが明らかである。右認定に反する証人酒寄守の証言部分は何ら裏付けがなく採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二) ところで、乙保険契約に適用される店舗総合保険普通保険約款(乙事件乙六)一七条一項柱書は、「保険契約締結後、次の事実が発生した場合には、保険契約者または被保険者は、事実の発生がその責めに帰すべき事由による場合はあらかじめ、責めに帰すことのできない事由によるときはその発生を知った後、遅滞なく、書面をもってその旨を当会社に申し出て、保険証券に承認の裏書を請求しなければなりません。」と定め、同項4号は、「保険の目的または保険の目的を収容する他の用途を変更すること。」と定めている。そして、同条二項は、「前項の手続を怠った場合には、当会社は、前項の事実が発生した時または保険契約者もしくは被保険者がその発生を知った時から当会社が承認裏書請求書を受領するまでの間に生じた損害または傷害に対しては、保険金を支払いません。ただし、前項第3号または第4号の事実が発生した場合において、変更後の保険料率が変更前の保険料率より高くならなかったときは、この限りではありません。」と定めている。

保険の目的の用途の変更は、右約款一七条一項4号に該当する事実であるところ、性質上、保険契約者ないし被保険者が自らの判断において決定すべき事柄であるから、特段の事情のない限り、保険契約者ないし被保険者の責めに帰すべき事由により発生する事実であると解するのが相当である。そうである以上、保険の目的の用途変更の事実の発生は、右約款一七条一項柱書により、保険契約者ないし被保険者があらかじめ保険者に対する承認裏書請求を行うべき場合に該当するというべきである。

したがって、右約款一七条一項は、保険の目的の用途変更がされる場合には、保険契約者ないし被保険者は保険者に対してあらかじめ右変更を通知すべき義務を負うものとの趣旨を定めたものと解するのが相当であり、同条二項は、保険契約者ないし被保険者が右通知義務の履行を怠り、用途変更があった時から保険者が承認裏書請求書を受領するまでの間に生じた保険事故については、用途変更による保険料率の増加が認められず定型的に危険の変更又は増加がないと判断される場合を除き、保険者が免責されることを定めているものと解すべきである。

なお、右約款一七条三項が保険契約の解除を規定しているのは、右請求書を受領した保険者が、裁量により保険契約を解除するか否かを判断できるとの解除権の留保を規定したものであると解され、原告ダイコー主張のように、保険者が保険契約の解除を義務付けられるものでないことは、文言上およそ明らかである。

(三)  本件についてこれを見るに、右1認定事実によれば、原告ダイコーは、平成四年九月には原告ジャソックにおいて本件建物一階をパチンコ店として開業することを決定し、同年一〇月一日、本件建物を原告ジャソックに遊技場・寄宿舎として利用することを目的として賃貸し、さらに同年一一月一六日までにはほぼ右内装工事は完成し、原告ジャソッタに引き渡されており、右によれば遅くともこの時点で本件建物の用途に変更が生じたものと認めるべきである。そして、右時点までに、原告ダイコーは被告日本火災に対して本件建物の用途変更を通知していないのであるから、右通知義務を怠っており、本件火災は原告ダイコーの右通知義務違反の間に発生したことが明らかである。さらに、証拠(乙事件乙一の一、七)によれば、当初「空家」とされていた本件建物がパチンコ店舗に用途変更されることにより、乙保険契約の変更後の保険料率が職業割増で高くなることが認められる(当初の保険料率は0.71であるところ、用途変更により保険料率が1.20ないし1.60になる。)。

したがって、被告日本火災は、原告ダイコーに対する保険金支払義務を負わないというべきである。

二  右によれば、その余の争点について判断するまでもなく、原告ジャソック及び原告ダイコーの請求はいずれも理由がないことが明らかである。

また、甲事件独立当事者参加人らの請求は、原告ジャソックの被告住友に対する保険金請求権の存在を根拠にするものであるから、その前提を欠くことになり、同様に理由がない。

第四  結論

以上の次第であるから、原告ジャソック及び原告ダイコー並びに甲事件独立当事者参加人らの請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法六一条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鬼澤友直 裁判官齋藤繁道 裁判官原司)

別紙物件目録(一)・(二)<省略>

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