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東京地方裁判所 平成7年(ワ)25908号 判決 2000年3月03日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

黒木芳男

右訴訟復代理人弁護士

池田眞一郎

山田洋史

被告

株式会社ブイアイエフ

右代表者代表取締役

石井慶雄

被告

石井慶雄

右両名訴訟代理人弁護士

松本義信

被告

菅谷覚

右訴訟代理人弁護士

木島昇一郎

堀裕一

右木島昇一郎訴訟復代理人弁護士

手島万里

被告

安田龍生

右訴訟代理人弁護士

櫻田喜貢穂

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告らは,原告に対し,各自金2000万円及びこれに対する平成8年1月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は,被告株式会社ブイアイエフ(以下「被告会社」という。)に雇用され,プロデューサーとして勤務していた原告が,懲戒解雇されたため,この懲戒解雇は被告会社の代表取締役である被告石井が,代表取締役である被告菅谷及び取締役である被告安田と共謀のうえ,懲戒解雇事由がないことを知りながら,原告が分会長として組合活動をしていることを理由として不利益な取扱いをしたものであり,違法な解雇であると主張して,不法行為による損害賠償請求権に基づき,予備的に被告菅谷及び被告安田に対しては取締役の第三者に対する責任の履行として,賃金相当額,慰謝料及び逸失利益並びに遅延損害金の支払を求める事案である。

一  前提となる事実

(争いのない事実のほか,証拠により認定した事実を含む。認定の根拠とした証拠は各項の末尾に挙示する。なお,争いのない事実であっても,便宜書証を各項の末尾に掲げることがある。)

1  被告ら

(一) 被告会社は,平成3年6月12日株式会社リラックスの商号(平成6年12月20日変更の登記)で設立された,テレビコマーシャル等のメディアの映像制作等を主たる目的とする会社である。

(二) 被告石井慶雄(以下「被告石井」という。)及び被告菅谷覚(以下「被告菅谷」という。)は,いずれも被告会社の設立者であり,設立以来平成5年5月当時まで被告会社の代表取締役であった。被告石井は現在に至るまで被告会社の代表取締役である。被告安田龍生(以下「被告安田」という。)は設立以来被告会社の取締役であり,平成5年5月当時も被告会社の取締役であった。

2  原告と被告会社との間の雇用契約

原告は,平成3年9月2日,被告会社との間で雇用契約を締結し,プロデューサーとして勤務し,賃金は平成5年5月当時年額910万円であり,毎月25日に65万円の支払を受けるほか,毎年6月及び12月にはそれぞれ65万円を加算して支払を受ける約定であった(以下原告と被告会社との間の雇用契約を「本件雇用契約」という。)。

(被告菅谷との間で原告の賃金につき原告本人,弁論の全趣旨)

3  出勤停止処分

被告会社は,平成5年5月14日,取締役会の決議により,原告及びAに対し,同日から出勤停止処分とすることを決定し(以下「本件出勤停止処分」という。),その旨告知した。この取締役会の決議は,被告石井,被告菅谷及び被告安田の3名で行われた。

(<証拠略>,弁論の全趣旨)

4  懲戒解雇

被告会社は,平成5年5月20日,原告に対し,同日をもって解雇する旨の「解雇通知」と題する書面(<証拠略>)を交付し,もって原告を懲戒解雇した(以下「本件懲戒解雇」という。)。

(<証拠略>)

二  争点

1  被告らの故意の有無

被告会社代表取締役である被告石井,代表取締役である被告菅谷及び取締役である被告安田は,原告に懲戒解雇事由がないことを知りながら,共謀のうえ,本件懲戒解雇をしたものであるか。

2  被告会社の不当労働行為意思の有無

被告会社は,原告が組合活動をしていることを決定的動機として本件懲戒解雇をしたものであるか。

2(ママ) 被告菅谷及び被告安田の商法266条の3第1項に基づく責任の有無

(一) 被告菅谷及び被告安田は,本件懲戒解雇がされることを十分了知したうえで取締役として出勤停止処分の取締役会決議に加わりこれに賛成したものであるか。

(二) 被告菅谷及び被告安田は,取締役として代表取締役である被告石井が違法な本件懲戒解雇をしないよう監視する義務を怠ったか。

3(ママ) 損害の有無及びその額

4(ママ) 原告が不当労働行為意思を裏付ける事実として追加した主張は,時機に後れて提出した攻撃方法に当たるか。

第三当事者の主張<略>

第四当裁判所の判断

一  被告会社の従業員就業規則について

(証拠・人証略)によれば,被告会社は,平成4年7月,平成3年6月12日の設立から約1年が経過したので,就業規則を作成して労働基準監督署長に届け出ることとし,平成4年7月1日から施行するものとして従業員就業規則の原案を作成し,従業員に見せて同意を求め,タイムカードについて従業員就業規則の原案22条の規定どおりの実施を求めていたこと,この従業員就業規則の原案22条は従業員が出社又は退社に際しタイムカードにその時刻を打刻することを規定しており,従業員側は,反対意見もあったが,プロデューサーの指揮下で働く制作職(プロダクション・マネージャー)に残業手当が支払われることになるという説明を聞き,賃金が改善されるものと受け止め,制作職についてはタイムカードの実施を受け入れ,同年7月下旬から従業員就業規則の原案22条のとおりにタイムカードに打刻していたこと,しかし,平成4年8月25日の給料日に残業手当が支払われなかったこと等から従業員側が被告会社に約束違反があったとして同年8月27日に本件分会が結成され,被告会社に団体交渉を求め,同年9月29日までに3回の団体交渉を行い,従業員就業規則への同意も持ち越されていたが,本件分会は特定の職種につき内規等を作成することを求めるほかは従業員就業規則をそのまま承認する方針であり,同年10月9日の団体交渉で妥結すれば,従業員就業規則に同意する旨の意見を述べる見込みであったこと,しかるに,分会長である原告が同年10月8日に本件事故を引き起こして受傷,入院し,団体交渉が続けられはしたものの,進展がなく,被告会社は,労働組合の意見を記した書面を添付できなかったため労働基準監督署長に届け出ないまま,本件懲戒解雇に至ったこと,以上の事実が認められ,この認定に反する証拠はない。

右認定によれば,被告会社は,従業員就業規則の原案を作成して従業員に見せて同意と実施を求め,従業員もこれを受け入れて一部実施に踏み切り,本件分会も従業員就業規則をそのまま承認する方針であったのであるから,被告会社は,右に述べた事情から労働組合の意見を記した書面を添付できず,労働基準監督署長に届け出ないままではあったが,始めから従業員就業規則を実施する意思で,その内容を従業員に周知していたものということができ,従業員就業規則は平成4年9月ころには就業規則としての効力を有するに至っていたものと解するのが相当である。

原告本人及び被告安田龍生本人の各供述中には,被告会社の従業員就業規則は案のままで終わり,本件懲戒解雇がされるまでの間に就業規則として制定されるに至らなかった旨の部分がある(<証拠略>)が,その趣旨は労働組合の意見を記した書面を添付して労働基準監督署長に届け出るという手続を履践するに至らなかったから正式な就業規則として制定されるに至っていないというにあるから,就業規則としての法的効力についての右の説示を左右するものではない。

二  本件懲戒解雇に至る経緯について

1  本件分会結成に至る経緯

前記一の事実に,(証拠・人証略)を併せて考えれば,次の事実を認めることができる。

被告会社においては,原告をはじめとしてプロデューサーの給与は年俸制が採られており,プロデューサーのみならず,プロデューサーの指揮下で働く制作職(プロダクション・マネージャー)の給与もこれに準じていて,残業手当は支払われていなかった。被告会社代表者である被告石井は,設立当初から勤務状況把握のためにタイムカードを実施する方針であり,従業員にタイムカードへの打刻を指示していたが,原告のほか,プロデューサー,プロダクション・マネージャーらは右のような事情からタイムカードを打刻せず,被告石井の意向は浸透しなかった。被告石井は,平成4年7月ころ,従業員の給与につき年俸制をやめてタイムカードによる勤怠管理を行い,基本給のほか残業手当を支払うこととする方針を固め,経理の古川に指示して各従業員について本給,付加給,職務手当,残業単価を設定して当時の給与と比較してアップ率を算出する給与の試算表を作成させた。この試算表によれば,基本給だけでは当時の給与額よりも例外なく減額となるので,各従業員とも相当長時間の残業をしないと給与額が減額となるが,当時の給与額の多い者ほど減額が大幅であり,原告の場合には職務手当が支給されて基本給が上積みされるケースであるとしても月80時間の残業を行っても当時の給与額の約87パーセントにしかならなかった。これは原告の当時の給与が月額65万円及び年収910万円であり,従業員の中では一番多かったためであって,原告ほどではないが給与額の多かった者,すなわち,当時の給与が月額60万円及び年収840万円のB,当時の給与が月額50万円及び年収700万円のC並びに当時の給与が月額49万円及び年収686万円のDは,いずれも月80時間の残業を行っても当時の給与額に満たないこととされていた。その反面,他のプロデューサー,プロダクション・マネージャーらは月60時間から70時間以上残業を行えば当時の給与額よりも増額となる計算となっていた。しかも,試算の際に想定されている基本給の額は必ずしも当時の給与額の多寡に応じたものとなっておらず,逆転するケースもあった。事務職の従業員を別にすれば,プロデューサー,プロダクション・マネージャーらについては,各人が月60時間の残業をするとすれば,原告,B,C及びDの各給与の減額分で他の者らの増額分をおおむね賄える計算となっていた。

このように,被告石井は,従業員の中で給与の高い者についてはこれを引き下げ,当時給与が低かった者については残業を多くすれば給与が増額となるように賃金体系を改めることを企図したのであり,この構想では給与の高い者の給与の引き下げと残業手当の支給とが実質的にはセットとなっていたが,被告会社は,従業員にはそのことを説明せず,同年7月,従業員就業規則の原案を作成し,設立から約1年が経過したので,就業規則を作成して労働基準監督署長に届け出ることにした,(ママ)タイムカードを実施すれば残業手当が支払われることになる等と説明し,従業員に見せて同意を求め,タイムカードの実施を求めた。従業員側は,反対意見もあったが,プロデューサーの指揮下で働く制作職(プロダクション・マネージャー)に残業手当が支払われることになるという説明を聞き,賃金が改善されるものと受け止め,制作職についてはタイムカードの実施を受け入れ,同年7月下旬から従業員就業規則の原案22条のとおりにタイムカードに打刻していた。しかし,平成4年8月25日の給料日に残業手当が支払われなかったこと,制作職の昇給がなかったことから従業員側が被告会社に約束違反があったとして同年8月27日に本件分会が結成されるに至った。

本件分会は,被告会社に団体交渉を求め,同年9月29日までに3回の団体交渉を行い,従業員の保坂,鈴木,松村及び西田の賃金を4.89パーセントベースアップすることと従業員就業規則のことが議題として話し合われたが,前者は合意の見込みであり,後者についても,本件分会は特定の職種につき内規等を作成することを求めるほかは従業員就業規則をそのまま承認する方針であり,同年10月9日の団体交渉で妥結すれば,従業員就業規則に同意する旨の意見を述べる見込みであった。しかし,分会長である原告が同年10月8日に本件事故を引き起こして受傷,入院し,以後4回団体交渉が続けられはしたものの,進展がなくなった。

被告株式会社ブイアイエフ代表者兼被告石井慶雄本人の供述中右認定に反する部分(<証拠略>)は前掲各証拠に照らしてたやすく採用することができず,他に右認定に反する証拠はない。

2  本件懲戒解雇に至る経緯

(一) (証拠・人証略)によれば,次の事実を認めることができる。

被告会社は,取締役会で,被告会社の業績が悪いため,新体制を制定することを決定し,平成5年4月20日から同月23日ころにかけて,被告会社の役員及び従業員全員に同年4月20日付けの「通知回覧」と題する文書(<証拠略>)を回覧する方法により,ルーム制及びチーフ制を廃止し,プロデューサー9名,プロダクションマネージャー5名,アシスタントプロダクションマネージャー3名及びデスク2名から成る新規体制を制定すること,業務推進のため担当グループが必要に応じて行うほかは一切の合同会議は一時廃止すること,予算表及び作業進行状況表を査定すること,新体制の人事は辞令をもって行うことを告知した。この文書の下段には役員及び従業員の名字と押印欄があり,回覧した者は自分の名字に対応する押印欄に押印することとなっていた。しかし,原告はこの文書の押印欄に押印せず,「上記の通知に関しては,理解できない為サインは致しません。甲野」と付記し,Aも押印せず,原告の付記の下に「僕もそう思います。A」と付記した。

被告会社は,原告に対し,同年4月20日付けの辞令(<証拠略>)で同日付けをもってプロデューサーを発令した。

(二) (証拠略)によれば,次の事実を認めることができる。

渋谷労働基準監督署の担当者は,平成5年5月7日,株式会社E社に対し,原告の申請した労災の件に関して照会の電話をかけたが,原告が口裏合わせを依頼していたNが不在であったため,総務部長が電話に出た。総務部長は労働基準監督署の担当者に対して本件事故当日被告会社との間で打合せをした事実がなかったことを告げるとともに,K社長に報告したため,このことはK社長の知るところとなった。NはK社長から説明を求められ,原告から依頼を受け,そのような事実がなかったにもかかわらず,本件事故当日被告会社との間で打合せをした旨装ったことを白状した。株式会社E社は,同年5月7日付けで渋谷労働基準監督署給付調査官宛に,平成4年10月8日に,株式会社E社の社員が事務所又はその近くで被告会社の社員と打合せや納品等,業務に関する件で接触した事実はない旨を記載した文書を提出した。原告はNからその話を聞き,平成5年5月10日,原告の父及び被告安田とともに渋谷労働基準監督署を訪れ,真相を話して陳謝した。他方,被告石井は同日株式会社E社を訪れ,K社長から右の話を聞き,右文書の写しを入手した。被告石井は,原告に対し,労災申請を取り下げるよう求めた。

(三) (証拠略),弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。

被告会社は,平成5年5月14日,取締役会の決議により,原告及びAに対して本件出勤停止処分をし,原告の業務状況に関する調査を行った。その結果,原告がE社に支払うビデオ編集の料金につき利益率を高める工作をしたため,同社との間でトラブルが生じたこと,モデルクラブ株式会社U社のモデル出演料金をめぐるトラブルが生じたこと,飲食代及び資料代の不正使用等の事実が判明したとして,本件懲戒解雇をするに至った。

3  以上の事実に基づいて考えると,被告石井は,原告をはじめとする一部のプロデューサーの給与が高すぎると感じその是正をも目的として従業員の給与につき年俸制をやめてタイムカードによる勤怠管理を行い,基本給のほか残業手当を支払うこととする方針を固め,これを実施に移そうとしたが,思惑どおりに事が運ばず,本件分会結成という事態に至ってしまったのは原告の策動によるものと受け止めたものの,この段階では原告を解雇する方針は持つに至らなかったところ,原告が本件事故を引き起こし,治療のため数箇月間仕事から離れる事態が生じたことから,被告会社の業績が前年度より落ち込んだ中で,原告が後記のとおり度々遅刻したりして勝手気ままなペースで勤務しており,従業員の中で一番の高給取りでありながら,被告会社の業績に貢献していない邪魔な存在と感じ,平成5年4月ルーム制及びチーフ制を廃止し,プロデューサー9名,プロダクションマネージャー5名,アシスタントプロダクションマネージャー3名及びデスク2名から成る新規体制を制定する際にも原告が非協力の姿勢を示し,さらに,同年5月7日から同月10日にかけて株式会社E社のK社長から労災申請に関する虚偽の事実作出に巻き込まれたとして苦情を受け,信用を失墜したため,原告に専ら責任があるとして事を収めようとしたが,原告がこれに抵抗し申請の取り下げをしようとしないことから,遂に原告を解雇する方針を固め,解雇事由を調査,検討するために同月14日本件出勤停止処分に踏み切ったものと推認することができる。

三  原告の請求の根拠について

被告会社代表取締役である被告石井は,代表取締役である被告菅谷及び取締役である被告安田と共謀のうえ,懲戒解雇事由がないことを知りながら,原告が組合活動をしていることを決定的動機として,本件懲戒解雇をした旨主張する。

この主張は不法行為による損害賠償請求の根拠となる事実の主張であり,被告石井が懲戒解雇事由がないことを知りながら故意に解雇をしたことを要とするものである。原告はこの要件事実に加えて原告が組合活動をしていることを決定的動機としたことを主張するが,この事実は被告石井が懲戒解雇事由がないことを知りながら故意に解雇をしたことと選択的に併存するものであり,いずれかの事実が証明されれば足りるものと解するのが相当である。そこで,以下においては,まず,懲戒解雇事由の有無,懲戒解雇事由が認められないとすれば被告石井がそのことを知りながら解雇したか否か,被告石井と被告菅谷及び被告安田との間に共謀が認められるかについて検討し,これらが認められない場合に,被告会社が原告が組合活動をしていることを決定的動機として解雇したか否かについて検討することとする。

四  懲戒解雇事由の有無及び被告らの認識について

1  タイムカード使用の指示違反について

(一) 前記一の事実に,(証拠・人証略)を併せて考えれば,被告会社においては,原告をはじめとしてプロデューサーの給与は年俸制が採られており,プロデューサーのみならず,プロデューサーの指揮下で働く制作職(プロダクション・マネージャー)にも残業手当が支払われていなかったこと,被告会社代表者である被告石井は,設立当初から勤務状況把握のためにタイムカードを実施する方針であり,従業員に打刻を指示していたが,原告のほか,プロデューサーは,右のような事情からタイムカードを打刻しなかったため,平成3年10月8日ころ,各プロデューサーに対し,回覧文書(<証拠略>)でタイムカードを必ず打刻することを指示したが,原告はこれに反対し,右回覧文書に「反対です。後日話し合いを持ちたいと思います。」と付記したこと,なお,プロデューサーの山田も「反対です。」と記入したこと,原告は以後もタイムカードを使用せず,始業時刻9時30分に出勤することを遵守しなかったこと,被告会社は業務日報の提出を義務付けていたが,原告は一時提出したものの,これも大半は提出しなかったこと,被告会社は,平成4年7月従業員就業規則の原案を作成し,その22条において従業員が出社又は退社に際しタイムカードにその時刻を打刻することを規定し,従業員に対し,その実施を求め,従業員側も,被告会社からプロデューサーの指揮下で働く制作職(プロダクション・マネージャー)に残業手当が支払われることになるという説明を聞き,制作職についてはタイムカードの実施を受け入れ,同年7月下旬から従業員就業規則の原案22条のとおりにタイムカードに打刻していたこと,被告会社は,プロデューサーについてもタイムカードを実施して勤怠管理を行い,残業手当を支払うが,従前の年俸制を廃止して基本給の金額を減額すること等を内容とする給与体系の改定を企図しており,プロデューサーについてもタイムカードの実施を求めたが,従業員側(原告,水野,山田がプロデューサーであった。)は受け入れず,本件分会は結成後被告会社との間で団体交渉を行ったこと,平成4年9月29日の団体交渉の際,使用者側は,タイムカードの使用についてはプロデューサーの選択に任せるが,タイムカードを使用しない者については勤務評価ができないので,業績評価のみとし,タイムカードを使用しない者は業務日報の作成・提出が必要となることを説明し,本件分会は特定の職種につき内規等を作成することを求めるほかは従業員就業規則をそのまま承認する方針である旨を答えたこと,原告は被告会社代表者の指示に従わずにタイムカードを打刻せず,業務日報についてもその大半を提出しなかったが,被告会社は,原告の入社以来平成5年5月14日の本件出勤停止処分に至るまでの間,原告に対し,タイムカードを打刻せず,業務日報についてもその大半を提出しなかったことをとがめて警告したり,そのことを理由とする懲戒処分をしたことはなかったこと,以上の事実が認められ,この認定に反する証拠はない。

右認定によれば,被告会社代表者である被告石井は設立当初からタイムカードを実施する方針であり,回覧文書,従業員就業規則の原案作成によりその浸透を図ったが,プロデューサーの給与が年俸制であり残業手当が支払われていなかったことから,原告を中心とするプロデューサーについては受け入れられるに至らず,被告会社もこの実情を前提に団体交渉において,タイムカードの使用についてはプロデューサーの選択に任せるが,タイムカードを使用しない者については勤務評価ができないので,業績評価のみとし,タイムカードを使用しない者は業務日報の作成・提出が必要となることを説明したにとどまったのであるから,被告会社においては,被告石井の思惑どおりには事が運ばず,プロデューサーについてはタイムカードが使用されないという実態があり,タイムカードを使用しない者がこれに代わるものとして業務日報を作成,提出することについても,本件分会と被告会社との間で労働協約により明確に取り決められるに至らなかったのであって,プロデューサーがタイムカードを使用することが法的規範となっていたということはできず,原告がタイムカードを打刻せず,業務日報についてもその大半を提出しなかったことが,懲戒解雇事由を定める従業員就業規則68条2項3号(「数回懲戒を受けたにもかかわらず,改悛の情が認められず,更に懲戒該当行為を行った場合」)若しくは14号(「職務上の指示命令に不当に反抗し,職場の秩序を乱した場合」)又はその他の各号に該当するものということはできない。

(二) 前記二3で述べたとおり,被告石井は,原告が本件事故を引き起こし,治療のため数箇月間仕事から離れる事態が生じたことから,被告会社の業績が前年度より落ち込んだ中で,原告が度々遅刻したりして勝手気ままなペースで勤務しており,従業員の中で一番の高給取りでありながら,被告会社の業績に貢献していない邪魔な存在と感じ,平成5年4月ルーム制及びチーフ制を廃止する新規体制を制定する際にも原告が非協力の姿勢を示し,さらに,同年5月7日から同月10日にかけて株式会社E社のK社長から労災申請に関する虚偽の事実作出に巻き込まれたとして苦情を受け,信用を失墜したため,原告に専ら責任があるとして事を収めようとしたが,原告がこれに抵抗し申請の取り下げをしようとしないことから,遂に原告を解雇する方針を固めたものと推認することができ,この事実と右(一)の事実とに基づいて考えれば,被告石井は,原告の勤怠状況が悪く,適格性がないと判断して解雇することを考えたが,制裁の趣旨を含めるために解雇予告を伴う解雇ではなく懲戒解雇をすることとしたものであり,原告がタイムカードを打刻しないことや業務日報についてもその大半を提出しなかったことが,懲戒解雇事由を定める従業員就業規則68条2項3号若しくは14号又はその他の各号に該当するものということができないことを知りながら懲戒解雇事由としたものであると推認することができる。

被告菅谷及び被告安田についても同様である。

2  届出書提出不履行について

(一) (証拠・人証略)によれば,被告会社においては,欠勤,遅刻早退,直行,直帰等はすべて事前に届けること,事後の場合,速やかに届けることと定められているが,原告は,これらの届出書を提出しなかったことが認められる。しかしながら,原告が該当事由がありながらこれを遵守しなかったその具体的な時期,程度等は明らかでないし,被告会社が,原告の入社以来平成5年5月14日の本件出勤停止処分に至るまでの間,原告に対し,届出書を提出しなかったことをとがめて警告したり,そのことを理由とする懲戒処分をしたことを認めるに足りる証拠はないから,右の事実だけでは懲戒解雇事由を定める従業員就業規則68条2項3号(「数回懲戒を受けたにもかかわらず,改悛の情が認められず,更に懲戒該当行為を行った場合」)若しくは14号(「職務上の指示命令に不当に反抗し,職場の秩序を乱した場合」)又はその他の各号に該当するものということはできない。

(二) 被告石井が従業員就業規則68条2項3号若しくは14号又はその他の各号に該当しないことを知りながら懲戒解雇事由としたものと推認することができることは前記1で述べたことと同様である。

被告菅谷及び被告安田についても同様である。

3  全体会議及び営業会議の欠席及び遅刻について

(一) (証拠・人証略)によれば,原告は,全体会議を招集しても出席しなかったことがあり,また,週1回月曜日午前9時から10時まで行われる営業会議に当初は出席していたものの,途中から被告石井の発言に反発して出席しなくなったこと,遅刻も度々していたこと,被告安田が注意をしても聞き入れなかったこと,以上の事実が認められ,この認定に反する証拠はない。

このように原告の勤怠状況は悪かったから,その具体的状況,程度いかんによっては予告の上で解雇されてもやむを得なかったことが考えられるが,従業員就業規則の定める懲戒解雇事由にまで該当するものということはできない。

(二) 原告の勤怠状況の具体的状況,程度いかんによっては従業員就業規則68条2項14号に該当する可能性があるから,このことに照らして考えると,被告石井が従業員就業規則68条2項14号に該当することができないことを知りながら懲戒解雇事由としたものと推認することは難しく,他にこの点を認めるに足りる証拠はない。

被告菅谷及び被告安田についても同様である。

4  業務日報の不提出等について

(一) (証拠・人証略)によれば,被告会社が平成5年4月ルーム制及びチーフ制を廃止し,プロデューサー9名,プロダクションマネージャー5名,アシスタントプロダクションマネージャー3名及びデスク2名から成る新規体制を制定する際にも原告が非協力の姿勢を示したこと,毎日の営業活動の報告のため業務日報の提出が義務付けられていたが,原告は途中から出さなくなったこと,以上の事実が認められ,この認定に反する証拠はない。

しかしながら,被告会社が新規体制を制定する際に原告が非協力の姿勢を示したことが従業員就業規則の定める懲戒解雇事由に該当するものということはできない。また,業務日報を提出しなかったことについては,そのことによる業務への具体的な支障があり,その程度いかんによっては予告の上で解雇されてもやむを得なかったことが考えられるが,従業員就業規則の定める懲戒解雇事由にまで該当するものということはできない。

(二) 原告の勤怠状況の具体的状況,程度いかんによっては従業員就業規則68条2項14号に該当する可能性があるから,このことに照らして考えると,被告石井が従業員就業規則68条2項14号に該当することができないことを知りながら懲戒解雇事由としたものと推認することは難しく,他にこの点を認めるに足りる証拠はない。

被告菅谷及び被告安田についても同様である。

5  自家用車の使用について

(一) (証拠・人証略)によれば,被告会社は,従業員に自家用車での通勤,業務上の使用を一切禁止していたが,原告は自家用車で通勤していたこと,被告安田のほか,相当数の従業員も自家用車で通勤しており,被告会社も,被告会社の駐車場に従業員が駐車するのでない限り,事実上黙認していたこと,以上の事実が認められる。

そうすると,原告が自家用車で通勤していたことが従業員就業規則の定める懲戒解雇事由にまで該当するものということはできない。

(二) 被告石井が従業員就業規則68条2項3号若しくは14号又はその他の各号に該当しないことを知りながら懲戒解雇事由としたものと推認することができることは前記1で述べたことと同様である。

被告菅谷及び被告安田についても同様である。

6  信用き損(その1)について

(一) (証拠・人証略)によれば,原告は,本件事故後,この事故を通勤災害として労災給付の支給申請をすることにし,被告安田にその旨話し,申請手続に関して依頼したこと,被告菅谷は,通勤災害として認められるようにする目的で,本件事故当日原告らが赤坂で取引先と仕事の打ち合わせを行っていたように装って記載することを発案し,事故報告書案を自ら書いたが,その中で代理店株式会社D社のHと取材の待ち合わせをすることになっていた旨記載し,原告に対してその事故報告書案に署名するよう求めたこと,しかし,原告は,代理店株式会社D社Hの名を使うのではなく,被告会社の下請である株式会社E社のNの名を使うことにし,同社のNに口裏合わせを依頼したこと,原告は被告安田にそのことを話したこと,被告安田は,被告菅谷が通勤災害として認められるようにする目的で右のように事故報告書の中で代理店株式会社D社H氏と取材の待ち合わせをすることになっていた旨記載したことを知っており,いったんは被告菅谷の作成した事故報告書案どおりにすることを勧めたものの,結局原告の話を了承したこと,被告安田は,原告が妻に指示して書かせた「療養給付たる療養の給付請求書」と題する書面等を受け取り,これを提出するために被告石井に届け,被告会社代表者印の押捺を受けたこと,原告は,株式会社E社のK社長が右の事実を知った後,平成5年5月10日,原告の父と被告安田とともに労働基準監督署に行き,真相を話して謝罪したこと,以上の事実が認められ,被告安田龍生本人の供述中この認定に反する部分(<証拠略>)は前掲各証拠に照らしてたやすく採用することができず,他にこの認定に反する証拠はない。

右認定に基づいて考えると,原告が通勤災害として認められ易くするために株式会社E社のNの名を使い,虚偽の事実を作出したことは原告に責任があることはもちろんであるが,他方,被告会社の当時の代表取締役の1人であった被告菅谷自身が,通勤災害として認められるようにする目的で,本件事故当日原告らが赤坂で取引先と仕事の打ち合わせを行っていたように装って記載することを発案し,自ら書いた事故報告書案の中で代理店株式会社D社H氏と取材の待ち合わせをすることになっていた旨記載しており,被告安田もこの事情を知っていたのであるから,労働基準監督署から見れば被告会社ぐるみで虚偽の事実が作出されたことと等しく,被告菅谷も被告安田も原告を非難できる立場にはなく,このことは被告会社にも当てはまるものというべきである。

そうすると,原告の右行為のために被告会社が株式会社E社との関係で信用を失墜したことは事実であるが,被告会社がそのことを理由に原告を懲戒解雇することは許されないものと解するのが相当である。

(二) 被告石井が,被告安田から,原告が妻に指示して書かせた「療養給付たる療養の給付請求書」と題する書面等を受け取り,これに被告会社代表者印を押捺した際に,通勤災害として認められるようにする目的で,被告菅谷が自ら書いた事故報告書案の中で代理店株式会社D社のHと取材の待ち合わせをすることになっていた旨記載したことや,原告が通勤災害として認められ易くするために株式会社E社のNの名を使い,虚偽の事実を作出したことを知っていたことの事実を認めるに足りる証拠はなく,被告株式会社ブイアイエフ代表者兼被告石井慶雄本人(<証拠略>)の尋問の結果によれば,被告石井は被告会社の代表者として本件懲戒解雇をするに当たり右の各点を知らなかったことを認めることができる。

(三) 被告菅谷及び被告安田の右の各点に関する認識は前記のとおりであるが,本件懲戒解雇に当たり,被告石井と被告菅谷及び被告安田との間で共謀が存したことを認めるに足りる証拠はない。

7  信用き損(その2)について

(一) (証拠・人証略)によれば,原告は株式会社E社の担当者Nとの間で平成4年9月に作業したビデオ編集の料金250万円を値引き交渉し,Nの段階では料金を60万円とすることの内諾を得て同金員を支払ったが,減額の幅が大きすぎて株式会社E社の決裁が通らなかったため,被告会社は結局追加して90万円を支払ったことが認められ,被告株式会社ブイアイエフ代表者兼被告石井慶雄本人の供述中この認定に反する部分は,前掲各証拠に照らしてたやすく採用することができず,他にこの認定に反する証拠はない。なお,前記各証拠によればNが後日自殺したことが認められるが,原告の行為との間に相当因果関係があることについてはこれを認めるに足りる証拠はない。

そうすると,右の事実が従業員就業規則の定める懲戒解雇事由にまで該当するものということはできない。

(二) 被告石井が従業員就業規則68条2項5号又はその他の各号に該当しないことを知りながら懲戒解雇事由としたものと推認することができることは前記1で述べたことと同様である。

被告菅谷及び被告安田についても同様である。

8  原告の不当な言動について

(一) (証拠・人証略)によれば,モデルクラブ株式会社U社のSとCM出演の延長料金交渉を行う際や,その件に関して斉田をとがめた際に,原告にいささか不穏当な言動があったことは認められるが,被告会社及び被告石井が主張するような著しく不穏当な言動があったことについては,これに沿う被告株式会社ブイアイエフ代表者兼被告石井慶雄本人の供述部分は,前掲各証拠に照らしてたやすく採用することができず,他にこの事実を認めるに足りる証拠はない。

そうすると,右の事実が従業員就業規則の定める懲戒解雇事由にまで該当するものということはできない。

(二) 被告石井が従業員就業規則68条2項5号又はその他の各号に該当しないことを知りながら懲戒解雇事由としたものと推認することができることは前記1で述べたことと同様である。

被告菅谷及び被告安田についても同様である。

9  被告会社の経費の不正使用(その1)について

(一) 被告会社及び被告石井は,原告が仕事が入ると顧客との打合せと称して被告会社の経費で連日飲食を重ね,不正に400万円以上を費消した旨主張し,(証拠略)の記載及び被告株式会社ブイアイエフ代表者兼被告石井慶雄本人の供述中にはこの主張に沿う部分がある(<証拠略>)。原告本人(<証拠略>)及び被告株式会社ブイアイエフ代表者兼被告石井慶雄本人(<証拠略>)の各尋問の結果によれば,被告会社は,原告に必要な営業交際費の使用を認めていたこと,原告は,代理店,スポンサーの接待のために営業交際費を使用したほか,スタッフとの飲食費にも使用し,ほぼ毎日営業交際費で飲食していたことが認められ,この事実によると,原告が営業交際費の本来の趣旨には合致しない自分とスタッフとの飲食費にも使用していたことになるから,被告会社の承認していない使途に充てた部分があることは否定できない。しかしながら,原告がいつ,いくらそのような目的外使用をしたのかは明らかでなく,したがって,不正に400万円以上を費消したとの事実を認めることはできない。結局,(証拠略)の右記載及び被告株式会社ブイアイエフ代表者兼被告石井慶雄本人の右供述部分は,その十分な裏付けがないから,たやすく採用することができず,他に被告会社及び被告石井の右主張を認めるに足りる証拠はない。そうすると,原告が営業交際費の本来の趣旨に合致しない自分とスタッフとの飲食費にも使用していたことが懲戒解雇事由を定める従業員就業規則68条2項7号(「会社の公金を不正に流用または費消した場合」)又はその他の各号に該当するものということはできない。

(二) 被告石井が従業員就業規則68条2項7号に該当しないことを知りながら懲戒解雇事由としたものと推認することができることは前記1で述べたことと同様である。

被告菅谷及び被告安田についても同様である。

10  被告会社の経費の不正使用(その2)について

(一) (証拠・人証略)によれば,原告が自宅周辺のレンタルビデオショップ3店舗から個人利用及び業務用を併せて洋画,邦画及びアダルトビデオ等の様々なジャンルのビデオテープを年間100本以上借り出していたこと,原告は,平成4年2月6日から同年12月23日までの間に10回(同年2月に2回,3月に1回,4月に2回,5月に3回,12月に1回)にわたり業務上必要であったとして右レンタルビデオショップ3店舗からビデオテープを借り出し,被告会社に領収書を提出して右レンタルビデオショップ3店舗から借り出したレンタルビデオの料金の清算を受け,その合計額は2万3280円であったこと,以上の事実が認められ,この認定に反する証拠はない。被告会社及び被告石井は原告が業務上必要であるかのように装い,個人的興味のためにアダルトビデオを借り出して被告会社に請求して料金を清算した旨主張し,(証拠略)の記載並びに被告株式会社ブイアイエフ代表者兼被告石井慶雄本人の供述中にはこの主張に沿う部分があるが,原告本人尋問の結果によれば,レンタルビデオショップの利用者の検索システムでは当該利用者が借り出したビデオテープの作品名は特定できるが,そのビデオテープを借り出した年月日までは特定できないことが認められるから,この事実に照らすと,原告が前記のとおり被告会社に料金の清算を請求したレンタルビデオの大半がアダルトビデオであったことを裏付ける十分な証拠はなく,(証拠略)の右各記載並びに被告株式会社ブイアイエフ代表者兼被告石井慶雄本人の右供述部分はたやすく採用することができず,他に被告会社及び被告石井の右主張を認めるに足りる証拠はない。そうすると,原告が前記のとおり被告会社に領収書を提出して右レンタルビデオショップ3店舗から借り出したレンタルビデオの料金の清算を受けたことが懲戒解雇事由を定める従業員就業規則68条2項7号(「会社の公金を不正に流用または費消した場合」)又はその他の各号に該当するものということはできない。

(二) 被告石井,被告菅谷及び被告安田の認識については前記1で述べたことと同様である。

五  被告会社及び被告石井の不法行為責任について

1  四で述べたとおり,原告に懲戒解雇事由となるべき事実の存在は認められないが,被告会社が懲戒解雇事由とした事由の中には被告石井が懲戒解雇事由に当たらないことを知らないで懲戒解雇事由としたものがあるから,被告石井が故意に違法な解雇をしたことの証明があったとはいえない。

2  被告会社の不当労働行為意思の有無について判断する。

(一) 前記二3のとおり,被告石井は,原告をはじめとする一部のプロデューサーの給与が高すぎると感じその是正をも目的として従業員の給与につき年俸制をやめてタイムカードによる勤怠管理を行い,基本給のほか残業手当を支払うこととする方針を固め,これを実施に移そうとしたが,思惑どおりに事が運ばず,本件分会結成という事態に至ってしまったのは原告の策動によるものと受け止めたものの,この段階では原告を解雇する方針は持つに至らなかったこと,被告石井が原告を解雇する方針を固めたのは,原告が本件事故を引き起こし,治療のため数箇月間仕事から離れる事態が生じ,被告会社の業績が前年度より落ち込んだ中で従業員の中で一番の高給取りである原告が被告会社に貢献していない邪魔な存在と感じ,平成5年4月ルーム制及びチーフ制を廃止する新規体制を制定する際にも原告が非協力の姿勢を示し,さらに,同年5月7日から同月10日にかけて株式会社E社のK社長から労災申請に関する虚偽の事実作出に巻き込まれたとして苦情を受け,信用を失墜したため,原告に専ら責任があるとして事を収めようとしたが,原告がこれに抵抗し申請の取り下げをしようとしないことによるものである。

原告の主張する請求原因4(一)の事実のうち,被告会社が分会長原告及び分会員Aに対し平成5年5月20日をもって解雇する旨通知したため,全国一般東京一般労働組合が東京都地方労働委員会に対して不当労働行為救済の申立てをし,平成8年5月16日,全国一般東京一般労働組合と被告会社間で,被告会社がA及びDに対する解雇を撤回すること,同人らは任意退職すること,被告会社は全国一般東京一般労働組合に対し,解決金400万円を支払うことを内容とする和解が成立したこと((3)及び(4)の事実)は当事者間に争いがないが,この事実だけで直ちに被告会社が不当労働行為意思に基づいてA及びDを解雇したものと推認するに足りず,したがって,被告会社が不当労働行為意思に基づいて本件懲戒解雇をしたことの間接事実となるとはいえない。また,請求原因4(一)(1)及び(2)の事実についても,被告会社が不当労働行為意思に基づいて本件懲戒解雇をしたことの間接事実となるとはいえない。

原告が分会長として組合活動をしていることも動機の1つに含まれるとしてもこれが決定的動機となって解雇に踏み切ったことについては,(証拠略)の記載並びに原告本人の供述中にはこれに沿う部分があるものの十分な裏付けがなく,たやすく採用することができない。

(二) 本件訴訟記録のほか,当裁判所に顕著な事実を併せて考えれば,本件の審理の経過は次のとおりである。

原告は,平成7年12月27日に本件訴えを提起し,当初から原告が組合活動をしていることを理由として本件懲戒解雇をした旨主張していたが,この主張を裏付ける事実として,既に平成8年7月8日付け準備書面及び平成9年4月15日付け準備書面で,請求原因4(一)(1)から(4)の各事実を主張していた。

当裁判所は平成10年1月27日本件を弁論準備手続に付し,同年5月14日に弁論準備手続を終結し,同年7月31日の口頭弁論期日に各当事者の弁論準備手続の結果陳述を踏まえて被告石井の本人尋問(被告会社の代表者の尋問)を行い,同年11月6日に被告菅谷の本人尋問を行い,平成11年3月2日の口頭弁論期日に原告本人の尋問を行い,同年5月18日の口頭弁論期日に被告安田本人の尋問を行い,この口頭弁論期日をもって予定していた人証の取調べがすべて終了することとなったが,この口頭弁論期日において原告が原告本人の供述の補充として陳述書(<証拠略>)を提出し,被告らから時機に後れた攻撃方法であるとの指摘を受けた。時機に後れた攻撃方法に当たるか否かを判断するためにも,いずれにしても準備書面で主張すべきである旨の当裁判所の指示に従い,原告は,右陳述書の内容を平成11年6月22日付け準備書面に記載して提出し,請求原因4(二)(1)から(6)の事実を主張するに至った。その提出の時期は,口頭弁論終結を予定していた同年6月22日であった。

以上の経過からすれば,原告は既に平成8年7月8日付け準備書面及び平成9年4月15日付け準備書面で主張していた請求原因4(一)(1)から(4)の各事実と同様の意義を有する請求原因4(二)(1)から(6)の各事実についても,これらを主張するのであれば早期に主張する必要があったし,可能であったというべきである(これらを主張することを妨げるべき事情があったことを認めるに足りる証拠はない。)。しかるに,原告は,右の時点から既に2年が経過し,人証の取調べがすべて終了する平成11年5月18日の口頭弁論期日に初めて右攻撃方法を提出し,被告らから時機に後れて提出した攻撃方法であるとの指摘を口頭で受け,さらに,同年6月22日までに被告安田を除く被告らから書面で時機に後れて提出した攻撃方法であることを理由に却下を求める申立てがあったのに,請求原因4(二)(1)から(6)の各事実について弁論準備手続の終了前に提出することができなかった事情,さらには平成11年5月18日の口頭弁論期日までに右の時期まで提出することができなかった事情を何ら説明することがなかったのであるから,右攻撃方法の提出については原告に重大な過失があったものといわざるを得ない。右攻撃方法は,これにより本件訴訟の完結を遅延させることとなると認められるから,却下する。

六  被告菅谷及び被告安田の責任について

1  被告会社が懲戒解雇事由とした事由の中には被告菅谷も被告安田も懲戒解雇事由に当たらないことを知らないで懲戒解雇事由としたものがあるから,被告らには結局不法行為の故意がなく,また,被告会社の代表者である被告石井と被告菅谷及び被告安田が共謀のうえ故意に違法な解雇をしたことについては,その証明があったものということができない。

2  1で述べたとおりであり,被告菅谷及び被告安田の商法266条の3第1項に基づく責任の有無又は監視義務違反の有無は問題とならない。

七  結論

以上の次第であって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないから棄却する。

(裁判官 髙世三郎)

【更正決定】<以下,主文のみ抜粋>

判決……51頁2行目(79頁右段15行目)の冒頭(「被告会社代表取締役である被告石井」の前)に「原告は,請求の原因3(一)のとおり,」をそれぞれ加え,65頁7行目(81頁右段35行目)の「勤怠状況」を「業務日報の不提出」と改める。

平成12年3月21日

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