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東京地方裁判所 平成7年(ワ)6883号 判決 1997年1月30日

原告

増田あえ子

外三名

右四名訴訟代理人弁護士

井上章夫

被告

佐々木嘉正

右訴訟代理人弁護士

児玉康夫

主文

一  被告は、原告増田あえ子に対し、金五五三万九五七八円、原告増田智明、原告相原敦彦及び原告涌井恵美に対し、それぞれ金一八三万九八五九円、並びにこれらに対する平成五年一〇月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、一〇分し、その一を被告の、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  原告らの請求

被告は、原告増田あえ子に対し、金五六六四万二四四一円、原告増田智明及び原告原田敦彦に対し、各金二億四八八九万八七一四円、原告涌井恵美に対し、金二億四七四九万八七一四円、並びにこれらに対する平成五年一〇月二五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、青信号に従って横断歩道を歩行中の増田喜八(以下「亡喜八」という。)に普通乗用自動車が衝突し、同人が死亡したことから、同人の遺族である原告らが、普通乗用自動車の保有者に対し、自賠法三条に基づき、損害賠償を求めた事案である。

二  争いのない事実

1  本件交通事故の発生

(一) 事故の日時 平成五年一〇月二四日午前一一時三〇分ころ

(二) 事故の場所 東京都練馬区高松五丁目一一番先路上

(三) 加害者 被告

(四) 加害車両 普通乗用自動車(練馬五二は二六七四、以下「被告車」という。)。

(五) 被害者 亡喜八

(六) 事故の態様 被告の運転する被告車が、青信号に従って横断歩道を歩行中の亡喜八に衝突し、亡喜八は死亡した。

2  責任

被告は、被告車を保有しているので、本件事故により原告らに生じた損害について自賠法三条に基づく責任を負う。

3  相続

原告増田あえ子(以下「原告あえ子」という。)は亡喜八の妻であり、同増田智明(以下「原告智明」という。)、同相原敦彦(以下「原告敦彦」という。)及び同涌井恵美(以下「原告恵美」という。)は亡喜八の子であり、右四名は、亡喜八の死亡により、同人をそれぞれ法定相続分に従って相続した。

三  争点(損害)

1  原告らの主張

(一) 治療費 一九万三五七〇円

(二) 文書料 四五〇〇円

(三) 葬儀費用

六六二万二五八三円

(四) 死亡逸失利益一九六三万円

(1) 六四歳から七三歳までの逸失利益

基礎収入を六四歳平均給与額(年額)三七五万二四〇〇円、生活費控除率を三五パーセント、現価算定に当たりライプニッツ係数を採用した。

3,752,400×(1−0.35)×7.1078=17,336,350

(2) 七四歳から八〇歳までの逸失利益

基礎収入を九四万二七九二円、生活費控除率を三五パーセント、現価算定に当たり、ライプニッツ係数を採用した。

942,792×(1−0.35)×(10.8377−7.1078)=2,285,737

(1)及び(2)の合計金額を繰上げて一九六三万円とした。

(五) 慰謝料 一億円

(1) 原告あえ子 四〇〇〇万円

(2) その余の原告ら各二〇〇〇万円

(六) 相続税相当額

六億八五六八万一五〇〇円

(1) 原告あえ子八五一万三九〇〇円

(2) 原告智明及び同敦彦

各二億二六一八万九二〇〇円

(3) 原告恵美

二億二四七八万九二〇〇円

亡喜八は、練馬区高松五丁目四六三八番地四、四六三七番地四、四六三七番地五所在鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根地下一階付七階建事務所駐車場等(以下「本件ビル」という。)を建築し、平成五年五月三一日、本件ビルの引渡しを受けてこれを取得していたところ、本件交通事故により死亡したため、原告らが本件ビルを含む土地建物等を相続した。ところで、租税特別措置法六九条の四及び財産評価基本通達八九によれば、相続税の課税価格に算入すべき価額は、被相続人が建物を取得して三年以内に相続が発生した場合には、建物取得価額によって算定すべきであるが、被相続人が建物を取得して三年経過後に相続が発生した場合には、建物の固定資産税評価額によって算定されることになる。仮に、亡喜八が本件ビルを取得して三年を経過した後に相続が開始された場合には、本件ビルの固定資産税評価額が二三億二四二六万八七〇〇円であることから、これを基礎として、本件ビルの相続税評価額一六億二六九八万八〇九〇円を算出し、さらに他の積極及び消極財産について所定の算定を行うと、原告らの全相続税額は零となる。しかし、亡喜八が本件ビルを取得して三年を経過する前に相続が開始されたために、本件ビルの取得額が四三億〇九二七万八九四四円であることから、これを基礎として、本件ビルの相続税評価額を算出し、さらに他の積極及び消極財産について所定の算定を行った結果、原告らの全相続税額は、六億八五六八万一五〇〇円となり、原告ら各自の相続税額は、(1)ないし(3)のとおりとなった。亡喜八が本件交通事故に遭わなければ、同人は平均余命までの一七年間生存することができ、原告らは右の金額の相続税を課されることはなかったにもかかわらず、本件交通事故により亡喜八が死亡したため原告らはそれぞれ右の金額の相続税を課されたのであるから、右相続税相当額は本件交通事故と相当因果関係ある損害である。

(七) 損害の填補

三三九七万八〇七〇円

(八) 弁護士費用

二三七八万四五〇〇円

(九) 合計

(1) 原告あえ子

五六六四万二四四一円

(2) 原告智明及び同敦彦

各二億四八八九万八七一四円

(3) 原告恵美

二億四七四九万八七一四円

2  被告の主張

(一) 文書料については不知、葬儀費用、死亡逸失利益及び近親者慰謝料については争う。

(二) 相続税相当額については否認する。

相続税相当額についての原告らの主張は、主張自体失当である。すなわち、相続税は法律を根拠とするものであること、納税は国民の義務であることからして、これを損害と観念することはできない。また、仮にこれを損害と仮定したとしても、相続税は、被相続人にではなく相続人に課されるものであるから、それは相続人固有の損害であり、民法七一一条の反対解釈上、賠償請求の余地はない。相続税を損害として仮定するならば、被相続人の死亡により、相続人には相続税というマイナスが生じている一方で、相続財産の取得というプラスも生じているから、これを損益相殺すべきことになるところ、相続財産の評価額の方が相続税を超過する場合には、損益相殺は慰謝料等の本来の賠償費目まで減殺していくことになってしまうという不合理な結果となる。さらに、仮に相続税相当額が損害であったとしても、それは特別損害であって到底予見不可能であるから、社会通念上相当な損害とは認められず、本件交通事故と相当因果関係がない。

第三  当裁判所の判断

一  損害額

1  治療費 一九万三五七〇円

当事者間に争いがない。

2  文書料 四五〇〇円

甲二三及び三二により右金額を認める。

3  葬儀費用 一二〇万円

本件交通事故と相当因果関係ある葬儀費用として、右金額を認める。

4  逸失利益

一七六五万九一五六円

(一) 甲一の1、二四、三四、四三及び原告増田智明本人尋問の結果によれば、亡喜八は、本件交通事故当時六四才であり、農業を営むほか、アパート経営に従事し、さらに、有限会社増田精機製作所の代表取締役に就任していたことが認められる。ところで、右に伴う収入はいずれも労務の対価ということはできないが、亡喜八は、本件交通事故に遭わなければ、平均余命の一七年の約二分の一である六四歳から七三歳までの九年間、毎年、平成五年度賃金センサス男子労働者・学歴計・六五才以上の平均賃金程度の三六八万三六〇〇円(現に受給していた国民年金分四七万九二〇〇円も含めて認定した額である。)を取得することができたと推認され、生活費控除率を四〇パーセントとし、ライプニッツ方式により中間利息を控除して、その逸失利益を算定すると、左の金額となる。

3,683,600×(1−0.4)×7.1078=15,709,375

(二) また、亡喜八は、七四歳から八年間、本件交通事故に遭わなければ、国民年金老齢基礎年金額である七八万〇〇〇〇円(法定額を認定した。)を取得することができたと推認されるので、生活費控除率を四〇パーセントとし、ライプニッツ方式により中間利息を控除して、その逸失利益を算定すると、左の金額となる。なお、亡喜八は、年金収入以外に家賃等相当額の収入を得ることができるものと認められ、そうだとすると年金のすべてを生活費に支出するものと解するのは相当でないので、生活費控除について、(一)と同率である四〇パーセントとすることとした。

780,000×(1−0.4)×(11.274−7.1078)=1,949,781

5  慰謝料 二五〇〇万円

亡喜八の年齢、家族構成、本件交通事故の態様等、本件訴訟に顕れた一切の事情を考慮すると、同人の死亡による慰謝料としては、二五〇〇万円を認めるのが相当である。

6  相続税相当額    なし

原告らは、本件交通事故がなければ、亡喜八は本件ビルを取得後三年を超えて生存することができ、その場合には原告らに課される本件ビルに係る相続税は零円であったところ、本件交通事故によって亡喜八が本件ビルを取得後三年以内に死亡したために、約六億八五〇〇万円もの相続税の支払を余儀なくされたとして、右相続税額を本件交通事故と相当因果関係のある損害であると主張する。

しかし、原告らの右主張は、以下のとおり失当である。

すなわち、相続人が支払義務を負うに至った相続税については、そもそも、これを損害とみることはできない。相続又は遺贈(以下「相続」という。)により財産を取得した者は、取得した財産の価額を基礎として計算した所定の額について、相続税の支払義務を負う。そして、相続税の額は、相続により取得した積極財産の価額から債務等を控除して得た額に所定の率を乗ずることによって算定される。交通事故のように、第三者の不法行為が原因となって、相続が発生したような場合であっても全く同様であり、相続人は、相続が発生した結果、相続財産を取得し、その額から債務等を控除して、なお、残余額がある場合には、これに所定の率を乗じて得られる相続税額を負担することになる。右のとおり、相続税の支払義務は、相続によって財産を取得したことを前提とするものであるから、財産の取得という側面を全く考慮することなく、支払義務の側面のみをとらえて、交通事故によって死亡した者の相続人が負担する相続税を、交通事故によって相続人に生じた損害と解することは相当でない。

したがって、相続人の負担する相続税は、そもそも、不法行為と因果関係のある損害ということができないのであるから、仮に、本件交通事故により、亡喜八の死亡の時期が早まったために、亡喜八が本件ビルの取得から三年を超えて生存した場合と比較して、原告らが多額の相続税を負担する結果となったとしても、その差額相当分が本件交通事故と因果関係のある損害には当たらないのは当然というべきである。

のみならず、仮に、損害とみる余地があったと考えても、前記のとおり、相続人の負担する相続税の額は、相続が発生した時における被相続人の財産の状態、相続人の取得する財産の状況等によるのであるから、亡喜八が本件交通事故に遭遇しなかった場合に、原告らが相続税を負担しないことになるか、或いは相続税を負担するとして幾程の額を負担することになるかは、必ずしも明らかではないというべきであり、そうである以上、未だ、損害が発生したということもできない。

以上のとおり、原告らの主張は失当である。

7  小計 四四〇五万七二二六円

二  損害の填補

三三九七万八〇七〇円

三  填補後の金額

一〇〇七万九一五六円

これを、法定相続分に従って配分すると、左の金額となる。

(一)  原告あえ子

五〇三万九五七八円

(二)  原告智明、同敦彦及び同恵美 各一六七万九八五九円

四  弁護士費用

本件事案の内容、審理の経緯等、本件事故に顕れた一切の事情を考慮すれば、原告あえ子につき五〇万円、同智明、同敦彦及び同恵美に対し、それぞれ一六万円を認めるのが相当である。

五  合計

(一)  原告あえ子

五五三万九五七八円

(二)  原告智明、同敦彦及び同恵美 各一八三万九八五九円

第四  結論

以上によれば、原告らの被告に対する請求は、原告あえ子に対し、金五五三万九五七八円、同智明、同敦彦及び同恵美に対し、それぞれ金一八三万九八五九円、並びにこれらに対する平成五年一〇月二五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余の請求はいずれも理由がない。

(裁判長裁判官飯村敏明 裁判官竹内純一 裁判官波多江久美子)

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