東京地方裁判所 平成7年(ワ)6276号 判決 1996年8月30日
原告
合併前の株式会社フジサンケイグループ本社承継人
株式会社フジテレビジョン
右代表者代表取締役
日枝久
右訴訟代理人弁護士
渡部喬一
同
小林好則
同
小林聰
同
仲村晋一
同
松尾憲治
被告
黒須幸子
右訴訟代理人弁護士
野口政幹
同
鈴木祐一
同
西本恭彦
同
水野晃
主文
一 被告は、平成七年一月二六日付け文化庁第一四六五〇号で登録された別紙著作物の実名登録の抹消登録手続をせよ。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 吉田カツこと吉田勝彦(以下「吉田」という。)は、昭和六〇年三月ころ、原告から、原告を中心とするフジサンケイグループのステイタスシンボル決定のための指名コンペティションに参加すること及びステイタスシンボルを制作することの依頼を受けて、別紙記載の著作物(以下「本件著作物」という。)を創作した。
2 吉田は、昭和六〇年四月一五日、原告に対し、本件著作物の著作権を譲渡した。
3 原告は、昭和六一年四月一日、株式会社シーエックスエステートに対し、本件著作物について著作物存続期間満了日までの全世界での著作権(著作権法二七条、二八条に規定する権利を含む)を譲渡し、同年六月一六日、本件著作物の著作権譲渡の登録をした。
4 株式会社シーエックスエステートは、昭和六一年一〇月二〇日、株式会社エフシージーエステートに、株式会社エフシージーエステートは、平成三年二月八日、株式会社フジサンケイコーポレーションに、株式会社フジサンケイコーポレーションは、平成四年七月一日、株式会社フジサンケイグループ本社に、各商号変更した。
5 株式会社フジサンケイグループ本社は、平成七年四月一日、原告と合併し、同年七月三日、合併登記がなされた。
6 被告は、平成六年三月四日、本件著作物につき、実名登録の申請をし、平成七年一月二六日、被告のために実名登録がされた。
7 著作権原簿は著作権に関する公示機能を営んでおり、不実の記載により国民一般が不利益を被る。のみならず、真実の著作権者から正当に著作権を承継した原告は、被告の実名登録により著作権法七五条三項の推定を受けて円満な著作権の行使が制約されるうえ、原告は、本件著作物を原告及びその関連会社の総体であるフジサンケイグループのシンボルマークとして使用しているところ、被告が自己が著作権者であるとして内容証明を送付したり、調停で金銭の請求をするなどの行為をしたため、具体的不利益を被っているのであるから、不実の実名登録の抹消を求める利益がある。
8 よって、原告は、被告に対し、本件著作物につき、真実に反する実名登録の抹消登録手続を求める。
二 請求原因に対する認否及び被告の主張
1 請求原因1の事実は否認する。本件著作物を創作したのは、以下のとおり、被告である。
(一) 被告は、勉学の傍ら、通信教育で絵画・デザインの勉強をし、高校卒業後、株式会社キミサワ(静岡県三島市)の広報担当部門に勤務し、商品パンフレット、ポスターの作成業務に従事し、沼津市の広告代理店に勤務した後、現在は、都内及び近郊の広告代理店から注文を受け、商品パンフレットの制作を請負っている。
(二) 被告は、昭和六〇年三月二〇日ころの正午から午後三時の間に、埼玉県内で放映されたテレビ番組でフジサンケイグループのシンボルマークの募集を知った。
(三) 被告は、昭和六〇年三月二〇日ころ、本件著作物を次のような過程で創作したものである。
すなわち、全体の構図を被告が考え、本件著作物の外周の円及び上部の三本の線を、被告の子である黒須和也(当時三歳六か月)に丸定規を参考にさせながら黒マジックで描かせ、中心部の円を被告自身が赤で塗って、完成させた。
被告は、右のようにして創作した本件著作物を葉書に貼り付け、原告宛の住所を記載し、被告の母黒須より子に草加市松原郵便局から右葉書を投函させて、応募したものである。
2 請求原因2の事実は否認する。
3 請求原因3のうち、著作権の譲渡の事実は否認し、その余の事実は知らない。
4 請求原因4の事実は知らない。
5 請求原因5の事実は認める。
6 請求原因6の事実は認める。
7 請求原因7のうち、原告が本件著作物をフジサンケイグループのシンボルマークとして使用していること、被告が自己が著作権者であるとして内容証明を送付したり、調停で金銭の請求をするなどの行為をしたことは認め、その余の事実は否認する。前記1のとおり、被告が本件著作物を創作したのであるから、実名登録を抹消すべきでない。
第三 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載したとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1(本件著作物の創作者)について
1 いずれも成立に争いのない甲第一号証、甲第二五号証ないし甲第二八号証、いずれも弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第五号証、甲第六号証(原本の存在も含む)、甲第七号証、甲第一〇号証ないし甲第一三号証、甲第二九号証、甲第三〇号証の一ないし三に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) フジサンケイグループは、原告、株式会社産経新聞社、株式会社ニッポン放送を中心とした企業集団であるところ、昭和五九年一二月、グループのCI(コーポレート・アイデンティティ)確立に向けて、シンボルマークを制作することを計画した。
シンボルマークは、昭和六〇年七月のフジサンケイグループ会議の鹿内春雄議長の就任に合わせて制作する計画であり、シンボルマーク制作のため、フジサンケイグループ会議事務局に松本局長を中心として五名のメンバーが集まり、検討を重ねた結果、シンボルマークは「フジサンケイグループはメディア文化の覇権を目指す戦闘集団である」とのグループのスローガンをビジュアル化することであり、期間的にも予算的にも制約があるなかで、数人のアーティストによる指名コンペティション形式で制作することが決まった。なお、シンボルマークの制作は、部外者による不必要な関与を避け、グループのシンボルを突然に発表することによる衝撃的な効果をあげるため、七月まではフジサンケイグループのトップシークレットであった。
指名コンペの参加候補者としては、数人のアーティストの名前が残ったが、各アーティストとの間で納期や金額等の諸条件を交渉した結果、昭和六〇年二月下旬、イラストレーターの吉田、グラフィックデザイナーの福田繁雄、フジサンケイグループのデザインセクションである株式会社ニッポン・プランニング・センターが指名コンペに参加することとなり、同年三月一二日ころ、制作依頼の書面(甲第六号証)が送付され、同年四月には、原告と指名コンペの各参加者との間でシンボルマーク制作に関する契約書が締結された(甲第五号証、甲第二三号証)。
(二) 吉田は、大阪美術学校を卒業後、デザイナー、アートディレクターを経て「フリーランス・イラストレーター・カツ」と名乗るイラストレーターである。
吉田は、昭和六〇年二月末ころ、原告のフジサンケイグループ会議事務局のメンバーの一人である石田泰樹からシンボルマーク制作の依頼を受け、人に強い印象を与えるものとして、人間の目を描くことに決めた。吉田は、同年三月初めころ、黒のリキテックスを、鉛のチューブから直接スケッチブックに押し付け、大きな目玉を一気に描いた。吉田は、その後、締め切りまで多数の目を描いてみたが、最初に描いた目玉が一番いいとして、同年四月上旬、これを石田に渡し、プレゼンテーション用の印刷や立体化した像の制作を依頼した(甲第二九号証、甲第三〇号証)。
(三) 同年五月二日、原告のスタジオで、鹿内副社長、松本局長以下の委員会メンバー、制作者等の参加のもとでプレゼンテーションが行われ、シンボルマークには吉田の目玉マークが採用されることに決定した(甲第七号証)。
その後、シンボルマークは使用サイズや文字のレイアウトとの組み合わせにより線を太くしたものが必要であるため、吉田自身が線を太くして、本件著作物が完成したものである。
本件著作物は、同年七月一五日のグループの全体会議の会場で、グループ社員に初めて無名で公表された(甲第一号証)。
2 被告は、本件著作物を創作したのは被告である旨主張し、乙第三号証(被告作成の陳述書)及び被告本人尋問中には、①被告は、昭和六〇年三月二〇日ころの正午から午後三時の間に、埼玉県内で放映されたテレビ番組でフジサンケイグループのシンボルマークの募集を知った旨、②被告は、本件著作物の全体の構図を考え、本件著作物の外周の円及び上部の三本の線を、被告の子である黒須和也(当時三歳六か月)に丸定規を参考にさせながら葉書に黒マジックで描かせ、中心部の円を被告自身が赤で塗って完成させ、右葉書を原告宛送付して、応募したものである旨の部分がある。
しかしながら、
(一) 被告自身、フジサンケイグループのシンボルマークの募集を広告していたというチャンネルや番組名、採用された場合の賞品等を明確に供述していない。のみならず、そもそも、もしフジサンケイグループがシンボルマークを公募していたとすれば、傘下にテレビ、ラシオ、新聞、雑誌等多種の報道手段を擁するフジサンケイグループの各社が、テレビでだけ募集広告をするものとは考えられず、その傘下の新聞、雑誌等後日容易に調査できる報道手段によっても募集広告をするものと考えられ、また、プロのデザイナーであると、アマチュアであるとを問わず、その募集に関心を持って記憶に留め、あるいは自ら応募してその記録を保存している者も少なくないと考えられるのに、公募が行われたという被告の主張に沿う証拠は、被告作成の陳述書と被告本人尋問における被告の供述以外にはないこと、前記認定のとおり、当時シンボルマークの制作自体フジサンケイグループのトップシークレットであり、制作は指名コンペの形式でなされ、これを公募したことがなかったことに照らせば、シンボルマークの募集をしていたとの被告の前記①の陳述部分は信用できない。
(二) また、被告本人尋問の結果中には、三歳の子どもに、あらかじめ練習することなく、三枚の葉書にマジックで直接描かせた旨、デザイナーと自称する被告が、応募した作品の写しもとらなかった旨の部分があるが、その内容自体不自然な感じは否めず、書き損じたという葉書すらも提出していないことに照らせば、被告の前記②の陳述部分はたやすく信用できない。
そして、前掲甲第一〇号証ないし甲第一三号証、甲第二八号証、乙第三号証によれば、被告が吉田ないし原告に対し、本件著作物を創作したのが被告であるとして初めて抗議をしたのが昭和六二年であることが認められるところ、前掲甲第一号証、甲第一〇号証ないし甲第一三号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第七号証によれば、それ以前に、本件著作物が吉田によって制作され、フジサンケイグループのシンボルマークに採用される経過については、既に昭和六〇年八月一日付けの原告の社内報「メデイア軍団」、昭和六〇年八月三一日付けの埼玉リビングにも掲載され(甲第一〇号証ないし甲第一三号証、乙第七号証)、昭和六一年六月一六日、株式会社シーエックスエステートのため、本件著作物の著作権登録がなされていた(甲第一号証)ことによれば、被告の前記主張は採用できない。
3 以上のとおりであるから、本件著作物は、吉田が創作したものと認められ、被告が創作したものとは認められない。
二 請求原因2ないし6について
1 前掲甲第一号証、甲第五号証によれば、請求原因2の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。
2 前掲甲第一号証及び弁論の全趣旨によれば、請求原因3の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。
3 いずれも成立に争いがない甲第三号証及び甲第四号証によれば、請求原因4の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。
4 請求原因5、6の事実は当事者間に争いがない。
三 請求原因7について
請求原因7のうち、原告が本件著作物をフジサンケイグループのシンボルマークとして使用していること、被告が自己が著作権者であるとして内容証明を送付したり、調停で金銭の請求をするなどの行為をしたことは当事者間に争いがない。
ところで、実名の登録の制度は、著作者に無名、変名で著作物を公表する人格的利益を確保しつつ、当該著作物について法律上実名の著作物と同様に取り扱うためのものであり、実名の登録をすることができるのは、無名又は変名で公表された著作物の著作者であるから、無名又は変名で公表された著作物について著作者でない者のために実名の登録がされている場合、真の著作者は、その著作者としての人格権に基づき、真実に反する実名の登録の抹消を請求することができるものである。
そして、無名又は変名で公表された著作物の著作権者も、不実の実名登録の抹消登録手続を求めることができると解される。すなわち、実名登録の効果としては、著作権法五二条二項二号の規定により、同条一項の適用が排除され、実名の著作物と同様に著作者の死後五〇年まで著作権の保護期間が延長されること、著作権法一一八条本文の規定により、無名又は変名の著作物の発行者に認められる著作者又は著作権者のために自己の名をもってその権利を行使することが、同条但書の規定により許されないことのほか、著作権法七五条三項の規定により、実名登録がされている者が著作者と推定されることが挙げられる。これにより、真実の著作者でない者の名義により実名登録がされた場合には、著作権の保護期間計算の始期、終期が外見上不分明となること、当該著作物の著作権者は、その著作権行使に当たり、真の著作者による当該著作物の創作と、同人からの著作権の承継の説明、証明が必要になることや、実名登録名義人から著作者人格権に基づくと称する掣肘に対処する必要が生じる等法律上、事実上、円満な著作権行使を制約されることになる。このようなことを考慮すれば、無名又は変名で公表された著作物の著作権者も、真実に符合しない実名登録の存在による自己の不利益を排除するため、不実の実名登録の抹消登録手続を求めることができるというべきである。
これを本件についてみると、前記一、二に認定したとおり、無名で公表された本件著作物の真実の著作者は吉田であり、原告は、本件著作物の著作権者であるのに対し、被告の本件実名登録は真実に反するものであるから、原告は、被告に対し、本件実名登録の抹消登録手続を求めることができるものである。
四 結論
以上のとおり、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官西田美昭 裁判官池田信彦 裁判官髙部眞規子は、海外出張中のため、署名押印できない。裁判長裁判官西田美昭)