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東京地方裁判所 平成7年(ワ)24847号 判決 1998年2月03日

原告

大根住販株式会社

右代表者代表取締役

市川光延

右訴訟代理人弁護士

篠田暉三

被告

社団法人不動産保証協会

右代表者理事

吉岡健三

右訴訟代理人弁護士

鈴木一郎

吉田瑞彦

主文

一  被告は、原告に対し、被告が供託した弁済業務保証金について、原告が弁済を受けることができる額が金一〇〇〇万円であることを認証せよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  請求

主文同旨

第二  事案の概要

本件は、宅地建物取引をした原告が、被告の社員で右取引の仲介をした宅地建物取引業者に対し損害賠償請求権を有するとして、被告に対し、宅地建物取引業法六四条の八に基づき、被告が供託した弁済業務保証金について弁済を受けることができる額が一〇〇〇万円であることの認証を求めた事案である。

一  争いのない事実及び前提となる事実

1  原告は、不動産の売買、賃貸、管理及びその仲介を業とする宅地建物取引業者である。

2  被告は、宅地建物取引業法(以下、「法」という。)第五章の二により建設大臣が指定した宅地建物取引業保証協会の一つであり、法六四条の八が定める弁済業務を行う者である。

3(一)  被告の社員と宅地建物取引業に関し取引をした者は、その取引により生じた債権に関し、営業保証金の額に相当する額(本店のみの場合には一〇〇〇万円)の範囲内において、被告が供託した弁済業務保証金について、弁済を受ける権利を有し(法六四条の八第一項)、右権利を実行するには弁済を受けることができる額について被告の認証を受けなければならない(同条第二項)。

(二)  被告は、認証の申出があったときは、当該申出に理由がないと認める場合を除き、当該申出にかかる債権に関し認証をしなければならない(宅地建物取引業法施行規則二六条の六、以下、右規則を単に「規則」という。)。

(三)  そして、弁済業務を実施するために規定された弁済業務規約(乙一、以下、単に「規約」という。)一二条4項は、「業者間の債権については取引自体によって生じた債権に限定し且つ申出人が専門業者として相当の注意を払った場合にのみ対象とする。」と定める。

4  訴外有限会社フレンドジャパン(以下、「フレンドジャパン」という。)は、被告の社員であり、被告に対して弁済業務保証金分担金を納付していた。

二  争点

1  原告がフレンドジャパンに対して一〇〇〇万円の損害賠償請求権を有するか否か。

(一) 原告の主張

(1) 原告は、フレンドジャパンの仲介により、平成六年二月七日、訴外島村豊幸(以下、「島村」という。)から、別紙物件目録記載の宅地建物(以下、宅地を「本件土地」、建物を「本件建物」といい、総称して「本件不動産」という。)を、五八五七万四〇〇〇円で買い受ける旨の売買契約を締結し(以下、「本件売買契約」という。)、島村に対し、同日、手付金として五〇〇円を、さらに。同月二八日、中間金として五〇〇万円を支払った(以下、右売買契約を「本件売買契約」、仲介を「本件仲介契約」あるいは「本件仲介」という。)。

(2) 本件売買契約に際し、島村は、原告に対し、本件土地の所有名義は訴外清水良蔵の、本件建物の所有名義は訴外高野常廣(以下、「高野」という。)のままであり、右建物には訴外清水靖司が居住しているが、本件不動産は島村が買い取り所有しており、清水靖司も平成六年四月末日までには本件建物の明渡しを確約している旨説明した。

しかし、実際には、島村は、本件不動産の所有者ではなく、本件売買後、原告に対し、本件不動産の所有権移転登記手続をすることができず、また、建物を引き渡すこともできなかった。

(3) フレンドジャパンは、島村が本件不動産を買い取り所有しているか否か及び建物の明け渡しが可能か否かの調査をしないままに本件仲介をした。

その結果、原告は前記の一〇〇〇万円を島村に交付し、右同額の損害を被った。

(4) よって、原告は、フレンドジャパンに対し、本件仲介契約の債務不履行による損害賠償請求権または不法行為による損害賠償請求権に基づき、一〇〇〇万円の支払いを求める権利を有する。

(二) 被告の主張

(1) 原告と島村との間に本件売買契約は成立していない。

(2) 原告とフレンドジャパンとの間に仲介契約は成立してない。

(3) フレンドジャパンが本件仲介をしたとしても、同社は売買契約書に仲介者として記名押印しただけであって具体的な仲介を行ったものではないから、具体的な注意義務は発生していない。

(4) また、原告は、自らの判断によって島村に一〇〇〇万円を交付したのであるから、仮にフレンドジャパンに一般的な注意義務について違反があったとしても、右違反と損害との間に相当因果関係はない。

2  原告の有する権利が被告において認証すべき債権か否か。

(一) 被告の主張

(1) 法六四条の八第一項に定める「取引により生じた債権」とは、宅地建物取引における民事上のすべての債権をいうものではなく、法第五章の二における弁済業務保証金制度において当然に予定された合理的な制約を受けるものであり、業者間取引により生じた債権を一定制限するものである規約一二条4項は、右の弁済業務保証金制度が予定する内在的制約を具体化したものである。

(2) 原告は、宅地建物取引業者であるから、本件不動産の登記名義人や建物の居住者に対して問い合わせをするなどして権利関係を調査すべきであったのに、これを行わず、ただ、初めての取引相手である島村の説明のみを軽信して本件売買契約を締結したものである。

よって、原告は、宅地建物取引業の専門業者として相当の注意を払ったとはいえないから、規約一二条4項に定める要件を満たさず、原告の主張する債権は認証の対象とはならない。

(二) 原告の主張

(1) 法は「取引により生じた債権」であれば認証すべき旨を定めているのであって、規約によって、認証すべき債権の範囲を限定しても、それは第三者に対して拘束力を有するものではない。

(2) 規約一二条4項によって認証の対象となる債権が限定されるとしても、本件不動産の登記名義人や建物の居住者に対して問い合わせをするなどして権利関係を調査すべき者は、本件仲介をしたフレンドジャパンであり、原告には落ち度はない。

第三  争点に対する判断

一  原告がフレンドジャパンに対して一〇〇〇万円の損害賠償請求権を有するか否かについて

1  証拠(甲一、二の1ないし5、三ないし一一、一二の1、2、一三、原告代表者本人尋問の結果)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 平成六年二月初旬ころ、フレンドジャパンの部長である緒方博文(以下、「緒方」という。)が、原告代表者である市川光延(以下、「市川」という。)に対し、電話で、本件不動産が売りに出ているので購入しないかと打診してきた。市川が、フレンドジャパンの取締役である島村に電話をしたところ、島村は、本件土地の登記名義は清水良蔵、本件建物の登記名義は高野であるが、島村が買い取って所有者となっているから同人において売却することができること、そして、本件建物の居住者である清水靖司(清水良蔵の弟)からは同年四月末日までに本件建物を明け渡す旨の誓約を得ていることを説明し、原告に対して土地付建物売買契約書等(甲一、二の2ないし5)をファックスで送信してきた。市川は、ワンルームマンションを建築して転売することを予定して本件不動産を買い取ることにし、島村と売買の交渉をし、また、本件不動産の登記簿謄本を閲覧したり現地を確認した。

(二) 同年二月七日、原告の事務所において、緒方、島村及びフレンドジャパンの代表者である島村淳(島村の子)が同席の上、本件売買契約が締結され、土地付建物売買契約書(甲二の1)が作成された。その際、島村は前記土地付建物売買契約書等(甲一、二の2ないし5)の原本を持参した。なお、本件売買契約においては、重要事項説明書は作成されていない。

(三) 同日、原告は、島村に対し、手付金として五〇〇万円(甲三)を支払い、緒方に対し、仲介手数料として一〇〇万円を支払った(甲一二の2)。

(四) その後、島村が原告に対して中間金の支払いを要求してきたので、原告は、同年四月末日までに本件建物の明渡しが可能か改めて確認を求めた。同年二月二五日、清水靖司及び島村らが原告の事務所を訪れ、同年四月末日までに本件建物を明け渡す旨の清水靖司作成の島村宛念書(甲四)を原告に渡した。そこで、同月二八日、原告は、島村に対し、中間金として五〇〇万円を支払った(甲五)。

(五) しかし、同年四月末日を過ぎても清水靖司は本件建物を明け渡さず、島村も所有権移転登記手続をする様子がないので、原告が催促したところ、待って欲しいとのことであった。しかし、その後も手続等が一向に進捗しないので、原告において調べたところ、本件土地については清水良蔵の親族間において相続問題が解決していないこと、本件建物については高野と清水靖司との間に金銭貸借関係があることが判明した。そこで、原告は、本件不動産の購入は不可能であると判断し、島村に対し、一〇〇〇万円の返還を求めたが、未だ、返還を受けられない。

(六) 原告は、被告に対し、平成七年三月一七日付けで苦情申出をし(乙六)、その後、右は法六四条の八第二項、規約一四条に基づく一〇〇〇万円を債権額とする認証の申出として扱われたが、被告は、規約一二条4項の要件を満たさないとしてこれを拒否した(乙三)。

2(一)  以上の認定事実によれば、原告と島村との間において本件売買契約が成立したこと、原告とフレンドジャパンとの間には本件仲介契約が成立し、同社は本件売買契約の仲介(本件仲介)をしたことが認められる。

(二)  ところで、市川は、一方で、本件不動産の売主はフレンドジャパンであると認識していたなどとも供述しており、被告は、市川の供述においては本件売買契約の当事者が特定できておらず、また、本件仲介をしたのは、仲介手数料を受け取った緒方個人であってフレンドジャパンではない旨主張する。

しかし、土地付建物売買契約書(甲二の1)及び手付金等の領収証(甲三、五)の名義がいずれも島村であることからすると本件売買契約における売主は島村であると認められる。また、右契約書(甲二の1)の仲介人欄にフレンドジャパンの記名押印がされていること、本件売買契約締結の際、フレンドジャパンの代表者である島村淳が同席していること、緒方はフレンドジャパンの部長であり、本件売買契約を原告に勧めた上、本件売買契約締結にも立ち会っていることの事実にかんがみると、フレンドジャパンが本件仲介をしたものと認めることができる。なるほど、市川の供述によれば、主として本件売買契約の交渉をしたのは島村本人であると認められるが、島村はフレンドジャパンの取締役でもあり(甲一一)、かつ、同社の実権を握っていたものと推認できる(市川供述)ので、フレンドジャパンが仲介をしていないということにはならないというべきである。

3  右のとおり、フレンドジャパンが本件売買契約の仲介人である以上、同社には、宅地建物取引業者として、島村が本件不動産を買い取り所有しているか否か、原告への所有権移転登記手続が可能か否か、本件建物の明渡し及び引渡しが可能か否かについて調査し、原告への権利移転を確保すべき注意義務があったというべきである。そして、清水良蔵、高野及び清水靖司に確認を取るなどの措置を講ずれば本件不動産についての権利関係を調査確認することができたと認められるのに、フレンドジャパンにおいてかかる調査をしたと認めるに足りる証拠はない。したがって、フレンドジャパンには前記注意義務を怠った過失があるといえる。

そして、右注意義務違反と原告が一〇〇〇万円を島村に交付して右同額の損害を被ったこととの間には相当因果関係が認められる。

4  よって、原告は、フレンドジャパンに対し、本件仲介契約の債務不履行による損害賠償請求権または不法行為による損害賠償請求権に基づき、一〇〇〇万円の支払いを求める権利を有する。

二  原告の有する権利が被告において認証すべき債権か否かについて

1  前記一によれば、原告の有する権利は、被告の社員であるフレンドジャパンとの間における宅地建物売買の仲介契約(法二条二号)における債務不履行(もしくは不法行為)により生じた債権であるといえる。

2  ところで、規則二六条の六では、認証の申出があったときは、当該申出に理由がないと認める場合を除き当該申出にかかる債権に関し認証をしなければならないと定めるから、申出に理由があるか否かの実質的審査を被告においてなしうることは明らかである。そして、被告は、「取引により生じた債権」とは宅地建物取引における民事上のすべての債権をいうのではなく、弁済業務保証金制度の目的に照らして合理的な範囲に限定すべきである旨主張する。確かに、弁済業務保証金の制度は、営業保証金の制度に代わるものとして、集団保証の方法により、宅地建物取引業保証協会の社員の負担を軽減しつつ、宅地建物取引業者との宅地建物取引によって損害を被った購入者等の救済を図るものであるから、弁済すべき範囲について、右の弁済業務保証金の制度目的から導かれる内在的制約はあり得るといえる。そして、弁済業務保証金の制度によって救済すべき範囲を一般消費者(業者でない者)と宅地建物取引業者とで区別することも一応の合理性があるといえる。

しかしながら、法は「取引により生じた債権」について業者間の取引とそうでない取引とを明示的には区別していない。また、規則も、申出に理由がないときは認証しないことができるとしながら、理由がないときの内容を具体的に示してはいない。そうすると、法や規則によって区別されていない債権の範囲を、被告の団体内部を規律する規約によって区別し、かつ、制限したとしても、右制限は被告の社員以外の者に対して法的拘束力を有するものとはいえないというほかない。

3(一) これを本件について検討すると、まず、原告の有する権利は、前記1のとおり、被告の社員であるフレンドジャパンとの間における宅地建物売買の仲介契約における債務不履行に基づく債権(不法行為の点はひとまず措く。)であるから、法六四条の八第一項に定める、取引「により生じた」債権と認められる。

規約一二条4項においては、業者間の債権については「取引自体によって生じた債権」に限り、「取引に関連して生じた債権」は認証の対象としない旨定め、規約一二条3項(2)によれば損害金は「取引に関連して生じた債権」ということになる(乙一)。そうすると、前記1の原告の有する債権は「取引に関連して生じた債権」ともいいうる。しかし、「取引自体によって生じた債権」と「取引に関連して生じた債権」との区別そのものが不明確である上、後者の債権を認証の対象から除外することが弁済業務保証金制度の目的から導かれる内在的制約であるとする合理的な理由も見あたらないというべきである。よって、前記1の原告の有する権利を、「取引に関連して生じた債権」として認証の対象から除外することはできないというべきである。

(二)  同様に、規約一二条4項に定める「専門業者として相当の注意を払った場合にのみ(認証の)対象とする」旨の規定についても疑義がないではないが、この点はひとまず措いて、原告の落ち度について検討する。

前記認定のとおり、原告は、本件不動産の所有権の登記名義人である清水良蔵及び高野に直接問い合わせをしていないのであり、証人前田堅治は、右は専門業者としては落ち度に当たる旨証言する。本件建物について高野の所有権取得原因が譲渡担保であること(甲一〇)、島村が買い取った旨の契約書(甲一)はその体裁に不備な点がある上、印鑑登録証明書が添付されていないこと、本件売買契約に際しては重要事項説明書が作成されていないこと、原告は島村との間では本件売買契約が初めての取引であったことといった事情からすると、清水良蔵や高野から、本件不動産を島村に売却したか否かについて問い合わせるなどして権利関係を調査確認すべきであったといえる。

しかし、かかる問い合わせは、そもそも、第一義的には、本件売買契約の仲介人として原告に対して善管注意義務を負うフレンドジャパンにおいてなすべきことであり(原告に対して自らが所有者である旨の説明をした島村がフレンドジャパンの取締役でもあり、同社の実権を握っていたのであるからなおさらである。)、この理は、買主である原告が宅地建物取引業者であっても変わらないといえる。

なお、前記認定のとおり、原告は、本件建物の居住者である清水靖司から、直接、本件建物明渡しについての念書(甲四)を受け取っているのであるから、この点でも原告に落ち度はない。

以上の点を考慮すると、原告は、本件仲介に関し、専門業者として相当の注意を払ったと解して差し支えないといえる。

4  よって、原告の有する前記1の権利は認証すべき債権であると認められる。

三  以上によれば、原告の請求は理由があるからこれを認容し、主文のとおり判決する。

(裁判官小西義博)

別紙<省略>

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