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東京地方裁判所 平成7年(ワ)70366号 判決 1995年11月28日

原告

株式会社サイシン企画

右代表者代表取締役

荻野武士

右訴訟代理人弁護士

三枝基行

被告

株式会社セントルイス

右代表者代表取締役

寺本和裕

右訴訟代理人弁護士

吉峯啓晴

松本美代子

中里妃沙子

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  申立て

被告は、原告に対し、金三五二万四一〇〇円及びこれに対する平成七年九月二九日から支払い済みに至るまで年六パーセントの割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告に対し、振出人としての手形金請求と本件訴状送達の日の翌日以降の商事法定利率の遅延損害金の支払を求めた事案である。

一  原告が裏書の連続する別紙約束手形目録記載の約束手形(以下「本件手形」という。)を所持していること、及び被告が本件手形に振出人として記名したことは争いがない。

二  争点

本件の争点は、本件手形において、被告の振出人としての署名(記名捺印)において、署名に必要な捺印がなされているといえるか否かである。

第三  争点に対する判断

一  甲第一号証の一及び弁論の全趣旨によれば、被告の手形振出権限を有する者が、別紙のように、本件手形の振出人欄に、横書で

「東京都渋谷区神宮前二丁目六番十

株式会社セント・ルイス

代表取締役 寺本和裕」

と記名し、金額欄に被告代表者個人の印章(「寺本」)により捺印(以下「金額確認印」という。)をし、本件手形用紙と収入印紙との間に右印紙の消印として被告代表者印により押捺(以下「代表者消印」という。)をしたことが認められる。

二 ところで、署名が必要とされる理由は、手形行為者の同一性を識別するための客観的理由と、手形債務を負担することを十分考慮して慎重に手形行為をなすことを自覚させるための主観的理由にあると一般に解されており、また、署名に自署と対等に記名捺印が含まれる(手形法八二条)理由は、わが国では、書面上に意思表示をする際、意思表示を確認する意味で、署名の一部として自署または記名と一体として捺印されることが、慣習上特に重視されていること、そして、常に自署を要求することが事実上も不便・困難であることによるとされている。

そこで、約束手形の振出人の署名について考えると、記名捺印においての捺印は、通常、記名の後に振出人として手形面上の手形債務負担の意思表示(以下「振出意思」という。)を確定させる趣旨でなされるものであるから署名(特に主観的理由)にとって重要な要素であり、記名と一体として手形面上に顕出されることによって、自署と対等の署名と評価されるものと考えられる。

三  さて、振出署名においては、手形表面の、振出人欄の付近に横書の記名の右端に捺印されるのが通常であり、この場合の捺印の位置が、記名と一体となって振出意思を最も端的に手形面上に表わしている場合であるといえる。

しかし、振出署名(記名捺印)の位置については、手形法上定めがなく、捺印の位置が、振出人欄付近の記名と多少離れている場合でも、客観的に見て、振出意思を確定させる意味で記名と一体としてなされた捺印であると見られる場合には、前記の署名を手形要件とした理由に欠けることがないから有効な振出署名と解される。

そこで、本件手形面上の捺印が、記名と一体となって振出意思を確定させるものと言えるかを検討する。

四1  甲第一号証の一によれば、別紙のように、本件手形は統一手形用紙を用い、その表面の捺印は、金額確認印と代表者消印以外には存在せず、振出人欄には前記の被告の社判による記名のみが存在し、振出人欄の「代表取締役寺本和裕」の右端から金額確認印までは、約三センチメートル離れていることが認められる。

2(一)  まず、金額欄右端の捺印は、一般に、手形振出に当たって手形額面金額の確認を示すことを目的とするから、手形取得者は、一般に、金額確認印を右目的の捺印と認識するものと考えられる。

ところで、金額欄右端の捺印は、通常、手形の振出を前提とするものであると考えられることから、捺印の状況によっては、金額欄右端の捺印が手形金額の確定を目的とするだけでなく、振出意思を確定させる意味での捺印としても見られないか、一応問題となりえよう。

この点、企業において金額欄右端の捺印は経理担当者が手形金額を確認したとの趣旨で担当者の印章であることが明らかな印章(小さな認印が多く、代表者印や代表者の個人印とは異なる印章によってなされるのが一般である。)でもって押捺されている場合がしばしば見受けられ、かような場合は、振出意思を確定させる意味での捺印と見られないことは明らかであろうが、本件手形においては、甲第一号証の一及び弁論の全趣旨によれば、金額確認印は、被告代表者寺本和浩の個人印であり、「寺本」と刻印された直径約一一ミリメートルの一般に使用させる認印の大きさの丸印であるから、手形取得者からすれば、経理担当者の認印ではなく、代表者が振出署名(記名捺印)の段階で代表者個人印を押捺したと認識することもあり、その場合、振出意思の確定の意味もあって押印したと認識することもないとはいえない。

ただし、本件手形では、代表者消印と金額確認印が異なり、金額確認印として代表者印ではなく個人印が用いられていることからすると、金額確認印として特に個人印で捺印したものと推測されるから、金額確認の目的だけで捺印したものと一般に理解されるものと考えられる。

そして、前記の金額確認印と振出人欄の代表取締役名の右端との距離からすると、一層、振出人欄の記名とは関連性がないものと理解されよう。

(二)  次に、収入印紙と本件手形用紙との間になされた捺印は、消印を目的とし、代表者消印も消印を目的とすることは明らかである。

ところで、甲第一号証の一によれば、代表者消印が被告代表者印であることが容易に了解できるところ、手形の収入印紙に消印を押捺するということは、手形を流通におくことを前提とするところ、約束手形の振出人の代表者印によって右消印がなされている意味は、通常、代表者印を使用できるのは代表権限を有する者かその委任を受けた者に限られるから、手形取得者が、振出人たる会社の振出権限者がその約束手形を振出すことを前提としたうえで捺印したもので、振出意思の確認の意味もあると認識する余地がないではない。

ただし、手形の印紙の消印として代表者印が用いられることは、通常見受けられることであり、その場合にも、殆ど例外なく横書の振出人欄の記名の右端に右代表者印が押捺されていることは当裁判所に顕著な事実であるから、通常、代表者消印をもって、印紙の消印以外の目的をもって押捺したものと理解されることはないと考えられる。

3  右2の検討によれば、本件手形を、手形取得者の通常の理解を前提として、客観的に観察すると、金額確認印は金額確認だけを目的とした可能性が極めて高いものと見られ、振出人欄の記名と一体の捺印として振出意思を確定させるものとは見られず、また、収入印紙の消印は代表者印が使用されることは通常見受けられることであり、その場合にも殆ど例外なく振出人欄の記名捺印に右代表者印が押捺されていることからすると、右金額確認印及び代表者消印をもって、記名と一体となって振出意思を確定させる捺印であるとは見られないというほかない。

4  そうすると、本件手形においては、振出人欄の記名に続いて振出意思を確定する意味でその記名の右端に代表者印(消印に代表者消印が用いられているので、本件手形においても記名と一体としての捺印は代表者印が予定されていたと推測される。)を押捺することが予定されていたが、何らかの事情によって、振出人欄の記名に続いてその右端に捺印することを失念し、記名と一体となる捺印を欠いたまま振り出してしまったものと理解するのが最も自然で客観的な理解であろう。

5  以上の検討の結果によれば、本件手形は、手形要件である振出人の署名(記名捺印の捺印)を欠く約束手形であるということになり、無効な約束手形というほかない。

五  以上によれば、その余の点を判断するまでもなく原告の請求は理由がないこととなるから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官髙橋光雄)

別紙<省略>

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