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東京地方裁判所 平成7年(ワ)4783号 判決 1997年9月11日

原告

三木茂

右訴訟代理人弁護士

井口克彦

被告

三木博之

右訴訟代理人弁護士

熊谷秀紀

若江健雄

主文

一  被告は、原告に対し、原告が被告に対して民法一〇四一条所定の遺贈の目的の価額の弁償として金七六一万三三三三円を支払ったときは、別紙物件目録記載の土地につき、東京法務局杉並出張所平成六年一二月一六日受付第四六一〇七号でなされ、同法務局同出張所平成七年二月二七日受付第六五六三号で更正された所有権移転登記の、被告の持分六分の一を錯誤を原因として原告持分に更正する登記手続きをせよ。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の土地につき、東京法務局杉並出張所平成六年一二月一六日受付第四六一〇七号でなされ、同法務局同出張所平成七年二月二七日受付第六五六三号で更正された所有権移転登記の、被告の持分六分の一を錯誤を原因として、原告持分に更正する登記手続きをせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外三木俊雄(以下「訴外俊雄」という。)は、平成五年一一月六日当時、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を所有していた。

2  訴外俊雄は、平成五年一一月六日に死亡した。

3  訴外三木ツヤ(以下「訴外ツヤ」という。)は訴外俊雄の妻であり、原告(二男)、訴外山田和子(長女、以下「訴外和子」という。)及び被告(長男)はいずれも訴外俊雄の子である。

4  訴外俊雄名義の平成元年九月一〇日付けの遺言書(甲二、以下「本件遺言書」という。)には、「親のめんどうを見た茂とツヤに、自分の財産をすべてあたえる 尚博之と和子についてはツヤの財産の内からツヤの判断にまかす」との記載がある。

5  原告と訴外ツヤは、平成七年一月二五日、遺産分割協議を行ない、本件土地全部を原告が取得する旨合意した。

6  本件土地については、東京法務局杉並出張所平成六年一二月一六日受付第四六一〇七号でなされた、平成五年一一月六日相続を原因とする訴外ツヤ持分六分の三、原告、被告、訴外和子各持分六分の一とする所有権移転登記(同法務局同出張所平成七年二月二七日受付第六五六三号で錯誤を原因として原告の持分六分の五、被告の持分六分の一とする所有権更正登記がなされている。以下「本件登記」という。)が存在する。

7  よって、原告は、被告に対し、本件土地の所有権に基づいて、本件土地につき、東京法務局杉並出張所平成六年一二月一六日受付第四六一〇七号でなされ、同法務局同出張所平成七年二月二七日受付第六五六三号で更正された所有権移転登記の、被告の持分六分の一を錯誤を原因として、原告持分に更正する登記手続きをすることを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の各事実は認める。

2  請求原因5の事実は否認する。

3  請求原因6の事実中、本件土地については、東京法務局杉並出張所平成六年一二月一六日受付第四六一〇七号でなされた、平成五年一一月六日相続を原因とする訴外ツヤ持分六分の三、原告、被告、訴外和子各持分六分の一とする所有権移転登記が存在することは認めるが、同法務局同出張所平成七年二月二七日受付第六五六三号で錯誤を原因として原告の持分六分の五、被告の持分六分の一とする所有権更正登記がなされていることは知らない。

三  抗弁

1  原告の相続欠格事由

本件遺言書とは別に、平成二年以来平成六年一月二〇日まで銀行に保管され、同日被告の立ち会いもなく持ち出された遺言書が存在するところ、原告は、訴外ツヤと共同して、右もう一通存在した遺言書を破棄ないし隠匿した。

2  本件遺言の無効原因

(一) 遺言書の形式不備

本件遺言書は、訴外俊雄名下の同人の印影が重なっており、無効である。

(二) 本件遺言書は、原告が病弱な訴外俊雄に圧力を加えて書かせたものであり、その真意に基づかないものとして無効である。

3  遺留分減殺

被告は、原告に対し、平成六年一月二五日、本件土地につき遺留分減殺の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  抗弁2の主張はすべて争う。

3  抗弁3の事実は認める。

五  再抗弁―価額による弁償(抗弁3に対して)

1  原告は、被告に対し、本件土地の価額を弁償する旨申し入れ、本件第一八回口頭弁論期日(平成九年五月一日)において、遺留分の価額として金六〇六万三〇〇〇円を提供した。

2  なお、原告は、被告に対して右金六〇六万三〇〇〇円を超えて弁償をなすべき価額が判決によって確定されたときは、原告は被告に対し、これを速やかに支払う意思がある。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実は認める。しかし、本件土地の価額は一億一四六七万円であるから、原告の主張する提供は効力がない。

第三  証拠関係<省略>

第四  当裁判所の判断

一  請求原因について

1  請求原因1ないし4の各事実は当事者間に争いがない。

2  証拠(証人三木ツヤ、甲一〇)に弁論の全趣旨を総合すると、請求原因5の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

3  請求原因6の事実中、本件土地については、東京法務局杉並出張所平成六年一二月一六日受付第四六一〇七号でなされた、平成五年一一月六日相続を原因とする訴外ツヤ持分六分の三、原告、被告、訴外和子各持分六分の一とする所有権移転登記が存在することは当事者間に争いがなく、証拠(甲一)によると、同法務局同出張所平成七年二月二七日受付第六五六三号で錯誤を原因として原告の持分六分の五、被告の持分六分の一とする所有権更正登記がなされていることが認められる。

二  抗弁について

1  抗弁1について

乙一三(被告本人の陳述書)には、本件遺言書とは別に少なくとも二通の遺言書があるとの記載部分があり、被告本人も同趣旨の供述をするが、これらはいずれも単なる被告本人の憶測を述べるものに過ぎず、他に本件遺言書とは別に、訴外俊雄作成の遺言書が存在することを認めるに足りる的確な証拠はないから、その余の点について判断するまでもなく、抗弁1は失当である(乙二と弁論の全趣旨によると、原告ないし訴外ツヤは、本件遺言書の検認手続において、本件遺言書は訴外ツヤが訴外俊雄から預かり、平成五年一二月二四日まで、三菱銀行阿佐ヶ谷支店の訴外俊雄名義の貸金庫に保管されていたとしていたこと、その後調停の席上で右の主張を変更して本件遺言書は自宅のトランクに保管されていたと説明するにいたったことが認められるが、これは、訴外ツヤの思い違いによる説明と認められる(証人三木ツヤ、甲一〇)から、右の事実によって本件遺言書とは別に、訴外俊雄作成の遺言書が存在すると認めるには足りない。)。

2  抗弁2(一)について

本件遺言書(甲二)は、その記載自体に照らし、遺言者である訴外俊雄の署名下に同人の押印が二個あり、その印影が一部重なっていることが認められる。

ところで、民法九六八条が自筆証書遺言に遺言者の押印を要求した趣旨は、氏名の自書とあいまって、遺言者本人を明らかにし、遺言が遺言者本人の真意にでたものであることを明確にするためであるところ、本件遺言書のように、二個の押印があっても、遺言者の識別に困難をきたすものでも、真意を確認することの妨げになるものでもないから、同人の押印が二個あることをもって本件遺言を無効とすることはできない。

なお、本件では、二個の印影の一部が重なっていることから、後にした押印が、消印として、前にした押印の効力を失わせるか問題になるが、民法上、遺言の取消しについて、遺言の方式に従うとされていること(民法一〇二二条)、遺言書の加除その他の変更について、遺言者がその場所を指示し、これを変更した旨を附記して特にこれに署名し、かつその変更の場所に印を押す旨規定されていること(民法九六八条)に照らし、前にした押印に一部重なる形で再度押印する行為が、前の押印の効力、ひいては遺言書の効力を失わせるものと解することはできない(本件遺言書が封入されていた封筒の裏面には訴外俊雄の署名と押印がなされており、これらが消去された痕跡は何ら見出せないから、遺言者が後にした押印が、消印として、前にした押印の効力を失わせるような意思を有していたとは到底考えられない。)。

したがって、抗弁2(一)の主張は失当である。

3  抗弁2(二)について

原告が訴外俊雄に圧力を加えて本件遺言書を作成させたことを認めるに足りる証拠はない。また、本件遺言書が訴外俊雄の真意に基づかないものと認めるに足りる証拠はない。

したがって、抗弁2(二)の主張は失当である。

4  抗弁3の事実は当事者間に争いがない。

三  再抗弁について

1  再抗弁1の事実(原告が被告に対し、本件土地の価額を弁償する旨申し入れ、本件第一八回口頭弁論期日(平成九年五月一日)において、遺留分の価額として金六〇六万三〇〇〇円を提供したこと)は当事者間に争いがない。

2  そこで本件土地の価額について検討する。

鑑定の結果によると、本件鑑定は詳細な一般分析、地域分析及び個別分析を行って、その最有効使用を一般住宅又は共同住宅の敷地と判定したうえ、本件土地に関して取引事例比較法及び収益還元法を併用して比準価格(平方メートル当たり五二万四〇〇〇円)及び収益価格(平方メートル当たり三六万六〇〇〇円)を求め、更に地価公示価格を基準として基準価格(平方メートル当たり四八万九〇〇〇円)を求めて、諸般の事情を考慮して収益価格は参考にとどめ、比準価格と基準価格を比較考量して、本件土地の平方メートル当たりの価格を五〇万七〇〇〇円と決定して、本件土地の更地価格を九一三六万円と評価したもので、その評価過程に特段不合理な点は見当たらず、右鑑定評価額である九一三六万円をもって、本件土地の更地価格と認めるのが相当である(被告は、本件土地の価額は一億一四六七万円であると主張するが採用することができない。)。

ところで、本件鑑定は、本件土地の更地価格に五パーセントの建付減価を施し、さらに本件土地上の建物が使用借権に基づいて存在しているものと考えて、使用借権減価を二〇パーセント行って、結局、本件土地の価格を六九四三万円と評価している。

一般に、地上に建物が存する土地の評価については、当該建物所有者の当該土地の利用権の種別・態様いかんにより相応の減価を考慮すべきものであるが、本件のように遺産分割ないしは遺留分減殺請求権の行使に対し価額弁償を行った結果として、建物の所有者である相続人が同建物の敷地である土地を取得した場合には、土地の所有者と建物の所有者が一致することとなり、結果として原告は使用権の負担のない土地を取得するにいたるのであるから、本件土地については使用権負担付きとして評価するのは相当でないものというべきである(なお、地上建物の敷地と当該地上建物の所有者が一致する場合には、その土地の価格はいわゆる最有効使用の状態での価格をもって相当とすべきものであるから建付減価をすることも相当でない)。

3  そうすると、本件土地の価額は更地価格である九一三六万円というべきであるから、被告に対する遺留分に相当する価額弁償の額は、右九一三六万円に被告の遺留分割合である一二分の一を乗じた金七六一万三三三三円というべきである。

しかるに、原告が本件土地の価額弁償として提供した金額は金六〇六万三〇〇〇円に過ぎないから、右原告の提供は価額弁償としての効力を生じないものといわざるを得ない。

4  もっとも、原告は、被告に対して右金六〇六万三〇〇〇円を超えて弁償をなすべき価額が判決によって確定されたときは、原告は被告に対し、これを速やかに支払う意思があると表明していること(再抗弁2、当裁判所に顕著な事実)に照らし、当裁判所は、これを適式の再抗弁として取扱い、本判決において右の弁償すべき価額を定めたうえ、その支払いがあることを条件として原告の申し立てに従い、本件所有権移転登記の、被告の持分六分の一を錯誤を原因として原告持分に更正する登記手続請求を認容すべきものと考える(最高裁第三小法廷平成九年二月二五日判決裁判所時報一一九〇号五頁参照)。

四  結論

以上の事実によると、原告の本件請求は、原告が被告に対して民法一〇四一条所定の遺贈の目的の価額の弁償として金七六一万三三三三円を支払ったときは、別紙物件目録記載の土地につき、東京法務局杉並出張所平成六年一二月一六日受付第四六一〇七号でなされ、同法務局同出張所平成七年二月二七日受付第六五六三号で更正された所有権移転登記の、被告の持分六分の一を錯誤を原因として原告持分に更正する登記手続きを求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官小久保孝雄)

別紙<省略>

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