東京地方裁判所 平成7年(行ウ)117号 判決 1996年8月15日
原告
安井光顕
被告
中央労働委員会
右代表者会長
萩澤清彦
右指定代理人
青木勇之助
同
花見忠
同
田村智行
同
井上博夫
同
瀬野康夫
被告補助参加人
三重近鉄タクシー株式会社
右代表者代表取締役
酒井文雄
右訴訟代理人弁護士
木村多喜雄
同
奥谷浩
同
吉住健一郎
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用及び参加によって生じた費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が原告に対し、平成五年(不再)第三四号事件(初審三重地労委平成四年(不)第一号事件)について、平成六年一二月二一日付けでした命令(以下「被告命令」という。)を取り消す。
第二事案の概要
本件は、タクシー会社である被告補助参加人(以下「会社」という。)に運転乗務員として勤務していたが諭旨解雇された原告が、右解雇は労働組合員として時間外勤務制度に強く反対して監督官庁に申告するなどの活動をしていた原告を嫌悪して排除する目的でなされたものであり、不当労働行為に当たると主張して、被告命令の取り消しを求めるものである。
一 争いのない事実
1 当事者
原告は、昭和五五年一二月に会社に入社し、平成四年四月二一日付けで諭旨解雇(以下「本件解雇」という。)されるまでの間、四日市営業所において運転乗務員として勤務しており、また、会社の従業員で組織する三重近鉄タクシー労働組合(以下「組合」という。)の組合員として、組合四日市支部(以下「四日布支部」という。)の支部長、組合の中央委員会の議長を歴任したほか、本件解雇時には、四日市支部の副支部長、組合の中央委員会の副議長の職にあった。
会社は、主としてタクシー事業を営んでおり、平成四年当時の従業員数は約五九〇名で。うち四日市営業所の従業員は約七〇名、運転乗務員は約六〇名であった。当時適用されていた会社の社員就業規程(以下「本件就業規則」という。)は別紙(略、以下同じ)一のとおりである。
2 従前の勤務形態と原告の活動等
原告が入社した当時、四日市営業所では、「定歩」と呼ばれる時間外労働や二四時間拘束勤務が含まれる一週間の平均拘束時間を七二時間とする交番表による勤務が行われており、また、運転乗務員の希望により、交番表の空白時間や非番、公休日等を利用して歩合制による特勤という勤務が行われていた。
原告は、昭和五七年ころから四日市営業所の有志で組織する「職場を良くする会」に参加し、会社に対し、長時間拘束勤務や特勤制度の是正を申し入れるとともに、四日市労働基準監督署(以下「監督署」という。)に対し、繰り返し申告活動を行い、会社は、同年五月、監督署の改善勧告を受けて特勤制度を一時的に廃止した。
会社は、昭和六〇年八月、運転乗務員の具体的な労働時間は各営業所毎に交番表に定めること、「純手待時間」を「定歩時間」に書き換えることなどを内容とする社員就業規程の改訂を行った(以下、改訂された社員就業規程を「旧就業規則」という。)。
原告は、昭和六二年六月から七月にかけて、二四時間拘束勤務の際に四回にわたり会社所定の早退手続をせずに勤務時間の途中で帰宅したことを理由に会社から三回乗務停止(合計六日間)の懲戒処分を受けた。原告は、右処分が不当労働行為であるとして三重県地方労働委員会に救済命令の申立てをしたが、平成元年三月二九日に棄却され、被告に対する再審査の申立ても平成二年一〇月一七日に棄却された。
原告は、昭和六三年五月、四日市営業所の運転乗務員数名とともに、津地方裁判所四日市支部に定歩時間における割増賃金の支払を求める訴訟を提起したが、平成四年三月二七日請求棄却の判決があり、原告らはこれを不服として控訴したが、名古屋高等裁判所は平成六年七月一五日控訴棄却の判決をした。
原告は、平成四年三月三一日で期限が切れるいわゆる三六協定の更新が問題になった際にも、定歩時間を勤務しないときに早退届を提出させるという扱いを改めることを条件として、それが確認されるまでは協定更新に同意できないなどと主張して、四日市支部としては三六協定の更新に反対の意向を表明していた。
3 平成三年三月二一日以降の勤務形態
昭和六二年九月の労働基準法(以下「労基法」という。)の改正による労働時間の短縮に伴い、会社は、平成三年三月二一日、旧就業規則を本件就業規則のとおりに改訂し、同日以降、本件就業規則四九条に基づく四日市営業所における運転乗務員の交番表(以下「一般用交番表」という。)を別紙二のとおり作成し、また、原告の個人的事情を考慮して、他の運転乗務員とは別に日勤勤務のみの勤務形態による交番表(以下「原告用交番表」という。)を別紙三のとおり作成した。
4 本件解雇に至る経過
(一) 本件就業規則六七条には、社員が早退するときは、あらかじめ所属長に願い出て許可を受けなければならないと定められているが、原告は、所定労働時間とは法定労働時間である八時間であるから、原告について定められた勤務交番表のうち、休憩時間及び所定労働時間を超える拘束時間は労基法違反であるとして、平成四年四月一一日から同月一九日までの間、休日及び休暇(合計二日)を除く連続七日間、一八時前に勤務を終了し、会社所定の早退届を提出せず帰宅した。
(二) これに対し、会社は、会社の拘束時間には時間外の労働時間も含まれ、原告については、拘束時間は、所定内時間八時間、休憩時間二時間、時間外二時間の一二時間であり、これによれば原告は一八時まで勤務を要するものであるとし、これ以前に勤務を終了する場合は本件就業規則所定の早退届を提出する必要があると考え、その都度、原告に対し早退届を提出するよう注意、説得を行い、その間二回にわたって文書で注意を促したが、原告がこれに応じなかったため、同月二〇日には会社の本社において、宮本総務部長、神崎四日市営業所副所長が同席のうえ、日置四日市営業所長から早退手続の定めを守るよう説得を試みたが、原告は、「早退届の提出義務はない。」と反発し、「今後も一切提出しない。」と述べた。
(三) 会社は、同月二一日、本件就業規則一〇四条一号、三号及び四号並びに一〇五条一号、二号及び三二号により、原告を本件解雇処分とした。原告は、同月二二日、会社に出社して本件解雇の処分書を受け取った。会社は原告に対し、解雇予告手当金二二万六三五六円及び退職金三七万〇七九〇円を支払おうとしたが、原告が受領を拒否したため、同日、右各金員を供託した。
5 不当労働行為救済申立て
原告は、本件解雇は、労働組合法七条一号の不当労働行為であるとして三重県地方労働委員会に対し、救済申立てを行ったが、同委員会は、平成五年八月二〇日、別紙四のとおり原告の申立てを棄却する命令をした。そのため、原告は被告に対し、再審査の申立てをしたが、被告は、平成六年一二月二一日、別紙五のとおり、原告の再審査申立てを棄却する命令をした。
二 争点
1 原告の主張
会社のした本件解雇は不当労働行為であり、被告命令には、事実認定及び不当労働行為の判断において、次に述べる違法事由が存在するから、取り消されるべきである。
(一) 会社は、平成三年三月二一日、本件就業規則を改訂するに際し、旧就業規則にあった拘束時間内の時間外労働時間を意味する「定歩時間」の制度を廃止した。現に、会社は、本件就業規則に基づく一般用及び原告用交番表に始業時刻と終業時刻を明記した。すなわち、右の各交番表にいう「自」とは始業時刻のことを指し、「至」とは終業時刻のことを指す。そして、本件就業規則六条には、「勤務時間」の定義として、「特に定める場合のほか、所定の始業時刻から終業時刻までの拘束時間をいう。」と定められている。
原告は、平成四年四月一一日から同月一九日までの間、同月一五日の休日及び一六日の休暇を除いて、いずれも原告用交番表の「勤務時間」に就労し、終業時刻以降、すなわち、所定労働時間後に退社したものであり、何ら早退した事実はなく、したがって、早退届を提出しなかったからといって解雇されるいわれはない。
(二) 本件解雇は、解雇事由が存在しないにもかかわらず、会社が違法な定歩時間制度を維持するために、右制度に反対する原告を会社から排除する目的でなされたものであり、不当労働行為である。
2 被告の主張
被告命令は、労働組合法二五条、二七条及び労働委員会規則五五条の規定に基づき、適法に発せられた行政処分であって、被告の認定した事実及び判断に誤りはない。
3 会社の主張
会社のした本件解雇は、次に述べるとおり適正な処分であり、不当労働行為には当たらない。
(一) 会社は、平成三年三月二一日、昭和六二年の労基法の改正に伴う法定労働時間の短縮に伴い、旧就業規則を改訂するとともに、組合との間で、運転乗務員の一週の労働時間を拘束七〇時間、所定内四六時間、休憩仮眠時間一二時間、時間外一二時間とし、具体的な労働時間は各営業所毎に定める交番表による旨の労働協約(以下「本件拘束時間協定」という。)を締結し、一般用及び原告用交番表を作成して監督署に届け出た。なお、原告用交番表に定められた原告の拘束時間は、平成元年二月九日労働省告示第七号「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」で定められた拘束時間(一日一三時間、一か月三二五時間)の範囲内であるから、合理的な内容のものである。
ところで、本件就業規則五五条には、会社は労働組合と協定のうえ、社員に四八条の就業時間を超えて勤務させることがある旨が定められている。会社は、平成四年三月三一日、組合との間で時間外労働及び休日労働に関する協定(以下「本件三六協定」という。)を締結し、同年四月一日、右協定書を監督署に提出した。
したがって、原告は、原告用交番表に定める「時間外」についても、勤務する義務があるというべきである。
(二) 右のとおり、原告は、原告用交番表で定められた拘束時間中は、それが時間外であっても勤務する義務があるところ、その拘束時間内に早退する場合には、本件就業規則六七条の「勤務中」に「早退する」場合に該当するから、原告は、所属長に対して所定の早退届を提出する義務があるというべきである。
(三) しかるに、原告は、平成四年四月一一日から同月一九日までの間、都合七回にわたり早退届を提出しないまま早退を繰り返し、会社の再三にわたる早退届の提出勧告に対しても、それを履行する姿勢を全く示さなかった。そして、この過程において、原告の行動が四日市営業所の他の運転乗務員から注目され、「早退するのに早退届は要らないのか。要らないのなら私達も出さない。」といった声があがり始めていた。
そこで、会社は、原告の本件の一連の行動が会社の秩序を乱すものであり、本件就業規則一〇五条の諭旨解雇ないし懲戒解雇事由に該当すると判断し、本件解雇に及んだものであり、原告の組合活動を理由とする処分ではない。
第三争点に対する判断
一 まず、原告の就労義務の存否について判断する。
前記争いのない事実によれば、本件就業規則四八条及び四九条において、就業時間などに関する定めをし、五五条において、会社は業務上の必要性があれば組合と協定のうえで社員に対し、四八条の定める就業時間を超える時間外勤務を命ずることがあると定めており、本件就業規則に時間外労働制度が定められていることは明らかである。
そして、前記争いのない事実及び証拠(<証拠略>)によれば、会社は、平成三年三月二一日、組合との間で本件拘束時間協定を締結したこと、平成四年三月三一日、組合との間で本件三六協定を締結して翌四月一日監督署に届け出たことが認められる。
したがって、原告は、会社から交番表の交付を受けたことにより、右交番表のいう拘束時間についての就労を命じられたとみるべきであり、原告用交番表の「時間外」を含む拘束時間全体について、就労義務を負っていたというべきである。
二 次いで、早退届の提出については、前記争いのない事実及び証拠(<証拠略>)によれば、本件就業規則六七条に社員の早退に関する定めがあり、会社は、早退の際、運行状況を正確に把握・管理するため、また、給与計算の簡便性から、所定の用紙による早退届の提出を求めていたこと、これは原告が入社する以前から行われており、原告以外の運転乗務員との間では特に問題となることはなかったし、原告自身も昭和六二年に乗務停止処分を受けて以来、早退するときは所定の早退届を提出していたことが認められる。
右認定の事実によれば、原告用交番表の「時間外」労働は本件就業規則六七条にいう「勤務中」に該当すると解され、また、会社が所定の早退届の提出を求めることは合理的理由があるから、原告が右「時間外」に退社する場合、会社に対し、早退届を提出する義務があったというべきである。
三 ところで、前記争いのない事実によれば、原告は、これまでに組合において四日市支部長、中央委員会の議長を歴任したほか、本件解雇当時、四日市支部の副支部長及び中央委員会の副議長を務めていたこと、原告は、昭和五七年ころから、定歩時間制度など会社の長時間労働に反対して監督署等への申告活動を行っていたこと、昭和六二年の本件と同様の早退届の不提出による乗務停止の懲戒処分に対し、右処分が不当労働行為であるとして三重県地方労働委員会に対し救済申立てを行ったこと、昭和六三年、四日市営業所の運転乗務員らとともに会社に対し、定歩時間における割増賃金の支払を求める訴訟を提起したこと、本件三六協定の締結の際、原告が中心となり四日市支部として同協定の締結に反対していたことが認められ、原告は、会社の労働時間制度などに関し、四日市支部の組合員として積極的な組合活動を行っていたものである。
しかしながら、先に判示したとおり、原告は、原告用交番表の「時間外」について就労義務があり、また、早退の際には早退届の提出義務を負っていたと解すべきところ、前記争いのない事実によれば、平成四年四月一一日から同月一九日まで、会社からその都度早退届を提出するよう注意、説得され、その間二回にわたり文書で注意を促されたにもかかわらず、右「時間外」については就労義務はないから早退届の提出義務はないとの確信のもとに、都合七回にわたり、早退届を提出することなく退社を繰り返したというのである。そして、証拠(<証拠略>)によれば、この過程において、原告の行動が四日市営業所の他の運転乗務員から注目され、「早退するのに早退届は要らないのか。要らないのなら私達も出さない。」といった声があがり始めていたし、加えて、原告は、昭和六二年にも本件と同様の問題を起こし、三回もの乗務停止の懲戒処分を受けていたこともあって、会社は原告の右一連の行動が会社の秩序を乱すものであり、本件就業規則一〇五条の諭旨解雇ないし懲戒解雇事由に該当すると判断して本件解雇に及んだものであることが認められる。
以上の本件解雇に至る経過に照らせば、原告が前記のとおり従来積極的な組合活動を行っていたからといって、会社が原告の組合活動を嫌悪して原告を排除する目的で本件解雇を行ったとは到底認めることはできず、他に本件解雇が不当労働行為に該当すると認めるに足りる証拠はない。
四 よって、本件解雇は不当労働行為に該当しないとした初審命令を維持した被告命令の認定及び判断には、原告の主張するような違法は認められないから、原告の請求を棄却して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 萩尾保繁 裁判官 白石史子 裁判官 島岡大雄)