東京地方裁判所 平成7年(ワ)6461号 判決 1995年11月21日
原告
シャンボール白金管理組合
右代表者理事長
佐藤章英
右訴訟代理人弁護士
成田哲雄
被告
西園寺芳子
右訴訟代理人弁護士
吉利靖雄
被告
西園寺知子
主文
一 被告西園寺芳子と被告西園寺知子の間の別紙物件目録記載の建物についての使用貸借契約を解除する。
二 被告西園寺知子は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物から退去してこれを引き渡せ。
三 被告西園寺知子は、原告に対し、金二〇〇万円を支払え。
四 訴訟費用は、被告らの負担とする。
五 この判決第三項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
主文同旨
第二 事案の概要
一 本件は、建物の区分所有等に関する法律(以下「建物区分所有法」という。)三条の区分所有者の団体である原告が、区分所有者の一人である被告西園寺芳子(以下「被告芳子」という。)及び被告芳子の子であって被告芳子の専有部分(以下「本件専有部分」という。)を被告芳子から使用貸借して居住している被告西園寺知子(以下「被告知子」という。)に対し、被告知子が毎日のように本件専有部分のベランダ、室内等において野鳩に餌付けをし、飼育する行動を何年間も反復し、原告及び他の区分所有者らの抗議警告にも耳を貸さないで右行為を継続し、これにより、多数の野鳩が飛来して所構わず糞等をまき散らす等、その汚損、悪臭、騒音が他の区分所有者らの共同生活に多大の被害を与える状態を生ぜしめているとして、建物区分所有法六〇条一項に基づき、被告芳子と被告知子との間の使用貸借契約の解除を請求するとともに、被告知子に対し、本件専有部分の原告への引渡しを請求し、併せて、被告知子に対し、右の餌付け等の行動の反復継続に関する不法行為に基づく損害賠償を求めた事案である。
二 争いのない事実等
1 原告は、東京都港区白金六丁目三六八番地一所在のマンション「シャンボール白金」(昭和五四年三月入居開始。以下「本件マンション」という。)の区分所有者全員によって構成される管理組合であり、建物区分所有法三条の区分所有者の団体である(甲一、二、証人長崎和子)。
2 被告芳子は、昭和五四年三月以降、本件専有部分である別紙物件目録記載の建物の所有者である(甲一、証人長崎和子)。
3 被告知子は、被告芳子から昭和五四年三月ころ以降本件専有部分を使用貸借してそのころから独りで本件専有部分に居住している(甲一、証人長崎和子、弁論全趣旨)。
三 争点
1 被告知子が本件専有部分の占有を利用して野鳩に餌付けをし、これを飼育する等の行動を反復継続しているか。これが、区分所有者の共同の利益に反する行為であり、その行為による区分所有者の共同生活上の障害が著しく、他の方法によってはその障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難な場合に当たるか否か。(建物区分所有法六〇条一項、五七条四項並びに六条三項及び一項の該当性)
2 原告の被告芳子に対する本件訴えの提起について原告の総合決議があったか。
3 被告知子による右1の行動の反復継続が不法行為を構成するか。これにより原告に生じた損害の有無及び損害額。
第三 争点に対する判断
一 争点1(被告知子の行為の内容・建物区分所有法六〇条一項等の該当性)
1 証拠(甲一から甲九まで、甲一〇の1から5まで、証人長崎和子)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実が認められる。
(一) 被告知子は、平成元年ころから本件専有部分の南東にあるベランダの手摺に餌箱を取り付けて、野鳩に餌を与え始め、平成二年後半ころからベランダの窓を開放して室内で鳩の飼育をするばかりか、室内でも野鳩の餌付けを始めた。餌の投与は、毎日、昼過ぎ及び夕方とおおむね一定の時刻に行われている。
(二) このような被告知子の野鳩の餌付けにより、本件専有部分及びその付近に飛来する鳩の数は五〇羽を超え、その後もその数が増え続け、近時には一〇〇羽以上となり、そのおびただしい数の鳩が糞や羽毛を本件専有部分を中心とする上下左右の他の専有部分のベランダ及び本件マンションの付近の道路、家屋、植木等に所構わずにまき散らし、これらの場所を汚損し、洗濯物を戸外に干すことができず、屋根や雨樋に糞がつまり悪臭を放ち、羽毛にダニが発生し、更には時に鳩の死骸も散乱し、ベランダに野鳩が産卵し、また飛来する野鳩の羽音、繁殖期に発する鳴き声が静穏を著しく防げる等、本件マンション及びその付近の平穏かつ清潔な環境が損なわれる状況が生じている。
しかも、右の状況を理由として本件マンション付近の住民から原告及び本件マンションの他の区分所有者に対し抗議が出されて、原告らが困惑させられたほか、本件マンションの各専有部分の譲渡価格に関しても不動産業者が右の状況を価格低下の一因の如く言及する例も生じた。
(三) このような状態に対し、原告及び原告の理事会が、平成三年七月二四日、被告知子に対し警告書を送付して、野鳩の餌付けの禁止、餌箱の撤去等を求めたのを始め、それ以降も本件提訴に至るまで、原告及び原告の理事会から被告知子に対し野鳩の餌付けの禁止を求める警告が何回も発せられたが、被告知子は、これらを無視し、野鳩の餌付けを続行し、前記(二)の状況が現在も止んでいない。
(四) 原告は、平成五年一一月二五日及び平成六年三月二四日、被告芳子に対して、電話により前記(一)及び(二)の事実を告げ、被告知子に対して注意をするよう要求し、平成六年一一月一五日、当時の原告の理事長長崎、原告代理人成田弁護士、被告芳子及び被告芳子代理人吉利弁護士が、被告知子と話合おうとしたが、被告知子は、本件専有部分の三〇四号室内に閉じこもって、玄関のドアも開けず、母の被告芳子さえ室内に立ち入らせないため、話合いにもならなかった。
(五) 原告は、平成七年一月一九日、被告知子の本件専有部分の占有を終了させるための訴え提起の可否を議題とする総会が開催される旨及びその期日、場所等を被告知子に対して通知し、被告知子に意見陳述の機会を与えたが、被告知子の出席も意見陳述もないまま、平成二年二月一九日に開催された総会において、本件マンションの区分所有者及び議決権の四分の三以上の賛成をもって、右の訴えの提起を可とする決議が成立した(甲第三号証の三)。
2 右認定事実によれば、被告知子が数年間にわたり本件専有部分において野鳩の餌付け及び飼育を反復継続していること、被告知子のこれらの行為(以下「本件餌付け等」という。)を原因として本件マンション及びその付近におびただしい数の野鳩が毎日一定の時刻ころに飛来し、そのまき散らす糞、羽毛、羽音等により本件マンションにおける共同生活に著しい障害が生じていること、本件のマンションの他の区分所有者及び原告は何とか被告両名との交渉により被告知子の本件餌付け等をやめさせようと努力したが被告知子においては直接の話合いも、被告芳子を介しての話合いも頑なに拒んだ上本件餌付け等を続行していることが認められ、これらの事実からすると、被告知子の本件専有部分の占有を利用して行う本件餌付け等は、本件マンションの区分所有者の共同の利益に反する行為であり、その行為による区分所有者の共同生活上の障害が著しく、他の方法によってはその障害を除去して共用部分の利用の確保その他の区分所有者の共同生活の維持を図ることが困難な場合に当たるものといわざるを得ない。
二 争点2(被告芳子に対する本件訴えの提起についての総会決議の有無について)
被告芳子は、同被告に対する本件訴えの提起については、総会決議が行われていない旨主張するが、原告は、前記一、1、(五)の認定のとおり、本件専有部分についての被告知子の占有を終了させるための訴えの提起に踏み切ることを総会で決議したのであり、被告知子の本件占有部分についての占有を終了させるためには、被告知子の占有の基礎となっている被告芳子との間の使用貸借契約を解除せざるを得ない法律関係であるから、原告の右総会決議は、被告知子に対する本件専有部分の引渡の請求のみならず、被告知子及び被告芳子に対する両者間の使用貸借契約の解除の請求についても訴えの提起に踏み切ることを決議したものと認めるのが相当である。右総会の議事録の審議事項の記載は、担当した区分所有者の不慣れな表現にすぎず、これをもって右総会の決議が被告知子に対する提訴のみを可としたことの証拠と見ることはできない。
三 争点3(被告知子の行為の原告に対する不法行為性等)について
被告知子による本件餌付け等は、前記認定のとおり、本件マンションにおける共同生活上著しい障害を生ぜしめる原因となったものであり、かつ、原告が平成三年七月には警告書を送付して被告知子に対し、本件餌付け等をやめるように求めていたものであるから、被告知子としては、本件マンションの他の区分所有者及び付近住民に対してのみならず、原告に対しても、本件餌付け等を継続すれば損害を被らせるに至ることを、遅くとも右の平成三年七月ころまでには知り、又は知ることができたものといわなければならない。
それにもかかわらず、被告知子は、前記認定のとおり、その後も本件餌付け等を繰り返し、いよいよ多数の野鳩を飛来させ、もって、前記認定のとおり、本件マンションの他の区分所有者及び付近住民に被害を生ぜしめるとともに、証拠(甲四、甲九(甲一〇の1から5まで、証人長崎和子)によれば、原告に対し本件マンションの管理上多大な金銭上の損害を被らせたことが認められる。すなわち、被告知子の本件餌付け等の行為は、原告に対しても、不法行為を構成するものといわなければならず、原告がこれにより被った損害は、本件マンションの南側外壁の鳩糞汚損についての洗浄工事費用、本件訴訟の提起にかかる弁護士費用等に徴すると、その額は、二〇〇万円を下らない。
第四 結論
以上によれば、被告らに対し本件専有部分についての使用貸借契約の解除を請求するとともに被告知子に対し本件専有部分の引渡しを請求し、併せて被告知子に対し金二〇〇万円の不法行為損害賠償金の支払いを求める原告の請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官雛形要松)
別紙物件目録<省略>