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東京地方裁判所 平成7年(行ウ)206号 判決 1997年10月30日

原告

池田敦子

右訴訟代理人弁護士

岡村親宜

望月浩一郎

右訴訟復代理人弁護士

佐久間大輔

被告

地方公務員災害補償基金

東京都支部長

青島幸男

右訴訟代理人弁護士

大山英雄

主文

一  被告が、平成五年八月三〇日付けでした原告に対する公務外認定処分を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

主文第一項と同旨。

第二  事案の概要

本件は、都立養護学校の教諭である原告が、アテトーゼタイプの脳性麻痺で頸の座らない児童の給食介助を行うため、床に座って児童の頭部と体を左手で抱き抱え、児童の左手にスモックの袖を通した後、右手にもスモックの袖を通そうとして、児童をその背後から抱き抱える姿勢になるように向きを変えようとし、児童を左手に抱き抱えたまま自分の腰を左にねじった際に腰背部に痛みを覚え、その後痛みがひどくなり腰椎捻挫と診断されて治療を受けたため、この負傷が公務上の災害であるとして、被告に対し、地方公務員災害補償法に基づき補償の請求をしたが、被告から右災害は公務に起因する疾病とは認められないとして公務外認定処分を受け、地方公務員災害補償基金支部審査会に対する審査請求も棄却されたため、右公務外認定処分の取消しを求める事案である。

一  争いのない事実等(証拠により認定した事実を含む項には証拠を掲げる。)

1  原告の経歴等

原告は、昭和二八年一二月三一日生まれの女性で、平成五年四月二六日当時、年齢は三九歳、身長は一五九センチメートル、体重は五三キログラムであった。

原告は、昭和五〇年八月、愛知学院大学在学中に、出生時の股関節脱臼の治療として股関節形成手術を受け、その後、経過は良好で、股関節脱臼の後遺症はなかった。原告は、右大学卒業後、普通小学校で産休の代替講師を務め、更に愛知県立名古屋養護学校の講師を二年間務めた後、昭和五七年四月一日から平成元年三月まで、機能訓練士として東京都立町田養護学校に勤務した。原告は、昭和五九年及び昭和六一年には出産を経験した。

(本項全体につき甲第五号証、原告本人)

2  東京都立光明養護学校(以下「本件養護学校」という)での勤務

(一) 原告は、平成元年四月から、本件養護学校に教諭として勤務し、平成六年四月に都立多摩養護学校に転勤した。

本件養護学校における教員の職務は、大別すると、クラス指導、障害の重さによって児童を分けるブループ指導及び校務分掌上の仕事であった。

原告は、本件養護学校の一年目(平成元年四月以降)には、クラス指導として、他の四人の教諭と共に軽度障害児一人、中度障害児三人、重度障害児七人の合計一一人の児童のいる小学部一年を担任した。グループ指導では、中度障害児四人を二人の教諭で担任し、校務分掌としては教材部(物品の管理担当)及び運動会委員会を担当した。原告は、このころ肩の凝りなどの自覚症状を覚え、最初の運動会直後の同年五月ころから、数か月に一度の割合で鍼灸院に通院するようになった。

原告は、翌年度には、持ち上がりで前年度のクラス及びグループを担当したため、児童及び教諭の編成は前年と同様であった。校務分掌としては、運動会委員会の委員長となった。

(本項全体につき甲第五号証、原告本人)

(二) 原告は、本件養護学校の三年目(平成三年四月以降)には、クラス指導として、他の一〇人の教諭と共に、軽度障害児三人、中度障害児九人、重度障害児七人の合計一九人の児童のいる小学部一年を担任した。同学年には医療的ケアの必要な重度障害児が四人おり、例えば、食事を口から食べられないので、鼻腔から胃までチューブを通し、完全栄養食品を時間毎に注入して栄養を摂取する児童、口から胃までチューブを通して時間毎に食品を注入すると共に、経口摂食の訓練を始めている児童、呼吸状態が悪いので鼻から気管の上までチューブを通して酸素が気管に入っていくように手助けをする必要のある、経鼻咽頭エアウェイを装着している児童等がいた。

グループ指導では、もう一人の教諭と共に中度障害児四人を担任した。校務分掌では、就学予定時、転出入の相談を担当する教育相談及び医療ケア検討委員会を担当した。同年五月から八月の間には、原告が担当していたグループ指導のもう一人の教諭が休職した。

(本項全体につき甲第五号証、原告本人)

(三) 原告は、本件養護学校の四年目(平成四年四月以降)には、前年のクラスの持ち上がり担任(小学部二年)となり、他の九人の教諭と共に、軽度障害児四人、中度障害児八人、重度障害児八人の合計二〇人の児童を担任した。

グループ指導では、前年と異なり、重度障害児のグループ担当となり、他の三人の教諭と共に八人の児童を担任した。このうち医療的ケアの必要な児童は、カテーテルを鼻から胃まで通すマーゲンチューブを留置している児童及び呼吸に問題があり低体温の児童二人であった。校務分掌は前年度と同じであり、翌年度に入学してくる児童の相談を受ける教育相談であった。

平成五年二月には、グループ担当で同僚であった教諭が病死した。原告は、同年三月にはストレス性の大腸過敏症となり治療を受けた。

(本項全体につき甲第三号証の一、甲第五号証、原告本人)

(四) 原告は、本件養護学校の五年目(平成五年四月以降)には、前年のクラスの持ち上がり担任(小学部三年)となり、他の九人の教諭と共に、軽度障害児四人、中度障害児八人、重度障害児七人の合計一九人の児童を担任した。

グループ指導では、他の二人の教諭と共に、前年の重度障害児八人を担当した。このうち医療的ケアの必要な児童は二人であった。同年二月に急死した教員の後任の新任教諭が同年五月に着任することとなったため、同年四月の一か月間は一名の欠員を抱えることとなった。校務分掌は前年と同じであった。

(本項全体につき甲第五号証、原告本人)

3  本件介助作業の実施状況

(一) 原告は、平成五年四月二六日正午ころ、母親が自分の子供に食事用のスモックを着せようとしている場面を見かけた。

右児童は、身長一〇二センチメートル、体重11.5キログラムで、急に緊張が入ったり、急に脱力するというように自分の意思と無関係に不随意的な運動が起こるアテトーゼタイプの脳性麻痺の重度障害児であり、頸が座らないために頭部を固定させ、また、ばたばたして体が伸びきることのないように体を保護する必要があった。同児童は自分で経ロ摂食ができず、注入といわれる経管での流動食の投与、すなわち医療的ケアが必要であり、これは教員がしてはならない行為となっていた。そのため、給食時には医療的ケアを担当するために同児童の右母親がいた。

(本項全体につき原告本人)

(二) 原告は母親に対して、児童を受け取ろうと声をかけ、床面に正座をして座り、膝を立て、両手を出して児童を受け取り、受け取りながら腰を落として正座に戻った。

原告は、児童を受け取ると、その頭部を左手で受け止めるように横抱きにし、児童の左手にスモックの片袖を通すべく、自分の左腕で児童の体と頭部を支え、児童の左手にスモックの左袖を通した。

原告は、次に、母親に児童の顔を見せながらその右手にスモックの右袖を通そうとして、まず児童の顔が母親と正対するように、自分の腰を左に約九〇度ねじった(以下「本件動作」という)。この時に、ギクッと右腰背部に痛みが走った。

原告は、右痛みが走った後も、児童にスモックを着せる作業を続行した。原告は、児童を反時計方向に九〇度回旋させ、児童の背中が原告の胸に接し、児童が原告の膝の上にいて母親と正対して座る状態にし、自分の左腕を児童の左脇から胸部に回して児童を後ろから抱くような姿勢で保持した。児童は、この時、自分で頭部を支えられないのでやや右前側にうなだれるような状態となった。

原告は、左腕で児童の体重を支えながら、児童の右手を右袖に入れて引き出し、右袖を着せ、児童にスモックを着せ終わり、姿勢を整えた(以上のとおり原告が母親から児童を受け取り、スモックを着せた作業を以下「本件介助作業」という)。

4  原告の容態

原告は、腰部の痛みが次第に増したため、同日午後一時三〇分ころ、保健室に行ったところ、養護教諭から医師の治療を受けたほうがよい旨助言され、同僚に自動車で送ってもらい、午後二時ころ、近くの近藤整形外科で受診した。

原告は、同整形外科の近藤信和医師によって二週間の安静加療を要する腰椎捻挫と診断された(以下この腰椎捻挫を「本件腰椎捻挫」という)。原告は、受傷日の翌日から休日を含めて九日間休暇を取り、症状軽快後の同年五月六日及び七日には半日勤務をし、二日休日を取って、受傷日後一四日目の同月一〇日から全日勤務に復帰した。

原告は、本件養護学校勤務開始後、平成元年一〇月二〇日及び平成二年一一月一日に腰痛の検診を受けているが、就業中疲れると軽度の痛みが出るという自覚症状はあったものの、検診の結果、いずれも異常がないことが確認されており、原告は、右検診のほかには、昭和五〇年八月に股関節の形成手術を受けて以来本件腰椎捻挫発症に至るまで腰椎捻挫が発症して診療を受けたことがなく、本件腰椎捻挫発症以後にも腰椎捻挫が発症して診療を受けたことがなかった。このように、原告が腰痛のために勤務の軽減措置を受ける必要が生じたことはなかった。

(甲第三号証の一、甲第五号証、乙第六号証、原告本人)

5  被告の公務外認定処分(以下「本件処分」という)等について

原告は、被告に対し、平成五年五月一七日付けで、本件腰椎捻挫の発症(以下「本件災害」という)が公務上の災害であるとして地方公務員災害補償法に基づき公務災害認定請求をした。被告は、同年八月三〇日付けで、本件腰椎捻挫の発症が公務に起因するものではないと認定し、原告に対して、同年九月六日付けでその結果を通知して本件処分をした。原告は、その後、地方公務員災害補償基金東京都支部審査会に対し、平成五年一〇月二一日、本件処分の審査請求をし、同審査会は、原告に対し、同年五月二五日付けで、同審査請求を棄却する旨の決定をした。原告は、更に、地方公務員災害補償基金審査会に対し、平成七年七月一三日、再審査請求をし、同審査会は、同再審査請求に対する判断を行うことなく三か月が経過した。

6  肢体不自由児に対する指導

肢体不自由に対する指導としては、大きく分けて、生活基礎動作の指導、身辺処理動作の指導、生活関連動作の指導等がある。

生活基礎動作として、手足の曲げ伸ばしや寝返りが困難な児童に対しては、緊張を緩め弛緩状態を作り、その様子を児童自身に意識させて随意運動に結びつけるため、教師が児童の上へかぶさるような形で、両肩から肘、手首へとなでおろしながら腕を伸ばす、腰、太もも、膝、足首となでおろしながら両脚をそろえて伸ばす、肋骨の下の端(下肋部)が少し飛び出たようになっている場合には、手のひらで押さえて呼吸しやすくしたり、弾性包帯やさらしの布などでその部分を押さえるように巻いておいたりするというような方法を反復する等の指導を行う。座ることが困難な児童に対しては、内股に突っ張りが強く出て、両脚が交差しているような場合であれば、あぐらに座らせて両膝が十分に開くよう砂袋で固定する、椅子に座らせて膝の間にクッションを入れたり、ベルトで両膝を外側へ引っ張っておいたりする、仰向けやうつ伏せの寝た姿勢から、頭、肩、腕、体幹などを介助して起きあがることを教え、それを反復する等の指導を行う。立つこと、歩くことが困難な児童の場合、始めはしっかり固定された物、例えば壁に取り付けられた手すりや平行棒を用いて指導し、徐々に歩行器や杖のように、自分で操作しながら指示できる物を支えさせるように指導する、また平坦地を歩くことができるようになると、階段や坂道の登り降り、段差をまたがせる等の指導を行う。立つ指導については、最初に目的姿勢になじませ、その後目的姿勢へ到達する過程を習得させる等の指導を行う。手を使うことが困難な場合には、砂や水で遊ばせたり、指に絵の具をつけてなぐりがきさせ、遊びながら手の感覚と運動を高める、おもちゃで遊ばせたり、ゲームをさせたりして楽しみながら手の運動能力を高める、棒さし、ひも通し、ねじはめ、ハンマー打ちなどを反復して行うことによって手の動作や手と目の協調性を高める、衣服の着脱や食事などの身辺処理を摸した動作又は文字や絵のなぞりがきなど生活に即した作業を通して手の働きを高める、手芸、木工、彫塑又はスポーツなどを行わせることで手の作業能力を高める等の指導を行う。

身辺処理動作、すなわち、食事、排泄、衣服の着脱、清潔、衛生に関する動作の指導については、動作技能の習得、生活習慣の確立、身辺自立への意欲や意識の醸成、用具の開発と使用法の習得、生理的機能の発達促進を目標とし、食事動作に問題があれば、姿勢や手の動作を確立させる、手に食物をつかませる、自分から食べ物に手を伸ばし、口へ入れるようにさせる等の指導を行う。排泄の動作が困難な児童については、排泄の時間や場所を習慣付ける、排泄のリズムだけでなく基本的な生活そのもののリズムを確立する、排泄行動を習得させ又は改善させる、用具を改良しその使い方を習得させる、精神薄弱や神経障害によって便意を告げることや便所の使い方など基本的生活習慣が身に付いていなければ専門医等に相談する等の指導を行う。衣服の着脱が困難な場合、実際の衣料よりは扱いやすいリングを用いて実際の着脱動作をなぞらせる(模擬動作の練習)、教師がまず上着やズボンを着てそれをまねさせる(動作の模倣)等の指導がある。整容動作、すなわち歯を磨く、顔を洗う、鼻をかむ、手を洗う、入浴すること等衛生に関し身辺を清潔に保つことが困難な児童については、その動作の習得、改善を行うことはもちろん、それとともに、清潔感や衛生への関心を高め、それを身につけさせるような指導を行う。

生活関連動作の指導としては、買い物見学や社会見学を行う等がある。

(本項全体につき乙第三号証)

二  争点

本件介助作業と本件腰椎捻挫発症との間の条件関係及び相当因果関係の有無。

1  原告が、床に正座して、アテトーゼタイプの脳性麻痺で頸の座らない児童の頭部と体を左腕に抱き抱えたまま自分の腰を左にねじった本件動作は、これを行うべき公務員に腰椎捻挫を発症させる危険を伴う動作か、それとも、日常のごくありふれた、格別負荷を伴わない動作にすぎず、本件腰椎捻挫の発症は専ら原告の素因に起因するものか。

2  本件介助作業を行った原告は腰椎捻挫発症の素因を有していたが、それでも本件介助作業と本件災害との間に相当因果関係を肯定することができるか。

(原告の主張)

1  因果関係―公務起因性

労働者災害補償制度は、「労働者が人たるに値する生活を営むための必要を充たすべき」最低労働条件を確保して、労働者の生活を保障することを目的とし、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかった場合の療養補償について定める労働基準法一条、七五条を受けて、「業務無上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害又は死亡に対して迅速かつ公正な保護をするため、必要な保険給付を行」う(労働者災害補償保険法一条)制度であり、社会に発生した損害を公平に補損することを目的とする損害賠償制度とは目的を異にする。

労働者災害補償制度の右目的に照らせば、業務上の事由によるか否かの判断は、従事していた業務と当該負傷、死亡、疾病との間の「相当因果関係」の有無ではなく、「合理的関連性」の有無、すなわち、労働者保護の見地から、当該負傷、死亡、疾病が右制度による法的救済を与えることが合理的か否かの総合的な実質判断により決定されるべきである。

仮に、労働者災害補償の対象となる「業務上の」負傷、死亡、疾病とは業務と相当因果関係にあるものと解するのが相当であるとしても、ここでいう相当因果関係とは、負傷、死亡、疾病の原因が業務遂行を唯一の原因とする必要はなく、業務と負傷などとの間に条件関係があるだけでは足りないが、負傷などの原因のうち、業務が相対的に有力な原因であることを要し、かつ、これで足りるものである。更に業務がその原因の中で最も有力な原因であることを要する必要はなく、相対的なものである以上、他に共働する原因があり、それが同じく相対的に有力な原因であったとしても、相当因果関係の成立を妨げない」と解するのが相当である。業務が最有力原因でなくとも、相対的に有力な原因の一つであることで相当因果関係を認めることは、労災補償制度の右目的に資するのみならず、労働者の側の要因(過失)を問わず労災補償の対象としている法の趣旨にも合致するというべきである。

原告は、本件災害時においては、日常生活上の負荷を受けるだけでは腰椎捻挫を発症しうる状態になかったが、重症心身障害児を抱きかかえたままスモックを着せようとして、体をねじったことにより、非日常的な外力が腰部に加わり、腰椎捻挫を発症したものである。原告に、右外力が加わる前に「素因ないし基礎疾病」に起因する腰部関節嚢の緊張があったとしても、それだけでは発症するに至らない程度のものであったのであるから、本件被災時に加わった非日常的な外力である腰部の捻転は、腰椎捻挫発症の相対的に有力な原因の一つと評価すべきものであり、他に共働する原因(腰部関節嚢の緊張)があり、それが同じく相対的に有力な原因であったとしても、相当因果関係の成立を妨げないと解するのが相当である。

2  被告の主張に対する反論

(一) 被告は、公務上災害と認められる要件として、「医学経験則上、当該公務に就き、当該公務に従事する職員に当該災害等を発症させる一定程度の危険の蓋然性があると認められることが必要である」と主張するが、同主張において、他の要因をすべて捨象して、抽象的な一般人であれば当該行為によって誰でもが同一の負傷、疾病にかかるという意味での危険性までを要求しているものであるならばそれは明らかな誤りである。何が危険かは、その災害により生じた負傷、疾病との関連ではじめて定まるものであり、その危険を除外して抽象的に一定程度の危険を措定することはできない。

(二) 被告は、本件介助作業が、原告が養護教諭として、日常反復継続して行っている公務であり、本件動作が通常動作の範囲内であったことを理由に災害の発生を否認する。

しかし、原告その他の養護教諭が通常重症心身障害児にスモックを着せる場合には、児童を床に寝かせた状態で行っており、抱きかかえたままスモックを着せるなどということは「日常反復継続して」行っていない。児童を抱きかかえてスモックを着せるにしても、途中で介護者自身が腰をねじる等という動作をとることもない。本件においては、母親が脱力の強い重症心身障害児である児童にスモックを着せようとしていたところ、原告が母親から児童を受け取って、児童の顔を母親に見せながらスモックを着せようとして、児童を抱きかかえたまま、かつ、途中で児童の顔を母親に向けようと児童を回旋させながら、同時に自分の腰もねじったもので、「日常反復継続して」行っている行為ではない。原告は、頸の座らない児童を不安定な姿勢で抱きながら、自分の腰をねじるという安定性を欠く姿勢動作を取ったのである。

また、原告は、養護学校教員として「一一年余のベテランの教諭」であるが、従前、右と同一の介助作業を行ったことは皆無であった。

(三) 被告は、原告の前記症状につき腰椎捻挫であることを肯定した上で、原告の本件災害時の行為は、原告の腰部関節嚢の緊張と相まって腰椎捻挫を発症させる要因ではあっても、腰部関節嚢の緊張を生じる原因たる「素因ないし基礎的疾患」である腰椎前弯の増強、股関節の変形及び三センチメートルの脚長差自体を増悪させるものではないので、原告の右素因ないし基礎的疾患(原告のいう器質的障害)が、原告の本件動作を誘因として増悪し又は発病し、本件災害の原因となったことを医学経験則上客観的に認めることはできないと主張する。

ところで捻挫とは一般に暴力的に過度の関節運動や、あるいは関節に不可能な運動が強制されたために、関節包(関節嚢)や靱帯が挫断されて、しかも関節体相互の関係が正常に保たれているものをいう。

被告の右主張によれば、腰椎前弯の増強、股関節の変形及び三センチメートルの脚長差により、原告は腰椎捻挫発症の一歩手前の状態に至っており、日常生活の上で常に受ける可能性のある腰部への僅かな外力で関節嚢が損傷する状態であったということになる。ところで、腰椎前弯の増強、股関節の変形及び脚長差自体は器質的な変化であり、一時的に軽快したり増悪することはないから、被告の主張が正しいのであれば、原告には本件災害と同様の腰椎捻挫を本件災害時以外に日常的に生じていなければならない。しかし、このような事実は全くない。原告は、受傷日から休日を含めて九日間を取ることで症状が軽快し、平成五年五月六日及び七日と半日勤務をし、休日をはさんだ同月一〇日には更に症状が軽快したため、同日から全日勤務に従事したのであって、原告の症状は、受傷後九日を経過したころには軽快し、更に一四日を経過したころには全快したのである。この事実を説明するためには、本件災害時の外力が日常的に生じうる程度を越えたものであり、原告の腰椎前弯の増強、股関節の変形及び三センチメートルの脚長差は、腰椎捻挫発症の一歩手前の状態にまで腰部関節嚢の緊張を生じていなかったことを認めるほかはない。

(被告の主張)

1  条件関係の不存在

公務上の災害補償に関する法律関係は、公務上の災害を原因として成立するものであるから、地方公務員災害補償法上補償の対象となる災害は公務に起因するものでなければならない。その公務起因性は、因果関係の一態様であるから、まず、公務と災害との間に条件関係がなければならない。

原告は、本件災害当時、腰椎捻挫の素因及び基礎疾患を有しており、これらは腰椎捻挫の有力な原因を有していた。原告は、公務に限らず日常私生活の中でも小さな負荷によって腰椎捻挫を発症しやすい状態にあり、原告が本件介助作業に従事していなかったならば本件災害は発生しなかったであろうという関係はなかった。したがって、原告の行った公務と本件災害との間には右の意味で条件関係はなかった。

2  相当因果関係の不存在

仮に原告の行った本件介助作業と災害との間に条件関係が認められるとしても、条件関係があるだけでは足りない。

地方公務員災害補償法に基づく災害補償制度は、公務に内在し、又は通常随伴する諸々の危険が現実化し、当該公務に従事した職員が負傷し、又は疾病にかかった場合、使用者がその負担による無過失責任を負い当該職員の損失補償を行う制度である。したがって、当該公務と災害との間に公務起因性が認められるためには、当該災害が当該公務に内在し、又は通常随伴する危険が現実化したという関係が必要である。

一般的には、災害発生の原因が一つということは少なく、多くの原因が共働している。原告の場合、原因と考えられるものは本件動作のほか、原告の器質的障害である。このような場合、右災害補償制度の沿革、特質等に照らし、また、法文の文理、従来の実務例を総合的に勘案すると、公務起因性を肯定するには、公務が相対的に有力な原因でなければならない。有力かどうかは、経験則に照らし、当該公務に当該災害を発生させる危険性があったと認められるかどうかによって判断する。具体的にいえば、公務起因性は、「あの公務に従事していなければ、この災害は生じなかったであろう」と認められ、かつ、「あのような公務に従事していたならば、このような災害が発生するであろう」と認められる場合、即ち、当該公務に医学経験則上、当該公務に従事する職員に対し当該疾病を発症させる一定程度以上の危険(蓋然性)が認められることが必要である。公務と災害との間の因果関係について、公務との関係が最も有力なものに限定することは、公務上の災害を大きく限定することとなり、公務災害補償制度の趣旨を没却するおそれがあり、逆に公務が災害の単に共働原因であるという場合や職員の生活を保障し、公正な保護をするという観点から公務起因性の有無を判断することは、公務起因性の外延が拡大し、公務上の災害が際限なく広がることとなるから、相当ではない。

3  腰痛の公務上外の認定

腰痛の原因は複雑多岐にわたり、労働的な要因の他、肥満、運動不足による腰部や腹筋の脆弱化、姿勢等労働以外の要因、脊椎や軟骨組織等に由来する整形外科的な疾患の他、内蔵疾患等に伴う腰部痛や心因的は要因によるものもある。

労働省は、右認定事務の基準として「腰痛の公務上外の認定について」と題する認定基準を定め、地方公務員災害補償基金も同一の基準を定めた。それによると、公務上の負傷(急激な作用による内部組織の損傷を含む。以下同じ)に起因して発症した腰痛で、次に掲げる①、②の要件のいずれをも満たし、かつ、医学上療養を必要とするものは、公務上の疾病として取り扱うこととなっている。

① 腰部の負傷又は腰部の負傷を生ぜしめたと考えられる通常の動作とは異なる動作による腰部に対する急激な力の作用が、公務遂行中の突発的なできごととして生じたと明らかに認められるものであること。

② 腰部に作用した力が腰痛を発症させ、腰痛の既往症を再発させ、又は基礎疾患を著しく増悪させたと医学的に認めるに足りるものであること。

4  本件について

まず原告が腰をねじった本件動作は、公務に限らず、通常の日常生活の中で誰もが経験する動作である。また、原告は、当時、中腰など安定性を欠く姿勢をとっていたわけではなく、正座して安定した姿勢であったのであり、右動作は、原告や同僚らが仕事の流れの中で日常的に反復継続して行っている動作で、肢体不自由児の生活基礎動作の介護指導として是認されるものである。右動作の中に異常な出来事とか突発的な出来事があったわけではない。

また、原告の本件動作によって腰部に受けた力がどの程度のものであったか明らかでないが、経験的に見て腰部にそれほどの大きな力が加わったとは考えられない。原告の通常の仕事は、同種の同僚職員に比べて、その量、質いずれの点から見てもそれ程の差異はない。医学経験則上、この程度の動作は誰もが経験することで、人間の腰椎部の構造は靱帯などで非常に丈夫にできており、この程度の外力がすぐに捻挫に発展することは非常に少ない。それにもかかわらず、原告が腰部を捻挫したのは、原告に素因ないし基礎疾患があったためである。このような素因等を持つ者は、そのような素因等を持たない者に比べ、腰椎に対する負荷が格別に大きいので、腰椎関節嚢は比較的簡単に緊張をもたらしていることが多く、通常考えられない程度の小さな力でも腰椎捻挫が発症することがある。原告にはこれらの素因ないし基礎疾患があったために、日常生活の上で腰部への負担が大きく、原告の本件動作によって腰部に捻転の力が作用し、本件動作程度の腰部へのわずかな外力で関節嚢が損傷したのである。

したがって、原告の腰椎捻挫については、原告の有していた右素因ないし基礎疾病が相対的に有力な原因であったと判断せざるを得ない。原告は過去にも腰痛が発症しているが、その原因は、右と同様に推認することができる。

腰部の関節嚢が緊張した主たる原因は、それまでの過重な公務の遂行にあり、原告の器質的な影響はあったとしても軽微であるとの原告の主張は理由がない。

第三  当裁判所の判断

一  公務起因性について

地方公務員災害補償法は、地方公務員が「公務に因り死亡し、負傷し、若しくは疾病にかか(中略)つた場合においてその者(中略)がこれらの原因によつて受ける損害は、補償されなければならない」と定める地方公務員法四五条一項を受け、地方公務員の「公務上」の災害(負傷、疾病、障害又は死亡をいう。以下同じ。)に対する補償を定める(同法一条、療養補償につき同法二六条、休業補償につき同法二八条、障害補償につき同法二九条、遺族補償につき同法三一条)。療養補償についていうならば、地方公務員が「公務上」負傷し、又は疾病にかかったといえるためには、公務と災害との間に相当因果関係のあることが必要である(国家公務員災害補償法にいう「公務上死亡した場合」の意義についてであるが、最高裁判所昭和五一年一一月一二日第二小法廷判決判例時報八三七号三四頁)。

相当因果関係を肯定するには、まず、前提として条件関係が存在することが必要である。条件関係は、公務がなければ災害が生じなかったという関係があることをいう。条件関係の有無を判断するに当たっては、その公務員個人の基礎疾病、素因等を含め、災害の発生の原因となった他の諸条件を前提事実として考慮すべきであり、これに当該公務が加わったことが災害の発生に有意に寄与したものと認めることができる場合にこれを肯定すべきである。このように条件関係は、個別的、属人的判断であるが、この点の判断には特に医学的見地からの検討が必要であり、医学的見地から当該公務が災害の発生の原因にはなり得ないといえるのであれば、条件関係は否定すべきである。

条件関係を肯定できる場合であっても、直ちに相当因果関係を肯定できるわけではなく、公務のみならずそれ以外の原因、例えば、その公務員個人の基礎疾病と災害の発生との間にも条件関係が認められる場合、つまり複数の原因が競合している場合には、いかなる要件の下に相当因果関係を肯定すべきかが問題となる。

災害が発生した場合に、公務と災害との間に条件関係が存在するとしても、それが右のとおり個別的、属人的判断に基づくものであることに照らすと、その人であるが故に災害が発生したという場合が不可避的に含まれることになるから、公務と災害との間に条件関係が存在するからといって、直ちに公務上の災害であることを肯定できるわけではない。地方公務員災害補償制度は、公務に内在又は随伴する危険が現実化した場合に、それによって地方公務員に発生した損失を補償するものであるが、主として特殊な個人的要因によって災害が生じた場合には公務に内在又は随伴する危険が現実化したといえるか否かが問題となるからである。しかし、地方公務員災害補償制度の右の趣旨に照らすと、公務と災害との間の条件関係の存在に加えて、当該公務がその災害発生の危険を内在又は随伴しており、これが現実化したということができるのであれば、これをもって必要かつ十分と解するのが相当であり、他に災害の発生との間に条件関係のある原因があったとしても、当該公務と災害との間に相当因果関係を肯定することができ、公務起因性を肯定すべきである。そこで、問題は、いかなる場合に、公務がその災害発生の危険を内在又は随伴しており、これが現実化したということができるかである。

ところで、公務の遂行にはその任に当たる公務員が必要であり、当該公務の内容、性質等に照らし、これを遂行することができるだけの心身の健康状態、能力等の適格性を有する者が公務に就くことが想定されているといえよう。一般論として、基礎疾病、素因を有する者が当然に公務を遂行する適格性を有しないということではないが、公務の内容、性質等によっては、特定の基礎疾病、素因を全くあるいは一定程度以上のものを有しないことが適格性の要件となる場合があり得る。いすれにしても、当該公務に就くに当たりそのような意味での適格性を有していたと認められる公務員が、当該公務によって災害に遭ったとすれば、この災害の発生は、当該公務に内在又は随伴する危険が現実化したものにほかならないということができる。公務はこれを遂行すべき公務員を必要としており、そのために当該公務遂行に耐えうる適格性を有することを要求するのであるから、そのような適格性を有する公務員が当該公務を遂行するに当たって災害が発生したというのであれば、当該公務に内在又は随伴する危険が現実化したといってよく、地方公務員法、地方公務員災害補償法は、そのような適格性を有していた公務員が公務上の災害に遭った場合に補償を行うことを定めているものと解することができるからである。その反面、当該公務に就くに当たり右のような適格性を欠いていた公務員が当該公務を遂行した結果災害が発生した場合には、公務に内在又は随伴する危険が現実化したとはいえないが、右のような適格性を欠く公務員であっても、諸般の事情から安静の保持等必要な対処行為を採ることが困難であるという客観的状況下において当該公務に就かざるを得なかった等の特段の事情の存するときは、当該公務に内在又は随伴する危険が現実化したということができる。どのような範囲の者が当該公務を遂行することができるだけの心身の健康状態、能力等の適格性を有するといえるかは、当該公務の内容、性質等に照らして客観的に判断すべきであり、許容範囲には相当の幅があるものと考えられるから、健常者に限られるものではなく、基礎疾病等の災害発生の素因を有する者等、心身が万全ではない者でも、勤務の軽減を要せず当該公務の遂行に一応耐え得ると認められる限り、適格性を肯定すべきであるが、反面、現に公務員として勤務している者であれば当然にそのような適格性を有するといえるわけではないことに注意を要する。

なお、公務の遂行に伴う負荷が顕著に大である場合には、当該公務がその災害発生の危険を内在又は随伴していると判断することは比較的容易であるが、そのような判断の簡便性を求めるために、公務の遂行に伴う負荷の程度が著しい場合に限って相当因果関係を肯定すべきであるということはできない。

したがって、公務と災害との間の相当因果関係の有無について判断するに当たっては、まず、当該公務の内容、性質等に照らし、災害に遭った地方公務員が、当該公務に就くに当たり、心身の健康状態(基礎疾病、素因の有無、その程度の点を含む。)、能力等から見て、当該公務を遂行すべき適格性を有していたと客観的にいえるか否かを検討すべきであり、これを肯定することができる場合には、その者の基礎疾病等の災害発生の素因は、公務遂行の適格性を否定する事情とはならなかった以上、もはや相当因果関係を否定する要因とはならず、そのような適格性を有する公務員が当該公務を遂行したために災害に遭った以上、当該公務とその災害発生との間に相当因果関係を肯定すべきである。

ところで、被告は、相当因果関係が認められるためには、公務が傷病の唯一の又は最も有力な原因であることまでは要しないものの、他の原因と比較して相対的に有力な原因となっていることが必要であると主張する。

しかし、何をもって相対的に有力な原因であると考えるのか、その判断基準が明確でなく、これを厳格に解すると公務起因性を肯定する余地がほとんどなくなる反面、緩やかに解すると条件関係のみを要するとの結論と差異がなくなるから、前記のように解するのが相当であり、被告の右主張は採用することができない。

二  「腰痛の公務上外の認定」について

被告は、地方公務員災害補償基金の「腰痛の公務上外の認定について」(昭和五二年二月一四日地基補第六七号、乙第二号証)の定める公務上の疾病として取り扱う認定基準、すなわち、「① 腰部の負傷又は腰部の負傷を生ぜしめたと考えられる通常の動作とは異なる動作による腰部に対する急激な力の作用が、公務遂行中の突発的なできごととして生じたと明らかに認められるものであること。② 腰部に作用した力が腰痛を発症させ、腰痛の既往症を再発させ、又は基礎疾患を著しく増悪させたと医学的に認めるに足りるものであること。」という基準に本件をあてはめて、右①及び②のいずれの要因も満たさないと主張する。

しかし、右基準は、地方公務員災害補償基金の理事長が従たる事務所の長に対して災害補償に関する決定を行うに当たっての認定基準を示したものであり、法令の委任に基づいて直接国民を拘束する法規としての性質を有しない。また、右基準の内容も、腰痛が多くの場合年齢的、日常的な素因やその他の多くの要因が複雑に絡み合って発症する等、これについて公務上外の認定をすることが一般的に困難であることから、その認定をするに当たり、一般基準として明確に公務上の認定をすることのできる場合を示したに過ぎないものと解するのが相当であるから、右基準に合致する場合に限って相当因果関係を肯定すべきであるということはできない。

したがって、本件においては、右基準に拘束されることなく、公務起因性を検討すべきである。

三  本件における公務起因性について

1  腰推捻挫について

甲第四号証、乙第一号証、乙第一二号証の一、二、証人中野昇の証言によれば、次のとおり認めることができる。

捻挫とは、関節(骨の連結部)に外力が加わり関節に不可能な運動が強制された等のため、正常な関節面を保持できず、骨と骨との連結部全体を包む関節嚢(関節包)や骨と骨とを連結する強い繊維性の結合組織である靱帯が挫断され、しかも関節体相互の関係がすぐもとの状態に戻り、比較的正常な位置に保たれているものをいう。関節面がすぐもとの状態に戻っている点で、関節嚢の外にとどまっている脱臼と異なる。捻挫には、関節嚢が伸展した状態から関節嚢が破れている状態までいろいろな場合が考えられる。腰椎捻挫は、腰部椎間関節の捻挫である。

腰椎捻挫の発症の機序は種々考えられ、腰部椎間関節に強い負担がかかった場合、弱い負担でもこれが長くかかっていた場合、また、その状態にある場合に不注意等から小さい負担が更に加わったときに起こり得る。例えば、長い間腹臥位で寝ながら本を読んでいても関節嚢が伸展し、腫れるために腰椎捻挫が起きることがある。この状態が長く続くと、腰痛はなかなか治りづらいが、腫脹が軽いうちに姿勢を改めると、案外治りやすい。

脚長差があり又は股関節可動域に制限があると腰部椎間関節にかかる負担が強くなり捻挫を起こしやすくなる。また、腰椎前弯が増強していても腰椎関節嚢を緊張させ捻挫を起こしやすくなる。しかしながら、脚長差があることや腰椎前弯が増強しているだけで腰椎捻挫が起きるわけではなく、外力等が働いたため正常な関節面が保持できなくなってはじめて腰椎捻挫が起きる。

2  条件関係について

(一) 前記のとおり、原告は、出生時における先天性股関節脱臼による変形性股関節症の治療のため、大学時に右股関節形成手術を受けたため、本件腰椎捻挫発症当時、約三センチメートルの脚長差があり、股関節可動域に制限があったうえ、原告は当時腰椎前弯が増強していた。

(二) 既に述べたとおり、原告が本件腰椎捻挫発症時介助をしていた児童は、身長一〇二センチメートル、体重11.5キログラムで、急に緊張が入ったり、急に脱力するというように自分の意思と無関係に不随意的な運動が起こるアテトーゼタイプの脳性麻痺疾患を有する重度障害児であり、頸が座らないために頭部を固定させ、また、ばたばたして体が伸びきることのないように体を保護する必要があった。そこで、原告は、脱力が強く腕が伸びない右児童を母親から受け取りながら腰を下ろし、自己の左手で児童の頭部を受け止めるように横抱きにし、自己の体と左腕で児童の体と頭部を支え、その左手をスモックの左袖に通し、次に、児童の顔を母親に見せながら、児童の右腕にスモックを着せるため、自己の体を左方向に九〇度ねじり、この時右腰背部にギクッと痛みが走ったが、原告は、そのまま作業を続け、児童を反時計方向に九〇度回旋させ、児童の背中が原告の胸に接し、児童が原告の膝の上にいて、母親と正対して座る状態にし、自己の左腕を児童の左脇から胸部に回して児童を後ろから抱くような姿勢で保持し、左腕で児童の体重を支えながら、その右手を右袖に入れて引き出し、右袖を着せ、児童にスモックを着せ終えた。このように、原告は、右児童の頭部を左腕で支えながら、腰を左に約九〇度ねじった際に痛みを感じているから、この動作(本件動作)を行った時に腰椎捻挫が発症したものと認めることができるが、右児童は、アテトーゼタイプの脳性麻痺の障害を有し、頸が座らないために常に頭部の固定に注意を要し、ばたばたして身体が伸び切ることのないように注意を要する児童であるから、原告は、右児童をしっかり支えながら、不自然な姿勢で本件動作を行わざるを得なかったのであり、そのために、本件動作を行うことによって原告の椎間関節に相当程度の負荷が加わったことは否定できない。

原告が重度障害児にスモックを着せたのはこの時が初めてであったが、重度障害児にエプロンを着せたことはあり、通常は児童を床に寝かせて着せていた。児童を床に寝かせて着せる方法の方がこれを行う者の負担が小さいことは明らかであって、このことに照らしても本件動作により原告の椎間関節に加わった負荷は相当程度大きかったものと考えられるのであり、本件動作が日常のごくありふれた、格別負荷を伴わないものであるということはできない。

このことは、原告に本件腰椎捻挫発症以前にも以後にも格別同様の腰椎捻挫が発症していないことによって裏付けられる。すなわち、前記のとおり、原告は、本件養護学校勤務開始後、平成元年一〇月二〇日及び平成二年一一月一日に腰痛の検診を受けているが、就業中疲れると軽度の痛みが出るという自覚症状はあったものの、検診の結果、いずれも異常がないことが確認されており、原告は、右検診のほかには、昭和五〇年八月に股関節の形成手術を受けて以来本件腰椎捻挫発症に至るまで腰椎捻挫が発症して診療を受けたことがなく、本件腰椎捻挫発症以後にも腰椎捻挫が発症して診療を受けたことがなかった。仮に、本件動作が日常のごくありふれた、格別負荷を伴わないものであり、本件腰椎捻挫発症は後述する原告の素因を主因とするものであるとすれば、本件腰椎捻挫発症以前及び以後に同様の腰椎捻挫が度々発症しているはずであり、そのような事実が認められないことからすれば、本件動作が、原告の腰部に対し、通常の動作とは異なる力の作用を施すものであったことが裏付けられるというべきである。

(三) 右(一)及び(二)を総合して考えれば、原告が本件介助作業の一環として行った本件動作は、腰椎捻挫発症に有意に寄与したということができ、本件介助作業という公務の遂行と本件腰椎捻挫発症との間に条件関係を肯定することができる。

右認定に反する証拠はない。

(四) 他方、前記のとおり、原告は、出生時における先天性股関節脱臼による変形性股関節症の治療のため、大学時に右股関節形成手術を受けたため、本件腰椎捻挫発症当時、約三センチメートルの脚長差があり、股関節可動域に制限があったうえ、原告は当時腰椎前弯が増強していたことが認められるから、原告の右脚長差、股関節可動域の制限及び腰椎前弯の増強が本件腰椎捻挫発症の素因となっていることを否定できず、原告の右素因と本件腰椎捻挫の発症との間にも条件関係を肯定することができる。

すなわち、本件は原告の本件介助作業と右素因の両方が本件腰椎捻挫発症と条件関係を有していた場合といえる。

本件全証拠によるも、原告が、本件養護学校勤務期間中、本件腰椎捻挫になるまでに、日常生活など公務以外において、本件介助作業と同程度又はそれ以上の力を腰部に作用させる行動をしていたことを認めるに足りず、他に本件腰椎捻挫発症と条件関係を肯定すべき事情を見出すことはできない。

3  相当因果関係の存在について

労働省基発第五四七号平成六年九月六日付け通達「職場における腰痛予防対策指針」によれば、重症心身障害児施設等における介護作業は腰痛の発生が比較的多い作業であり、職員に入所児等の介護を行わせる場合には、姿勢の固定、中腰で行う作業や重心移動等の繰り返し、重量の負荷等により、労働者に対して腰部に静的又は動的に過重な負担が持続的に、又は反復して加わることがあり、これが腰痛の大きな要因となっているため、種々の措置を講じて作業負担の軽減を図ることが必要であるとされている(甲第七号証三三頁及び四八頁以下、証人中野の証言調書第五八項以下参照)。すなわち、重症心身障害児施設等における介護作業は、腰痛発生につき一定の危険を伴うものであるといえる。

ここで原告の職務を見ると、本件養護学校においては、複数の教諭が学年担任(クラス指導担任)としていずれかの学年の障害児童を受け持っており、原告は、平成元年以来毎年学年担任を務め、その対象は年度により小学部一年、二年、三年と異なり、担当した児童は軽度障害児から重度障害児に及んでいるが、学年担任としての職務内容は、登校時のお迎え、朝の会、給食時の児童の介護、下校時の介護、週一回の全体の授業であり、教諭としての職務の重点は、むしろグループ指導にあった。グループ指導は、学年の枠を超えて、障害の程度に応じてグループ別に編成した児童に学習指導を行うものであった。原告は、本件腰椎捻挫発症時の年度において、小学部三年の軽度障害児四人、中度障害児八人、重度障害児七人の合計一九人を受け持つ学年担当の一〇人の教諭の一人であるとともに、グループ指導では特に医療的ケアを要する児童二人を含む重度障害児を受け持っていた。原告の具体的な職務内容は、障害児の生活基礎動作、身辺処理動作及び生活関連動作の各指導、障害児の排便、排尿、着替えなどの介助、学習や給食の際の個別の児童の監督介助等であった。肢体不自由児に対する生活基礎動作、身辺処理動作の各指導等の具体的内容については既に述べた(第二、一、6)が、原告は、右各職務を遂行するため、必要に応じ、前屈み、中腰など腰部に負担のかかる姿勢等を取らざるを得なかった。

原告の遂行していた右各職務は、前記労働省基発第五四七号平成六年九月六日付け通達「職場における腰痛予防対策指針」に照らし、腰痛発生につき一定の危険を伴うものであったということができる。ところで、脚長差があり又は股関節可動域に制限があると腰部椎間関節にかかる負担が強くなり捻挫を起こしやすくなること、また、腰椎前弯が増強していても捻挫を起こしやすくなることは既に述べたとおりであるが、原告は、出生時における先天性股関節脱臼による変形性股関節症の治療のため、大学時に右股関節形成手術を受け、本件腰椎捻挫発症当時、約三センチメートルの脚長差があり、股関節可動域に制限があったうえ、腰椎前弯も増強していたから、原告が、腰痛発生の危険を伴う前記各職務を遂行すべき適格性を有していたといえるか否かが問題になる。

そこで、この点を検討すると、前記認定事実によれば、原告は、昭和五七年四月一日から平成元年三月まで機能訓練士として東京都立町田養護学校に、その後同年四月から教諭として本件養護学校に、それぞれ勤務し、本件腰椎捻挫発症時までに少なくとも一一年間、養護学校に勤務して障害児に対する介護に携わってきたこと、原告の本件養護学校における職務内容は前記のとおりであり、原告は、その遂行に当たって、前屈み、中腰など腰部等に負担のかかる姿勢を取らざるを得なかったのであるが、本件養護学校勤務後、肩の凝りなどの自覚症状が出始め、鍼灸院に通院していたものの、本件腰椎捻挫発症以前には腰痛の治療のため診療を受けたことがなく、勤務の軽減措置を受ける必要はなかったこと、以上のとおり認められるのであって、右によれば、原告は、本件腰椎捻挫発症に至るまで、長期間にわたり、腰痛に関しては格別問題なく養護学校における介護作業に携わってきたのであるから、約三センチメートルの脚長差があり、股関節可動域に制限があり、腰椎前弯も増強していたとはいえ、原告が本件養護学校において教諭として重度障害児の介護作業を遂行すべき適格性を有していたことは明らかである。したがって、このような適格性を有する原告が、公務である本件介助作業を行ったために本件災害に遭った以上、同公務と本件災害との間に相当因果関係を肯定すべきである。

本件腰椎捻挫発症が原告の遂行していた公務に起因することに関しては、乙第一号証(医師中野昇作成の「意見書」)、乙第四号証(医師石田肇作成の「池田敦子に関する医学的意見書」)及び乙第五号証(目黒区社会福祉事業団専門指導医山崎典郎作成の「池田敦子に関する医学的意見書」)の各記載並びに証人中野昇の証言中には、原告が腰をねじった本件動作が、正座して安定した姿勢で行われたもので、公務に限らず、通常の日常生活の中で誰もが経験する動作であり、また、原告や同僚らが仕事の流れの中で日常的に反復継続して行っている動作で、肢体不自由児の生活基礎動作の介護指導として是認されるものであり、右動作の中に異常な出来事とか突発的な出来事があったわけではないとして、原告の遂行していた公務と本件腰椎捻挫発症との間の因果関係の存在を否定する部分がある。ところで、弁論の全趣旨によれば、右各証拠に表われている各医師の意見は、公務起因性を肯定するためには、公務が災害発生の相対的に有力な原因であることを要するとの被告の主張に照らして検討した結果、災害発生の相対的に有力な原因としては、原告の脚長差、股関節可動域の制限及び腰椎前弯の増強が考えられ、本件介助作業は本件腰椎捻挫発症の相対的に有力な原因ではなかったとの結論に達した旨の意見であることを認めることができる。しかしながら、当裁判所が右主張を取り得ないと判断したことは前述したとおりであるから、これと異なる見地から相当因果関係を否定する趣旨に帰する右各証拠を採用することはできない。

四  結論

以上によれば、本件災害は原告の公務に起因するものであるというべきであり、本件災害が公務に起因するものではないとした本件処分は違法であって、その取消しを求める本訴請求は理由があるのでこれを認容することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官髙世三郎 裁判官三浦隆志 裁判官井上正範)

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